歴史の立会人に   作:キューマル式

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今回はサハリン家の取り込みと、ハマーン様とアイナ様のお話です。




第40話 ハマーンとアイナ

 別室に通された私は、ギニアス少将と今後の話を始めた。

 

「では纏めるが……中佐はアプサラスに使用されている収束・拡散メガ粒子砲とそのF・C・S(ファイア・コントロール・システム)の技術を欲しいと?

 そしてその対価として……」

 

「私の持つ最新のビーム兵器・耐ビーム兵器技術、そして……私の開発した新型モビルスーツ『ギャン』に搭載された新型ジェネレーター5基を提供する準備があります。

 このジェネレーターは、先にお渡ししたノリス大佐殿のビームグフ……『B4グフ』に搭載しているのと同じものです」

 

 私もギニアス少将も技術畑の人間、腹芸は得意とは声を大にして言えない。だからこそ、もう最初から互いの技術(カード)を見せ合い、率直な話をすることにした。

 

「ノリスに渡されたあの『B4グフ』のスペックデータは確認させてもらったが……あれは素晴らしい。あのビーム兵器の使用を前提とした、高出力かつタフなジェネレーターは『ドム』のそれを超える。

 それに携行式ビーム兵器やビームコーティングの技術も素晴らしい……」

 

「いえいえ、閣下のアプサラスの収束・拡散メガ粒子砲と、それを制御するF・C・S(ファイア・コントロール・システム)には私も脱帽ですよ」

 

「……最高機密として防諜にはかなり力を入れていたのだがな。

 どのようなルートか分からないが、中佐はよほど耳がいいと見える……」

 

「ええ、このような世界で生き残るには、耳の良さは必要でしょう?」

 

 私が意味深に言うと、ギニアス少将はもっともだと肩をすくめた。

 無論、私の発言はただのハッタリである。少なくとも『アプサラス』に関しては、私の『原作』での知識からつついた結果であり、ギニアス少将たちの防諜は実際には成功しているのだろう。

 

 私の技術交換の提案に、ギニアス少将は考えるような様子を見せる。おそらく今、ギニアス少将の中では『2つの顔』がせめぎ合っているのだろう。

 

 ギニアス少将の『アプサラス』に対する思い入れは、もはや『狂気』の領域にある。『原作』ではその完成のために幼馴染であるはずのユーリ・ケラーネ少将を殺害し、完成後は『アプサラス』の技術を誰にも渡さないために、その開発に携わった技術者たちを皆殺しにしてしまったくらいだ。

 それほどに入れ込む『アプサラス』に、今回の提供するものがどれだけ有用かは瞬時に理解できたはずである。

 例えば最新のビーム技術であるメガ粒子を縮退寸前で保存する『エネルギーCAP』、これを利用すれば常にメガ粒子をプールしておくことができ、メガ粒子砲のさらなる威力アップとチャージ時間の短縮、そして安定性が見込める。そして耐ビームコーティングはどうしても被弾率の高い大型兵器であるアプサラスの防御力アップに繋がるだろう。

 さらに高出力ジェネレーターは攻撃力のアップ、速度のアップ、そして装甲のアップに繋がるなど様々な恩恵を期待できる。

 これらを知りながらこの話を蹴るようなことは、『技術者としてのギニアス』には絶対にできない。

 

 しかし、それがこの私……『ガルマ=ザビの片腕とも称されるパプティマス=シロッコからの提案』ともなれば話は変わる。どうしても私の後ろにいるだろうガルマの、その意図を考える必要があるからだ。

 ギレンとガルマの不仲という噂……チラホラ聞こえるその噂、それを考えればその意図を深読みするなというほうが無理だ。結果としてサハリン家当主という『政治家としてのギニアス』が即決を避けたのである。

 

 その様子に気付いた私は、決断を促すために二の矢を放った。

 

「ギニアス閣下、ガルマ様には私から『サハリン家』の技術力について説明をしており、多大な期待を寄せています。

 私が言うのもなんですが、悪い話ではないと愚考しますが?」

 

「……」

 

 『サハリン家』という単語をあえて強調した言葉に、ギニアス少将は押し黙る。

 彼ら――いわゆる『名家』にとっては、家の存亡というものは大きすぎる問題だ。それはサハリン家のような、『没落し、実質名前だけの名家』にとっても変わらない。

 いや、むしろ再興のチャンスともなることには、必ず飛びついてくるはずである。そして……私のその予想は正しい。

 

「ギニアス様……」

 

「いや、わかっているノリス」

 

 何かを言おうとしたノリス大佐を、ギニアス少将は手で制した。そして、真っ直ぐに私を見ながら言う。

 

「シロッコ中佐、この技術交換の話、確かに受けさせてもらう。

 そして……事あらばガルマ様にお味方することを確約しよう」

 

 それはギニアス少将率いる東アジア方面軍が、ガルマ支持の姿勢を表明した瞬間だった。この動きに、私は心の中でほくそ笑む。

 これだけ『サハリン家の技術力』を強調したのだ。『原作』でのようにお抱えの技術者たちを殺害するような暴挙はもはやないだろう。それ以前に、この技術提供で『アプサラス』の完成が早まり実戦投入できれば、不利な戦況になってもひっくりかえせる可能性もある。

 この技術、そして勢力基盤の拡大は今後の……ともすれば『連邦以外が敵になる』可能性を考えると大きなものだ。

 本当なら小躍りして喜びを表現したいところだが、感情は努めて表には出さない。そんな私に、ギニアス少将はある疑問を口にした。

 

「しかし一つ聞きたいのだが……ガルマ様や中佐は何故、我々を引き入れようと?

 こう言ってはなんだが……同じ技術者集団で我々サハリン家よりも好条件の集団はいると思うのだが……?」

 

 ギニアス少将としては自分たちへの注目度に、どうにも引っかかりを覚えているようだ。私も素直に『原作ですごいのを知っていたのでガルマに強く推しました』とは言えず、苦笑しながら答える。

 

「ご謙遜を。

 『アプサラス』は間違いなく、目を見張るほどの高い技術の結晶です。それも私やガルマ様が注目するほどのね。

 それに閣下はこの東アジア方面軍という、確固たる軍事的な発言力を持つ。これだけで注目に値するだけの価値は十分にあるでしょう。

 それに……失礼を承知で言わせてもらえれば、閣下の『サハリン家』が死に体であることも我々にとって都合のいい理由です。

 死に体のサハリン家が、よもやガルマ様を裏切りはしないでしょう?」

 

「はっきりと言ってくれるな」

 

 すでに死に体の『サハリン家』はいつでも潰せる程度の存在だからまさか裏切りはしないだろう、それでいて他と比べ数段高い技術力を持つから肩入れした――その理由に、なるほどと納得しギニアス少将は苦笑した。

 そんなギニアス少将に、私はもう一つ……非常に個人的な、注目に足る理由を話した。

 

「もう一つ理由を上げるなら……『親近感』ですかな?

 私が個人的にも『親近感』を感じるから推した……これでは答えになりませんか?」

 

「『親近感』?

 私と中佐にそれほどの共通項は無いように思えるが……?」

 

 その言葉に、私は首を振る。

 

「実はあるのですよ。

 15年前の……『宇宙港爆破テロ事件』です」

 

 その言葉にギニアス少将、そして背後に控えていたノリス大佐までもピクリと眉を動かす。その反応は当然だろう。何故ならこの『宇宙港爆破テロ事件』こそ、ギニアス少将の人生を、そして『サハリン家』の命運を狂わせた事件だったのだから。

 

 今から15年前、新たな宇宙港の開港の際にその事件は起こった。

 開港式典に合わせるようにした爆破テロ……それによって当時、開港式典にやってきていた多くの人間が死傷するという大惨事が起こったのである。

 そしてこの事件に、幼かったギニアス少将とアイナ嬢の兄妹は巻き込まれた。2人はある区画へと閉じ込められてしまったのである。

 すぐに救助隊が2人を助けにやってきたのだが、その際に問題が起こった。それは救助隊が持参したノーマルスーツの数だ。

 それまでにも幾人もの救助を行った救助隊に残っていたノーマルスーツは1着のみしかなかったのである。そして安全区画に脱出するにはどうしても有害宇宙線に汚染された区画を通る必要があった。

 2人のいる区画の酸素は残り僅か、後続の救助隊を待つ余裕はない。幸いにして、有害宇宙線に汚染された区画も酸素等は正常だ。

 そして救助隊は1着しかないノーマルスーツをどちらに着せるかという、命の選択を迫られたのである。しっかりした兄と、未だ幼い妹……救助隊がどちらを選択したのかは言うまでもない。

 結果、2人は命は助かったがギニアスは有害宇宙線によって不治の病を患い、アイナは兄の犠牲によって助かったという罪悪感から必要以上に、まるで人形のようにギニアスに尽くすことになる。そして、次期当主たるギニアスの病は、サハリン家凋落の決定的な一打となってしまった……そんな事件だ。

 

 このテロ事件、実は裏で連邦によって引き起こされたものだったのである。独立気運を高めるジオンに対する連邦からの示威行為……それがこのテロ事件の裏にある真実だった。

 そして、この事件には私も深く関わっている。それというのも、私が実の両親を失った事件こそ、この『宇宙港爆破テロ事件』だったのだ。

 つまり、私とギニアス少将の連邦に対する憎しみの根源は同じなのである。それを私は『親近感』という言葉で表した。

 

「そうか……」

 

 私の話に、ギニアス少将が何を感じたかは分からない。ただ数度、目を瞑って頷くのみだ。

 そして、目を開いたギニアス少将はノリス大佐を呼ぶ。

 

「ノリス……。

 例のことだが……シロッコ中佐にも参加を要請しようと思うがどうだ?」

 

「よい考えかと思います」

 

「?」

 

 何やら主従2人は納得しているようだが、私としては何の事だかさっぱりだ。そんな私に、ノリス大佐の方からの説明が入った。

 

「私の方から説明しよう。

 実はアプサラスの実戦テストを兼ね、連邦の基地への襲撃を計画しているのだ。

 それに中佐たちも加わってもらいたい」

 

「ほぅ……」

 

 その言葉に、私は思わず声を漏らす。

 アプサラスに心血を注ぎ徹底した秘密主義を貫いていたギニアス少将が、その試作段階のアプサラスを実戦に投入し、あまつさえそれを部外者であるものに見せることは普通ならあり得ない。それをするというのはこちらに対しそれだけの信頼を寄せているという証左であると同時に、自分たちの価値をアピールする狙いもあるのだろう。

 どうやら、ギニアス少将は予想以上に私に心開いてくれているようだ。

 

「了解です。

 ではどこを攻めますか? ペキン辺りを灰にでもしますか?」

 

「冗談を。

 ペキンは『いてもらった方が助かる』ことは、貴官も理解しているだろう?」

 

「これはご無礼を」

 

 ついつい試すようなことを言ったことを、私は素直に詫びる。そして、どうやらノリス大佐の戦略的な思考は私と同じようで安心した。

 そう、今はペキンには連邦がいてくれた方が都合がいい。

 

「では目標は……?」

 

「それは……ここだ」

 

 そして広げた地図でノリス大佐が指し示した場所の名は……東アジア方面の連邦軍拠点、その名も『コジマ基地』であった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……ふぅ」

 

 晩餐会の主催者たる兄に代わり、挨拶をすませたアイナ=サハリンは会場の熱気にあてられた身体を冷ますようにバルコニーに出た。

 兄のギニアスは今、ガルマの片腕とも称されるかの有名な『紫の鬼火(ウィルオウィスプ)』パプティマス=シロッコとの会談に臨んでいる。ノリスから聞いた話では、サハリン家再興のための光明になり得る、大事な話のようだ。

 その行く末を案じながら、アイナは空を見上げる。そこに煌めく星々の輝き、それを見ていると宇宙(そら)でのことを思い出してしまい、ついその名前が口に出る。

 

「シロー……」

 

 宇宙でのあの極限状況、敵であるはずの連邦軍の士官であるはずなのに、ともに生き残るために手を取り合った青年士官だ。

 その真摯な姿勢と、真っ直ぐなまなざしは今でもアイナの胸に深く刻まれている。

 そして元から争いを好まずある意味では『まっとうな』思考をしているアイナには、この戦争に対して否定的な見方をしていた。

 シローのように、敵であろうとも手は取り合える……理想論だと理解していても、自分がその一端を経験した今、そんな思いは膨れ上がっていた。

 その時。

 

「アイナ様?」

 

「ハマーン様……?」

 

 見れば、カーン家の息女であるハマーン=カーンがバルコニーに出てきている。

 

「どうなさったのですか、ハマーン様?」

 

「アイナ様と同じです。火照った身体を冷ましに。

 ……隣、よろしいですか」

 

「ええ、どうぞ」

 

 自然と2人で並んで星を見上げることになるアイナとハマーン。

 

「地球から見る星は、宇宙で見るものとはまた違った赴きがありますね。

 静かで綺麗で……今が戦争中だなんて忘れてしまいそう」

 

「そうですね、ハマーン様……」

 

 答えながらも、『戦争』という単語にアイナは微妙な表情を造ってしまう。それに敏感に気付いたハマーンはアイナに聞いた。

 

「戦争は悲しいですね。

 ジオンはスペースノイドの独立のために戦っているというのに、連邦にもスペースノイドはおり、互いに所属する陣営の違いで争っている」

 

「そうですね……敵である彼らとも、そしてひいては連邦政府とも、戦争では無く対話で分かりあえればいいのですが……」

 

「かつて、ジオン=ダイクンも連邦からの平和的な交渉による独立を目指しましたがそれは為らず、デギン公王は軍事力を持つことで連邦との対等な立場での対話を望みました。しかしそれでも連邦は対等な対話には応じず、今に至っているのです。

 悲しいですけど、対話だけではジオンの独立は永遠に不可能だったのでしょう……」

 

「ええ、そうでしょうね……」

 

 アイナはハマーンの言葉に頷きながら、自分より5つは年下だというのにその見識に感心する。

 そして、ハマーンはさらに驚くべき話を続けた。

 

「……実は私、この間モビルスーツで戦闘に参加しました」

 

「!?」

 

 それはアイナにとって驚くべき話だった。

 自分よりも家格がずっと上のお嬢様であり、それもこんなに小さな少女が戦争で命のやりとりを行ったというのだ。

 

「……連邦の奇襲に合い、自分や友達を守るために私は戦いました」

 

「辛くは……無かったのですか?」

 

「辛いですよ、人殺しなんて。

 でも……あの時戦わなければ、もっと多くの大切な人たちが死んでしまったのも事実。

 それを見て見ぬふりは絶対にできない。

 それは、カーン家の娘としても、ハマーン=カーンという1人の人間としても見過ごしてはいけないことだと思うのです。

 だから……辛いですけど、悔いはありません」

 

 古来から、名家や貴族というのは『高貴なる義務(ノブレス・オブリージュ)』の思想の上に成り立つ。社会的地位のあるものは、それ相応の責任を負う義務を持つという考え方だ。

 しっかりとした表情でのその言葉に、アイナはハマーンの中に人の上に立つべきもののもつ高貴な魂を見る。

 そんなアイナの感心を知らず、ハマーンは悲しそうに続けた。

 

「平和への想いや願いだけでは、何も変わらない……。

 戦わなければ、すべてをただただ奪われるだけの時は必ず存在する……だから戦う。

 現実は悲しいですね」

 

 でも……、とハマーンは言葉を繋ぐ。

 

「でも……確かにただの理想かもしれないけど……私は誰かと分かりあうことを諦めてはいけないと思います。

 それが例え、今は戦うしかなくても……」

 

「ハマーン様……」

 

 いつかシロッコの語ってくれた、ニュータイプの力の意味。それは分かりあうためのものだという言葉をハマーンは忘れていない。

 だから一見理想論の絵空事のように聞こえるアイナの『敵とも分かりあいたい』という発言をハマーンは肯定して支持するのだ。

 そのハマーンからの言葉はアイナのどこかモヤモヤしていた気持ちを、少しだけ軽くしてくれる。

 

「そろそろ冷えてきました。 中に戻りませんか?」

 

「ええ、そうですね。

行きましょう、アイナ様」

 

「ええ」

 

 ゆっくりと、2人は晩餐会の会場へと戻っていく。

 これが後々にまで長く関係が続くハマーン=カーンとアイナ=サハリンの邂逅となったのだった……。

 




サハリン家との技術提携と、ハマーン様とアイナ様の交流でした。
ギニアスの過去については小説版を参考にしています。
しかし今読み直しても、キキの件を除いても小説版08小隊はエグイなぁ……。

次回はシロッコの東アジア戦線での最後の戦い、コジマ基地殲滅戦……に見せかけたアイナ様再会編です。

次回もよろしくお願いします。

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