第二話:*^▽^* 【愛バパンティー】 *^▽^*
アオハル杯開催の通達が、俺の下にやってきた。
丁寧に封を切って、俺はその書面に視線を落とした。
少し前の話だ。
選抜レースが開催されて、俺も本格化を迎えたウマ娘達を覗きに行き―――ああ、そろそろトゥインクルシリーズのデビューラッシュが来るんだなぁと感慨深く思っていた頃だ。
理事長の秋川やよい氏がアメリカへと飛び立ち、それと入れ替わる様に樫本さんが理事長代理としてやってきた。
そこで彼女から通達されたのは―――『徹底した管理体制を敷いた教育プログラム』―――という、学園の気風の根幹を揺るがす方針だった。
トレセン学園内で発表されたその告知には、正直なところ驚いたが……その方針自体は間違っている事でもないと思えたので、俺は素直に代理の方針に従うつもりだった。
しっかりとした管理体制が敷かれたなら、パンティーが増えることが無くなるのではないか、とも思ったから、本当にこの方針は歓迎できるものだった。少なくとも俺は。
だけど、そう。
残念なことにパンティーの問題はまったく解決できてない。
それどころか、毎日必ず、一枚は補充されていく。何をどうやっても、パンティーの増殖は止めることが出来なかった。
白状しよう。
とても辛い。
ウマ娘用のパンティーが毎日、職場のデスクに届けられて、マジで辛い。
今の時期、選抜レースや春競バの始まり。
感謝祭など多くのイベントが目白押しであり、トレセン学園で過ごす一年の中でも、トレーナーや学園関係者がとんでもなく忙しいからこそ、パンティー事件は俺とその周辺だけの範囲で騒ぎが収まっている。忙しい時期だからある意味でこれは幸いと言えた。だが、時間の問題でもある。
あれからパンティーは増えて行くばかりで、俺はこの一見すると馬鹿らしさしか無い嫌がらせが、計算し尽くされた男性トレーナーを地獄に送る方法の一つであることに気付けなかった。
しかもだ。最悪な事に、しかもトレセン学園内のウマ娘たちの間で、下着の紛失が相次いで報告されているのである。
本件が自分と関わりが無いなら、トゥインクルシリーズとか本格化したウマ娘たちのスカウトなどが始まって忙しい間の悪い時に、下着泥棒が居るかもしれないなんて厄介な話が出たな、と思うだけかもしれない。
だが、疑われてる先が自分自身となれば話はまったく変わってくる。
俺は声を大にして言える。 ウマ娘のパンティーを集める趣味など無い。
だが!
だが、だ!
俺のトレーナールームのデスクの上には、日を跨いでも気が付くとウマ娘用の物と思われるパンティー!
それも手に取れば、まるで脱ぎたて! とでも言いたげに主張する『ほのかに温かみがある』パンティーがっ!
必ず、俺のデスクの上の一番目立つ場所に!
どうぞ……御照覧ください……という感じで置かれているのだっっ!!
自宅ではなく、職場であるトレーナールームに沸くのが猶更、性質が悪い。
どれだけ細心の注意を払おうと、デスクにパンティーが必ず沸くし、愛バたちに悪影響が出ないよう、何とか必死に隠そうとしても無理があった。
パンティーがデスクの上に置かれているのに気付くと、最早ルーティンワークのように俺はたづなさんへと連絡をする。
そしてパンティーを、たづなさんに渡しているのだ。
俺だって女性のたづなさんへパンティーを手渡しする事は気恥ずかしいが、問題が広まるよりも何倍もマシだ。
それでも毎日、本当に毎日だ。パンティーは沸く。一枚の時もあれば、二枚も置いてあるときも多い。そしていつ沸いてくるのか分からないので、たづなさんが業務で来れない事も儘ある。
そうすると、デスクの引き出しの一つはパンティーに占領されてしまう。放り込んでいる状態のままウマ娘用のパンティーが溜まっていくのだ。
違うんだ。
俺はウマ娘のパンティーを集めてなんていないんだ。
これがどれほど惨めか分かって欲しい。
毎日湧き出るパンティーは、トレーナーにとって教え子であり、大人として導いていくべきウマ娘用の物。それを手渡すたづなさんは年頃の人間の女性だ。
トレーナーは曲がりになりにもプロフェッショナルだ。専門職業でそのベテランであると俺は自負している。プライドを持ってこの仕事に取り組んできた。
こんな屈辱は中々ない。
だが、それだけならまだ……まだ良かった。
俺や学園運営側のたづなさんに与えられる屈辱だけなら、きっと我慢は出来た。
でもそんな生活が……いや、トレーナー業が続いて、どういう結果を出したか分かるだろうか?トレーナーではない者には想像し難いかもしれない。
俺の愛バたちの精神状態に変調が見られた。
途轍もなく大事な事だからもう一度言う。 俺の愛バたちが、悪影響を受けたんだ。
ウマ娘にとってトレーナーとは拠り所の一つ。その根幹が揺らいでいるのだから、当然の反応だ。
宿り木が頽れれば、そこに集まる生物の住処は自然、追われることになる。
正確に言えば、一番ダメージを受けているのは俺に間違いないが、愛バ達に強い影響を与えているという事実がトドメを指しただろう。
俺の愛バたちの『価値観』をぶっ壊されたのだ。
その価値観が壊れた一件の事を話しておこうと思う。
俺にも堪えきれそうにないほど、きつかった話だ。今思い出しても、ゲロを吐きそうになる。
そう、俺の担当している現役の愛バたちは5人居るのだが、あれは本格化を迎えたウマ娘たちのリストを整理している時だった。
増殖するパンティーには悩まされ、樫本代理の目に付かないよう避けていたが、あの頃の俺達のチームはまだ会話も弾んでいて明るかった。
というのも、全員オープンウマ娘に昇格できたからだ。苦労した愛バの努力が、結実して最高の気分だった。すごく凄かったし、ウイニングライブも最高の出来だったし最高だった。
そうした雰囲気の中、トレーニングなどの予定も無いのに、5人揃って俺のトレーナールームへ現れたと思ったら、丁寧に包装された小さな紙袋を5つ、それぞれから手渡されたのである。
彼女たちは、顔を赤くしたり青くしたり、一貫性のない反応を返しながら
「トレーナー、最近、気落ちしてるの分かってしまったので、私たちからサプライズでプレゼントです!」
「受け取ってください!」
「元気を出してくださいですよ~。 普段から私たちの為に頑張ってくださってるトレーナーへの、感謝です~」
「なんだか照れくさいな。 ボクのも受け取ってね、トレーナー」
「うう……何か凄く間違っている気がしますけど……トレーナーさん、これ私からですぅ……」
「お、お前ら……っ! くそ、サプライズすぎる。 嬉しいよ、ありがとう!」
普段の感謝を、と手渡された5つの紙袋。俺はその場で開けようとしたが、それは愛バ達に止められたので家に帰ってから開けることにしたんだ。
俺は、本当に嬉しかったんだ。
愛バ達に全力を尽くすのはトレーナーとして当然で、それが俺の仕事で。本来、彼女たちが俺に感謝をする必要なんて無いんだ。
もしかしたら、条件戦を勝利できたことで5人全員がオープンクラスに昇格できたから、そのお祝いのついでかもしれないが、それでも良かった。
中身なんて本当に何でも良いと思ってた。
俺は全員をオープンクラスに押し上げたという達成感もあったし、彼女たちも本当に喜んでいたし、その笑顔だけでも俺はトレーナーとして十分仕事ができたと、満足できたんだ。
なのに、愛バたちから思いがけない、こんなサプライズのプレゼント貰って、嬉しくない訳がない。プレゼントを受け取った瞬間に、鼻の奥がツンっとしたあの感覚。今でも覚えてる。
驚いたのもあって、思わず泣きそうになったのを隠すのが、あの時は難しかったよ。
パンティーの件があっても、何でも無いような顔をしていたし、実際にへこたれた顔をするもんかと意地を張っていたけれども。 それでも俺はかなり精神的に参っていたんだ。ちゃんと隠せてると思っていたのに、あいつ等は俺が元気が無いのにしっかり気付いていて。
だから、家に帰って。
本当に心を躍らして、あの子たちプレゼントを開こうとした。
石鹸でわざわざ、手を洗って中身が何であれ、汚さないように綺麗にして。
そして、俺はいよいよ彼女たちのプレゼントの中身を見た―――瞬間、それまでの高揚した気分が全て吹っ飛ばされて冷や水をぶっ掛けられたように落ち込んだ。
だって。
プレゼントの中身は。
俺の愛バたちの パンティー だったんだ。
丁寧に、メッセージカードで 『脱ぎたてだよ』 などと狂った文章が添えられていた。
分かるか。
俺はパンティーを送りつけてくる犯人に、大事な……本当に俺の大事な 『愛バ』 を穢されたのだ。
普通だったら異性にパンティーなど送らない。それが親しい人でも、自分の脱ぎたての下着をプレゼントに贈る非常識な奴は居ない。
人だろうとウマ娘だろうと、倫理観は人間社会が中心であるため、それは変わらない。
なのに、年頃の少女たちがよりにもよって、異性にパンティーを贈ったんだぞ?
今まで50人以上のウマ娘を担当してきたが、ここまで俺の愛バをコケにされたのは初めてだ。
気が付けば俺は家から飛び出して、トレーナールームへと向かった。
きっとその時の俺の表情は、もしかしたら殆どの人が目を逸らしてしまうほど醜い物になっていたかもしれない。
もう深夜だったから俺の顔をまともに見た人間は居ないだろうが、それでもそんな確信が俺にはあった。
違うんだ、正しくないんだ、とあいつらに、どうしても教えたかった。
中高生であるウマ娘たちが、こんな嫌がらせにパンティーを贈ってくる変態野郎に、価値観を捻子曲げられたのなんて信じたくなかった。
俺のデスクに毎日パンティーが届いてしまうから。朝トレーニングを俺のチームは行っているから、その時に全員に会って、顔を見て話したい。
そんな想いにだけ突き動かされて、俺は深夜にトレセン学園へと戻ったんだ。
異性にパンティーを送る事は正しい倫理観ではない、という事を理解してほしかったし、大人として指導しなくてはと思った。
気だけが焦って、感情だけが昂って、寝ることすらも考えないで。
そんな感情を抱えたまま、俺がトレーナールームに戻った時にはもう。
デスクの上には新しい、脱ぎたてのパンティーが月明かりに照らされ、置いてあった。
俺はその日、叫んだ。
誰も居ないトレセン学園内のトレーナールームで、思い切り。
今まで生きてきた人生の中でも、渾身のシャウトだっただろう。
U02
「とれーなー……これ」
アオハル杯開催の通達、そのルールと概要などが書かれた書類に目を通していると、今しがた思い返していたばかりの俺の愛バの一人が、大きな袋を持ってトレーナールームに入って来た。
あの日以来、俺はトレーナールームに住んでいる。
目を離せばパンティーがデスクに置かれてしまうからだ。俺がこの場所に籠っている限り、新たなパンティーが現れる事は無い、という発見は一つの手がかりになりそうだ。
「すまん、ありがとう」
「ううん、良いんだよトレーナー。 それより……そのぉ」
「ああ、いやスマンな、臭うだろ?」
トレーナールームに籠っているせいで、日常生活に少し支障が出ている。此処にはシャワーも無いし、冷蔵庫はあるが、台所もない。
愛バ達は俺がこの場所に籠り切ってるからか、心配して食事や水、拭き布などを差し入れてくれているが、もう二週間も同じ場所から動いていない。
鼻の良いウマ娘にとっては、かなりキツイおっさんの匂いが籠っている事だろう。服は着替えているが、二週間だからな……
ただ、俺は何も考えなしに籠っている訳ではない。
犯人が居るのなら、必ずやこのトレーナールームに立ち寄る事になる。犯人はパンティーを物理的に、このデスクの上に置かねばならないからだ。
どういう形で侵入しているのかは分からないが、必ず見つけ出してやるという思いで引きこもっているのだ。
犯人も慎重なようで、まるで尻尾は掴めないが……これはもう我慢比べである。
「トレーナーのだし、匂いは別に大丈夫……あの、でも、謝りたくて……」
「なら良いが、無理はしないでくれよ。 それと、その話は何度も聞いたさ。 許すも許さないもないって言っただろ? 俺は本当に嬉しかったんだから」
この子は俺に『脱ぎたてのパンティー』をプレゼントしよう発案した子だった。
あの時、俺は真に受けてしまったが、実際にはあのプレゼントは彼女たちのパンティーではあっても、メッセージカードに書いてあったような、脱ぎたてのパンティーでは無かったらしい。
変に俺がパンティーを隠し通そうとしたことで、収集しているという勘違いを加速させてしまったのだ。精神的に打撃を受けて、かなり立ち直るのに時間が掛かってしまい、参ってしまった俺の姿を見たからか、責任を感じてしまっているのだろう。
毎日このトレーナールームに通って顔を出す。勿論、他の愛バたちも頻繁に尋ねて来てくれるのだが……その状態そのものがトレーナーとウマ娘の関係としてみるとかなり歪だ。
一時的な処置として様子見、という感じでたづなさんも気落ちしすぎないでくださいね、と優しく声はかけてくれるのだが、それはそれ、これはこれである。
クラシックを棒に振ってしまったシニア級。
その大事な時期に、食堂のもので構わないのに弁当を用意して持ってきたり、朝と夜に顔を出したり……そんな事をしている暇は無いはずなのだ。
一応、トレーナーとしてトレーニングの指示は出してはいるが……しっかりと見てやる事も出来ず、もどかしい。
暫くの歓談をして、じゃあまた来るね、と言って退室する愛バの姿を見送りながら、俺は思う。
「もし犯人が気付いているなら、このままずっと籠っている訳にもいかないんだ……俺はあいつらの担当なんだ……くそっ、どうすれば良いんだ」
パンティーに翻弄され、袋小路に追い詰められる。
仕事であるトレーナーの業務も、パンティーに怯えてまともに務められない。
傍からすれば失笑されそうな状況に俺は追い詰められていた。
この均衡を破ってくれたのは、一人のウマ娘の登場だったのである。
そのウマ娘はどうも世間では『怪物の再来』と呼ばれているらしい。
Q.なにこれ……
A.なにこれ……