それからしばらく。ノびていたヘルメット団たちを安全な場所にうつし、メイたちはやっと店に入ることが出来た。
荒れてしまった店内を掃除している店員のロボットや犬、そしてツルギともうひとり。白いセーラー服の少女。桃色の髪をゆらして彼女はメイたちに会釈した。
「やあやあ。助けてくれてありがとね。私はナツ。君たちは…トリニティの生徒じゃないのかな?」
「そうだよ。私はメイ。ここにシャーレの先生がいるって聞いて来たんだ」
続けてモモイとミドリが、ナツと名乗った少女に自己紹介をし始める。
ふと、ナツの背中越しに人々が修復作業をしているのが見えた。店内の壁かけメニュー表を元に戻そうとして、ツルギと店員のロボットが協力していた。
「――そうだったんだ。先生なら2階にいるはずだよ。さっきまで私たちと話をしていたからね」
「じゃあ先約ってナツちゃんとの用事のことだったんだ」
「私と、ツルギ先輩のことで先生と相談していたんだ。正義実現委員会のパーティーに放課後スイーツ部の協力を頼めないかって。その話はもう落ち着いたから、先生は空いているんじゃないかな?」
そうした話を聞きながらメイは横目に重そうなもの――机や置物――を運んでいる人たちがいるのを認めた。
「ねえミドリ、私、ここのお店の人たちを手伝ってくるよ」
「わかった。私も先生とお話する前にやっちゃうね。お姉ちゃん、一緒にいこう!」
足早に奥の部屋へと行くミドリに待って~とこたえながら追いかけるモモイ。彼女たちを見送ったメイは視線を感じて振り返った。ナツが木刀をじっとみつめている。
「それは本物の刀なのかい?」
「ううん。よくできた偽物だよ。とても頑丈な木刀なんだ」
「ほほう…君の戦いぶりは見てたよ。まるで時代劇から抜け出たようでとてもかっこよかったよ。刀で銃に立ち向かう、それもまたひとつのロマンだよね」
にひひ。楽しそうにナツが笑ってメイもつられて笑ってしまった。
「じゃあ一緒に片付けよっか」
「うん。じゃああのテーブルを運ぼう。私はこっちを持つからナツはむこうを――」
簡単な清掃が終わり、残りの修復は業者を呼ぶことにして、ミドリとモモイは先生と話をしていた。
3人でテーブルを囲い、ショートケーキとコーヒーを楽しみながら、あれこれと相談を進めている。そんな様子をメイは少し離れたところから観察していた。
スイーツ店の店長が助けてくれたお礼と称して、メイたちやツルギたちにケーキと飲み物を差し入れたのだった。それを頂きながらメイは先生を見つめる。
後ろ姿しか見えないが爽やかそうな青年であることは分かった。聞こえてくる声もどこか中性的で性別の区別がうまくつかない。
少し前にツルギは帰っていて、ナツも帰路についていた。
ナツはメイを気に入ったらしく、帰る前にモモトークの連絡先を交換しようと誘ってくれていた。メイは承諾し、こうして友人がまたひとり増えたことを示すスマートフォンのモニターを見て、メイは笑顔を浮かべていた。
放課後にスイーツを食べる部活、放課後スイーツ部の部長でもあると語ったナツは満足したように頷いていた。
そして流れるように、今度おいしいものを食べにいこうよとも親しげに誘っていた。楽しそうだねとメイは答えて、直近の予定を伝えておいた。
スイーツに囲まれた生活を送るナツがおすすめするなら、きっとどこもおいしい店だろう。他の部員とも会ってみたいし、そうしたちょっと先の未来にメイは期待しながら、心の反対側にあることを考えていた。
ツルギとは彼女が帰る前に少しだけ話をしていた。
店を襲っていたヘルメット団の動機は、過去にこの店の限定スイーツを買えなかったことの逆恨みらしいとも教えてくれた。
くだらない動機だが、それはキヴォトスの日常でもある。そうだったんですねと答えたメイは、次にツルギが話したことに目を丸くしてしまった。
ツルギが言うには、彼女は数日前に「辻斬り」にあったのだという。
夜道を歩いていると真剣をもった謎の人物に襲われてしまった。戦いの末に撃退には成功したが銃を壊されてしまったのだという
――お前がしてみせたみたいに、奴は銃を壊したんだ――
その言葉がメイの頭から離れない。
トリガーをひいた銃を壊す。メイと同じことが出来る人間を、ひとりだけ知っている。
「もしかしたら、姉さんが…」
想像したくない仮説だった。少し調べれば不在証明だって簡単にとれるはずだ。だが、しかし。
「お待たせメイちゃん!」
「こんにちは。君がサムライ?」
声をかけられて顔をあげると、そこにはミドリと「先生」が立っていた。
中性的な顔立ちや体形で一瞬性別が分からなかったが、たぶん男の人なのだろう。そして、やはりというべきか、頭の上にヘイローはなかった。
「はじめまして。私がシャーレの先生です。さっきはこのお店を守ってくれてありがとう」
「いえ、困った人がいたなら助けるのは当然ですから。義を見てせざるは勇なきなり、ですよ」
「本当にサムライみたいなことをいうんだね」
「え? えへへ。そうだ、自己紹介をさせてください。私は山紫メイといいます。私立ぽんぽこ学園の1年生で、帰宅部をしています」
「ぽんぽこ学園! たぬきの学園長さんがいるところだね。そこの生徒さんなんだ」
「知ってるんですか、あんなどマイナーなところ」
素直にメイは驚いていた。キヴォトスにある学校の数はもう数えきれないほどある。私立ぽんぽこ学園だなんて誰も知らない、生徒数もそんなにいない、そんな学校の名前も特徴も知っているなんて。
「メイ、よかったら今度シャーレに協力してくれないかな。急なお願いで申し訳ないけど」
「協力っていったいなにを?」
「ツルギから聞いたかもしれないけど、彼女は辻斬りにあったというんだ。君が持っているような木刀ではなく、真剣を持っていたという」
「っ!」
「キヴォトスで銃ではない武器を扱う人はそう多くはない。あ、違うよ。メイを疑っているんじゃない。メイが辻斬りじゃないってことはツルギが教えてくれたからね」
ほっとした。辻斬りの容疑を被せられて牢屋にぶち込まれるのではないか。そうした不安が杞憂に終わってメイは息をついた。
「私が言いたかったのは、メイのように銃を扱わない人の協力を得られれば、辻斬りの事件を解決しやすくなるんじゃないかなってこと」
「なるほど、そうですね…」
「…無理にとは言わない。そうだ、はいこれ。私の連絡先だよ。このこと以外にも困ったことがあったり相談したいことがあったら、いつでも連絡してね」
それじゃあ、またね。先生はにっこり微笑んで店を去っていく。その背中をメイは見送った。
話に聞いていた通りとてもいい人そうだった。そして、ミドリの相談もいい感じに終わったらしい。すっきりした笑顔でメイを見ている。
「それじゃあ帰ろうか。ミドリ、いい絵が描けるといいね」
「うん! つきあってくれてありがとう、メイちゃん!」
でもさー。モモイが不服そうに口を開いた。
「さっきヘルメット団と戦ったでしょ。途中からミドリ、援護射撃してくれなかったよね? なにしてたの?」
「え? あ、あれは…」
「あれは?」
「インスピレーションがきちゃったの。これだ! ってメイちゃんが戦っているところを見て、それでね」
「それでねじゃないよ~! も~う!」
ミドリをぽこぽこ叩いてモモイが大声をだした。仲の良い双子の姉妹を見て、思わずメイは微笑みをこらえきれなかった。
そしてメイは心の中で決意を固める。
辻斬りが次にモモイやミドリを、ゲーム開発部やナツ、先生を襲わないとも限らない。知り合いや友人以外も害を及ぼそうとしている。
先生は言っていた。シャーレへの協力要請。いまはまだ表立っていない辻斬り事件を解決する力になれるかもしれない。なれないかもしれないが、やらない理由にはならなかった。
「メイ? どうしたの、怖い顔して」
「なんでもない。私はこのまま帰るね。モモイもミドリも、帰り道に気をつけて! また遊びにいくから!」
ばいばい! 双子が手を振ってくれているなか、メイは地下鉄の駅を目指して歩き出す。帰路につきながらメイはスマートフォンからモモトークを起動し、連絡先を交換したばかりの先生にメッセージを送る。
〈メイです。先程はありがとうございました〉
〈例の件ですが、すぐにでも解決に協力したいと考えています。私にできることがあれば教えてください〉
自宅に戻り、メイはベッドに倒れこみつつスマートフォンを取り出す。
モモトークを起動し、先生からの返信がまだないことを確かめ、続けて連絡先の一覧から検索をかけた。
すぐに一件の絞り込みの結果が見つかる。山紫スイ。メイの姉。一緒に剣術の修練をおさめた、今は別々に暮らしているが、とても大切に思っている姉だ。
〈姉さん〉
〈近いうちに会えるかな〉
〈どうしても会って話しておきたいことがあるんだ。新しい仕事が忙しいだろうけど、お返事待ってます〉
それだけ送ってメイはスマートフォンの電源ボタンを一度押し、スリープ状態にさせる。それから大きな息をついた。
ツルギが言っていた。辻斬りはメイと同じように銃を壊すことが出来る。
過去に受けたいじめや犯した過ちのことを思い出してしまって、メイは小さくうめいた。振り返りたくない過去だった。
メイと同じ特性を持っているのは、知っている限りだと姉のスイだった。そしてスイもまた同じ剣術の流派――「斬鉄流」をおさめた人物だ。
共通点がいくつかある。だから、一番疑わしいのはスイだった。だが、メイはどうにもスイが辻斬りであるようには思えない。身内だから、という理由だけではない。
スイが辻斬りをする理由なんてどこにもないように思える。
キヴォトスでは珍しい平和主義者で、自分からケンカを吹っ掛けた場面は一度もない。ケンカを売られたとしても買うことはほとんどなかった。
そんな人間がいまさら辻斬りの真似をするだろうか。いや、真似ではなく、真剣を持ち出してツルギを殺そうとまでしている。
それに、そうだ、真剣だ。そんなものをどこから調達してきた? 修練をおさめていた頃にだって握ったことはなかった。それは私たちには過ぎた力だと教えられ、触れることも、ありかを知ることも許されなかった。
それらを差し引いても。現状、辻斬りに一番近い特徴をもつのはスイだった。もしかしたら過去に斬鉄流を学んだ人が辻斬りなのかもしれない。しかし銃を壊す特性を持つ者は――
「姉さん…ふあぁ」
――あくびが出た。
パジャマに着替えて今日はもう寝よう。その前に晩御飯を用意しないと。もういちどあくびをしながら、メイはまずはタンスへと向かっていた。
数日後。
ミレニアムの通行証を首にさげ、メイは部室棟を目指して歩いていた。
手にはスイーツ店で買ったケーキが入った小さな箱がある。ナツにモモトークで相談して教えてもらったお店で買ってきたものだった。
にひ。ここのケーキは私のお気に入りなの。ナツがそこまで言うならきっととても美味しいのだろう。それならきっと、ゲーム開発部の子たちも喜んでくれるに違いない。
なにせミドリが先のイラストコンテストで入賞したのだ。目当ての景品は手に入らなかったらしいが、それでもとても嬉しそうにモモトークで教えてくれたのだった。
だからちゃんとお祝いがしたかったし、みんなで美味しいものも食べたい。
ゲーム開発部の扉の前に立ったメイは深呼吸。それからこんこんと笑顔でノックした。
「こんにちは! ケーキ買ってきたんだ。一緒にどう?」
扉の向こうからわあっと嬉しそうな声が聞こえて、続けてドアが開く音がした。