あの白を目指して   作:蜻蛉玉

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※前回のあらすじ※

楽しげな笑い声。止めどなく漏れ聞こえる溜息。そして響き渡る怒声。
そんな中、魔理沙は一人思う。

「あらやだ、なにこのカオス」


羞恥

「ふー! ふー!」

「どうどう」

 

先の霊夢の暴走から幾許かの時が過ぎた。

今や彼女は紫一人で抑えられるくらいには落ち着きを取り戻している。

 

「ふしゃー!」

 

髪を逆立てて猫のような威嚇をしているところを見ると、怒りが収まった訳ではなさそうだが。

 

ともあれ霊夢の事は紫と、念のためチユにしばらく任せるとして、魔理沙は話を前に進めることにした。

彼女はそのスカートの裾が地面に着くのも気にせず、未だ仰向けに横たわるコンに目線を合わせるかのようにしてしゃがみこむ。

 

「なあ、お前にはあいつの他にもう一人、妹がいるんだよな?」

「そうよー。私は長女なのです、えっへん」

 

そういって、仰向けのままコンはのけ反るような体制になった。きっと胸を張っているのだろう。

誰も褒めてないと言いたかったが、また話がこじれる可能性が非常に高いため、魔理沙はツッコミの言葉を飲み込んだ。

 

「その妹は最近になって見境なく暴れ始めたらしいが、それは何でだ?」

「えー? 知らないわぁ」

 

魔理沙はコンの反応を見て思った。

先程までこいつは何を考えているか分からないと思っていたが、そうではなく、単純に何も考えていないんじゃないかと。

そう結論付けた魔理沙もまた、深く考えることはやめにした。

 

「でもね、あの子なにか難しいこと言ってたわー」

「ほー、何て言ってたんだ?」

「それは忘れちゃったんだけど、あの子が楽しそうな顔してたから別にいいかなーって」

 

そこは割と重要な部分ではなかろうか。魔理沙は軽くため息を吐いた。

そして霊夢が傍にいなくて良かった、と彼女は心底思う。

せっかく落ち着き始めたのに元の木阿弥になってしまうところだったからだ。

 

「マリちゃん。ため息ばっかりだと幸せが逃げるわよ?」

「そうだな…気を付けるよ…」

 

色々と言いたいことはあったが、魔理沙は一切合切を飲み込んだ。

なるほど、これは疲れる。魔理沙はそう思うと同時に霊夢があれだけ暴れる理由に共感した。

傍から見るのと当事者になるのとではかかる負担が桁違いだった。

そしてチユに対して、コンの妹をやっているということに関しての、ある種尊敬の念を抱きはじめていた。

 

「それで、なんでお前はそいつに加担してるんだ?」

「何が?」

「うんだから、お前が暴れる妹と一緒に行動してるのは何でかな、って聞いたんだ」

「あぁー、それねー」

 

何となくだが、魔理沙はどのように質問すればいいのかが分かってきた。

基本的にコンは相手の言いたいことを理解していない。加えて、記憶力が弱いというか覚える気がなさそうだ。

ならば、一つ一つを丁寧にわかりやすく説明すれば何とかその場は伝わる、と思われる。

 

「…疲れるな、これ」

 

とうとう本音が漏れてしまう魔理沙だった。

 

「マリちゃんは、何かやってて楽しいことってある?」

「いきなり何だよ?」

「いいからー」

 

コンからの突発的な質問に魔理沙は思わず考える。

彼女なりに楽しいことはたくさんある。人妖問わず、一緒にいて楽しい者も山ほどいる。

そんなやつらと馬鹿騒ぎして日々を過ごすのはやっぱり楽しいことだ、と魔理沙は瞬時に思えた。

そして、堂々と胸を張って宣言しようとした。

 

「私は」

「えっとね、わたしはねー」

「聞けよちくしょう!」

 

しかし無視されてしまった。真面目に答えようとした結果がこれである。

コンは嘆く魔理沙を見ていないのか、勝手に話し続ける。

 

「やっぱり転ばせることかなー。私がそういうかまいたちっていうのもあるし、それが一番楽しいことなのよね。こういうのって趣味に液体をかけるって言うんだっけ?」

「趣味と実益を兼ねる、だろ…」

「おお、マリちゃん物知りね」

 

魔理沙はツッコまずにはいられなかった。

そして彼女の知識に感心したかのような声を上げたコンは、手が塞がっているためか、口でパチパチーと言って拍手を表現していた。

 

「だからね、私の役割はいちばん初めだから、それさえさせてくれればいいのよ。

 あの子たちにも自分がやりたいことをやってくれればいいなって思ってるわー」

「…だからそいつと一緒にいるし、その暴走も止めないのか?」

 

魔理沙の質問にコンはスッと目を細めた。

なぜだろう、さっきまでケラケラ笑っていたのがちょっと真面目な顔になるだけで変な威圧感を感じる。

まるでこちらを見定めるような視線だ、と魔理沙は感じた。

 

「あの子がやってる事は確かにかまいたちっぽくないわねぇ。

 チーちゃん最初はそれにすごい怒っていたもの。でもねー」

「…でも、なんだよ?」

 

鎌鼬らしからぬ行為、というのが今回の「異変」の肝である。

それを止めるために情報を持ってきたのが魔理沙であり、紫だった。そして、チユが必死になって懇願してきた内容でもある。

 

「私は止めるつもりはないわよ?」

 

ぱっと真面目そうな顔から一転して、再び笑顔を貼り付けてコンはそう言った。

 

「一応聞くけど、何でだ?」

「だってあの子楽しそうなんだもの。私は楽しむあの子を応援します」

 

あっけらかんと笑うコンに魔理沙は軽く頭を抱えた。

そして突然立ち上がり紫の名を呼んだ。

 

「ゆかりー」

 

「よしよしいい子ねー…って、どうしたの魔理沙?」

「ふかー!」

「や、八雲さん! ちゃんと抑えてくださいー!」

 

三人はまだやっていた。というか、霊夢がまだ猫だった。

彼女が完全に落ち着くには、もう少し時間がかかりそうだ。

紫が振り返ろうとして抑えつける力を弱めた瞬間に霊夢は前方に飛び出そうとした。そのため、彼女の背中にしがみ付いていたチユがズルズルと引き摺られていた。

紫は慌てて霊夢を抑え、顔だけを魔理沙の方へ向けた。

 

それを確認した魔理沙は首を軽く数回、左右に振りながら彼女に告げる。

 

「無理、チェンジ」

「このタイミングで!?」

「こいつの相手きついんだよ。霊夢の方が楽だぜ」

「えぇー…」

 

魔理沙は紫の傍まで歩み寄ると、耳打ちし始めた。

恐らくだが先程までの話の内容を伝えているのだろう。

紫にだけ教えるのは、これまでの話をチユに聞かせてしまっては霊夢の二の舞になるとの判断だろう。

 

魔理沙から引き継ぎを終えた紫は霊夢のことを魔理沙に任せ、ため息を吐きながらコンに向かい歩きはじめる。

彼女から見える紫の背中は何となく疲れているようで、行きたくない、という思いが溢れているように見えた。

 

「…行きたくないなぁ」

 

実際に言っていた。

幻想郷でも随一の実力を持つ大妖怪をしてここまで言わせるコンの驚異は推して知るべし。

 

対面する前からこれではいけないと、紫は背筋を伸ばして顔を引き締めた。

そして問題の人物に目を向ける。

 

「あらー、今度はゆかりんがお話してくれるの?」

「えぇ、そうですわ。よろしくね…はぁ」

 

コンのひょうきんな声色に、紫はだんだんと尻すぼみになり、最後にはため息が出てしまっていた。

恐らくだがこれから始まるだろうやりとりに、不安の色を感じたのだろう。

 

「どんなお話しするの?」

「えーと、何から話したものかしら…」

 

突然のコンからの振りに紫はしばし考える。

その後に思いついたかのようにポンと手を一つ叩いた。

 

「そうね、貴女の妹は今どこにいるのかしら?」

「チーちゃんならそこにいるわよー」

「あらそうだったわねー、ではなく」

 

こいつ分かってて言ってるんじゃないだろうか、というのが紫の正直な思いだった。

彼女の不安は徐々に実体をもって紫に襲い掛かりはじめる。

紫にしてみれば果てしなく面倒なことになっているが、霊夢は言葉を喋らなくなり、魔理沙は放棄した。そんな中自分だけが唯一無事なのだから頑張らなくては、という謎の使命感を抱いていた。

 

「そんなの見たら分かりますわ。

 あの子ではなくて、もう一人の行方を聞いているのよ」

「あぁ、そういうことだったのねー」

 

真顔でそう返すコンの表情を見た紫は、彼女が本気で言っていたことに気付く。

自由な者たちが多い幻想郷の中であっても、ここまで話の通じない相手は例を見ない。

紫はそっと片手を額に当てた。

そんな彼女をよそに、コンは淡々と答え始める。

 

「んーと、確か今日の明け方にはチーちゃんを探すがてら山の方に行くとかなんとか…ごめんねーよく分かんないわ」

 

彼女の言っていることは概ねチユが言っていたことと一致する。

やはり「異変の中心人物」は妖怪の山へ向かったのだろう。

 

「そう、ありがとう」

「あ、でもね」

 

これ以上の問答は時間の無駄と判断した、というかこれ以上コンの相手をしたくなかった紫は、話を切り上げて三人にそのことを伝えるために歩き出そうとした。

コンはそんな紫を呼び止めるかのように声をかけ、何事かと紫が振り返る。

 

「後で合流するとか言ってたから、そのうちここに来るかも」

 

そのうち、というのがいつなのかは分からないが、コンが来てからそれなりに時間が経っている。そして今は昼前であり、明け方という言葉から鑑みるに、下手をしたら件の妖怪は事を終えているかもしれない。

だとしたら、遠からぬうちに博麗神社へ現れる公算が高いということになる。

こうしてはいられないとばかりに、紫は三人に駆け寄ろうとした。

 

「…その前に、どうしてそんな大事なこと黙っていたの?」

「聞かれなかったから?」

 

確かにそうだった。最初にそれを聞いておくべきだったと紫は今更ながら後悔した。

彼女は今度こそ足を前に進めた。

 

「ゆかりーん、そろそろこの縄ほどいてー。飽きちゃったー」

 

紫は聞こえないふりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう…それはいい度胸ね」

 

紫からの話を受けて、霊夢がそう言葉を漏らした。

魔理沙と紫、そしてチユの尽力あってか彼女はようやく普段通りに戻っていた。

根本的に体力のないチユは肩で息をしているが。

 

「だな。準備万端で吹っ飛ばしてやればいいだけの話だ」

「そう、さっきまであんな状況だったから心配だったけど、これなら大丈夫そうね」

「はぁ…はぁ…みなさん、心強い、です…」

 

息も絶え絶えで言葉をつなげるチユの背中を傍にいた霊夢が擦る。

それで幾分か彼女も呼吸を整えたようだ。

 

ともあれ元凶が乗り込んでくると言っても、彼女たちにしてみれば懲らしめるべき相手が勝手にやって来るというのだから、これまでの異変解決のように自分から赴く手間が省けた、くらいの感情しか芽生えなかった。

先程までの混乱具合が嘘のように冷静な霊夢の姿を見て、紫は自分の心配が杞憂であったことを悟る。

そんな状況の中、何かが転がるような音と共に徐々に声が近づいてくる。

 

「ほ~ど~い~て~よ~」

 

コンだった。

彼女の表情は先程の飽きたという言葉通り、少し不満顔だ。

 

「あぁもう、コン姉様ったら転がり過ぎです。こんなにお洋服汚しちゃって…髪も尻尾も砂だらけじゃないですか」

 

転がり続けるコンを止め、チユが甲斐甲斐しくコンの服と髪を整えてゆく。

これではどちらが妹か分からなくなるような光景だった。

 

「えへへ、ありがとねチーちゃん」

「姉様はもうちょっと身だしなみに気を遣ってください。だいたいいつも」

「う…」

 

チユが説教を始めようとした瞬間、コンが突如として苦しげな声を出す。

それを聞いた彼女は訝しげに尋ねる。

 

「どうしたんですか?」

「………気持ち悪い」

「…自業自得です」

 

さっきもそうだったが、あれだけ連続して転がり続ければ誰だってそうなるだろう。

チユの呆れ顔ももっともで、もう知らない、とばかりにコンから離れる。

 

「さてあれは放っておくとして、何か準備するようなことってあったか?」

 

話を切り替えようと、魔理沙が少し大きめの声を出す。

それに霊夢も紫も同調するかのように頷き、言葉をつなげる。

 

「これといって特にないわね。紫は何かある?」

「私も特に。せいぜい藍を連れてくる程度でしょうけど、あの子を見る限りそこまでする必要は…なさそうですわね」

 

一度言葉を区切り、青白い顔をしているコンに目を向けた紫はそう断じた。

残っているのは最も危険だと思われる切り裂く鎌鼬だが、これだけの面子が揃っている上に彼女の妹という時点でたいしたことはないという判断だろう。

そもそも鎌鼬という妖怪は広く名は知られているとしても、彼女たちにとっては小物であり、さほど脅威ではないのだ。

 

「あ、あの」

 

余裕の空気が漂う中で、控えめにチユが声を上げる。

三人は振り返り、一斉に彼女に視線を集める。

 

「どうしたの? 何かあった?」

「えと、私たちは確かに力の弱い妖怪ですけど、今の姉はちょっと厄介というか…」

 

チユは霊夢の問いかけに口ごもりながら返答する。

 

「なんだよ、ハッキリしないな」

「そういう言い方は良くありませんわ。なにが厄介なの?」

 

ぶっきらぼうな魔理沙の物言いを紫が窘め、代わりに尋ねた。

これから始まるであろう戦いを有利に進めるための情報が一つでもあるなら、それを捨て置くわけにはいかない。そう思って彼女はその内容を聞き出そうとした。

 

「厄介といっても別に力が増してる、とかそういう事ではなくてですね…何て言ったらいいんでしょう…」

 

どうやらチユの中でもはっきりとまとまっていないようだ。

何度も詰まりながらも話をするが、とりとめのない言葉ばかりで意味を成していなかった。

 

「一言でいうとですね、めんど」

 

チユが何かを言いかけた時だった。

 

――ゴォッ

 

そこまで距離が離れていない、割かし近い場所で風が強く唸る音がした。

一斉に音の発生源の方向に目を向ける。

そこは境内の方角だった。

 

「どうやらおいでなすったな」

「そうね。チユ、悪いけれど話を聞いている暇は無くなったわ」

「行きましょう。この機会を逃す手はないわ」

 

三人はそう言うと一斉に駆け出した。

チユは彼女たちの行動の速さに呆気にとられ、ポカンとしていた。

しかしすぐに我を取り戻すと、走り去る背中に向かって大声で叫ぶ。

 

「ほ、ホントに気を付けてください! 真剣に厄介ですからー!」

 

だがそれは彼女たちの耳には届かなかったようで、反応する素振りすら見えなかった。

このままではいけないと感じ、チユも走り出そうとする。

 

「私も行かなくちゃ!」

「チーちゃん待ってよ~」

 

そんな彼女を呼び止める者がいた。

言うまでもない。すっかりその存在を忘れられていたコンであった。

律儀なチユはその声に足を止め、声の発生源に目を向ける。

 

「何ですか!? 私は急いでるんです!」

「これほどいてー。お姉ちゃん何か悪いことしたなら謝るから~」

 

陽気なコンの姿からは想像もつかないほど沈んだ表情にチユの息が詰まる。

彼女にはそんな姉を見捨てて行くことがどうしてもできなかったが、早く霊夢たちに追いつかなくてはという思いもあり、二律背反の感情に板挟みになっていた。

 

「チーちゃん…」

「もう、わかりました! だったら私のお願いを聞いてください!」

「ふぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

チユがコンに呼び止められている頃、三人は早々と音のした方までたどり着いていた。

そこで彼女たちが目にしたものは、何か強い風が吹いたのだと一目でわかるほど落ち葉などが散乱した境内だった。

その光景を見た霊夢の額に青筋が走ったのが魔理沙と紫にはよく分かった。

 

「…許さん。イタチ鍋にしてくれる」

 

何か物騒なことを言っているが、二人は心の平穏のために聞かなかったことにした。

 

「犯人は、あいつだな」

「あの子の言った通りの格好ですわね」

 

コンのように背後に現れるということもなく、件の人物は三人の視線の先で悠然と背中を向けて立っていた。その女の周囲ではまだ風が巻き起こっているのか、木の葉がクルクルと女を包むかのように舞い踊っている。

 

チユの説明通り彼女たちと同じ尻尾をもち、腰ほどまでの茶色がかった髪を首辺りで雑に一纏めにしており、三途の川の怠け者と同じくらい大きい鎌を背負っていた。

間違いなく此度の「異変」を引き起こした張本人だろう。

 

「あんたが今晩のしょく…騒ぎの中心ね?」

 

女は霊夢の言葉に反応し、静かに振り返る。

少々つり目気味のその双眸に感情の色は薄く、まるで彼女たちを品定めしているようだった。

しかし、女は黙して語らず。反応を見せる以上は聞こえていない筈がないのにも関わらず。

 

「何とか言ったらどうなんだ? それとももう吹っ飛ばされるか?」

 

魔理沙の挑発にも乗らず、相変わらず彼女たちを見つめるだけだった。

 

「いきなり現れて黙ったままとは随分と失礼ね。名前くらい名乗ったらいかがかしら?」

 

「…風切 楓(ふう)」

 

紫の言葉でもって、ようやく女は重々しく口を開く。

本当に名乗るとは思っていなかったため、三人は少々面食らった様子だった。

 

「風切、ね。案の定あんたがチユとコンの姉妹なのね」

「・・・」

 

フウと名乗った女は再び押し黙り、静かに視線を向ける。

心なしかその眼は魔理沙に向けられているように感じられる。

それが気色悪かったのか、魔理沙が微かに身震いしながら声を出す。

 

「…何だよ?」

「お前…いいわね」

 

フウはようやくまともに喋ったかと思えば、魔理沙を指して意味の分からないことを言い始めた。

指名された当の本人は訳が分からず首を傾げるしかなかった。

 

「気味が悪いな。言いたいことがあるならハッキリ言えよ」

 

 

「気の強そうなヤツ。さぞかし…いい声で啼いてくれるんだろうね?」

 

明らかに好戦的な言葉だった。

それを聞いた瞬間に三人は一瞬で身構える。

 

「魔理沙、気を付けなさい。狙われてるわ」

「なんてことないぜ、返り討ちにしてやるさ。こんなやつ私一人で十分だ」

 

彼女は最後に、手出しすんなよ、と付け加え、二人はそれに従うかのように少し距離を取った。

魔理沙は懐から相棒とでもいうべき「ミニ八卦炉」を取り出し、戦闘準備は万端といったところだ。彼女はかつてよりこれを手に数多の魑魅魍魎どもを薙ぎ払ってきた。魔理沙の最大の武器であると言える。

対するフウはといえば、背負っていた鎌を手に持ち前傾姿勢になり、今にも飛び出さんばかりだ。

いつもは平穏そのものの博麗神社の境内に一触即発の空気が満ちる。

静寂が支配するこの場で、風の音だけが五月蠅いほどに耳に届く。

 

 

先に動いたのは――魔理沙だった。

 

「いくぜっ」

 

先程の極太の光と比べれば牽制とでも言わんばかりの一撃ではあったが、彼女の放った閃光は素早く、一直線にフウを目がけて飛んでゆく。

しかし妖怪は難なくそれを躱し、何事もなかったかのような速度で魔理沙に肉迫する。

並大抵の者であればその速さに目を剥き、圧倒されていただろう。そう言える程度の速さがあった。

 

「あはは!」

 

振りかぶられた鎌が唸りを上げて彼女に迫る。

だが、黒白の魔法使いは並ではない。

 

「小者にしては中々やるぜ!」

 

余裕の表情で迫りくる脅威を回避すると、自前の箒で空高く飛び上がる。

彼女がこれまで相手にしてきた妖怪たちの中には、フウなど及びもつかないほど凶悪な力を持つ存在が数多くいた。それこそ彼女よりも速く、強く、圧倒的な存在が。

しかし魔理沙はそれらを全て乗り越え、そして今この場にいるのだ。

今更速いだけの存在に後れを取る道理は無い。

 

「…逃がさない」

 

フウは一瞬魔理沙を見上げると、すぐさま後を追うようにして飛び立った。

完全に背後を取られる形となってしまうが、その程度の事を考えていない魔理沙ではなかった。

彼女が駆る箒から光が溢れ出し、尾を引くようにして軌跡を描き始めたのだ。

それはさながら流れ星のようであり、キラキラと光を放っていた。

 

――無論の事、それがただの光であるはずがない。

 

「っ!?」

 

光っていたのは星屑のような無数の小さな粒で、魔法使いたる彼女が放つ以上は攻撃に他ならない。

後を追うフウは停止を試みるが、当然避けきれるわけもなく数発の被弾を許す。

思いもよらなかった反撃にフウは追跡を断念せざるを得なかった。

その隙に魔理沙は体制を完全に整え、二人は再び向かい合う形で静止する。

 

「何だよ。今ので落ちてくれればとっておきをお見舞いしたのに」

「くっ…」

 

彼女の軽口にフウはその表情に悔しげな色を滲ませる。

得体の知れない相手であり、気味の悪い存在であったが、魔理沙もさる者である。

短いやり取りではあったが完全に彼女のペースで進んでおり、このまま何もなければ順当に彼女が勝つだろう。

 

「みなさーん!」

 

突如として境内にそんな声が響く。発生源はチユだった。

彼女は叫びながら、その小さい体を揺らして必死な表情で走り寄ってゆく。

チユの言葉に霊夢と紫が揃って振り向いた。魔理沙だけは相手から目を離していなかった。

 

「遅かったわね。でも心配しなくてもいいわよ」

「そうね。魔理沙が方を付けてくれますわ」

 

たどり着いて息切れしているチユに二人が声をかける。

それを受けてチユは二人がいる空を見上げた。

そこには先程の状況から動かず、静かに向かい合う魔理沙とフウの姿があった。

 

「本当に一人で十分ね。私たちが出る幕もなさそうだわ」

 

二人を見上げながらの霊夢の言葉に紫が首肯する。

魔理沙の優勢に彼女たちは完全に安心しきっているようだ。

 

しかし、チユだけは不安げな表情を崩すことがなかった。

 

「ち…違うんです。フウ姉さんが本当に厄介なのは…」

 

言い淀むかのようなチユの言葉に二人は怪訝な表情をする。

 

「魔理沙なら大丈夫よ。あれでこの幻想郷ではかなりのやり手だから」

「霧雨さんを信用していない訳ではなくって、その…すみません!」

「あ、チユ!?」

 

霊夢の静止するかのような言葉をかいくぐり、チユは魔理沙たちの真下辺りまで走る。

紫は今まで大人しかったチユの強引ともいえる行動に呆気にとられていた。

チユはそこで止まると、大きく息を吸い込んだ。

 

「霧雨さーーーーん!」

 

魔理沙に何かを伝えようとしているのだろう。

彼女は視線だけはそのままに相手を睥睨し、チユのこれからの言葉に集中させる。

チユは彼女の姓を呼んだところで一度区切り、再び息を吸い込み――

 

 

 

 

「――スカートに気を付けてくださーい!!」

 

 

 

 

瞬間、世界が完全に硬直した。

 

 

「…はぁ?」

 

 

動き始めた魔理沙にはそれ以上のことが言えなかった。

 

(スカート? え、誰の? あいつの?)

 

混乱の極みに達し、思わずチユに目を向けてしまうくらいには意味が分からなかった。

そして、それがいけなかった。

 

「隙ありいいぃぃぃっ!」

「な!? しまっ!」

 

それは魔理沙が言い終わるよりも速かった。

とっさに回避行動をとろうとするも間に合わず、思わず両手で顔を庇う。

 

本当に一瞬の出来事だった。

気付けばフウは鎌を振りぬいた姿勢のまま、魔理沙の後方で静止していた。

霊夢も紫も、魔理沙がやられてしまったと完全に思った。

 

だが…

 

「…? なん、だ? 何も変わったところなんて――」

 

そう魔理沙が言いかけたところでフウが動く。

まるで鎌に付いた汚れを振り払うかのような仕草をした後に、宣言した。

 

「我が風切丸に、切れぬモノ無し!」

 

「――ない…ぜ!?」

 

魔理沙には何が起こったのか理解できなかった。いや、したくなかった。

霊夢と紫も目の前で繰り広げられたあまりの光景に絶句し、口元を手で覆うことしかできなかった。

 

「ま、魔理沙…あんたっ…!」

「なんて惨いことを…」

 

確かに魔理沙の様子に変わったところは見受けられなかった。

そう、あくまで魔理沙自身には。

 

フウが高速で動いたことによる影響か、博麗神社の上空で吹き抜けるような強風が起こる。魔理沙からしてみれば完全に向かい風で、普段ならば帽子とスカートを押さえてやり過ごすだけだろう。

だが今の魔理沙は違った。帽子は気にも留めず、全力でスカートだけを押さえつけていた。

しかし努力の甲斐無し。

 

なぜなら彼女のスカートは何ヶ所も縦に切り裂かれていた。

そのため両手では足りず、風が吹いたら当然のことながら健康的な太腿も、その奥の――

 

 

「き……きゃあああああーー!!」

 

 

まさしく絹を引き裂くような悲鳴を上げて、魔理沙は急降下した。

その顔は羞恥で真っ赤になり、その瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。

そして地面に着くや否やペタンと座り込んだ。所謂、女の子座りである。

 

「きゃー…って、魔理沙がきゃーって言った…」

「ええ…私も聞いたわ。あんな声出せたのね…」

 

あまりに突然かつ予想外の出来事に、見ていた二人は完全に思考停止していた。

呆然とした表情で今起きたことに対する感想を述べている。

 

「ああ…また犠牲者が…」

 

チユが手で頭を抱えながらそう呟いた。

その呟きの中に気になる単語があることを二人は聞き逃さなかった。

 

「また? あんた今『また』って言った?」

「へ? はい、言いましたけど?」

 

それが何か、とでも言わんばかりのチユの返答に霊夢と紫は思わず詰め寄る。

チユはそれに押される形で少しばかり仰け反る体勢になった。

さらには二人の真剣な表情に気圧されているようだった。

 

「チユ。あいつの異常について詳しく教えなさい」

「は、はいぃ…始まりはほんの二週間ほど前でした…」

 

そう切り出し、チユはポツポツと語り始めた。

全ての始まりの、あの日の出来事を。

 

・・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・

 

「何とか言ってよっ!どうしてその子にそんな酷いことをしたの!?」

 

そう言ってチユが指差す先には、見るも無残な―― スカートを切り裂かれた ――姿に成り果てた少女の姿があった。

少女は自分の身に何が起こったのか理解できていない様子だった。

 

フウを問い詰め、声を荒げるチユを止めたのはコンの存在だった。

 

「まぁまぁ、落ち着きましょう?」

 

コンの言葉にチユは引き下がり、ゆっくりとした口調で理由を聞き出そうとする。

何も考えていなさそうな彼女でもこの状況がおかしいことには気付けていた。

 

「ほらほら、フーちゃん教えてよー」

「こいつが悪いんだ!」

 

コンの言葉に対して、大声で冤罪を叫ぶフウだった。

 

「アタシは見た…見てしまったんだ!

 こいつは転んだ後に迫るアタシに見せつけるかのようにして…その白いパンツを!!」

 

だから何だと言うのか。

チユは驚愕通り越して呆れる以外の行動がとれなかった。

 

「それをもっと見ていたいと願ったアタシは悪くない!

 こいつが、こんなワザとらしいのがいけないんだ!

 

 つまり、アタシは悪くないっ!」

 

話はおしまい、と言わんばかりに力強く言い放ち、笑い始めたフウに二人は面食らってしまう。

そうこうしている内に少女がほぼ下着丸出しの自分の状況を理解して、悲鳴を上げる。

もう事態の収拾などつくわけがなかった。

 

そして、チユが力なく声を漏らす。

 

「私たちこれから…どうしたらいいの…?」

 

・・・

 

・・・・・

 

・・・・・・・

 

「それからというもの、姉は女の子の下着に異様な執着を見せるようになりまして…」

 

やれやれ、といった風にチユは肩をすくめて首を左右に軽く振った。

話の途中くらいから二人は着いてゆけず、ハトが豆鉄砲をくらったかのような表情だった。

そんな二人の様子を見てチユは可愛らしく小首を傾げた。

 

「…言いませんでしたっけ?」

 

「「聞いてない!」」

 

いつも冷静で落ち着いている紫までもが珍しいことに大声だった。

それでもなおキョトンとした顔をしているチユを見て、二人は目の前の少女があのコンの妹であることを思い出した。

しっかりしているのは確かなのだろうが、どこか抜けている。

 

 

「いやーあんたやっぱりアタシの見込んだとおりだったね!」

 

 

三人は突然響く声に今の状況を思い出した。

ハッとなり魔理沙の方に目をやると、フウが座り込む魔理沙の周りをぐるぐる回っていた。

 

「気が強そうに見えてもやっぱり女の子らしい悲鳴に、その真っ白なパンツ!

 そのギャップが最高だったよ! 本当にありがとうございました!」

「なんだよー! こっち来んなよー、あっち行けよー!

 れいむたすけてー! ぅわーーんっ!」

 

「…どうしよう紫。魔理沙がちょっとかわいい」

「落ち着きなさい霊夢。でも確かにかわいいわね」

「お二人とも落ち着いてください」

 

チユの言う通り、二人は確実に冷静ではなかった。

とにかく絡まれている魔理沙を救出しなければ、という思いから二人は光の球をフウに向かって放つ。それは軽々と避けられてしまったが、結果としてフウを魔理沙から遠ざけることに成功した。

その間隙を突いて彼女たちは魔理沙の側に移動し、彼女を守るかのようにして並び立つ。

 

「そこまでよ、変態。それ以上の狼藉は許さないわ」

「あーもう…せっかくいい眺めだったのに」

「れいむー! あいつ嫌いー!」

 

フウは中央に立つ霊夢の宣告に心底ガッカリしたような声で返す。

そして若干の幼児退行が見受けられる魔理沙は涙声になりながら霊夢の背中にしがみ付いた。

 

「グスッ…なんとかしてよー、こんなんじゃ歩けないよー…」

「あーはいはいよしよし。これは私の服を貸すしかないかな…」

 

しゃくりあげながらの魔理沙の懇願に霊夢も困った風で、少々組み合わせがおかしくはなるが自前の衣装を魔理沙に着せるしかないだろうと判断した。しかしそれが仕舞ってある場所は霊夢にしか分からず、紫とチユに頼むにしても時間がかかるだろう。

魔理沙は霊夢にしがみ付いて離れようとせず、自分で取りに行くこともままならない。

さてどうしたものかと、そこまで考えた霊夢にチユが声をかける。

 

「霊夢さん、私に任せてください」

 

その言葉に反応した霊夢が顔を向けると、チユは懐から小箱に入った針と糸を取り出した。

まさか、縫う、とでも言うのだろうか。ズタズタになり、完全に服としての体を成せていない布きれを元に戻せると。

 

「お裁縫は得意なんです」

「いやいや、そういう問題じゃないでしょ」

 

自信満々に言うが、いくらなんでもこれは無理だろう。

もしできたとしても時間がかかり過ぎるし、それなら取りに行った方がよっぽど早い。

霊夢も紫も同様にそう考えたのか、呆れ顔を隠そうともしていない。

それでもチユはすでに糸を針に通し、おおよそ裁縫をするには不必要といえる構えを取っていた。

 

「動かないでくださいね、霧雨さん」

「あのねチユ、ありがたいけど気持ちだけ――」

 

「はぁっ!」

 

――受け取るわ

霊夢がそう言いかけた時、チユがいきなり気合の入った声を一つ出した。

それには今まで涙ぐんでいた魔理沙すらも驚いた様子だった。

場に一瞬の静寂が訪れる。

 

「…お? おぉ!?」

 

そして、その静けさを打ち破ったのも魔理沙だった。

彼女は不意に立ち上がり、その場でクルクルと回り始めた。

そんなことをしてはまた下着が見えてしまうと思い、二人は即座に止めようとした。

 

だが、彼女たちの不安は的を外れる。

なぜなら無残に切り裂かれたスカートは、何かの見間違いだったと思わせるほどに綺麗に縫合されていたのだ。

 

「直ってる! 直ってるぜ、霊夢!」

「ふぅ、ざっとこんなものです」

「ヒャッホー!」

 

「…バカな」

 

驚いた後に喜ぶ魔理沙の傍で、チユはまるで一仕事やり終えたかのように額を拭う仕草をする。

霊夢と紫は目の前で起きたことの理解が追い付かず、開いた口が塞がらないとはこのことだった。

 

「私は『なおす鎌鼬』ですから」

「いや、その理屈はおかしい」

 

霊夢の言葉に紫も首肯する。

彼女の言う「なおす」はあまりにも本分から外れすぎている。

 

「姉様たちはよく服を引っかけて破いたりするんですよ。それを繕ってたら自然と上達しましたし、最近だとフウ姉さんがやらかしてきたので、それを全て私が直してきました。そしたらいつの間にか縫うのが速くなってました」

 

素人修理ですが、と謙遜するが、傍目に見てはどこが切り裂かれていたのかが分からないほど元の形が復元されている。間違いなく針と糸だけ出来ることでないのは明らかだが、チユはそれら以外を手にしていない。

はっきり言って理不尽である。

 

「この姉妹、色々おかしいですわ…」

 

紫が口元を引き攣らせ、乾いた笑みを浮かべながらそう漏らした。

 

「あーあ…また直されちゃった。もう、邪魔しないでよチユー」

「うるさいです。毎回後始末する私の身にもなってください」

 

自分の嗜好を妨害されたからだろう、フウがチユに対して文句を垂れてきた。

チユは言葉を返すのも煩わしい、と言わんばかりに冷たく切り返し、軽蔑の眼差しを向けている。

先程までの穏やかなチユの様子を見てきた二人は些か驚いてしまう。魔理沙は余程嬉しかったのか、まだ回っていた。

 

「ま、いいや。そいつのはしっかり見たし。次は…と」

「…まさか、私?」

「うん。あんたもアタシ好みだ」

 

フウが次に目を付けたのは霊夢だった。指名された彼女の額を冷たい汗が流れる。

霊夢には魔理沙程の素早さがなく、真正面からフウの相手をするには正直分が悪かった。

彼女の心中は、いくらチユのアフターフォローがあるとは言えあんなド変態に乙女の純情を見せてたまるか、という思いで一杯だった。

 

「前置きはなしだ。行くよ!」

「ちょ、ちょっと待っ!」

 

心の整理がつかず混乱した状況のままだったからか、霊夢は全く反応できていない。

紫が微かに反応できていたが、彼女も霊夢と同様にあまり素早くはない為、霊夢の守護は間に合いそうにもない。

もはや一巻の終わり。博麗の巫女がその純白の園を晒すのは時間の問題だ。

霊夢には迫る大鎌がやけにゆっくり見えた。

 

(コイツゼッタイコロス)

 

霊夢が心の中で悲壮な覚悟を決めて、目をきつく閉じたその時だった。

 

 

――ガキィンッ!

 

 

金属同士が激しくぶつかり合うようなけたたましい音が周囲に鳴り響いた。

その発生源は霊夢のすぐ傍で、彼女は反射的に耳を塞ぐ。そのままの姿勢で恐る恐る目を開き己の下半身に目を向けるが、そこに想像したような光景は無く、全く無事なスカートがあるだけだった。

次いで視線を前方に向けると、そこには緩やかに波打った茶色い髪が視界に飛び込んできた。

 

「…コン?」

「やっほー、巫女ちゃん大丈夫?」

「うぎぎっ…コン姉、邪魔すんな!」

 

霊夢の言葉に振り返り、相変わらずのんびりした声で返すのは、先程彼女たちが縛り上げたコンその人だった。

彼女は手にした棍棒でフウの大鎌を受け止めており、鍔迫り合うような体勢で霊夢を庇っている。

フウはかなり必死の形相で鎌に力を入れているようだが、コンは少しも堪えた様子がない。

 

「あなた何故…いえ、そもそもどうやって抜け出したの?」

 

紫の疑問はもっともだ。

彼女はフウの味方をしていたはずであるし、あそこまで雁字搦めにしてあったのを自力で抜け出すことなどできはしない筈だった。

 

「それはねぇ、チーちゃんに助けてもらったの」

「すみません…勝手なことをしました…」

 

チユ曰く、フウを止めるのに協力することを解放の条件としたらしい。

それは随分と甘すぎるような気がするが、現にコンは霊夢を守っている。

 

「コン姉様は見た目通り単純ですから、心からお願いすればちゃんと守ってくれます」

「チーちゃんったら褒めすぎよ~」

 

照れ笑いを浮かべるコンだったが、霊夢たちは心の中で、誰も褒めてないと一様に思っていた。

霊夢としては勝手に彼女を解き放ったことに対して一言物申したい気持ちもあったが、そのコンに守られている現状を思うと何も言えなかった。彼女のおかげで今霊夢は無事なのだと言っても過言ではないからだ。

 

「くそっ! コン姉の馬鹿力!」

「あ、フーちゃんひどーい」

 

フウは諦めたのか、大きく後ろに跳躍して距離を取った。

忘れてしまいそうではあるが、今ほどの会話の最中もコンはずっと鍔迫り合いの状態だったのだ。それを余裕の表情で拮抗し、あまつさえお喋りまでしていたのだから、フウの言う通り彼女は「馬鹿力」なのだろう。

 

「もぅ、どうしてフーちゃんも『コンちゃん』って呼んでくれないのー」

 

普通は馬鹿力呼ばわりされたことに不満を持つだろうが、彼女の言う「ひどい」とは自分の呼び名についてだった。相変わらず論点のずれた会話をするコンであった。

 

「今まで一度だって邪魔なんてしてこなかったのに、なんで急にこんなことするのさ!」

「私はフーちゃんのことは大好きだけどね、チーちゃんも大好きなの。

 チーちゃんったら必死になってお願いするんだもの、お姉ちゃん断れなかったわ。ごめんね?」

 

フウはコンの返答を聞くや、途端に顔を俯かせ押し黙る。

かと思えば突如として肩を揺らし始め、地の底から響くような笑い声を上げ始めた。

手には大鎌を持ったままの状態のため、その姿はとても不気味だった。

 

「フ…フフッ…フハハハハハハハゲッホエッホ!」

 

そして咽た。

フウは苦しげな咳を数回繰り返し、仕切り直すかのように咳払いを一つして、何事もなかったかのように話し始める。

 

「ゴホンッ! もういい、誰の助けも必要ない!

 アタシとこの切裂号があればすべて事足りるのだ!」

「鎌の名前変わってない?」

 

霊夢の素朴な疑問も、自分の世界に入り込んでしまっているフウには届いていないようだった。

そんな霊夢の服の裾を控えめに引っ張る者がいた。

 

「なによ、チユ」

「霊夢さん、フウ姉さんは見ての通り馬鹿なので細かいところを気にしたらダメです」

 

そう言われて、霊夢はフウに目を向けた。

 

「アタシの真の姿を見せる時が来たようだな!」

 

「なるほど、馬鹿ね」

 

一人で盛り上がり続けるフウを見て、霊夢はそう結論付けた。

見方を変えれば、威圧を感じさせるはずの大鎌も、フウが持つとなんとなく馬鹿っぽい。

 

「あの鎌だって本当はもっと小さかったのに、

 ――大きい方がカッコいいし強そう!

 とか言ってあんなサイズに変えちゃったんです。使いにくいはずなのに…」

 

チユはこれまでのフウの行動を思い返しているのか、溜め息を吐きっぱなしだ。

自由な姉と馬鹿な姉。その二人の妹をしているチユを思うと、霊夢と紫はなぜだか泣けてきた。

 

「という訳で、そこの紅白!」

「なによ馬鹿」

「究極進化したアタシの絶技の前に、大人しくパンツをさらけ出すがいい!」

「うぇ…まだ私狙ってるわけ?」

 

守られたことによる安心感からか霊夢は先程とは違い、随分と心に余裕ができていた。

だからといって狙われるのは気持ちのいいものでなく、霊夢でなくても誰だって御免だろう。ましてや相手は下着を見せろと迫ってくる馬鹿なのだ。

 

そこで霊夢はフウに対して代案を用意することを思いついた。

 

「ほら、私じゃなくてこの紫色のやつとかいいんじゃない?」

「霊夢!?」

 

それは代案とは呼ばず生贄と言うのだが霊夢は少しも気にしていなかった。

身代わりに提案された紫としては堪ったものではない。紫は驚きのままに霊夢の肩を揺さぶるが、彼女は決して紫の目を見ようとせず、乾いた笑い声を上げ続けていた。

そんな二人のやり取りを前に、フウは静かに首を左右に振る。

 

「アタシ的に、その人はないわね」

 

生贄にされかけて暴れる紫であったが、フウのその一言を耳にした瞬間霊夢の肩を掴んだままピタリと止まる。そして油の切れたブリキ人形のような動きで首だけをフウに向けた。

 

「いま…なんて言ったのかしら…?」

「アタシはね、女の子のパンチラが大好きなんだ。

 特に恥ずかしさで顔を真っ赤にするくらい純情な女の子のパンチラが!」

 

紫の質問には答えず、フウは真顔になり突然何かを熱く語り始めた。

 

「そこの黒白の娘はスゴク良かった。あれこそアタシの求めるモノだ。

 涙目になって必死に抵抗しようとしたところもポイント高かったね!

 それに引き換えあんたはどうだ? 見た目に似合わないその落ち着き様。

 

 そう、あんたは女の子と呼ぶには、些か色気が強すぎる!!」

 

「なん…ですって…!」

 

フウの宣言に紫は心底ショックを受けたようで、ヨロヨロと数歩後ずさる。

その時の霊夢の心境はといえば、

 

(マジメな顔して何言ってんだコイツ?)

 

であった。

チユは頭が痛そうにしているし、コンはあらあら言いながら笑っている。

ついでに魔理沙は回り過ぎて目でも回したのか、フラフラになっていた。

もう訳が分からなかった。

 

「そ…そんなことない! 私はれっきとした花も恥じらう乙女ですわ!」

「果たしてそうかな?

 例えば今あんたが身に着けているパンツは、少女らしからぬ色をしてるんじゃないの?」

「失礼ね! 私は白の下着以外持ってないわ!」

 

ニヤニヤと挑発するかのように笑いながらのフウの発言に、紫は本気になって噛みつく。

必死の抗弁も、フウは信じられないとばかりに嫌な笑み崩さないままに肩をすくめ首を振る。

 

「だったら証拠を見せてもらおうか?」

「…え?」

「だから証拠だよ。今ここであんたのパンツを見せろってことさ」

 

霊夢たちは完全に置いていかれていたし、真面目に聞くつもりなど毛頭なかったが、今の状況が何か妙な方向に走っているのは理解できた。

なぜあの一連の会話の結論が下着を見せろという話になるのか、誰にも分からなかった。

 

「そんな破廉恥なこと!」

「できないって言うの? だったらあんたの下着の色はその服と同じく紫色ってことだね。

 まぁ分かってたけどさ、やっぱりあんたはアタシの好みじゃない」

 

「何という暴論」

 

霊夢は思わずツッコまずにはいられなかった。

というか、神聖な神社の境内でなんと下衆な会話を繰り広げるのだろうか。

そろそろ止めないとさらに妙なことになると考えた霊夢が横槍を入れようとする。

 

「紫、むきになって相手しなくても…」

「…いいわ。やってやろうじゃないの!」

 

「お願い聞いて!?」

 

しかし手遅れだった。

紫はすでに熱い闘志をその瞳に宿してしまい、霊夢の忠告はまったく耳に入っていない。

こうなる前に止めに入らなかったことを霊夢は心の底から後悔した。

 

「ほう、できるのかい? あんたに」

「さっきから見縊りすぎですわ。私は決める時は決める女よ」

 

相変わらずニヤニヤ笑いのフウに、紫は不敵な笑みで返す。

決め所を激しく間違えていることにはまったく気づいていない紫に、霊夢は縋るように懇願する。

 

「本当にやめて!? 今ここでそれ決めても誰も得しないから!」

「止めないでちょうだい。私はやる…いいえ、やらないといけないの」

 

しかし紫の意志は無駄に固く、霊夢の言葉を受け入れない。

なぜこうなってしまったのだろうと霊夢はこの世の理不尽に思いを馳せるが、そもそもの原因は彼女が紫をスケープゴートにしようとしたのが始まりだったということを、彼女はどうやら忘れているようだった。

 

「どうしてそこまで…」

「霊夢、女の子にはね、引いちゃいけないことがあるの」

 

――あなたにもいつか、わかる時が来るわ…

 

そう言って紫は霊夢を振り払い前に歩み出る。

霊夢は打ちひしがれたように地面にへたり込み、戦場に向かうかのような紫の頼もしい背中を呆然とした表情で見つめながら、こう思った。

 

(…マジメな顔して何言ってんだアイツ?)

 

ここで霊夢は完全に思考を停止させた。投げやりになったとも言う。

 

「(パンチラを)臆せず来たか。その度胸は褒めてやろう」

「あら、貴女ごときに(パンツ見せるくらいで)臆する要素が見当たりませんわ」

 

二人は真正面から向かい合うとすぐさま言葉の応酬を始める。

視線がバチバチとぶつかり合い、火花が散っているかのようだった。

状況としてはまさに一触即発、緊迫の場面なのだが内容があまりにも酷い。

しかしそれを止められる者はもう誰もいなかった。

 

「それでは約束通り、あんたの実力(パンツ)を見せてもらおうか!」

「あなたは本当に幸運ですわ。私の力(パンツ)を目に焼き付けて地獄に落ちるのだから!」

 

そして先程から副音声が下衆すぎる。

しかし言っている事を実際の内容に置き換えるとこうなるのだから仕方がない。

二人はそう言い切ると途端に静かになり、ついに紫が動き出した。

 

 

彼女はそっと軽く屈み、柔らかくスカートの裾を摘む。

肩口からサラサラと零れる滑らかな金糸が陽の光を反射してキラキラと輝く。

紫はしばらくその姿勢でいたが、やがて徐に、ゆっくりとそのまま背筋を伸ばし始めた。

 

そして露わになる、彼女の透き通るかのように白い…滑らかな脚。

程よく肉付きのあるその脚はキュッと引き締まっており、健康的な色気が溢れていた。

紫が背筋を伸ばしきったことで、彼女の脚線美が太腿の中ほどまでが丸見えになる。

手触りの良さそうなそれは、男であれば思わずむしゃぶりつきたくなる様な光景だ。

 

ここで彼女の動きがいったん停止する。

よくよく顔を見ればその頬はひどく紅潮し、瞳が潤んでいた。

その吐息も乱れ、口からは艶っぽい声が漏れ聞こえる。

 

もう限界だろう。ここで止めても誰も責めはしない筈だ。

 

――しかし、それでも彼女は止めなかった。

 

荒い吐息はそのままに、彼女はその柔らかそうな唇を強く引き縛る。

そして濡れた瞳をきつく閉じ、ゆっくりと、本当にゆっくり裾を持ち上げ始めた。

その手は小刻みに震えていたが、紫は決して裾を手放そうとしない。

 

徐々に露わになる美しい太腿は、当然のようにシミ一つない。

中ほどまでしか見えていなかったそのおみ足は、既に付け根まで見えそうになっている。

 

乙女の証明は、もうすぐそこだ。

 

紫は固く閉じた瞳を、さらに強く目一杯に閉じる。

濡れた瞳から溢れ出た涙が一筋、彼女の頬を伝う。

 

そしてとうとう、その手を勢いよく持ち上げた。

 

 

丸裸になったその脚はまさにカモシカのようで、健康的な白さは女であっても羨むほど。

ふくらはぎ、そして太腿の全てにおいて調和が取れており、完璧と言わざるを得なかった。

 

そしてそれらを伝い、その上部に位置する乙女の象徴ともいえる純白の――

 

 

「どう!? これでわかったでしょ!?」

 

紫はすぐに手を降ろすと、紅潮した頬のまま勢いよくフウに向かって言い放った。

自分は恥を忍んで己の潔白を証明した。次はお前が応える番だ、と言わんばかりだった。

 

そんな紫の覚悟を前に、フウは――

 

 

「チョウチョさんだー、まてまてー」

 

 

――見てすらいなかった。

 

 

・・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・

 

「あの時のことは、あまり思い出したくないのだけれど…」

 

沈黙を破り、博麗霊夢は重々しくその口を開いた。

 

「そう、そうね。やはり『八雲 紫』という存在は大妖怪だった…この一言に尽きるわ」

 

しばし瞑目するかのように瞳を閉ざし、その時の様子を振り返っているようだ。

彼女の脳裏に浮かぶものは当時の惨劇か、はたまた「半壊した博麗神社」か。

 

「私は何もできなかった。紫の怒りから自分の身を守るくらいしかできなかったの…」

 

自嘲するかのような笑みを浮かべながら彼女はそう言った。

 

「信じられる? ほんの一瞬の出来事だったのよ?

 見る見るうちに周囲には破壊の爪痕が残されていって、最後にはあの有様」

 

やってられないとばかりに吐き捨てる彼女の表情は、当時のトラウマからか、若干青褪めている。

博麗の巫女をしてここまで言わしめた存在は、恐らく後にも先にもかの大妖怪だけだろう。

 

「アイツはきっと…いえ、間違いなく触れてはならないモノに触れてしまった。

 後から聞いた話だけど、『幻想郷の終焉だ』なんて言っていた奴もいたらしいわね」

 

彼女の言う通り、人里のみならず幻想郷全土の存在が一様に畏れを抱いた日だった。

神の怒り、天変地異、ハルマゲドン…人によって言葉は様々だったが、皆々が自身の終わりを覚悟した日でもある。

 

「月日を経た今でも思うわ。もっと上手いやり方があったんじゃないか、って…

 あの馬鹿を問答無用で吹っ飛ばしてたら、あんな事にはならなかったんじゃないかってね…」

 

しかし後悔先に立たず。時間は決して戻せない。

彼女もそれは重々承知の上で、だからこそこれはただの愚痴であり、己に対する文句なのだろう。

 

「顔を真っ赤にしながらスカートをたくし上げる紫はとても可愛らしかったわ。

 そして本人も言っていたようにその下着の色は――」

 

――白かった。

 

八雲紫の名誉を守るためか、彼女はハッキリとそう証言する。

その表情は真剣そのものであり、そこには嘘や虚実の色が一切見えない。

 

「紫の覚悟をアイツは無碍にした。これは許されることじゃない。

 思えば紫が異変を察知して解決に乗り出そうとした時、ああなることは決まったのかもね」

 

八雲紫と風切楓が出会うことは必然であり、あの惨事も運命だった。

どうしようもなかったことだと彼女は言う。

 

「私が話せることはもう無いわ。

 一言付け加えるなら…馬鹿恐るべし、かしらね」

 

博麗霊夢はそう締めくくった。

彼女の話したことが全てであり、『八雲パンチラ事変』の全容だった。

 

「…ねぇ、ひとついい?」

 

何ですか?

 

「こんなくだらないこと、本当に遺すの…阿求?」

 

一応、事件ですので。私だって嫌ですよ。

 

「ですよねー」

 




幻想郷の歴史に、また1ページ…

幻想郷歴184年 : 八雲パンチラ事変
【内容】  八雲紫がセルフパンチラした後、大暴れ。
【覚え方】 いやよ(184)、紫のパンチラ

嘘ですごめんなさい。

週一ペースで行けるかと思ったんですが人生そんな甘くないですね。
そして3~4話で終わるかと思ってたんですが、これまだ終わんねえな。
何でこんな長くなったんだろう…?

もうしばらくこのくだらない話にお付き合いいただけると幸いです。

この話でオリキャラ三姉妹がようやく出揃ったので、東方風キャラ紹介をしてみよう!


○迷惑千万な旋風

風切 棍(かぜきり こん)
Kazekiri Kon

種族:鎌鼬
能力:転ばせる程度の能力

三姉妹の長女。天然。
普段から何を考えているのか分からない所があるが、実際は何も考えてない。
場の空気を読むことを知らず、物事に無頓着。

その時の気分だけで行動する節があり、いつも末の妹を困らせる。

風切 楓(かぜきり ふう)
Kazekiri Fu

種族:鎌鼬
能力:鎌で切る程度の能力

三姉妹の次女。活発通り越して馬鹿っぽい。
今回の事件の犯人であるが、言動も目的も馬鹿っぽい。中二病の気がある。
場の空気を読むことを知らず、勢いで生きている。
噂ではかの氷精と同レベルで会話できるとかできないとか。
ある意味周囲からは恐れられる存在。

その場のノリだけで行動する節があり、いつも妹を困らせる。

風切 チユ(かぜきり ちゆ)
Kazekiri Chiyu

種族:鎌鼬
能力:薬を塗る程度の能力

三姉妹の末っ子。苦労人。
彼女が博麗神社にやってきたことから異変の全容が見え始める。
姉たちの尻拭い役で、常に振り回されている不憫な子。
姉二人があまりにもアレなので、しっかり者にならざるを得なかった。不憫。
名前を漢字で書くと「治癒」。安直すぎてこれまた不憫。
しっかり者だが肝心なところで抜けており、たまに大ポカをやらかす。

姉二人がアレなので誰かに甘えたことがなく、真正面から甘えさせてくれた霊夢に懐く。


読了ありがとうございました。
それでは、また次話でお会いいたしましょう~。
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