産まれた推しの子の電脳物語   作:阿後回

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「ハァッ……っ、タイトに会っただぁっ!?」


今朝、タイトとあったことを壱護さんに報告した。
あかねや有馬、又吉刑事との会話を報告しようとしたのだが……、

「会った……というか、偶然出会ったというか……」

「どうだった? 何か聞けたっ!?」

アイが話に突然乱入してきて、何も話せていない。

(……タイトの会話を思い出しても)

期待するアイの視線に俺は首を振った。

「……何も……むしろ、全員揃わないと話にすら辿り着けない気がする」

「……そっか」

アイも残念そうに俯いた。

(早くなんとかしてやりたい……が)

今はこっちの話の方が重要だ。

「……で、壱護さん。タイトは一週間後に来るんだよな?」



タイトとの打ち合わせは一週間後……、有馬やあかねの事務所にもその内容の書類が送られていることから、タイトやカミシロは入念にその準備をしていたことがわかる。 

「来るぜ……、仕事の打ち合わせってことで、もう少しでやってきやがる」

(こちらの情報は筒抜け……と、考えて良さそうだな)

一瞬あの女の顔を思い出した。

あの女がいるカミシロのことだから、身辺の調査は確実にやっているだろう。その上で、今回の打ち合わせで、カミシロとタイトがどういう関係なのかを知らなければならない。

(こちらの味方……なら、いいんだけどな)

カミシロの完全な味方になった場合、俺達だけじゃどうしようもない

「うちの事務所でやるんだ」

項垂れていたアイが俺達の会話に再度入ってくる。

「俺達や有馬、あかね以外の事務所にいるタレントや事務員……果ては、掃除の業者まで、全員追い出しとけってよ。国家機密保持の為って言われたが……いったい、どんなレベルの話がやってくるんだ?」

カミシロがバックについた番組を任せられる。……1アイドルであるルビーやプロとはいえ、『一流』とは程遠い俺達にはもったいない以前に、力不足としか言いようがない。

「戦々恐々……と言ったところね。まさかルビーがこんな大きな仕事を持ってくるなんて……胃が痛くなってきたわ」

ミヤコさんが胃薬片手に顔を真っ青に染め上げている。まだ一週間もあるのに、そんな顔をしていたら話にならないのじゃないのかと、少しだけ心配になる。
そんな中、壱護さんが封筒に入っていた資料を巡っているのが見えた。

「他に呼ばれてるのは確か……」

((他に呼ばれている人物?))
 

タイトが自分達以外にこの仕事に呼んだ人物が気になり、同じようにその言葉に釣られたアイと一緒に、壱護さんの背後から資料を目を通していくと……、


「『ーーーーーー』だ」


その言葉を聞いた俺達の驚きの声が、社長室に響き渡った。



第二話 『末堂マナト』

 

 2016/7/17 AM 09:00

 

 青い空、白い雲、太陽は登り、周囲のビルから光が反射して眩しさに目が眩む真夏日和。夏休み前の最後の休日……、事務所の前には、事務所に残った壱護プロの面々もとい、星野家が勢揃いしていた。

 

(……来たっ!?)

 

 壱護プロの事務所があるビルの前に、黒塗りの車が一台止まった。運転席と助手席から、一組のスーツ姿の男女が現れ、後部座席のドアを開ける。

 

「どうぞ」

 

 学生服の少年が1人、車の中から現れたのは……、 

 

 

「おひさしぶりですね。星野アイさん、斎藤壱護さん、斎藤ミヤコさん……それと、先日ぶりですね。星野アクアさん」

 

 

末堂マナト(星野タイト)』がにこりと微笑んだ。

 

「……ひさしぶりです」

 

「おひさしぶりです」

 

 かつての面影が残っていないマナト(タイト)の姿に、アイが引け目を感じているのがわかる。今の彼の容姿は『美少女』と言っても差し支えのない姿だ。俺も先週本人に会っていなければ、同じような反応をしていたに違いない。

 

「おう、ひさしぶりだな……って!?」

 

 壱護さんが乱雑な挨拶をし、ミヤコさんに頭を叩かれた。

 

「壱護……カミシロの幹部に何言ってるのよ。すみません、うちの社長が、失礼な態度をとってしまって……」

 

「いえ、問題ありませんよ。昔お世話になった時みたいに、『マナトくん』って呼んでいただいても構いません。敬語もなしでいいです。みなさんに関しては、そちらの方が楽ですから」

 

 あちらへの挨拶はマナト(タイト)自身は気にしてなかったようだが……、

 

(……壱護さん)

 

 背後にいる女性の目が厳しいものに変わっている。俺達との関係を知っている人物か、そうでないかはさておき、相手方の心象を悪くしたみたいだ。

 

 

「ちょっとぉ〜〜、私への挨拶はなしか、マナト〜〜っ!!!」

 

 

「────ッ!?」

 

 ルビーがマナト(タイト)の体に思いっきり抱きついた。

 

(……さっきの女性はっ!?)

 

 急いで女性の方を向いて、様子を確認。

 

「ルビー様」

 

「えっ、なにっ?」

 

 マナト(タイト)からルビーを優しく引き剥がした。

 

「女性がはしたないですよ」

 

「別にいいじゃん。クラスメイトなんだしさぁ〜〜」

 

 ルビーに関しては、彼女も諦めているみたいだ。

 

「別にいいよ、……ただ、じゃれつかれただけだしね」

 

「それでは困るのですっ!?」

 

 タイトの甘々の対応に叱責しているが、……あっ、ため息を吐いた。

 

「マナト様、俺からも……許嫁がいる身分で女性に手を出すのは駄目なんじゃないんですかね?」

 

「「「────許嫁っ!?」」」

 

 アイと壱護さんとミヤコさんが驚いている。

 

(別に普通だと思うが)

 

 カミシロの……しかも、幹部となれば、財閥と関わらなきゃいけないのは必然的だと思っていたが……あっ、ルビーが『伝え忘れてた、ヤベッ!?』みたいな表情をしている。

 うん、彼女に詳しく聞いて────、

 

「はっ、……たかだか一ヶ月行方がわからなかったからと言って、勝手に許嫁を解消するような間抜けどもになんで配慮なんかしてやんなきゃいけねえんだよ」

 

「『四条』相手にそこまで言いますか、……貴方は?」

 

 

「「「「────四条っ!?」」」」

 

 

 思いの外ビッグネームが飛び出してきて、危うく目が飛び出してしまった。

 

「四条って、あのっ!?」

 

「四条財閥に許嫁貰っておいて、他の女の子といちゃついてるの貴方っ!?」

 

「別にあんな『チャバネゴキブリ』に配慮する必要なんてありませんよ」

 

「ゴキブリって!?」

 

 四条財閥相手にそこまで言うのか!? 

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 透き通るような声が車の中から聞こえてきた。

 

「……はあ、出てきてください」

 

 車の中から1人の少女の影が……本当に『現れる』とは思っていなかったな。

 

「────えっ!?」

 

 ルビーが目の色を変えて驚いた。

 

 黒色の長い髪、白く透き通るような肌に、翡翠を思わせるような綺麗な緑色の瞳がこちらを射抜く。 

 

 

「はじめまして、『不知火フリル』です。ちょっと直談判をしまして、このプロジェクトに参加することになりました」

 

 

 口元が少しだけ上がるくらいの微笑みで、彼女は自己紹介……を? 

 

「直談判?」

 

 俺は思わずそう聞いてしまった。その言葉を聞いたマナト(タイト)は目を逸らし、彼女は自慢げに胸を張ってポシェットの中から小さな小道具を……、

 

 

「これです!」

 

「「「────ッ!?」」」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私と同じ『デジヴァイス』……っ、なんでっ!?」

 

「なんでと聞かれても……、ルビーちゃんならわかるんじゃないかな?」

 

 不知火フリルが取り出したのはカミシロ製のデジヴァイス。

 

 

()()()()()()()()()()っ!!!』

 

「────ガブモンっ!?」

 

 

 青色のデジモン(ケモノ)にルビーが驚いたように声を上げる。

 

(……ガブモン?)

 

 ルビーの話に出てきたデジモンの1人だ。ケモノガミと呼ばれるデジモン達が暮らす世界でタイトやルビーとともに、世界を救う手助けをしたっていう……、

 

(……だが、そのそれは)

 

「でも、ガブモンは教授のデジモンだよねッ、──ーなんで、フリルちゃんが持ってるのっ!?」

 

 憧れか、警戒か……はたまた、ただ興奮してるのかはわからない。だけれど、ルビーは興奮して大声で不知火フリルにそう聞いてしまった。

 

「私はね。おじい……ううん」

 

 フリルはカミシロ製のデジヴァイスを動かして、1人の男性と少女と一緒に映っている写真を画面に表示した。

 

 

「教授、『水瀬アキハル』の孫なんだ」

 

 

「えぇ────っ!?」

 

 ルビーがものすごく驚いた……うるさい。

 

「おじいちゃんは立場上こっちに来られないから、私とガブモンがこっちで活動することにしたの」

 

『ハルも大人になったんだよなぁ……こんなお転婆な孫娘がいるなんて思いもしなかったぜ』

 

「お転婆って……ガブモン、ひどい」

 

『事実だろ?』

 

 そんな様子をただ固まって見ているルビー……あっ、錆びついたロボットのように、ギギギとマナト(タイト)の方に驚いたままの顔で首を向けた。

 

「こんなのを持ってこられたら、流石に頷くしかありませんよ」

 

 マナト(タイト)も苦笑している。

 きっと、カミシロに直談判されて、本気で困ってたんだろうなぁ……と、少しだけ同情してしまった。

 

「────ルビーっ、なにがあった、の?」

 

「────アクアくんっ!?」

 

 ルビーの大声に気が付いたのか、事務所の中にいた彼女らがビルから出てきた。うん、あんな大声が聞こえてきたら、流石に2人も────、

 

「かなちゃん、ちょっと止まんないでよ……あれ、『不知火フリル』だぁ!?」

 

 MEM、お前まで来たのか!? 

 

「あっ、MEMちょっ!!!」

 

「────わっ!?」

 

 不知火フリルがMEMのところまで走っていく。

 

「ファンです。サインください」

 

「えっ、……えっ!?」

 

 

「自由奔放だな」

 

「そうだね」

 

 

「……とりあえず、事務所に入りましょうか?」

 

 

 ミヤコさんがそう言ったことで、冷房の効いた部屋にようやく入ることができたのだった。

 

 

 

「俺の直属の部下のシキとベツです」

 

 タイトから紹介されたスーツの男女。

 

 

「『黒猫(くろねこ) (シキ)』です。シキとお呼びください」

 

「『別府(べっぷ) 筆雄(ひつお)』です。ベツと呼ばれています」

 

 

 女の方がシキ。

 長い綺麗な黒髪を簡素なヘアゴムで縛り、低めのポニーテールにしている……the 『秘書』のような見た目の背が高い女性。モデルでも役者でも、アイドルでも通用しそうな『派手な』容姿であるにも関わらず、見た目には気を遣っていないのか、化粧をしていない。

 

 男の方はベツ。

 病的なまでの白い肌に、セクハラをしてきそうな『おっさん』のような見た目。表情もどこかいやらしい雰囲気を感じる……のだが、

 

(対照的すぎないか、この2人?)

 

 あまりにも対照的すぎる2人に、マナト(タイト)の頭は大丈夫なのかと疑いたくなってしまった。

 

「この2人が基本的に俺のボディーガードをやってますね」

 

「「どうぞ、よろしくお願いします」」

 

 マナト(タイト)に紹介され、頭を下げる2人。

 

「さて、今回の仕事の件ですが……」

 

 ソファーに座ったマナト(タイト)が壱護さんの方を向いて、……そして、有馬、あかね、MENの方を見た。

 

 

()()()()()()()()()M()E()M()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「────えっ!?」

 

「────ハァっ!?」

 

「────ちょっ!?」

 

 

 ……これは、どういうことだ? 

 

「ちょっと、それはどういうことですかっ!? 私達に話せないことがあるってことですよねっ!!!」

 

「あります」

 

 わりとあっさり肯定するマナト(タイト)。『あの』会話は知られているものだと思っていたけど、違うのか? 

 

「どうして、アクアくん達だけ話すんですかっ!?」

 

「彼等とは幼い頃に交流があった『幼馴染』という奴でしてね。アイさんや壱護さんにもお世話になった上で、『星野ルビー』さんのコネによって、君達に仕事を回していらからです。有馬かなさん、ルビーさんから説明を受けているのでは?」

 

「それはっ、そうだけど……でも、どうして私達には話せないんですかっ!? 納得できませんっ!!!」

 

 熱が上がっている三人に比べ、淡々と話すマナト(タイト)に違和感を覚える。マナト(タイト)はそんななか一枚の紙をポケットから取り出して……、

 

「話す内容は同じですよ……、ただ」

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

「「「────っ!?」」」

 

 この場にいる全員に見えるように、紙を広げた。

 

(────監視っ、やはり……、グルスガンマモンが警戒してるなか、どこからやってるんだっ!?)

 

 思わず周囲の電子機器を見回すが、どこから監視されているのか、デジヴァイスで調べられない以上、わかるはずもない。

 

「……ということなので、内密な話をする相手がいる場合は、手段は選んでいられないんです。わかりましたか?」

 

 ここにいる全員がマナト(タイト)の言葉に頷く。

 

「不知火さんは……話を聞いてる上で悪いんだけど、ここに残ってもらっていいかな?」

 

「はい、わかってます」

 

「それじゃあ、有馬さんと黒川さんとMEMさん、不知火さんを除いたみなさんは別室にお願いします」

 

 この場にいる星野家の全員が、家長でもないにも関わらず、カミシロから来たマナト(タイト)に別室に来るよう指示を受ける。

 

「斎藤さん、案内お願いしますね」

 

「……わかりました」

 

 ミヤコさんはマナト(タイト)にそう言われるが、監視を受けていると知った以上、警戒してしまっている。

 

(不自然な行動はできるだけ……いや、違うのか?)

 

 わざと、『監視してるのをバラしましたよ』……と、タイトは監視している奴らに教えたのか? 

 

 でも、なんでそんなことをしたのだろうか? 

 

 そんなことを思っていると、壱護プロにある『トレーニングルーム』ただ案内される。

 

「シキは荷物運ぶの手伝って。ベツは諸々の準備を頼んだ」

 

 そう言われて、シキさんは車から大量の荷物を運び出した。

 

 

 

 シキさんが持ってきた荷物、6人分の『ヘルメット』のようなものだった。

 

「こちらを取り付けてください」

 

「……これは?」

 

「『EDEN』接続用のヘッドギアです。人数分あるので、頭に取り付けてください」

 

 タイトはヘッドギアとカミシロ製のデジヴァイスをコードで繋いで、頭に被った。目の部分には透明なガラスのような、アクリル板のようなものが取り付けられていて、顔が完全に隠れる仕組みになっている。

 

「……これは」

 

「ゴツイな」

 

 ゴツイ……あまりにも無骨なそれは、普段使ってるような『EDEN』と自分を繋げるデジヴァイスとは違い、完全にSFじみた姿をしている。

 

「カミシロの実験施設からとってきた旧世代の試作品の一つですよ。俺の部下が作った『EDEN』のプライベートネットに接続されるので、『機密』に関しては、外で話さなければ漏れることはありません」

 

「……まじか」

 

「カミシロはすごいな」

 

 そんなことを思っている……と、

 

「…………」

 

 アイは心配そうにマナト(タイト)の方を向いていた。

 

「ねえ、マナトぉ〜〜、髪が崩れるんだけどぉ〜〜!」

 

「諦めろ」

 

「────ひどっ!?」

 

 アイはルビーとマナト(タイト)のやりとりを羨ましそうに見ている。

 

(今は、何もできない)

 

 何にもできないのはわかっていても、歯痒く感じてしまうのはなぜだろうか? 

 アイの気持ちを少しでも俺が背負えればこんなことには……、いいや、そんな無駄なことは考えるのはやめよう。

 

「シキ……みなさんの準備ができたら、ネットに繋げてくれ」

 

「わかりました」

 

 ……だって、

 

 

「────それじゃ」

 

 

「『リンク・スタート』」

 

 

 アイの願いは、もう直ぐ叶うのだから。

 

 

 普段『EDEN』に入る感覚とは違う、……なにか、変な感覚を感じる。しばらくすると、その感覚も消えて、目の前に白い光が広がっていく。

 

「うおっ、……ここは」

 

 壱護さんのそんな声が聞こえる。それと同時に俺も目を開ける……と、

 

「なんにもない」

 

 ただ、ただ真っ白の何もない空間が目の前にあった。山も木も、街も車も、海も水も、空も……星もない、ただただ何もない真っ白な世界。

 

 そんな世界に俺達は立っていた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 敬語の抜けた少年の声が空間に響いた。

 

「……えっ?」

 

「────あっ!?」

 

 私達の後ろにいたのは、

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 優しげに微笑むタイトだった。

 

 

「……タイト、なの?」

 

 

 アイがタイトに聞く。

 

「うん」

 

 アイが一歩、歩く。

 

 

「タイトだって言っていいの?」

 

 

 アイが一歩進む。

 

 

「ここなら話せる」

 

 

 一歩、また一歩とアイは進んでいく……そして、

 

 

「────タイトっ!!!」

 

「うわっ、と!?」

 

 

 アイがタイトを抱きしめた。

 

「タイト、タイトっ、タイトっ!!!」

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

 

 泣きながらタイトの首に腕を回し、同じぐらいの背丈の相手に、力の限り、『もう二度と離れない』……そう言うように抱きしめて、アイはタイトの名前を叫ぶ。

 

(…………)

 

 ただ、俺は見ていることしかできない。

 タイトが、ルビーが、アイが望んだこの時間は誰かが止めていいはずがない。

 

「……タイト、大きくなったね」

 

 アイの言葉を聞いて、タイトが写真で見るより大きくなっていたことに気がついた。

 

(思えば記憶のタイトよりもずっと、ずっと大きくなっていたんだ)

 

 普通の男子中学生よりずっと小さいタイトだけど、3歳の頃よりずっと大きくなっていたタイト。

 

(いつのまにかアイを抱きしめられるようになってたんだな)

 

 そんな感想を抱いて、……初めて『あの』タイトがここにいるのだと俺は実感できたことに気がついた。

 

「俺としては『もっと大きくなる予定』だったんだけど……無茶しすぎた」

 

「……無茶?」

 

 タイトの顔にアイは心配そうに見つめる。

 

「ここまで来るのに、いっぱい……いっぱい戦ったからさ。ルビーに聞いてるんじゃないのか?」

 

「うん、聞いたよ。でもタイトは……」

 

 タイトはアイの唇を指で塞いだ。

 

 

「 ……この数時間だけは『星野タイト』でいられるから、……大丈夫だよ」

 

 

 ……数時間? 

 

「たった、数時間?」

 

 そうだ、……タイトがここにいる理由は『ルビーや俺が行うカミシロの企画を話し合う為』。ずっと一緒にいられるわけじゃないんだ。

 

「俺達にはまだやるべきことがたくさんある……、寄り道はできない」

 

 俺『達』……、その言葉の裏にはタイトの仲間がいることが考えられる。そいつらがいても、タイトが動かないといけない程、寄り道できない程、タイト達は忙しいんだ。

 

「タイト、……お前、どれぐらいここにいられるんだ?」

 

 壱護さんがアイに聞けないことを、進んで聞いてくれる。

 

「壱護さん、あんたはずいぶんと老けましたね」

 

「うっせぇわ……それより」

 

「シキとベツを置いて、昼までに俺はここを抜けます」

 

 壱護さんとタイトとの軽口から一転、タイトの口から出た言葉は、本当にシビアな現実だった。

 

「昼まで……、あと2時間半しかねえじゃねぇかっ!?」

 

「たった2時間しかないのっ!?」

 

 壱護さんとミヤコさんが驚く……でも、

 

 

「『2時間半も』です」

 

 

 タイトは首を振って否定した。

 

「それだけの猶予を手に入れる為に、ルビーががんばったんだ。それだけは否定させないでくれ」

 

 タイトはルビーの方を見て、そう言った。

 

「────ルビーが、がんばって」

 

 アイの口から出たのは……きっと、

 

(『がんばって『これだけ』しか時間がない』……という、気持ちなんだろう)

 

 ルビーが去年がんばったこと、そして今までがんばり続けてきたことは、誰よりも俺達は知っている。だけど、そう思わざる得ないぐらい、現実は厳しかった。

 

「そう、ルビーががんばって手に入れた数時間……、できる限り無駄にはできない。……だから母さん、離れてくれないか?」

 

 タイトはアイから抱き留めた手を離そうとするが、アイは離れることはない。

 

「……ごめん」

 

 まだ、それだけ……10年以上離れた親子の再会の時間は、それだけ離れ難い。

 

「もう少しだけ……もう少しだけだから」

 

 アイは離れないように、『もう少しだけ』、『もう少しだけ』となんどでも呟いて、タイトを抱きしめている。

 

「……わかったよ、もう少しだ、け……」

 

 タイトの表情が変わった。

 

「……どうしたの?」

 

 アイもそのことに気がついたようだ。心配そうにタイトを見ている。

 

 

()()()()()()

 

 

 タイトの視線の先、何もないこの空間にただタイトの声が響いている。

 

「…………」

 

 誰も動かず、タイトが何を言ってるのか理解できないと……、タイトを心配そうに見ている。

 

(アクア)

 

(……ルビー?)

 

 ルビーがデジヴァイスを取り出していた。

 

(気をつけて)

 

 ルビーがタイトが見ている方を睨みつけて、『ブイモン』がいつでも戦えるように、俺に同じように警戒するように、視線を厳しく────、

 

 

「タイト、何言ってるんだ? ここは、お前のプライベートなサーバなんだろ? 他に誰かいるわけ────」

 

 

 壱護さんがそう言ったそのときだった。

 

「────うえっ!?」

 

 タイトはアイを強く抱きしめて、まるで『なにかから守る』ように、その方向を睨みつけている。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()

 

(……これは、あのときの?)

 

 小さい頃、たった、たった一度だけ見た。夜空色の光がタイトを中心に暴風のように吹き荒れている。

 

(……でも、なんで────っ!?)

 

 

 カツン、と音が鳴った。

 

 

()()()()()

 

「「「────っ!?」」」

 

 

 白色の背景から突然、チェスの駒のようなデジモン達が現れる。

 

「キングチェスモン*1、クイーンチェスモン*2、ビショップチェスモン*3。『リエさん』の部下がなんのようだ?」

 

(リエさん? ……岸辺リエのことかっ!?)

 

 つまり、こいつらは岸辺リエの部下……それも、

 

(タイトを相手にして臆さないでいられるほどの実力者っ!?)

 

 ルビーから聞いたタイトの実力。それを相手にしても全力で倒せると判断した相手なら……今は相当マズイっ!? 

 

「決まっています。貴方へ釘を刺しにきたのですよ」

 

 ……やはり、!? 

 

「我が『王』は貴様の不穏な動きに気づいておられる」

 

「我らはその意に従いここにいる」

 

 さっきは中心にいた白い髭の生えた小柄なデジモンが話していたが、今度はその横にいる2体の黒と白のデジモンが話し出した。

 

「『リエさん』からの命令は?」

 

「あるわけがない。彼の方が命じたのは貴様の監視のみだ」

 

 タイトは岸辺リエの背後を聞いた……だけど、その言葉には、

 

 

「……独断、か」

 

 

 岸辺リエがいないことに『気がついてしまった』。

 

 

「独断ではない。我が『王』の理想を実現するのが、我らの務め」

 

 

 白の騎士……チェスのビショップを模したデジモン。いや、ビショップモンが言う。

 

「『主』を失った我らが、『王』に使えるのは必然」

 

 黒のデジモン……クイーンチェスモンがタイトを睨む。

 

「ならば、不穏分子たる貴様の拘束も必然的に明らか」

 

 キングチェスモンが杖を振るい、2体に指示をする。

 

 

「そこの女人どもを捕縛することこそ、我らの務め」

 

「さあ、その者らを捕縛させていただきますぞ」

 

 

 クイーンチェスモンとビショップチェスモンが動き出した。

 

 

「ブイモンっ!」/「ワームモンっ!」

 

「ルビー下がってろ!」/「アーちゃん、気をつけてっ!!!」

 

 

 警戒していたとおり、2体に戦うように指示を出す。

 

 

「……ぐーちゃん」

 

「わかってるぜ、稀に見る強敵だ。ひさびさに全力で相手してやるよっ!!!」

 

 

 アイも背後に隠れていたグルスガンマモンに指示を出して、俺達の前に呼び出した。

 

「その者らごときで、我らを相手しようなぞ、片腹痛いわ」

 

「「────っ!?」」

 

 キングチェスモンの圧倒的な威圧感に、ワームモンが動けなくなる。

 

(……どうする?)

 

 目の前にいるデジモン達は、ブイモンやワームモン……もしかしたら、グルスガンマモンより強いかもしれない。その上で、

 

「……くっ!?」

 

「────壱護っ!?」

 

 背後にいる2人を守っていられるのか? ……それ以上に、

 

「……ぐーちゃん」

 

 アイを守れるのかわからない。むしろ、このまま奴らに倒される方が可能性が────

 

 

 

()()()

 

 

 

 この場にいる全員の気持ちを汲み取ったように、タイトは片腕でアイを抱き留めながら、『デジヴァイス』を取り出した。

 

「シン」

 

「了解っす」

 

 タイトが呼んだその一言で、1体の『獅子』がこの世界に現れる。

 

「タイト?」

 

 アイを抱き留めながら、……それ以上に、シンと呼ばれたデジモンに好戦的に微笑むタイト。

 

「ひさびさに()りあうけど、何か問題はあるか?」

 

「ぜんっぜん、……むしろ、絶好調っすよ」

 

 その答えを待っていたかのように、タイトの声に頷く『シン』。

 

 

「「「ふっ、ふははははははは────っ!!!」」」

 

 

 敵の3人のデジモンが笑った。

 

「我々相手に、あの『ミレニアモン』ではなく、木っ端の成熟期を出すとは笑わせてくれるっ!!!」

 

「成熟期ごときが我らと張り合う……とは、やはり『人間』ごときの知能では我らに遠く及ばぬようだっ!!!」

 

「我らの力を侮るとはなっ、……早く奴を連れてこなくて良いのか? すぐに終わらせてしまうぞ」

 

 成熟期……、『シン』と呼ばれたデジモンは成熟期のデジモンらしい。

 

(……と言うことは)

 

 相手はシンやグルスガンマモンよりも強い『完全体』や『究極体』のデジモンみたいだ。

 

「……タイト」

 

 アイはタイトを心配そうに見つめる。

 

 

「母さん、大丈夫……シン」

 

「なんすか?」

 

 

 ……だけど、

 

 

「身の程を教えてやれ」

 

 

 タイトがシンに全幅の信頼を寄せていることで、……それだけで、ただそれだけで、俺達が戦う必要はないのだと、『理解』してしまった。

 

「りょーかいっ、……おい、お前ら」

 

 シンが(わら)う。

 

「なんだ、木っ端?」

 

「そんなふうに侮っているから」

 

 シンが瞬くように光り輝く。

 

 

 [レオモン ワープ進化]

 

 

 シンを包み込んだ光が爆散し、たった一つの『個』へと姿を変える。

 

 先程の姿よりも2回りも大きな背中、

 

 黒いボロボロの学ランは今までの『戦歴』の過酷さを象徴し、

 

 額に傷をつけた『獅子』は、

 

 

「『1()()()()()()()()()()()()()』……って、思われてるんすよ」

 

 

 そのワイルドな見た目には不相応な『下っ端』口調で、敵を煽った。

 

 [『バンチョーレオモン』]

 

 [レベル:究極体 タイプ:獣人型 属性:ワクチン種、必殺技は『獅子羅王漸(ししらおうざん)』『フラッシュバンチョーパンチ』]

 

 

「────なんだとっ!?」

 

「我らが奴より劣っていると言ったのかっ!!!」

 

「たかだか、『主』に捨てられた雑魚よりもっ、だとっ!!!」

 

 

 だが、進化した『シン(バンチョーレオモン)』を警戒するよりも、自身のプライドが傷つけられたのか、3体はシンに襲いかかっていく。

 

「……ハァ」

 

 シンはため息をついて、一言。

 

「どれくらいでやりゃいいっすか?」

 

 迫る3体に向けて、タイトへと聞いた。

 

「時間がないから『遊んで』……10分ぐらいでいいよ?」

 

「3分で終わらせるっす」

 

「頼んだ」

 

 冗談だと思いたいその会話は……、

 

 

 

「……ねえ、ルビー?」

 

「……なに、ミヤコさん?」

 

「究極体同士の戦いって、『あんな』なの?」

 

「……ううん、アレは」

 

 

 

「『マジカルスティック』」

 

「────ふんっ!」

 

 敵を幻惑しようとするビショップチェスモンの杖の動きを、シンは『(男魂)』で粉々に切り裂いた。

 

「────舐めるなっ、『ハートブレイカー』ッ!!!」

 

「うっとうしいっすね」

 

 クイーンチェスモンの必殺技が、シンの片腕で、受け止められ、

 

「真正面から受け止めた……だと?」

 

「威力が弱いっす……、こんなのユイでも簡単に防げるっすよ」

 

「────ッ、うぅおおっっ、らぁ!!!」

 

 顔面を掴まれた上で、地面に叩きつけられる。

 

「────ひっ、ふざけるなっ!!!」

 

「『チェックメイト』ッ!!!」

 

 キングチェスモンの最強の必殺技は……、

 

「なんなんすか? これで、本気……バカにするのも大概にするっすっ!!!」

 

 

『『獅子羅王漸』/偽『打首獄門』』

 

 

「「「────、っ」」」

 

 

 ────チャキン! 

 

 バンチョーレオモンの剣が鞘に収まる頃には、3体のデジモンが完全に沈黙していた。

 

「ジャスト3分……、終わりっすね」

 

「シン、あいつらは?」

 

「気絶中っすよ。最後は峰打ちっす」

 

「よくやった」

 

 笑いながら語り合う2人の影、

 

 

「アイ」/「ルビー」/「アーちゃん」

 

「アレはヤベエぜ」/「あれは『バケモノ』レベルだ」/「あんなのと戦っちゃいけない」

 

 

「「絶対に勝てない」」

 

「戦ったら、おもしろくなるぜ……きっと」

 

 

 それぞれのパートナーに向けたそのセリフは……、白い空間に消えるのだった。

*1
レベル:究極体 タイプ:パペット型 属性:ウィルス種 必殺技:『チェックメイト』『キングスティック』『キングダッシュ』

 チェスモン大帝国を築く為に暗躍する王様デジモン。しかし、チェスモン大帝国がどのようなものか誰も知らず、周囲からも興味を持たれていない。小心者で自分から攻撃をすることはほとんど皆無で、いざという時の逃げ足だけは速い。口癖は「逃げるが勝ち!」。しかし、意外にもスパコン並みの頭脳をもっている。必殺技は、しかたなく自分から攻撃する『チェックメイト』。この技は自分の命がかかると超絶な攻撃力をもつ。また、自分の影武者を創り出す『キングスティック』を肌身離さず持っている。素早く逃げる『キングダッシュ』も得意中の得意技である。

*2
レベル:究極体 タイプ:パペット型 :属性:ウィルス種 必殺技:『ハートブレイカー』『クィーンスタンプ』『クィーンスティック』

 超射程、超攻撃力を持つチェスモンシリーズ最強のデジモン。小心者のキングチェスモンを守る頼もしい存在。その超絶な攻撃力は時として非道とも思える威力である。口癖は「チェスの神よ、許し賜え!」。必殺技は、甲冑の剣で敵の急所を貫く『ハートブレイカー』と、『クィーンスタンプ』。『クィーンスティック』。また、『ヒメノワガママ』で相手を手こずらせる。

*3
レベル:完全体 タイプ:パペット型 属性:ウィルス種 必殺技『ビショップレーザー』『ビショップクロス』『マジカルスティック』

 法撃の技を駆使するパペット型デジモン。その攻撃範囲は長大で、遠距離の敵をも討つ。口癖は「主よ、我に力を!」。必殺技は、法杖から放つ長大な光線『ビショップレーザー』と、十字型の魔法陣で敵を消滅させる『ビショップクロス』。また、接近戦では法杖を自在に操り、敵を幻惑する『マジカルスティック』をもつ。






「はい、そこっ、間違ってる」


勉強から1時間程経ち、これで『30回』目のミス。

「……関数か?」

太陽が傾き始め、少しずつ少しずつだけど、この時間が終わりに近づいていく中、彼は同じミスをしていることに気がついた。

「うん、関数のスペルが間違ってる」

自分で気づけるようになってることが嬉しくて、項垂れる彼の横顔を見て、つい微笑んでしまった。

「……またか」

「これで3回目だよ」

「今日だけで……な」

確実にミスの回数は減っているものの、常人よりも確実にミスが多くて……非の打ち所がないと思っていた彼の、そんな彼の苦手なことを見つけて少しの失望と優越感で少しだけ気分がよくなった。

「マナトは頭いいんじゃないかなって思ってたけど、あんまりそうじゃないんだね」

そんなふうに思って、彼に苦手なことを聞いてみる。

「基本5教科や学校の高校までの授業で習う科目なら、ほぼ9割は確実に取れるように勉強してきたからな……それ以外を求められると、やっぱり苦手な分野はたくさんあるさ」

「マナトにも苦手なことってあったんだっ!?」

彼の口から出た言葉に驚いた。
てっきり、機械やプログラム関係の分野だけ苦手なのかと思っていたけど、そんなことはなかった。

「あるよ、むしろできないことの方が多いぐらいだ。だから、君に頼み込んでプログラミングを教えてもらってるだろ?」

「それもそうだね」

彼の言葉に納得する。
常人よりもミスが多い彼が、苦手なことが少ないなんて思えなかったけど……納得もできるぐらい時間が経っていた。

「苦手な分野……って、どうしてもできないなって思った分野って、他に何かあったの?」

ただ、その『苦手』についてただ知りたかった。

「……克服はしたけど、『捕縛術』と『射撃術』。どうしてもうまくいかなかったのは、軍隊式の『格闘術』かな?」

「……えっと、それって本当の話?」

プログラミングは教えないくせに、カミシロでそんなことを教えているのかとつい疑ってしまった。

「『サバイバル術』は『生物学』と『家庭科』で習った技術を使ってなんとかなったし、『武術』は苦手だったけど回避と受け流し、受け身のやり方だけは死ぬ気で叩き込まれたよ」


「『カミシロ』の中での話なんだよねっ!?」


タイトの話に本当に疑ってしまう言葉が出てきてしまった。


()()()()()()()()()()()()()()()()?」


そんなことを『突然』明かされて、戸惑ってしまう。

「末堂になる前の……マナト?」

私は『末堂』になる前の彼のことを知らない。

「海外のとある施設にいてね。非合法の人体実験やらなんやらを毎日受けていたんだ。もちろん俺の合意はあったし、死にかけだった俺の体を治してくれたのもその施設だ」

「ーーーーッ!?」

思いの外重たい過去が出てきて、びっくりした。

「俺にはまだ『第二次性徴』がきてないのも、俺が特定の食べ物しか食べられないのも、それが原因なんじゃないかなって、俺に生存術を叩き込んだ先生が言ってたかな?」

笑ってそう言った彼の言葉に現実味と彼の言った内容の非現実を突きつけられて、頭の中が混乱した。

「……それって、本当に大丈夫なの?」

「本当だよ」

つい、『本当か?』なんて聞いてしまったけれど、彼の体質から事実なんだとわかってしまった。

「なんとか生きてられるし、薬物中毒にはなってないし……普通に生きる分には問題ない(もーまんたい)、だよ」

「……そっか」

アイスコーヒーのストローを回しながら笑う彼に、『全然気にしてないよ』とそう言われれば、何も言えなくなってしまう。彼の立場上、『そういうこと』はバレないように上手く工作するのが、なんとなくだけど……そう思えた。

……いつのまにか、コーヒーのストローが止まっていた。


「俺にとっては、日本(こっち)に戻ってからの方が苦痛だったよ」


マナトのその言葉に、つい驚いてしまった。

「ーーーーえっ!?」

『いかにも』、なマナトの発言……それ以上に、疑問が浮かんだ。

『なんで、平和な日本でそんなことを思ったんだろう?』

…………と、


「『あっち』とは価値観が違うからさ。目に見えるものが全て正しいとは思えないんだ」


そんな私の言葉を汲み取るように、マナトは堰を切ったように話し出した。

「本人の意思も確認せず、命に関わるようなことを、ただのわがままで無理矢理付き合わせたり、人のいるところで平気で子供に暴行を加える。倒れてる人がいれば遠巻きで写真を撮り、イジメで性的暴行を加えたり、自分の都合で他人に『性暴力』を強要する……前にいた場所では、こんなことはなかったよ」

悔しそうに、口惜しそうに、苦しそうに……ただ、『非現実的』だとは言えないぐらい。マナトの言葉には重みがあって、

「少し治安は悪かったけどね」

『前』にいた場所が恋しいと、彼は寂しそうに笑って言った。


「……私といるのは、嫌……なのかな?」


私はその言葉を聞いて、ふと、そんなことを口に出していた。
彼は私といるのが嫌なんじゃないか……そんなふうに思えてしまうほど、彼から出た言葉が重くて、苦しかった。ただ、それだけが……どうしようもなく苦しくて、悲しかった。


「好きじゃなかったら、こんなふうに会う時間なんてとってないよ。むしろ、君に会う為に『時間』を作ってるまである」

「ーーーーッ!?」


彼は『私』の不安を消し去るように、笑ってこちらを見た。


「だいたい、『秘書』を撒いてまで、君との時間を作ってるんだ。俺が会いたいから、君と勉強してるんだ」

「俺は君に『君と会う時間まで削れ』……そう言いいたいのか?」

「わざわざ君に会う為だけに『時間』を作ってる俺に、全くひどいことを言うもんだ」


胸が高鳴る。
『美少女』に近しいとはいえ、第二次性徴がきていないとはいっても、彼は絶世の『美少年』である……そんな彼が、 


「だから、勉強に戻ろうか? 俺は君との時間を大切に過ごしたいんだ」


『私』と一緒に時間を過ごしたい……そう言ったのだ。

「ーーーーっ、……えぇ〜〜、まだ話してたいよぉ〜〜」

うれしくて、うれしくて、うれしくてたまらない。

「それは『俺』の勉強がひと段落ついてからだ」

彼は私の要望を突っぱねる。だけど、そういうところが真面目(すき)なんだ。

「それが終わったら、俺が持ってきた『試作品』のケーキを食べよう。マスカットにチーズクリームを合わせた、レアチーズケーキだ。今回も自信作なんだ……きっと君の口にも合うはずだ」

「マスカットっ!? シャインじゃなくてっ!?」

「そう、一房『一万円』の高級マスカットをふんだんに使った。最高級ケーキだ……まだ、『試作品』だけどね」

『彼』が持ってきてくれる彼が経営する喫茶店の『ケーキの試作品』。それが楽しみで、勉強に付き合い始めたのだ。『試作品』ってだけでもとってもおいしくて、頬が落ちるようなあまーいケーキなのだ。

「それって、売れるのかな? マスカット単体で食べた方が美味しいんじゃ……?」

少しだけ不安だ。
彼のケーキはどれもおいしいけれど、『試作品』に使われてるのは、採算度外視な高級な食品だけ……それだけがちゃった心配なのだ。

「富裕層やインフルエンサーをターゲットにしたある意味で『ネタ枠』の商品だからね。チーズ好きの部下からは、

『こんなのチーズケーキじゃないっすよっ、チーズケーキを冒涜してるっすっ!!!』

…………って、泣きながら言わしめたぐらいマスカットの主張が激しいケーキだ。完成品になったら、きっと話題に事欠かないおもしろいケーキになると思うよ?」

彼の部下の話はおもしろい。
ケーキよりも肉を食わせろと怒ったり、チーズ、チーズッ!、チーズっ!!! と駄々を捏ねたり、揚げアイスをこっそり注文したり、喫茶店なのに和菓子を要求したり……と、とってもおもしろい部下が多くておもしろい。

「……それは、楽しみだね」

チーズ好きの彼が『チーズがないことだけ』文句を言ったくらいだ。それはそれはおいしいんだろうと、とっても楽しみになった。

「勉強の後の楽しみができた……ということで、勉強に戻ろうか?」

「ーーーーそうだねっ!」

彼はもう一度タブレットに向き合う。

「ここの関数の入れ方なんだけど?」

「ああ、そこはね! ーーーー、」

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