この理不尽な世界に一筋の光を   作:ウサウサギ

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 UA数約4800、新たに感想一件、そしてお気に入り数47件。皆様のご愛読とご声援にまず一言。――本当に、これほどまで見てくださってありがとうございます!

 今回は最初に少しfortissimoの方の霧崎剣悟 VS 芳乃零二 の戦いの一部が入っています。台詞はほとんど原作からのコピーですけど……この範囲なら、大丈夫なのか、アウトなのか……正直ちょっと不安です。またメッセージや感想などの部分でついでにそういったご意見をお聞かせ願えればと思います。

 さてさて、それでは本編をどうぞッ!


第九話 予兆

「――まだや……まだ、終わってへんで……!」

 

 男、霧崎剣悟がその身から光の粒子を散らしながら、もう『戦略破壊魔術兵器(マホウ)』を破壊されて負けが確定しているにも関わらず、未だに闘志尽きぬ気迫をみせ、その場に居る敵三人を睨みつける。

 

「……ワイは……負けるわけには……いかへんのや……。――絶対に、負けられんのや……!」

 

 ゆっくり、ゆっくりと剣悟はその歩みを進める。他ならぬ敵である、芳乃零二に向けて。歩み寄る。

 

 ――これは、健一の夢であり、実際に霧崎剣悟が体験した記憶でもある。

 そしてそれを、健一は自覚している。健一は決して干渉することの出来ない剣悟の背後霊となって、拳を固めながら悔しさのあまり出血するほど強く唇を噛む。

 

 ――どうしてこの時、俺は何も出来なかった? 何も、知らなかった?

 

 いくら人格が刷り込みで変わってしまっていたとしても、根幹の想いはなかなか消えるものではない。その証拠に、健一はこの夢を見るたびにこうして悔しさに打ち震えている。今からでも、自分がこの戦場に割って入ることが出来るのであれば……規格外のあの能力を使ってでも剣悟を延命させ、そして芳乃零二を殺したい。

 

 いくら人格がそれを仕方の無いことだと理解していても、剣悟が健一の恩人であることに変わりは無い。そして家族と同じくらい、あるいはそれ以上に大切な人だ。その人物を殺されて黙って居られるほど、根幹である健一は人が出来ていない。

 

「マホウだとか魔術空間とかルールだとか、そんな下らねえもんに縛られて、勝手に俺の存在を狙って、勝手に散っていく――。俺が何もしないまま、『はい決着です、消えますね』……なんて、納得いくわけねえだろうが……!」

 

 しかし、いつもこの芳乃零二の言葉に、彼を殺すという健一の覚悟が揺らつく。何故なら、その場に居る誰もが被害者であり、加害者は一人も居ないからだ。つまり、誰もこの戦いを始めたくて始めたわけではなく、譲れない物があるからこそ、お互いの存在を賭けて戦うしかなかったのだ。

 

「確かに……そうやな」

 

「あぁ。だから戦(や)ろうぜ霧崎。お前を一発もぶん殴らずに決着だなんて、俺が認めねえ。これが互いの存在を賭けた戦いだってんなら――最後は拳(こいつ)で決着をつけるのが男ってモンだろ」

 

 芳乃零二は今回、霧崎剣悟に一方的に戦いを挑まれていた。つまり、剣悟自身が率先して芳乃零二を殺そうとしたのだが……そのことについて、健一は何も言うことが出来ない。

 

「勝手に殺そうとして、勝手に存在(いのち)張って、勝手に消えるなんざ許さねえぞ……てめえの考えを、ちゃんと伝えてから逝きやがれ……!」

 

「あいにくやけど……女々しくお涙頂戴な語りなんてする気は、ないで……それに、そないな大層なモンちゃうからな――」

 

「ほざけ。テメェの命を賭けてるモンが、大したことねえはずがないだろうが。少なくとも、自分(テメエ)自身にとってはな」

 

「――ハッ。自分でも下らんと思うとる理由(ワケ)でもか?」

 

「ああ、そうだ。……お前に話す気が無くても関係ねえ。俺自身のためだ。俺が、スッキリしねえんだよ! ――だから、無理矢理にでも聞きだしてやる。お前が語らねえんだったら、拳(コイツ)でな――!」

 

「ハ――――上等やッ!

 やれるもんなら、やってみい――ッ!!」

 

 そして、男達の殴り合いが始まる。

 

 自分をただ納得させるため、そして霧崎剣悟という人間の本音を確かめるためにそれを始めた芳乃零二。その選択はこの上なく霧崎剣悟という人の意思を汲んだ選択のように見えて、それ故に健一には復讐の鬼となって、街中でも構わず芳乃零二を殺すことが出来ない。街中では他人に被害が出ると言う建前を並べておきながら、その実は殺すことを躊躇っていた。どのみち、生き残るには参加者十二人とイレギュラーの誰か一人を殺さなければならない。

 

 ――そうしなければ、この『悠久の幻影(アイ・スペース)』によって、元居た世界が浸蝕され、そこに居る島民全てが死んでしまう。

 

 だからこそ、島民を大切に思っている者は、どうやっても退けない状況にある。だからこそ、誰もが殺し合う他に選択肢を見いだせない。元凶であるオーディンを殺せば確かにこの戦いは収まるが、そもそもそこに居るたかだか十三人程度のちっぽけな存在では、あの規格外に一矢報いる事すら出来はしない。そして、あの規格外を見つけるというそのことが、土台無理な話だ。

 

 ――ならば、殺し合うというのは道理だった。

 

「どうした、霧崎……もう終わりかよ?」

 

 芳乃零二は霧崎剣悟の肩口を叩き、霧崎剣悟は芳乃零二のボディへ一撃を入れた。もともとこの先短い剣吾にとって、それだけでも十分な致命傷も同義。剣悟はぐらりと大きく身体をふらつかせる。

 

「ちっ……自分が無傷やからって、よく言うでホンマ……こちとら、ものごっつしんどいわ……。せやけど、これくらいで参るわけには、いかんのや……絶対に……諦めへんで……。たとえ1秒後に消え去る運命でも、関係あらへん。ならその瞬間まで、無様に足掻いたるわ――!」

 

 決して揺るがない決意が、霧崎剣悟にはある。その決意が健一の心をどうしようもなく締め付け、苦しくなる。涙があふれ出てくる。握った拳からは、もはや血が出てきそうなほどだった。誰にも穢すことのできない、霧崎剣悟という男の『決断』は、健一にとってどうしようもなく優しく、どんな言葉を以てしても否定することは叶わない。たとえ否定すれば剣悟の命が助かるとしても、健一にそれだけは出来ない。

 

「俺が拳をぶち込んだだけ、語ってもらうぜ。霧崎――お前の背負っているもんをな!」

 

「上等や……芳やんのパンチなんぞに、砕かれるようなヤワなもんは持ち合わせてないで。――取るに足らん『約束』でも……そこに意味が無くても関係あらへん――。

 ただワイなんかを待ってくれとるお人好しがおる……。ワイなんかが来てくれただけで、大喜びする人がおる……。――ワイの戦う理由は、それだけで十分なんや――!」

 

「それだけ咆えられりゃ、上等だ! 手加減は無しだぜ、霧崎っ!!」

 

 己の全てを賭け、大地を蹴り芳乃零二へと拳を突き出す剣吾。そこに戦略は無く、打算も計算も存在しない。あるのは、決して譲れぬ『想い』だけ――。何があろうと絶対に生き延びるという決意だけ……!

 

「は――――ああああああぁぁぁっ!!」

 

 そんな純然なる決意を、他の誰かが否定していい筈が無い――!

 

 二人は、互いの拳を避けようともせず、ただがむしゃらにパンチを交換する。そしてその一撃一撃から、きっと芳乃零二は、剣悟の想いを感じ取っているのだろう。

 

 そしてこの闘いにおいて、芳乃零二は霧崎剣悟の存在を戻し続けていた。『復元する世界(ダ・カーポ)』という『物質を24時間以内の状態に戻す』能力を使って、剣悟が消滅してしまわない様に、それを無意識のうちに発動していたのだ。だからこそ、剣悟は未だに殴り合いを続けることができる。

 

「まだや……まだ、消えるわけには、いかへんのや!」

 

 どれだけの一撃を受けても、剣悟は鋼の精神でそれを耐え抜き、今度は自分の番だと言わんばかりに、ありったけの想いを拳に籠めて、その腕を振り上げる。

 

 ――剣悟には、二つの約束があった。

 

 一つは、ふとしたきっかけで知り合った老婆とのものだった。

 それは気まぐれから生まれたものだった。ちょうど女に振られ、暇になる時間が増えた。その退屈な時間を、紛らわすための気まぐれ。

 しかし、そんな気まぐれで……目の前にいる、一人の人間を笑顔にできるなら。

 ――そんな生活も悪くない。

 ただ、それだけだった。

 

 そんな剣悟が老婆とした約束とは……。

 

「そいじゃ、ばーちゃん。また明日も来るで」

 

 それは、本当に取るに足らない口約束だった。いつも別れ際、剣悟はそう告げる。その約束を老婆は覚えてなどいなかったようだが――剣悟にとって、そんなことは関係なかったのだ。

 

 ――――――『また、明日も来る』――――――

 

 そう約束した事実は、確かに、彼の胸にあるのだから。

 

 

 そしてもう一つの約束とは、他ならない健一との約束だった。

 

 ふとしたきっかけで知り合った、二人の男。

 健一にとって、退屈な病院暮らしに光を照らしてくれた、まさに希望ともいえる男。

 

 そんな剣悟との約束は、至極単純。

 それはその運命の日の一週間前に、病室で二人が交わしたものだった。

 

「剣悟さん……俺、一週間後に誕生日なんだ」

 

「お、もうそないな時期か……」

 

「うん。だから、その……」

 

「分かっとる。他ならぬ親友の頼みや。これまでに無い程、盛大に祝ったるわ。覚悟しときや。――ほな、ワイはお暇させてもらうで。次会う時は、一週間後。カミやんの誕生日や」

 

「うん。絶対に、来てね?」

 

「あぁ。――たとえ何があっても、絶対に行ったる」

 

 それも、口約束だった。しかし、この時の剣悟の言葉には、確固たる決意と重みがあった。おそらく、剣悟は分かっていたのだろう。健一と会う前に、必ず誰かと一戦は交えることになるだろうと。その言葉の重みは、もはや健一には予想も出来ない。一体どれだけの覚悟で、剣悟は約束をしたのだろうか。

 

 ――涙が、止まらない。

 剣悟は他ならない、健一のために戦ってくれていた。健一のために、その命の灯の全てを使いつくし、それでも尚、諦めずに戦ってくれていた。

 そんな事実が、どうしようもなく嬉しくて、でも、悲しくて……。

 

  ――『悠久の幻影(アイ・スペース)』。その概念(ルール)によって、一時間ごとに現実世界を侵食し、十三時間以内にそれを解除できなければ、現実世界の生物が全て死滅する。

 

 これのせいで、剣悟は逃げるという選択肢を取ることが出来なかった。一時間経つごとに、他の誰かが死ぬかもしれない。健一が、死ぬかもしれない。そうして十三時間が経ってしまえば……絶対に、健一は死んでしまう。

 

 つまり、他ならぬ健一が……剣悟の退路を塞いでしまっていたのだ。剣悟は義理堅い男だ。混浴に入る口実になるのなら、入浴料を出してくれるくらいには義理堅い。こうやってお互いに同意の約束をしたのなら、必ず守ってくれようとする。死にでもしない限り、きっと剣悟は約束を絶対に守ってくれるだろう。

 

 そんな剣悟だからこそ、退路は始めから用意されていなかった。

 

 

 以上の二つの約束を守るためには、絶対に戦うしか、道は存在しなかった。

 

「剣悟さん……」

 

 外面でお茶らけているが、その分内面はとても熱く、優しい。そんな剣悟はもはや健一の中では物語に出てくる『英雄』のような存在だった。差し詰め健一は、彼の物語の中の『親友』という立ち位置にあるわけだ。

 

 自分の性別が女性だった場合は、確実にヒロインなのだろうが……それは今どうでも良いことだ。

 

 もはや、何度となく見ているこの夢。

 そんな『親友』がもし、『英雄』を助ける事が出来るのならば……。

 

「せやから、ワイは――ワイはまだ、消えるわけにはいかへんのや……。どんな化け物が相手でも、必ず勝って……ワイの自由気ままな『日常』を、守り続けなアカンのや……!

 馬鹿みたいに、ワイの事を待ってくれとる友人(ダチ)がおる――そこには何の意味もなく、得もあらへん……。せやけど、そんなもん必要無いんや……それが友人(ダチ)っちゅーもんやろ……! ワイの戦う理由は、ただそれだけ……また明日、友人(ダチ)と会う約束をしとるからや――せやからワイはそいつを破るわけには、いかへんねや――ッ! 友達(ダチ)の誕生日を、祝ってやらなアカンのや――ッ!!」

 

 不意に、『失われた神眼(オーディンのまなこ)』が起動し、その色がまさに虹色へと変化した。今までの色彩変動ではない。完全な虹色へと、変化した。

 

「剣悟さん、俺は……ッ!」

 

 たとえ、夢の中であったとしても……せめて、剣悟を生き長らえさせたい。

 ――どうすれば出来るか。その演算は、全て健一のマホウがしてくれる。同じ場所に居ると言っても、健一と剣悟の居る世界は、いわば平行世界のような間柄にある。

 すなわち、ここで剣悟に自分の想いを届ける為には……世界という壁すらも破壊して、繋げなくてはならない。あの世界へと、道を。

 

「――『高次領域展開・魔術兵装(セカンドアクセス・ゲート・オープン)』――ッ!!」

 

 今まで何度となく、マホウの演算が導き出せない答え。今回も、その答えは見つからなかったが……。

 ――しかし、それは今の状態の健一であれば、可能性が無いというだけの話。

 

 ならば……健一自身が、更なる高みへと上り詰め、自分のマホウの演算に更なる式を代入してやればいい。

 

「『九つの世界(ノートゥング)』、第1夜 『Die Walkure(ワルキューレ)』――ッ!」

 

 それは、九つあるといわれている平行世界への架け橋になる二つの能力。

 『九つの世界(ノートゥング)』は、神話の時代、九つあったとされる平行世界。その中から自分の求める未来(けつまつ)を引き寄せる能力だ。ならば、自分がもし、平行世界に居るのであれば……距離という概念をゼロにも無限にも出来る、第1夜 『Die Walkure(ワルキューレ)』と共に使えば、もしかすれば……世界を越えることが、出来るかもしれない。

 

 ただし、自らが行くことは出来ない。あくまで、たった一度の手助けで、それが出来るかもしれないだけだ。

 ――ならば、最高神の叡智を借りて、たった一度限りの手助けをしよう。

 

 かつて自分が、他ならぬ剣悟に希望をみせてもらった様に。

 今度は健一自身が、剣悟に希望をみせる番だ――ッ!

 

「受け取ってくれ、剣悟さん。俺が精錬して、強化した……貴方のマホウをッ!

 ――望み叶えるもの(オースキ・テュルヴィング)――ッ!」

 

 それは、今しがた覚醒した能力『望むもの(オースキ)』と『黄金色の誓約(ティルヴィング)』の合わせ技だ。

 

 ――『望むもの(オースキ)』。それは自分の願いを具現化する概念魔術だ。魔力消費量はその叶えたい願いに相応し、今回の願いは『健一のストリームフィールドを、剣悟のマホウとして譲渡する』というものだ。

 

 そして『黄金色の誓約(ティルヴィング)』では今回、世界の壁、健一自身のマホウとなっている、『ストリームフィールド』と健一との関係を断ち、更には一度、剣悟自身のマホウとの関係すらも断ち切った。こうすることにより、剣悟は『ただの人間』になる。

 そこに『望むもの(オースキ)』の効果が加わればどうなるか……。それは簡単。一度空白となったマホウの所有枠に、健一の持っていた『ストリームフィールド』が代入される。

 

 『九つの世界(ノートゥング)』にて他の世界に干渉するきっかけを作り、第1夜 『Die Walkure(ワルキューレ)』にて世界の壁との距離を零にし、『黄金色の誓約(ティルヴィング)』にてあらゆる障害を断ち切り、そして最後に『望むもの(オースキ)』にて自分の願いを叶える。

 ――これが、健一が咄嗟に思い付いた、剣悟を助けるための奇蹟の方程式。健一の限界すら越える想いが生んだ、たった一つの可能性。

 

 この間、夢であるためか、魔力の消費はまったく感じられなかった。手に握って、空間をただ切り裂くために、そして自分の望みを叶えるために振るった聖剣も、壊れることはなかった。

 

 ――そしてその純然たる願いは、叶った。

 

 剣悟の体から光の粒子が飛び散るのが止み、その希薄になりつつあった存在が完全に復活。さらにその体の周りには健一が贈った『ストリームフィールド』が展開されている。

 

「剣悟さん……これが、俺(ダチ)からのプレゼントだ……」

 

「――ッ!? カミ、やん……?」

 

 これが、夢であってもいい。

 たとえ夢であっても、健一の想う事は変わらない。

 ――自分の『英雄』に、勝利を。

 

「勝たないと、許さないよ……剣悟さん。アンタは俺の、英雄なんだから」

 

 そして健一の夢は、覚める。

 最後に、剣悟の笑顔を垣間見た気がしたのは真実か、それともただその顔が見たいと思った自分の偽りなのか……。

 

 自己満足も甚だしいが、それでも健一は今、満足している。

 何故なら、ただの夢の中でも――自分の英雄に、希望の剣を与える事が出来たのだから。

 英雄を手助けできるなんて……そんな光栄なことは、他にない。

 

 そして最後に、誓いを立てる。

 

 ――貴方の様に、俺も、必ず約束を守ります。そして……この世から、目につく理不尽全てを……屠ってみせます。

 

 それが、健一の誓いだ。誰よりも強く、誰よりも義理堅く、そして誰よりも優しい。自分の英雄に対しての、誓い。

 ――それを破ることは、絶対にない。何故なら、剣悟が最後の瞬間まで諦めずに、自分の信念を貫き通して戦ったのだから……自分も、一つのことを貫き通してみたい。貫き通してみせる。そんな想いが、健一の胸の中にはある。だからこそ、絶対に破るわけにはいかない。破れば最後、全てがウソだったように思えてしまうから。

 

 

 ――――そして、健一の意識が覚醒する。

 

 

「……剣悟さん」

 

 健一はベッドから起き上がり、そして思う。

 

 夢の中の運命を変えられた。絶対に、変える事が出来た。それにどれほどの意味があるのかは関係ない。ただ夢の中だけでも、自分の英雄の延命の道を歩ませることが出来たのが、健一はこの時、とても嬉しかった。

 

 この夢は、健一がマホウと融合し覚醒したときから、もう何度となく見ているものだった。その度に、健一は剣悟がそこには居ない自分に向けて呟いた最後に言葉に、そんなことはない、と思ったものだった。

 

『堪忍、な……約束……守れへん、かった――』

 

 剣悟のその最後の言葉は、健一の心を抉るには十分すぎる言葉だった。いつも、いつもその夢を見るたびに顔を涙でぐしゃぐしゃにして、自分の無力さに激しい憤りを感じた。

 

 しかし今回、健一は剣悟を生き残らせる術を見出し、そしてそれを成功させることが出来た。それは健一にとって、明確な成長の証だった。

 

「――ありがとう。剣悟さん」

 

 ――これでまた一歩、前進することが出来ました。

 健一は想いが届かなくとも、天を仰ぎ、言葉を並べ心の中だけでそう唱える。

 

 顔は涙に濡れ、声は少し裏返っているが、それでもその姿を変だとは思えない。何故なら、健一は今、朗らかな笑顔を浮かべているから。何の迷いも、後悔も無いその表情を……一体、誰が馬鹿に出来るのだろうか。

 

「……健一」

 

 不意に、すぐ横から声が聞こえてきた。とても滑らかで、優しい声だ。見てみると、そこには柔らかい微笑みを浮かべた夜桜が居た。

 

「迷いは、消えた?」

 

 短い言葉だ。しかし、それだけで健一は何を言わんとしているのか理解した。

 

「あぁ。――みんな、俺に優しすぎるよ」

 

 そして健一の言葉もまた短い。しかし、健一と繋がっている夜桜だからこそ、それで全てを理解した。

 

 ――だからこそ、それ以上の言葉は要らない。

 

 健一はベッドから降り、病室を出る。痛みは感じなかったことから、《召喚せし者(マホウツカイ)》としての不死性と自己再生能力が上手く機能したのだろう。

 ――やはり、この回復能力は馬鹿に出来ないな、と改めてそう思う瞬間だった。

 

「他のみんなは?」

 

「オリヴィエちゃんたち三人は模擬戦かな。イクスちゃんとガルシアのおじいちゃんはシュトゥラの王様と今後について話し合い中。あと、守護騎士さんたちが健一に会いたいって言っていたんだよ」

 

「分かった。なら、まずは守護騎士達のところに行こう。案内頼めるか?」

 

「任せて欲しんだよ!」

 

 頼りにされたのが嬉しいのか、夜桜は屈託のない元気な笑顔を浮かべて、鼻歌を歌いながら先行して廊下を歩く。

 

「早く行こう!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 夜桜のその嬉々とした反応に、健一は苦笑を浮かべながら短く答える。

 

 四つ角を右に曲がり、今度は左を曲がり、別館に移動し――そんなことを数分くらい繰り返していると、ようやくその部屋へと到着した。

 

「ここなんだよ」

 

 夜桜に他の客室と変わらない扉を指され、健一は密かに安堵する。同時に、どういった顔で会おうか、と考えるが……。

 

「いつも通りで良いか」

 

 今更態度を変えるのも馬鹿らしい。結論、今までの傍若無人を貫き通すことに――

 

「やっほーっ! 遊びに来たんだよ!」

 

 ――決まるのだが、能天気で阿呆な夜桜という生物が勝手にドアをぶち開けて、見事に健一よりも先に部屋へと入って行った。この光景を見て、やっぱり夜桜は夜桜だった、と健一は再認識した。

 

「お、夜桜じゃん! 今日は何をするんだ?」

 

「う~ん……今日はみんなで模擬戦かな。ほら、健一も早く!」

 

「……とりあえず夜桜、テメエ一度オリジナルに謝っとけ」

 

 やっぱり、この中身のアホさまでは変わらないらしい。馬鹿は死んでも治らない、とはまさにこの事だろう。いや、この場合だと、馬鹿は改良されても治らない、か。

 

 健一は無駄に思考を働かせながら、さりげなく部屋へと入る。内装は自分の前に居た客室と全て一緒。同じ部屋なのかは不明だが……まぁ、それはいいのだ。

 

「で、そっちの金髪さんと銀髪さんは誰?」

 

 部屋の中には、シグナム、ザフィーラ、鉄槌少女、そしてまだ見たことの無い金髪と銀髪のお姉さんの計五人が居た。

 

「あ、私はヴォルケンリッター、参謀のシャマルです」

 

「私は……夜天の書の、管理人格だ」

 

「ふぅん……あ、それと夜天の書って契約してなくてもヴォルケンリッターの四人と管理人格は活動可能なの?」

 

「一度起動していれば問題ない」

 

「そうか。なら、全員イクスの下に士官してくれ。以上。夜桜、あとは任せたぞ」

 

「……待て」

 

 戦力的に問題無いのなら、契約は必要ない。イクスの下に士官してくれれば十分だ。後の面倒事は全て夜桜に任せよう。そう考えてさっさと退場しようとしていたのだが、部屋を出ようとしたところでシグナムに声を掛けられる。

 

「なんだ?」

 

「……貴様は一体、これから何をしようとしている?」

 

「目につく全ての理不尽を駆逐することだ。――これで満足か?」

 

「聞き方が悪かった。だから改めて問う。一体貴様は、どこを目指して進んでいる?」

 

「そりゃあ……誰しもが望む未来、ってヤツだろ。シグナム、お前はそんな未来は好きか? それとも、そんな綺麗すぎる未来は嫌いか?」

 

「嫌いではない。しかし、それは理想だ。理想は決して、現実には成り得ない」

 

 シグナムとの問答の中、そんな答えが出てきて健一は苦笑する。まさか、その答えがあの規格外以外から出てくることになろうとは、思ってもみなかったのだ。

 

「だけど、犠牲の上に理想を成り立たせることは出来るだろ?」

 

「一体、何が言いたい?」

 

「さぁ、なんだろうね」

 

 ひらり、とシグナムの質問をかわして、今度こそ健一は部屋から出て行った。後ろ姿を見たシグナムは思う。

 

「貴様は一体……その背中に、何を背負っている――?」

 

 その答えは、至極単純なものだった。

 ――自分と同類の十三人の想いを背負っている。

 その重みは、少しずつ、着実に、健一の心を蝕んでいる。

 

 不意に、シグナムは外を見た。空には、闇にも似た厚い雲が空を覆っていた。曇天だ。どうしてか、その様子がとても印象に残る。

 

「ひと波乱、起こるかもしれないな」

 

 それは武人としての直感から出た呟きだった。そこには何の根拠も無い。それは言ってみれば、過程は分からずとも結果だけは分かるような感覚に似ていた。

 だからこそ、馬鹿にしてはならない。侮って準備を怠ってはならない。もう間も無く、この世界に嵐がやって来る。

 

 ――理不尽という、駆逐者が最も忌むべき嵐が、この世界に……舞い降りる。

 

 

「……さぁ、来い。例えこの身が朽ち果てようとも、俺が全て救ってやるよ」

 

 虹色に輝く左目で空を見上げ、健一は一人、天に手を差し伸べながら呟いた。

 

 そして次の瞬間……。

 

「え……えええ――っ!?」

 

「ここは――ッ!?」

 

 空から二人の女の子が降ってきた。一人はオリヴィエと瓜二つの少女。もう一人はクラウスの髪を長くして女の子らしくしたような少女だ。

 

「――ッ!?」

 

 そしてその二人を視界に入れた瞬間、まるで一昔前のフィルムのように脳内に映像が流れる。

 

 それは「ゆりかご」と呼ばれる巨大兵器の中だった。その玉座に座った者は最後、玉座を守る生きた兵器として自我さえも奪われ、わずか数年でその命を燃やし尽くす……破滅の兵器。

 

 その玉座に、座る人物が見えた。それは――。

 

「ふ、ははっ……ははははははッ!!」

 

 それを見た瞬間、健一は顔を右手で覆い、天に向けて大きな声で笑った。ひとしきり、まるであの時――真実を知り、絶望の中感情を吐露したあの日――のように、健一は感情を隠すことなく笑い続けた。

 

「やっぱり、やっぱりそうなんだな。あぁ、分かっていたよ初めからッ! 運命なんて、そう簡単に変わるものではないってなァッ!!」

 

 感情に任せ、力任せに魔力を乗せた拳を地面に振り下ろした。すると、轟音と共に彼の周りには、その感情を露わにするような惨状が広がっていた。

 

「変えてやるよ、運命を。アンタが言った悲しい運命を、変えてやるよ。これは俺達――いや、俺とあの規格外の、どちらかにしか出来ないよなァ!」

 

 《召喚せし者(マホウツカイ)》が死んだとき、その存在は誰に覚えられることも無く消滅する。まるでその存在が初めから無かったかのように、消える。これは『悠久の幻影(アイ・スペース)』という特殊な空間の中でのルールの一つだった。

 これを生み出すことが出来るのは、健一とオーディンの二人だけだ。

 

 何故突然、このような話をしたかと言えば……つまり――。

 

「誰も悲しまない運命……この世界に居なかったイレギュラーの命一つで、作ってやるよ。そんな誰しもが望む未来をッ!」

 

 ――誰も悲しまず、この世界を平和に導くには、そのルールが必要不可欠だからだ。

 初めから居ないも同然の存在がゆりかごに乗れば……全てが解決する。

 

 あの玉座に座っていたオリヴィエは……そこに乗らなくて済む。

 

 つまり、オリヴィエの代わりに健一自身がゆりかごに乗ってしまえばいいのだ。概念魔術と無限の魔力源を持つ健一であれば、必ず成功させることが出来る。

 

「勝手に婚約者放って死ぬなんて許さねえ。そんなふざけた運命は俺がまとめて、全て、ぶち壊してやる」

 

 健一は一人呟いて、歩き始める。この世界に突如現れた、オリヴィエとクラウスに似た女の子たちのもとへ……ゆっくりと向かうのだった。

 

 

 

 




 はい、健一君の向かう先が完全に決定した回でした! ついでに、あの話にも入っていきますね! 自分も書いていくのがとても楽しみです!

 今回は皆さまの斜め上をいくような展開は多分無かった筈。微妙に進化した健一君ですけど、まだまだこれからです!

 あ、いやもしかしたらこの古代ベルカにてあの事件が起こること自体が、もしかすれば読者様の斜め上をいく部分だったかもしれませんね。他の二次創作者様のこの事件は、いつもそっちの時代に引き寄せられる側でしたからね。

 ちなみに今回のパートは健一君の成長のために絶対に必要な話でした。あと、これからの行動を決定するためにも重要でしたね。

 ちなみに、似非関西弁+カミやんっていうのは幻想殺しさんを思い出しますが、アレとは一切関係ありません。神崎健一から仇名つけるとしたら、それがしっくりくると思っただけです(笑)。

 あと、二次創作者の私は実は霧崎剣悟のこの会話に本当に涙を流しました。漢気溢れるその性格と約束を守ろうとするその一途な思いが、本当に心にきます。fortissimoの世界にて、私は実を言えば霧崎剣悟が一番好きです。

 と、あとがきもここまでにしましょう。

 さてさて、次回はどのようなことが起きるのか……それはまだ私自身も決めていないため、乞うご期待あれッ! としか言えません。

 それでは、今回はここまでにしようと思います。

 感想、コメント、ご指摘、批判、評価、お気に入り登録、などなど、随時募集しておりますので、よろしければそちらの方もお願いいたします。
 次回はまた感想枠、メッセージ、もしくは3日から一週間後にお会いする事になるでしょう。それでは、またその時にお会いしましょう!

 今回の回も、最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!

追伸
※ひとつ重大なミスに気が付きました。それは、霧崎剣悟の「剣悟」を「剣吾」にして間違えていた事です。ファンとして本当に酷過ぎるミスを本当に申し訳ございませんでしたッ! 以後、こういったミスが無いようにします!
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