スラム街と思われる入口にやって来た。草臥れた人々を他所に、宿になりそうな所を先ずは探す。
……どうやら既に私はこのスラム街で有名人らしい。私を目にした人々が次々に怯えて離れていく。これでは宿を見つけても泊まることは出来るだろうか。野宿する事はやぶさかでないものの、この後の事を考えると出来れば余力を残しておきたい。
「……嬢……ん」
ん? 何か聴き覚えある声がした。
「お嬢さ……」
「あっ」
そう。この世界に来てすぐに広場で出会った老婆だ。
「泊まる所はもう決まっているかい? 決まってないなら是非家に来ないかい?」
あの時と同じ「台詞」を言う老婆。でも同じ意味に私は聞こえなかった。もし今でなく最初からその言葉に従っていたらと思うけどきっとそうではない様にも思う。
老婆の家に着いた。ちょうど街とスラム街の間にある様な家。大きな石をくり抜いて出来た様な飾り気の無い家だった。中は狭いが1人暮らしには困らなそうだ。一通りの家財道具が整頓され、かまどを暖炉にする様に側に小さなベッド。ここで老婆は寝ているらしい。2階があってそこに人を泊めているんだとか。
「本当にありがとうございました」
何にせよ感謝を伝えなければ。
「いいんだよ。私も話し相手が欲しくなるとこうやって声をかけているだけさ。寂しがりのお婆さ」
「長居する事はおばあちゃんの為にも出来ません。なるべく早く事態を解決しなければ……」
しかし、直接対話するチャンスを事実上失っている訳で……。どうしたものか。
「そんなに急がなければいけないのかい?」
「直感ですが、今は特にそういう思いが強くて」
「お嬢さんは不思議だねぇ。時々私達の王様みたいな顔をする時がある。こう見えても私は眼だけはいいのさ。爺様にはよくトロいと言われたが、眼だけは負けなかった」
へえ。
「どういう所が似ていますか?」
「私達は日々生きるのに精一杯で周りの事なんて気にする事はあんまりないけど、貴方を見かけた時、王様と初めて会った時の姿にそっくりで。周りを見渡してキョロキョロと。何かをしなきゃってね。声を掛けて話したり、困ってる人を見つけて手助けしていたねぇ。まだこんな大きな街になる前の小さな村であった時だねぇ」
「えっ」
やっぱり。という事は。
「おばあちゃんは、王様の昔を知っているんですか?」
「知っているよ? もちろんね。今と変わらないままでずっと居てくれているよ」
姿形は当然、正直なところこの老婆や“この世界”の全ての生き物がどこまで変わっていく事が出来るのかは定かでは無いけど、この話を聞く限りだと街というのは村から始まって変化して成った様だ。
「つまり……“此処は満たしたモノ”ではない。そういった意味での“此処で満たされなかったモノ”も存在してない……って事?」
そんな事もあるのか。前例を意識しては駄目だったのかも知れない。今までは“世界”に欠けたかけらを見つけて補う事で扉は開いてきた。でも、此処は一から彼の王様が本当に築いたのか。……どうやって? おかしい。その時築くという事象事態に違和感を感じた。そして閃く。
「あっ。やり直している?」
そうか! そういう事か! “閉じる”事を選ぶのではなく“上書き”しようとしている……! 一体どうやってそんな事になったのか、出来たのかそういう事を気にしている場合でもない! このままだとそもそも彼の“強度”そのものが崩壊している可能性が高いじゃないか! “それ”は私自身も危ない……!!
「どうしたんだい? 顔色が急に……」
「えっ!? いえ、その……ゴホン。大丈夫です。大丈夫ですから、心配させてしまってごめんなさいおばあちゃん。本当に大丈夫です。気づかせてくれてありがとう。先に寝ますね。おやすみなさいおばあちゃん」
そうやって話を切り、2階へと上がりほぼベッドだけの部屋で横になった。
既に刻一刻を争う状況に居た事を自覚した私は、もうなりふりを構っている場合じゃない覚悟をして眠りに着いた。
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翌朝、老婆の支度の音で即目を覚ます。質素ながらとても美味しい朝食を頂き、改めて何度も感謝をして老婆の元を去った。
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「この事態、一体どうする気なんだリーダー? 情報源になると思った奴が想定以上の強者で、あっという間に王に囲われる側から追いかけ回される側になってる」
「そうだよ! それも其奴は今此処に潜んでるっていうじゃないか!? これ以上最悪な状況はない! 何も準備も出来ていないんだぞ!?」
「分かっているッ……!」
何かで机を激しく打ちつけた音が響く。
「だが、完全に私達の想像の域を超えているとしか私には思えない……! 少なくとも落ち度は……」
ドンッ!!!
突然、出入り口に向かうための扉が蹴破られる。あまりの出来事にレジスタンス活動でそこに集まっていた人達の心臓の拍動は、間違いなく数秒止まった。
「その通りです。貴方達には何も落ち度などある訳ではありません。全て私が来た事が原因です」
私はそう言って彼らの輪の中に入った。当然彼等は目を丸くして私を見つめているが構っている暇はない。
「な、ナンなんだ一体!?」
「君は……」
「すみません、驚かせてばかりで。私が来た理由はただ1つです。貴方達に協力しに来ました」
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それから半日を掛けて、私の協力する理由、敵対する意思のない事の説明と理解、強さの証明を行った。証明でまた何人かトラウマを(私は山羊だけど)与えてしまったけど、仕方ない。そして、残りの時間は彼等レジスタンスの意志の確認に努めた。多くは小さな不平不満や、中には王に対しての偏見や言いがかり、狂信的な思想で集まった人々であるらしいが、それを束ねるリーダーの女性の意志は私は納得する理由を経た。
1つは理想のかけ違い。求める物が違ってしまえば当然争う形になってしまうしかない。それを矯正する事は出来ないが、でも訴えたっていいのでは? と彼女は考えたそうだ。そうやって話す内に少し集まりが出来たという。2つ目は、そうやって集まってきた人の居場所を守る為。結果的に生まれた意志だそうだが、結局このスラム街も王様の元でしか生きていけない事を心の中で感じているらしい。大きくなるに連れて切り捨てられた人々も受け入れつつ、出来る限り王様を遠くからでも見ていられる場を守る事は結果的に彼の王の為になるのでは、と。最後に傲慢だけれどと呟いていたが。最後の3つ目が私は特に引っかかった。それは王様の姿に違和感を覚えたからだという。このスラムにやってきた人々の中には、此処がまだ村というべき広さで王と共に発展に貢献したと話す者が見つかったという。そしてその者達は多くが「昔の王様はあんな人ではなかった」と話したそうだ。「本当に突然、これ以上は必要ないと見切られていった」という。それが余りにも『完璧』だと言うのだ。だからこうやって発展出来ているとスラムの外で考える者もいるとか。そんな姿に違和感を感じて、リーダーは叶うならその理由を知る為に続けているらしい。
私はその話を聞いて間違いなくこの“やり直し”には“お手本”がある事を直感した。其れがきっと私が求める“目的”と重なっているから。