「ああもう、うまくいかないな…」
たくさんのゲーム機やコントローラーやいろんな本が山積みで、すこし散らかっているゲーム開発部の部室で。才羽ミドリは机に向かってうんうんと唸って座っていた。
消しゴムでスケッチブックの筆跡を消してため息をつく。彼女が向かう机にはスケッチブックと何種類かの鉛筆が転がっていた。
鉛筆の下には1枚のチラシがあった。イラストコンテストの開催を知らせるものだった。
コンテストのテーマは「バトル」。参加資格はキヴォトスの学生であれば誰でも有していると書かれている。
それなりの景品も用意されていて、いい結果が出たら最新型の液晶タブレットが手に入るかもしれない。それなら参加してみたい、とミドリはコンテストに向けてイラストを仕上げようと作業を始めたのだった。
だが、ミドリの思うようにことはうまく進まなかった。
コンテストの締め切りは迫ってくる。肝心のイラストはラフすら仕上がらない。あれもこれもとアイデアは出るが、それもこれもダメとボツにしてしまう、そんなループに陥ってしまっている。
もしかしてスランプ…? ミドリは深くため息をついた。
コンテストにイラストを応募できないだけならまだいい。でもこのまま不調が続けばゲーム開発部にも負担をかけてしまうかもしれない。ゲーム開発部のイラストレーターとして、なんとしても避けたいことだった。
「ミドリ?」
不意に後ろから声をかけられたミドリは飛び上がって振り向いた。
そこにはいつもどおりレールガンを背負っているアリスと、隣にはサムライが――先日モモイを助けた木刀の少女、メイがいた。
「こんにちは。お邪魔します」
「サムライよ! ようこそゲーム開発部へ、歓迎しよう!」
ありがとねアリスちゃん! そうしてサムライが静かに部室へと入ってくる。
ふたつの水色をした三日月のヘイローを持つ、袴や着物のような服装をした、青く短い黒髪の少女。そんなメイの姿は部室の中にあって新鮮に見えた。
そこでミドリははたと気づく。メイの首にはミレニアムの通行証が提げられていた。
通行証があればミレニアム学園の一般開放されている場所に足を運べるし、他の部室に行くことも出来るだろう。今度遊びに来たらエンジニア部やヴェリタスに紹介してみてもいいかもしれない。
「こんにちはメイちゃん。…あれ、約束してた日って今日だったっけ」
「ううん、一緒に落ちものパズルゲーをするのは明後日だったはずだよ。今日は用事があって来たんだ」
「用事って?」
「アリスちゃんから聞いたんだけど、ミドリがここ最近悩んでいるみたいだって。イラストコンテストがどうとかって聞いて、心配になって来たんだ」
メイは最近できた友人だが、隣に座って心配そうにしていた。それがこそばゆくってミドリはわずかに顔をそらしてしまう。
「イラストはやったことないけど、なにか手伝えることってない? 鉛筆とか絵の具を買ってくる? ミレニアムの購買にあるよね?」
「置いてあるけど、そんなことしなくていいよ。ここにあるので十分だから」
「そうなの? 準備万端だね」
「うん…」
「その紙って例のコンテストのチラシ?」
「そうだよ。見てみる?」
メイにチラシを手渡してミドリはスケッチブックを開く。縦に横に斜めにぐにゃぐにゃに軽く線を引いてみて、心に響くような「ライン」を探してみる。
やはりどうにもしっくりこない。困ったな…
「テーマはバトル? 戦いってことなら、キヴォトスのどこにでも起きているよね」
「え?」
「素人意見だけど、外に出て取材しに行ってみるってのはどう? もしかしたらインスピレーションっていうの? そんなのがでてくるかも」
確かにメイのいうことに一理はあった。
取材。カメラで資料を手に入れれば、コンテストだけではなく他のイラスト作業でも使えるかもしれない。
カメラといっても特別に値段が高いものを使わなくたっていい。スマホのカメラだって十分に使える。気軽に外に出てカシャカシャ撮影してみるのも悪くないかもしれない。
だけど。ミドリは心のなかで唸った。
銃を使う戦いや争いはキヴォトスの日常とほとんど同義で、新鮮味がないかもしれない。人がおおっと興味を惹かれるようなモチーフがあれば……
「いいアイデアだと思う。でもマンネリっぽい――」
ミドリはうつむき、そこで思わずあっと声が出た。目の前にいる! 新鮮味のあるモチーフが!
「――メイちゃん!」
「なに?」
「一緒に取材しにいってくれる? というかメイちゃんを取材したい!」
「私!?」
それからしばらく。
メイとミドリはミレニアム学園の外れにやってきた。からっと晴れていてすがすがしい天気だった。
アリスは部室で作業をすると言って留守番をしていた。どうしても進めたい作業があるといってふたりを見送ってくれたのだった。
そうしてふたりが出かけたのは広々とした公園のような場所だった。
勉強や研究に疲れた学生たちの憩いの場なのだろう。部外者のメイでもなんとなく察しがつく光景の中でミドリは言った。
「じゃあ木刀を構えてみて」
「ここで?」
「写真を撮るからそのままの姿勢でいて!」
修練の時を思い出しながら姿勢を低くして木刀に手を添える。深呼吸。いつでもゴーサインが出れば居合もできるようにした。
「これはなかなか…」
「あっ この角度いいかも」
「本物みたいな木刀だね」
「いい顔してる!」
「武器が銃じゃないの、変わっているのにかっこいいな…」
気分がのってきたのかミドリはあれこれと呟きながら、あらゆる角度から居合準備姿勢のメイを撮影する。
フラッシュとシャッター音の連打に緊張して、しかし構えには出さないように。メイは目の前にいる仮想敵を睨みつけ続けた。
「あれなにやってるの?」
「わかんない。なんかのコスプレ?」
「さあ…」
公園に行き交うミレニアムの生徒たちがふたりをみてそんなことを言っているのが聞こえる。だがメイは構えを解かず集中し続けた。ミドリが真剣な面持ちで撮影を続けているからだ。
同じような角度から十数枚。それをずっと続けている。素人には分からないがいい角度を探すのが難しいのかもしれない。
「うーん…よし! 動画撮影モードにしたから、素振りをしてみて!」
「わかった」
ゆっくりと抜刀して一度、二度と袈裟切りで振ってみて、そのまま残心。横からいいねとミドリがうきうきでスマホのカメラを回していく。
そのまま回転切り、切り上げ、そうした型や呼吸、構えをあれこれと繰り出してみるメイ。興奮してカメラを回すミドリ。
不思議な感覚のする時間だな。そんなことを思いながらメイは最後に横に木刀を薙ぎ、残心をしつつ深く息を吐く。
「いまのもよかった! よかったけど、ちょっと…」
「ふぅーっ。ちょっと?」
「メイちゃんが悪いわけじゃないんだけど。次は居合をしてみてほしいな」
「わかったよ」
「合図したら居合をしてね! いくよ! 3、2、1、0!」
だんっと踏み込んで居合抜刀。わ、とミドリが息をのんだのが聞こえた。まわりのミレニアムの生徒たちもざわついている。
「いまのなに?」
「あっという間に木刀がでてきたわよ!」
「手品かしらね!」
まわりから小さな拍手を受けつつ、ゆっくりと納刀したメイはまわりのミレニアム生にお辞儀をした。こうした反応を受けることは慣れていないが、歓迎されているようで安心できた。
そうしてメイは、スマホを操作するミドリの隣に立つ。うまくいかなかったのか、彼女はうーんと唸っていた。
「うまく撮れた?」
「…ダメだったみたい。ハイスピードカメラじゃないとダメだったかな、抜刀がはやすぎてよく撮れてないの」
「ありゃま」
「もうちょっといろいろ撮りたいな。構えとかはもうじゅうぶん撮ったから…実際に戦っているところとか…ねえ、辻斬りってできる!?」
無理! メイがこたえるのと同時にまわりのミレニアム生がささっと下がっていく。辻斬りなんて単語が聞こえたら当然だ。
「ちょっと! ミドリ…」
「興奮しちゃって。ごめん! でも、実際に誰かと戦っているところを見たいのは本当なんだ」
「うーん…戦っているところかあ。悲しいけど、相手してくれる友達っていないからなあ」
「一応アテはあるけど、ここで連絡するよりも部室でやったほうがいいかな。一度戻ろっか」
ゲーム開発部の部室に戻ったミドリとメイ。おかえりなさい! と迎えてくれたアリスにミドリはただいまと返し、メイも同じように喋って開いている場所にちょこんと座り込む。
「アリスちゃん。いまヒマしてそうな戦ってくれる相手って思いつく?」
「戦ってくれる相手ですか?」
「うん。実際にメイちゃんと戦ってくれる人、誰かいないかなって。それで部室に戻って考えようって帰ってきたの」
「それならネル先輩がいいと思います。メイド部は強者ぞろいです!」
「確かにCleaning&Clearingの人たちなら…でも最近は留守にしていることが多いらしいし、どうなんだろう。調べてみるね。」
メイド部? クリーニングアンドクリアリング?
家事代行なんかの部活だろうか。ガンコな汚れも落とすクリーニングが得意なメイドの集団をメイは想像した。
そうした部活の人たちは戦闘行為にも長けているらしい。ミレニアムってすごい。さすが、キヴォトスの三大学園のうちのひとつなんだなあ。
「あれ? みんないるじゃん! なんの話をしてるの?」
「お姉ちゃん! メイド部の人たちってどうしているのかなって話をしていたんだ。なんか知ってる?」
「メイド部? そういえばしばらく誰も見てないよね。お仕事に行ってるんじゃないの?」
いつのまにか部室に来ていたモモイが会話に参加していた。
メイド部はどうやら遠征もするらしい。清掃や洗濯に熱心な人たちばかりなのだろう。
「いいね、メイド部」
「メイもこんにちは! もしかしてメイドに興味がある?」
「そうじゃないよ。ミドリのことで部室にお邪魔してて…」
メイの言葉をアリスが引き継いだ。イラストコンテストが開催予定であること。ミドリが参加しようとしたがスランプで困っていること。それらを聞いたモモイはなるほどね~と納得したように頷いた。
「前に言ってたイラコンでしょ? スランプだなんて言ってなかったじゃん!」
「あの時はまだ不調じゃなかったの。で、メイちゃんと誰かが戦っているところを取材したくて」
「えー? じゃあアリスはどう?」
机に向かってキーボードを叩いていたアリスは、椅子を回転させてかぶりを振ってみせた。
「やってみたいです。でも、いまはこの作業を優先させないといけません」
「え? あっそうだった忘れてた…」
「今日の夕方までには終わる予定です。いまからだと6時間はかかります」
「それならすぐにはダメかあ。じゃあ…『先生』に相談してみよう!」
先生? モモイの提案を前向きにとらえるミドリとアリスを見て、メイはただひとり頭の上に疑問符を浮かべていた。
キヴォトスで先生と呼ばれる人といえば、十中八九、シャーレの先生のことだろう。たぶんきっとそうだ。
シャーレ、あのシャーレと先生を頼る。メイは詳しく知っている訳では無いが、困っている生徒の味方をしてくれる「部活」らしいことは聞いていた。
とはいえキヴォトス中の生徒の要望を聞いて動く組織だ。もっと重い事情――ゲーム開発部が廃部になるとか――でなければ相談してはいけない組織だとメイは思っていたが、もっと気軽に相談ができるところのようだった。
「もしもし、先生ですか? ミドリです。急な電話ですみません――」
ミドリがスマホを耳に当てて話を始める。その横顔はとても嬉しそうに見えてメイは理解した。ゲーム開発部が先生を頼ったり交流するのはこれが初めてではないらしい。
「――そうなんです。それで、戦ってくれそうな生徒について相談をしたいんですけど」
〈事情は理解したよ、ミドリ。でもこれからトリニティの方に行く予定があって、すぐにはゲーム開発部にいけないんだ。行く道中もやらないといけないことがあって〉
「いつも大変ですね…お疲れさまです」
〈ありがとう。ミドリも大変だね。どうにか相談に乗りたいけど…そうだ、ミドリの都合が良ければ、そっちから会いにこれるかな、どう?〉
「いいんですか! ありがとうございます。先生が良ければそちらに向かいますね。待ち合わせ場所はどこですか?」
〈トリニティのスイーツ屋さんで。美味しいって話題らしいんだ。モモトークでお店の地図を送っておくね。それじゃあ、またね〉
話の内容はつかめた。スマホを仕舞ったミドリにメイは口を開く。
「私は今日の予定はなんもないから、一緒に行こう」
「ありがとうメイちゃん。お姉ちゃんはどうする?」
もちろん一緒に行くよ! 楽しそうにモモイが返すのを聞きながら、メイはアリスが不満そうにこちらを見ていることに気がついた。
「アリスも先生に会いに行きたいです! でもいまはこの作業をしなくてはなりません。みんな、先生と会えてずるいです!」
「ごめんねアリスちゃん。そうだ、私の相談が終わったらアリスちゃんに電話をかけてもらうように頼んでみるから、ね?」
「そういうことなら。アリス、頑張ってコーディングを進めます!」
不満そうな表情はどこへやら。アリスは晴れやかな笑顔になって机に向かいなおした。シャーレの先生とゲーム開発部の4人はとても仲がいいらしい。
「ユズちゃんが来たら、私たちが出かけたってことを伝えておいて。それじゃいってきます」
「いってくるねー」
「私も失礼するね。おしごと頑張って! またね!」
ミドリが先頭に、メイが最後に部室を出る。気をつけて、とアリスが返したのをドア越しに聞いて、ミドリとモモイが駆け足で先をすすむのについていく。
シャーレの先生と会うのは初めてだ。いろんな事件の解決に関わったというすごい大人。そんな人にこれから会いに行くことは、どことなく現実味が薄かった。