UA数1万突破は本当に感謝感激の出来事です! 思わずペース早めて更新しちゃいました。
さてさて、今回は聖王と覇王が主体になっています。
それでは、まずは本編をどうぞ!
「……健一が、負けたんだよ」
凶報が、シュトゥラの作戦会議室に木霊する。それは「どうやって未来の世界に戻るのか」という議題に話し合っていた最中の報告だった。
「えっ……? ケンイチさん、が?」
イクスの言葉は全員の思いを代弁していた。あの理不尽な過剰戦力ともいえる存在が、敗北した。
「《召喚せし者(マホウツカイ)》の禁忌まで使って……完全敗北、だったんだよ」
健一とリンクしている夜桜はリアルタイムでその情報を受け取っていた。それ故にその情報に狂いはなく、間違いということは有り得ない。
「……皆さん、行きましょう。ケンイチさんを、助けに」
「無駄なんだよ。健一はいま、この世界からは観測出来ない、別世界に居るんだよ」
オリヴィエの咄嗟に出てきた提案はしかし、夜桜によってすぐに切って捨てられた。つまり、今の自分たちには打つ手がない。その事実を知らされたために、会議室の中の空気は鉛のように重たくなった。
「……進言奉る」
そこで重低音が響き渡る。しわがれた老齢特有の声。言わずとも知れた、ガルシアのものだ。普段は気さくなお爺さん程度にしか思っていなかったこの場のイクス以外の全員が、その顔を見て考えを即座に改める。
それは猛者の顔だ。皺のある引き締まった顔に名剣を思わせるほど鋭い視線。普段の気さくさなど露ほどもみせず、あるのはただ、戦神ガルシアの姿だ。
「こちらは一度、その無限連関機構、とやらに対策出来るものを用意。そして次に発見した時に……総戦力にて、確実に叩く。健一はその後に、取り戻せばよいだろう。制作はアミティエ、並びにマテリアル。儂は今から、もう一人を捕縛してこよう。一日以内には戻る。何もせぬよりは、その方が良かろう」
戦斧を片手に、鎧に身を包んだ戦神が部屋を出る。その後ろ姿をみて、全員が薄ら寒い何かを感じた。ほぼ同時に全員が震えたのはそのせいだ。
「……あのお爺ちゃん、絶対に普通じゃないよ」
マテリアルの一人レヴィが、凍った空気の中で呟いた。
普段は明るくて元気でありながら、あまり物事を考えないレヴィだが、その戦闘で鍛えた目は確かだ。
「ガルシア殿は昔から歴史に名を刻むほどの名将だ。『負け無しの戦神』と、今では伝説に近い形でその武勇伝を残しておられる。まさに、生ける伝説を体現している御方でもある」
レヴィの言葉を裏付けするように、シュトゥラの王が言う。やはりというべきか、ガルシアは普通ではないらしい。
「……では、私とレヴィで対U-D対策のプログラムを構築しておきます。ヴォルケンリッターの皆様にはそのテストをしていただこうと思っています。他の皆様はそれぞれ、くるべき時に備えておいてください。あと、未来に帰る方法の話はまたあとにしましょう。今はとにかく、時間が惜しいので」
そしてこの会議をまとめるかのように、アミティエはそう結論を述べると、「失礼します」とレヴィを連れて退室する。
「では、私たちは模擬戦でもしましょう。チーム形式で、私とヴィヴィオさん、クラウスとアインハルトさん、エレミアと夜桜さんの三つのチームで、休憩を入れながら」
「はい!」
「そうだね。それしかやることは無さそうだし、それでいこう」
「お手柔らかに、お願いします」
「分かりました、ヴィヴィ様」
「了解、なんだよ」
それぞれのやるべき事を見つけ、誰もが歩き続ける。ただ、自分の望んだ未来に終着するために。この日もそのための一日として、消化されていくのだった。
◆
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
模擬戦を終えて、反省会を行って、それから全員で湯浴みをしてそれぞれの部屋に向かうとき、ヴィヴィオは疑問に持ち続けていたことをオリヴィエに聞こうとする。
「どうしたの? ヴィヴィオ」
この時には、オリヴィエも彼女たちの存在には慣れ始め、また仲良くなっていた。模擬戦を通じて友好が深まったのだ。
「えっと……前に議題にあがった、ケンイチっていう人についてちょっと聞きたくて……あ、別に答えるのが嫌であればいいんですけど……」
「ふふっ、大丈夫です。それで、ケンイチさんについて何を?」
柔らかい対応。これを見て、本当に嫌がってはいないと判断したヴィヴィオは、半ば決意のようなものを固めて、その言葉を口にした。
「その人って本当に、この世界に初めからいたのでしょうか?」
「いません」
「えっ……?」
即答。そして否定。あらかじめこちらの質問を予期して、答えを用意していたかのような対応に、ヴィヴィオは戸惑った。
「だって、そうでしょう? 彼の使う魔法を、ヴィヴィオはどこかで、見たことがありますか? 世界一つを消滅せしめる、なんて自称する魔法を。この世界の理すら捻じ曲げてしまう魔法を」
ヴィヴィオは考える。元の世界にも、大規模な次元震を発生させて世界一つを滅ぼしたという事例は稀にある。魔力の暴走による次元震発生は思わぬ禍を呼ぶ。ただし、それは自然現象や古代の遺産や遺失物の暴走が原因であり、決して魔法による作用などではない。
いま議題に上がっているのは魔法についてだ。世界一つを消滅させる魔法……そんなものを、ヴィヴィオは聞いたことが無い。そして世界の理を捻じ曲げる、などという作用を持った魔法も、今までに聞いたことはない。
「ない、ですね」
未来の世界にも、それは無い。文献に残っていないだけかもしれないが、それでもその存在がないということ自体が、健一という人物の異常性を示していた。
「それを裏付ける理由として、もうひとつ。私のこの両腕です」
そう言って、オリヴィエはヴィヴィオに両手を見せつける。綺麗で、華奢な腕だ、とヴィヴィオは思った。同時に、これの何がおかしいのだろうか、とも思った。
「……? 特に変わったところは……」
「気づきませんか? 私の両腕が『正常』なことに」
「あっ……!」
そしてようやく、その異常に気がついた。本来、オリヴィエには両腕がない。そのために、エレミアの義手を付けていたはずだ。だから、その両腕は義手の筈なのに……オリヴィエの両腕は、正真正銘、どこからどう見ても、普通の人の腕だ。
試しに、ヴィヴィオはその両腕を触ってみるが、どこにもおかしな点は見当たらない。何かのロストロギア(古代の遺物)、というわけでもないらしい。
「『無い』ものを『有る』状態にする。物語に出てくるような魔法のようだと、そう思いませんか?」
「確かに……」
しみじみとそう思った。そんな不可能を可能にすることなど、『物語の中の魔法』でもない限りは有り得ない。
「では、今度は私から。ヴィヴィオ、あなたの受け継がれた記憶の中には本当に、ケンイチさんの記憶は無いのですね?」
「はい」
答えたその時、ヴィヴィオはオリヴィエの表情が一瞬、陰ったのをみた。
「きっと、ケンイチさんは私たちの記憶からご自身のことを消したのですね……」
ぽつり、と考えられる可能性がオリヴィエの口から出た。同時に、そうならないためにも、これからどう動くかを後々考えなければならない、と心の中に留めておいた。
「あっ……!」
そのとき、不意にヴィヴィオが声を上げた。頭の中で、霧がかかったように何かを思い出した。しかし、それが何かは……正確には分からない。
「……? どうかしましたか?」
「えっと……なんだか、不思議な光景を思い出しちゃって。
―――黒い髪……純白の魔力……泣いて、いる? その人の先で、ご先祖様と、クラウスさんと、エレミアさんの三人が……集まっている? でも、三人とも何だか悲しそうな顔をしていて……三人とも『やめてくれ』とか、『他に方法がある』とか、『身代わりになんてならないで』とか……。『……待っていてくれ』、ってその人が言って……」
「っ!?」
それが何なのか、オリヴィエにはすぐに分かった。おそらく、継承された記憶が少しずつ、ヴィヴィオの中で蘇ってきているのだろう。ならば、それは即ち未来予想であり……今言っている内容は、これから先に起こることが確約された出来事だ。
「……ごめんなさい。ここから先は、わかりません」
「いいえ。むしろ、私が謝らなければなりません。思い出すのは、辛かったでしょう?」
しかし、オリヴィエにとってはそれだけの情報で十分すぎた。何故なら、これから起こることは……まだ不明瞭な点は多いが、先ほどヴィヴィオがもたらした情報だけでも、確信出来るところはある。
まず、健一は未来のいつかの時点で、自分とクラウスとエレミアを庇い、何か捨て身の行動をする。だからみんなが、悲しそうな表情を浮かべ、あんな発言をしたのだろう。むしろそれ以外には考えられない。
「『それが人類を超越した、《召喚せし者(マホウツカイ)》の宿命』……? あれ、また何だか、頭の中に……」
「ヴィヴィオ……?」
そこでようやく、オリヴィエは不審さに気がついた。気のせいではない。オリヴィエが何かに気づくたびに、決意するたびに、ヴィヴィオの中の記憶が明確なものへとなっていっている。
「『灰色の空は、ノアの方舟によって洗い流され、やがて清い青空が広がる。一足先に、お前たちはその空を堪能してくれ。その間に、俺が世直しをしておこう。例え何百年、何千年の月日が流れても、俺はお前たちを待ち続けている。救済劇のフィナーレだ。くれぐれも、邪魔してくれるなよ?』…………」
ただ流れたログを自動的に読み上げていく機械。今のヴィヴィオの様子はまさにそれだった。あまりの異常な光景に、オリヴィエは思わず大声で「ヴィヴィオ!」と声を掛けるが、反応はない。そして次の瞬間、ヴィヴィオはその場に倒れてしまった。
オリヴィエが急いでヴィヴィオを支えて、すぐに脈をはかる。幸い、異常は無いようだが……今の光景は常軌を逸している。まるで浮かび上がった記憶を伝えているというよりは、誰かに操作されて無理やり伝達係をさせられているそれに近い。
「今のはもしかして……未来のケンイチさんからの、メッセージ?」
そんな馬鹿な、とは思ったが、否定材料が見つからない。実際に、今の健一ですらその規格外なことをやってのけそうな気がするのだ。何せ、この世界から観測出来ない別世界に侵入出来るほどの力を有しているのだ。たかだか同じ世界の過去くらい、弄ってみるくらいはやって見せそうではある。
「でも、ノアの方舟、それに何百年、何千年とは……一体?」
ノアの方舟。オリヴィエにとっては聞いたことのない固有名詞だった。そして、そんな長い時間を言葉にした理由も分からない。
――――いや、実際は可能性としていくつかの未来が浮かんでいるのだが、オリヴィエはその全てを否定したかった。
「……私も、もっと強くならなければいけませんね」
だからこそ、一つの答えが導き出された。健一が及ばぬ程に強くなる。そしてその力の差を以て、健一に自身の言い分を通してしまえばいい。いつも意見が平行線で、お互いの言い分を通すために決闘をしているのだ。それを今更ダメだとは、絶対に言わせない。
「絶対に、超えてみせますよ。ケンイチさん」
一人決意しながら、オリヴィエはヴィヴィオを彼女に用意された部屋まで送り届けるのだった。
◆
「それで、予想はしていたけど……ケンイチのことだね?」
「はい。一体、あの人は何者なのでしょうか?」
オリヴィエとヴィヴィオが話し込む一方、同時期にクラウスとアインハルトの二人もまた、部屋の中で話をしていた。それも話題も健一と、全く一緒だ。
「間違いなく、人外だね。光と同じ速度で移動したり、世界一つを滅ぼせると自負したり……たった一人で三十万の軍勢を一撃で壊滅させたり、ってね。でも、そのくせして、身内との近接戦闘では力によるゴリ押しばかり。ケンイチが強いというよりは、むしろ能力に引きずられている感じかな。あと、初見では絶対に相手にしたくないね」
彼の動きはまったく予想がつかないからね、とクラウスは苦笑しながら語った。アインハルトからしてみれば、その全てが嘘のように聞こえてくる。何せクラウスは、健一とオリヴィエが先ほどのような高度な戦いをしているのを目にしておいて、そのほとんど全てが能力による恩恵だと断言しているのだから。とてもではないが、簡単に信じられる話ではない。
「あと、出来るだけ早いうちに一度でもいいから、勝っておきたいな。そろそろ、ケンイチには追い抜かれそうだからね」
もちろん、純粋な実力で、という意味だよ? と、クラウスは念を押すように言った。そして今度こそ、アインハルトは訳がわからなくなり、思考と行動が一瞬ではあるが停止した。
「さっきも言ったけど、アレは人外だよ。マホウとやらの恩恵を抜きにしても、その戦闘センスとか、成長速度とか……目を見張る、なんてものじゃない。この前までは一撃受けただけで涙目になっていたのに、簡単に当たってくれていたのに、今では軽くいなされる。困難に立ち向かうたびに、有り得ない速度で成長していく。欠点が見つかるたびに、それを克服して数段成長してしまう。きっと今回も成長して、何気ない顔して戻ってくるだろうね」
アインハルトはますます難しい顔になる。クラウスからの信頼度は、もはや飛び抜けていたといってもいい。しかし、アインハルトは別に彼の評価に戸惑いを覚えたり、クラウスが健一のことを信頼している、という言に驚いたわけではない。
一番に驚いたことは、ここまで信頼を置いている人物にも関わらず、自分の受け継いだ記憶の中に健一という人物のものが無いことだ。普通、ここまで信用しており、尚且つ身近にいる者の記憶であれば、絶対にボヤけてでもその記憶が浮かび上がるはずだ。自分には覇王クラウスの幼少の時から死ぬまでの記憶を持っている。断片的に抜けているところはあるが、まさかその全てが健一の記憶、というわけでもあるまい。
だからこそ、疑問は絶えなかった。
「それと、彼はいつも自分の力を制限している風なんだよね。前にも何だか、『過ぎたる力は禍をもたらす』とか、『絶大すぎる力は使い勝手が悪い』とか、ボヤいていたしね」
「つまり……あの模擬戦の時も――――」
「いや、アレは本気だね。ただ、やっぱり魔力ロスは多かったと思うよ? 周りに被害が出ないように、気遣って戦っていたのは見え見えだったし。もし考えなしだったら、今頃シュトゥラは地図の上から消えているよ」
いや、もしかしたら消えるのは世界の方かもね、とクラウスは冗談半分、本気半分に言った。そして笑みを浮かべているクラウスは今、自分がとんでもない発言をしたことを自覚しているのだろうか、とアインハルトは疑問に思う。
クラウスの言葉を要約すると……健一は最低でもシュトゥラを消滅させるほどの威力の攻撃を、被害なしに出来るだけの術を持っており、尚且つそれを実行しながらそれほどの攻撃が出来る、と言ったのだ。
更にまとめるのであれば、つまり健一はそれだけの火力で攻撃しながら、その被害をゼロにするだけの余力を残している、ということだ。
――――恐ろしい。
アインハルトは素直に思う。一瞬、体に走る震えを抑えられなかった。先ほどクラウスは能力に引きずられている、などといっていたが、いくらなんでも基準が高すぎる。自分たちが住んでいた世界とは、何もかもが違う。未来の世界にも人外指定されている管理局員(?)が三人ほど居るが、今話をしているのはまさしくそのレベルだ。次元が、違いすぎる。
まるであの時の、絶望のようだ。
聖王、覇王、エレミアの三人が集っても一矢報いることすら出来なかった、あの人物。
名前は確か……何だっただろうか。ただ、その三人にとってはとても大事な人だということは覚えている。
しかし、逆に言えばそれ以外はあまり記憶に残っていないということだ。肝心の容姿や名前はまったく出てこない。露がかかっている、というよりは誰かに映像を乱されているような感覚だ。
「……ふむ。やっぱり、オリヴィエやエレミアに相談したほうが、いいかもしれないね」
「え――――っ?」
クラウスの決意の固まった言葉が出てきた刹那、アインハルトの記憶の霞(かすみ)が一瞬にして晴れた。
そして、見たものは……。
「そんな……そんな、ことが――――」
アインハルトにとって、有り得ていいはずのない光景。
確かに、噂はあった。既に何千年と生きている怪物だ、という眉唾物のそれが。しかし、それはあまりに真実味がないために誰もが信じていないものだった。
それなのに――――その噂は今、この時を以て証明されてしまった。
思えば、どうして気がつかなかったのだろう。似通っている点は、多々あったではないか。どうして、もっと早い段階で、気づくことが出来なかったのだろうか。
いや、それも当然か。何せあの人の力を、アインハルトは見たことがない。模擬戦にてその力の一端さえ、見せてもらうことはなかった。思えば、あの人との模擬戦の際に、自分はあの人を一歩たりとも動かすことは出来ていなかった。その圧倒的な実力差は、もはや絶望を通り越して諦観となって自分を襲った。
その諦観から救ってくれたのも、またあの人だった。プライドを粉々に砕かれたが、その代償に根性を叩き直してくれた。
しかし、その際にもあの人は……自分の力を見せてくれはしなかった。
今では、自分の実力がその力を出すに見合っていないとか、信用されていたのでは、などと思っていたが……今だからこそ分かる。それは仕方のない措置だったと。
――――何せ、そんなことをしてしまえば、世界が滅びる可能性があった。
そういえば、あの人に前に聞いたことがある。どうしてそこまで強いのか、と。最初は拒絶されるのでは、と不安に思いながらの質問だったが、あの人は嫌そうな素振りひとつみせずに、言った。
『目の前の何かを救うためだよ。救うには強くならなければならない。弱者は全てを奪われて、強者に喰らい尽くされる。そんな理不尽を受けないためにも、看過しないためにも、俺は誰もが及ばないほどの力を追い求め、そして手に入れた。力を手に入れる理由なんて、それだけで十分だよ。俺も、アイツも、師匠も、ね』
その時、あの人の顔に悲しみが張り付いていたのは……きっと、気のせいではない。
それを補足するかのように、あの人は付け加えて言った。
『だが、今この世の中で、絶対的強者なんて、目指すものでもないよ。何せそいつは、常に孤独だから。渡り合える者がいない世の中にひとり残されるのは、辛いなんてものじゃない。俺にはたくさんの理解者ができたから別にいいけど……もしも理解者がいなければ、それはもう、消えてしまいたいほど辛くなる。
――――絶対的な強者であっても、孤独には耐えられない』
――――それは、私に対しての忠告であり、自分の経験を吐露したものでもあった。
そんなあの人との出会いは、自分でも不思議なくらいに変なものだったと思う。
◆
『確かめさせて頂きたい事があります』
『……はぁ』
あの時、私はあの人に模擬戦を挑むために対面していた。きっと、この相手ならば強い、私の求めている何かが分かる。そう考えての挑戦だった。
『大方、また俺に挑戦しようとする馬鹿な手合いだと思うけど――――』
まだ要件を伝えていないのに、どうやら相手はこちらの考えを理解しているようだった。いや、これがこの人にとっての日常なのだろう。その証拠が、今の言葉だ。『また俺に挑戦』などという言葉は、日常的に勝負を挑まれている者から出る言葉だ。
その人は言葉を区切って、一度間を開ける。
――――相手の目は哀れみに満ちていた。ため息をついた。何かに落胆した様子だった。目は細められて、まるで私の心中を見透かされているような気がして、寒気が走った。同時に、苛立ちを覚えた。どうして初対面なのに、ここまで哀れに思われなければならないのか、と。
そんな私の感情さえも見透かしているのか、それともそうではないのか。あの人はただ一言、こう言った。
『光速に対応できるか?』
『――――はい?』
私の口からは、自分でも予期できないほど間の抜けた声が出てきた。一体、どういった意図の質問だろう、といつの間にか考えていた。
『だから、光の速度。秒速約三十万キロメートルのこと』
そんなことは知っている。ただ私は、その質問の意図を測りかねているだけだ。
『察しが悪いなぁ……だから、それに対応できることが、俺へ挑戦するための最低条件、ってこと。有象無象に構うほど、俺も暇じゃないわけ』
はぁ、と大げさにため息をついて、ご丁寧に「やれやれ」と言ったふうにジェスチャーさえしてみせた。
私はその時に、先ほどの言葉をこう解釈した。これは私を試しているのだろう、と。これくらいの挑発に乗るのであれば、取るに足らない存在、と切って捨てる。
ならば、答えはひとつ。
『それは、勝負すれば分かることです』
こちらの目的を果たすために、答えをはぐらかす。それこそが、ベストアンサーだ。
『へぇ……。まぁ、実力は速さが全てではないし、良いか。移動しよう。あそこの公園で良いかな……うん、あそこなら無くなっても始末書で済むか。ほら、ついてこい』
相手の先導に、私は静かについていく。ミッドチルダでも特に遊具がなく、ただスペースがあるだけの公園。ただでさえ昼時でも人が居るのは珍しいというのに、時間帯が夜なだけに一層閑散としているように思える。この近隣でさえ、街灯以外に光が存在しない。
『――――で、何分がいい?』
到着して早々、最初の発言がそれだった。またも私は相手の意図を汲み取ることができず、首をかしげてしまう。
『俺が君の攻撃をまったく動かずに、対処する時間だよ。……あ、そうか。今は訓練でもなんでもないし、そんな手加減する必要は無いのか。困ったなぁ……手加減しないには、流石に狭すぎる』
何を言っているのだろうか? この公園は正四角形に土地が取られており、その一辺はおよそ五十メートルのはず。それだけの広さがありながら、狭い?
『あ~、そうか。これなら手加減になるか』
そして何故、私は手加減をされることを前提に、話が進んでいるのだろうか。
『今から俺は自分に制約をかける。
《俺はお前と一体一の模擬戦のときは、一切の魔力とレアスキル(能力)を使わない。そしてお前に大怪我は負わせない》。これを破ったときは、俺の負けでいいぞ』
舐められている、としか思えない発言だった。魔法を使わない、ならばまだ分かる。純粋な徒手格闘を好む者ならば、魔力は全て身体能力の強化に回す。レアスキルも、そういった理由から使わないのならば分かる。だが、魔力を使わない、というのはおかしい、としか言えなかった。魔力を使わないのであれば、もはやそれは魔道師ではなく、一般人と変わりがないのだ。
『……防護服と、武装をお願いします』
そして気づけば、自分でも驚く程冷めた声を出していた。最低限、それだけは装着してもらえるだろうと、開始の合図の前に言ったのだが……。
『必要ない。俺はデバイスを持っていないし、今は持ち合わせの武器はこの五体しかない。いや、持っているには持っているんだが……まぁ、非殺傷設定に出来ないマジの兵器だし、却下だ。殺し合いをご所望なら、他を当たってくれ』
断られた。これも、本人のスタイルと言ってしまえばそれまでなのだが……やはり、舐められているという感覚がある。
『そうですか』
言葉と同時に、私は駆け出した。相手との距離を最も短く詰め、更には一瞬でその視界から外れることで反応を遅らせる。うまくいけば、初手はクリーンヒットを狙えるかもしれない、と思っての行動だった。
狙うのは、相手の真下から顎を狙う鋭いアッパーだ。相手はまだ、こちらを視認していない。これならばいける、と拳を引き、そして思い切り足を踏み鳴らしながらその顎に拳を放つ――――!
『青いなぁ……』
『え――――っ?』
しかし気が付けば、私の体は宙を舞っていた。攻撃を仕掛けた側にも関わらず、なんの反応もできずに、宙に……。
(まさか、レアスキル!?)
瞬時に可能性が頭に浮かぶが、それは違うと否定した。何故なら、今さっきそれを使わないと誓っていたのだ。まさかこの人物の役柄上、約束を違えるとは思えない。
『遅い。アイツの完成した武術より、圧倒的に』
聞こえた声音は、ひどく平坦。
私はすぐに地面に叩きつけられる瞬間に受身をとり、そこから体制を立て直して相手に攻撃を仕掛ける。
『というか、何でよりによって俺に挑戦しにきてるわけ?』
『ッ!?』
今度は、いつの間にか地面に伏していた。相手が動いた様子は、全く見られない。それも、攻防の最中に単純な疑問を口にできるほど、相手には余裕がある。
『――――強さを、知りたいんです』
立ち上がり、私は答えた。ここで答えなければ、何も前に進まない、そう思ったのだ。
『強さ……ねぇ。それはつまり、世界一つをまるまる消滅させられるほどの攻撃のことを言っているのか? それとも、その攻撃を完全に防ぐほどの防御のことを言っているのか? もしくは……人間的な強さを求めているのか?』
質問の嵐。しかし、相手が問いたいことはいとも簡単に汲み取れる。つまり、私はどんな強さを求めているのかを知りたいのだ。
『…………』
すぐに答えようと思った。しかし、何故かその答えは、口から出てこなかった。
『抽象的……ね。親切心と経験から言うが、絶対的強者を目指すのだけはやめておけ。人に飢えて狂うぞ』
何が分かる。私の記憶の中にいる彼女の気持ちを、赤の他人であるあなたなんかに、何が。
『言っておくが、お前の浅い考えなんてお見通しだ。過去にすがりつく馬鹿の考えなんて、大方そのトラウマややり切れなかったことの代役でも務める気だろう?』
『…………せに』
『お前のやっていることは、ただ過去の偉人のやり切れなかったことを代役しようとする、操り人形のそれに過ぎない』
『なにも……知らない、くせにッ!』
『むしろ、何も理解していない方が問題だろうが。俺はお前の気持ちを知ることなんて現状じゃ無理だが、少なくとも成そうとしていることの無意味さだけは分かる。
――――言わせてもらうが、一体いつ、その偉人がお前に願いを託したりしたんだ?』
『それは……ッ』
『……道を踏み違えたガキを指導するのも、一応俺の仕事なんでね。あ、そうだ。強さを知りたい、って言ったな? なら、俺の強さの片鱗だけでも――――味わってみるか?』
『――――ッ!?』
刹那、私の体は反射神経を通り越して、本能的に動いた。とにかく相手との距離を取ろうとした。相手が一歩進むたびに、私は三歩下がる。しかし、距離は離れない。むしろ、近くなっているように思えた。
私の本能は言っていた。どれだけ足掻いても、刺し違える覚悟で攻撃しても、無駄だと。傷のひとつも与えることができず、私が地に伏せる未来しか見えてこない。
『まぁ……なんだ。説教はあとだ。今はただ……一発もらっとけや』
瞬間、大地が震え、轟音が鳴り響く。気がついてみれば、私のいた場所まで地面が陥没している。
……いや、正確に言うのであれば、この公園の地面そのものが、粉砕され、ドーム状にへこんでいた。
しかし、これは攻撃ではない。ただの“足踏み”に過ぎない。
『これはお前に絡まる過去の鎖を断ち切る一撃だ』
目の前には既に相手がいた。足元が乱れ、体制を崩した今の私に、次に来る攻撃を避ける術など存在しなかった。
相手は足先から力を練り上げた。それも、莫大な力だ。たった一回踏んだだけで2500平方メートルの面積を陥没させるだけのものだ。
それを今、相手は拳から打ち出そうとしている。
私は目を見開いた。その構えは本来、私の必殺の型だ。同時に、私の記憶にあるクラウスの必殺の型でもある。
流れるような予備動作。それはあまりに綺麗だった。これほどまで流麗にやることは、覇王の記憶をもとに訓練を積んできた私ですら出来ない。
『――――覇王式・断空拳――――ッ!!』
攻撃は私の腹部に直撃した。その攻撃は私にはあまりに不釣り合いな一撃であり、沈めるには過剰ともいえる火力だった。
(これほどの力が……ただの、片鱗――――)
圧倒的な力の差に、絶望した。それは内心で諦観に変わり、意識を刈り取られる前の私を支配した。
『ここは……?』
気が付けば、私はそこに居た。部屋の中。黒と白で統一された内装が妙に特徴的なところだった。それ以外にはなんの変哲もない、普通の部屋だ。部屋の中には自分以外に、誰もいない。
どうしてここに居るのだろう、と少々慌てたのも束の間、ガチャリと部屋の扉が開き、見覚えのある人物が中に入ってきた。
『あ、起きたのか。もうちょっと遅いかと思ったんだが……失敗したな』
そこには昨日、自分が挑戦したあの人が居た。ただ、私はその姿を見てすぐに驚愕に目を見開いた。
その人は風呂上りなのか、タオルを頭に被っていた。ズボンまではしっかりと着けているのだが……しかし、上半身は裸だった。幸いだったのは、鍛え上げられている引き締まった肉体で見苦しくなかったところか。
そして不運だったのは、その体が大きな傷跡だらけだった、というところだ。
例えば、胸の中央だ。そこには直径五センチほどの穴がポッカリと空いていたかのような、痛々しい傷痕が残っていた。
それだけに留まらず、右腕から肩、左腕から肩にかけては大きな裂傷の痕。また、腹部にも多数の裂傷が見える。
傷痕を挙げていけば、もはやキリがない。というより、傷痕が無いところを見つける方が難しい状態だ。一体、どのような環境に身を置けばそうなるのか、私の驚きの念はその一点に集中していた。
『あんまり見るな。気分のいいものでもないだろうに』
言いながら、彼は部屋のタンスから服を取り出して身に付ける。その時に見えた背中の傷痕は、やはり先ほど見たものと勝るとも劣らない。着替えが終わると、今度はベッドの横に椅子を持ってきて、それに座って私の方を真っ直ぐに見てきた。
『それで、目が死んでいるように見えるのは……圧倒的実力差を見せつけられたからか?』
『……』
『おいおい、覇気がないぞ。いくら俺が強いからって、別にお前が成長できなくなったわけじゃあないだろうに』
目が死んでいる、覇気がない。言われて初めて、私は気がついた。自分が想像以上に脱力していることに。自分の体に、力が入らないことに。
『お前、結局何がしたいわけ……いや、それはどうでもいい。俺が言いたいことはただひとつ。――――身の程を弁えろ馬鹿が』
一体、この人は私を元気づけようとしているのか、説教をしようとしているのか、どっちなのだろうか。しかし、それすらも考えることが面倒になるほど、その時の私は気力を削がれていた。
『馬鹿じゃないの? たかだか十歳前半のガキが、管理局最強の三本指に入る俺に勝てると思ってるの? だとしたら、思い上がりも大概にしやがれ。たかが偉人の記憶受け継いだくらいで、まさか自分が強くなったとでも思っていたのか? 偉人と同じくらい強くなったと思っていたのか? そんな訳無いだろうが。記憶受け継ぐだけで最強になれたら、今頃ジェイル・スカリエッティは次元世界の覇者だっつーの』
正論だった。ぐうの音も出ない、とはまさにこのことだった。それ以前に、私の気力はただでさえ削がれており、反論すること自体を拒絶したのだが……次の相手の発言がきっかけとなり、私の心に火がついた。
『大体だな、覇王だって俺ほどに強くはなかったんだから、それを劣化コピーした程度のお前が俺と戦えるとでも思っていたのか? もしそうだったら、ジョークとしては最高だな。なぁ、劣化レプリカ』
『……訂正、してください』
『何を?』
『いくらあなたが強くとも、私の記憶の中にある覇王はきっと、あなたを打倒してみせます』
不思議とその言葉は強く、口から出てきていた。それに一瞬驚いたように目を開いた相手だが、すぐにもとの表情に戻って口を開く。
『へぇ……つまり、お前はオリジナルを越えてみせる、と言っているのか?』
『覇王の……いえ、私の悲願を達成させるのに必要であれば、越えてみせます』
『で、その悲願ってのは?』
『……あの悲劇を再び、繰り返さないために。現代でそれが起こっても私が止められるように、強くなることです』
いつの間にか、私の気力はもとに戻っていた。それどころか、前よりもやる気に満ち溢れていた。そうだ。私はこのために今まで、研鑽を重ね続けてきたのだ。ならば、今ここで止まる必要などどこにもない。圧倒的な力の差をみせられたのならば、それを越えるために鍛錬するだけだ。
私の確固たる意志の表明に、相手はただ頷いて言った。
『立派な志だな。なら、お前は今日から俺の弟子な。喜べ、お前は俺の一番弟子だ』
『――――はい?』
こちらの意図に関係なく勝手に決められたことに、私は当然ながら事態を飲み込めずに首を傾げた。
『なんか危なっかしいからなお前。だから、俺が正しい道に引っ張ってやるって言っているんだよ。俺ならお前の型を全く壊さずに、強くすることが出来る。いい提案だろう?』
それから私は、なし崩し的にあの人の弟子となり、出逢い、勝利、敗北の数々を味わいながら、成長していった。
あの人は弟子となった私に最初に約束をした。その約束とは――――
『強くあれ。しかし、孤独になるなかれ。仲間と理解者を見つけ、切磋琢磨をするべし。』
――――というものだった。
◆
「……クラウス!」
記憶の海から上がったアインハルトは、すぐにクラウスに呼びかけた。
「どうしたのかな?」
アインハルトの焦った様子とは違い、クラウスは常に冷静だった。
――――このことだけは、何が何でも伝えなければならない。伝えなければきっと……ケンイチさんは、潰れてしまうから。
「お願いがあります。一生に一度の、お願いです」
アインハルトの神妙な面持ちに、何かを感じ取ったのだろう。途端にクラウスの表情が引き締まり、彼女を真っ直ぐにみた。
「ケンイチ、さんの……良き理解者と、なってください。どれだけ成長が早くても、強くても……誰も、孤独には耐えられません。私の師が、そう言っていました。きっと今、ケンイチさんは……自分は独りだと感じています。だから、だから――――!」
そこまで言うと、クラウスはアインハルトの発言を手で制した。
「そうか。やっぱり、ケンイチは自分を独りだと思っていたんだね。なら、少しお灸をすえなければいけないね。僕と、オリヴィエと、エレミアでね」
だから、大丈夫だよ。とクラウスは自信有りげに言ってみせた。その姿は妙に頼もしくて、アインハルトはいつの間にか心の中にあった不安が無くなっていた。
「さぁ、そうとなれば早速だけど、作戦会議だ。じゃあ、またね。アインハルト」
「はい……ありがとうございます」
「こちらこそ、ケンイチのことを教えてくれて、ありがとう」
そう言って、クラウスは部屋を出て、どこかへと行ってしまった。その後ろ姿を見ながら、アインハルトは考える。
「私にも、できることがあるはず……」
答えを出すために、アインハルトは眠気が襲って来るまで考えに耽るのであった。
◆
――――最優先事項、神崎健一の治療。及び、共存。
――――準最優先事項、エグザミアの保護。
――――優先事項、現在居る空間からの脱出。
「大丈夫、だよ。魔力が回復すればきっと……俺の力で、外に出ることが、出来るから」
「はい。ずっと一緒に、世界を歩みましょう」
「あぁ……そう、だね」
たった二人しかいない空間の中、少年少女はひと時の安息に身を預ける。
お互いに寄り添い、支えあって眠るその姿はとても微笑ましい。
「……私は一体、何をしているのだろうな」
しかし、その空間の中にはもう一人の介入者がいた。少年少女はお互いにもたれ合って眠っている。致命的な隙なのだが、その者はあえてその隙を見逃した。
故に、自嘲気味に呟いたその言葉は、誰に聞かれることもなく、ただ虚しく自分の頭に響くだけだった。
はい。14474文字という長い文章を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!
今回は色々と進展(?)がありましたね。健一の出番がほとんどないのはご愛嬌。次は……出るかどうかはわかりませんが、二話先には必ず出ることを保証いたします!
それにしても、個人的な感想なんですけど……真面目なアミティエ書くのって、やたらと難しくないですか?? 真面目だからテンション無駄に上げることができず、かといってどんよりとしているわけではなく、更には敬語。さじ加減がわからないのです。うぅむ……最近の悩みは、とにかくアミティエのセリフを書く事が難しいことですね。
ちなみに、次の話は未定です。もしかしたらまたこういった話を一話書くかもしれませんし、物語を加速させてちゃっちゃとGOD編を終わらせるかもしれません。そこは蓋を開けてみるまでお楽しみ、ということでお願いいたします。
さてさて、それでは今回のあとがきはここまでにしようと思います。
二次創作者のエネルギー源は感想やご意見や評価となっております! つまり、いつも通り、感想やご指摘や評価やお気に入り登録や批判を募集しております!
それでは、今度は次話か感想枠でお会いしましょう。文章がおかしい点は、じゃんじゃんご指摘くださると助かります!