「よし」
身だしなみを全て整えた事を鏡で確認し終わり、部屋に用意されている机で私の大切な人から授けられた“特別な手帳”をリュックから取り出す。昨日観た事を全て箇条書きに整理していく。整理された文章を俯瞰する様に眺めていると、やはり王と王に対して反抗するスラム街の人々との関係について考えざるを得ない事に気づかされる。同時に、間違いなくこれは、王の逆鱗に触れる。その事にも気づく。
これは本当に選択の瞬間だ。今の私と彼の関係性を一転し兼ねない選択。
……これは最終手段かな。そうやって一旦選択を後回しにして、もう一度箇条書きに目を通す。確か彼は強権だとか言われていた……。でもそれはいつの話なのだろう。少なくとも農家の人達が言っていた事件よりも前なのかな? 強権でいた彼がいつからか民と直接顔を見合わせて話せる様になった事で変われた? そうでないと少し辻褄は合わないような。いやでも変われたのなら今なお強権だと言われるのもおかしい。
パターンから単純に考えると、スラム街の人々が“彼が満たせなかったナニカ”だ。その人々の事で欠けているモノを満たす事が出来れば良い? ……でも私を襲って来た男達の見せた諦観や狂信を見ると彼等こそ満たされていない。それを哀れに思う人もいなければ、今思うとそれに気づいていて私に忠告してくれる人々は居なかった。口を滑らす人が居なければ私は知る由もなかったのか? つまりそれは彼がそれでいいと、スラム街の人々はあれでいいと“この世界”で受け入れている。うーん、ならそこを満たしても無意味に思えてきた。確かにスラム街については隠されている印象が強いが、そもそも私が自由に出歩けて居るのならいつか知ることくらい彼だって気づいている。という事は“閉じているナニカ”ではなさそうだ。
結局帰ってくるというべきなのか、いよいよという気持ちが出てきていた。恐らく今のままでは見つけられないのだ。もう選ぶしかない。私は半ば選択した形でこれから起こる最悪に備えて身支度をし始めた。
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全ての準備を終えて、謁見の列へと辿り着くとと丁度最終の最後尾が目の前だった。この偶然のラッキーに私はより一層最悪の展開が頭に浮かんだ。ならばもう覚悟を決めるだけ。
…………
順番を迎える。昨日誰も居なかった暗い謁見の間は無く、初めて出会った時と寸分違わない空間がそこには広がっていた。
ただその中で唯一違うのは、私の覚悟と彼の王の胸中なのだろう。
「オウ。今日はどうした?」
気安い態度共に私に尋ねる。
「はい。今回は伺いたい事が幾つか出来たので参りました」
たった1日で見せた私の態度の変化に対して、明確に警戒の様子を彼が見せた時点で私の予感は確信に変わった。そんな雰囲気の変化にも顔色を変えないハイクも目に入った。
「……聞かせろ」
「私は昨日、この街のスラム街を知る事が出来ました。そこで貴方を想う人達も。それについてお答え頂きたい」
せめて、誰からという情報だけは守りたい。
「答えてやってもいい。その代わり、お前は誰から聞いたかを答えろ」
早い。
「何故? ですか」
「それについて答えてやる義理はない」
「強権だ。という声も聞きました」
「で?」
王の要求は無視をする形で、私が伝えるべき事をありのまま話す。
「今の態度はその印象通りだと思っています。しかし、そういう姿だけでないのも私は見せて頂いた事を忘れたつもりはありません。だからそんな貴方と会話をさせて下さい。私は貴方と闘う為に“この世界”に来たのでは本当にないんです……!」
お願い伝わって……。
「知った風な口調と話術で俺に指示をするんじゃねぇよ……。何にせよお前は余所者だ。正真正銘の余所者だ。なら先ずはオレの正しさに従え……!話はそこからだろ」
「従う事で“目的”が果たせるなら当然です。でもそうじゃないとなれば……」
「なら御尋ね者だお前はっ……!!」
私はその言葉を聴いた瞬間に目線を王から切った。謁見の間を両目で360度俯瞰して動体物を把握しようとする。王が言葉を完全に言い終えたタイミングで前方90度の範囲で4人の兵士の様な姿を認識。ほぼ同時に後方左右45度の範囲で3人ずつ、計10人を捉えた。退避ルートは真後ろの謁見に進む為の正規ルートしかない。全速力で踵を返して入って来た扉に突撃する。後方の兵士達は驚いて道を塞ごうとしたが間に合わず、私は扉を蹴り飛ばした。結果的にも扉は破壊する事は出来なかったが、通る為の隙間を開ける事に成功し、廊下を突き抜け、前もって隠した荷物を取りに中庭の陰になった隙間に急ぐ。お仕事中の人々を驚かせながら目的地に到着しリュックを回収後、庭の木を足場に王宮側面に駆け上がる。そのまま脚で壁伝いながら宮殿外へと逃げる事が出来た。離れていく間にも騒がしくなっている王宮に横目に確認して、暫く戻れない事を覚悟しながら走るスピードを上げてスラム街へと急いだ。