普通に生きた。
たくさんの後悔があった。
たくさんの失敗があった。
たくさんの未来があった。
けれど、命は必ず終わるもの。
最後の瞬間に、男は人生を振り返る。
「幸せだったよ……君に出会えて、おれには勿体ない息子まで授かって……あぁ……でも、お前の子供……孫の顔は見てみたかったな……きっと可愛い女の子だ……そうに違いない……あぁ……ありがとう……先に逝くよ……」
死んだ。
振り返れば特に何もない人生だったように思う。
特別さのない素朴な両親のもとに生まれたが、両親は俺と違って随分と我慢強くできた大人で、その上優しかったように思う。覚えてないけど。
両親は俺が十の頃に死んじまったからな。まぁ、あれは百年に一度の魔獣災害だったから仕方なかったように思う。いつもと変わらない日々の中、まだ十歳だった俺を残して両親は逝った。
死体は見つからなかった。きっと魔獣に食われたのだろう。
オレはその時街の学校に通っていて学校にたまたま訪れていた『勇者様』に守ってもらったのだ。
今にして思えばあれが俺の人生のターニングポイントだったのだろう。
俺はその日から両親を探す旅を始めたのだ。
両親が死んだことが信じられなかったのと、俺も勇者様みたいな人を救える人間になりたかった。俺みたいな災害孤児を助けたかった。自分が救われたから、今度は自分が助けたい。そんな純粋な願いだったと思う。
俺は学校の奴らを誘ったけど、着いてきてくれたのは一人だけだった。俺の幼馴染だ。他の奴らは家族を失った現実に絶望していた、トラウマである魔獣と戦うなどもっての外だと言っていた。
幼馴染の名前はリュウナ。勝気で負けん気の強い女の子。俺よりも二歳年上で、俺よりも遥かに大人だった。でも、魔獣災害以降は憑りつかれたように魔獣を殺すことしか考えなくなった。
両親と恋人を殺されたのだ。恋人は彼女を守って死んだらしい。目の前で、生きたまま食われたのだとか。泣いて年下の俺に縋る彼女の姿は、いつもと違う弱弱しい姿はどこか、俺に感じたことのない感情を与えた。
「復讐しよう。たくさん殺そう。気が済むまで、この世から一匹残らず魔獣がいなくなるまで、それまで、俺と一緒に行かないか」
彼女は俺の手を取った。
旅をした。宿の取り方、竜車の予約の仕方、値下げ交渉から料理まで、何から何まで彼女の世話になった。
二歳年上というのもあるが、それにしても頼りすぎていたように思う。
でも、そんな彼女も夜になると涙を流した。まだ昔の日々を忘れられないのだろう。彼女は相部屋である俺のベッドに勝手に入ってきては、何度も夜を過ごした。
「あなたのこと、別に好きでも何でもなかったわ。たくさん一緒に寝たけど、あたしはずっと彼のことが好き。彼以外の人と一緒になるなんて、許されないもの。だから、だから……これでよかったのよ」
冒険者パーティを組んでⅭランクに上がった頃、再び起こった魔獣災害で彼女は死んだ。
翼竜を殺して、オーガを倒して、邪竜を討伐したところで、隠れていた弓ゴブリンの毒矢が飛来した。
油断していたんだと思う。俺は邪竜の首を命がけで切った後で満身創痍だった。
……いいや、ただの言い訳だ。彼女だって、リュウナだって魔力の使い過ぎで疲労困憊だった。動けるはず、なかったんだ。それなのに、動けない俺を庇って矢を腹に受けた。矢には毒が塗って合って、血が止まらず、回復魔法が効かなかった。俺は彼女を打ったゴブリンの頭を叩き潰した。気が済まなかった。やるせなかった。
彼女のお腹には子供がいたらしい。
誰の子だ。そんなの決まってる。俺はそれから一年くらいゴブリンを殺し続けた。ゴブリンみたいな面をした悪人も我慢できずに殺した。彼女を失った俺に誘拐した娼婦を進めてくるような屑は殺してよかったと思う。これだから小人族は嫌いなんだ。どいつもこいつも人の顔をしたゴブリンだ。金が好きで、女が好きで、当たり前のように人を騙して女を誘拐する。より上手く人を騙して、より上手く女を誘拐することがあいつらにとってのステータスらしい。クソくらえだ。そんな種族は滅んでしまえ。
それからも何人か小人族を殺した。後悔はしていない。
それからしばらくして、感情の整理がついてきた頃、それまでたまに一緒にパーティーを組んでいた職業:暗殺者のリョウと正式にパーティーを組んだ。誰とも組むつもりなんてなかったのに、彼女の誘いを断れなかった。彼女の肢体が魅力的だったからだろうか、彼女の胸が大きかったからだろうか、俺は彼女の身体に惹かれただけのただの女好きだったのだろうか、それとも、彼女にリュウナの面影を見たからだろうか。
彼女を守ろうと誓った。
すると、孤高の猟人なんていう二つ名がついていた俺がパーティを組んだことが珍しかったのか、一緒に組もうという誘いが後を絶たなかった。
それからの毎日は楽しかった。
いろんな人とパーティを組んだ。エルフの貴族とか、エリート魔法学校の落ちこぼれとか、酒が嫌いなドワーフとか、いっつも葉巻を吸ってる神官見習いとか、超強い獣人族の女の子とか、本当にいろんな人とだ。
もちろん、リョウと一緒に。
他の奴とは気分で組んだが、リョウとはずっと一緒だった。
いつの間にか、リョウと組んだ時間はリュウナとのものより長くなっていた。
その頃には俺はAランクになっていて、俺は十六歳だったから、最年少でのランクアップだった。
その時は街の貴族様に表彰を貰ったりなんかして………その貴族が無理やり、リョウを、手籠めにしたと知ったのは暫く経った後の事だった。
「君と繋がりをもったのは貴族の玉の輿を狙う為だよ? 知らないのかい? Aランク冒険者ともなると貴族の妾にしてもらえるんだ。ありがとうね、■■■、君のおかげで僕は今幸せだよ」
そっか、幸せならよかった。なんてことにはならない。
俺はその日、焼き豚を作った。ぶくぶくと人間台に太った醜い獣を焼いた。怒りのままに。
俺の中では決定事項だった。貴族は彼女を脅したのだ。きっと俺に迷惑がかかるとか、貴族に逆らえば俺なんて簡単に潰せるのだとか、そういうことを言って、彼女に無理やり迫ったのだ。許せなかった。そして、俺は自分で思ったより彼女の事を、リョウのことを大切に思っていたみたいだ。
いや、思ったよりも彼女と重ねていた、だろうか。
彼女の不義理を、俺は決して許せなかった。
「……そっか。君は私の為だって思ってるんだよね? そっか………そっか。うん、パーティ、解散しよっか。私と君の旅は、ここで終わり。……ごめんね」
彼女が俺の行動に何を思ったのか、分からなかった。
俺は多少無理やりにでも彼女に想いを伝えるべきだったのだろうか。
一緒に行こうと、ずっと一緒にいて欲しいと言えばよかったのだろうか。
そうすれば、何か変わっていただろうか
今になってはわからない。
リョウと別れると、ぱったりと人とパーティを組むことはなくなった。
貴族を殺したのだから当然だ。俺はお尋ね者になった。
もうこの街には、この国にはいられなくなった。
それでも、誰か一人くらいついてきてくれないかと人をあたった。
思えば、俺はその時随分と自惚れていたんだな。誰が好き好んでお尋ね者と一緒に旅をするのか。しかし、二年近くそんな生活を続けたのだ。もう、一人になるのは嫌だった。
しかし、結局誰もついてきてくれることはなかった。お尋ね者が理由かと思ったが、そうでもないらしい。勿論それもあるが、そもそもあの貴族は冒険者マニアで、よく権力を盾に女冒険者に関係を迫っていたらしい。
それはともかく、ならばなぜかと聞いて回って、やっと彼女の友達だったという神官見習いに話を聞けた。
どうやら、彼らが俺とパーティを組んだのはリョウがいたかららしい。
話を聞けば、リョウは一度俺に命を救われたことがあったのだと。
ゴブリンに攫われた普通の村娘だった彼女を俺が救ったのだとか。
彼女は知り合う人々に語って聞かせたらしい、あの人は貴方たちの思うような怖い人ではないよ、私を救ってくれた勇者様なんだから、って。その純粋な笑顔を信じて彼らは俺と組んでくれたらしい。
しかし、俺は結局貴族を怒りのままに殺した野蛮人。彼女の信じた勇者様は幻想だった。
「………あんたの気持ちも分からんでもないけどさ。あの子は見た目に似合わず乙女だったんだよ。あの子はあんたがまた勇者様になる姿を見たかったのさ。あんたがAランクになった時にはそれはもうあたしの方が億劫になるくらいあんたの話を聞かされたもんさ。……きっとあの子はあんたに理想を押し付けていたんだ。勇者であるあんたが好きだったんだろう。でも……あんたは自分の為かあの子の為か、あの豚貴族を焼き殺した。きっと自分の行いがあんたの輝きを鈍らせてしまったと思ったんだろうね。………はぁ、面倒くさい子さ、あたしにも一言も声かけないで町を出たよ……追うも追わぬもあんたの自由さ、好きにしな」
俺は、追った。
理由は、わからない。ただ、会いたかった。話したかった。
でも、結局彼女は見つからなかった。
俺はまた大切な人を失って、旅を再開した。
今度は立ち直るのが早かった。
半年もする頃には、帝国での暮らしも慣れたものだった。
冒険者の生活などどこの国でも変わらない、魔獣を狩る。それだけだ。
ただ、帝国は実力至上主義の国だったから王国よりも俺には合っていた。
いろんな種族とパーティを組んで死に別れをして、冒険をして、時には権力と戦って、三年ばかりが経った頃、俺はSランクになっていた。
俺は城へと迎えられ、第三皇女との婚約が決まった。
俺に逆らう権利はなかった。
否、例え権利があろうと逆らえない。豚貴族の時のように皇帝を殺すことはできないのだから。皇帝は強かった。流石実力至上主義の国だ。皇帝もまた己が手で帝王の座を得たのだろう。
逃げるという選択肢もあったが、そうなれば後は俺が行けるのは聖王国しかなかった。それ以外にも国はあるが、あとは海王国、森林王国、地底王国、と、それぞれマーメイドの国、エルフの国、ドワーフの国だ。他にも小人族や獣人族、眉唾ではあるが竜人族なんかの小国も何処かにあるらしいが、俺はそれがどこにあるかなんて知らないし、少なくとも俺が住める国ではなかった。そして、聖王国もまたダメだった。あそこには『本物の勇者』がいる。
異世界から来た勇者。最強の人間。世界の希望。突如始まった魔獣の凶暴化に強大な魔族の出現、それに対抗する為に呼び出された異界の勇者。
あの時、魔獣災害から俺と幼馴染を救ってくれたあの勇者だ。
今の俺なら、あの人と一緒に戦うということもできるかもしれない。
しかし、それではダメなのだ。
そこに行ってしまえば、俺は『勇者』になれない。
勇者になれなければ、彼女に会えない。
俺が本物の勇者になったなら、再び彼女に会えるはず。
俺はそんな風に思っていたのだから。
勇者にならなければいけない。しかしそうなれば帝国からは逃げられず、第三皇女と結婚しなければならない。俺は迷った挙句、帝国から出ることをしなかった。
それから暫く、俺は帝国で暮らしていた。
思えば、その時の俺は一応肩書で言えば皇子だ。
ただの街生まれの平民からそこまで行ったのは凄いのではないだろうか。
ああ、息子に話してやれなかったのが悔やまれる。
なかなか、子供に自分の話をする時間と言うのは取れないものだ。
と、それでどうしたのだったか。
確か、第三皇女は……ティアラは皇帝の座を目指したんだったか。俺も魔獣の討伐やら山賊の討伐やら国に侵入してきた魔族の討伐、討伐討伐討伐、とにかく武力で彼女の民心を集めて回った。
彼女は熱心に取り組んでいたように思う。俺と彼女の間に愛はこれっぽっちもなかった。何せ、彼女はまだ十歳だったのだから。いくら俺でも俺より一回り年下の彼女を女として見ることはできない。
彼女は天才だった。頭がよく、才能があって、俺もたまに剣とか槍の使い方を教えた。きっと将来は偉大な皇帝になるのだろうと心から思っていた。
彼女はとても頑張っていたように思う。父親に愛を得る為に。彼女は父親が大好きだった。皇帝に頭を撫でられるのが好きだと言っていた。
俺もよく彼女の頭を撫でた。
娘がいたらこんな感じかなと思ったりもした。
それも帝国が『魔王』による宣戦布告の一撃で消滅するまでの話だ。
帝国は一夜にして滅んだ。実力主義で七つの国の中で最も武力に長けていたはずの帝国は、魔族の軍勢相手にまるで歯が立たなかった。
俺も戦った。
けど負けた。まるで歯が立たなかった。魔族の使う魔法は地を焼き、天を焼き、帝国を火の海に沈めた。魔族の剣の一振りで百人の兵士が死に、俺よりも遥かに強かった近衛騎士団団長をただの一撃で葬った。
俺は、逃げた。
ティアラを連れて逃げた。
皇帝が魔族の将と一騎打ちをしている間に逃げた。
逃げて、逃げて、逃げ続けて。
逃げ切れた。
それから数か月後、帝国が滅び、魔族による侵攻が始まったことを知った。
俺とティアラは名前もない聖王国の辺境の村で過ごした。
最初はいろいろと悩んだ。これからどうするのか、もう、行く場所はない。
けれど、
「もう、したいことがないんでしょ! もうやりたいことやりきったんでしょ! たくさん頑張って! たくさん旅をして! やりきったんでしょ! なら、残りの人生全部、わたくしに委ねなさい! わたくしと一緒に過ごしなさい! わたくしを戦場から逃がしたその責任を取りなさいな!」
そう言われて、素直に、
「……──はい」
と、そう口をついて出たのは必然だったのかもしれない。
俺はその時、初めて剣を捨てた。
Sランク冒険者という肩書を捨てた。
恋煩いを捨てた。
憧れを捨てた。
後悔なんてなかった。
それまでの人生、戦ってしか来なかったから、鍬を扱うのが最初は慣れなかった。
村に訪れたことも泊まったこともあったけど、村で暮らすのは初めてだったから色々と不便さに戸惑った。それはティアラも同じだったと思う。でも、ティアラは頭が良くて、少ない材料でいろんな魔道具を発明した。
それをたまに来る行商人に売ったりして生活した。
初めて育てた麦が育った頃、僕らは赤子を授かった。
「………あなたと、わたくしの子……」
「………ありがとう、ティアラ、ありがとう……」
何故か、涙が止まらなくて、言い足りないお礼があって、それでも言葉にできない想いを抱えて、俺は彼女と子供を抱きしめた。
「あうー、あー!」
「こら、勝手に歩き回らないの。お父さんに会いたいの?」
「うー」
「ダーメ、お父さんは今お仕事中だから、あなたはお母さんと一緒にこっちよ、ほら」
「あ~ぶ」
「すぐ帰ってくるわよ、安心なさい。あなたのお父さんはとっても強くて格好いいんだから」
「うっ!」
「ふふっ、良い子ね」
「父さん! 僕に剣を教えて!」
「ん? 突然どうしたんだ?」
「ミゲルの奴が僕は父さんの息子の癖になよなよしてるって馬鹿にするんだ!」
「別にいいじゃねぇか、お前は魔法が得意なんだろ? 剣よりよっぽど格好いいと思うよ、父さんは」
「……別に魔法が嫌いになったわけじゃないよ、お母さんの授業はいつも楽しいし、でも………」
「ははーん、さては格好つけたいのはミゲル君に対してじゃなくてリカちゃんに対してだな? かぁー、やっぱり親子は似るってことかねぇー、この女の子好きめっ」
「ち、ちげぇよ、バカ! バカおやじ! 何言ってんだ!?」
「ったく、しょうがねぇなー、んじゃ、父さんがいっちょ格好いい剣の舞を教えてやる。これはな~、今は亡き帝国流、きっと教えられるのはこの世で俺だけだ。特別だぞ~」
「えぇ! なにそれ、格好いい!」
「そうだろう、そうだろう!」
「ほら、あなたたち、汗拭いて戻ってらっしゃい。ご飯できたわよ」
「わかった! 父さん、食べ終わったら教えてよね!」
「あいよ」
「父さん、俺、村を出るよ」
「……突然どうした?」
「俺、俺さ……冒険者になりたいんだ」
「……ふ~ん」
「……父さんも応援してくれないのか? 母さんも俺がそう言ったらすげぇ剣幕で怒ってた。でも俺、父さんみたいな冒険者になりたいんだ!」
「俺みたいな、ね……そっかぁ」
「……っ、俺、父さんに否定されたってなるったらなるぞ! 俺は、父さんみたいな冒険者になって、たっくさんの人を救うんだ! この村は父さんのおかげで被害はないけど、他の村も町も国も、毎日のように魔族によって人が殺されてる! 僕はこの戦争を止めたいんだ!」
「魔族と戦ったこともない、平和にぬくぬく過ごしてきた奴がよく言うよ」
「っ、なんだよ!」
「…………ふぅ、言っても分からないよな。お前頭いいけど時々死ぬほど頑固だし、誰に似たんだか………はぁ、いいよ、好きにしな」
「っ! 父さん!」
「ただし! ミゲルとお前とリカ、あとミーナちゃんか? お前たち四人で俺を倒せたら。それが条件だ」
「な、なんで……父さんがなんと言おうと、俺たちはもう出ていく準備を……ッ!」
「わからない? お前ら弱すぎるっつってんだよ」
「は、はやい……つッ」
「俺がいる限り、村を出られるとは思わないことだな。無理やり出ようとしてもいいぞ、その時は全員ぼこぼこにして連れ戻してやる」
「なんで、そんなこと……っ」
「…………分からないか?」
「…………今のままじゃ死ぬってのかよ、俺ら、父さんほどじゃねぇけど、魔獣なら相手にならないくらい強いんだぜ」
「あぁ、お前たちは強いよ。特にお前は俺と母さんの子供だ。才能は十分だろう。でも、まだ子供だ」
「俺は、父さんが旅に出た時よりも五つも上だ」
「歳とかそういうことじゃないんだよ、お前はまだ俺たちにとって子供だってこったよ。父親と母親が子供の心配するのがそんなに不思議か? なぁ、ティア……ティア・ヘルシア、お前は俺たちにとって唯一無二の大切な子なんだ。死んでほしくないと思うのは当たり前だろう」
「……父さん」
「もしも俺を倒せたなら、その時は俺が母さんを説得してやる。だから、それまではもう少し親孝行をしろ、その後は何をしてもいい、お前の自由だ」
「分かった。でも、そんなに時間はかけないよ。一月で父さんを超える」
「はっ、ガキが一丁前に言いやがる。やれるもんならやってみな」
「……はぁ、才能ってのは怖いね」
「仕方ないわよ、わたくしたちの子だもの」
「いくら何でもあの年で極大魔法はズルくないか?」
「あら、わたくしはもっと幼い時に使えたわよ?」
「あぁ、そうだったな。でもそれにしたって四人全員ではねぇよ。あいつら全員才能の塊か? あれ教えたのお前だろ?」
「ふふ、お父さんを倒したいからってみんな揃って頭を下げてきて必死でね? とっても可愛かったから教えちゃった」
「教えちゃったってお前……行って欲しくなかったんじゃなかったのかよ?」
「……そうね、きっとあの子たちのうち誰かは死ぬわ。でも、人はいつか死ぬものよ。あの子たちの人生を、わたくしが縛るわけにはいかないもの。後悔しようと、望みの果てに死のうと、それはあの子たちの選択の末のものであるべきよ」
「……俺は、死んで欲しくねぇな。ここでなら守ってやれる。誰が死ぬって分かってて笑顔で送り出せるかよ。あいつに、俺と同じような気持ちを味合わせたくねぇ」
「でも、その選択の末にわたくしは貴方に会えたんだもの。なら、きっとすべてに意味があるのよ。幼馴染の子には悪いけれどね?」
「本当にな。でも、ああ、お前と会えてよかった。それは嘘偽りのない気持ちだ。これでよかっただなんて口が裂けても言えねぇが、それでも、俺はあの時に戻ってやり直そうとは思えない。何度でもお前に会いたい」
「……もうっ、すぐそういうこと言うの、貴方の悪いところよ、びっくりしちゃうじゃない」
「ったく、す~ぐそうやって誘ってくる。そういうとこだぞ、俺の可愛い嫁」
「貴方が口達者なのが悪いんだわ、もう」
「勇者が魔族を一匹残らず滅ぼしたんですって」
「あぁ、そぅかい。やっぱあの人はすげぇなぁ。歳も取らねぇんだって? 羨ましい限りだねぇ」
「貴方ももう八十過ぎですものね」
「ははっ、お前だってもう七十だろうが、ぐふっ!?」
「まだわたしは六十九よ」
「に、似たようなもんじゃねぇか、老体になんてことしやがる」
「まったく、そうやってふざけられる内は大丈夫そうですね」
「…………あいつらも、上手くやってるのか?」
「ええ、王国で名を馳せた伝説の冒険者パーティが引退するって、行商の方が噂してましたわ」
「なんでぇ結局誰も死ぬことなく引退ってか、最強かよ。すげぇなあいつら、もう三十になるんだろ。すげぇなぁ、俺とは大違いだねぇ」
「ええ、ちなみにこの話は三度目ですよ」
「そうかい」
「ええ」
「顔、見せに来るまで持つかね」
「大丈夫でしょう、貴方はしぶといから」
「あぁ、そうだな」
「父さん、只今帰りました」
「おぉう、お帰りぃ、土産はあるか~?」
「あはは、すみません、ないです」
「なんだよ、肩っ苦しい喋りしやがって、ガキの癖に見栄張るんじゃねぇよ」
「……そうだね、故郷でくらい普通に喋っていいよね。父さん、土産はないけど、土産話ならたくさんあるよ」
「……最初からそれが聞きたかったんだよ、バカ息子め」
「……それじゃ、そこで聞いていてください。んっん、ご清聴願います。これより語るは王都に名を轟かせた生ける伝説。王国を襲った魔龍を打ち滅ぼした英雄たちの物語──」
「……そうか」
「うん、ミゲルとミーナは王国で貴族位を貰って暮らしてるよ。リカも聖女として大神官様のお世話になってるって」
「……あぁ、多分そいつ俺の知り合いだ。別にあいつが俺のことぉ覚えてるとは限らねぇが」
「うん、大神官様、初めてあった時、僕の顔見てすっごい驚いてたよ」
「はん、お前は俺に似てイケメンだからな」
「父さんによろしくってさ」
「そうかよ」
「……この村は、ずっと平和なままなんだね」
「あったりめぇだろうが、俺がいたんだぞ?」
「ありがとう、生きててくれて、僕たちの帰る場所を守っていてくれて」
「んだよ、一丁前にお礼なんて言いやがって」
「僕、父さんの子供に生まれてよかった」
「…………ふぅ…………そうか」
「うん」
「俺も、お前を誇りに思うよ。よく、生き延びてくれたな」
「うん」
「よく、生きて帰ってきた」
「うん」
「それで? 孫はいつできるんだ」
「………ふっ、それはまだ早いよ」
「もういい年なんだ、さっさと見固めちまいな。お前のことだ、さぞモテるんだろう」
「僕はリカ一筋だよ」
「ほんと、そういうとこは俺に似てないのな」
「父さんだって母さん一筋、でしょ?」
「息子のお前に言うのもなんだが、最後だからな、父さんは割とプレイボーイだったぞ」
「……それでもだよ、母さんのこと、すっごく愛してる」
「それこそたりめぇだろうがよ、バカ言ってんじゃねぇ、ったく」
「……父さん」
「ああ……最後に、言いたいことがあるんだ……あいつを呼んできてくれ」
「…………わかった」
「貴方」
「おう、もう、逝っちまいそうだから、最後に、言いたいこと、言おうと思ってな」
「……そう」
「お前も、耳ぃかっぽじってよぅく聞いとけよ」
「うん」
「ティアラ、ずっと、いつまでも、お前のことを愛してる」
「ええ……わたしもよ」
「ティア、せいぜい長生きしろよ、母さんのこと、頼んだぞ」
「ああ、約束する」
「幸せだったよ……君に出会えて、おれには勿体ない息子まで授かって……あぁ……でも、お前の子供……孫の顔は見てみたかったな……きっと可愛い女の子だ……そうに違いない……あぁ……ありがとう……先に逝くよ……」
「父さん……」
「貴方……」
死んだ。普通に生きて、普通に死ぬ。死にたくないとは思わなかった。あんなに生き汚く生きてきたのに。こんなあっけなく死んでいく。思い出せば後悔はキリがない。でも、後悔していないことの方が遥かに多かった。
君に出会えた。お前が俺にできなかったことを叶えてくれた。
それだけで満足だ。
本当に、俺には勿体ない家族だ。
まったく思い通りにいかない紆余曲折があった。それでも、最後に掴んだものに間違いはないと思う。そう思いたいからとか、そんな理由じゃなく、ただ、心の底から、思うのだ。
生まれてきて、よかったと。
人は生まれて生きて死んでいく、それが人としてあるべき命の姿。故に物語はこれにておしまい。いつか始まることはなく、他の終わりを見ることもない。命とはただ一本の物語を紡ぐものであるのだから。