「あの鬼教官、今は○○にいるって」
「同期のあの子、結婚したってさ」
「お前のせいであの時、連帯責任で走らされたの忘れてねぇぞ」
など、同期で顔を合わせて呑むとこんな会話になって懐かしいあの頃のことを話します。
辛い生活でしたが、それを一緒に過ごした同期の桜との酒の席の会話はこんなものです。
……原作のシャアとガルマもきっと、こうやって語り合ったことあったんだろうなぁ。
サイド3のその酒場は、戦争中だと言うのに大いに賑わっていた。いや、賑わっているのは戦時下だからかもしれない。『戦争』というビリビリとした緊張感に常に包まれているからこそ、そこから一歩離れれば心を開放したくなるものだ。そして、酒というものはその一助にはうってつけである。
その酒場の奥、そこは喧騒からはうって変わって落ちついた上品な造りとなっていた。『貴賓室』と書かれたその部屋は、今日は貸し切りである。
「この忙しい時期にすまないな、シャア。
だが、地球に降りる前にこうして会いたかった」
「なに、構わんよ。 宇宙は今は小康状態、こちらも哨戒任務で少々の時間の融通は利く。
それに私としても君やシロッコには会いたかった」
「そうだな、地球に降りてはこういった機会は滅多にない。
貴重な機会を逃すというのは愚かな選択だからな」
「……君らしい言葉だな、シロッコ」
私の言葉に、シャアは苦笑する。そして、我々3人はそれぞれにグラスを手に取った。
「何に乾杯するかね?」
「やはりここはジオン公国にか?」
私とシャアの言葉に、ガルマは首を振った。
「いや、ここは……英霊となった同期の友たちに、しよう」
『一週間戦争』……華々しい戦果でのジオンの勝利だが、レビルの『ジオンに兵なし』の演説でも分かる通りかなりの戦死者も出ている。その中には、私たちと同期の者たちの名もちらほらとあった。
「わかった、それで行こう」
「では……英霊となった同期の友たちに……」
「「「乾杯っ!!」」」
カラリッ、とグラスの中で氷が鳴った。
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我々3人はゆっくりと会話を交わす。部隊のことであり、ジオンの今後のことでありその内容は様々だ。そして、その内容は自然な成り行きで思い出話へと移っていく。
「しかし……こうして酒を酌み交わしていると、士官学校時代のシロッコ、君を思い出すよ」
「私としては、もっと他のことで思い出してもらいたいものだ」
そんな風に私を見てくるガルマに、私は心外だと肩を竦める。だが、横合いからシャアがガルマの言葉に合いの手を入れた。
「いや、ガルマの言い分ももっともだと思うぞ。
同室の私は隠すのに苦心させられたものだよ、『酒蔵の主』殿」
それは士官学校時代の、同期からの私の愛称の一つだ。
私は士官学校時代、自室に酒を多量に隠し持っていた。それをたまに同期の中で振る舞い秘密の酒盛りをしていたため、同期の親しい者たちからは隠れた愛称として『酒蔵の主』と呼ばれていたのである。
「その酒でよく酒盛りをしたのだ。 そう言う意味では君たちもとっくの昔に共犯だよ」
「ははは、それはそうだ。
……そう言えば聞いてみたかったのだが、あの酒は何のために持ち込んでいたんだ?
僕たちに無償で振る舞うというためでもあるまい。
飲むにしても、君はそれほど飲める口ではないだろう?」
そのガルマの問いに、私は笑って答える。
「先輩方につかう『通貨』だよ」
士官学校は閉鎖空間であり、娯楽というものは少ない。そんな環境の中では、嗜好品の類は時に『通貨』として通用するのである。
見廻りや寮監の先輩に渡しておくと、情報を聞き出せたり何事かを見過ごしてもらったりと、融通が利くようになって非常に便利だ。
そのことを話すと、ガルマは感心したように頷く。
「なるほど、シロッコの先輩方からの受けが良かった理由はそれか。
しかしそんな根回しをしていたなんて、さすがはシロッコと言ったところだな」
「どんなことであれ、自らの置かれた環境を快適にするためには労は惜しまぬほうがいい。それがどこでどのように役立つかもしれんからな。
……今だから言うが、あの酒が無ければあの『暁の蜂起』も成功したかわからんぞ」
「何?」
「あの『暁の蜂起』は私とシャアで素案を立てたが……シャア、私がどうして、あの時見廻りの人数と時間と巡回ルート、そして兵器庫のカギの位置とパスを正確に知っていたと思う?」
それを聞いたシャアとガルマは、堪らないと言った感じで笑う。
「ハハハッ、これはいい!
私たちの起こした『暁の蜂起』の成功は、酒のおかげか!」
「それはケッサクだ!」
「だろう?」
アルコールのまわり始めた頭に、今の話はツボであったようだ。あのシャアとガルマが、いつもの様子からは考えられないように腹を抱えて笑い、私も笑う。
「では、あの『暁の蜂起』を成功させてくれた、偉大な酒にも乾杯するか?」
「ハハハッ……それもそうだ。
ではあの蜂起を成功に導いた偉大なる酒に……」
未だ腹を抱えながらも、我々はグラスを掲げる。
「「「乾杯っ!」」」
カランッ……
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笑いも収まったころ、私は新しい話題を振る。
「『暁の蜂起』と言えば、1つ私にも読めなかったことがある……」
「ほぅ……シロッコがか?
まるで相手の手の内を知り尽くしているような、あれだけ見事な作戦を立てた君にも、読めなかったことがあるとは……」
シャアがウィスキーのグラスをあおりながら、意外そうな顔をする。
「なに、私にだって分からないことはあるさ、シャア」
「それで、シロッコでも読めなかったこととは何なんだい?」
ガルマがそう先をうながすと、酒を口に含む。それをしっかりと確認してから、私は言った。
「無論、あのゼナがドズル学校長とくっついたことだよ」
「ブフッ!!」
ガルマが酒を吹き出し、大いにむせ返る。
「大丈夫か、ガルマ?」
「あ、ああ。 ありがとう、シャア」
シャアの差し出した手拭きで、むせながら口を拭うガルマに私は笑う。
「2人ともあの展開は読めたか? 少なくとも、私は読めなかった」
「私も読めなかった。 というよりも、読めるものなどおるまい。
ゼナは同期の男から人気もあった。誰がその心を射止めるか、裏ではトトカルチョもあったはずだ。
ドズル学校長とは接点など、あの『暁の蜂起』以外になかったと思うのだが……」
「ドズル兄さんが言うには、あの時銃を突きつけられて、なにかこう、『運命』を感じたらしい」
「なるほど……。
それなら、ゼナをドズル学校長の抑えに抜擢した私たち3人は、ドズル学校長にとっては恋のキューピットというわけか」
「ヘアバンドを付け不敵に笑うキューピットか……絵面は絶望的だな」
「仮面のキューピットよりは怪しくないと自負しているよ、シャア」
互いに皮肉げに笑い合う私とシャア。
「2人はそれで済んでるだろうが……僕など同期のゼナを『義姉さん』と呼ぶんだぞ。
彼女のことは決して嫌いではないがこう……違和感がすごい」
「それはもう君の一生につきまとうものだ。
素直に慣れたまえよ」
「それはわかっているよ……」
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そうしている間にも、時間は流れる。すると、今度は思い出したかのようにガルマが言った。
「そうだ。 シャア、君もいい
僕にも見せてくれないか?」
「……シロッコ、君か?」
「そう怖い顔をしないでくれ、シャア。
私としてはやっと来た友の春の喜びを、多くの友と共有したいというだけだよ」
恨みがましいシャアの視線を、私は肩を竦めてやり過ごす。その様子に、シャアも諦めたのか、懐からフォトを取り出した。それを興味深そうにガルマが覗き込む。
「綺麗な
何と言う
「ララァ・スンという。
今はフラナガン機関にいるよ」
その言葉に、私は酒に口を付けながらピクリと眉を動かした。
ジオンのニュータイプ研究所である『フラナガン機関』、それは私の知る『原作』ではキシリアが設立するものであり『ブラウ・ブロ』や『エルメス』といった、強力なニュータイプ専用機を造り上げているが……。
(まだ2月だぞ。 私の知る『原作』なら、フラナガン機関の設立は宇宙世紀0079の6月以降だったはず)
フラナガン機関設立が、随分と前倒しになっている。
(私の干渉が、バタフライエフェクトのように影響を及ぼしているというのか……?)
少しだけ疑問に思ったが、今は酒の席。私とてアルコールで頭をやられいつものようには思考できない。仕方なく今の疑問は頭の隅へと追いやる。
そんなことをしているうちに、今度はシャアが逆襲だとでも言うように話の矛先を私に向けてきた。
「女性といえば……噂で聞いたが、シロッコは幼い少女に自分を『兄』と呼ばせ、その地位を利用して幾人もの女を囲っていると聞いたが?」
「……根も葉もない噂に踊らされるとは。
シャア、君らしくないな」
「そうかな?
私はメイ嬢が君を『お兄さん』と呼ぶのを聞いているのだぞ?
ついにシロッコが本性を露わしたか、と思ったが」
その言葉に大仰に私は天を仰ぐ。
「何だその本性、とは。
私は常に紳士であるという自負がある。
確かに私の部隊は女性ばかりだが、それは優秀な人材を揃えたらそれが女性だったという結果論にすぎんよ」
「ほぅ……ぜひとも見せてもらいたいものだな。
君の手掛ける部隊というものを」
「生憎とフォトなど持ち歩いてはいないのでな。 またいつかの機会に見せよう」
シャアの攻撃を、私はあくまで流す。しかし、それが横合いから痛撃を受けるとはこのシロッコを持ってしても読めなかった。
「シロッコの部隊なら、僕が画像を持っているよ」
「ブゥ!!?」
その言葉に、私ははしたなくも大いにむせ返る。気管に入りこんだ酒の焼けつく感覚に咳を続ける私を尻目に、シャアとガルマの会話は続く。
「おお、さすがはガルマだ」
「フフッ、いつまでも親の七光りとは言わせんよ。
僕は上官であるしな、部下を気にかけるのは当然だ。
そして……こういう機会でシロッコにひと泡吹かせられると思って持ってきていたのだ」
「ガルマァァァ! 貴様、謀ったなガルマァァ!!」
「フフッ、これでやっとシロッコに一つ勝てそうだ。
恨むなら自分の才能を恨むといい」
復活した喉での私の声をあざ笑うかのように、ガルマはシャアに私の部隊を見せていた。
それを見てシャアは……。
「シロッコ……友人として言うが、ロリコンは犯罪なのだぞ」
「ララァ嬢に手を出している君のどの口が言うか、シャア」
「しかしな……これは想像以上だぞ」
見ればその端末の写真はどんなタイミングで撮られたのか、左右からメイ嬢とマリオンに抱きつかれている瞬間のものだ。
「ちなみにそのマリオンという少女は14歳。
シロッコのことを『兄さん』と呼んでいるぞ」
「ええい、ガルマ! 余計なことを!」
しれっ、と余計なことを洩らすガルマを睨むが、ガルマは素知らぬ顔で上品そうにウィスキーをあおる。その言葉をきいて、シャアが私を見る目がさらに冷たくなった。
「噂はどうやら噂ではなかったようだな」
「……言っておくが、私は彼女たちの将来性に期待をよせているのであって、君の考えているような女性を囲うような真似をしようという意図は断じて無い。
本当だぞ」
「なるほど、将来性はあるな。
クスコ中尉はすでに美人だが、他の隊員たちも後数年もすれば誰もが思わず振り返る美貌の持ち主になるだろう。
その先見性……やるな、シロッコ」
「ええい! 違うと言うに!!」
アルコールに頭をやられた者同士、何を言っても無駄である。
そんな私とシャアに、グラスを傾けガルマは言った。
「ロリコンたる我が友人たちに……乾杯」
「「誰がロリコンか!!」」
~~~~~~~~~~~~~~~
「……ときにシャアよ、そう言えば1人、女性の話でなんの被害もこうむっていない者がいるな」
「そういえばそうだな、シロッコ」
私とシャアはニヤリと笑うと、ガルマを見る。
「ぼ、僕か!?」
「他に誰がいるというのだ?」
「我々2人がこうも被害を受け、1人無事というのは虫が好かん。
さぁ、ガルマ。 君の話を聞こう」
シャアと私はそう促すが、ガルマは呻るばかりだ。
「そう言われても……今のところ僕にはそういう浮いた話はないな」
「意外な話だな……」
「君は士官学校時代から、幾人もの同期の女性から言い寄られていただろう。
それに君の場合、見合いの話くらいはあるだろうに?」
「……それらは全部、『ザビ家』に恋をしてるんだよ」
シャアと私の言葉に、ガルマはポツリと言った。
「確かに何人もの女性に言い寄られもしたし、見合いの話もたくさんある。
だが、それは僕を、『ガルマ・ザビ』を見ているのではない。『ザビ家』を見ているんだよ。
……僕は確かにジオンを指導する『ザビ家』の男、そのことに誇りはあるし、ジオン公国国民のために尽くさなければという義務感はある。
だが、それはあくまで外側だ。『ガルマ・ザビ』という本体が、『ザビ家』という皮を被っているのだというのに、皆その外側だけを見て僕と話をする。
僕にはそれが煩わしい……。
だからこそ、『ザビ家のガルマ』ではなく『ガルマ・ザビ』として付き合ってくれるシャアやシロッコには感謝しているんだ」
「「……」」
その言葉に、私とシャアは何も言えない。
「恋愛でも、僕はそうありたい。
『ザビ家のガルマ』ではなく、ただの『ガルマ・ザビ』を愛してくれる女性に巡り合いたいんだ。
ザビ家の男ということで少し諦めていたが……ドズル兄さんとゼナの結婚が、僕に諦めるべきではないと教えてくれた。
……自分でハードルを上げてしまったということさ。お陰で、今は浮いた話の一つもない。
2人にはすまないが、僕にはそういう話はないさ」
「「……」」
そして、ガルマはすまなそうに頭を下げるのを見て、私もシャアも何も言えなかった。
やがて、ゆっくりシャアがグラスを取る。
「そうか……。
では、今回地球へ行くことで出会いもあるかもしれん。
私もララァと巡り合ったのは地球でだからな」
「そうだな。
……よし、ではまた呑むとしよう。
我が友ガルマに良き出会いがあるように、我ら3人の道行きに光があることを祈って乾杯だ」
「ああ」
「分かった」
「「「乾杯!」」」
すっかり氷の溶けたグラスは何の音も立てない。
少しぬるくなった酒を、私たちはゆっくりとあおった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
酒宴は終わり、私たちは分かれ分かれに帰路に着いていた。
静かな夜は、今が戦時下だと言うことを忘れさせる。しかし、確実に連邦との戦争は続いており、今の瞬間もどこかで誰かの命が散っている。
そんな思考を、私は頭を振って消し去った。
「何とセンチメンタルな感情か。
まったく……ガルマのせいだな」
アルコールによって纏まらぬ思考に、私は苦笑する。
「『ザビ家のガルマ』ではなく『ガルマ・ザビ』として付き合ってくれる……か。
ガルマ、君の目は節穴だぞ」
ガルマの言葉を思い出し、私は苦笑した。
こう言っては何だが、私とシャアほどに腹に一物抱えた者は無い。この胸には『打倒連邦・ザビ家』の思いが膨れ上がっている。
しかしそんな相手に、知らぬこととはいえガルマは無上の信頼を寄せるのだ。こちらとしては複雑な気分であると同時に、悪い気はしない。
私とシャアにとって『ザビ家』は打倒する相手だ。ガルマが、『ザビ家のガルマ』であったなら何の気兼ねもなく利用し、その喉笛を引き千切って復讐を果たそう。
しかし……『ザビ家のガルマ』ではなく、ただの『ガルマ・ザビ』は復讐の対象か否か?
「……今、考えることではないな」
私は頭を振って、その思考を振り払う。
今、自らの為すべきは成果によって地盤を固めること。
発言力を増し、確固たる地位を築くこと。
なんの準備も出来ていない今、自らが為すべきはそれだ。
私やシャアが何かを為すまでには、まだまだ時間はある。
だが……できることなら……。
「ガルマ、地上での君を見定めさせてもらおう。
そして、いつか来るその時には……『ザビ家のガルマ』ではいてくれるなよ」
私はそれだけ呟いて、帰路を急いだ……。