あの白を目指して   作:蜻蛉玉

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初投稿ですが、ポテチ食べながらのんびり書きました。

なので皆様も肩の力を抜いて、のんびりご覧になってくださいな。


邂逅

「なぜ…なんでこんなことをっ…!」

 

人里からは然程離れていない開けた場所で、少女の嘆きが響き渡る。

少女に呼ばれた女が静かに振り返り、二人は真正面から向かい合う。

 

「・・・」

 

しかしその女は少女の呼び掛けには何も答えず、暗い瞳で見つめ返すのみだった。

その眼には感情の色が乏しく、何を考えているのかを窺い知ることは難しい。

 

「何とか言ってよっ!どうしてその子にそんな酷いことをしたの!?」

 

そうして少女が指差す先には、見るも無残な姿に成り果てた「人間の」女の子が力なく座り込んでいた。

茫然自失、という言葉が相応しいだろうか、その子は己の身に何が起こったのかを理解できていない様子だ。

 

「今まで一度だってこんな…!」

「まぁまぁ、ちょっと落ち着きましょう?」

 

叫ぶ少女の背後から静かに近づき、声をかける者の姿があった。

 

「姉様!でもっ!」

「きっとあの子にも何か理由があるのよ。だから落ち着いて、ね?」

「っ…わかりました」

 

渋々といった様子で少女は一歩下がり、軽く息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。

姉、と呼ばれた者の言葉で、少女は幾分か気を持ち直したようだ。

女を見据える鋭い眼光は、そのままだったが。

 

「さぁ、そろそろ教えてちょうだい?

 いつまでも黙ってたら分からないわよ?」

 

優しげに、しかし諭すかのように言葉をつなげる姉を見て、暗く沈んだ瞳が揺れ動く。

 

流石だと少女は素直に感じた。

彼女が何を言っても無反応だったのに対し、姉の言葉にはこうまでも心を動かす。その様子を見た少女の心に去来するのは無力感か、あるいは頼もしさか。

 

「………が……だ…」

 

沈黙を続けていたものが二人の視線を受けながら、消え入るような声色で、だが確かに口を開いた。

惜しむらくは、その言葉が二人に届くことがなかったことだろう。

 

それもそうだろう、声が小さいうえに、口を開くのと時を同じくして俯いてしまったのだから。

 

「なぁに?聞こえないわよぉ。

 いつもの元気はどうしたの?」

 

「…こ…つが、…る…んだ」

 

姉の言葉に呼応するかのように、ほんの僅かだが、先程よりも声が大きくなった。

だが顔を下に向けているため表情が見えず、相変わらずその心の内を探ることはできない。

 

「う~ん、まだちょっと小さいわぁ。

 ほら、頑張って!」

 

姉が再び声をかける様子を、少女は黙って見ていることしかできなかった。

この場は最早、姉に任せる他ないと判断したからだ。

 

しかし今度の励ますかのような言葉には、ついに反応を見せなかった。

姉の顔にほんの僅かだが、戸惑いの色が見えた。

 

そして、その時はやってきた。

 

「どうしたの、もう少しよ? 私に…」

 

 

 

 

 

「こいつが悪いんだッ!!」

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

あまりに突然のことだった。

その女は顔を上げるや否や、先程からは想像もつかないほどの大声と剣幕で叫び始めた。

少女と姉は予想できなかった出来事に息を飲んだ。

 

「アタシのせいじゃない!こいつが悪いんだ!

 こいつが、こんなっ…!」

 

矢継ぎ早に言葉を吐き出し続ける女に、二人は狼狽する以外なかった。

 

それもそうだろう。

その言には剥き出しの感情しか含まれておらず、二人が求めているものが無かったのだから。

 

少女の言った、女の子にヒドイコトをした、その理由が。

女の言う「こいつ」とは、恐らくその子を指すのだろうが。

 

 

「そうだ…アタシは悪くないんだ…!

 全部ぜ~んぶ、こいつの所為じゃない!

 

 あ…はは……あははっ…

 

 あははははははははははははははははははははははははははははは!」

 

 

狂ったように笑い出した女を、二人は唖然とした表情で見つめることしかできなかった。

少女も姉も、女とはずっと昔から一緒にいるが、こんな様子を見たことは無い。

 

だから、どうしてよいのかも分からなかったのだ。

 

「……ぃ、ゃ………」

 

そんな折、幼き人間が我を取り戻したのだろう。その顔に感情の色が灯る。

己の置かれた状況を理解し、しかし受け入れること能わず。

 

ならばその様な者がとれる行動は一つだけ。

 

「いやあああああああああああ!」

 

 

それは己以外を否定するかのような悲鳴。

大粒の涙を流しながら、人間は全てを拒絶する。

 

女の嗤いと幼子の慟哭、そのハーモニーを聞きながら少女と姉は立ちつくすのみ。

 

 

「私たちこれから…どうしたらいいの…?」

 

 

少女が力なく口を開く。

されど少女の呟きは誰の耳にも届かず、不協和音の中に消えていった。

 

 

心せよ、幻想郷。

今この時より「異変」は始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「世はなべて事もなし。今日も平和ね」

 

 

紅白の装束に身を包んだ少女がふと口を開く。

その手には箒を持っている。ならばそこから想起される行動は一つだろう。

 

「退屈、と置き換えてもいいのかしらね? じっくり掃除ができるくらいには」

 

紅白の少女が居る場所は、大きな鳥居をくぐった先の石畳。つまりは境内と呼ばれるそこだ。

その背後には社と思しき建物がある。状況から端的に言って神社である。

少々奇抜な衣装ではあるが、察するに彼女はそこの巫女、なのであろう。

 

「退屈は怠惰を生み、怠惰は何も生み出さない。至言だわ」

 

 

「確かにいいこと言ったけど、誰の言葉だよ、霊夢?」

 

紅白の巫女は霊夢、という名らしい。

その霊夢に不意に声をかける者があった。しかし周囲に彼女以外の人はおらず、尋常であれば不気味の一言であろう。

 

だが彼女は慣れた様子で空に目を向ける。

そこには黒と白の二色に統一された衣服を身にまとった、長い金の髪の少女が居た。

その少女は「箒」に乗って宙に浮いていた。

 

「魔理沙」

 

そう呼ばれた黒白の少女は地に近づくと、跨った箒から颯爽と霊夢の側に降り立った。

その際に風が巻き起こり、集めた落ち葉などが舞い上がった。当然霊夢は顔を顰める。

 

「よう」

「よう、じゃないわよ。また散らかったじゃない」

 

霊夢は不満を漏らすが、魔理沙は特に気にした様子もなくカラカラと笑う。

 

「いいだろ別に。減るもんじゃない」

「減ってるわよ。集めたゴミが」

 

小さいこと言うなよ、と魔理沙はさらに笑みを深める。その様子を受けて霊夢は小さいため息を吐く。

彼女たちにとってこの程度は慣れたもの。今更驚くようなことは一つとしてない。

 

霊夢に関して言えば、慣れたと言うよりは諦めた、と言う方が正しいかもしれないが。

 

 

「で、誰のだ?」

「何が?」

「いやいや、今自分で言ってたじゃん。退屈はどうの、って」

 

「…あぁ」

 

急な話題のすり替えに付いていけなかった霊夢は、魔理沙の言葉を聞いてやっと意味を理解した。

霊夢にとっては散らかったゴミの方が重要で、そんなことはどうでも良かったのである。

 

「別に、何を期待しているのか知らないけれど、誰の言葉でもないわ。

 でもそうね、強いて言うなら…」

 

私の言葉よ、そう言い放つ霊夢の顔は、どこか満足気だった。

魔理沙は逆にガッカリしたかの様に肩を落とした。

 

そんな二人の様子は、服の色合いも含めて対照的に見えた。

 

「なんだ、もっと面白いこと言うのかと思ったぜ」

「むしろ何故そこに面白味を求めたかを聞きたいところね」

 

霊夢は苦笑しながらも返事をする。

そして両手を魔理沙の前に掲げると続けて口を開き、こう言った。

 

「じゃあ、はい」

「? お、おう」

 

霊夢が両手に持っていたものは箒。それを魔理沙に突き出したのだ。

彼女はいま一つ霊夢の言いたいことがわからず、とりあえずそれを受け取った。

 

魔理沙が受け取るのを確認した後、霊夢は踵を返し本殿に向けて歩き始めた。

当然のことながら魔理沙は困惑した声を上げる。

 

「え、ちょ、何これ?」

「何って、あんたがいつも乗り回してるのと一緒のアレよ」

「いやいやそうじゃなくって、これをどうしろと?」

「?」

 

今度は霊夢が不思議そうな顔を見せた。

どうやら二人の間で意思の疎通が上手くいってない様子だ。

 

霊夢の言葉には主語がない、どころか目的語すらないのだから魔理沙の当惑も当然だろう。

 

「そっか、あんたは持参してるものね。それは必要ないか」

「いや、だから何の話…」

「箒ですることといったら一つじゃない?」

 

訂正しよう。霊夢は諦めてなどいなかった。

 

魔理沙は事ここに至ってようやく彼女の行動の意図が読めた。

簡単に言うと。

 

「あんたが散らかしたゴミ、ちゃんと綺麗にするのよ」

 

霊夢の性格を思い出し、魔理沙は己の迂闊さを後悔した。

目の前の紅白がただで転ぶような気性の持ち主ではないことに、今更ながらに思い至った。

 

 

以下、無駄な足掻き。

 

 

「異議あり! 箒には他の用途もあると思います!」

「聞くだけ聞きましょう」

 

「空を飛べます!」

「あんただけだ」

 

「いざという時はバットに!」

「怒られる典型ね」

 

「またある時は杖代わりに!」

「安定しない杖になんの意味が」

 

「頼れるみんなの味方! はたしてその正体は!?」

「箒よ」

 

「もっとこいつの事信じろって! こいつの可能性はこんなもんじゃない筈だぜ!」

「そんな余分はゴミと一緒に捨ててしまえ」

 

 

足掻き終了。

 

 

精一杯の抵抗をするも、取りつく島もない。

霊夢の中で魔理沙が掃除をするのは決定事項になってしまっているのだ。

魔理沙は未だに熱くなれよなどと喚いているが、残念なことに霊夢の耳には届いていない。

 

そんな霊夢を見て、魔理沙は先程よりも大きく肩を落とした。

 

「え~、本気で言ってるのかよ~?」

「私は本気な上に真面目よ。この境内を隈なく掃除しなさい」

「範囲広がってる!?」

 

怪しげな笑みと共に投げかけられた割と理不尽な要求、いや命令に、さすがの魔理沙も驚きを隠せなかった。

霊夢の発言を受けて、思わず魔理沙は境内を見渡した。そして一つの違和感に気付いた。

 

「…なぁ、一ついいか?」

「何よ」

「あっちの方とか、ほんとに掃除した後なのか?」

 

そう言って魔理沙が指差した先は、二人からは若干距離のある場所で、そこには明らかに落ち葉が散乱しているのが見受けられた。

魔理沙は思ったのだ。自分が少しは散らかしたのは事実だろうが、果たしてあんな場所までゴミが飛んでいくものだろうか、と。

 

「あらあら、あんな所まで飛んでっちゃったのね~」

 

白々しい、素直にそう思える声色で霊夢は返答した。

そして彼女は確信した。霊夢は掃除を始めたばかりだったことを。

 

「おい…」

 

ことさら低い声で魔理沙は霊夢を威圧するが、彼女に堪えた様子はない。

こうなった霊夢に何を言っても無駄なことを、長い付き合いの中で魔理沙はよく知っていた。

こんなやりとりも、二人にとっては慣れたものなのだから。

 

そんなとき、霊夢が徐に口を開いた。

 

「でもそうね、あんたに任せたらいつ終わるか分かったものじゃないし…」

 

私も手伝ってあげる、と彼女は言った。

 

そもそも論点がすり替わっていることに魔理沙は気付いてはいたが、ここで文句を言えばそれこそ一人で掃除しなければならなくなる、ということにも気付いていたため何も発言することができず、項垂れるしかなかった。

何だかんだで見捨てることをしないのは霊夢のいいところかもしれないけど、と思いながら。

 

霊夢はそんな魔理沙を見て、生真面目だ、という感想を抱いた。

自分であれば何も聞かず、言わずにさっさとその場を去ることを選択するのに、目の前の黒白はそうしなかった。そんなところが、周囲から好感をもたれる要因なのかも、と小さく笑みを携えて魔理沙を見た。

 

「二人でやればすぐ終わるわ。それに終わったらお茶くらい出すわよ」

「…お茶請けも?」

「しょうがないわね」

「…うんまぁ、ちょっとやる気出た」

 

魔理沙は霊夢から渡された箒を返すと、自前の箒で静かに掃除を始めた。

そんな彼女を見て、霊夢も掃除を再開することにした。

 

しばらく黙々と作業をしていて、ふと、霊夢には気にかかることが一つあるのに思い至った。

 

「ところで」

「んー?」

 

「あんた何しに来たの?」

 

彼女にとって魔理沙が突然訪れる、などということは今更気にすることではない。

だが理由もなくやって来るというのは、全く無かった訳ではないが、経験上あまり無かったのである。

まさか掃除を手伝いに来たわけでもあるまいし、と霊夢は心の中で呟いた。

 

「ん、んー? そう言えば…」

 

勿体ぶるかのように魔理沙は言葉を溜める。

またぞろ厄介事でも発生したのか、と霊夢はほんの少し身構える。

 

しかし、魔理沙の言葉は彼女の予想を上回るものだった。

 

 

「なんだっけ?」

「知らないわよ…」

 

今度は霊夢が肩を落とす番だった。力が抜けた、とも言うが。

左手を後頭部に当てて花が咲いたような笑顔を浮かべる彼女は素直に愛らしいと思えるが、霊夢にとっては小憎らしいとしか思えなかった。

 

「いや、言わなきゃならない事があったんだよ。ホントに」

「なら忘れないでよね」

 

霊夢はため息を吐きながら彼女を半目で見つめる。

睨みつけるかのような視線に魔理沙がわずかに狼狽えるのが見てとれた。

 

「いや、うん。ごめん」

「まぁいいけど」

「そのうち思い出すって」

 

それでも変わらず笑みをこぼす魔理沙は特に気にした様子もなかった。

これ以上追及することに意味を見出さなかった霊夢も、それ以上聞くことがなかった。

彼女たちは止めていた手を動かそうとした、その時のことである。

 

 

「あらあら、相変わらずの仲良しなのねぇ」

 

 

突然、二人に声をかける者の存在があった。

しかし今回は魔理沙の時とは違う。周囲はおろか、その上空にすら影も形もなかった。

ところがそんな状況であっても二人の様子に変化はなく、落ち着き払っていた。

 

「…声だけじゃなくって姿も見せなさいよ、紫」

「覗きは重罪だぜ?」

 

声に応じるかのように、突如として二人の前方の空間が裂けるかのように開く。

その裂け目から姿を現したのは、少女とも女性ともとれる、何とも怪しげな雰囲気を身にまとった、ゆるやかにウェーブのかかった長い金髪の美女だった。

紫、と呼ばれた美女は口元に手を当て、上品に笑みを浮かべながら彼女たちの前に立った。

 

「ずいぶんと手厳しいわ」

 

二人からのぞんざいとも言えそうな扱いにも何か気に障った様子はなく、彼女は静かに微笑むだけだった。

見た目は少女と呼べるのに、それに不相応の余裕あるその態度が、彼女の怪しさを際立たせているかのようだ。

 

「何よ、あんたも掃除しに来たの?」

「…私は別に掃除しに来たわけじゃないぜ?」

「私だってそうよ…」

 

霊夢の場の空気を破壊する発言に、紫までもが疲れたように返事する。

 

「魔理沙の事は知らないけれど、私が来たのにはちゃんと理由があるのよ」

「私だって理由はあったんだぜ。忘れたけど」

 

紫の言葉に対抗するかのように魔理沙は声を上げる。

しかし堂々と理由の忘却を宣言する彼女に、霊夢も紫も若干呆れ顔だ。

 

そんなことはどうでもいい、と言わんばかりに紫は一つ手を鳴らし二人の注目を集めた。

 

「霊夢、気付いているかしら?」

「…何によ?」

 

突然の話題に霊夢は純粋な疑問を発した。

それもそうだろう。それだけでやり取りが完結するなら間違いなど起こらないのだから。

全く分からない、といった霊夢の様子を見て、紫はこう続けた。

 

 

「最近、幻想郷に異変が起きているわ」

 

 

異変。

 

それは彼女たちが住まう幻想郷において、その平穏を脅かすもの。

人ならざる者たちが意志あってか、気まぐれか、己が猛威を振るうこと。

ここ博麗神社の巫女である「博麗 霊夢」は、そうした異変の数々を解決してきた専門家である。

そして黒白の少女「霧雨 魔理沙」もまた、同様の功績を持つ。

 

「またどっかの馬鹿が暴れてるの…?」

 

幻想郷を見守り続けてきた大妖怪「八雲 紫」のそんな言葉を受けて、霊夢は気だるげに返事をした。

基本的に彼女は面倒事を嫌い、異変解決に乗り出すのも仕方がないから行こう、くらいの心持なのだ。

魔理沙の方は好奇心、とでも言うべき感情が強いがために異変調査に踏み切り、結果的に解決してしまっているのだが。

 

「そうだよ、私はそれを言いに来たんだよ」

 

来訪の理由を思い出したのか、突如として口を開いた。

そして霊夢は同時に思う。そんな大事なこと忘れるなよ、と。

 

「でも、目立った変化は無さそうだけど?」

 

異変が発生した折には、必ずと言っていいほど異常な事態が発生している。

紅い霧然り、終わらない冬然り、である。

その他にも数々の珍妙な出来事があったのだが、今回の「異変」には取り立てて騒ぐようなことが起こっていないのだ。

 

「それが妙なのよね。今回はいつもとちょっと毛色が違うというか…」

「私はもうちょっと具体的に知ってるぜ」

 

どうやら紫も事の顛末を把握できてはいないようだ。

そんな時、魔理沙が一歩前へ出て紫の代わりに口を開く。

 

「なんでも、妖怪が暴れてるらしいぞ」

「いつものことじゃない」

 

霊夢の言うとおり、異変を起こすのは大体が妖怪であるため、彼女にとっては毛色が違うも何もなかった。

いつも通り妖怪が変なことをしているなら、それを懲らしめて事態を治めるのが霊夢の役割である。

ただそれだけの事、と考えていた矢先に魔理沙から声がかかる。

 

「ただ暴れてるんじゃない。人間も妖怪も、見境なしに被害があるらしい」

 

被害、ということは誰かが既に犠牲になっているのだろう。

数々の異変は全て未然に解決していたため、実害があった例はない。

だからだろうか、霊夢の気だるげな瞳が少しばかり鋭くなった。

 

しかし魔理沙は妙なことを言った。「人間も妖怪も」という部分だ。

妖怪の犠牲になるのは力の弱い人間の常である。その強者に位置する妖怪までもが犠牲とはどういうことか。

霊夢はそこが気にかかった。

 

「妖怪も、ってどういうことよ?」

「詳しくは知らないぜ。だけど、被害にあった奴らはみんな『無残な姿』になるらしい」

 

無残な姿とは穏やかじゃない。

成程、確かにこれまでとは毛色が違う、と霊夢は感じた。

 

「それで、一体どこのどいつがそんなことをしでかしているの?」

「それが何も分からないんだよ」

 

霊夢の疑問に魔理沙は静かに答えた。

しかし、糸口すらないとあっては解決が困難になるではないか。今回はこれまで以上に厄介事になりそうだ、と霊夢はそっと息を吐き出した。

 

「下手人の特徴なら、何とか聞くことができたわ」

 

ふと、紫が口を開く。

犯人の特徴が分かっているならば話は早い。あとは見つけ出して懲らしめるだけである。

霊夢の心は一気に軽くなった。

 

だが。

 

「風のように速く、吹いたと思ったら既に終わっていた、らしいわ」

 

紫の言葉は、おおよそ特徴と呼ぶには程遠い物だった。

そこから拾える情報は、「相手が速い」という一点だけ。

霊夢と魔理沙は知らずの内に白い目で紫を見つめていた。

 

「しょ、しょうがないじゃない。

 話を聞けたのはたまたまその場に居合わせた、力の弱い妖怪だったんだもの」

 

二人の視線に耐えかねてか、紫はわずかに慌てた様子で言葉を紡いだ。

しかし相手の特徴が分からないとはいえ、思い返せばそれもいつもの事である。

いつぞやのように大幣が勝手に妖怪を探し出してくれれば楽だったのだろうが、今ではそんなこともない。

 

霊夢は紫から視線を外してこう言った。

 

「地道にやるしかない、ってことね」

 

静かに覚悟を決めると、彼女は手に持った箒を片付けるため歩き始めた。

そんな彼女に、紫が声をかける。

 

「今から行くのかしら?」

「えぇ、面倒だけど犠牲は少ない方がいいでしょ。面倒だけど」

 

霊夢は毅然とした態度で答える。面倒の部分を強調して。

 

「だけどさぁ、相手がどこにいるのかも分からないのに………ん?」

「?」

 

さっさと準備を始めようとする霊夢に対し、魔理沙が心配そうな声を出すが、途中で何かに気付いたかのように言葉を区切った。

そんな魔理沙を不審に思い霊夢と紫は彼女の方を向くが、魔理沙は二人を見ておらず、ある一点を見つめていた。

その視線の先には鳥居があり、二人もそれに倣いそちらへ目を向けるが、小さな人影がある以外は特に変わった様子はない。

 

「誰かしら、こんな時に」

 

霊夢は珍しくも参拝客でも来たのか、と考えた。

しかしふと紫に目を向けると、彼女は何かを警戒しているようで、剣呑な目を向けている。

そんな彼女の様子が気になり、霊夢が声をかける。

 

「どうしたのよ?」

「気を付けなさい、霊夢。あの子は妖怪よ」

 

紫の言葉にハッとなり、再び人影に目を向ける。

人影が徐々に近づいてきたため、少しずつではあるがその容姿が窺えるようになった。

 

茶色掛かった肩ほどまでの髪に、自分よりは一回りほど小さい体躯。

その腰の辺りには掌大の刷毛(はけ)のような物が括り付けられ、背には大きめの壺を背負ってはいたが、ここまでなら問題はなかったであろう。

しかし、明らかに人とは一線を画すモノがその少女にはあった。

 

「何だありゃ。尻尾…?」

 

人間であれば決してありえないモノの存在。

それこそ少女が人ならざる者の証である。

 

こちらの思いを知ってか知らずか、妖怪の少女は静かに三人の方へ近づいてゆく。

それぞれが警戒の色をより一層強める中、とうとう三人と一人は向かい合う形で対面する。

 

「・・・」

「・・・」

 

しばしの沈黙が場を支配する。

言い知れぬ雰囲気に誰も動けなかった。

 

そんな緊迫した空気を打ち破るがごとく口を開いたのは、なんと妖怪の方だった。

何をしてくるつもりか、三人はますます警戒を強め、身構える。

 

そしてその頭を前方に下げつつ、とうとう妖怪が声を発した。

 

 

 

 

「こんにちは」

 

 

 

 

その瞬間、三人は一斉に前のめりに転びかけた。

警戒を強めすぎて、体に力が入っていたところに飛んできたのは予想もしていなかった言葉、ただの挨拶だったのだから。

そんな心中を知ることもない妖怪の少女は三人の様子に小首を傾げ、呆けた表情をしている。

 

「…? こんにちは」

 

再度挨拶をする少女。

恐らくだが、聞こえなかったのだろう、と判断したのかもしれない。

先程と同様に、頭を深々と下げてお辞儀する。

 

「え、えぇと…こんにちは…」

 

最初に気を持ち直したのは霊夢だった。とはいえ、事態を飲み込めてはいないようだが。

よくよく観察してみれば目の前の妖怪はまだ幼く、強大な力を有している者独特の雰囲気など無かった。

 

先程までの話の内容が内容だけに、いらない警戒心を抱いていたことは否めないだろう。

魔理沙と紫も体制を整え小さく息を吐いている所を見ると、冷静になったのだということが分かる。

 

「はい、こんにちは」

 

霊夢が挨拶を返したのが嬉しかったのか、妖怪の少女はにこやかに笑いながら受け答えた。

一切の邪気が感じられないその表情を見て、三人は警戒の色を完全に消した。

 

「なんだ、変に身構えて損したぜ」

「身構え…?」

「何でもないわ、こっちの話よ」

「はぁ」

 

魔理沙の言葉に疑問を感じたのか、少女がコテンと首を傾げて問うが、紫がすかさず返した。

何の事か全く理解できていないようで、目を瞬かせて気の抜けた返事をする少女だった。

 

そんな彼女の仕草を見て三人は、小動物っぽい、という感想を抱いた。

 

「まぁいいわ。あんたは何しにここに来たの?」

「えと…その前に、あなたが博麗神社の巫女さんですよね?」

「? そうだけど?」

 

霊夢の返答を受けて再び笑顔を見せる妖怪の少女。

妖怪が自分を前にして喜ぶなどという経験の無い彼女には、少女の笑顔の理由が分からなかった。

 

「あぁ…よかった。あんな長い階段上って違ってたらどうしようかと…」

 

確かに鳥居をくぐるまでにはそれなりの長さの石段が立ちはだかっている。

だが、あくまでそれなりであり、現に人間の参拝客がいる以上そこまで敷居が高いわけではない。

ましてや空を自由に飛び回れる妖怪ならば階段など一足飛びで越えられるはず。

 

「わざわざ階段使わなくても、飛んで来ればよかったじゃない」

「あぅ…」

 

霊夢の言葉を聞いて、小さい肩をさらに縮ませる少女。

そんな姿を見て彼女は何か悪いことをしたかのような気持ちになった。

 

「べ、別に責めてる訳じゃないのよ? ただ不思議だっただけで…」

「…その、まだわたしは上手く飛べなくって、長い時間飛んでるとすぐ疲れちゃって…」

 

尻尾を垂らし、服の裾を握りしめたまま悲しげに俯く少女に、三人は母性をくすぐられる思いだった。

これまで彼女たちの周りにいなかった類の相手に、完全に呑まれてしまっていた。

 

「で、でもでも! 短い距離ならすっごく速く飛べるんですよ!」

 

両手を胸の前で握り、一所懸命訴えかけるような姿を見て、三者三様の仏のような顔が降臨した。

元気のなかった尻尾もこの間は力いっぱい左右に振られており、三人は間違いなく癒されていた。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

「コホンッ」

 

このままでは話が前に進まないと判断した紫が、話を切り替えるために咳払いを一つして、真面目な顔をした。

 

「二人とも、そろそろ本題に入りましょう」

 

「そ、そうだな。えっと、何の話してたんだっけ、霊夢?」

「え? え~…特殊環境下における弾幕の変化とその理由について?」

「絶対に違うからとりあえず落ち着きなさい」

 

「あの…私がここに来た理由の話だったかと…」

 

おずおず、といった様子で小さく挙手しながら少女が控えめに言うと、二人は得心した、と言わんばかりに手を叩いた。

そんな二人の様子を見て、紫は右手を額に当てながら一つ溜め息を吐く。

 

「はぁ…それで、あなたは何をしにこの博麗神社に赴いたのかしら?」

 

霊夢の代わり、という訳ではないだろうが紫が少女に本題を投げかける。

そうして促された少女は伏し目がちに口を開く。

 

「その…相談したいことがあって…」

「相談?」

 

今度は霊夢が疑問の声を上げた。

この妖怪の少女は博麗の巫女を前にして敵意を向けるどころか、あろうことか相談を持ちかけたのだ。

初めて尽くしの体験に、さしもの霊夢も戸惑っているようだ。

 

「はい、そうなんです。割と切実に」

「…と言ってもねぇ」

 

ここで霊夢は自分がもともと何をしようとしていたのかをハッキリと思い出した。

これから人妖問わず暴れまわり、被害を拡大する妖怪を退治しに行かなくてはならず、眼前の少女の相談に乗っている暇は無くなったのだ。

 

「悪いけれど、後にしてくれない?

 これから野暮用に出かけるのよ」

「…そうなんですか」

 

切なげに顔を下に向ける少女の姿を見て、霊夢は再び揺り動かされたが、頭を左右に数回振って気持ちを切り替えた。

そして毅然とした態度で申し出を断ろうとした。

 

「そうなの。だから今はあんたの…」

「あの! 差支えなければ、その用事が何か、教えてもらえませんか…?」

 

言葉尻は徐々に小さくなってはいったが、先程までの自信なさげな少女の様子からは想像できないほど意志の強い瞳に、霊夢は若干気圧された。

じっと霊夢を見つめる少女の視線に彼女はしばし悩む。はたして妖怪に「妖怪退治へ赴くこと」を伝えて良いものかどうか、と。

 

「別にいいんじゃないか?」

 

悩む彼女に声をかけたのは魔理沙だった。

 

「そうは言ってもね…」

「さっきからこいつを見てたけど、何かやらかすとは思えないぜ」

「まぁそれは、確かに…」

 

彼女の言葉には霊夢も賛同できる。

目の前の小動物が自分の目的を知ったところで何か行動を起こすようには見えなかった。

仮に何かをしたところで、立ちはだかるものとして退治すればいいだけの話。

 

そこまで考えて、霊夢は少女に目的を告げることにした。ところが。

 

 

「…暴れている妖怪を退治しに行く、とかですか?」

 

 

「!?」

 

何故こいつが知っている、三人の思いは同じだった。

それぞれが一瞬で少女から距離を取る。そして警戒のレベルを一気に引き上げた。

 

「え…と、どうしたんですか?」

「一応聞いておくわ。どうやって私の目的を知ったの?」

 

「あぁ…やっぱりそうなんだ…」

 

ガックリ、という表現が一番しっくりくる態度を見せる少女。

常であれば垂れ下がった尻尾も相まって可愛らしく見えることだろう。

 

しかし彼女たちは何もかもを見透かされているような印象を受け、その様子が逆に不気味さを感じさせていた。

 

「いいから答えなさい」

 

 

「それ…私たちなんです…」

 

 

瞬間、場の空気が凍てついた。

目の前のこいつは今とんでもないことを暴露しなかっただろうか。

人畜無害を形にしたらこうなる、とでも言うべき小動物が「異変」の張本人だと、そう言ったのだ。

 

「実はそのことで相談が…」

「そう、わざわざそちらから出向いてくれるなんて、見た目に似合わずいい度胸ね」

 

そうと分かれば霊夢の行動は一つだけだ。

魔理沙も紫も、呼応するかのように身構える。

 

「…はい?」

「鴨が異変背負ってやってくるとはまさにこの事だぜ」

 

「え、いや、ちょっ」

「そんな言葉は無いけれど、魔理沙に同意ね」

 

「あの、話を」

「ということで、神妙にお縄につきなさい!」

「ひぅっ!?」

 

初撃は霊夢だった。

数々の妖怪を退治してきた、霊力の篭った自慢の一撃を少女に向けて放つが、彼女は寸での所でしゃがみ込み、避けられてしまう。

 

「ちっ外した」

 

「中々やるわね。でも、これはどうかしら?」

「きゃあああ!」

 

続いては紫。

彼女にとっては小手調べとでも言うべき軽いものなのだろうが、並の妖怪が耐えられるものでないことは明白だ。

相手を囲い込むように放たれた弾幕は、決して獲物を逃がさない…はずだった。

 

「ひぃっ! いやぁっ! やめてー!」

 

いかなる奇跡か、少女は本当にギリギリのところで躱し続けているではないか。

これには紫も驚きを隠せない様子だった。

しかし、そんな奇跡がいつまでも続くわけがない。

 

「きゃんっ!?」

 

とうとう避けきることができず、少女は被弾し、体制を崩してしまう。

そこに追い打ちをかける者の姿があった。

 

魔理沙だ。

 

「よーし、こいつはちょっとばかし強烈だぜー!」

 

その言葉と同時に、彼女が手にした八角形の輪に眩い光が集まり始めた。

光はどんどん強くなっていき、やがては目視するのも困難なほどになった。

 

極大の一撃が放たれようとしている。

少女は未だ体制を崩したままで、持ち直したとしても回避は間に合わないだろう。

 

「ぁ…あ…」

 

「マスター……スパーーーークッ!!」

 

誰もがこれで決まった、と…そう考えた。

その瞬間である。

 

 

「いやああああーーーっ!」

 

 

完璧なタイミングだった。外すことなどあり得なかった。

確かに恐怖に打ち震えながらも少女は寸前に両の足で地に立っていたのは確認できた。

だからといって当たらない筈がない、そう言えるくらいには十全だった。

 

しかし現実は真逆で、彼女が叫ぶのと同時に…少女の姿は光の前から掻き消えた。

 

極太の光が空に消えて行くのを見届けた三人は呆然としてしまう。

当たる直前に少女の姿が消えたのを、それぞれが確かに目にしたのだ。

 

「いったい…どこに?」

 

もともと彼女がいた場所の周辺を見回すが、そこには影も形もない。

まるで狐か何かに化かされたようだ、と霊夢は感じた。

 

 

「ひっ…ぐすっ…」

 

 

突然、誰かのすすり泣く声が三人の耳に届いた。

音の発生源はなんと…背後からだった。

 

勢いよく振り返るとそこには、間違いなく先程の少女が座り込み、しきりに目元を擦っていた。

嗚咽を上げながらポロポロと涙を溢しているのが分かる。

 

まさか背後にいるとは思わず、彼女たちは皆一様に驚いていた。

 

「ぉ…おはなし…きいてよぉ……うわぁぁぁぁぁあああん!」

 

とうとう大声で泣き始めた少女を前に、三人は再び呆然となる他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさいね」

 

「……ぐすっ…」

 

先程の対峙からは幾ばくかの時が経った。

大泣きを始めた少女は余程怖かったのだろう、三人がいくら宥めても一向に泣き止まず、とりあえず落ち着ける場所に移動しようという提案が誰ともなく飛び出し、それに異を唱える者がいなかったため境内からは移っている。

 

今彼女たちが居るのは霊夢の居住空間の、その縁側。

霊夢が少女を膝に乗せ、後ろから抱きしめるような格好になっている。

 

何故このような体制になっているのかというと、座り込んだまま動かない少女を霊夢が抱き上げたところ、少女は今度は彼女にしがみ付いて泣き、そのままあやすようにして現在地までたどり着いたものの、少女は決して霊夢から離れようとせず、現状に至るのである。

少女はまだぐずってはいるが、泣き初めの頃と比べればかなりマシだと言えるだろう。

 

ここまでの状態にするのが大変で、霊夢は弱り、魔理沙は狼狽し、紫は慌てるなどしながら、三人ともあの手この手で泣き止ませようとした。

霊夢の疲れた顔が戦いの壮絶さを物語っているかのようだ。

 

「そろそろ機嫌を治して、ね?」

「……いえ、私の言い方も悪かったんです…ぐすっ」

 

彼女たちの尽力の甲斐あって、こうして会話できるようになるまでには落ち着いている。

しかし、功労者である残りの二人、魔理沙と紫の姿は辺りには見当たらない。

 

「…おーい、どんな感じだー?」

「…そろそろいいかしらー?」

 

「っ!?」

「あんたらまだ隠れてなさい」

 

話題の二人が廊下の奥から顔を出すと、少女の体が跳ね上がると共に尻尾がピンと伸び、再び霊夢にしがみ付いた。

実は少女がある程度落ち着き始めた頃から、二人を視界に入れると彼女の体が強張りはじめたのだ。

 

その理由は単純明快。

己の周囲を取り囲むようにして展開された弾幕と、眼前に迫る大砲の如き光。

こんなものを見せられては少女でなくても怯えてしまうのは当然だろう。

霊夢に関して言えば確かに攻撃はされたが、それなりの時間をずっと密着して過ごしたからか、今更警戒されることも無い。

つまり、途中からは霊夢一人で少女の相手をしていたのだ。

 

少女の緊張をほぐすようにその頭を撫でながら、霊夢は二人にそう言い放つと、渋々といった様子で引き下がった。

姿が見えなくなった事で彼女の体の力がほんの少し抜けるのが霊夢にはわかった。

 

「まだダメね」

「す…すみません。体が…その、勝手に…」

「いいのよ。悪いのは私たちなのだから」

 

赤く腫らした目を霊夢に向けて彼女は謝罪する。

霊夢はそんな少女に対し、安心させるかのように、努めて優しい声色で声をかける。

泣く子をあやした経験など無い霊夢だったが、傍目に見れば上手にできている。

心の中では、全国の母親って大変なんだな、などと無体なことを考えてはいたが。

 

そうして今度は少女の髪を手櫛で梳き始めた。

強張った体から徐々に力が抜けてゆき、霊夢に体重を預けてゆく少女は大分彼女に懐いているようだ。

霊夢からは彼女の尻尾が撫でるのに合わせてユラユラ揺れるのがよく見えた。

 

「どう? そろそろ話せる?」

「あ…はい。その、ご迷惑をおかけしました…」

 

そう言って恥ずかしそうに顔を俯かせる。

近頃の妖怪にしては随分と礼儀正しいものだ、霊夢は素直にそう思えた。

 

霊夢は彼女の両脇に手を入れて、持ち上げるようにして地に降ろすと少女は、あ…、と残念そうな声を上げた。

その様子に若干胸が痛む霊夢だった。彼女も大分絆されている。

 

「それにしてもあんた凄いのね」

「何がですか?」

 

小首を傾げる少女は、霊夢の言葉の意味が分かっていないようだ。

 

 

「さっきの、一瞬で私たちの背後をとったことよ」

 

 

霊夢が話しているのは先程の瞬間移動とも呼べる早業のこと。

あの状況から無傷の生還を果たすなど、霊夢にしても誰にしても簡単ではない。不可能とすら言えるかもしれない。

 

「さっきの…? あ…」

「あー…ごめん、思い出させちゃったか」

 

霊夢の言葉であの時の光景を思い出したのだろう。少女の体が小刻みに震えはじめる。

しかし気丈なもので、少女は顔を勢いよく左右に振ってしっかりと前を向いた。

 

「大丈夫です。それと、私だって妖怪ですから取柄の一つくらいあります」

 

取柄という言葉を聞いて、霊夢は少女が初めの頃に言っていたことを思い出した。

 

「確か…短い距離なら速く飛べる、だったかしら?」

「はい」

 

しかし速く飛べるにしてもあれは異常だと彼女は感じた。

あれほどの速度で移動するとなれば、かの鴉天狗に追随するのではないか、とも。

 

そこで霊夢はとても根本的なことに思い至る。

 

「そういえば…」

 

「おーい」

「まだー?」

 

自分の言葉を遮られたためか、僅かに苛ついた様子で声の方に目を向けると案の定、少女の警戒対象が揃って顔を覗かせていた。

はたして二人を前に出していいものかどうか、彼女にはどうにも判断できなかった。

 

「あの、もう大丈夫ですから。たぶん…」

「あんたがそう言うならいいけど…」

 

彼女が悩んでいると少女の方から許可が下りた。まだ不安は残っているようだが。

二人に顔を向け、首肯で合図をすると二人は恐る恐る、といった様子で彼女たちに近づく。

 

「あー窮屈だった~」

「本当ね…肩身の狭い思いだったわ」

 

本格的なトラウマの出現に、少女は思わず霊夢の背後に隠れてしまい、彼女の服をその小さな手で握る。

やはりこの短い間で恐怖を拭い去ることはできていなかったようだ。

それでも、ガチガチに固まって会話すらできなかった先の状態に比べれば随分と改善されている。

 

霊夢が苦笑しつつ少女の頭を一撫ですると、ソロソロと彼女の背中から顔を覗かせた。

 

「さっきは私たちが悪かったわ。許してちょうだい」

「そうだな。相手が妖怪とはいえ泣かすつもりは無かったんだ。ごめんな」

 

「あ、いえ…こちらこそ、すみませんでした…」

 

少女が謝るのは無意識に怯えてしまったことに対するものだろう。

ずっと言いたくても言えなかったことを告げられたこと、ようやくまともに話ができたことに、二人は安堵の表情を浮かべた。

そんな二人の様子を見て、少女もぎこちないながら笑顔を見せた。

 

これなら大丈夫そうだ、と霊夢は未だに服を握る少女に苦笑しながらも思った。

 

「それで、どこまで話したんだ?」

「まだ何も。というか、聞こうと思ったらあんたらが口を挟んだのよ」

 

咎めるように霊夢は言うが、そもそも彼女たちは出るタイミングをずっと窺っていたのだ。

結果的に話の腰を折ってはいるがこの件については二人に非は無いだろう。

彼女も口ではそう言ったが、本気でそう思っている訳でないことは目を見たらすぐ分かる。

 

「あら、それはごめんなさい。それで何を聞くところだったの?」

「たいしたことじゃないわ。

 私たちはこの子の名前はおろか、何の妖怪かも知らないじゃない」

 

そうなのである。

邂逅してしばしの会話を経た後にあの状況であるから、まともに情報交換など出来ていないのだ。

今更過ぎるような気がしないでもないが、魔理沙も紫もそのことに思い至る。

 

「そういえば私たちは自己紹介もしてなかったわね」

 

霊夢が目配せをすると二人は頷き、少女の側に寄る。

 

「私は霧雨 魔理沙。魔法使いだぜ!」

「私の名は八雲 紫。しがない妖怪ですわ」

 

「そして知ってると思うけど、博麗 霊夢。巫女なんかをやってるわ」

 

突然の自己紹介に目を瞬かせる少女。どうやら事態を飲み込めてはいないようだ。

キョトンとしてふと霊夢に目を向けると、彼女も少女を見つめており、何も言わずに頷いた。

 

しばしそのままだったが、すぐに少女はにこやかな笑顔を取り戻し、霊夢の背後から躍り出て元気よく言った。

 

 

 

「私の名前は風切 チユ! かまいたちです!」

 

 

 

それが鎌鼬の少女、「チユ」との出会いだった。

 




ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

のっけから長すぎますね。
私はよく周りから回りくどいと言われます。
そのとおりだと思います。

文才の無さが憎い…!

続きは鋭意執筆中ですので、区切りのいいところで投稿します。
だいたい3~4話になる予定です。サックリ読める感じが個人的には好きです。
仕事終わりにぼちぼち書いてるので基本的には遅筆です。ご了承くださいませ。

最後に一言だけ。

この話はシリアスではありませんよ。


それではまた次話で~(´▽`)ノ
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