危険を迅速に片付けながら、遂に私は“目的”の場所になるであろう西の外れの庭園にある大きな木の側の小屋の前に辿り着いた。レジスタンスとの計画の際に確認させてもらった場内の見取り図と私が記憶した王宮内の記憶の中で唯一合致しなかったのがこの場所だった。
扉を開けると中は庭園を管理する為の道具と、机と椅子、籠と蝋燭しか無い本当にそれだけの小屋だった。だが、その小屋の中の床板と底石の一部が開いた状態になっていた。そしてその先には蝋燭で淡く照らされた王宮の下へと続く階段があった。
階段を降り、縦長で横幅のない通路をまっすぐ道なりに進むと、段々と蝋燭以外の光が奥から見えて道幅も広くなってきた。その光に向かって行くと、謁見の間にも似た広さの空間に出た。その先に彼と“目的”が待ち構えていた。
「ん?」
彼が振り返って私を見つめる。しかし、それ以上何もせず立ちはだかるだけだった。だから私から話を切り出した。
「王様、これからどうなさるつもりなんですか?」
「どうもこうもねぇだろ。終わりだ」
「いいえ。終わらせません。何も終わってはいないからです」
「いいや、終わりだね。俺は失敗した。成功するはずだったのに失敗していた。不完全だったんだよ。終わりだ」
「何に対して不完全なんですか?」
「お前には分かっていたんだろ? 俺が本物では無いって」
「それを知っても、知っていようが関係ありません。私はそれについてはそれ以上は答えられません」
「……。そうか、でお前は何で俺に構うんだ。目的だとか言うがそれは俺に何の関係がある」
「……ハッキリ言って直接的に関係があります。貴方を救いに来たと今は言えます」
「ならなんでこうなる前に救ってくれないんだっ……!!」
初めて彼の本当の感情に触れた気がした。その衝撃で酔いの様な感覚に陥る。
間を置いて、言葉を返す。
「そうですね。貴方がそこまで擦り減る前にこの世界に辿り着けていたらもっと良かったのかも知れない。でも私は諦めていません。今の貴方がどういう事なのか私なりの理解をお話させて下さい」
「ああ……」
「貴方が“この世界”に生を受けて歩み始める際、本来は“村”から始まる筈じゃなかったんだと思います。その時点から『間違い』というのは起こっていたんです」
「……」
「そして、貴方の後ろにあるその“記録”はお手本となって、貴方は“やり直し”を始めた。“写鏡”のやり直しですから、きっと欲が出たんでしょう。それは私は貴方が“本物の一部”である証明だと思います」
「やり直しの、より良いやり直し。お手本を参考にした完璧なサクセスストーリー」
「記録にあるその成功へと進む姿と、それを阻む出来事を貴方は見て学び、より早くより徹底してリスクの目を切っていった。それと同時により甘くより身を切り刻んで。それ故に、貴方の“強度”は擦り減った。余力も無い程に」
「王は、其れを後悔してるんですね……?」
考える間も無く彼は答えた。
「そうだよ。それの何が間違いなんだ? それは俺の傷だ。その後悔は俺の、俺だけの物だ。だからどう扱うかは俺が決める。お前の指図受ける物じゃねぇ。これだけは本物と変わらねえっ」
私は一呼吸置いて話を再開した。
「それで、終わり何ですか?」
「選んで正しかった事をまた選び、選んで間違っていた事を選ばないで居たらこうなった。これ以上の事実はない」
「でも貴方と共に今居る民は、今でも王様の事が好きです」
「これからはそうは成らないだろっ……!!!」
また強い感情にあてられる。
「……いいえ、そうとは限りません。貴方が唯一知る事が出来なくて、だからこそ出来なかった事をやり始める事が出来れば。そこに気づくだけでもきっと大丈夫だと思います」
「お前は何を言ってるんだ……? この“記録”を全て観たって言うのか!? ふざけるんじゃないっ……!!」
「この世界を見て歩いて、貴方を見て、私の今までの経験を経てそう思っている。それだけです」
「知った風なっ……。その態度、不快だぞ!」
っ。
「これから話すのは貴方を見た上で、私が想像した“彼”のもしかしたら、の話です」
「……」
「“彼”はきっとある意味で貴方の様に成功する事に長けていたんだと思います。貴方が村を街までに築き上げた様に。でも、貴方の様に完璧に成功をしていた訳でもなく、当然大きな失敗もして来たんだと思います」
「当然それ等を、貴方の様に後悔を“彼”もしていた」
「貴方の様にその後悔を民にも見せる事は多くもはなかったのでは?」
「…………」
「でも、きっと此処が貴方と“彼”の分岐点」
「もしかしたら“彼”は、気づかれない様に世界を見ていたのではありませんか?」
「後悔をしまい込んでいても、でも気になってしまう。相反する気持ちは存在し得るのが人間です。ひととき耐える事が出来ても長くは続かない。もし“彼”がその様子も無く、その“記録”の中で王として振る舞う事が出来ていたなら、それはきっと、誰も目につく事がない仮の姿を通して、背負い込んだ“世界”仕舞い込んだ“世界”を『覗き観る赦し』があったからではありませんか?」
「仮の……?」
その言葉を聞いた瞬間、王は氷解する。王にはその視点が無かった。その筈だ。王には“彼”のそんな可能性を転写される事も、彼と共にある記録に残される事も、有り得なかったのだから。
王は“彼”が王となる迄、王となってからの統治、その終わりまでの、“王”としての足跡なのだから。
「そんな……。そんな事があるのか……?」
「本当に『有った』かは、分かりません。ただ私は、貴方のその完璧な姿にそういった赦しが無かった様に思えただけです。そして、私にそう思わせてくれたのは貴方と共に合ったこの街の人々のお陰としか言えません」
民達は、私は王様が傍に寄り添っている実感を持っていなかったと思えるのだ。もし噂でも何でもいいのだけれど、「私達の王様は時々お忍びで見に来ているらしいぞ!?」「王様が〜を知っていたんだ! 誰か話したのか?」「こら! 良い子にしていないと、王様はいつもこっそり見ているから、悪い子は捕まってお尻叩きをされるぞ!」なんて、こんな風な話を聞けていたら実感を持っていないなんて思わなかっただろう。それくらい“この世界”の民は皆口々に『王様が居てくれる事』を話していたのではないだろうか。見ていると居る。この違いだけでもきっと何かが赦されていると私は思う。それは“王”も“民”も。
王様は膝で立ったまま、私から目を離して後ろに佇んでいる“其等”をただ唖然と見つめていた。私もそんな王をただじっと見つめ続けるだけだった。
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「これだけでいいのか?」
扉の前で持ち物を確認していた私に彼は声を掛けてくれる。
「はい。充分です。私が「旅を続ける為に必要な物」さえ補充出来れば私は旅を続けられる。そういうモノなんです」
私は全ての準備を終えて、扉のノブに手を掛けると彼の方を振り返った。
「最後に」
「貴方のその色は、もしかしたらヒトの摩擦で起こる色を現しているのかも知れませんね」
驚いた様な表情を見せた後、彼はこう答えた。
「そんな風な事も、考えた事もなかったよ」
扉のノブを回す。
「ふへへ。では! さようなら!」
私は再び“その扉”を開け、勢い良く飛び込んだ。