第三話: *^▽^*【怪物パンティー】*^▽^*
どうしても我慢できないものに、トイレがある。生理現象だ。
小は色々な物を投げ捨てて処理することができるが、大の方はそうもいかない。愛バが『おむつ』を提案してきたのはここ最近に感じたことが無かった『恐れ』を抱いたのは記憶に新しい。
しかし、トイレに行くと常にパンティーの問題が付き纏う。部屋を出たならば、間違いなく来る。
そう、パンティーがやってくるのだ。
便器で踏ん張りながらこの後に沸いてくるパンティーの処理。それに真剣に思い悩んで、用を足してトレーナールームへ戻る途中に、声を掛けられた。
「パンティーを取り返しに来ました」
開口一番。
その声質の芯には絶対に取り返すとの強い意志を感じるのに、柔らかい印象を受けるという、ある種のちぐはぐさが、目の前のウマ娘から聞こえてきた。
力強さと柔らかさを併せもっているのに、のんびりとした声だった。
見た事のないウマ娘―――いや、どこかで見覚えがある。頭の奥で資料を開いて、そのウマ娘の名に当たりをつける事ができたのは、幸運だっただろう。
本格化したばかりのリストを整理していたから分かった。彼女はリストに乗っていた子だったはず。
「確か……ああ、そうだ、グラスワンダー?」
「はい、グラスワンダーです。 初めまして、トレーナーさん」
「ああ、よろしく」
ペコリと礼儀正しく腰を折り、柔らかな長い栗色の綺麗な髪がそれに合わせてゆったりと下に落ちて行く。
余りに丁寧な物腰に、俺も同じように頭を下げてしまった。グラスワンダーは本格化をしたばかりで、選抜レースにも出ていたはずだ。
そのレースを見ることは出来なかったが、圧巻の内容だったそうで『怪物』などと噂されているのを俺は知っていた。
そんな彼女が、パンティーを取り返しに来た、という。挨拶を終えた俺とグラスワンダーは相対するように立ち並び、お互いの顔を見つめ合った。
そして、俺はそっと視線を下げて彼女のスカート、下腹部を見やった。
「……履いていない、ということか」
「それは…………恥ずかしながら、はい……気付いたら、紛失しておりまして。 原因を調査したところ、トレーナーさんの下にある、と聞き及びました」
「失くしたのは……今しがたの出来事なのか?」
「今日のお昼の後に花を摘みに行ったときは、ちゃんと履いておりました。 ですが、昼後の授業を受け終わった時には」
「履いてたパンティーが無かった」
「そうです。 トレーナーさん……噂に聞く通りならば、貴方が持っているのですよね? あと、顔を見て話して欲しいのですが……」
グラスワンダーの声を無視して、俺は目頭を押さえてしばらく。
視線を逸らして口を開いた。
「分かった……恐らく、それは俺の下にあるだろう……」
「今更ながら……誰か人を呼んだ方が良かったかも知れませんね」
「大丈夫だ、何もしやしない」
「むう……疑わしいですね」
警戒心を露わに、グラスワンダーは身を引くように顔を背けてしまった。
トレーナーは俯き、見えない角度で鼻で笑う。 まったく丁寧な物腰で疑わしいと声に出す? 俺の台詞だ、それは。
我慢比べはどうやら、俺の方が勝ったらしい。ついにバ脚を表わしたか、ウマ娘を使えば簡単に騙せるとでも思ったのかも知れない。
グラスワンダーはつまり、こう言っているのだ。
履いていた筈のパンティーが、授業中に消えてしまった、と。
タコが、そんな筈が無いだろう。
いくら精神的に参っていたって、俺は健全な成人男性。そして一般社会でトレーナーと言う職業に就いている大人の男だ。
履いてたパンツがワープして消える? 物理法則は何処に行ったんだ、現代科学の敗北か? どこのオカルトで誰が信じるんだ、そんな話。
彼女は―――実行犯か。 もしくはその一味である可能性が高い。
真相は不明だが、怪物と呼ばれるグラスワンダーのトレーナーが最も怪しいか……つまり、俺にパンティーを送りつけている犯人はトレーナーの線が濃厚であるだろう。
ようやく釣れた魚だ。絶対に逃がしはしない。
グラスワンダーは俺のトレーナールームに入りたかったようだが、俺はそれを押し留めた。
機先を制して用意してあるパンティーを手に入れるつもりだったのだろうが、そうはさせん。
かくして、デスクの上にはパンティーがしっかりと乗っていた。 やはり!
間違いない。
そう来るだろう。犯人がグラスワンダーを囮にして、俺を足止めしている間にトレーナールームに侵入する。そして、パンティーをデスクの上に置く。
俺が二週間も籠り切っていたせいで焦りを見せたな、真犯人め。
このデスクの上に置かれたパンティーがグラスワンダーの物なのかどうか等、俺を追い詰めようとする連中にとったら関係ない。
グラスワンダーが「それは私のです、やっぱり貴方が盗んだのですね」と言えばそれで俺は終わりだ。
ドアの外で待つ、彼女へと声を掛ける。
「グラスワンダー」
「はい?」
「お前のパンティーかどうか……」
「ですから、それを確認する為に中に入れてください、と言ったのですが」
俺はデスクの上にどうぞ……と置かれている、グラスワンダーのパンティー(かどうかは分からないが)を掴んで胸ポケットの内側に忍ばせた。
そしてデスクの引き出しを開けて、たづなさんに返し切れていないパンティーをデスクの上に鷲掴みにして山にする。
俺がどれだけのウマ娘用のパンティーにここ数カ月の間に埋もれてきたと思っている。
あらゆるデザインや使われている素材、ウマ娘の下着メーカーなど、そういう業種に転職できる自信が付いたくらいには大量だ。それも全部、最初に触る時は生暖かい。
これだけの量から、自分の下着とやらを見つけてみろ。
俺の胸元に隠されたパンティーを自分のです、と言えなければ、嘘という証明になる。
「入っていいぞ……」
「それでは……失礼しま―――きゃあっ!」
「な、なんだ急に大声でっ!」
「何ですか、その量は!?」
「パンティーだが?」
「嘘でしょ……」
「ウマ娘用のパンティーだ」
「そ、それはそうですが……貴方、恥というものを知らないのですか」
「ふん、ウマ娘のパンティーくらい何だっていうんだ。 グラスワンダー、良く聴け」
「は? 一体何を……」
この対応とパンティーの量は流石に想定を超えていたのだろう。明らかに狼狽しているグラスワンダーに。
いや、そのグラスワンダーというウマ娘を利用しているだろう、黒幕へと向けるように、俺は宣戦布告した。
「もう俺に見覚えのないウマ娘用のパンティーは無い、舐めるなよ」
何かに恐れるように、グラスワンダーは自らの身体を抱いて、身を震わせる。
「さぁ、グラスワンダー、自分のパンティーを見つけてくれ」
そう促すとかなりの時間、鼻をひくつかせ、ぐぐぐっと逡巡してから一歩。
何か死地へと踏み込むみたいな決死の表情を浮かべて、一歩、俺のトレーナールームの中へとグラスワンダーは入り込んだ。
この想定外の状況に怒っているのか。その怒りの矛先は俺なのか、それともグラスワンダーへと指示を下した黒幕か。
出会った時の泰然とした様子はなりを潜め、真っ赤になった顔を俯かせてデスクの上にあるパンティーの山へと相対した。
うぅ、と彼女は小さく呻いた。 その山の中から自分のパンティーを探し出すことは不可能だ。俺が持っているからな。
パンティーの山で格闘を始めるグラスワンダー。 赤く染まった顔で、震える手で、山を崩してパンティーを広げては山に戻す。
困惑と嫌悪、様々な感情を覗かせるグラスワンダー。
……ここで俺は疑問を抱く。今は怒っているせいだろうから少し棘を感じるが、グラスワンダーの物腰は柔らかく、物言いも落ち着いていた。
いや、怒っているにしても言葉は丁寧だ。こんな人柄の良さそうな子が、自発的にパンティー自動贈呈野郎へと協力するとは思えなかった。
曲りなりにも10年近く、トレーナーとしてウマ娘と付き合ってきた俺だ。
短い時間だけしかコミュニケーションを取っていない俺でも、グラスワンダーという少女が根本的に優しそうで、パンティーの山に怯まずに立ち向かう芯の強いウマ娘だということはヒシヒシと感じ取れた。
まさか―――この子供は殆ど何も知らされずに、犯人に利用されているんじゃないか。
この可能性が思い浮かぶと、犯人への怒りが更に増し、グラスワンダーのトレーナーに俺は暴力を振るっても許されるのではないか、と勘違いしてしまいそうになる。
純心を利用され、知らず、結果的に悪事に手を染めていたウマ娘という事例は過去に何件か存在する。
トレセン学園内ではそういった不祥事の記録を見たことが無いが、URAが大人の事情でもみ消す事もあるかもしれない。
グラスワンダーは泣きそうなほど表情を歪めていた。
もし俺の推測が正しいのならば、この子も可哀そうだ。選抜レースで活躍し、怪物などと呼ばれているのだから期待バなのだろう。
デビュー前から鳴り物入りで持ち上げられて、結果の出せないまま夢破れるウマ娘達も多いが、本当にすさまじい結果を出す化け物みたいなウマ娘も確かに存在する。
もしかしたらグラスワンダーも、本当に怪物級かも知れない。
他のトレーナーへパンティーを送りつけて嫌がらせするような、性根の腐った人物が彼女の担当だとしたら、叶う夢も叶わない可能性がある。
いや、下手をしたらトレーナーの欲望に付き合わされて、グラスワンダー自身のメンタルが壊れてしまうかもしれない。
そうなると、この子は不幸だ。
俺にとって敵と断じていたが、その考えはもしかしたら間違っている……のか?
パンティーを触って信じられない、信じられない、とうわ言の様に繰り返す彼女は、耳がパタパタと忙しなく動いては伏せられ、尻尾は怒りでブンブンと大きく振られていて、とても辛そうだった。
その坂路を3本以上走った時のような、苦し気な表情を見て、俺は確信する。
グラスワンダーは自分の意思で嫌がらせはしていない、むしろ犯人に利用されている純心な被害者なのだ。
パンティーの事を、知らなかった無垢の少女だったんだ、と。
だが、俺も、俺の愛バも同じように被害者だ。 敵のままなら遠慮なんてできない。
だけど、ウマ娘である以上はこの子も俺が守るべき教え子なのは変わらないんだ。
卑劣な黒幕め……お前の思い通りにはさせん。
「グラスワンダー」
「ひぅっ! な、な、なんです……、何の用ですか? もし、私を襲うつもりなら、覚悟をもって掛かってきてくださいっ!」
「君は担当トレーナーは居るのか?」
「え? は? あ、いえ、声は掛けて貰っていますが、まだ居ません……けど……」
「まだ間に合う、か」
グラスワンダーは俺の言葉に、途轍もない悪寒を感じたかのように尻尾を震わせた。
そりゃそうだ。黒幕の名前は言わない様に言付けられてるに決まってる。だが、本当に彼女の担当が今は居ないのならば救えるかもしれない。
「ちっ、駆け引きは無しだ。 グラスワンダー……お前のパンティーはここだ」
煙が出そうなほど真っ赤に染まった顔で、俺の懐から出したパンティーを見つめて数秒。
俺の言葉の意味を飲みこめたのか。グラスワンダーは、凄まじい動きで俺の手からパンティーを奪い去る。
両手で自分のパンティー(という設定の)物を抱え、身体を震わせてキッと睨んできた。
馬鹿にされたと思ったのだろう。
パンティーの山の中には無く、俺が持っていたから。だがこれは必要な事だった。
真っ赤な顔に似つかない、唇を曲げて眦をこれでもかと上げて睨みつけてくるグラスワンダーに、俺はデスクの上のパンティーの山を指に指して、ゆっくりと言い聞かせるように言った。
「お前も利用されていて分かっただろう。 俺の現状が……このパンティーの数が、答えなんだよ」
「な、何を言ってるんですか貴方は。 ど、退いてください。 この事は、学園側にも絶対に通報させて頂きますから! 覚悟の準備をしておいてください! 良いですね!」
「学園側はもう事態を把握しているから、お前が何を言って喚いても無駄だ。 それよりもグラスワンダー、お前……俺の担当バになれ」
「なっ!?」
まさかのスカウト。 これが俺の導き出した答えだ。
真っ赤な顔から一転して、グラスワンダーは真っ青になっていた。
心中で敵を懐に入れるなど、愚の骨頂だと笑っているかもしれない。
だが、グラスワンダーは俺の見立てでは100%、その純心さと意思の強さ、そして穏やかな心に突け込まれたと見ている。
意思の強さは思い込みの強さにも似ているから、ずるい大人に上手く誘導されたのだろう。
仮に敵のままであっても、担当バになってしまえば黒幕パンティーの駒は減る。
時間かければ彼女の認識も変わってくれるかもしれないし、俺の味方に立ってくれるなら、二重スパイの真似事も可能かもしれない。
前提として、彼女はウマ娘だからトゥインクルシリーズと、これから始まるだろうアオハル杯に全力を尽くす事が本懐だ。
それは勉学、ライブ、レース全てを含んでの事だ。
黒幕が何者なのかは知らないが、トレーナーとしてウマ娘を利用する奴は―――ぶっちゃけ、俺の視点からの意見で言えば居ても良いさ。俺だって大人だ。
青臭いことばかり言ってられない時はあるし、結果としてウマ娘の『本能』を利用してしまう時だってある。
だからこそ、俺達のような大人はウマ娘の専門家。つまりスペシャリストとして悪意を持って彼女たちに接してはいけない。
今、俺がグラスワンダーというウマ娘の本質に気付き、落ち着いて判断できているから、言える事だ。
俺はグラスワンダーを利用して他者を攻撃するようなトレーナーが、彼女の担当バになる事は避けたいと心底から願っていた。
そして、こんなにもずるい大人に騙されやすい、危うい彼女をトレーナーとして担当できるなら。
グラスワンダーを担当できるなら、全力で彼女の夢を守りたいと思った。
「断るならそれでも良い。 だが、グラスワンダー、俺の誘いを断るという事は、この学園の全てのパンティーが脅かされるということだ。 今のお前の様に、パンティーを失って俺の下にウマ娘が雲霞のごとく押し寄せる事になるんだ。 それが何を意味するか、分かるか?」
「……私は脅しには屈しません」
「脅しじゃない。 これは事実なんだ」
黒幕が俺への攻撃を辞めない以上、永遠に続くパンティーの贈呈は止まらない。
悍ましい事実だと、諭すように俺はグラスワンダーへと語り続ける。
「それを止める為には、君の協力が必要だ。 真実を知れば、きっと分かってくれると俺は信じている」
「貴方の何を信じれば良いって言うんですかっ!」
「それはっ……真実だ! 今は俺にだってわからない。 けれど、真実に辿り着けば必ず―――」
「誤魔化さないで下さい!」
「違う! 見ろ、これを、グラスワンダー!」
分からず屋のグラスワンダーというウマ娘へ。
今日、彼女がしてきた俺への嫌がらせが、どれほどの数で実行されてきたかを見せつける。
デスクに山の様に積まれたパンティーを、俺は両手で抱え上げて、グラスワンダーの目の前へと強引に掲げ上げた。
こぼれたパンティーが、ひらひらと中空を舞って、床にヘタリと落ちた。
彼女は恐れるように身を引いて、窓際へと自然と後ずさりし、身体を打ち付けた。
恐ろしいだろう? これがまだ、解決の糸口も見えていないんだ。いずれ全てのウマ娘のパンティーが俺の下に集うことになる。
「このトレセン学園内のウマ娘たち! そのパンティー全て! 失われちまうぞ! 良いのか、そんなこと!?」
このまま解決できなければ。
比喩でも何でもなく、現在トレセン学園内に所属するウマ娘のパンティーをコンプリートしてしまう。
中等部も高等部も、全て。
その時、俺は黒幕パンティーに敗北したということになるだろう。
愛バの苦しみも受け止めることも出来ず、ただの変態トレーナーとしてトレセン学園を去る事になる。
俺の説得は迫真に迫っていた。
意思の強いグラスワンダーでさえ、揺らいでしまうほどの熱意に満ちていた。
初めて自分の担当バを、スカウトした時―――いや、もしかしたらそれ以上に―――その熱はグラスワンダーにぶつかって、彼女の瞳が滲むように潤んだ。
もしかしたらグラスワンダーも薄々と気付いていたのかもしれない。
自分が黒幕パンティー野郎に利用されていた、という事を。
ああ。
やはり、辛かったんだな。
「グラスワンダー、俺が担当してお前を必ずウマ娘としての本懐を『健全』に必ず全うさせる事を誓う。 俺を信じて、スカウトを受けてくれ」
「うぅ……私は……こんな筈じゃ……」
「分かっている……今は俺を信じてくれ、とだけしか言えない。 だが、真実を知った時……いや、俺が必ず真相を暴いて見せる。 その時は、君はこんな苦しい思いをしなくて済む。 パンティーに苦しめられる事は無くなるんだ……それも誓おう」
夕陽が照らすトレーナールームの外。
運動場のトラックで、どこかのチームだろう。トレーニングを積む複数のウマ娘達の掛け声が聞こえてくる。
部屋の中でパンティーの山を抱えたトレーナーと、自分のパンティーを胸に抱いて俯くグラスワンダーは、しばし相対した。
そして……ついに。
ゆっくりとグラスワンダーは首を縦に振って。
トレーナーはその姿を見て、パンティーに埋もれていた契約書をデスクから引っ張り出して、労わる様にグラスワンダーへと差し出したのであった。
Q.なにこれ……
A.なにこれ……
Q.どうしてグラスワンダーなの?
A.webルーレットっていう、ランダム抽選するサイトがあってぇ…