第六話:*^▽^* 【パンティー因子】 *^▽^*
通常の業務をサボっている訳ではないが、このパンティーの無限増殖。
俺は今でもとても信じられないのだが、オカルトパワーかSFパワーが働いているのかもしれないと思える出来事に出会ってしまった。
それはうちのチームのアイボリーシュシュが5月半ばのオープン競争、芝の2600mで2着に入った時だった。
チーム全員で応援にいって、惜敗に俺達は悔やんだし、2着に滑り込んだ事を喜んだ。 そのままウイニングライブで盛り上がっていたのだが、ここでアクシデントがあった。
シュシュが突然、踊っている最中に屈みこんでしまったのだ。ステップを間違えたとか、振付が違ってしまって、という形じゃない。
遠目からだと倒れ込むように、舞台の端で屈みこんでしまったのだ。
激しいレース後に行われるウイニングライブは興業として非常に盛況で成功を修めているが、ウマ娘たちの負担は高負荷なものだ。
俺も何年も見て来たから分かるのだが、レース直後のライブはケアが必須である。シュシュがライブ中にしゃがみこんでしまった事で、俺は青ざめたし、チームの子達もみんな悲鳴を挙げて顔色を悪くしていたが、結果から言えば怪我などはまったく無かった。
ただ、シュシュはライブ中にパンティーが消えてしまったのである。俺が覗き込むわけにもいかないので、頼んで見てもらうと、確かにシュシュは完全にノーパンになってしまったのだ。
その現象はグラスワンダーが最初に俺の下へ訪れた時の事を彷彿とさせた。
パンティーが、ワープする。
言葉にすると真顔になるか、失笑してしまいそうな字面なのだが、少なくともシュシュに起きた現象を説明するには、これが最も当てはまった。
その日の夜に寮へと愛バたちを送って、すぐさま俺はトレーナールームに行けば案の定だ。
デスクの上には目立つ場所にパンティーがあった。
まさかとは思った。だって物理的にありえない現象じゃないか、と。
シュシュが恥ずかしそうに、今日、着用していたパンティーの特徴を教えてくれていたので、俺はじっくりとパンティーを観察し、証言と照らし合わせていく。
茶のラインが2本。側面に青のラインが一本。クロッチ部の折り返しの場所。ハイレッグタイプ。レース当日なので幅広のゴム部。その全ての特徴が一致した。
念のため、シュシュにスマホで画像を写真で撮って送れば、返信で「私のです」と短く返答があった。
ありえない。そんな筈がないと最初から断じてきた可能性が最も高くなったと言える出来事であった。
もしかして、黒幕パンティーは俺の妄想が作り出したイマジナリーエネミーだったのだろうか。
何かとんでもない思い違いをしていたのでは?
無駄にリギルに喧嘩を売ってしまった可能性が浮上してきてしまった。
そんな一幕もありつつ、それはそれとしてパンティーをあらゆる角度で俺は研究した。古今東西、ここまで徹底的にウマ娘用のパンティーを調べ尽くした者は稀有だろう。
勿論、トレーナー業に支障が出ない、余暇を全てパンティーを調べる為だけに使ったのである。
返却しきれない―――そもそも返却そのものを拒否するウマ娘たちも出てきた。まぁ仕方がないだろう―――パンティーは毎日供給されるおかげで大量にある。
これはウマ娘用のパンティーとして、販売されたものだが、使われなくなったパンティーは実質的にただの布だ。
そしてウマ娘用に使われる生地は、基本的に人間の着る衣服よりも高価であることが大半だ。その理由は耐久力にある。
時速60kmを越える速度を出せるウマ娘達。考えてみて欲しい。ランニング最中に衣服が、ちょっと街路に飛び出した枝に引っかかったらどうなるだろうか。
想像に容易いだろうが、60kmで人間大の質量が突っ込むと、凄まじい衝撃となる。バランスを崩した場合はそのまま転倒する。人間どころかウマ娘だって大事故だ。
まぁ、今はウマ娘専用道路がしっかり整備されているので、トレセン学園周辺でそんな事故が起こる事は数年単位で発生していないけど。
少し話は逸れたが、つまるところパンティーはただの布だよっていうことを言いたかったのだ。
「というわけで、余ったパンティーの布を業者に頼んで加工し直してもらった。 シュシュ、開けてみてくれ」
「は~い~」
トレーナールームに運び込まれた大きなロール型の布地。 遠目から見ても頑強で、遮光性も高そうだ。シュシュが広げてくれると、柔らかな布が伝播して生地が波打った。
「おおお~~、トレーナー、これはカーテンじゃないですかー!」
「わぁ、裏地が真っ暗!」
「凄い、ちゃんとしたカーテンですね……」
「パンティーで作ったカーテン……うーん、なんだろう、それだけで何かこう」
「でも肌触りは良いね」
バレットとライナーがはしゃぎ、グラスワンダーが驚いたように生地を手でなぞって目を見開いている。
トレーナールームで雑談している愛バ達の声を、俺はパンティーを弄りながらしっかり聞いていた。
西日なると陽が差し込んでくる部屋割りで、俺のトレーナールームは夏が近くなると、それはもう眩しい。
眩しいだけじゃなくて西日がガッツリ入り込んでくるからめっちゃ暑い。しかし、この良質のカーテンであれば。
「そら、リュス、スナヤ、グラス。 そこと此処を持ってくれ。 カーテンをつけるぞ!」
指示を出してカーテンを取り付ければ、愛バたちが不満を漏らしていた問題―――日光の問題は完全にクリアできるというわけだ。
まぁ、遮光性が高すぎて部屋は少し暗くなったが。
「良い感じですね……!」
「ふふ、これは確かに、とても良いです」
「くうー! 良い! 空調がついてても日が当たると暑くてたまらなかったもんなー!」
スナヤとグラス、ライナー言いながら機嫌良さそうに尻尾を振る。良かった。
少々の値段はしたが、惜しまなくて正解だった。これでウマ娘たちのやる気が出るのなら、安い投資と言っても良いだろう。
「ふう……グラス。 これで普段、俺がパンティーを触っている事に納得がいってくれたか?」
「いえ……まったく思いません」
「うん、俺もそう思ってたところだ。 だが、無限に送られてくるパンティーの活用法を見出さないと、部屋がウマ娘用のパンティーで埋め尽くされちまう」
「頭の痛い問題ですね……あ、でも。 トレーナーさんがトレセン学園から消え去れば、もしかして全ての問題が解決できるんじゃないでしょうか?」
「言葉の刃が鋭利過ぎないかグラス。 そしたら君はレースに出れなくなるでしょうが」
「……レース。 トレーナーさん、私はまだデビュー出来ませんか? もう6月も半ばですが」
「まだ早い。 焦らないでじっくり身体を作らないと、怪我する事になる。 リュスに話を聞いてみな、クラシックを棒に振ったお手本が居るんだ」
「酷いよトレーナー。 槍玉にして……トレーナーなら何言われても良いけど」
「すまんすまん。 だけど、本当にこれはじっくり身体を作らないといけないんだ、グラス。 分かってくれ……っと、パンティーについては他に使い道を考えておくし研究も続けるからな」
「はい……トレーナーさん。 焦らない様にしますね……」
そんな思考を片隅に追いやり、トゥインクルシリーズは進んでいく。
アオハル杯の最初のレースは12月末となった。 ジュニア級の参戦も多かった為、レースバランスの調整も兼ねて期間を延長した形になる。
まだグラスワンダーの身体は仕上がっていないし、何なら少しメイクデビューが遅れそうなので、俺達のチームにとっては朗報だった。
キングヘイローはすでにメイクデビューを終えて、2馬身差で差し切り勝ちをしている。
他にもスペシャルウィーク、エルコンドルパサーといった同期の有力バが次々にメイクデビューを終えてる事が、グラスワンダーを焦らせているのだろう。
グラスワンダーか。良い身体はしているのだ。
俺の見立てでは今すぐデビューしても走れるし、1着を取る事も出来るだろうが、そう遠くない内に本格化した生来から持つグラスワンダーのパワーが上回って、自分自身の身体が付いてこなくなると思う。
それはつまり、怪我をする可能性が高いという事だ。
グラスワンダーに秘められたポテンシャルは相当の物だ。じっくりと熟成させないと、フィジカル面の不安が大きすぎる。
「とはいえ、どこまで引っ張るか悩ましい。 SNSの方でもスペシャルウィークやキングヘイローの方が話題になっているしな……」
おハナさんなら、どういったプランを練ったのだろうか。いや、こんな思考は無駄か。グラスワンダーは今、俺の愛バなのだから。
季節は夏の入り口、暑い日々が本格的に訪れる初夏になった。
大きな事件はというか出来事があった。いや、これはもう事故と言って良い。
俺のトレーナールーム近くの南棟の水道管が、急激な気温の変化と、金属の老朽化が原因で盛大に水が漏れてしまったのである。
近くに居た子たちは巻き込まれずにすみ、奇跡的に怪我人は居なかった。
が、近くを通りがかったグラスワンダー他、何人かのウマ娘が頭から爪先までビッチャビチャになってしまったのだ。
その時、俺はレースの申請やアオハル杯のチームミーティングで忙しくて留守にしていた。グラスワンダーは自分の判断で、必要だと断じて一番近い俺のトレーナールームへと向かったのだ。
着替える為に。
その時、完全に洗い終わって畳んでいたワープパンティーと、何かあった時の為に用意していた新品の予備のパンティーを、グラスワンダーが取り間違えたのだ。
ウマ娘パンティーソムリエとなってしまった俺には、グラスがパンティーを取り間違えたのはすぐに分かったが、敢えて指摘はしなかった。言っても彼女も困惑するだけだろうし。
それだけなら大した問題じゃない。人のパンティーを勝手に使った負い目がグラスワンダーに伸し掛かるだけだ。
だが、そうじゃなかった。俺がトレーナールームに戻った時、グラスワンダーは髪を乾かしていた。ワープした下着を履いているとは知らず、俺はグラスワンダーの準備が整うと何時も通りにトラックへと出て芝2000mを走らせた。
俺は異変にすぐに気付いた。
毎日愛バのトレーニングを見ているから当たり前だが、明らかにグラスワンダーがいつもと違ったのである。
刻むラップがグラスワンダーの脚質と異なっていた。単走で走らせているせいだろう。グラスワンダー自身が気付いたような節は見受けられなかった。
覗き込む双眼鏡が故障したのかと疑ったくらいだ。2週ほど、トラックを廻って来たグラスワンダーへと俺は声を掛けた。
「オーバーペースになってないか? 足に負担は? 何ともないのか?」
「はい? いえ……え? 普通にトレーナーさんに言われた通りに走りこみをしてただけなのですが」
もし、彼女の申告が真実だとすれば、ジュニアのデビュー前の少女が出す時計では無い。
単走のトレーニングとはいえ、ジュニア期の時にクラシック期の成熟したウマ娘たちが出す時計と変わらないペースで走れば、単走であろうとも息も耐えだえに疲労することだろう。
だが、グラスワンダーは彼女自身がそう言ったように、特に気負いもなく、息を切らすでもなく。まるで普段と変わらない様子であったのだ。
今までの事と何が変わったのか。
考える迄も無くパンティーだ。
グラスワンダーが履いたパンティーが、何時もの物とは違う事が変化である。
そんな事ありえるのか、と俺は脳内で首を振る。だが、と脳裏に過る思いが告げる。
パンティーがワープするんだ。
ウマ娘の能力や適正に変化をもたらす事ぐらい出来るんじゃないか。
ワープするパンティーだぞ。謎しかないが、だからこそ納得できる理論だ。
スポーツドリンクを飲んで休憩しているグラスへと、俺は近づいてお願いすることにした。
何か。
途轍もない何かが掴めるかもしれない。
パンティーの秘密が。
「グラス」
「トレーナーさん、私まだトレーニングを続けても良いんですよね?」
「ああ、いや、良いんだが……いや、その前にグラス、これを」
俺は胸の内ポケットから、新しく本日入荷したばかりのパンティーを差し出した。ローライズ。赤と黒のラインに淵をレースで象ったものだ。メーカーはウマール。
親御さんが資産ある感じの人なんだろう。そういうウマ娘の履いていたパンティーと思われる。
ブランド物で、傷やヨレが全く無い、新品を履いたばかりのものがワープして来たに違いなかった。
グラスワンダーが顔を顰めて言った。
「トレーナーさん、そんな物を突き出して、何なんですか……?」
「パンティーだが?」
「私の話を聞いてましたか?」
「勿論だ。 俺がグラスの話を聞き漏らす事なんてないぞ」
真面目に不思議そうに俺は返事をしたが、グラスワンダーは急に深呼吸をし始めた。
走り込んで戻って来たばかり。酸素が足りなかったのだろう。
「とにかく、このパンティーに着替えてくれ。 そして、もう一本2000mを走ってみよう」
「嫌です」
「え! どうしてだ……?」
「どうしてって、それって、他の子のパンティー……なんですよね? 返却するものですし、勝手に使う訳にはいきません」
「そうだが……いや、確かに常識で考えればグラスが正しいが……しかし、もし俺の考えが当たっていれば、もしかしたらすぐにグラスをデビューさせる事も可能かもしれない」
「え!」
ピーンと尻尾が伸びて、口を開いて驚く姿に、思わず笑ってしまう。
「え、え、いや。 何を笑っているんですか、トレーナーさん。 だ、騙されませんよ。 私、トレーナーさんに何度も騙されてるんですから! パンティー一枚を履き替えただけで、どうしてデビューが前倒しになるんです?」
「人聞きの悪い事を大声で言わんでくれ。 とにかく一週間……いや、二週間で良い。 ちょっと確認も兼ねてお前との時間を多く取りたいんだ、そうだな……」
財布を取りだして、俺は食堂のパフェ無料券を10枚ほど取り出した。 詫びも兼ねて2週間分の拘束なら、このパフェ券10数枚は妥当なところだろう。
スッと券をグラスワンダーの前で動かすと、少しだけ視線を向けて、むぅ、と唸って俺を睨む。
パンティーでの効果を確かめたいのもそうだが、最悪それは出来なくても良い。
グラスだけじゃなく、俺の愛バたちも含め、チーム全員で取り掛かれば良いのだから。
だから、俺が本当に望んでいるのは、このパフェで得られる期間でグラスワンダーとの信頼関係を構築できれば最高だ。
トレーナーとウマ娘は身体づくりや勉学、ウイニングライブの準備が完璧であったとしても、メイクデビューへ向かうのに絶対に欠かせない前提条件がある。
それが関係性だ。
グラスワンダーと俺は出会いが悪い方向に劇的だったせいで、絶妙に距離が離れている。
スペシャルウィークやエルコンドルパサーのトレーナーと比べて俺には実績が無いから、そこに不信感も持たれているだろう。その距離を2週間でとにかく埋めていきたい。
アオハル杯のミーティングも緊急の物はだいたい終わらせた。
夏は少しスヤナの出走もあって忙しくなるが、宝塚記念まではウチのチームにレースは無く、次のレースに勝つための力を溜める、雌雄の時間となる。
だから、この時期しかない。グラスワンダーと、トゥインクルシリーズを駆け抜ける為の信頼を築ける、貴重な時間は。
俺は少しだけ早口で端折って、同じことをグラスワンダーに説明した。 そして、最後に頭を下げた。
「グラスワンダー、少しの間だけで良い、俺を信じてほしいんだ」
「トレーナーさん……」
「絶対に君が今、履いていたパンティーの秘密を暴いて見せるから」
「トレーナーさん……」
あれ、なんか一度目のトレーナーさん、と二度目のトレーナーさんで声のトーンがとんでもない落差があるんだが?
表情は変わって無いのに、温度差が凄まじいぞ。まぁグラスワンダーは結構、こういう気性難なところを見せるから、何時も通りと言えば何時も通りか。
気にしすぎても、こういう時は良くない方向にむかうし、聞こえてない振りでもしとこう。
なんだかんだ、グラスの説得は上手く行って、パンティーを付け替えては走り、走っては付け替えて、トレーナーはグラスワンダーに完全にフィットするパンティーを見出すことに成功した。
結論。
パンティーにはウマ娘を増強する力が秘められている。
7月の終わりになって、グラスワンダーはレースで誂えたGストリング―――いわゆるTバックに近い―――中等部に履かせるには蠱惑的すぎるデザインのパンティーを履き、無事にメイクデビューを一着でフィニッシュ。
後続を置き去りにした7馬身差。 文句のつけようのない、完璧なレース展開で他バを圧倒し、1着でウイニングライブを飾ったのであった。
このパンティーの力に気付いた俺は、長いトレーナー人生の中でも大きな転換点を迎えたと言っても良い物となった。