その日、メイはシャーレの先生に呼び出されていた。
メイは地下鉄を使って移動し、地上に上がっていく。曇りがちな、いつ雨が降ってもおかしくない天気だった。傘を持ってきた方がよかったかもしれない。
見上げると少し首が痛いくらいには結構背の高いビルが見えてきた。そこにシャーレのオフィスがあるという。
そこで先生は毎日激務に追われているとかなんとか――知り合った生徒やネット上の情報は、先生が楽な境遇にいないことを示唆していた。
大変な仕事をしている先生が、どうして自分を呼び出したのか。その理由は分かっていた。例の「辻斬り」事件の解決にむけてのことだとモモトークで教えてくれていた。
「やあ、こんにちは。来てくれてありがとう」
シャーレのオフィスを訪れたメイは、すぐに先生の出迎えを受けた。
白い背広と白いシャツでぴしっとした、清潔感のある容姿をしている先生は、しかし疲れた顔をしていてあまり元気がないように見える。
「お久しぶりです、先生。なにか事件の進展があったのですか?」
辻斬り事件はうわさになっているが、公に発表されたものではない。水面下での捜査が進んでいる、と先生が教えてくれていた。
こうして直接話すことで情報のやりとりをするのだろうか。そんなことを考えながら、メイは先生がかぶりを振ったのを見た。
「あれからまだ事件の進展はなくてね。今日はメイに用事があって来てもらったんだ」
「用事って?」
「いろいろなテストをしたいんだ。筆記ではなく実技の。そのためにミレニアムまで向かわないと。一緒に来てもらえるかな」
「それは構いませんが…えっと、それならミレニアムで現地集合でもよかったのでは?」
「確かにね。でもここに来てもらったのは理由があるんだ。スイ、妹さんが来たよ」
スイ? もしかして姉さんがここに? メイは驚きに目を丸くしていた。
前にモモトークでやりとりをしたときは、新しい職場がどうこうという話をしていた。詳しい話はできなかったが、姉は新しい職場を気に入っているらしかった。まさか、シャーレで働いていたのか?
「先生? メイがいるんですか?」
奥から出てきたのは清掃員姿の女性だった。
メイよりも少し背が高く、同じような三日月の組み合わさったヘイローを持つ女性。モップを抱えてこちらを見た彼女は、驚きと嬉しさの入り混じった顔をしていた。
「メイ! あなたどうしてここに?」
「えっとそれは…先生に呼び出されたの。ちょっと事情があって」
「辻斬り事件のこと?」
「知ってるの、姉さん」
「もちろん。お掃除だけじゃなくて先生のお仕事も手伝ってるから、少しは知っているつもりよ。他の人にあまり話さないでって言われてもいるけど…それよりメイ、学校はどう? うまくやれてる?」
「うん。最近じゃいろんな学校に友だちもできたし。姉さんが心配するようなことなんて、なにもないよ」
そうなの? 嬉しそうにスイは笑っていた。
そうだ。こんな人が、私の姉が、辻斬りのわけがない。撃った銃を壊すとか同じ剣術をおさめていたとか、それが証拠になるものか…だからきっと姉さんが辻斬りのわけがない。
ふと先生の方を見れば、彼は少し離れて鞄やらを手にして支度をしていた。
「ごめん姉さん、もうそろそろいかないと」
「先生とミレニアムに行くんでしょう? いってらっしゃい、ふたりとも気をつけて」
ありがとう。姉に手をふってメイは部屋を出ていった。
シャーレからミレニアムへと地下鉄を使って移動する中、先生はメイの隣で眠っていた。
見るからに疲れていそうな様子だったから無理もない。車両がゆれてメイの肩に先生の頭がのって、小さな寝息や寝言がわずかにメイの動揺を誘う。
(気にしない、気にしない…)
心の中で唱えていると、車内アナウンスが目的地の駅に着くことを報せてくる。先生はまだ目覚めない。意を決してメイは先生の肩と頭に手を添えた。
「もうそろそろ着きますよ先生。起きてください」
「うん…ん!? ごめんね、重かったでしょ」
「いいえ全然。気にしないでください。それよりほら、もうそろそろ着きますよ」
「わかったよ。メイは何度かミレニアムに通っただろうけど、私のそばから離れないでついてきてくれる?」
ひとつ頷いてメイは先生に従う意思を示した。
ミレニアムに着いてから通行証を受け取りに行き、それから先生が案内をする。いままで見たことのない道順、通路をたどり、そして大きな部屋にたどり着いた。
そこは大きな工場を思わせる、どこまでも広々とした部屋だった。用途不明の大型の機械、乱雑に積まれた段ボール箱、簡素な射撃場――技術者の作業場や実験場みたいだな、とメイはあたりを見回した。
「こんにちは! ウタハ、来たよ! 他のふたりは?」
「やあ先生、コトリとヒビキなら別件で外しているよ。そちらが例の…?」
物陰から紫色の長い髪をした少女が姿を現した。背が高くてすらっとした美人。そんな彼女の目線はメイに向いていて、どこか興味津々なように見えた。
「自己紹介が遅れてすまない。私は白石ウタハ。このエンジニア部の部長だ」
「私は山紫メイといいます。エンジニア部のことはモモイたちから聞いたことがあります、すごい発明をし続ける集団だって」
「そうなのかい? ありがとう。私も君のことはゲーム開発部や先生から聞いている。銃を撃てないから木刀を武器にしている『サムライ』だってね」
ウタハは微笑みながらメイに歩み寄り、後ろ手に隠していた拳銃を握らせる。突然のことにメイは驚き、ウタハの次の出方をうかがった。
「それじゃあテストをしよう。そのためにいろいろ準備をしてきたんだ」
エンジニア部の部室でメイは拳銃を構えていた。
簡素なつくりの安物だとウタハは説明してくれている。だから壊しても特に問題はないのだと。
メイから少し離れたところにカメラが何台も設置されていて、それらが捉える映像を先生とウタハがモニターの前で確認していた。
「まだ撃っちゃダメ?」
「うん。もう少し待ってくれ。調整が必要だ――よし、カウントダウンの後に撃ってくれ。3、2、1」
ゼロ! ウタハの秒読みが終わると同時にメイは引き金をひいた。
同時に拳銃の銃身が爆発し、銃弾は発射されない。そうして壊れた拳銃はなんど引き金をひいても、うんともすんとも言わなかった。
「なるほど、本当に銃が壊れるんだね」
「当事者としては分かりきっていることなんだけどね。これがテスト?」
「ああ、でもまだまだ続くよ。次はこれを撃ってみてくれ」
銃身の長い拳銃、小さな短機関銃、標準的な突撃銃、質素な狙撃銃、それらがのせられた台車を押してウタハが言う。
それからメイは、指示があった後に撃って銃を壊していった。どんな銃を使っても絶対に壊してしまう。結果が分かりきっていることをテストし続けるのは退屈だった。
「じゃあ次はこれを撃ってみて」
「いいけど…また壊れるだけだよ?」
「本当にそうかな? とりあえずやってみて」
わかった。メイはしぶしぶ手渡された白い拳銃を握り、丸がいくつも重なった標的にむけて構えて撃った。
爆発しなかった。驚きに目を丸くしたメイはなんどか引き金をひく。それでも銃は壊れない。
「どうなってるの?」
「やはりね。弾倉をみてごらん」
言われたとおりにマガジンリリースボタンを操作して弾倉を取り出し、なにか変わったところがないか確認する。
見れば、マガジンには弾がなかった。何度か確認しなおしてもやはり弾はない。あるべきはずのものがそこにはなかった。
「弾がなければ君の能力は発揮されないんだ。それが分かっただけでも、今回のテストには意味がある」
「そんな…自分でも分からなかった、こんなこと」
「逆に弾がひとつだけでも入っている銃なら、君は問答無用で破壊できるらしい。そうだ、先生にもテストしてもらいたいことがある。この手袋をつけて。それからこの拳銃を撃ってみて」
わかったよ。先生は素直に従って渡された白い手袋をはめ、黒い拳銃を握って標的にむけて構える。
「撃っていい?」
「いつでもいいよ」
「じゃあ――うわっ!」
先生が構えていた拳銃が爆発した。爆発自体は小さなもので、先生が怪我をした様子はない。
まるで自分が銃を壊したときみたいだ。そんな感想を抱きながらメイはウタハが説明するのに耳を傾ける。
「先生に渡した手袋は特別なんだ。手袋が銃に働きかけて発砲と同時に故障させるんだよ」
「そんなことが!?」
「技術としてはそこまで高度なものではないから、やり方さえ知っていれば似たようなことは再現できると思う。だから、辻斬りの特徴はある程度の再現性があるってことを説明できたんじゃないかな」
そこまで聞いてメイははっとした。銃を壊してしまう能力/特質を持っているのは自分と姉のスイくらいしかしらない。
だから辻斬りの容疑者も自分とスイのふたりしかいないと思っていた。でも、条件さえ整えてしまえば他の人間でも辻斬りになり得るのだ。
「さあ、他にもテストしたいことがある。先生はこのテストの結果も気になるんだったよね」
「そうだね。例の武器は用意できているかい?」
「もちろんさ。すこし待ってて」
物陰にひっこんだウタハが別の台車を用意して戻ってくる。台車の上には湾曲した物体がのせてあった。刀だ。鞘に収まった刀だ。
メイはおそるおそる手に取って鞘を抜く。まごうことなき真剣がそこにあった。なんでこんなものがここにあるのだろう。ふらっときて思わず頭に手を添えたメイは、先生とウタハを交互に見ていた。
「いろんな文献を参考に作った刀だ。木刀とは素材から違うしきちんと刃だってある。初めて製作した武器だが切れ味はいい線をいっていると思う。ちゃんとした真剣と比べれば劣るのだろうけどね」
「私にこれをテストしろってこと?」
ウタハは頷きながらリモコンのスイッチを操作する。すると近くの床がひっくり返り、地面から案山子が現れた。頭部には円形の蛍光灯を用いて再現されたヘイローがくっついている。
「その案山子を斬ってほしい」
「案山子を?」
「もちろんただの案山子じゃない。耐久性は一般的な生徒とほとんど変わらないようにデザインされている。銃撃にも爆撃にも、そして斬撃にだって耐える、はずだ。辻斬りや君のように刀の扱いに長けている者の斬撃については、耐えられるかどうか試してみないとわからない。そのためのテストだよ」
「…わかった」
刀を鞘に納めてから案山子の前に立ち、静かに居合抜刀の姿勢にはいる。
もし、これを両断できたとしたら。
メイの頭には新しくできた友人たちの顔がよぎっていく。いまからやろうとしているテストは、そうした友人たちを自らの手で手放す行いのように思えた。
それでもメイは深呼吸をする。息を吸い、吐き出すたびに、暴れだしそうだったメイの鼓動は落ち着いていく。
――一閃。
初めて扱う、扱いきれていない武器だが、メイはどうにかいつものように居合抜刀ができていた。ほとんど全力の一撃だった。
案山子は両断されてはいない。メイから見て左から斬られた案山子は、胴体の真ん中くらいでその刃を食い止めている。
顔が青ざめ、表情が崩れていくのをメイは自覚した。もしもこれが本物の生徒だったら。友人たちだったら。ここまで斬撃が通用してしまうなら、それはきっと、きっと。
「なるほど。確かに無視できない一撃になる。メイ、いまの攻撃は居合と呼ばれるもので間違いないかい?」
「う、うん」
「なら、抜刀した状態からの攻撃は、居合と同等の威力が出せそうかい?」
「えっと…少しは落ちると思う」
「なるほどね。先生、メイがテストした刀は辻斬りが持つものより劣っていると仮定しても、辻斬りは生徒に致命的な傷を負わせることが可能だよ」
案山子の頑丈さは一般的な生徒と同じだと言っていた。
強い生徒なら軽いダメージになるかもしれない。だが、辻斬りが誰を襲うかわからない以上、深刻な出血を強いられることがないとはいえない。
「メイ、こっちを見てくれる?」
先生の言葉にメイは従った。見れば、先生はどこか申し訳なさそうな顔をしている。メイは目をそらせなかった。
「…辻斬りとの対決はきっと避けられない。でも辻斬りは銃を破壊する手段を有している。そして辻斬りの一撃は生徒たちに無視できないダメージを与える。つまり、いつもどおりに解決しようとすると生徒たちが危険な目にあうかもしれない」
「そう、ですね」
「君の近接戦闘の技能は極めて高いと思っている。だから辻斬りとの対決に協力してほしいんだ。お願いできるかな」
「…わかりました。私も、辻斬りなんて危険人物を野放しにできませんから。私の力でよければシャーレに、先生にお貸しします」
ありがとう。先生が右手を差し出し、メイはそれを握り返した。空いたメイの左手にウタハがリモコンを握らせてくる。
「え?」
「最後にもうひとつテストをしたいんだ。このリモコンには赤と黄色のボタンがついている。最初に赤を、次に黄色を押してみてほしい。ああ、押すのはもう少し待ってくれ」
簡単なテストだ。幼児だってつまづくことなくこなしてみせるだろう。
メイは指示通りに待っていると、またもウタハが台車にものを乗せてきた。透明なケースに収められた赤い拳銃と、黄色い箱がそこにあった。
「よし。先に赤いボタンを」
ウタハの指示を受けてからボタンを押す。するとケースの中の赤い拳銃が爆発した。
「えっ!?」
「そのボタンを押すと弾が出る仕組みになっている。つまり、君の能力は遠隔操作であっても発揮されるということが証明された」
「銃を遠隔操作することなんてそうそうないと思うけど…じゃあ黄色のボタンも押すね」
「ああ。秒読みのあとで押してくれ。3、2、1、0!」
メイは黄色のボタンを押した。
ぴき、とひびが入るような音がして、があんと響く音が上塗りしていく。
少し遅れてケースが破壊された。ケースの中の黄色い箱は振動したのか少しずれている。
「そうか、やはりそうだったんだ!」
「ええっと…なにが?」
「あの標的を見てくれ!」
銃を撃つテストをした時の標的を興奮した様子でウタハが指さしている。先生も感嘆したような声をもらしていた。
メイも標的を見る。標的はむちゃくちゃに破り取られていたような形跡を残している。なにがどうなった? 黄色い箱がなにかをしたのだろうか?
「君が押した黄色のボタンは試作小型レールガンの発射スイッチなんだ」
「え? レールガン?」
「ものを電気磁力で加速して撃つ武器だよ。簡単にいうと火薬ではなく電気で弾を飛ばす武器なんだ。君の能力は火薬を使う武器にだけ通用する、ということがこれで証明された! 君も銃を扱えるんだよ!」
私でも扱える銃がある。それが、あの黄色の箱。
そういえば――幼いころに遊園地で遊んだビームライフルのことをメイは思い出した。弾もなにも出ない安全な光線銃で射的をする遊びだった。
遠く離れた的を撃って得点を競う。真ん中に近いほど高得点。特異体質の自分でも射撃を楽しめた唯一の機会だった。
ビームライフルは火薬を使わないつくりになっている。そうか、だから、そうだったのか。
「でもウタハさん」
「どうしたんだい?」
「レールガンなんて普通の武器屋さんには売ってないですよ」
「だから作るんだ。私たちエンジニア部がね。予算はもうついている。辻斬り事件の解決には私たちも協力しているんだ」
「もうひとつ問題があります。私、射撃は経験がないし、今からうまくなれる気もしないです。それに重たいレールガンを個人で携帯するなんて、アリスちゃんくらいしか…」
「君はサムライだろう! なんとかできないか、こちらの試算だと出力をオミットすれば重量を50kgまでに抑えられ――」
「重すぎます! それでも!」
いったい剣術を収めた人間をなんだと思っているんだ。
それに射撃経験がある人間であっても50kgの銃をまともに扱えるとは思えない。三脚でもあれば話は別だが、辻斬りと相対して三脚を使わせてくれる時間があろうはずもない。
「――わかった。でも、君の武器は頑丈すぎる木刀しかない。それだけで真剣を持った辻斬りと戦えるかな」
「…すこし自信はないです」
「それなら頼れる武器を増やすことは悪い方向性じゃないはずだ。しかし君の体質を考えると火薬を使わない武器しか…もう少しエンジニア部で考えてみるよ。期待していて」
ありがとうございます。メイは深くお辞儀をした。
ウタハたちエンジニア部は面識のない自分のために頑張ってくれている。ものをつくるのが大好きな人たちなのだろうことはなんとなくわかる。
変わった発明を続ける部活、それがエンジニア部だと教えてくれたのはモモイだっただろうか。彼女たちならきっと、自分のように銃から離れてしまった人間にも扱える武器を作ってくれるに違いない。
「ありがとうウタハ、メイ。これで予定していたテストは全部終わったよ。みんなお疲れさま」
「先生、今回のテストはとても楽しかった。きっといい武器を用意できると思う。メイ、期待していて」
いい笑顔でウタハは言ってみせた。きっと彼女なら、エンジニア部ならいいものが出来上がるのだろう。
それに先生からの期待も寄せられている。普通に戦えば銃をダメにされて斬り伏せられるかもしれない。そうだ、特殊な相手だから変わり者の自分が頑張らないといけないのだ。
辻斬りとの対決、事件の解決、はやく実現しなければならないことだ。でも、焦ったっていいことはない。だからメイはつとめて明るく言った。
「ありがとう。よろしくお願いします」