歴史の立会人に   作:キューマル式

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今回は短い話なので、水曜日も投稿です。

シャアの新しい機体の登場。
そしてシロッコが死にかけます。



第23話 EXAMシステム

「これか……」

 

 私はシャアと共に、トレーラーに横になった彼女を見上げる。肥大化した頭に、蒼いドレス(塗装)がチャームポイントのお嬢さんだ。

 そして、私はその名をポツリと呟く。

 

「『イフリート改』……」

 

 それが彼女の名前だ。

 『イフリート』はジオニック社がグフの発展型として開発していたモビルスーツだ。ツィマッドのドムの開発によって、ジオニックは開発中のグフでは地上でのシェアは取れないと悟ったのだろう。ドムを越える陸戦機を、としてその開発はスタートしのだが……そんなことをしている間にも私の影響でドムシリーズは活躍を続け、地上での主力機は完全にドムのものになってしまっていたため、ジオニックはイフリートの正式採用を完全に諦めてしまった。結局、イフリートは試作機を含め8機しか製造されず、時代の影に消える運命のモビルスーツとなってしまったのである。

 だが、その性能は破格であった。ジオニックにはツィマッドのようなホバー推進システムのノウハウがないため移動は従来通りの歩行型となったが、『それならホバー並に走ればいいじゃないか』という狂気の屁理屈による偏執的なまでの脚部と各部関節の強化、近接格闘戦のための出力アップ、そして出力アップによって開いた重量による重装甲化などがそれである。

 特にイフリートのジェネレーターはゲルググ用に試作されていた、ビーム兵器の使用を前提としたような高出力ジェネレーターが使われたという話もあり、地上格闘戦においてはドムはもちろん、ゲルググを越えるというレベルの破格の性能である。

 本機はその『イフリート』に、クルスト=モーゼスの開発した特殊システム『EXAMシステム』を搭載した改造機だ。

 

「『EXAMシステム』か……」

 

 私はそう吐き捨てるように呟く。

 『EXAMシステム』はフラナガン機関のクルスト=モーゼスによって造られたシステムだ。本来の開発目的はニュータイプの能力と戦闘力をシステムにより再現できるようにして、戦力底上げを狙うというものである。

 しかしクルストはその過程でニュータイプを研究すればするほど、強力なニュータイプによって自分たちオールドタイプは駆逐されるのではないかという強迫観念に支配されていく。そこでいつの間にか『対ニュータイプ』を目的としたシステムの開発に向かっていった。そして完成されたのがこの『EXAMシステム』である。

 ニュータイプの意識……『魂』というものをコピーすることで、ニュータイプのような能力をパイロットに与えるのがこの『EXAMシステム』だ。

 意識を取り込まれたニュータイプは当然、意識不明になって目覚めることは無い。何故なら、自らの『魂』とも言うべきものをマシーンの中に閉じ込められているからだ。

 ニュータイプを生贄に捧げることで完成した対ニュータイプ殲滅システム……それが『EXAMシステム』である。

 そして……その生贄になったのが、シャアにとって何よりも大切な彼女、ララァ=スンだった。

 

「……」

 

 この展開を私は、私だけは予想しておかなければならなかった。

 本来の『原作』では『EXAMシステム』の生贄に捧げられたのはマリオンである。しかし、彼女は私が保護していた。

 ならば当然、他の誰かが『EXAMシステム』の生贄に捧げられる可能性はある。そして……あの2月のシャアとガルマとの酒の席で、シャアはララァがフラナガン機関にいると言っていた。

 『EXAMシステム』の研究には、ニュータイプは必須。それは強力なら強力なほどいい。最初から優れたニュータイプの力を示しているララァが『EXAMシステム』の被験者に選ばれる可能性は十分すぎるほどにある。それを私はすっかりと失念していたのである。

 

「それでシロッコ……この機体が何だというのだ?」

 

 シャアは『EXAMシステム』の本質……ニュータイプの『魂』とも言うべき意識を閉じ込めているとは知らないが、ララァが意識不明になった原因の機体だけに不快そうだ。

 

「……落ちついて聞いてくれ、シャア。

 今から、ララァ嬢が目覚めない理由を教えよう」

 

「何っ!?」

 

 驚きに目を見開くシャアを尻目に、私はコンソールで機体をチェックする。

 

「『EXAMシステム』は……機体駆動系とは切り離されている。

 これなら『EXAMシステム』のみを起動できるな……」

 

 それを確認した私は、シャアに向き直ると言った。

 

「シャア、答えは『EXAMシステム』を起動させればわかる。

 私を信じて、この機体に乗って『EXAMシステム』を起動させてくれないか?」

 

「君がそう言うのなら……」

 

 そう言って、シャアは『イフリート改』のコックピットへと昇った。そして、脇で私が見上げる中、シャアが『EXAMシステム』を起動させる。反応は、すぐだった。

 

「こ、これは……ララァ!!?

 シロッコ! これは……これは一体!?」

 

「シャア、落ちつけ!

 その感覚をあるがまま、ニュートラルに受け止めろ!

 君ならば! 君ならば出来るはずだ!!」

 

 初めての感覚にシャアが戸惑いの声を上げるのを聞いて、私は少し早計だったかと後悔する。

 だが、それだけでは終わらなかった。

 

 

 グッ!!

 

 

「な、何ぃ!!」

 

 システムから切り離されていたはずのイフリート改が動き、左手で私を捕まえたのだ。

 

(ゆ、油断をした!

 『EXAMシステム』……クルストのニュータイプへの執着心を甘く見ていた!?)

 

 完全にシステムから機体制御を切り離していたはずなのに、『EXAMシステム』によってイフリート改は殲滅すべき敵……ニュータイプである私を狙ったのである。

 

「ぐ、あぁぁぁ!?」

 

「シ、シロッコ!!」

 

 ミシミシと、ゆっくりと圧力がかかっていく。その中で、私は叫んでいた。

 

「シャア、落ちつけ!

 その破壊衝動はクルストによってララァ嬢の心が無理矢理捻じ曲げられた結果にすぎん!!

 ララァ嬢を誰より知る君ならば、それがララァ嬢の本当の心でないことは分かるだろう!

 ならば、造られたその感情を制御できるはずだ!

 そのような造り物に負けるな、シャア!!」

 

「ぐ、おぉぉぉっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……どれほどの時間だったのか?

 本来なら短い時間だろうが、我々にとっては果てしなく長い時間だった。ゆっくりと、イフリート改の腕から力が抜けていく。それは『EXAMシステム』の殲滅衝動をシャアが制したという証拠であった。

 

「ぐ、うぅぅ……」

 

「無事か、シロッコ!」

 

 倒れ込みそうになる私を、機体を停止させたシャアが飛び出してきて支える。そんなシャアに私は皮肉げに笑って言った。

 

「フッ……死ぬかと思ったよ、シャア。

 謀るつもりなら、前もって言って欲しいな」

 

「すまん!

 もう少しで私は……取り返しのつかん過ちを犯すところだった」

 

「気にすることは無い。何が起こるのかしっかりと説明していなかった私が悪いのだ。

 それに……クルストの執念を甘く見ていた……」

 

 私はシャアから離れ立ち上がると、改めてイフリート改を見上げる。同じようにシャアも私に並んでイフリート改を見上げた。

 

「……ララァ嬢が目覚めない理由は分かっただろう?」

 

「……ああ、私も感じた。

 ララァの『魂』はあのシステムの中に閉じ込められている……。

 これが……ニュータイプの感覚……」

 

 自らの手を見つめるシャアに私は頷いた。

 

「そうだ。

 そして……その残り3つの『EXAMシステム』を持ってクルストは連邦に亡命したのだ。

 すべての『EXAMシステム』を破壊しなければ、ララァ嬢の『魂』は解放されん」

 

「……」

 

 私の言葉に、シャアは硬い表情で頷く。そんなシャアに苦笑して、私はその肩をポンと叩いた。

 

「ガルマには『EXAMシステム』が連邦で実用化されることの危険性は説いた。クルストの追撃の許可は貰っている。

 地上の諜報部を動かし、クルストと『EXAMシステム』の行方を追う予定だ。

 そして見つけ出した時には……君と私の2人で潰す!」

 

「シロッコ、君もか?」

 

「『EXAMシステム』の危険性はシャアも分かっただろう。

 それに……『EXAMシステム』を積んだモビルスーツは生半可なものではない。

 残りの『EXAMシステム』は3つ……3対1ではいかにシャアでも分が悪いからな」

 

「何から何まですまん、シロッコ」

 

「君と私の仲だ、礼などいい。

 それに……個人的にも、ニュータイプとしてもクルストは許せん。

 君やララァ嬢のことが無くても、私は『EXAMシステム』を潰すために動いたはずだ」

 

 それは偽らざる本音である。

 私はクルスト=モーゼスをはっきりと討つべき『敵』と認識していた。

 

「イフリート改の受領も話はついている。これはもはや君にしか扱えないだろうからな。

 『ユーピテル』への搬入は頼んだ。

 あとで君のパーソナルカラーに塗り替えておくよ」

 

 それだけ言うと、私は一足先に『ユーピテル』へと戻っていった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ハマーン嬢とレイラ嬢、そしてイフリート改の積み込みなどのすべての作業を終わらせパルダコロニーから『ユーピテル』は出港した。

 

「こちらの仕事は終わった。

 後は地球まで……任せたぞ、キリシマ大尉」

 

「ええ。 わたくしにお任せあれ、シロッコ少佐。

 少佐は今のうちにお休みくださいな」

 

「そうだな、流石に疲れた。

 少しの間、休ませてもらおう」

 

 流石にいろいろあって疲れもした。そう思い自室に戻ろうとブリッジのドアに近付いた時……。

 

「むっ!?」

 

 電光のように、何かが突き抜ける。私はその感覚に従って振り返った。

 宇宙の黒の中に、ゆっくりとした噴射炎が見える。こちらと同じザンジバル級機動巡洋艦だ。それがパルダコロニー目指して進んでいる。

 

「あれは?」

 

「えーー……確認できました、ザンジバル級機動巡洋艦『ニュルンベルク』。

 所属は……『公国突撃隊』です」

 

「間一髪、ということか……」

 

 オペレーターの返答を聞きホッと胸を撫で下ろす。もしタイミングがずれていれば、ハマーン嬢たちの救出で一悶着あっただろう。

 だが、このざわつきはそれだけではないはずだ。

 

「この感じ、この私の壁になる者がいるというのか……?」

 

 そう呟くが、今はことを構えるときでもないし、すでに地球への加速に入っている。こちらを追うような真似はするまい。

 私は頭を振って、今度こそ自室に戻っていった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ザンジバル級『ユーピテル』、地球への進路を取ります」

 

「……チィ」

 

 オペレーターからの報告を聞きながら、その青年は小さく舌打ちする。

 フラナガン機関からの通信でハマーン=カーンがガルマによって連れ出されたことはすでに聞いていた。その場にいれば何かできたかもしれないが、こうなっては後の祭りである。

 

「キシリア様に続き、どうやらガルマ様もギレン閣下を好いていないと見える。

 ……いや、違うな」

 

 そこまで呟いてから、その青年は首を振った。この素早い行動力は、ガルマのものだけではない。それは恐らくガルマの右腕とも称される男のもの。そして、ガルマの元にはもう一人無視できない者が加わっている。

 

「ガルマ=ザビ。

 赤い彗星 シャア=アズナブル。

 そして……紫の鬼火(ウィルオウィスプ) パプティマス=シロッコ。

 もしギレン閣下の障害となるのならその時は……この私の手で討ちとってみせる!」

 

 それだけ呟くと、その青年はフラナガン機関への道行きを急いだ……。

 

 




もう少しでシロッコがカヲルくん(TV版)になるところだった。またはケーラ。
イフリート改の魔改造については少し先になります。

次回はシロッコたちがいない間の重力戦線の様子について。

次回もよろしくお願いします。

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