もしも、織斑一夏がバケモノだったら   作:σみるくてぃーσ

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「ちょっと良いだろうか?」

 

 一限目が終わった後の休憩時間。

 廊下の外まで集まっている他のクラスの生徒にまで注目を浴び続ける日々を送らなきゃいけないのかという、これからにちょっぴり心が折れかけていた時。1人の女子生徒が声をかけてきた。

 女子にしては少しばかり高めの身長に、長い髪を後頭部で一つにまとめた、所謂ポニーテールと言うやつ。

 少し切れ目の鋭い目つきは姉を思い浮かべされる、気の強そうな生徒だ。

 

「君は…」

 

 朧げな記憶の引き出しを広げる。

 きっと、こんなところで声をかけてくるくらいだ。多分、というか間違いなく、『昔のおれ』の知り合いか何かだろう。

 

(…あぁ、この子は)

 

 考えること数秒。答えはすぐに出た。

 この子は『見た事』がある。確か姉が言っていたはずだ。俺が小さい頃通っていたと言う剣術道場の子。見せてもらった古いアルバムの中に似たような雰囲気の子がいたなと思う。当時の写真とは比べ物にならないくらい成長しているとは言っても、目つきや雰囲気は全く変わらない。

 篠ノ之箒。

 アルバムの写真でしか知らない、俺の幼馴染らしい。

 

 

 

 ここではちょっと話しづらいだろうと言う事で連れてこられたのは屋上。流石に屋上まで入ってこないらしいが、しっかりと言うべきか、入り口近くにはちゃっかり人の気配を感じる。まぁ、色んな意味で俺は目立つから仕方ないのかもしれないけど、ちょっと露骨すぎて呆れてしまう。

 

(…もうちっと、隠れる努力をしてくれ)

 

 まるでこれじゃ見せ物のパンダか何かだ。あまり気分のいいものじゃない。

 

「その…久しぶりだな、一夏」

「ん、あぁ、久しぶり」

 

 そう言って彼女は少し微笑む。ずっと離れ離れだった旧友とようやく会えたような、そんな笑みだ。

 

…あぁ、そう言えば。

 

 俺は7つの頃誘拐され、その後IS事変のゴタゴタの中で、発見保護されたと言う、笑い話にも程がある下らない物語があることを。

 IS事変のせいで正確な記録が困難であったからこそ、混乱した世の中だったからこそ可能だった芸当だった訳で。それくらいIS事変終結後一年位はとにかく混乱に混乱を極めていたと言う証左でもある。

 まぁ、実際のところそれに守られているおかげで、俺が生きているのだからあまり文句も言える立場でもないのだが。

 

「まさか、こんな形で再会することになるとは思わなかった」

「…まぁ、そうたな。確かにそうかもしれない」

「どうした?やけによそよそしいみたいだが…」

「いや、なんでもないよ。ちょっと疲れてるだけで」

 

―――嘘だ。

 

 こんなの口から出た、出まかせにすぎない。

 本当は彼女の事を、『篠ノ之箒』のことなんて全く覚えてない。

 彼女からすれば2度と会えないと思っていた人物との再会だから、感動もひとしおだろうとは思う。

 でも、彼女は『過去の俺』との親友であって。少なくても『今の俺』にしてみれば、ただの赤の他人でしかなかった。

 

「そう、か?まぁ、男1人では気も休まることもないだろう。私にできることはあまりないだろうが、細やかながら手をかせる事があるなら、遠慮なく言ってくれ」

 

 でも。

 俺はそれを素直に言うつもりは、『君のことは覚えていないんだ』と、現実を突きつけるようなことはどうしても出来なかった。

 

―――嫌でも、思い出すからだ。

 

『初めて会った日』、絶望に染まった姉さんの泣き顔を。

 

 

 

 死んだ方がマシと思えるほどの苦痛を伴う人体実験を受け、自分が生き残るためだけに罪なき人を殺し続けた日々。

 生き地獄から幸か不幸か救い出された。だけど、それで終わりとは簡単にはいかなかった。

 薬漬けと催眠による廃人一歩手前の精神状態と、記憶の混濁。あの日々はどう足掻こうと、まともな心を保つことなんて出来なかった。いっそのこと壊れてしまった方が楽だったくらいで。

 正直当時の記憶は今でも曖昧だ。医者が言うには、保護されてから1ヶ月は睡眠薬で強制的に眠らせておかないと暴れて手の付けようがなかったと。薬の禁断症状で三日三晩叫び続けたこともあったらしい。

 落ち着くのに3ヶ月、そこからまともに意思疎通を図れるようになったのは、更に半年を要したと聞く。

 はっきりと自我を取り戻した時には、『俺』は『誰』なのかすら、全くわからなかった。

 ただ気がついたらベットの上にいて。だけど、何でそこに居るのか全く分からなくて。満足に動かせない体と、過去を無くしたまま放り出された、そんな状態だったのだ。

 

 記憶にあるのは、人を殺し続けた日々のみ。

 幼い頃の記憶も、隣に誰がいたのかすらも何もかもが、記憶から抜け落ちていた。最早それは元々持っていないかのようで。そう表現されるくらいにはなにも俺には残っていなかった。

 ある意味、俺はあの日『初めて産まれた』と言ってもいいのだろう。それくらい、当時の『俺』には、人としてあるべき何もかもが欠如していた。生きているだけの、人の形をしたナニかで。

 だから、正直俺が本当に『織斑一夏』である事すら確証が持てない。いつも、心のどこかに『俺』は誰なんだろう、そんな疑問符が渦巻いていた。

 それはきっと、『俺』のような、記憶喪失になった人間にしかわかり得ない悩みなんだろう。

 確かにいつだか見せてもらったアルバムの中に映る、幼い頃の『織斑一夏』の姿と、自分自身がそっくりなことくらいは流石に分かるけれど。

 

 もしも、周りが嘘をついていたとしたら。

 

 本当の俺は、織斑一夏にそっくりなだけの赤の他人で、俺に『織斑一夏』を名乗らせる方が都合いいために、周りがそう仕向けているだとしたら。

 そんなものは、きっと杞憂だ。それは単純に考えすぎなだけで、その言葉の通りに物事を受け取ればいいのに。

 でも、素直に受け取れるほど俺は大人じゃなくて。考えれば考えるほど頭の中がぐちゃぐちゃで訳がわからなくなって、何度も自分を見失ったものだ。

 

 だから、『俺の姉』だと名乗る人が来た時もそうだった。

 周りの人たちは感動の再会だと涙を浮かべて。『姉』と名乗る彼女も、声を震わせながら「会いたかった、無事で良かった」と口にして。まるでもう二度と離さないと言わんばかりの力強さで、でも壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめてくれて。

 きっとこの人は『俺』の『姉』何だろうと言うことは何となく雰囲気から理解できた。 

 多分生き別れか何かで、ずっと会えない間柄だったんだろうって。

 『俺』の知らない『俺』を知る人なんだろうなって、なんとなく雰囲気からそう悟った。

 

―――でも。

 

 でも、当時の『俺』にはそれ以上でもそれ以下の何でもなかった。

 再会できて嬉しい。

 そんな感情が湧いてくることなんてなかった。

 この人が泣いている理由が全く分からない。

 

『あぁ、ちょっと性格のきつそうな人だな』

 

 ただの赤の他人を見ている感覚。親しくも何ともない、今日初めて会っただけの人。

 それ以外何も感じる事がなくて。

 

『貴方は、誰ですか?』

 

 だから。そう、口にしてしまった。

 それは何気ない一言だったと思う。悪意も何もないただひたすらに純粋な言葉。

 でも、決して許されない一言だったのだ。

 

『い、いち…か…?』

 

 俺はあの日の『姉』が浮かべた、絶望に染まった顔を決して忘れることはない。少なくともその時はただの赤の他人、そうとしか思えていなかった人の、その表情は脳裏にこびりついて消えることはなかった。

 何故ここまで心を揺さぶられてしまうのかは分からない。だけど、自分の言葉に激しく後悔した事はよく覚えている。

 

 姉さんの唯一と言ってもいい、心の支えを壊したのだから当然だ。

 

 

 姉さんに家族はいなかった。両親は、俺が片手で足りる年齢だった頃、事故に巻き込まれて死んだらしい。

 唯一生き残った弟でさえ行方不明となって。きっと、姉さんはずっと孤独に苦しめられてきたのだろう。

 もしかしたら、死ぬことを考えたのかもしれない。それくらい孤独というものは恐ろしく、人のココロを蝕んでいく。

 だから、死んだと思っていた肉親と再会した時にあの言葉を突きつけられる事が、どれだけ辛いものか分かり得るはずもないのだ。

 辛いなんて言葉じゃ表せないかもしれない。

 俺ば姉さんのことを、傷つけてしまったのだから。

 

 その現実が受け入れられなかった弱い俺は、再びパニックを起こすことになる。

 結局、俺と姉さんが一緒に暮らせるようになるのに、それから1年の月日を要した。

 

 

 

「ありがとう。そう言ってもらえると助かる」

 

 だから俺は嘘を吐く。偽りの仮面を顔に貼り付けて、その場を取り繕う。

 もう、誰かが傷つく姿を見たくないから。少なくとも俺が原因で悲しませるなんてことは2度としなくない。

 悲しむくらいなら嘘でもいいから、笑っていてほしい。

 

 もしかしたらそれは、ただ問題を後回しにしているだけなのかもしれないけれど。いずれ嘘がバレた時、もっと傷つくかもしれないけれど。ただの自己満足なのかもしれないけれど。

 それでも、『今』この瞬間の笑顔を守る事ができるのなら。

 せめて俺の命の灯火が消えるその時まで、保ってくれるのなら。

 それでも構わなかった。

 時には、優しい嘘も必要だ。

 

「…さてと、そろそろ戻ろう。遅刻なんてしたら姉さんに怒られる」

「違いない」

 

 腕時計で確認すると次の授業まで5分を切っている。教室に戻る時間を考えると少し急がないと間に合わなくなるかも逸れない。

 多分遅刻なんてしようものなら、ほぼ確実に鉄拳制裁が下される事だろう。

 姉はきっちりした性格なので、そういうところは自他共に厳しい。厳しすぎると言えなくもないけども、そういうところも含めて姉さんらしくはあるのだが。

 入学初日から説教を受け、悪い方で目立ってしまう事だけは絶対に避けなければならない。

 …そもそも逆らうことは絶対あってはならないのだが。

 それすなわち死を意味するからで。

 

 いやもうほんとマジで。誇張とかそんなの全く関係なく、本気と書いてマジと呼ぶくらいには。

 命知らずの馬鹿がいるなら一度挑んでみるといい。

 色んな意味で後悔することになる。

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