歴史の立会人に   作:キューマル式

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今回でEXAMとの遭遇戦も一区切りです。



第57話 蒼を継ぐもの(その6)

 ビームの閃光が互いの間を飛び交う。一撃で相手を死に至らしめる威力の攻撃なのだが、この攻撃はお互いに、相手の撃破を狙ったものではなかった。

 

「くっ!? あちらも目的地は同じだからな!」

 

 私は苛立たしげにつぶやく。

 私とヤザンの目的地は同じ場所……お互いの相方のいる場所である。

 私はニュータイプとしての力で、ヤザンはEXAMシステムによって手に入れたニュータイプの感覚で、お互いの相方に何か異常が発生したということを敏感に感じ取っていたのである。

 しかし……『何かが起こった』ということは分かるが、『具体的に何が起こりどういう状況なのか』ということは分かっていない。通信についても戦闘濃度で散布されたミノフスキー粒子のせいなのかはたまた別の原因かは分からないが、まったくの応答なしなのである。恐らく、ヤザンの方の状況も相違あるまい。

 

「シャアのことだ、無事であるとは思うが……」

 

 シャアのことは信頼している。このようなところで志半ばで散るような男ではないとは理解しているが、確証がない以上楽観視などもってのほかだ。早急に駆けつけた方がいい。そしてヤザンも私と同じ判断を下したのだろう。

 そのため私とヤザンはお互いの戦いの決着ではなく、相方の救援を最優先にすることにしたのだ。

 だがお互いの目的地は同じ場所、しかも何かしらの異常があったというのなら敵に先にその現場に到着されることはそこにいる相方の命が危機に陥ることを意味する。

 そのため、私とヤザンは互いをけん制して移動を妨害しながら現場に向かうという、おかしなレースを繰り広げていたのだった。

 

「くぅっ!!?」

 

 ギャンはその特徴であるホバー推進による高機動で前に出るが、その途端ギャンの背中を狙ったビームライフルを機体を急旋回させギリギリのところで回避した。

 

「何度も何度もは、とてもではないが避けきれんぞ……」

 

 自分の持つニュータイプ能力、それを最大にして文字通りの全身全霊でヤザンの動きを先読みするが、何度も背中からの攻撃を避けられるわけもない。

 回避によってギャンの速度が落ちたところをブースターを全開にしたブルー2号機がすり抜けようとするが、私はとっさに90mm速射砲で弾幕を張って進路を塞ぎ、その間にギャンの体勢を立て直して移動を再開する。

 そんな一進一退のデッドヒートを幾度も繰り返し、私たちはついに目的地へとたどり着いた。

 

「あれは!?」

 

 シャアのイフリート改とブルー3号機が、互いに機体を支え合うような密着状態で停止していた。双方の機体のセンサーアイには稼働中を示す光は灯っていない。

 

「まさかマシントラブルか!?

 あの分ではジェネレーターまで停止しているではないか!?」

 

 私は即座に状況を理解した。

 完全に停止したモビルスーツなど、ただの巨大な鉄の置物にすぎない。一対一の戦いでお互いにこれだから良かったものの、これが乱戦だったら間違いなく致命傷で肝が冷える。

 

 

 キュピィィィン!

 

 

 その時、私はニュータイプの感覚で背中から悪寒を感じ取った。それも今までの中で最大級の悪寒だ。

 ブルー2号機が今までを超える速度のブースターダッシュでギャンに迫っていた。その左手には抜き放ったビームサーベルを上段に構えている。

 左右への回避は……不可能!

 上への回避は……不可能!

 

「ちぃ!!?」

 

 そこまで瞬時に判断した私は、ギャンを急ターンさせるとブースターを全開にした。

 ビームサーベルを抜く暇はない。ギャンはそのままブルー2号機がビームサーベルを振り下ろせないほどの懐に入りこむ。

 

 

 ガイィン!!

 

 

 加速のついたモビルスーツという大重量物同士がぶつかり合い、派手な音とともに機体に衝撃が走る。

 ギャンとブルー2号機はもつれ合い、抱き合ったような体勢のまま大地をごろごろと転がった。その最中にすっぽぬけるようにして、ギャンが空中へと投げ出される。

 

「へぁっ!!?」

 

 私は自分でもよく分からない雄たけびを上げながら空中で機体バランスを調整してギャンを着地させた。それとまったく同時に、地面を転がりながらも必死でバランスを調整したブルー2号機が起き上がる。

 そして、ギャンとブルー2号機は同時にビームライフルの銃口を向けた。しかし、その銃口が向いた先はお互いの機体ではない。ギャンの銃口はブルー3号機に、ブルー2号機の銃口はイフリート改に向けられていたのである。

 イフリート改もブルー3号機も完全に停止してしまっている。ビームライフルが発射されれば何の苦もなく機体は破壊され、お互いの相方は機体と運命を共にする。つまり互いが互いの相方を人質にとった形になったのである。

 

「……」

 

 場を張り詰めた緊張感が包み込む。私はゆっくりと、通信機に話しかけた。

 

「……私はジオン公国軍所属、パプティマス=シロッコ中佐である。

 聞こえているか?」

 

『ああ、聞こえている。

 こちら連邦のヤザン=ゲーブル大尉だ』

 

 即座にヤザンから応答が返ってきた。その声は平素そのもの、この緊張感の中でも何の動揺も感じられないあたりはさすがである。

 

「……互いの状況を確認したい。

 我々は今、互いの友軍の救援にやってきた。

 当然だが私は友軍を助けたい。 そちらも同様の考えをしていると考えているが相違ないか?」

 

『ああ、部下を死なせる気はない』

 

「そうか……。

 だが友軍救出のためには君の排除が必要だな。

 しかし、君はそう簡単に倒せそうにない」

 

『こっちも今からお前を倒すのは骨が折れそうだな』

 

「よし、ならば提案だ」

 

 そして私は一呼吸整えると言った。

 

「私と君の戦いだが今日のところはここまで……『引き分け』ということで手を打たないかね?」

 

 私の提案にしばし場が沈黙する。

 そして……。

 

『……ははは、はははははっ!!』

 

 爆笑が通信機から聞こえてきた。

 よほどヤザンには私の提案はツボだったらしい。その笑いからはまったく嫌味なものは感じ取れない。本当に、心の底からの笑いだった。

 

『はははははっ、そうか『引き分け』か!

 シロッコ、お前は面白い男だな!

 いいだろう、乗った!』

 

「感謝するよ、ヤザン=ゲーブル」

 

 その時、イフリート改とブルー3号機がゆっくりとだが動き出した。機体の再起動が成ったようだがしかし、その動きにはまったくキレがない。コンピューターか機体か、あるいはその両方が不調なのだろう。とてもではないが戦闘など不可能、だましだましやって移動がせいぜいといったところだ。

 

「無事か、シャア?」

 

『ああ、なんとか生きている。

 だがイフリート改は動くだけでもやっとだ』

 

 その答えに内心ホッとしていると、つけっぱなしなのか通信機の向こうの会話も聞こえてきた。

 

『ユウ少尉、無事か?』

 

『ええ、助かりました大尉。

 ただ機体が……自動帰還システムで何とか帰還できる程度の状態です』

 

 どうやらブルー3号機のほうもまったく同じような状態らしい。

 それ以上に今の会話から推測するに、ブルー3号機のパイロットは私の知る『原作』通りユウ=カジマのようだ。

 ユウ=カジマといえばブルーディスティニーのパイロットとして有名だが、それとともにシミュレーターとはいえあのアムロ=レイのガンダムを凌駕せしめた人物でもある。その意味を誰よりも理解できているだけに、シャアが無事でよかったと心から思う。

 

「……ではヤザン大尉、先ほど言った通り今回は『引き分け』だ。

 ここで双方退くとしよう」

 

『わかってる。

 お前は俺の獲物だ。 次は墜とすぞ、シロッコ』

 

「ふっ、再戦を楽しみにしていると言っておこう」

 

 そう言い終わるとどうやらブルー3号機の自動帰還システムが起動したらしい、とても通常の状態からは考えられないほどのノロノロとした動きでブースターを吹かしながら離脱を始める。そしてヤザンはその背後に付き、こちらをけん制しながら撤退していった。

 

「……行ってくれたか」

 

 私はホッと一息をつくと、ギャンのビームライフルの銃口をおろす。

 

「シャア、当面の危機は脱したが危険なことは変わりない。

 こちらもすぐに撤退しよう」

 

『同感だ。 こちらはだましだまし動かす。

 道中の護衛は頼む』

 

「任されたよ、シャア」

 

 そう言って私たちも撤退を開始した。

 その間も私はニュータイプの感覚を全力で使い、そしてギャンのセンサー感度も最大にしながら最大の警戒をもって周囲を警戒する。

 ヤザンたちは退いたが、まだどこかに敵戦力がいないとも限らない。ヤザンたちほどのエースパイロットたちとの激戦を生き残ったのに、油断して帰還中にどこの誰とも知れぬ一般兵に討ち取られるなど笑い話にもならない。だが今のイフリート改の状態を考えるとあながち冗談でもないのが笑えないところだ。

 運良くなのか周辺にそれらしい気配も感じず、私とシャアの撤退は順調だ。

 

「今回ばかりはお互いに、勝利とはいかなかったな。

 君と私が同じ戦場に出て勝利を得られなかったのは初めてではないかね?」

 

 少しばかり余裕もできたので、私はシャアに向かって話しかける。

 『暁の蜂起』『ルウム戦役』『衛星軌道の戦い』『東アジア戦線』『オーストラリア戦線』……よく考えれば私とシャアが揃って出た戦いで、勝利と言えない結果になったのは今回が初めてである。

 

『……敵パイロットのユウ=カジマは素晴らしいパイロットであり、良い男だった。

 ララァも……彼のことを認めるほどにな』

 

 思わぬシャアのユウ=カジマへの好印象におやっ、と思う。この分ではどうやらシャアはニュータイプの感覚でユウ=カジマとの邂逅を果たしたようだ。『原作』でもユウ=カジマはEXAMシステムの中にいたマリオンと心を通じ合わせていたが、どうやらララァとも心を通じ合わせていたようである。

 

「そうか、詳しい話は後で聞くが……シャア、君でも引き分けか……。

 まぁ、実質負けた私よりはマシだな」

 

 そんな私の言葉にシャアは首を捻る。

 

『『負け』? 君の方も引き分けだったのではないか?』

 

 そのシャアの言葉に、私は肩を竦めた。

 

「私の場合、『負け』を口八丁手八丁で無理矢理『引き分け』にまで持ち込んだというだけだよ」

 

『よく分からんことを言う』

 

「こういうことだよ」

 

 種明かしだ、と私は空に向かってビームライフルを向けると引き金を引いた。しかしその銃口からビームが発射されることはない。理由は単純、私のビームライフルの弾は切れているのだからだ。

 

「こちらのビームライフルの弾は切れていた。

 まぁ、あちらも連戦な上、最後にあの距離から強引にビームサーベルで斬りかかってきたところをみるとビームライフルの弾は切れていたとも思うが……確証はない。

 最後の『引き分け』交渉は完全なハッタリだよ。

 おかげで何とか『負け』のところを『引き分け』にまで持ってこれた。

 失敗したらまずいことになっていたが……なに、ちょっとしたスリルだっただろう、シャア?」

 

『私は君のハッタリのおかげで生き延びたということか……今、一気に肝が冷えたぞ。

 シロッコとは金輪際、ギャンブルの類はしないほうがよさそうだ』

 

「賢明な判断だと褒めておこう、シャア」

 

 適度に緊張感が抜け、私とシャアが苦笑いする。そんな中、私は考えていた。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 今回のリザド隊の被害は大きい。

 詳しい被害状況は後ほどまとめなければ分からないが、たった2機のモビルスーツによる被害としては大きすぎることはわかる。

 もっとも今まで私のリザド隊が連邦に与えてきた損害も同じように敵からは感じられているだろう。この宇宙世紀でのモビルスーツ戦による、個人技量の差というものが戦果に与える影響の大きさを改めて思い知る。

 リザド隊の被害は大きいが『原作』を知る身としては、あのヤザン=ゲーブルの操るEXAMシステム付きガンダム、そしてユウ=カジマの操るEXAMシステム付きガンダムを相手に戦ってこの程度の被害で済むなど『奇跡』の部類だと思っている。なんと精強な部隊かと褒めてやりたいくらいだ。

 とにかく隊の立て直し、そして今度こそ決着をつけるための再戦への備え……どれもこれも頭の痛い問題なのだが、私の口元は自然と笑みになっていた。

 困難に対して持てる力の全力を出し切ることの喜びと充実が私の中にあったからだ。

 

(再戦を楽しみに、か……。

 私らしくもない話だが……なんだか熱くなってしまうではないか)

 

 現実は楽な方がいい。現実での敗北はいくらでも取返しのつかない事態を招くからだ。敵は弱い方がいいに決まっている。

 強大なライバルが現れて苦戦することを是とするのは漫画の中だけの話……なのだが、強力な敵の出現に私は今、燃えていた。

 

(『原作』のシロッコの嫌悪していた『生の感情』……これもなかなか悪くないではないか)

 

 すでに私のパーソナリティは『原作の記憶を持つ学生』でも『原作のシロッコ』でもない、それらが混じり合ったような、まったく違うものになっている。だからこそ、そう考えられるのかもしれない。

 私はこれからを思い、何とも言えぬ高揚感とともに基地への帰路についたのだった……。

 

 




シロッコ「ひ、引き分けで手を打たないか……?」 ザワッザワッ

ヤザン「擬音がついただけで同じようなセリフなのにいきなり小物っぽくなったぞ」


というわけで長らくかかったEXAMガンダムとの第一ラウンドの終了でした。
どうにか『引き分け』に持ち込んだシロッコさんです。
宇宙世紀賭博黙示録シロッコ。シロッコはこういう口八丁のハッタリも似合いそうです。

次回はしばらくぶりの日常回の予定。
次回もよろしくお願いします。

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