博麗神社「ここは俺に任せて先に行け! なあにすぐに追いつk」
「グス…」
「何という有様」
霊夢は変わり果てた博麗神社を呆然と眺めながら、そう呟くことしかできなかった。その様子はどこか他人事のようで、現実逃避しているかのようだった。
境内は所々に大きめの窪みができており、石畳も剥がれ、周辺の木々もなぎ倒されている。鳥居にしっかりと掛けられていたはずの「博麗神社」を示す看板も物悲しげに風に揺られていた。本殿はといえば原型は保っているものの、やはり壁が破壊されていたり屋根が吹き飛んでいたりと、廃墟一歩手前といった風だ。
そんな霊夢の眼前で紫がへたり込みながらシクシクと泣いている。
というか、神社をここまでの惨状にした張本人は彼女に他ならないのだが。
「ず…ずびばぜん…でじた…」
二人から割かし近くにある窪みの一つの中央で、アフロ頭の全身真っ黒に焦げ付いた人のような形をした物体が、倒れ伏しながらもピクピクと痙攣するかのようにして動いていた。
もちろん、それはフウである。黒々とした煙を立ち上らせながら謝罪の言葉を口にしていた。
「あははー、フーちゃん変なあたまー!」
「コン姉様…あまり笑える状況じゃないと思います…」
そんなフウを自前の棍棒でつつきながら笑うコンと、それを諌めるチユの姿があった。
確かに今のフウの現状はとても愉快だが、霊夢の心境と紫の心の傷を思うと笑えない。
その無神経さは、さすがコンだと言わざるを得ないだろう。
「おーい霊夢ー! 終わったかーって何だこりゃあ!?」
遠くから魔理沙の声が近づき、最後に驚愕の声が聞こえた。
実は魔理沙は紫が暴れ始めるや否や、手に負えないと即座に判断し逃避を図っていたのだ。
その為か彼女の衣服は、多少の乱れは見受けられるものの、汚れ一つついていなかった。対照的に霊夢は所々が砂埃にまみれたりと悲惨な状況であるのにもかかわらず。
「…逃げたわね?」
「いや、あれは無理だって。
しかし酷いなこれ。どんな匠が手を加えたんだよ」
「えぇ、見事にやってくれたわ…あいつが」
霊夢の言及にも魔理沙は悪びれることなく返答する。
彼女も仕方がなかったことは分かっているのか、特に追求することもなかった。
霊夢は話しながら紫の方に目を向け、魔理沙もそれに倣う形で紫を見る。
紫は背を向けるようにして座り込んでいるため、二人からはその表情を窺うことはできない。
「……シクシク」
二人の視線を一身に受ける紫だったが、彼女は相変わらず悲しげに泣いていた。
だが、どこか嘘くさい匂いがする泣き方であった。
「ねえ魔理沙、私『シクシク』って言いながら泣く人初めて見たわ」
「だな、私も初めてだぜ。あいつもう落ち着いてるんじゃないか?」
二人もそう感じたのだろうか、紫の背中を見つめながら口々に言い始める。
当の本人はといえば魔理沙の指摘に、その後頭部に大きめの汗を貼り付けていた。
そこで霊夢は確信した。紫は泣いて誤魔化すつもりだ、ということを。
「だがそうはさせん。こっち向きなさい、紫」
「…メソメソ」
霊夢の言葉にさらに汗玉を増やす紫だったが、それでも振り返らず、わざとらしく泣き続ける。
その様子を見た霊夢は、額に青筋を走らせる。
「魔理沙、やっておしまい」
「オーケー」
「分かった! 分かったからそれを仕舞って!」
霊夢の指示に魔理沙が応じ、その懐からミニ八卦炉を取り出したところで紫が勢いよく立ちあがって二人に向かって言った。やはり途中からは嘘泣きだったようだ。
魔理沙は本気で打つつもりはなかったのだろう。紫の言葉を聞くや、素直にミニ八卦炉を片付けた。だが、霊夢は本気だったのだろう。紫が立ち上がるや、霊夢が舌打ちをするのがハッキリと聞こえた。
「さて、八雲紫さん」
「な、何かしら霊夢…妙に改まってて怖いですわよ…?」
霊夢は抑揚のない静かな声で淡々と紫に声をかける。
感情が豊かな彼女からは聞いたこともない声色で、そんな彼女の様子に紫は怯えに近い感情を抱いた。彼女が普段使わない敬語を話しているのも紫の恐怖心を加速させている。
「あなた大変なことをしてくれましたね」
「は…はて、何のことでしょう?」
「魔理沙」
「おー」
「本当に申し訳ございませんでした」
示し合わせたかのような連携で紫を脅す二人に、とうとう彼女は降参した。
神社を破壊することになった原因の大部分が彼女にある、という罪悪感も作用しているのかもしれない。
無論のこと、残りの原因は全てフウである。
「謝罪などいらぬ。行動で示せ」
「えーっと…それはつまり?」
「直せ。今すぐ」
紫も霊夢が求める事が何であるかは分かっていた。だがそれでも聞かずにはいられなかった。
そんな紫に対して霊夢は、今更何を言っているのだ、といった風に冷たく返す。
「その、一つだけいい?」
「聞くだけ聞こう」
「今すぐっていうのはちょっと難しいかなー、なんて」
「うるさい、直せ」
やさぐれた口調で霊夢はそっけなく宣告した。
どうやら彼女はかなりご立腹のようで、情状酌量は求められそうもない様子だ。自分の住処ともいえる神社を破壊し尽くされたのだから当然とも言えるが。
とにかく霊夢は紫に対して一歩も譲歩するつもりがなさそうである。
「わ…私が自分で直さなくてもいいんでしょ?」
「直れば不問とする」
紫は何かを思いついたかのように霊夢に提案する。
それに対して彼女は、直すことが出来ればそれでいいと言った。
それを聞いた紫は、すぐさまスキマに上半身を突っ込んだ。どうやら彼女は誰かと会話をしているようで、声が漏れ聞こえてくる。
「うわ、なんですか紫さま。顔だけ出して、お行儀が悪いですよ」
「ちょっとこっち来てちょうだい」
「いやいや、晩御飯の支度をそろそろ始めようかと思ってたんですが。
あ、今日は紫さまの大好きな肉じゃがですよ」
「えぇありがとう。それはしっかりいただくから、こっち来なさい」
「ジャガイモにしっかり味を染み込ませるためには今から準備しなければならないのです。なので私はそちらに行けません、て言うか異変は解決したんですか?」
「ええいまどろっこしい! いいから来なさい!」
「痛い痛い! 紫さまそれ尻尾ですから!」
随分と揉めているようだが、紫は強引に連れ出そうとしている。
彼女はあたかも綱引きをするかのような姿勢で、黄金色に輝く何かを掴み、引っ張る。
それを見なくても紫が誰と会話をして、何をしようとしているのかが霊夢と魔理沙にはよく分かっていた。端的に言うと、無関係の者が巻き込まれるだけだ。
彼女の必死な物理的説得により、とうとうスキマの向こう側の人物がその全容を顕わにする。
その人物は端正な顔つきに、紫と全く同じ色・輝きを持つ短めの髪を持ち、色は異なるが紫と似た意匠の衣服を身に着けている。そしてその髪色と同じ輝きを放つ、九本の尻尾があった。
「やっぱり藍だったか」
「痛い…尻尾の付け根がヒリヒリする…」
魔理沙から藍と呼ばれた女は涙目になりながら片手を地面に着き、腰の辺りを擦りながらそう呟いた。
「藍、ちょっとお願いがあるの」
「…その前にどこですかここ? こんな紛争地帯、幻想郷にありましたっけ?」
紫の言葉に立ち上がり、きょろきょろと周囲を見渡しながらそう尋ねる藍に、霊夢の頬が引き攣った。
そして紫は大粒の汗を流しながら焦る。
「こ、ここはね、その……博麗神社?よ」
「何で疑問形? あーでも確かに言われてみれば面影が…いや、ないない」
藍は一瞬納得しかけたものの、自分の記憶の中にある神社と目の前の惨状を対照させてみて、やはり違うと判断した。その言葉を聞いた霊夢の頬がさらに強く引き攣り、魔理沙は少し後ろに下がりいつでも避難できる体勢だけは整えている。
紫は汗を増やしながら、言いにくそうに口ごもる。
「あ、あのね藍。冗談でもなんでもなく、ここは博麗神社なの」
「はぁ、そうですか。ここがあの博麗神社ですかー…うん?」
それでも信じようとしない藍だったが、周囲を見渡していた目がある一点で止まる。
その視線の先をたどってゆくとそこには鳥居があり、悲しげに揺れる「博麗神社」の文字が目に入った。揺れてはいるが動かぬ証拠を目の当たりにした藍は、唐突に動揺を始めた。
「え、えぇ!? 本当なんですか!?
ここ博麗神社だったんですか!?」
「さっきからそう言ってるじゃない!」
「いやいや、信じられませんって!
いったいどんな化け物が暴れたらこんな残念なことに!?」
「うっ…!」
藍の言葉に紫の言葉が思いっきり詰まる。
それはそうだろう、藍の言う「化け物」に相当するのは惨事の原因たる紫なのだから。
自分の従者ともいえる存在からの、事実を知らないとはいえ、心無い言葉に彼女は胸を押さえて蹲る。そして突然の紫の行動に驚いた藍が駆け寄り、その身を案じた。
「どうしたんですか紫さま? まさか…化け物にやられたんですか!?
くそう化け物め! 神社を破壊するだけでは飽き足らず我が敬愛する主人にまで牙を向けるとは! でも安心してください、この藍が来たからにはそんな化け物の好きにはさせません! さあ、紫さま。勇気を出して私に化け物の特徴を教えてください。さぞやおぞましい姿をした存在なのでしょうが私は一歩も引きませんよ!」
「もうやめたげてよぉ!」
ヒートアップし続ける藍の言葉に、堪らず抗議の声を上げたのはなんと霊夢だった。
普通であればここまで心配されるならば主人冥利に尽きる、といったところなのだろうが、状況が状況だけに笑えないことになっている。
現に紫は藍の言葉の一つ一つを聞く度に呻き声をあげ、苦しげな表情をしていた。
「止めないでくれ、霊夢。私は紫さまを苦しめる元凶を取り除かないといけないんだ」
「気付いてあげて! 一番苦しめてるのあんただから!」
「何を馬鹿な…」
そう言って藍はふと、沈黙していた魔理沙の方に目を向ける。
相変わらず言葉は発しなかったものの、彼女は頻りに頷いていた。まるで霊夢の言う通りだと言わんばかりだった。
事実、その通りなのだが。
「…え、本当に? 何で紫さまの心配したら本人が苦しむんだ?」
「それはね…あんたの言う元凶っていうのは、そいつのことで…」
「お前の言う化け物っていうのが、そいつのことだからだぜ」
「は?」
霊夢と魔理沙に促される形で藍は紫に目を向ける。
藍の視線を受けた紫がゆらりと立ち上がり、乾いた薄ら笑いを浮かべながら片手を控えめに挙げて言った。
「…どうも、元凶の化け物です。笑いたければ笑え」
誰も何も言えなかった。
霊夢も先程であれば笑ってやったのだろうが、今の紫を見るととても、という心境だった。
「えーと…何か理由があるんですよね?
さっき感じた紫さまの妖力は何かと戦ってたんですよね?」
藍が遠慮がちに尋ねるも、紫は静かに笑うだけだった。
戸惑う彼女に対して霊夢がそっと耳打ちする。事の経緯を話しているのだろう。
ややあって霊夢が離れると、藍は話の内容を吟味しているのか、瞳を閉じて腕を組み唸り始めた。
そしてしばらくして唸るのを止めるとゆっくりと目を開き、しっかりと紫を見据えてこう言った。
「あんた何しての?」
藍の中での紫の呼称が劇的に格下げされた瞬間であった。
「あ、あんたっ…! 私だってやりたくてやった訳じゃないわよ!」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ。ホントあんた何してんの?」
藍の紫を見つめる視線は呆れを通り越して若干馬鹿にしている風だった。
羞恥心か怒りからか、そんな藍の態度に紫は顔を紅潮させて憤慨する。
「ちょっと藍! その言い方はないでしょ!」
「いやね、私だってこんなこと言いたかないですよ。
でもですよ、何ですかパンチラして大暴れって。恥を知れ」
「うっ…」
藍の的確なツッコミに紫はぐうの音も出なかった。
片足を半歩後ろに下げて、体を仰け反らせて固まることしかできない。
ここぞとばかりに攻勢に出る藍だったが、その姿からは先程の純粋に紫を心配していた様子など微塵も想像できないほどだ。彼女の「敬愛する主」とは何だったのだろうか。
「それだけならまだいいです…良くないですけど、神社まで余波で破壊って…」
彼女は心底頭が痛そうに顔を顰め、片手を額に当てている。
紫はそんな藍の姿に、もともと小柄なその体をさらに縮こませる。
霊夢も魔理沙もさすがに気の毒になってきた。
反省はしている様子の紫の姿を見て、藍はため息を一つ吐くと話題を切り替えた。
「それで、私をここに連れ出して何をさせるつもりだったんですか?」
「あ…あのね、そのー…ね? この神社を」
「まさか神社を直せ、だなんて言わないでしょうね?」
「ぎくっ…」
確認するかのような藍の言葉に、紫は非常にわかりやすい声を上げて狼狽える。
神社がこの状況で、紫が元凶で、そしてその身内である藍が呼び出されたとあれば、彼女が求められている事は簡単に予想できるだろう。藍は完全に分かっていて、それでいて紫に質問をしたのだった。
「嫌ですよ、私は。主人を支えることはしますが尻拭いはしません」
「そ…そんな…」
藍の突き放すかのような一言に打ちひしがれたように、紫は両手を地面に着けた。
絶望の二文字が彼女の脳裏をグルグルと回り続ける。
パンチラどころかパンモロは晒すし、後始末まで一人でやる羽目になってしまった。踏んだり蹴ったりとは正にこの事で、あまりに悲惨な自分の状況に紫は泣きそうになった。
そんな彼女を見た藍は、厳しい表情を崩してフッと笑みを浮かべる。
「紫さま、私の話をちゃんと聞いていましたか?」
「…え?」
「私は紫さまを支えることはします。だから……一緒に、直しましょう?」
紫の瞳に、優しげな表情の藍はまるで仏のように見えた。
まるで後光まで差し込んでいるかのようだった。
「ら…らーーん!!」
紫は感極まって仏に向かって駆け寄った。
仏は両手を広げて彼女を迎え入れる準備を整えた。
そして二つの影が一つになる。
真顔で黙って見ていた霊夢と魔理沙は、何か茶番が始まった、と思った。
「辛かったの…悲しかったの…!
恥ずかしかったけど頑張って……でも…でもっ!」
「お気持ちお察しいたしますよ。大変でしたね…」
「うん…うんっ…」
「さ、今日はもう帰りましょう? あったかい肉じゃがが紫さまを待ってますよ」
「藍…ありがとう…」
そうして二人はしっかりと手を繋ぎ、家路につこうとする。
「待たんかい」
もちろんそれは霊夢の声だった。
真面目に帰ろうとした二人は振り返り、不思議そうな顔をする。
いや、紫の方は若干焦り気味の顔をしていた。それはまるで悪いことが見つかった子供のような顔だった。
その瞬間霊夢は確信した。藍は知らないが、紫は確信犯だったことを。
「帰れると思ってんの。特に紫」
「うぐっ…」
「どうしたんだ? 何も今すぐ直せと言う訳ではないだろう?」
「今すぐ直せとは言わないけど、今すぐ取り掛かりなさい!」
言い淀む紫の代わりの冷静な返答に、霊夢は興奮気味に怒鳴る。
その言葉を聞いた藍はキョトンとした顔をして、その後に紫を見た。
藍の視線を受けた彼女は静かに頷く。つまり、そういうことなのだと。
そして藍は次に霊夢を見て、霊夢も同様に頷いた。
ようやく藍は理解した。つまり、そういうことだと。
「なるほど。帰らさせていただきます」
藍は即断で紫を見捨てることにした。
「待って! お願いだから私を支えて!?」
「知りません聞こえません。私に自分からパンツ見せる主なんていませんから」
両耳を塞いで目を閉じ、紫に背を向けながら彼女はそう言った。
そんな彼女に紫は全身で縋りついて引き留めようとしている。
そうしてしばらくの間二人はぎゃーぎゃーと喚きながら言い争いとも言えない攻防戦を繰り広げていた。そのあまりの五月蠅さにだんだんと霊夢のストレスが溜まってゆき、とうとう爆発した。
「うっさいわあんたらっ!
今すぐじゃなくてもいいから静かにしなさい!」
霊夢の大声に二人は一瞬体を震わせて硬直した。
その後に冷静になったのか、紫が静かに藍に話しかける。
「…と言う訳で藍、手伝って?」
「はぁ、わかりましたよ。地道にやりますか…
いらない仕事は増えるし尻尾は引っ張られるし、今日は散々だな…」
そう言って肩を落とし、再び腰の辺りを擦る藍にトコトコと小さな影が近寄る。
その影の持ち主はチユだった。彼女は薬壺をその両手に抱えて心配そうに藍を見つめた。
「あの、尻尾…大丈夫ですか? お薬塗りましょうか?」
「ん…? ああ、大丈夫だよ。キミは?」
「あ、はい。初めまして、チユと言います。かまいたちです」
ペコリと礼儀正しく腰を折り曲げて、チユは全身を使って挨拶をする。
痛そうに顰められた藍の顔がその姿を見てほころんだ。
「そうかそうか、チユというのか。
初めまして、私は八雲 藍。そこの紫の人の『式』と呼ばれる者だよ」
彼女はチユの挨拶に、丁寧かつ優しげな声色で返した。
いつの間にか藍は自然とチユの頭に手を伸ばし、その髪を梳いていた。
そのことにチユは一瞬驚くが、すぐに気持ち良さそうに目を細めてその掌に頭を擦り付けるようにして身をゆだね始めた。藍の顔は完全に蕩けきっている。
「チユかー、いい名前だな」
「えへへ…ありがとうございます」
「礼儀正しい良い子だなー」
「そ…そんなことないです…」
藍から褒められて、照れたようにはにかむチユの姿を見て、彼女の心に限界が訪れた。
「ああもうかわいいなぁ!」
「きゃうっ!?」
突然藍に抱きすくめられて驚いたのか、チユはかわいい悲鳴を一つ上げてジタバタと抵抗する。有体に言って嫌がっている風にも見えなくはないが、藍はそんなチユの様子には気付いていなかった。
精一杯に身をよじって抜け出そうとする姿も藍の琴線に触れたのか、頬擦りまで始める始末だった。
「はいはい、わかったから放してやりなさい」
「きゅぅ…」
「あぁ、私の癒しが…」
見かねた霊夢がチユを藍から引きはがし、助け舟を出した。
彼女に救い出されたチユは目を回して、抱きかかえられてぐったりしている。
「ほら、しっかりしなさいチユ」
「ふぁい…助かりましたぁ…」
霊夢はチユを揺するようにして体を動かすと、彼女はフラフラになりながらも返事をした。
自分よりも大きい体に強く抱きしめられて些か乱暴に扱われたためだろう。体力のないチユには少しばかりしんどかったに違いない。
「藍、やりすぎよ」
「…すまない、可愛かったからつい」
霊夢はチユが少し哀れに思えて、藍を諌める。
そんな彼女の様子に気付いたのか、藍は少し沈んだ表情で謝罪した。
「とにかく、時間はかかってもいいからちゃんと直しなさいよ」
「はぁい…」
紫は肩を落として元気なく返事をした。その隣で藍も同様に肩を落として溜め息を吐いた。
荒れ果てた神社、それを元の状態に戻すにはどれだけの労力と時間がかかるものか分からない。先行きの見えない事態に陥ったのであれば、肩が重くなるのも当然だろう。
そこで不意に紫が別の方向を指さして言った。
「あの子も同罪じゃない?」
紫が指した方向には相変わらず真っ黒に焦げたフウの姿があった。
その彼女を未だにコンは棍棒で突いて笑っている。
霊夢も魔理沙も色々とあって完全にその存在を忘れていた。
「あぁ、そう言えばいたわね。もちろんアイツも強制労働よ」
霊夢は然も当然であるかのようにそう言い放つ。
彼女からしてみればフウとて神社がこうなった原因の一端を担っているのだから、存在を忘れてはいたが逃がすつもりはさらさらなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ここで四人とついでに藍はフウの処遇について話し合うことにした。
「それで、アイツどうしようかしら?」
霊夢がまず始めに問題を投げかけた。
その瞬間、すかさず魔理沙が手を勢いよく挙げて返事をする。
「マスパ一択。異論は認めない」
「賛成」
魔理沙はやはり先程のパンツの恨みを忘れてはいないようで、割と惨い提案をする。
そしてそれは紫も同じ思いで、魔理沙の言葉にすぐさま賛同した。
藍は二人の過激な発言に少々狼狽えながらも口を開く。
「あの…気持ちは分かりますが、もうちょっと穏便にしてもいいんじゃないですか?」
「ダメよ。あの子は私を怒らせたもの」
「そうだな。アイツは私に恥をかかせた」
藍の宥めるような言葉にも、二人は一歩も譲るつもりがないようだ。
真剣そのものといった表情で怖い発言をする魔理沙と紫に、他の三人は額から汗を垂らす。
二人そろって瞬き一つせず、顔も変えずに言うものだから妙に迫力があった。
「そ、それは一旦置いといて、とりあえず縛るなりしましょうか」
「そうですね。フウ姉さんは無駄に元気ですからいつの間にか復活しちゃいます」
「頼む。私はこの二人を宥めるから」
二人から気圧されるような圧力を感じた霊夢は、言い淀みながらも行動を起こすことにした。チユもそれに賛成するかのように努めて冷静に声を上げたが、やはりそれは微かに震えており、その額には一筋の汗が流れている。
魔理沙と紫のことはとりあえず藍に任せることにした。
そんな状態ではあったが二人はフウを拘束する為に、紫によって作られた大きな窪みに近寄る。そこには相変わらず黒焦げのままピクピクと痙攣するかのように動くフウがいた。黒焦げのままなのだが、何故だろうか、髪だけはアフロから元の状態に戻っていた。
「ごめんなさいごめんなさいホントすみませんでした勘弁してください」
彼女に意識があるのかどうかは分からないが、頬を引き攣らせて硬直した表情のままうわ言のように謝罪の言葉を繰り返していた。それはまるで呪詛のようで、近くに寄った霊夢にもチユにもそれがハッキリと聞こえたものだから、フウが怖いやら彼女をそうした紫が恐ろしいやらで、二人は身の毛もよだつ思いだった。
チユなどは尻尾の毛が完全に逆立っていてピンと張りつめており、その手は霊夢の服の裾を強く握りしめ、彼女の体にその身をピッタリと寄せていた。
「フーちゃんさっきからなに謝ってるの?」
二人がフウを気味悪がる中で、彼女を突きながら不思議そうに首を傾げるコンは何とも感じていないようだった。恐らくコンの頭の中では、フウは新手の遊びの最中なのだろう。
「ちょっとそこどきなさい。そいつ縛るから」
「えー? フーちゃんもさっきの私と同じ遊びするの?」
やはりコンの中では先程縛られたという事実は遊びに変換されていたようだ。
その肝の太さと言うか図太さと言うか、霊夢は溜め息しか出てこない思いだった。
「あれあんまり面白くなかったけどなー」
「いいからどきなさいって…」
「はぁい」
渋々とまでは言わないが、釈然としない雰囲気でコンは場所を譲った。
チユが先程コンに使っていた縄を取り出して霊夢に渡すと、彼女は素早い手つきでフウを縛り上げる。そして最後に縄を固く結ぶと立ち上がり、パンパンと払うようにして手を叩く。
「さて、と。一先ずこれでよし」
霊夢はその後に一息つくと、腰に手を当ててフウの胸の辺りを軽く踏みつけた。
すると念仏のように謝罪の言葉を吐き続けていたフウの様子が変わった。
「ごめんなさいすみませんやめてください…はっ!?」
「あ、起きた」
フウの虚ろだった瞳に徐々に光が灯りはじめ、最後にはパチッと目を見開いた。
それに気付いたチユが声を上げるがフウはそれに気付いた様子がなく、体が動かないためかキョロキョロと首だけを動かして周囲を見回し始める。
そしてしばらくしてある一点で視点が止まる。その先には霊夢がいる。
「…何よ」
訝しんだ霊夢が尋ねるも、フウはその一点から視線を一切外すことなく沈黙を続けている。
何をしているのかが理解できない霊夢はひたすらに首を捻ることしかできなかった。
するとフウは徐に口を開いて、満面の笑みでこう言った。
「ゴチです」
初めは何を言っているのか分からず、さらに首を傾げるだけだった。
「れ、霊夢さん、その…足が…」
しかしチユの言葉に、霊夢は今の自分の状況が客観的に見えてきた。
彼女は今フウの胸の辺りに片足を乗せて踏みつけるような体勢をとっている。すると当然のように足が開く訳で、それに伴いそのスカートも広がりをみせる、ということになる。
もうお分かりだろう。
フウから霊夢を見上げると、彼女のスカートの中身が全て見えてしまうのであった。
「コロス」
霊夢は踏みつけていた足を大きく上げて、無慈悲にも顔に向けて勢いよく下ろした。
その際さらにスカートの中がフウに見られてしまったが、霊夢には気にする余裕がなかった。
「おおっと!」
しかしフウは器用に体を捩って躱すことに成功した。
そしてそのまま高笑いを上げながら転がりはじめ、霊夢から距離を取ろうとする。
それが霊夢には、誰であってもそうだろうが、腹立たしく感じられて、必死の形相で追いかけ始めた。
「にょほほほほー! 捕まえてごらんなさーい!」
「待てやゴラァ!」
霊夢は両手を振り上げて声を荒げつつ人を小バカにした態度のフウを仕留めようとするも、かなりの速度で転がり続ける彼女を捉えることは出来なかった。
フウは見えてはいない筈だが、見事に紫によって作られた窪みを避けつつ鳥居の方角へ向かってゆく。そのまま行けば鳥居を超えた先の階段から転落する危険もあるが、彼女はそれには気付いていないようだった。
彼女はそのまま鳥居に向かい、その下をくぐろうとした時だった。
「ひょほほほーあだぁっ!?」
突然のことであった。
フウが鳥居の真下に差し掛かったところで、ふらふらと揺れていた「博麗神社」の看板が完全に外れ、ちょうどその下を通りかかったフウの頭を直撃したのだった。
「ざまぁ」
それを間近で見た霊夢は胸がスッとすく思いだった。
彼女の怒声に何事かとこちらを見ていた魔理沙と紫も、思わず笑みが零れてしまった。
「あだだだ!」
「いやー天罰ってあるのねー。ざまぁ」
霊夢を含めた被害者たちは朗らかに笑いながら生温い視線でフウを眺めていた。
本来なら両手でもって痛む頭を押さえつけるところなのだろうが、両手は縛られた縄によって使うことが出来なくなっている。その為なのだろう、全身を大きく動かして飛び跳ねたり転がったりと、全身運動を繰り返し行っていた。
そんな姿を見て被害者の三人は笑いが堪えられず笑い出し、チユと藍まで肩を震わせていた。コンに至っては腹を抱えて大爆笑しており、この場の誰よりも苦しんでいた。
「イダイイダイッ…はれっ?」
一際勢いよく飛び上がった時だった。突如、強烈な浮遊感がフウを襲う。
先程までならとっくに地面に着いているはずなのだが、それが何時までたっても来なかった。そのことにフウは痛みを一瞬忘れ、思わず疑問の声を上げる。
フウが顔を地面の方へ向けると、そこは平らではなく段差になっており、視線をやるほど奥行きがあり、広大な景色が広がっている。
つまりフウは勢い余って、石段の方へ飛び出していたのだった。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁ………」
――ドサッ
当然のように重力に従い階段を転がり落ちて行くフウ。
その悲鳴は距離が遠ざかるにつれて小さくなり、ついに聞こえなくなった。
遠くで不吉な音を最後に残し、場に静寂が訪れる。
「………」
「アハハハハハハッ!」
誰もが何も言えない空気の中で、コンの笑い声だけが境内に強烈に鳴り響いた。
そんな折、おずおずと近寄ってきた魔理沙が静かに声を発する。
「お…おい、今のってマズイ音じゃなかったか…?」
何も起こらないことが流石に恐ろしくなったのか、小声で霊夢に話しかける魔理沙だった。
かなりショッキングな光景を目撃したためか、幼いチユはかなり顔が青ざめている。
「…紫、ちょっと見てきなさいよ」
「え…? 私はその…藍、行ってきて」
「アハハハハハハハハッ!」
「いやいや、こういうのは若い者の役目でしょう。なあ、魔理沙」
「だが断る。若いのって言ったらもっと小さいのがいるだろ?」
「わ、私ですか!? えぅ…血はちょっと苦手です…」
「アハハハハハッ! 苦しぃ~!」
「いいかげんうるさい!」
チユの中で既にフウは血の海に沈んでいるようだ。
やいのやいの言い合う中に盛大な笑い声が響くが、話は一向に前に進まない。
全員が一様に行きたくない気持ちで、現場に向かう役目を譲り合う。
「とにかくホント誰か見に行かないと…こんな神社に近いところで人死になんて勘弁してよ」
かなり冷淡な声で絶望的なことを口にする霊夢だった。
それを聞いたチユの顔がまた一層青白くなった。
さすがに姉のことが心配になって、居ても立ってもいられなくなったのだろう、チユが勇気を振り絞って境内を走り抜けて階段を駆け下りて行った。誰かが声をかける暇もなく、あっという間に見えなくなってしまう。
「きゃああー! 霊夢さーん! みなさーキャンっ!?」
かと思ったらすぐに悲鳴を上げながら戻ってきてコケてしまった。
その焦り様からどうやら随分と大事のようで、本当に事故現場を目撃してしまったのだろうか。
霊夢が側によってチユを抱き起すと、恥ずかしそうに目を伏せて霊夢に礼を言う。
「それで、何があったの? 本当にポックリ逝ってたの?」
「あ、そうでした! 違うんです、下の方から何かが飛んで来てます!」
「何か…?」
チユの言葉を聞いて全員が石段まで歩み寄る。
遠目には分かりづらいが、確かに黒い粒の様なモノが徐々に大きくなってゆくのが見える。
彼女の言う通り、「何か」が凄い速さで神社目がけて飛来しているようだ。
「アレ何かしら?」
紫が言葉を発している最中にも急速に近づく物体。
大分彼女たちに接近してきたのだが、それは視認するにはあまりにも速すぎる。
まさに目にも止まらない、とはこの事だろう。
「ッ! 来るわ、みんな伏せて!」
霊夢が言い終わるのが速いかそれが到達するのが速いか、ほんの僅かな差だった。
それが石段から姿を現す瞬間、あまりの速度だった為か途轍もない強風が巻き起こる。その風の強さに誰もが両手で顔を庇い、目を開けることもできなかった。
彼女たちの背後で何者かが降り立つ気配がするものの、風が吹き荒れ続けているためそれを確認することができない。ようやく風が弱まり、各人が恐る恐るといった様子で目を開き後方を確認すると、そこにはある人物が立っていた。
その人物は短めの黒髪で、その背中には明らかに人でないと一目で判る大きな黒い羽根があり、その細い片手には一般的に「カメラ」と呼ばれる物を持っていた。
「あややや? 皆さんお揃いで、どうしたんですか?」
「あんただったのか、文」
「はい、皆さんお馴染みのブン屋、射命丸ですよ」
その人物は自称ブン屋、「射命丸 文」だった。文はにこやかに笑いながら霊夢に言葉を返す。
「まぁ確かに幻想郷であれだけの速さで動けるのはお前くらいか。さすがに鴉天狗だな」
「褒めても何も出ませんよー」
魔理沙の言葉を聞いて、頭の後ろに手を当てて照れたように笑う「鴉天狗」だった。
と、そこで文の笑いがピタッと止まり、瞳に興味の色が灯る。
「あやや、知らない顔がありますね。どなたですか?」
文の言う「知らない顔」とは間違いなくこの場にいるチユとコンのことだろう。
コンは笑い過ぎて腹でも引き攣ったのか寝転んで悶えているが、好奇の視線に晒されたチユは一歩前に出て自己紹介を始める。
「あ、初めまして。鎌鼬の風切チユと言います。あそこで転がってるのは姉のコンです」
「これはご丁寧にどうも。ブン屋の射命丸文です。あ、これ名刺です」
名刺を受取ったチユはワタワタとし始める。恐らく名刺代わりになる身分証明できるものは何かないか、と探しているのだろう。しかし、この幻想郷にそんな物を持っている者はどれだけもいないだろう。文が特殊すぎるだけだ。
さらに焦るチユをやんわりと宥め、霊夢が一歩前に出る。
「それで、随分な速度で飛んできたけど、何かあったの?」
「あ、そうです。実はすぐそこでこんなの拾っちゃいました」
その大きな羽に隠れて見え難かったが文は何かを背負っていて、それを地面に降ろした。
見覚えのある茶髪の長い髪に、全身を縄で縛られたその人物は間違いなくフウだった。ただ先程と違う点があるとすれば、その頭に尋常じゃない数のタンコブを蓄えている、という点だろう。
フウは気絶しているのか、半笑いのまま目を渦巻きのようにグルグル回してピクリともしない。
「受け身も取れないまま階段転げ落ちてタンコブだけとか、あり得ないでしょ…」
「フウ姉さんは昔から無駄に元気で頑丈でしたから…」
霊夢の呆れたような言葉に一同が頷くが、チユがフウのフォローをする。
そしてチユ以外の全員が思う。そういう問題ではないと。
「ところでこの人は何なんですか? 何でこんな状態に?」
事の経緯を知らない文からしてみれば当然の疑問だ。
霊夢たちとしてはこんなくだらない事を周囲に吹聴するのは憚られるところだった為、コンを除いた全員が集まって少々の相談を挟んだ。その結果、公にできない部分だけを切り抜いて教える、という結論に達した。その部分とは、まさしく魔理沙と紫のパンチラ事件に他ならないのだが。
代表者として霊夢が話すことになったのだが、あまり大声で話したい内容でないことは事実なので、手招きして文を近くに呼び寄せる。
「はいはい、何ですか?」
「実はね…」
霊夢は事の顛末を掻い摘んで説明を始めた。もちろん伏せるべき部分は伏せて。
話が進むにつれて、文の顔が徐々に思案気になってゆく。終わる頃には完全に目を閉じて何かを考え込んでいるような様子だった。話が終わっても尚、彼女は目を開かず唸っている。
不審に思った霊夢が怪訝な表情で声をかけようとすると、文の方から話し始めた。
「ふむふむ、では彼女が私の探していた人物で間違いなさそうですね」
「探していた? …そう言えばあの子、妖怪の山へ向かったとかいう話もありましたわね」
それに関してはチユもコンも言っていたことで、どちらも口をそろえてフウが「妖怪の山」へ向かったことを示唆していた。それで現に文がこうして探していた、と言ったからにはあの問題児は実際に山へ行き、そしてそこでもやらかしたのだろう。
やらかしたとは言うまでもなく、パンツ絡みである。
「はい、私は見ていませんが彼女は本当に私たちの山へ来ていました。そして」
「ぎゃーーーす!!」
文が何かを言いかけたその瞬間、ピクリともしなかったフウが叫び始めた。
何事かと思いフウに視線を向けると、コンが手にした木の棒でフウの頭に鏡餅のように連なったタンコブを突いて遊んでいた。
「イタイイタイ本当に痛い!! なにごとっ!?」
「フーちゃん今日はおもしろいねー」
「コン姉やめてッ! それ割とシャレになってないからね!?」
流石のフウもこればかりは痛いらしい。身を捩ってコンの魔の手から逃げ出そうともがくが、コンは非情にも倒れ伏すフウに馬乗りになっており、フウは彼女の拷問から逃れることができなかった。
今のフウの状態はハッキリ言って自業自得であるため、傍観者である霊夢たちにしてみればどうでもいい事だった。そうして興味を失くしたのか文に目を戻そうとすると、彼女は突如としてフウの方へ駆け寄り、こう言い放った。
「大丈夫ですか、先生!?」
「………はぁ?」
全員が自分の耳を疑った瞬間だった。
普通誰かが誰かを「先生」と呼ぶときは、その相手が自分より目上であったりはたまた教えを乞う立場であったり、あるいは尊敬していたりする訳だが、一体何をもって文はフウのことを先生と呼んだのか彼女たちにはさっぱり理解できなかった。
自分たちの耳がおかしくなってしまったのだろうか、と本気で思い始める程だった。
「今助けますからね! 待っててください!」
「お…おぉう?」
フウにしてみてもいきなり自分の味方をする者の登場に戸惑いを隠せなかった。
文はコンをどかし、縄に手をかけてフウを束縛から解き放とうとしている。
霊夢たちにしてみれば、何て事をしているのだという心境だ。
「ちょ、ちょっと待てよ! お前何してんだよ!?」
「? …見ての通りですが?」
文はキョトンとして魔理沙の問いかけに答えるが、ハッキリ言ってそれは質問の答えにはなっていない。魔理沙が問い質したかったのは、いかなる理由でフウを助けようとしているのか、ということなのだから。
「そういう事を聞いてるんじゃないわ。何であんたがそいつの味方するのよ」
「そいつって…先生のことですか?」
やはり聞き違いではなかった。
理由は知らないが、確かに文はフウのことを先生と呼び慕っている。
フウの様子を見るに彼女が一方的にそう呼んでいるだけのようだが。
「やっぱり聞き間違いじゃなかったのね。なんであんた、その変態を先生なんて呼ぶの」
「…ふぅ、やはり語らねばなりませんか」
霊夢の二度の問いに、文はしばしの沈黙の後に、ゆっくりとその口を開いた。
そしてその口から語られるのは、彼女がフウの味方となった理由である。
霊夢たちが一様に厳しい目つきで文を睨みつける中で文は話し始める。
「彼女は妖怪の山へ確かにやって来ました。鎌鼬というあまり力の無い妖怪が、猛者揃いのあの山へ単独で乗り込む勇気というのは、素直に賞賛に値するのではないでしょうか」
「…まさか、それが理由だとでも言うの?」
「いえ、全然違いますけど」
文はあっさりと、霊夢の推測を真っ向から否定した。
重々しく語るものだから余程の理由なのかと思い、彼女の勇気に感銘を受けたのではないか、という憶測だったのだ。全員が似たようなことを考えていたため、霊夢はまさに皆の思いを代弁したのだが肩透かしのような形になってしまい、全員がガクッと前のめりになった。
「山の下の方は知りませんが、私たちの住まう周辺で被害にあったのは『犬走椛』だけでした。あ、椛のことはご存知ですよね?」
「あんたのとこの下っ端天狗だっけ」
「ん~…まぁ、そんなとこです」
霊夢の印象は概ね間違いではないと判断し、文は話を続ける。
「山を飛んでネタを探していたら突然、椛の悲鳴が聞こえたんですよ。あれには驚きました。何事かと思いすぐさま飛んで行くと、そこには下手人はすでに居らず、地面にペタンと座り込んでいる椛だけでした。
私が声をかけると顔を真っ赤にして涙目でこちらを見上げ、耳と尻尾を力なく垂らしたんです。その切裂かれた袴の隙間からは、椛の印象通りの白いパンツがチラチラと。
そんな彼女を見たとき、私は素直に思った訳ですよ」
「…聞きたくないけど一応聞くわ。何を?」
真面目な話が一転して奇怪な流れになり、もうすでにオチが見え隠れしている。
彼女たちは正直な話これ以上聞きたくはなかったが、聞かなくてはならないような気がした。
一拍おいた後に、文は元気よく言い放った。
「いいね! って」
「そんなことだろうと思ったわよ!」
予想通りの話のオチに、霊夢が全員の思いを代弁するかのように叫ぶ。
つまり話をまとめると、文はフウの行いによって引き起こされる結果に感動して、それで彼女を追いかけて博麗神社までたどり着いた、という事だったのだ。
文は周囲の賛同を得られると思って話したのか、霊夢たちのリアクションを見てさらに力説する。
「いやだっていつも仕事一筋って感じの椛がですよ?
私は彼女のあんな表情初めて見ましたもの。ああ、こんな乙女な顔もできるんだーってそりゃ思いますよ。思わず写真も撮りますって。あ、これその時の写真です」
文が一枚の写真を懐から取り出して差し出すものだから、霊夢たちは見たくもないのに気になって、文の側まで寄ってその写真を受け取った。
そこには文が言ったままの椛の姿が写し出されていた。
「良くないですか!?
ほら、よく見るとここの辺りしっかりと椛の可愛らしいパンツが写ってるんですよ!
いやー本当にいいもの撮れました。これも全て先生のおかげです」
「見たい見たい! アタシにも見せてー!」
「はいはい。あ、それ返してもらってもいいですか?」
差し出される手を前にして、霊夢は一瞬だけ周りと目を見合わせると、無言で握り潰した。
「「あぁっ!?」」
未だ横たわるフウと、文の悲痛な叫びが聞こえたが、霊夢はそれを無視して丸まった写真を空へと放り投げた。そしてマスタースパークで灰になった。
「「ああーーっ!?」」
彼女たちは見事、椛の最後の尊厳を守ることに成功したのだった。
「何てことを! せっかく椛の可愛らしさを幻想郷に広めようと思ったのに!」
「鬼かあんたは」
広められる、もとい晒される椛からしてみれば堪ったものではない。
心の傷に塩を塗りたくるような行いを画策していた文に対して、霊夢はそう言わざるを得なかった。
「あぁ…ここ数年で一番の出来だったのに、こんな無残な姿に…」
「アタシも見たかったのに…ズルいぞ!」
空から舞い落ちる灰を一つ摘んで悲しげな声を上げる文と、横たわったまま憤るフウ。
霊夢たちはそろそろ相手にするのが嫌になってきた。
「こうなれば先生にはもっと被写体を作成してもらわなければ!」
文はそう言うと、とうとう勢いのままにフウを解き放ってしまう。
その手際の良さは霊夢たちが止める間もなく、まさしく一瞬の出来事だった。
解放されたフウは勢いよく立ち上がると、体を伸ばした後にこう宣言した。
「アタシ、復活っ!」
厄介な奴が目覚めてしまった。彼女たちの心中は何とも言えない微妙なものだった。
「これからはアタシが切り裂いてパンツを晒し!」
「そして私が激写します!」
「「覚悟しなさい!」」
「…どうしよう、パワーアップしちゃった」
チユは頭が痛むのか、片手で目を覆い隠しながらそう呟いた。
頭が痛いのは全員が同じで、まさかあの鴉天狗が変態の仲間入りをするとは夢にも思っていなかった。
彼女たちにはこの二人を更生するには一体何をどうしたら良いのか、それが全く見えない。
「さあさあ先生、より取り見取りですよ! 誰からいきますか!?」
「紅白、キミに決めた!」
フウは言い終わるよりも速く動き出す。それに追随するように文も動いた。
二人のあまりのテンションの高さに誰も着いていけなかった。
それはつまり、誰一人として反応できなかったという事だ。
これまでは何とかそうなることを凌いできた霊夢だったが、今回ばかりはダメだった。
無残にも彼女のスカートは魔理沙のように切り裂かれてしまい、フウが高速に動いたことによって巻き起こった風でふわりと舞い上がる。霊夢は未だ反応できていない。
その瞬間を狙い澄ましたかのような文の一言で、彼女はようやく事態を理解した。
「チェキ」
二人は今まさに、虎の尾を踏んだのだった。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
「あの時のことは覚えてない、話したくない」
博麗霊夢は口を閉ざして語らなかった。
本当に覚えてないんですか?
「覚えてないって言ったら覚えてないの! 阿求しつこい!」
怒られちゃいました…
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
ちょっと駆け足気味感が拭えないですね。雑な話になってしまいました。
そして投稿期間が空きすぎですね。言い訳をするなら仕事が忙しかったのですよ。
加えて言うなら私は遅筆です。本当に申し訳ございません。
このオチは二度ネタですね。重ねて申し訳ございません。
本当ならこのあたりは2話の終わりくらいの予定だったんですが、随分ずれてます。
見通しの下手な蜻蛉玉です。
もうちょっとだけこの話にお付き合いいただけると幸いです。
それではまた次話でお会いいたしましょう!