歴史の立会人に   作:キューマル式

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今回からシロッコたちと、ガンダム(EXAM装備)との戦いに入っていきます。



第52話 蒼を継ぐもの(その1)

 

 オーストラリアに存在する乾燥地帯。ただでさえ過酷な環境のそこは、ジオンによるコロニー落としによって地球規模で引き起こされた異常気象により生態系に致命的なダメージを負い、生命の息吹をほとんど感じられない場所となっていた。

 点在するゴツゴツとした岩場、そんな場所に今モノリスのように巨大な装甲板が立て掛けられている。

 次の瞬間、その装甲板に無数の穴が開いた。まるで蜂の巣(ビーハイヴ)という様相となった装甲板、その向こうでは両手で長い銃を構える、マリオンのビームザク・スナイパーの姿がある。

 銃はかなりの熱を持っているのか、銃身の冷却によって周囲には陽炎のような揺らぎが生まれていた。しかし銃口からは硝煙は全く出ていない。

 

「……冷却終了。

 銃身チェック……OK。 メガ粒子加速器……OK。

 ビームマシンガン、異常なし」

 

 ビームザク・スナイパーのコックピットでマリオンが呟いた。いちいち口に出すのはレコーダーに記録しているための状況説明と、チェック項目に漏れがないか確認のためである。

 マリオンがテストしているこの銃、これはシロッコが開発したばかりの『ビームマシンガン』と呼ばれるものである。

 これはビームライフルのような単発ではなくその名の通りビームをマシンガンのように連射する武器である。『原作』においては一年戦争最末期に『ゲルググJ(イェーガー)』の装備として登場し、その後UC0083にはその発展型が『ガーベラテトラ』の装備となり、UC0092にはさらに小型化に成功したものが『ギラ・ドーガ』の正式装備として採用されている。

 近~中距離においては単発攻撃よりも、マシンガンのようなばら撒いて広域に攻撃できる武器は有効だ。それをビームでやろうというのだからその威力は絶大である。さらにこのビームマシンガン、『マシンガン』という名称から連想されるような単純な近距離武器ではなく、普通に狙撃距離にも対応できるだけの射程を有する。すべての距離に器用に対応し、ビームの連射を行う極めて強力なビーム兵器、それがこの『ビームマシンガン』である。

 しかし弱点がないわけでもない。

 機構の複雑化、そして発生する膨大な熱量処理のため銃身そのものが両手で持つほどに大型化してしまっているのだ。

また機構の複雑化によって整備性も低下している。ビームライフルの導入ですら整備班はいっぱいいっぱいの状況だというのに、それに輪をかけて整備泣かせなのだ。

しかも未だに試作段階のため発生熱量も高く、最大のウリであるビームの連射が長時間行えないという状態でもある。

 

「ふぅ……」

 

 一通りのチェックを終わらせたマリオンは一息つくと、周囲へと視線を巡らせた。そこにはマリオンの親友であるハマーンとレイラがドワッジに乗り込み戦闘訓練の真っ最中である。教官役はアポリー中尉とロベルト中尉、そして上空に陣取ったビグロフライヤーである。

 

『ほらほら、さっさと逃げないと痛い目見ますわよ!』

 

『は、はにゃぁん!?』

 

『ちょっとキリシマさん、無茶苦茶よ!?』

 

 地上からはアポリーとロベルトのドワッジから訓練用のマシンガンが放たれ、上空からはキリシマの高笑いでもし始めそうなテンションの声とともに訓練弾が打ち出される。

 ビグロフライヤーはその巨大さから、後部座席が存在している。その後部座席にキリシマは座っていた。いつかの宣言通り、キリシマたちが教官役となりハマーンとレイラは訓練の真っ最中である。

 実戦を経てその非凡なパイロットとしての才能を見せているハマーンとレイラだが、それでも地上・空中から同時に、正確にばら撒かれる弾の嵐はそうそう避けきれるものではない。

 ハマーンがおかしな悲鳴を上げレイラが思わず抗議の声を上げるものの、キリシマはまるで取り合わない。

 

『無茶なわけねぇ……ありませんわ。

 戦場では背中にも目をつけないと生き残れませんわ。

 これはあなたたちにどんな時でも生き残ってほしいという愛情なのです!』

 

『き、キリシマさん……』

 

『まぁ、それなら……』

 

 その言葉に何やら感動したような声をハマーンは上げ、レイラも文句を取り下げる。そんな中、キリシマの前のパイロットシートでビグロフライヤーを動かしていたホルバイン少尉は呆れ気味にため息をついた。

 

『いや、キリシマの姐さん……いろいろ言い繕ってもこれ、ただのイジメなんじゃ……?

 いくら若い娘が妬ましいからって、こういうイジメはちょっと……』

 

『……車に轢かれたカエルみてぇにそのタマ潰されたいのかい、アンタ?』

 

『い、いえ……』

 

『だったらクソほざく前に、とっとと追い立ててあの娘っ子どもに弾を叩き込みな!!』

 

『イ、イエスマム!!』

 

 なにやら下半身がキュッとするような嫌な言葉に背筋をピンと伸ばすと操縦に専念することにした。誰だって命は惜しい、賢明な判断だ。

 そんな演習を横目で見ながら、マリオンは撤収のための準備に入っていた。

 その時だ。

 

 

 キュピィィィン!

 

 

「!!?」

 

 何かを感じた。冷や水をかけられたかのように、背中を嫌な予感が突き抜ける。

 

『これは!?』

 

『何、これ!?』

 

『何だ、嫌な予感が……』

 

 ハマーンとレイラは感じたようだが、意外なことにホルバイン少尉も何かを感じ取っているらしい。

 その予感に従って、マリオンは叫んだ。

 

「みんな、逃げてぇ!!」

 

 その瞬間……彼方から破壊の光が飛び込んできた。

 

『う、うぉぉぉぉぉぉぉ!!?』

 

『ろ、ロベルトぉぉぉぉ!!?』

 

 ホバーによる高速機動中だったロベルト中尉のドワッジ、その生命線とも言える右足の膝関節を光は貫いた。

 急激にバランスを崩したドワッジはその速度のまま倒れ込む。勢いのまま、その巨体はまるでサッカーボールのように数度バウンドしながら岩場へと突っ込み、その動きが止まった。

 

『ロベルト! 応答しろ、ロベルト!!』

 

『……』

 

 パートナーであるアポリー中尉が呼びかけるが、各所から黒煙を上げるドワッジからは反応はない。

 

『チクショウ、どこの誰が……』

 

 戦友であるロベルトが撃たれたことで激昂したアポリーが、MMP80マシンガンを訓練用マガジンから実弾マガジンにリロードしながら、ホバーターンで流れるように高速旋回する。

 しかし……。

 

『アポリーさん、ダメッ!!?』

 

『ッ!!?』

 

 再び飛来する閃光、それはアポリーのドワッジの右肩を貫いた。もがれたドワッジの右腕が大きく吹き飛ぶ。そしてドワッジの右肩で巻き起こった小爆発で、つんのめるように前のめりにバランスを崩した。

 そこに三度目の閃光。その閃光はドワッジの頭部を貫いた。その衝撃でドウッと仰向けで倒れるドワッジ。

 

『アポリー中尉、返事をしな!!』

 

『……』

 

 キリシマの声に、アポリーからの答えはない。

 

『クソが!

 演習は中止! 今すぐ退くよ!!』

 

 キリシマは即座に指示を出すが、ハマーンたちがその行動を起こす前にそれはやってきた。

 

『あはははは!』

 

 感情の昂った声が響いた。

 同時に降り立つのは、蒼い色のモビルスーツだ。鋭角的なデザインに頭部に生えたV字のアンテナは、丸みを帯びた形状の多いジオンのモビルスーツとは明らかに違う印象を受ける。

 右手に持つのはおそらくビームライフルだと思われるライフル、そうなればランドセルから伸びる2本の筒状のものはビームサーベルだろう。

 頭部には両頬にあたる辺りに、センサーと砲口らしきものが見える。おそらく外付け式のバルカンポッドだ。

 左手には連邦のマークの入った盾を持っている。そしてその肩には『02』の文字がマーキングされていた。

 

「……」

 

 マリオンはゆっくりとビームマシンガンを構えた。見ればハマーンもレイラも、マシンガンのマガジンを訓練用から実弾に換えている。

 しかし……動けない。

 彼女たちはその強すぎるともいえる感性で、その機体から放たれる『プレッシャー』を感じ取っていた。

同時に、ハマーンとレイラはそこに懐かしさを感じ取る。そしてその懐かしさの正体に気付いた。

 

『この感じ……ララァお姉さん!?

 これが……連邦のEXAMマシーン!?』

 

 その声に答えるように、連邦のEXAMマシーンのカメラアイの赤い光がひときわ強く輝くと、ゆっくりと腰を落としていく連邦のEXAMマシーン……ブルーディスティニー

2号機。

 

『さぁ、楽しませてくれよ、ジオン!!』

 

 スピーカーからは楽しそうな声が響いた。

 それは記録で見せられたブルーディスティニー1号機のパイロットのような、精神に支障をきたしたような声ではない。

 正気と知性、そして覇気を感じられるその声にハマーンたちは戦慄する。

 そして踏み込みと同時に、凄まじいスピードで動きだした。まるで飢えた野獣のごとき動きに、マリオンはかつてない苦戦を予感したのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「くぅ!?」

 

 容赦なく襲い来るGに、ニキ=テイラー少尉は歯を食いしばる。そのすぐそばを弾丸が通り過ぎていった。

 正確な敵の攻撃に舌打ちのひとつもしたいところだが、それをすれば舌を噛みそうだ。それほどまでに、ニキは全力をもってジクザグと絶え間ない回避行動をとっている。

 ニキは今まで数多くの戦場をシロッコの指揮の元渡り歩いてきた精鋭である。その弾丸をかわしながら、相手を引き剥がそうとする。

 しかし、相手は離れない。

 確かに相手の機体のほうが性能は上だろうが……こうも張り付かれるのはやはり操縦技術で相手の方に軍配が上がるからだ。その事実に、ニキはほぞを噛む。

 

「負けない……!」

 

 彼女にも意地というものがあった。それらがこの相手への敗北を全力で拒否しようと抗う。

 しかし、現実は非情であった。

 

 

 ダダダッ!!

 

 

「!? しまった!?」

 

 空中からドワッジの退路を塞ぐようにばら撒かれた弾丸に、とっさに動きを止めてしまうニキ。

 その瞬間、相手が動く。

 着地と同時にブースターを全開、一気に踏み込んできたのだ。

 

「ちぃ!?」

 

 慌ててニキは右手のMMP80マシンガンを構えて迎撃しようとするも、それよりも早く懐へ飛び込んできた敵機は屈み込むようにして、下からすくい上げるように左手に取りつけられたシールドでドワッジの右手をはね上げる。

 そして敵機の右手首の砲口……90mm速射砲がドワッジのコックピットに押しつけられた。

 

 

 ビーッ!!

 

 

 その瞬間、訓練終了のブザーが鳴る。

 負けた……その事実を噛みしめながらニキは操縦桿から手を離し、シートに深く身体を預けた。

 そんな彼女の元に、コックピット前に押しつけられた砲口をどかしながら敵機……『ゲルググ』から通信が入る。

 

『どうやら俺の勝ちだな』

 

「……ええ、わかってます」

 

 それは『ゲルググ』のパイロットである、ラナロウ=シェイド少尉からだ。

 きっとラナロウは今頃ニヤニヤと笑っていることだろう。それが容易に想像できてしまい、余計にそっけなくニキは答える。

 

『それじゃ、賭けのことは忘れてないよなぁ?』

 

「……それも分かってます。

 約束通り、夕食ぐらい付き合います」

 

 ニキの口調には不満がありありと見てとれる。

 どうしてこうなったのか……それは彼ら『海兵隊』の着任時までさかのぼる。

 

 リザド隊の戦力不足解消のためにシロッコとキリシマが尽力した結果、強力な新型機と経験豊富なパイロットである『海兵隊』がリザド隊に着任した。

 しかしながら、新参者を迎え入れるというのは大なり小なり軋轢があるものである。しかも色々な意味でいわくつきの『海兵隊』であるならなおさらだ。

 無論、シロッコもその辺りは理解しており『海兵隊』についての便宜を図り部下たちに理解を求めたし、彼らがとびきり優秀であることも説明して、少しでも隊内の軋轢が少なくなるように動いてはいる。

 その甲斐もあってリザド隊ではそこまでの軋轢は残っていないのだが……この一件に関して表面上はともかくとして、ニキは『海兵隊』には否定的だった。

 

 その原因は『海兵隊』の噂……ではない。『海兵隊』の黒い噂については信頼する隊長であるシロッコの説明で理解もしているし納得もしている。軍隊など綺麗事だけではやっていけないことを彼女もよくわかっていた。

 では何が原因かというと……何のことはない、ナンパに嫌気がさしたのである。

 

 着任してからこっち、どうにも気に入られたんのかニキはラナロウからことあるごとにナンパされ閉口していたのである。それがいつの間にかラナロウを含む『海兵隊』に否定的な感情を抱かせてしまったのだ。

 真面目な両親によって規律正しく育てられ規則をきっちり守る彼女にとって、規律の緩んだ荒くれ者のような『海兵隊』は水が合わなかったのである。

 

 そんな彼女の気持ちをシロッコ(うえ)は知ってか知らずか、今回はニキ・レイチェルとラナロウ・シェルドとの1対1の実戦形式の演習となった。

 そんな時にラナロウが『賭け』を持ちかけてきて、ニキはそれに乗ったのである。

 彼らの搭乗機である『ゲルググ』は恐るべき性能を誇る新型機ではあるが、汎用機であるがゆえに地上戦では純粋な陸戦機である『ドワッジ』の方が有利な部分は多い。しかも彼女は開戦初期から地上の戦場で戦い続け、地上戦に対する自信もあり昨日今日地球に降りてきたばかりの相手に負ける気などなかった。事実、レイチェルはしっかりとシェルドに圧勝している。だからこそ、この機会にラナロウの鼻を明かしてやろうという気持ちがあった。

 しかし結果はご覧の有り様である。

 最初こそ地上戦の機動に戸惑いもあったようだがそれにもすぐに慣れ、逆にゲルググの高性能を使いこなしニキを追い詰めたのである。

 

『よし、それじゃホームにさっさと戻って、ディナーと洒落こもうか』

 

「……了解していますから、何度も言わないでください」

 

 今回の演習でその実力のほどは理解したが、このノリだけはどうにもこうにも苦手だ。そんな苦手意識にため息をついたその時である。

 

『あぶねぇ!?』

 

 何かに気付いたようなラナロウの声とともに、ゲルググがドワッジの前に躍り出る。次の瞬間、構えたゲルググのシールドに閃光が弾ける。

 

「な、何!?」

 

『敵襲だ! 呆けてないで物陰に急げ!!』

 

 先ほどの軽薄な口調とは打って変わったラナロウの言葉にハッと我を取り戻すとニキの行動は早い。

 ホバーとスラスターを全開で起動させ、ドワッジを岩陰に滑り込ませる。そこから少し遅れて、ゲルググも岩陰に滑り込んできた。

 

「損傷は!?」

 

『シールドの耐ビームコーティングで弾いた。問題ない。

 それより……ありゃ間違いなくビーム兵器だぞ』

 

「連邦のビーム兵器搭載機……敵の姿は?」

 

『まだ視認はしてねぇが、ビームの出力を考えると今までのデータにあるやつより強力なやつじゃねぇか?』

 

「未確認の新型機の可能性があるということね……」

 

 ニキとラナロウは互いに岩陰から相手側を覗い、MMP80マシンガンのマガジンを実弾のものに交換する。

 そして2機のカメラは同時にこちらに向かって疾走してくる蒼いモビルスーツの姿を映し出した。

 

 鋭角的な連邦風デザインに頭部のV字アンテナ、ランドセルから伸びる2本のビームサーベル。そして手にしたビームライフルと連邦のマークのついた盾。その肩には『03』の文字が見える。

 間違いなく、今までのデータにない新型機だ。

 

『敵機急速接近中……やるしかなさそうだな』

 

「そのようですね……」

 

 ここから基地方面にはだだっ広い荒野が続いており身を隠せるような遮蔽物が少ない。そんな場所で背中を見せて退けば、無防備な背中を撃たれてしまう。

 増援を呼ぶにしても、適度に身を隠す遮蔽物のあるこの辺りで時間を稼ぐ必要があるだろう。

 

『行くか?』

 

「ええ、合わせます」

 

 お互いに短く確認し合うと、MMP80マシンガンを構えながらドワッジとゲルググは岩場から飛び出した……。

 




今回は導入という状態でした。
次回から戦闘に突入していきます。

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