歴史の立会人に   作:キューマル式

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今回にて『東アジア編』完結です。
今回はあの雪山の事後処理の模様。


第44話 次なる戦地へ

 『ユーピテル』と修理の完了したファットアンクルに物資が搬入されていく。その様子を私とシャアは並んで眺めていた。

 

「君が遭難したと聞いた時には肝を冷やしたが……無事でよかった。

 体調は変わりないのか?」

 

「もちろんだ、この程度でどうなるほど私はヤワではないよ。

 君も知っていよう?」

 

「それもそうだ」

 

 私の答えにシャアはフッと笑う。

 あれから……あの雪山での一件からすでに3日が過ぎていた。

 捜索部隊に救助され回収した私のギャンの修理も終わり、我々リザド隊は次なる戦場へ向けた移動の準備に入っている。

 と、そんな私とシャアの元に、ノリス大佐がやってきた。

 慌てて敬礼を行うと、ノリス大佐も敬礼を返す。

 

「ノリス大佐、これだけの補給物資の提供、感謝します。

 ギニアス閣下にもそうお伝えください」

 

 今運び込まれている物資はすべて、ギニアスたちからの提供であった。さらにファットアンクルやモビルスーツの整備のためにも人を廻してもらっている。

 ただでさえ人員・補給物資の乏しい東アジア戦線で、これだけの物資を提供するのはかなり辛いはずである。そう思ったわけだが、意外にもノリス大佐は問題ないと請け負った。

 

「貴官らの活躍のおかげで、周辺の連邦軍の活動は完全に鎮静化した。

 おまけに連邦のザクやその他の物資も大量に鹵獲することができた。

 このぐらいの物資提供は何とでもなるくらいには潤っているよ」

 

 ここ数週間でこの東アジア戦線の状況は劇的に変化した。

 ペキン基地を陥とし、そのままジオン軍に追撃を行っていた連邦の勢いはもはやカケラたりともない。ペキン基地そのものの占拠は出来ているもののその基地施設・部隊の負ったダメージは並大抵のことでは回復することができないほどの痛手を連邦は負っていた。さらに中継基地とも言えたコジマ基地を失ったことによりペキン基地は『陸の孤島』と化した。低インフラの陸路・ジオン通商破壊部隊の見張る海路とペキン基地への補給路は完全に遮断され、この地域の連邦軍に余力は無い。インドのマドラス基地からの大規模な援軍でも無ければ連邦の攻勢など夢のまた夢だ。

 確かにペキン基地との間で小競り合いはあるだろうが、大規模な衝突は向こう数カ月はないだろう。東アジア戦線は今、凪とも言える緩やかな時期を迎えている。

 その変化の一因が私率いる『リザド隊』であったことは間違いがない。だからこそ、これはそのお礼も兼ねているのだと語る。

 

「それに……貴官らとは、長い付き合いとしたいのでな」

 

 そう言うノリス大佐の視線の先、そこでは丁度『ユーピテル』にトレーラーで巨大なものが運び込まれる最中だ。その巨大なものは円柱形をしておりそこからチューブ状のケーブルが幾重にも伸びたパーツである。

 このパーツ……実はあの『アプサラス』の拡散・収束メガ粒子砲であった。

 

 雪山に墜落した『アプサラス』は何とか回収されたがその損傷は酷く、しかもそのデータから現在の形状では安定しないということが判明した。そこでギニアス=サハリンはその辺りを改良した新しいアプサラス……『原作的』に言えば『アプサラスⅢ』を建造中なのだという。

 そんな中、試験機である『アプサラス』は解体されたわけだがそのアプサラスに搭載されていた拡散・収束メガ粒子砲、そしてそれを制御するF・C・S(ファイア・コントロール・システム)の『現物』を私に譲渡するというのだ。

 確かに私は拡散・収束メガ粒子砲やF・C・S(ファイア・コントロール・システム)の技術情報を欲したが、『現物』までも貰えるというのはさすがに予想外である。

 これは明らかに我々、ひいてはそのバックであるガルマとの繋がりを重視するという姿勢がよく見て取れた。

 

「あれの搬入もあって、今回の積み込みの監督は私がやらせてもらっている」

 

 その言葉で、この忙しい時期に物資搬入程度の仕事でノリス大佐がやってきていたのかがわかった。確かに最高機密であるアプサラスのパーツの受け渡しなら、ギニアスなら信頼おけるノリス大佐に頼むだろう。

 

「それに……実は個人的にも、貴官には礼を言いたいことがあった」

 

「ほぅ……? 何かありましたかな?」

 

 見当は付いているが、私はわざと知らないフリをして尋ねる。

 すると、ノリス大佐は「ここからは軍人としてではなく、私個人として喋らせてもらう」と前置きすると、いきなり私に向かって頭を下げた。

 

「あの連邦兵……アイナ様の想い人についてのことだ」

 

 その言葉に、私はやはりと思う。

 連邦兵ことシロー=アマダ……彼は今、ジオンの捕虜となっていた。

 

 あの雪山での出来事の翌日、ジオンの捜索隊に発見された私とアイナ嬢。しかし、『原作』ではほぼ同時に到着していた連邦の捜索隊が影も形も無かった。

 よく考えれば、これは当然のことだ。『原作』とは状況が違い、今連邦はコジマ基地壊滅によってインドのマドラス基地への撤退の真っ最中だ。そんな余裕はあるまい。それ以前の問題として、下手をすればシロー=アマダがアプサラスとともに消えたことすら気付いていない可能性がある。このままにしてはシロー=アマダは本当に遭難の憂き目にあうのは確実。そのためアイナ嬢が彼を説得したのだ。

 『原作』では投降には拒否の姿勢を示していたシロー=アマダだが、彼もさすがにこのままでは凍死する未来しかないことは分かっているらしい。それに……何やら私との会話で思うところがあったのか、『ザニーの自爆』を条件に捕虜となることを承諾したのだった。

 

「私は……それこそギニアス様とアイナ様が幼少のみぎりよりサハリン家に仕えている。

 不遜かも知れんが、アイナ様にはこう……父親にも似た感情を抱いているのだ。

 しかし、あの15年前の事件のせいでサハリン家の命脈は断たれ、ギニアス様は不治の病に侵され、アイナ様から笑顔が消えた……。

 あの時からまるで人形のようになってしまったアイナ様は、他人に甘えるということができなくなっていたのだ。

 そのアイナ様から……本当に久方ぶりに『お願い』をされたのだよ」

 

 雪山から戻ったアイナ嬢はすべてを、それこそシロー=アマダとの出会いからその胸に秘めた感情のすべてをノリス大佐に告白したそうだ。その上でシロー=アマダのことを『お願い』してきたのである。

 

「アイナ様はここ最近特にお綺麗になった。 それも……恋のおかげであろう。

 それだけでアイナ様の言葉が嘘偽りのない真実だとわかる」

 

 そう言うノリス大佐の顔は何とも微妙だ。例えるなら、『愛娘に悪い虫がついたと知った時の父親の顔』だろうか?

 とにかく久方ぶりにアイナ様から『お願い』をされたノリス大佐だが……この件に関しては頭を抱えた。

 相手は敵、連邦軍の士官である。周りの目もあるし、どうこうすることも出来ない。そして、それはアイナ嬢の実兄であるギニアス=サハリンとしても同じだ。

 流石にこの件をノリス大佐が隠し通せるわけもなく、アイナ嬢とともにこのことをギニアス=サハリンに報告した。ギニアス=サハリンとしては妹の言うことは甘い理想主義以外の何物とも考えられないのだが……意外にもアイナ嬢の頼みを真剣に聞いたという。

 そもそも、私からのビーム兵器技術や新型高出力ジェネレーターの提供によってアプサラス完成の目処が立ち、このところギニアス=サハリンの機嫌はすこぶる良かった。

 人間、精神に余裕ができれば周りのことを冷静に見直すこともできるもの。最近では『自分の死んだ後のこと』を考えていたのである。

 アプサラス完成のためにすべてを捨て去ったようなギニアス=サハリンだったが、そこは最後まで『人間』だったということか。

 今まで自分に、そしてアプサラス完成のために尽力した妹のアイナ嬢のためにサハリン家や様々な物を残していってやろうという気になっていたのである。

 ギニアス=サハリンとノリス大佐……この東アジア戦線のトップ2人の意向が共通した以上、普通だったら捕虜の1人ぐらいなんとでもなる。

 しかし、そこに1つの問題があった。

 この私……パプティマス=シロッコの存在である。

 

 アイナ嬢と連邦軍士官であるシロー=アマダの関係を、『ガルマの腹心である』私に知られてしまっているのだ。

 これからガルマ陣営でサハリン家の復興を目指そうというのに、その次期当主となるアイナ嬢に連邦と通じているという疑いをかけられては堪らない。

 そのためギニアス=サハリンとノリス大佐の主従は頭を抱えたのだが……意外な助けが入った。

 ……私である。

 

 私がギニアス=サハリンにあるデータを渡したのだ。

 それは……シロー=アマダの搭乗していたモビルスーツ、『ザニー』のデータである。

 シロー=アマダは連邦の士官ということで機密保持のために『ザニーの自爆』を条件としてアイナ嬢の説得に応じて捕虜になった。

 シロー=アマダはそれで機密保持をしたつもりで、それを許可してくれたこちらを信頼して投降したが……はっきり言って甘い。

 そもそも、私は一番最初に救助のためにシロー=アマダの搭乗するザニーに乗っているのだ。実はその時に、すでに私はザニーの全データを吸い上げていたのである。

 実物も手に入ればこれほどいいことは無いが、『ザニー』は現在の連邦の最新型機である。データだけでも十分すぎるものだ。

 一通りそれに目を通した私は、そのデータをギニアス=サハリンに渡してこう言ってやったのである。『連邦に潜ませていたスパイが持ち帰ってきてくれた』、と。

 つまりこのデータを手土産に『シロー=アマダは連邦に潜ませていたジオンのスパイだった』と記録を改竄してしまえ、と吹き込んだのだ。

 

 最初はこの提案に驚いたギニアス=サハリンとノリス大佐の主従だが、すぐに頷くとその流れで話を持っていくように調整をした。今ではいつでも、シロー=アマダの偽のジオン軍籍が用意できる状態である。

 

「あの男が頷けばすぐにでも実行するが……今のところはまだジオンに降る気はないらしい。

 好条件が提示されたからとホイホイ旗印を変えられては信用できんから、その義理堅さはむしろ好感が持てる。

 ……どうせこの戦争が終結するまではどこへも行けんのだ。

 あの男もアイナ様のことを想っているなら、そのうち気も変わるやもしれん」

 

「まぁ、気が変わらねば行き先もありませんからな」

 

 普通なら捕虜として捕虜交換のリストに載るかもしれないが、『あいつは捕虜じゃなくてうちのスパイですよ』という方針にした以上、捕虜のリストにシロー=アマダの名前が載ることは絶対に無い。知らぬ間にシロー=アマダは連邦へ帰る手段を失っているのである。

 

「ふん、退路が無くなることくらい覚悟の上でないとアイナ様と添い遂げることなどできんし、私が許さん」

 

「ふふっ……本当にアイナ嬢の父上のような物言いですな」

 

 そうして私とノリス大佐は一しきり笑う。すると、ノリス大佐は私に疑問を口にした。

 

「しかし……貴官は何故、アイナ様とあの男を庇い立てするような真似を?」

 

 その言葉に、私は苦笑しながら答えた。

 

「私もあの男とは一晩語り合いましたからな、多少なりとも情が移った……というのもありますが……。

 あの男はパイロットとしての腕も確かで部隊指揮官としても中々に優秀、しかし言ってみれば『たったそれだけ』の価値しかない男です。

 その程度でサハリン家次期当主たるアイナ嬢に恩が売れるというのなら、これほどに安い買い物は無い」

 

 シロー=アマダという男……『原作』において主人公の1人であるが、その重要度は他と比べ断トツで低い。

 一騎当千のニュータイプという訳でもないし、何か特殊な機体を任されているという訳でもない。本当に『優秀なパイロット兼現場指揮官』という価値しかないのだ。言い換えれば、『いくらでも替えが利くその他大勢』なのである。生きても死んでも、連邦には益もなければ害もない。それならアイナ嬢との関係強化に利用した方が利口というものだ。

 それに……雪山での会話は中々に楽しめたし、未だに『原作』での重要な場面に首を突っ込んだという罪悪感が多少なりともある。『情が移った』、というのも真実だった。

 私の話を聞き、なるほどと頷くノリス大佐。今の内容から、私がサハリン家との長期的な関係を望んでいることも理解してくれただろう。

 

「お互い、長く良い関係でいたいものだ」

 

「それは同感ですな、大佐」

 

 一しきり苦笑して、私とノリス大佐はお互いに敬礼を交わす。

 

「貴君らの武運、祈っている」

 

「ありがとうございます、ノリス大佐殿」

 

 そして、ノリス大佐は搬入作業の方に戻っていった。

 残ったのは私と、隣にいるシャアのみである。

 

「これで東アジア戦線での我々の役目は終わりだな」

 

「お土産も大量、ガルマも満足するだろう」

 

「では、我々はキャリフォルニアベースに帰還するかね?」

 

 シャアのその言葉に、私は首を振る。

 劣勢気味であった東アジア戦線の戦況を盛り返し、画期的な技術とサハリン家との確固たるコネクションを築いた……十分すぎる大戦果である。ガルマからの救援任務は十分果たしただろう。

 しかし……私はまだキャリフォルニアベースに帰還する気はなかった。それというのも、諜報部から私の元に『ある情報』がもたらされたからだ。

 そのため、キャリフォルニアベースには戻らずそのまま継続して任務につくことをガルマに許可を貰っているし、補給・補充の手配は済ませた。

 すべては次なる戦場での戦いのためだ。どうしても外せない、その戦いのためのものである。

 

「このまま我々は次の戦場に移動する。

 そこで……どうしても討たねばならん相手がいる」

 

「君がそこまで言う相手……まさか!?」

 

 私の言葉にしばし思案するシャアだが、どうやらすぐにその相手に思い当たったらしい。私はシャアに頷く。

 

「奴の……クルスト=モーゼスの足取りが掴めたぞ」

 

 諜報部からの情報……それは遂にあのクルスト=モーゼスの居場所が分かったという話であった。

 

「本当か、シロッコ!

 それで、奴は今どこに!」

 

 ララァの目覚めぬ原因の情報に、シャアがらしくもなく大きな声を上げる。

 そんなシャアに、私は頷くと静かに言った。

 

「我々の次の戦場は……オーストラリアだ」

 

 コロニーの落ちた地……それが次の戦場だ。

 

 

 




よくわかる今回のあらすじ

アイナ「ノリえも~ん! 何とかしてシローちょうだい!」
ノリス「どうしろと仰るか、アイナ様は……?」
シロッコ「ほら、便宜はかってやるからコンゴトモヨロシク」

アイナ「やったわ、彼氏ゲトー!! フィヒ……」
ケレゲレン子「敵の捕虜……中々口を割らない彼に屈強な男たちが……。
       フィヒヒ……」
シロー「……何か俺の物語が完全終了した気がする……」


これで『東アジア編』は終了となりました。
次回から幕間を挟んで『オーストラリア 戦慄のブルー編』がスタートします。

次回もよろしくお願いします。

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