その日、メイはユズと共にミレニアム自治区にある家電量販店を訪れていた。
ふたりの目当てはゲーム販売コーナーにあるであろう「アーケードコントローラ」である。
どこまでも明るい照明と、わいわいがやがやと賑わいをみせる店内に居心地の悪さを感じているのか、ユズは不安そうにきょろきょろしてメイの隣を歩いていく。
歩くのにあわせてユズの赤い髪がふわふわと揺れ動くのを見て、不意を突かれたようにかわいいな、とメイは思った。
ふたりで買い物に出かけるきっかけは、昨日に届いたユズからのモモトークだった。
部室でCS版モモファイターズ3を練習することになったが、備品のアケコンが壊れていて、せっかくだから新品を買うことになったという。
じゃんけんでユズが買いに行くことになったが、よかったらつきあってほしいという。メイとしては断る理由もなかったから、放課後に店の前で集合することになった。
AC版モモファイターズ3の大会はあと5日後のことだ。きっと練習すればゲーム開発部はいいところまでいくはずだが、少し疑問に思ったことがあった。
「そういえば、ユズ、ちょっと聞きたいことがあったんだ」
「え?」
「モモファイターズ3ってAC版がでたのは最近のことだよね。でもCS版も発売されてるのってめずらしいなって。もうちょっとCS版の発売時期は遅らせるのが普通だよね?」
「わたしもそう思ってたの。調べてみたら、AC版のほうが追加キャラクターやいろんな調整のスケジュールが早いんだって」
「そうなんだ!」
「最新の環境を追いかけたい人はゲームセンターにいくし、そうでない人も少し遅れて環境が更新されるの。うまくいくかどうかは別にして興味深い試みだなって」
「うんうん」
「それでね。ゲームセンターでお金を使うよりも、部室である程度の環境を整えちゃったほうが安くなると思うの。あ、ごめん、話しすぎちゃった」
「そんなことないよ! 全然気にしないで。ユズのお話が聞けてよかったから――ここが目当ての場所?」
うんと頷いてユズが先を歩く。後に続くメイは、豊富に取り揃えらえたコントローラたちを楽しげに眺めているユズの姿を認めた。
「なるべく安くて…扱いやすい子は…」
「こんだけあると迷っちゃうな。ユズのおめあてはある?」
「うん。あの黒いのとかね。小さいけどレバーもボタンもしっかりしてて動かしやすいんだ。他はレビューで高評価なのはこれでね。いろいろ機能が充実しているの。他には…」
店を出たのは日が傾いてきた頃だった。メイが思っていたよりも時間はかかったが、ユズとの買い物は楽しかったのでいい時間が過ごせていた。
コントローラについて知らないことをたくさん知れたし、そうしたことを語るユズはとても輝いて見えた。どこまでもゲームが好きなユズの姿は、一緒にいて眩しく思えた。
「ごめんね。こんなに時間が経ってしまって。それに荷物持ちまで…」
「全然! 気にしないで。一緒に買い物して楽しかったんだから」
壊れたアケコンを買い替える予定のはずが、話の流れでもうひとつ余分に買うことになった。メイがひとつ、ユズがひとつをもって、ふたりはゲーム開発部の部室へと歩いていく。
訪れていた家電量販店とミレニアム学園の距離は遠くない。タクシーを使うまでもない距離だ。こうして歩きながら他愛のない話をするのはとても楽しい。紛れもなく、メイは青春のただなかにあった。
「あれ?」
「どしたのユズ」
「あの子、このあいだの…ストリーマーのウミちゃんだよ」
道の向こう側からこちら側に歩いてくる女の子をユズは示した。見れば、彼女は先日知り合った「海田ハカナ」だった。黒い半袖に長いスカート。オフの恰好らしい。
ゲヘナ学園の1年生と名乗っていたはずだ。なのにどうしてミレニアムの自治区に? そこを疑問に思えば自分のことは言えないが――メイは逡巡し、しかし、おーいと声をかけてみる。
「あれ? ユズちゃんにサムライじゃん!」
「こんにちは。やっぱりこのあいだの海田さんだ。よかった、知らない人じゃなくて」
「海田さんだなんて他人行儀だね。よかったらウミちゃんって呼んでくれると嬉しいな。配信じゃそれで通ってるしね」
「そっか。じゃあウミちゃん、ここでなにを?」
「アケコン新しいの買おうかなってね。なんだ、そっか、ふたりも同じことを考えてたんだね」
遠慮なく袋の中身をのぞいてくるウミにユズはたじろいでいた。
良いの買ってるじゃん、なんて呟くウミはユズの表情に気づいたのだろう。一歩下がってごめんねと軽く頭を下げた。
「ちょっと図々しかったかな。悪気があったんじゃないんだ」
「いえ、別に、なんでもないです…ウミちゃんはどういうのを、買うつもり?」
「とりま一番良いのでしょ! 音がうるさくなくてー、しっかり入力できてる手ごたえがあるやつ! あとデカくないのがいいかな。あ、やっと笑ってくれた!」
嬉しそうにウミが言い、ユズはメイの方を向いてうつむきながら顔を赤くしている。
ユズは人づきあいが嫌ではないにしろ苦手らしい。初対面の時からそんな気配は感じていたが、こうして客観視するとよく分かって、メイは心の中で頷いていた。
「そうだ。大会には出る気になった?」
「え? は、はい」
「ありがとう! 本当に対戦できるかわからないけど、大会で手合わせできたらいいなってマジで思ってるから」
「うん。わたしも…楽しみにしてる」
「ひゃーっ! マジで嬉しいわ! ああそうそう、ユズちゃんがよかったらなんだけど、大会が終わったら打ち上げいこうよ、打ち上げ!」
「う、うちあげ?」
「美味しいお店でパーって遊ぼう! もちろん都合がよかったらでいいからね! 連絡先はサムライちゃんに伝えてるから共有しといて! それじゃね!」
心から楽しそうにウミは笑って去っていく。
まるで嵐のような人だったね。ユズは小さな笑みをメイに向け、部室にむけての道を歩き始めた。
そういえば――
ミレニアム学園に入ってからしばらく。近道をするために屋外を選んで歩くユズは、隣のメイに声をかけていた。
夕日に照らされたユズはかわいいだけでなく、別の魅力を引き出しているように見えて、すぐにうんと返事ができない。
「メイちゃん、なんか悩み事がある?」
「いや…どうして?」
「なんだか元気がないように見えて…もしよかったら、わたしに話してみない? 誰かに話を聞いてもらえると気持ちが楽になる、でしょ?」
意外だった。ユズはあまり人のことを見ないタイプの子だと思っていたのに、内心に思っていることを察してきたなんて。
確かにメイは悩んでいることがあった。でもそれは誰かに軽く言えるようなものではない。しかし…
「なら、そこのベンチで話してもいい?」
「わかった。休憩にもなるしね。話したくないことなら…」
「隠すのも良くないから。さて、どこから話そうかな」
ベンチに買ったアケコンの袋を置いて、メイは空を見上げながらベンチに腰掛けた。
夕暮れの赤に染まりつつあるキヴォトスの空。いつだって空に浮かぶ輪は変わらない。でも人間関係は変わった。良い方向に。
「…あんまり聞いてて楽しい話じゃないよ」
「うん」
「知っての通り、私は銃が使えないんだ。銃だけじゃない、手榴弾とか、キヴォトスのみんなが使えて当たり前のものを使えなかった。使おうとすると壊してしまって、使えなくしてしまうの。私と、姉さんは」
メイは左を振り返って隣で座るユズを見る。続きを促すように優しい顔をしていた。
「だから小さな頃からいじめられていたんだ。みんなが当たり前に使える暴力を、私たちは使えなかったから、当たり前のことだけど。ナメられていたんだ…それである日、私は姉さんを盾に取られて、知らない子の銃を壊すように脅されたんだ」
「うん」
「本当に嫌だった。顔も知れない誰かの持ち物を壊すなんて絶対にやりたくないのに。でも逆らったら姉さんがひどく痛めつけられる。私たちに抵抗する力なんてないから、都合のいいオモチャのように奴らは扱っていて。だから、あの時の私は、知らない子の銃を壊してしまったの」
静かな調子で、そうだったんだ、とユズはこたえた。彼女なりにそんな場面を想像していたのか、悲し気に顔をしかめている。
「でもそれから、いまのぽんぽこ学園の…学園長のお兄さんが私たちを助けてくれて、剣の扱い方を教えてくれて。その流れでぽんぽこ学園に転校して…それで、悩んでいることなんだけど、私、銃を壊してしまった子に出会ったの」
「だいぶ前の話なんでしょ。その…わかるの?」
「ヘイローの形がそっくりだったし、雰囲気だって思い出せば似ていたし、きっとそうだよ」
「相手の子はメイちゃんのことを知ってる? いつそれらしい子とでくわしたの?」
「たぶん知らないし、会ったのはこの前ゲームセンターの帰りの地下鉄駅。トリニティの子だった。モモフレンズのペロロがとても好きらしくて」
「もしかして、その人ってヒフミさん?」
どうしてユズが知っているんだろう。学校だって違うのに。メイは驚きに目をひらき、どうにかうんと頷いた。
「トリニティのペロロ好きの人でピンときたの。前にシャーレのパーティで知り合ったんだ。その時、わたしはペロロの着ぐるみを着てて、そしたら抱きついてきて…とても嬉しそうだったな」
「そんなことがあったんだ…それでね。ヒフミさんもたぶん今週末の大会に出るんだ」
「モモファイターズ3の? ゲームに参加する側なのかな」
「たぶん観戦側だと思う。ゲーセンから持ち帰ったチラシを、彼女のお友達と一緒に見てたから、たぶんふたりで観に来るんだと思う。…きっと会場で出くわすこともあると思う。そう思うと、自分が許せなくて。ヒフミさんに申し訳なくて。悩んでいたのはそのことなんだ」
間があいた。
どれだけの沈黙が流れただろうか。
何秒か数えるくらいの時間か、十何秒も数えられるくらいの時間か。メイにはわからなくなっていた。
きっと大丈夫。言葉を発したのはユズだった。メイはうつむいた顔をあげ、こちらに微笑んでくれるユズを見る。
「ヒフミさんってとても優しいし、穏やかな人なんだ。だから、ちゃんと謝れば許してくれると思う」
「…そうかな…」
「きっとそうだよ。メイちゃん、ヒフミさんに過去の過ちを隠しているのが嫌なんでしょ? なら、勇気を出して謝ろう。メイちゃんならできるよ」
どうしてユズが自信をもってそんなことを言うのかはわからない。
わからないが、どうでもよくて投げやりなことを言っているのではない、ということはわかる。
だからメイは大きく深呼吸をして、それからユズに大きく頷いてみせる。
「わかった…もし大会で出会ったら時間を見て謝ってみる」
「うん」
「ありがとうユズ。話を聞いてくれて、ちょっと気持ちが楽になったと思う」
よかった! 立ち上がりながらユズは笑い、アケコンの袋をもって部室の方へと歩いていく。
気づかないうちにメイの頬になにかが流れていた。涙だった。それを拭ってメイも立ち上がり、ユズの後ろについて歩き出していった。
夕暮れの赤色は夜の青へと変わりつつある。アケコンを届けたら早めに帰らなければ。
それから数日が経ち。
ミレニアム自治区の体育館でモモファイターズ3の大会が開催される日がやってきた。晴れやかな青空の下、多くの人が会場となる体育館の前で列を作っている。
観客としてやってきたメイは列に並び、しばらく待ってから受付を済ませると、大会のスタッフの犬に呼びかけられた。
「あーすみません! ここで武器を預けていってくださいね」
「武器を?」
「その木刀も預かりの対象ですね。他に武器は持っていないですか?」
手に金属探知機らしい小さな機械をもって犬のスタッフが近づいてくる。軽く両手をあげて、メイはなすがままに簡素な検査を受けた。
「よし。検査完了です。このまま奥へお進みください」
小さくお辞儀をしてメイは幅の広い通路を進む。
やはり観客の人間とゲームの参加者は違うルートを進むらしい。ここに来るまでゲーム開発部のメンバーとは誰も出会っていない。他の出場者らしい人物ともすれ違うこともなかった。
しばらく歩くと広々とした体育館へと出た。まだ大会は始まってないが熱気や盛り上がりはかなりあった。
床には体育館特有のラインがひいてあるが控えめな照明のせいであまり見えていない。メイが進んでいたのは体育館2階に用意された観客席で、元からあったであろう簡素な椅子が並んでいる。
椅子には多くの観客が座っていた。席の指定はない自由席の形式なので、埋まっていない席から見通しの良いところを選ぼうと、メイはゆっくり歩いていく。
一階部分はバスケットゴールが跳ね上がっていて広々とした空間になっている。その中央に特設ステージが用意されていて、向かい合わせでふたつの筐体が並んでいる。
まだ筐体の電源はついていない。しかしまわりにはスタッフが、そしてモモフレンズのキャラクターたちの着ぐるみがぞろぞろと集まりつつあった。
どこからか「ペロロ様!」と声が聞こえた気がして、メイはあたりを見回してみる。少し離れたところにヒフミがいた。トリニティの制服ではなく大き目なペロロTシャツを着て大きく手を振っている。
隣にはアズサが座っている。彼女もキャラクターもののTシャツを着ていた。スカルマンのTシャツだ。
アズサはメイと目が合って小さく手を振ってくれていた。
メイは目をつむって小さく深呼吸をする。この大会が終わったら謝ろう。謝ってどうするんだ? それはその時に考えよう。賠償や謝罪を。その前に、あの時傷つけてしまって申し訳なく思っているのだと伝えたい。
「こんにちは! 覚えていてくれたんだね、アズサさん」
「うん。メイのような人を忘れるのは難しい。銃を持たずに木刀一本だけだったから。あの時のチラシのおかげでここに遊びに来られている。ありがとう、メイ」
「お礼なんて、いえいえ。ヒフミさんもこんにちは!」
声をかけられて初めてメイに気づいたらしく、ヒフミは驚いた顔をしていた。
「あの時の…メイさん?」
「うん。よかったらここでご一緒しても?」
ヒフミとアズサに交互に視線を向け、メイはふたりから快諾の頷きを受けた。ありがとう。メイとアズサとでヒフミを挟むように座り、特設ステージでモモフレンズの着ぐるみたちが踊っているのを眺める。
ノリノリのダンスミュージックにあわせて着ぐるみたちが踊る。ヒフミもアズサも楽しそうに眺め、あわせて腕を振り、声をあげていた。
モモフレンズの着ぐるみたちのダンスが終わり、スタッフの誘導で裏方へと移動していく。
そうして控え室――広くはないがよく整理されていて快適に使えるようになっている――に案内されたペロロの着ぐるみから中の人が現れた。くせっけのある赤の長い髪の少女。花岡ユズだ。
ユズは動きやすい服装をしていたが、着ぐるみダンスで汗だくになってしまっていた。着ぐるみを回収したスタッフを見送ると、控え室のついたての向こう側に歩いていって着替え始める。
「ユズのダンス、すごかったです! 本当にペロロみたいでした!」
「ありがとうアリスちゃん。ふう、疲れちゃった…」
いつもの服装に着替えてユズがついたてから姿を表す。控え室にはアリスだけではなく、モモイとミドリもいた。この控え室は大会参加チームのもので、3人は小さなテーブルを囲んでくつろいでいる。
「でもさー断ってもよかったんじゃない? ユズだってこのあと大会があるんだよ」
「ペロロの着ぐるみ担当が急に熱が出て来られないっていうんだもん、着ぐるみの経験があるのってわたししかいないし、大会のとこを考えたら仕方ないよ」
おひとよしだなあとミドリがこぼしてお茶を飲む。その隣に座ってユズは水の入ったペットボトルに口をつけた。
「ユズちゃん。ゲームはできそう?」
「全然問題ないよ。心配しないで――うん?」
こんこんと控え室のノックが響く。一番近かったモモイが立ち上がり、はいはい~とドアを開けた。
「チーム『ゲーム開発部』のユズさんいますか」
「え? いるけど…」
「でしたらこれをお渡しください。それでは」
つっけんどんな、慇懃無礼な態度の人間だった。全身黒ずくめのスタッフらしい人間が小さな封筒を突き付けて去っていく。
なんなのあの人。モモイは口をとがらせながら封筒を叩いてみた。
中には紙しか入っていないようだった。封筒に爆弾をいれて、なんてことはないだろう。
「ユズあてに手紙らしいよ」
「手紙? なんだろう――えっ」
封筒から手紙を取り出して読み終え、ユズは表情をこわばらせていた。
誰がどう見たってユズの態度はおかしかった。モモイたち3人はおそるおそるユズに近づき、手紙になにが書いてあったかを後ろから見ようとして、
「わっ! 見ないでっ、えっと、ファンレターみたいだから!」
「ファンレター?」
「うんそう、そう、ファンレター。大会頑張ってねって書いてる…ちょっとごめん、少し席を外すね」
怪訝そうにしているモモイ。その後ろからアリスが声をかけた。
「ユズ! 試合に遅れないようにしてください!」
「気をつけるねアリスちゃん。5分前には戻るから、大丈夫だよ」
そう返すユズの額には汗が流れていた。着ぐるみダンスが終わった後とは比べ物にならないくらい多くの汗だった。