もしも、織斑一夏がバケモノだったら   作:σみるくてぃーσ

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 クソ生意気なガキンチョ。

 

 それが篠ノ之箒の、織斑一夏に対する人物評価の全てだった。

 

 もちろん再会した今ではそんな印象は全くないほど変わっているけれど、まだまだ幼い頃の記憶が大半である箒にしてみれば、そんな印象の方が強い。

 

 出会いのきっかけは、昔父親が開いていた剣道道場の生徒だった千冬に、引きずられてきた事が始まり。今改めて思えば、その時から一夏がとんでもないクソガキであることの片鱗はみえていたのだが、当時の箒が気づく事は残念ながらなかった。

 それはもう、誰もが手を焼くレベルの真性のクソガキだったのではないかと思う。まだ片手で足りるほどの年齢でしかなかった箒でさえ、「何だこいつ関わるのやめよ…」と真面目にドン引きするくらいには酷かった。多分一生で1人2人お目にかかれば良い方と言われるくらいには。

 

―――一夏は根本的に性格がゴミカスのクソガキンチョだったのである。

 

 大人の言いつけなどどこ吹く風で全く聞かず、それどころかクソ生意気にも反抗している始末。

 口を開けば罵詈雑言の嵐で泣かせた同級生の数は最早数えきれず。しかも趣味がスカートめくりと公言するような超絶問題児。箒自身もほぼ毎日、下手をすれば顔を合わせるたびにその被害に遭い、やられるたびに容赦なくぶっ飛ばしていたのは、最早日常の一幕になりつつあったような気がする。

 記憶を辿ってみても、一夏はいつも師範代―――箒の父―――や千冬、そして父親にしばき倒されていた思い出ばかりしか出てこない。

 よく言えば生意気だけど元気一杯のクソガキ、ストレートに言えば手の施しようのない問題児。武士道やら武道精神なんて糞食らえみたいな対極の存在なくせして、誰よりも剣道に関しては実力があったのが余計にタチが悪い。

 どれだけぶっ飛ばされようとも性懲りなく悪事を働いていたあたり、肝や根性が座っているのは確かなので、もうちょっと剣道にその気持ちを向ければ良いのにと、師範代が頭を抱えていたのは懐かしい。

 そんな様子ばかり見ていたため、いつかは打ち負かしたい目標ではあったけれども、それ以上の感情は何も持ち合わせなかった。むしろそんな幼稚な事をするクソガキに恋愛感情を抱く方がおかしい。

 それでも、行方が分からなくなってしまった時には、同じ道場生としても―――不本意ながら―――幼馴染としても、暫く塞ぎ込むくらいには落ち込んだし、無事が分かった時には声を上げて喜ぶくらいには歓喜した。

 なんだかんだありつつも、箒にとって一夏は数少ない大切な友人であったのだ。

 

 だからこそ、こうしてIS学園という場で8年振りに再会できたのは素直に嬉しく思う。

 

 子供時代の8年間はあまりにも長い。当然昔のままでいれるはずもなく、大なり小なりお互いそれなりに変化はあった。

 箒としては、自分自身の変化なんてものなど、身長が伸びたなどの簡単なものしか分からないが、一夏は大きく、それこそ同一人物かと疑うほど変わってしまっていた。

 昔のクソガキっぷりは嘘のように鳴りを顰め、物静かなとも達観しているとも言える程の性格に。幼い頃の一夏を知っていただけに、屋上で会話した時に浮かべた物憂げな表情にはひどく驚いたものだ。

 言葉そのままの意味で鼻垂れ小僧だった頃からは想像つかないほど、芸能人や雑誌モデルと比べても遜色ないくらい整った容姿になったのもあり、入学して僅かとはいえイケメンと噂されているほど。

 

 だが、と箒は思う。

 

 一夏の場合、誘拐事件に巻き込まれてしまったがため、そうならざるを得なかったのが事実なんだろうと。

 箒自身は誘拐事件のことなど殆ど知らない。知っていることといえば、誘拐される際に両親を殺害されてしまったこと。IS事変の混乱期に発見保護されたこと。そして、そのせいで心に想像もできないほどの深い傷を負っていることだけ。

 

 それがどれだけのものなのかは、昨日の剣道場の一件で嫌というほど思い知らされている。

 自分のことすらわからなくなるほどのパニックを引き起こし、気を失った後でも譫言で『助けて』『許して』と口にし続けていたのだから。そのあまりにも尋常ではない様子に箒はどうして良いのか分からず呆然とするだけ。たまたま通りかかった千冬がいなければ、箒がパニックになっていただろうと思えるほどだったのだから。

 

 身体的な怪我と異なり目に見えるものではない故に、心の傷は簡単に癒える事はなく、そして治癒したのか分かりにくいものであるかを改めて思い知らされた。

 

 だけど、無力であったとしても、はいそうですかとそれを受け入れられるほど箒は強い人間ではない。

 だからこそ、今日の朝一夏が深刻そうな顔をしながら、昨日の一件の謝罪と合わせて口外しないでほしいと頼まれたときに箒は決意したのだ。

 箒は医者ではないので治療を施すことはできないし、口がうまくないので気の利いた事を言えるわけでもない。自身の力など高が知れているし、出来ることなど殆どないに等しい。

 それでも、微力でも構わないから一夏の助けになると。

 

 変に動いて一夏に気負わせるよりは、普段通り接した方がいいと判断。そもそも、箒はどちらかというとコミュニケーションが苦手であるため、そんな事をすれば逆にぎこちなくなってしまう。

 元気な朝は美味しい食事から。

 そんな訳で取り敢えず、元気のげの字も無いような様子の一夏を半ば引きずるようにして食堂に連れてきたのだが。

 

「……さっきから元気ないが、どうしたんだ?」

 

 今にでも口から魂が抜けていきそうなくらい生気のないというか、絶望しているというか。

 とにかく放心しているという言葉がぴったりな様子だった。

 もそもそとゆっくりではあるが、食事を口に運んでいるので食欲が無いというわけでも無さそうなのがせめてもの救いだろう。

 正直なところ、向かいでそんな顔をされてはせっかくの美味しい食事も不味くなってしまうのでやめてほしいのだが。昨日の件もあるから仕方ないと、そう言いたくなる気持ちをグッと抑える。

 

(まぁ、そう簡単に気持ちの整理をつけられることでもないだろうしな…)

 

 箒には分からない一夏の悩みもあるのだろう。悩み事などはもう時間が解決してくれる事を願うばかりなので、急いだところで意味はない。

 ただ、今は少しでも早く気持ちに折り合いをつけられるようになってほしい。

 

「姉さんの鉄拳制裁くらった」

「……馬鹿なのかお前」

 

 前言撤回。

 多分一夏は思ってる以上に打たれ強いみたいなので、心配してやる必要はないらしい。

 あの後に千冬からの鉄拳制裁を受けるような事をしでかすなんて、ただの阿呆以外の何でもない。気にするだけ時間の無駄である。

 あーもう知らねと、一夏をガン無視して味噌汁を啜る。

 

(心配して損したな……)

 

 多分馬鹿は一生治らないんだなと、身をもって箒は知った。

 また一つ賢くなれた1日だった。

 

 

 

「ねぇ」

「なんだよ」

「やっと返事してくれた」

「……お前がしつこいからだろ」

 

 放課後。

 姉さんの言いつけの通り、今は絶賛サブグランドの掃除中。とは言っても、IS学園には清掃員が入っているため、埃が溜まっているとか汚れがひどいとかそんなことは全くない。寧ろ、常に新品と見間違うレベルで綺麗に整えられているくらい。

 なのでどちらかというと、やらかした張本人を戒める意味で清掃を命じられる意味合いの方が強い…と、姉さんが言っていた。

 罰を受ける本人にそんなぶっちゃけたこと言うなよと思うところではあるのだが、その気持ちはグッと堪えて我慢した。

 

「だって貴方がずっと無視するからでしょう?」

 

 こいつが口下手というかあまり喋らないのもあるかもしれないが、全くもって昨日の弁明をしないので、俺の中では変わらずヤバいやつ認定のまま。

 できることなら2度と関わりになりたくないタイプである。

 ただそう思っているのはどうやら俺だけらしく、更識は全くもってそんなことはないらしい。掃除が始まってから今に至るまでずっとちょっかいをかけてくる始末。

 なんでこんなにも諦めが悪いのだろうか。

 

「……は、はぁ?」

 

 言葉を失うとはこのことだろう。

 正直更識の言っていることの意味が分からない。無視するなら相手するまで繰り返すなんて、ただの脳筋以外の何でもない。こいつはどこぞの王妃だ。

 

「ずっと聞きたかったのだけど、貴方にはお兄さんがいたりしない?」

「いや、居ないけど…」

 

 いまいちこいつの意図が分からないが、俺が知る限りでは兄はいない。昔の記憶がないので断言できるわけではないけれど、アルバムの中の写真に映っている家族は両親と姉さんの3人だけ。

 

「……それも昨日の『おにいちゃん』発言に関係しているわけか?」

「うん」

「そのおにいちゃんって一体何者なんだよ」

 

 興味本位なところがないと言えば嘘になる。

 しかし、昨日今日だけでも更識と関わってしまったために、どれだけしつこいと言うか頑固なのかとにかく思い知らされた。

 このまま無視し続けても俺に都合が悪いのは明白なので、いっそのことはっきりとさせてしまった方が良いだろう。

 

「正直私にも分からない」

「……はい?」

 

 一瞬何を言われたのか全く理解出来なかった。

 張本人がそんなざまでは、何も知らない俺なんて尚更分かりようもないのだが。

 

(え?わかんないのにあんなことしでかしてたの?)

 

「いや、なんでだよ。お前自身の事じゃないのかよ」

「7歳くらいの時に、少しだけ一緒に居ただけだから。だから、正直おにぃちゃんのことは全く分からないの」

「……その割には、結構信頼しているみたいだな」

「だって命の恩人だから」

「恩人、ね」

「彼が居なかったら、今頃私は変な人たちに誘拐されて殺されてもおかしくないから。だから、彼は私の恩人」

 

 誘拐。

 その単語を聞いた瞬間、俺でさえ険しくなっているなと自覚するほどに顔が歪んだ。

 きっと、多分間違いなく、更識は俺と同じ連中に狙われていたと言うことに他ならない。

 当時、俺が7歳だった頃、世界各地で子供の行方不明事件が多発していて、社会問題になっていたらしい。今となっては『異能者』の実験体を集めるための強硬手段だったのは今更の事実なのだが。

 ただ、それ以上に更識自身もその被害に遭いかけていたと言う方が驚きだった。

 

「……大変だったんだな」

 

 更識が誘拐されるのを防いだ『おにいちゃん』とやらは何者なのかかなり気になるところではあるのだが。

 だけどそれ以上に、この心の中に渦巻く複雑な感情のやるせなさの方が辛くどうしようもない気持ちにさせられてしまう。

 間一髪でも誘拐されずに済んだことで、あの地獄を経験しなくて良かったと思う感情と、お前だけ助かって……と平穏な日常を過ごせた事実を羨み妬む感情がごちゃ混ぜになって仕方がない。

 当然更識に一切の非がないことぐらい分かるけれども、それでも地獄を知ってしまった側からすれば、羨ましいと思ってしまう。

 もしも、俺があんな目に遭わなかったならば。

 と、そんなありもしない事実を時折考えてしまうくらいには、未だに気持ちの整理はつけられてない。

 

「……あっ。ご、ごめんなさい」

 

 流石に俺の雰囲気に気がついたらしい更識が瞳を伏せたので、「大丈夫だ」と笑う。

 

「お前が悪い訳じゃないんだ。お前が謝る理由は無いよ」

 

 それよりも、と何か言いたげな更識に被せるようにして続ける。こんなきまずい雰囲気はあまりよろしく無い。

 

「なんで俺の顔を見ておにいちゃんなんて言ったんだ?」

「おにいちゃんが貴方に本当そっくりだったから、つい」

「そ、それだけ?」

「うん」

 

 どうやら思っていた以上に単純な理由だったらしい。

 薄々勘づいていたところではあるけれども、なんだか拍子抜けしてしまうところだった。

 まぁ、これが実は昔の知り合いで…なんで言われる方がよっぽどヤバいので、これはこれで良いのかもしれないけれど。

 それにしても俺にそっくりな奴がいたなんて驚きだ。自分のそっくりさんは世界に3人はいると言われている。それでも本人と見間違える程似ているなんて話になれば、正直そいつにお目にかかって見たいと思う。

 

「お前は、そいつに会いたいと思ってるのか?」

 

 何となく思った事を問う。何もかもを分からないと言う割には、決して軽くはない感情がある気がした。

 

「勿論会いたいよ」

「なら…いや、会いに行けたら今頃苦労してないか」

「うん。必死になって探して見たけれど結局ダメだった」

 

 7歳なんて幼い頃に出会った素性も知らない奴を未だに思い続けているくらいだ。きっと、どれだけ必死にだったのかは聞かなくても分かる。

 俺にはその気持ちはあまり理解出来ないけれど、それは相当なものなんだろうと思えた。

 ある意味そこまで想える人がいることが羨ましい。

 

「元気にしてくれていたなら良いんだけど」

 

 極端な話ではあるけれど、死んでさえいなければいつしか再開することは出来ると思う。現に俺がそうだから。5年もの間行方がわからず、実質死亡していたようなものだった俺と姉さんがこうして再会しているのだ。

 その可能性がどれだけあるのか未知数ではあるけれども、ゼロではないのは確かだ。

 

「会えるといいな」 

「うん」

 

 慰めにもならないけれど、更識の事情を全く知らない俺にはそれくらいしか言えない。

 下手に首を突っ込むつもりもなければ、無責任な事を口にするつもりもない。

 どうせ、1週間の罰である掃除さえ終わってしまえばもう関わることはないし、関わろうとも思わない。

 それ以降は、顔見知りの他人なのだから。

 

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