あの白を目指して   作:蜻蛉玉

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※前回のあらすじ(嘘)※

「あんちゃん、なんでポテチ食べながらだとキーボードすぐ汚れてしまうん?」
「それただの自業自得や」

「ナ、ナンダッテー」



憤怒

「かまいたち、ねぇ」

 

少女の自己紹介を受けて霊夢が呟く。

尻尾が生えているあたり、何か動物の妖怪だとは思ってはいたが、さすがに正体までは判断できていなかった。

 

「なるほどね。それならあの素早さも納得できるわ」

「だな。あれを避けられるとは思わなかったぜ」

 

「えと…ありがとうございます?」

 

賞賛の言葉を浴びて、チユはとりあえず礼を言う。

何を褒められているのかは分かっていない様子だが。

 

「あれ、こいつってかまいたちなんだよな?」

「たった今本人がそう言ってたじゃないの」

 

ふと、魔理沙が何かに疑問を感じたのか声を上げる。

そんな彼女に答えたのは霊夢だった。

その顔には呆れの色が見え、今更何を言っているのか、という風だ。

 

「いやだって、鎌持ってないだろ。かまいたちなのに」

 

魔理沙の言葉の通りで、彼女は鎌を持っていなかった。

彼女の所持しているものと言えば、腰元に括り付けた刷毛と、小さな体に似つかわしくない大きな壺だった。

 

鎌鼬、と言うからには誰かを切りつけることを生業にしているはず。

だというのに彼女の身なりからは、そのような印象を受けることはできない。

 

「あ、それはですね」

「いいわ、私が説明するから」

 

チユの言葉を遮るのは紫だった。

彼女は魔理沙の前に一歩踏み出すと、懇々と話し始める。

 

「いい、魔理沙。鎌鼬という存在には役割があるのよ」

「役割ぃ?」

「そう。人を切りつけるだけが鎌鼬じゃないの」

 

そう言って紫はさらに深く、その役割について触れてゆく。

 

 

鎌鼬。

 

もともとはつむじ風などが吹いた際に、転んだ人が傷を負った事から始まる幻想である。

曰く、妖怪が風に紛れて自分を切りつけて行ったと。

 

鎌鼬については諸説あるが、ある伝承について言うと『三匹いる』ことが挙げられる。

それは親子と伝わることもあるが、兄弟か姉妹であるという話もある。

ともあれ、その三匹の中でも明確な役割が振り分けられている。

 

まず始めの鎌鼬が、人を転ばせて身動きをとれなくする。

次の者が、その手にした刃物で切る。

そして最後の者が、薬を塗ることで傷が塞がれる。

 

そのため鎌鼬によってつけられた傷は、傷口の割に痛まず出血が無い、と言われる。

要は鎌鼬とは、いたずら好きの無害な妖怪であるということだ。

 

「ふ~ん、初めて知ったぜ」

「この子が持つ刷毛とその壺から鑑みるに、恐らくこの子の役割は…」

「はい。これは薬壺で、私は薬を塗るかまいたちです」

 

紫の言葉を繋ぐようにして、チユが締めくくった。

彼女が傍に置いてあった壺の蓋を開いて見せると、そこには白色の半固形物が一杯に詰まっていた。

腰にある刷毛はそれを塗る時に使用する物なのだろう。

 

つまりは戦う術を持たないということでもあり、先のいざこざにおいて一切の反撃をしてこなかった理由でもある。

それを知った魔理沙は、バツの悪そうな顔をする。

 

「そっか、私は無防備な相手に全力を出したわけか…」

「貴女だけではないわ。私たちも同じ」

「そうね。本当にごめんなさい」

 

三人が揃って頭を下げる様子にチユはどうして良いか分からず、あたふたしてしまう。

 

「い、いえ。突然押しかけた私も悪かったですし、お互い様ということで…」

 

両手を必死に体の前に突き出して三人の謝罪を押しとどめようとする姿を見て、これ以上は気を遣わせるだけだと感じた彼女たちは、苦笑しながらも頭を上げる。

霊夢も魔理沙も年若い乙女ではあるが、それよりもさらに幼い目の前の少女のなんと礼儀正しいことだろう、と彼女たちは感心する思いだった。

 

「随分としっかりしているのね。家の式の式にも見習わせたいわ」

「紫の家庭の事情はどうでもいいけど、確かにその通りね」

「そ、そんなことないです。私なんてまだまだで…」

 

恥ずかしそうに、頬を上気させながら俯く少女だったが、その表情は嬉しそうだった。

そんな年相応の可愛らしさを垣間見た三人は思わず顔を綻ばせる。

 

「そういえば、結局お前は何しにここに来たんだ?」

 

ふと魔理沙が真顔になってそんなことを言った。

紆余曲折ありすぎて有耶無耶になりかけていたが、確かにそもそもそんな話をしていたなと、今更だが霊夢は思い出した。

 

魔理沙の言葉を聞いてチユはハッとした。

そして咳払いを一つした後に佇まいを直し、三人に向きなおる。

 

「はい、ぜひともご相談したいことがあります」

 

両手を前で重ね、背筋を伸ばしながら真剣な顔で彼女は言う。

その真摯な瞳に三人も自然と真面目な顔になる。

 

「繰り返しになりますが、霊夢さんは妖怪を退治しに行くのですよね?」

「えぇ、そのつもりよ」

 

「付け加えるなら、あなたの様に風の如き速さをもった妖怪、ね」

 

紫の付け足しを聞いて、チユは確信した、と言わんばかりに頷いた。

そして意を決したかのような表情でハッキリと口を開く。

 

 

「間違いありません。元凶は私たち…いえ、私の姉です」

 

 

そうしてチユは苦々しい顔で目線を下に向けた。

彼女が薬を塗る役目を担うなら、当然「転ばせる姉」と「鎌で切る姉」がいるはず。

半ば予想はできることだが、いざその事実を知らされると、図らずも身構えてしまう。

そしてここで問題が一つ。

 

「どちらの姉が悪さしてるんだ? あるいは両方か?」

 

鎌鼬はそれ程大きな力は持たない妖怪ではあるが、先のチユの動きを見た以上、油断できる相手でないことは明らかだ。

それが二人同時に、となると面倒なことになるのは避けられない。

 

何もできないままに転ばされ、切り裂かれておしまい。そんな未来もあり得るのだから。

 

「…発端は二番目の姉です。でも、一番目の姉もなぜか協力しています」

「それは厄介ねぇ」

 

紫が右の人差し指を頬に押し当てながら困ったように言う。

目にも止まらない動きができる存在を、二人同時に相手しなければならないのだ。

誰であっても辟易してしまうだろう。

 

「私は、おかしくなってしまった姉を止めて欲しくてここに来たんです」

 

チユは気丈な態度で霊夢の目を見据えてそう言ったが、かなり無理をしているのが窺える。

その手は固く握りしめられ、表情には翳りが見える。

自分の身内が暴れ、それを止めて欲しいと願い出ているのだ。

まだ幼く見える彼女にはつらい事実であるだろう。

 

霊夢はそんな彼女の前に歩み寄り、少し屈みながらチユの手を取る。

 

「大丈夫。私に任せなさい。私は博麗の巫女なのだから。だから」

 

心配しなくていいのよ。霊夢はしっかりとチユの瞳を見返してそう言った。

 

優しげな笑みを携えて、きつく握りしめられた手を開き、そのまま己の手で包み込む。

チユは霊夢の言葉を反芻するかのようにゆっくりと飲み込むと、徐々に瞳を潤ませ、彼女の胸に飛び込んだ。

霊夢はそんなチユを柔らかく抱きしめるようにして、その髪を緩やかに撫でる。

 

しっかりしているように見えるが、妖怪とは言えまだ幼い子供。

身内の変化に戸惑いどうして良いか分からず、精神的に参っていたようだ。

 

「霊夢だけじゃないわ」

「私たちだっていること、忘れるなよ?」

「はい…はい…! 皆さん、本当にありがとうございます…!」

 

その涙は先程とは違い、喜びに満ち溢れていた。

利発そうな彼女の事だから、恐らくは自分で姉を止めようとして失敗し、悩んだ末に神社に訪れたのだろう。

そうして現れた理解者の存在に、あふれ出る感情を抑えきれなかった。

 

「それでこれからどうする、霊夢?」

「そうね…相手の特徴を聞ければ見つけやすくなるし、話せる?」

 

霊夢の言葉にチユは首肯してから、ゆっくりと彼女から離れる。

そして三人の前に立ち、顔を前に向ける。

 

「二人の姉は私と同じ髪色で、同じ尻尾が生えています。

 どちらも腰辺りまで長く、長女は緩やかに波打った髪をそのまま下ろしており、次女は真っ直ぐの髪を首の後ろ辺りで一つに括り、後ろに流すような格好をしています」

 

それになにより、とチユは言葉を続ける。

 

「長女は成人の腰ほどまでの長さの棍棒を持ち、次女はその身の丈を超える大きさの鎌を持っています」

「それはわかりやすいわね」

 

彼女は伝承そのままが得物になっているのだと言う。紫の言葉ももっともだろう。

要は棍棒と鎌を持った二人組を探し出して、後はいつも通りだ。

これで方針は定まった。

 

「後は、居場所だな。何か知ってるか?」

 

魔理沙が付け加えるかのように聞いたが、確かに大事なことだ。

幻想郷は決して狭くない。当て所なく探していてはいつ解決できるか分かったものではないのだ。

 

「えっと、確かな話ではないのですが、姉たちと別れる前の夜に『妖怪の山』という言葉が聞こえたような…。

 すみません、姉と別れたのは姉たちが寝ている間だったので、それ以上の事は分からないです」

「十分だわ。ありがとう」

 

霊夢の言葉を締めくくりとして、一連の質問は終わる。

目的地も定まり、後は向かうだけだ。三人は静かに頷き合う。

揃って足を進めようとしたときに、チユがふと口を開いた。

 

「あの、私も一緒に行っても、いいですか?」

「別に構わないけど…今からあんたの家族を懲らしめに行くのよ?」

 

霊夢の気遣いの言葉だったが、チユは首を軽く左右に振りしっかりと受け答える。

 

「だからです。私は身内として、二人の暴走を止めないと」

 

健気なものだ、と三人は思った。

基本的には自分が楽しければそれでいい、という存在の方が多い幻想郷において、これほどの事を言える者はそう多くない。

些か真面目すぎるような気がしないでもないが、貴重な常識人であることは間違いない。

 

「それに、私は姉の動きについていけますから、きっとお役に立てます」

 

その事に関しては、魔理沙の渾身の一発を見事回避したことから理解できる。

確かに霊夢たちだけでは速過ぎる動きに翻弄されてしまいかねない。同等の動きができる者がいれば、いざ対峙する際に大きな助けとなってくれるだろう。それにチユが持つ薬の存在もある。

 

霊夢は彼女の意志の篭った強い瞳を見て、判断した。

 

「いいわ、あんたも連れて行く。だけど私たちから離れたら駄目よ?」

「はい!」

 

霊夢の許可を貰い、元気よくチユは返事をする。

 

そうして、いざ妖怪の山へ向けて飛び立とうとしたその時の事だった。

 

「っ!?」

 

ゴウッと、いきなり突風が吹き荒れ、四人は思わず腕で顔を覆う。満足に目も開けられないほど強い風だった。

そうしたまましばらくすると風は収まったが、思い思いの不満が口をついて出た。

 

「何なんだよ…服が埃っぽくなっちゃったぜ」

「まったくだわ。あぁ、藍に洗濯させないといけないわね」

「ついでに私のも…って、どうしたのよ、チユ?」

 

三人の真正面に位置する形でチユは立っていたのだが、その表情は驚きに満ち、固まっていた。

霊夢の声にも全く反応を示していない。

 

まさか今の突風でそこまで驚愕するとは考えにくいし、ましてや彼女は鎌鼬。今くらいの風は日常茶飯事だろう。

彼女はじっと一点を見つめたまま動かない。つまり、三人の背後の方向だ。

 

彼女たちはいよいよ不審に思い、自分たちの後方を確認しようとしたその時、チユが呟くように言った。

 

「コン姉様…」

 

チユの口から飛び出した「姉」という単語を聞き、三人は勢いよく、一斉に振り返った。

そこには一体いつ現れたというのか、一人の女が悠然と立っていた。

その緩やかに波打った髪に、穏やかな印象を受けるわずかに垂れた目。

柔らかく笑みを携えながら四人を見つめる様子に、思わず気が抜けてしまいそうだった。

 

だがそんな雰囲気に全くそぐわない、無骨な棍棒の存在だけが異様な空気を発していた。

まさしくチユから得た情報の通りで、恐らくは彼女が長女の「転ばせる鎌鼬」なのだろう。

 

 

「チーちゃんったら、こんな所にいたのねぇ。心配したのよー?」

 

 

のんびりと、間延びした声が響き渡る。「チーちゃん」とはチユのことを指しているのだろう。

本人にその気があるかどうかは分からないが、その声には聞いた者を脱力させるかのような不思議な力があるような気がする。

何というか、見た目の雰囲気も相まって力を入れて相手をするだけ無駄なような、そんな印象を与えるが、やはり棍棒がどうしてもその空気をぶち壊してしまっていた。

 

それに彼女は突風の直後に現れている。

ともなれば風を巻き起こしたのは彼女で、やはり目にも止まらぬ動きが出来るだろうことは想像に難くない。

 

「コン姉様…なぜここに…?」

「あらあらぁ、知らない人たちがたくさんいるわ。初めましてぇ」

 

チユの言う「コン姉様」は、彼女の言葉が聞こえていないのか、あるいは無視しているのか、霊夢たちに向かって挨拶し始めた。

敵と思しき人物から突然投げかけられた挨拶に、彼女たちは戸惑う。

 

「コン姉様! 答えてください!」

「もぉ~チーちゃんったら、私のことは『コンちゃん』って呼んでって、いつも言ってるでしょ?」

 

明らかに会話が噛み合っていない、と言うよりか彼女の姉が自由すぎる。

ついさっきまで霊夢たちに挨拶していたと思ったら、今では彼女たちの事には目もくれていない。

かと思ったら突然三人の方に向きなおった。

 

「私の名前は風切 棍ですー。気軽にコンちゃんって呼んでねぇ」

 

手をヒラヒラさせながら霊夢たちに笑いかける様子は平穏そのものである。

本当にこれが異変の一端なのかと、コンと名乗る女を見て、三人は同じことを思った。

チユは彼女に向かって歩きだし、相変わらずのほほんとしたコンに詰め寄る。

 

「コン姉様!」

「チーちゃんあまり大きな声出さないでぇ。耳が痛くなっちゃう~」

「そうやって誤魔化そうとしてもダメです!」

「まぁまぁ、短気は損気よ?」

「だから!」

 

両手を振り上げて怒りを顕わにするチユに、柳に風のコン。

さっきからまともに会話ができておらず、三人は完全に置いていかれていた。

しばらくの間そのままだったが、チユは一頻り騒いだことで疲れ果てたのか、肩で息をしていた。

怒声が止まったことで、コンは終わったと判断したのか、チユの頭に手を置いて顔を覗き込んだ。

 

「落ち着いた?」

「疲れたんです!」

 

チユは乗せられた手を勢いよく払って、霊夢の側まで駆け寄る。

そうして彼女の背後に回り、顔だけ出してコンの方に向けて思いっきりその小さい舌を出した。

その様子を見たコンは右手を頬に当てながら言った。

 

「あらあら、嫌われちゃったかしらぁ。困ったわー」

 

そう言うコンだったがまったく笑みを崩していないため、全然困っているようには見えない。

やんちゃな妹を温かい目で見守るかのような、そんな雰囲気も感じられなくもないが、むしろ楽しんでいる風にしか見えず、それがチユの神経を逆撫でしていたのだろう。

 

チユが霊夢の背後に隠れたことでコンは、今度は霊夢に対して目を向ける。

 

「…何よ?」

「いいえ、特に何も。ただ、警戒心の強いチーちゃんが良く懐いてるなーって」

 

そう言われて霊夢は傍にいるチユを見る。

ちょうどチユも彼女に目を向けており、視線が合った瞬間恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

「別に、普通でしょ」

「そうかしらぁ? ところであなたのお名前は?」

「…えらい突然ね」

「だって、私は自己紹介したのに返してくれないんだもの。悲しいわぁ」

 

本当によくわからないことを言う、と霊夢は思った。

これから戦いが始まるかもしれない相手と、どうしてのんびり挨拶なんてしなくてはならないのか。目の前の女の思考が読めない。

しかし、相手のペースに呑まれたままでは不味い。なんとか主導権を握らなければ。

霊夢はあれこれ悩んだその結果、自己紹介を返すことにした。

 

「私は博麗 霊夢。巫女よ」

「なるほど~、巫女ちゃんね~」

「ちょっと待ちなさい」

 

思わず霊夢が突っ込んだ。

 

「それは職業であって名前じゃない」

「えぇ? 巫女ちゃんじゃないの?」

「いや確かに私は巫女だけど、ちゃんと名前が…」

「やっぱり巫女ちゃんなのね~」

 

ダメだこいつ、話が通じない。

たったこれだけのやり取りなのに、霊夢はひどく疲れる思いだった。

そんな時、霊夢の服の裾を引っ張る者がいた。チユだ。

 

「あの、霊夢さん。コン姉様は一度ああなったら絶対に説得できないんです…」

「そうね…よ~く分かったわ…」

「すみません…」

 

申し訳なさそうに顔を俯かせるチユに霊夢は何も言えなくなってしまう。

これはまた随分な強敵が現れたものだと、益体もないことを考えながら。

 

「だったらこの黒白が魔法使いの霧雨 魔理沙で、こっちの紫色が妖怪の八雲 紫よ」

「おい」

「ちょっと霊夢?」

 

自分だけ変な名前で呼ばれてたまるものか、そんな思いで霊夢は周囲を巻き込むことにした。

彼女も大分混乱しているようだ。

 

そんな霊夢からの紹介を受けたコンは、何度か首を縦に揺らしながら今の言葉を反芻した。

 

「ふむふむ、マリちゃんに、ゆかりんね~」

「マリちゃんって…」

「ゆかりん…」

 

はたして霊夢の思惑通り、見事二人にも妙な字名がつけられた。

魔理沙はがっくりと肩を落としたが、紫の方は何か考え込むようにして口元に軽く握った手を当てていた。

不審に思う三人だったが、紫の方から徐に口を開いた。

 

「ゆかりん…何故かしら、妙に馴染むというか、悪い気がしないのは」

 

どうでもよかった。

三人はそんな紫を無視することにして、コンに対して視線を投げつける。

彼女たちの目を向けられたコンは、再びにこやかに笑い始めた。

紫はまだ同じ姿勢でブツブツ言っている。

 

「なになに、どうしたの~?」

「まだお前は初めの質問に答えてないよな」

「そうね、あんたここに何しに来たの? チユを連れ戻しにでも来たの?」

 

何を考えているか分からない女だが、妖怪にとって鬼門とすら呼べる博麗神社に足を運ぶからには理由があるだろう。

そう思っての質問だったが、コンは不思議そうに首を傾げている。何を言われているのかが分かっていない様子だ。

そんな姿に彼女たちはだんだん苛立ち始める。一向に話が前に進まないのも要因しているだろう。

 

「姉様、いいから答えてください」

「何しにって? 最初に言ったけど私はただ、チーちゃんのことが心配だっただけよ?」

「はぁ?」

 

誰もが予想していなかった回答に、それぞれが素っ頓狂な声を上げる。

いや、確かに記憶をたどればそう言っていたかもしれない。「心配したのよ」と。

まさか何か理由があって来たわけじゃなくて、ただチユの事が心配で探しに来ただけだというのか。

 

「だってチーちゃんったら、昨日突然いなくなっちゃったんだもの。探したのよ~」

「…だそうだけど?」

「いえ、確かに突然いなくなったのは事実ですが…一言残した記憶が…」

 

「一言ってこれのことかしら?」

 

そういってコンは懐から一枚の紙を見せつけるように突き出した。

そこに書かれていた文字は…

 

「『探さないでください』だあ?」

 

魔理沙の言う通り、そっくりそのままの文章がそこにはあった。

その書置きではまるっきり家出少女のようではないか。もしくは失踪。

一言残すのはいいが、こんな物を残された家族は逆に不安になるに決まっている。

 

「チーちゃん最近思い詰めてたし、何かあったらって思ったら心配で心配で…」

 

この時ばかりはコンも笑顔を崩して沈んだ風だった。

なるほど、この件に関してはチユに全面的に非があるようだ。

 

「チユ」

「えっと、はい」

「あんたって意外と、おバカなのね」

「はぅ!?」

 

グサッという擬音が聞こえんばかりのリアクションだった。

胸を押さえて蹲り、垂れた尻尾が地面に着いていたが霊夢は特に罪悪感は無かった。

 

そんな折にコンが一つ手を叩く。

その表情は先程までの暗さとは打って変わって、花が咲いたように明るいものだった。

 

「でも無事でよかったわ~。

 巫女ちゃんたちは悪い人じゃないみたいだし、これなら安心ねぇ」

 

コンはそう言って踵を返す。

まさかとは思うが…と、霊夢と魔理沙は嫌な予感で一杯だった。

さっきから突飛な言動ばかりの相手のため、次に何をしでかすか分かったものではない、というのが二人の共通の思いだった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

霊夢の静止の言葉にコンが振り返る。

 

「なぁに、どうしたの?」

「お前、どこか行くつもりじゃないだろうな?」

 

「え、そうだけど?」

 

やっぱり…、という言葉を心の中で呟きながら二人は心底疲れたように肩を落とす。

だがそこからの霊夢たちの動きは速かった。

 

「マリちゃん」

「わかってるぜ、巫女ちゃん」

「紫」

「ゆかりん…ゆかり……え、なに? なに?」

「チユ」

「は、はい!」

 

「確保っ!」

「え、え?」

 

訂正、一人は遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

コンは突然のことに対処できなかったようで驚くほど簡単に捕えられた。

ここにやって来た時の電光石火の如き速さは何だったのだろうか、と思わせるくらいには呆気なかった。

紫がよく分かっていないままにスキマから取り出した縄を使って、今やコンは身動き一つとれない状態だ。

蓑虫のような状態で四人から見下ろされているというのにコンの顔からは笑顔が絶えない。

 

「あ~れ~」

「こいつ、随分余裕だな…」

 

相変わらずのニコニコ顔でよく分からない発言をしている。

 

「というかそれは、捕まってから言う台詞じゃないと思うのは私だけ?」

「えへへ~、いっかい言ってみたかったのよねー」

 

霊夢の疑問にはコン本人が返すが、やはり緊迫感が微塵も存在しない。

恐らくだが、自分がなぜ捕まったのかも理解はしていない事だろう。

 

「コン姉様の中では、なにか新しい遊びが始まったのかも?くらいだと思います…」

 

身内として共に過ごしてきたチユが言うならば、当たらずとも遠からず、だろう。

もしも本当に彼女の言う通りならば、下手な異変よりもよっぽど疲れてしまう、と霊夢は思いながらコンに目を向ける。

当の本人は彼女の気持ちなど露知らず、横たわったままゴロゴロと転がって実に楽しそうだ。

 

霊夢はそんな楽しそうな姿を見て、自分でも気づかないうちに口元が微笑みを作っていた。

そして、一発ぶん殴ってやりたいと心から思ったそうだ。

 

「それにしてもこの子、随分と簡単に捕まったわね」

 

ふと、我を取り戻した紫が素朴な疑問を呈する。それは皆が一様に思っていたことだ。

突風と共にいつの間にか姿を現した印象があまりにも強かったため、触れることさえ一苦労しそうだと、三人は口にはしなかったものの心中では苦戦を覚悟していた。

しかし蓋を開けてみればこの有様で、拍子抜けもいいところだった。

 

「えと、コン姉様は動くと速いんですが、動き始めるまでが遅いというか…見た目通りでして…」

 

チユの回答に全員が納得する思いだった。

目の前で簀巻きにされて楽しんでいる彼女が、幻想郷最速を自称する鴉天狗並に俊敏だったならば詐欺もいいところだ。いや、詐欺だ。

 

ともあれ、無事に元凶の片割れを捕獲できたことには違いない。

こんな調子でいいのだろうか、という疑問はそれぞれが内心抱えていたが、相変わらずのコンの姿を見てしまうと、深く考えるのがバカらしくなる思いだった。

 

「とりあえず、ようやく本題に入れそうね」

 

未だに転がっていた問題の人物を足で止め、踏みつけた。

そしてやっと話ができる、と言わんばかりに意気揚揚と霊夢が切り出した。

その言葉を受けて他の三人が一斉に頷く。

 

「もぉ~せっかく楽しかったのに~」

 

コンはといえば、四人の視線を一身に浴びて怯みもしていなかった。

それどころか遊びを止められたことに対して不満を漏らしていた。

遊んでいたのは彼女だけだったが。

 

「あれ、みんな目が怖いわよぉ?」

 

霊夢によって仰向けになるように転がされた彼女は、ここでようやく彼女たちの目が真剣そのものであることに気付く。

 

「あんたがここ最近騒ぎを起こしてる妖怪の片割れで間違いないのね?」

「えー、何の話ぃ?」

 

核心を突くかのような霊夢の言葉だったが、惚けているのか本気で言っているのか、質問の意味が分かっていない様子だった。

もしも前者だとしたら、この状況で大した胆力だと舌を巻くが、きっと分かってないんだろうなぁ、とは霊夢の内心であった。

 

「惚けても無駄よ。あなたの素早さは私の知る情報と一致するわ」

「それに、ここにいるお前の妹から直接聞いたんだ。なぁ?」

「その通りです。姉様、お願いですから教えてください」

 

三人からも畳み掛けられるように責め立てられるが、当の本人はどこ吹く風で、キョトンとした表情を崩していない。

 

「だからぁ、何のことか教えてよ~」

 

相も変わらずのコンの様子に、三人は本気で頭が痛くなり始めていた。

霊夢に至っては口元が完全に引き攣っている。爆発寸前のようだ。

チユに関してはさすがに身内ということもあって慣れているのか、深いため息を吐く程度で済んでいる。

そしてそんなコンに耐えかねた霊夢が、怒鳴るかのような声量で詰問し始める。

 

「あんたが! 誰彼かまわず暴れまくって幻想郷を騒がしてる張本人かって聞いてるのよ!」

「どしたの巫女ちゃん、ちょっと怖いわよ?」

 

 

ブチッ

 

 

その瞬間、霊夢から明らかに何かが切れるような音がした。

 

「殴る! こいつ絶対殴るから!

 ええぃ放しなさい魔理沙、紫!」

「ちょっと落ち着けって!」

「そうよ! 暴力はダメよ暴力は!」

 

うがー、と乙女の口からは出して欲しくない叫び声を上げながら霊夢は暴れる。

それを必死に抑える二人はかなり大変そうである。

 

「変なの。ねえチーちゃん、巫女ちゃんどうしちゃったの?」

「それはコン姉様が…はぁ」

 

暴れる一人と抑える二人を尻目にチユが説明をしようとはしたものの、途中で何を言っても意味がないと判断したのか、ため息を吐くだけだった。

 

ここは幻想郷の博麗神社。

太陽が優しく照らすこの場所で、巫女の怒声が青空に響き渡るのだった。

 

 

「チーちゃんも変なのー」




ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

話が進んでいるとは言い難いですが、区切りが良さそうなので一旦切りました。
仕事がいっぱいいっぱいにならなければ週一ペースでアップできるかな?

お盆真っ盛りということもあり、ここ最近はお酒飲んでばかりでした。
家に帰ってからも飲んでスルメ齧りながら執筆していたので文章がちぐはぐかも…
いや、校正はしましたけれど。

こんな風な、のんびりペースですがよろしければ次回もお付き合い頂けると幸いです。
それではまた次話にてお会いいたしましょう。
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