この理不尽な世界に一筋の光を   作:ウサウサギ

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 まずは一言。

 お気に入り件数がいつの間にか100を突破して124件! そして感想の方を1件、本当にありがとうございます!

 少し間が空いたにも関わらず、しっかりと見ている方がいて、感無量とは、まさにこのことです!

 そして今回はようやく、自分の納得出来るものが書けたと思っています。これから果たして、物語はどう展開されていくのか。

 それでは、本編の方をどうぞ!

※fortissimoのBGM「復元する原初の世界」を聞きながら執筆しました。もしよろしければ、そちらを聞きながら読むと良いかもしれません。


第十五話 想いの力

 半径数十メートルほどのクレーターが出来上がった荒野。舞い上がる土煙の中、その中央には、二つの影があった。その二つの影の立ち位置は変わっており、お互いが背を向けている。

 

 しばらくして、土煙が晴れた。その影は当然ながら、健一とガルシアのものだ。先ほどの激突とは打って変わって、不気味なほどの沈黙がそこにはある。

 

 オリヴィエ、クラウス、エレミアの三人は、勝敗の行方がどうなったのか、クレーターの中を覗き込む。お互いに動かない時間が数十秒、あるいは数分続いた中、遂には片方が倒れた。

 

 ――――倒れたのは、ガルシアの方だった。

 

「嗅覚、固有感覚、視覚、聴覚、触覚、味覚、痛覚――――七つの感覚を奪った。ガルシア、お前はもう俺には届かない」

 

 青いオーバージャケットと黒いズボンを纏った健一は静かに、しかし遠くに居る三人にも聞こえるほどハッキリとした声で言った。それに対して、ガルシアはピクリとも動かない。いや、正確には動けなかった。

 

 ――――『未だ果てず重なる七色の誓約(オーバーロード・テュルヴィング)』――――

 

 それは、本来彼が使えるはずのない能力『復元する世界(ダ・カーポ)』によって、『黄金色の聖約(ティルヴィング)』の使用回数「零」の状態に回帰させ、更にそこに『グリモワール』の能力を付与させたあと、その大罪の数だけ(つまり七回)、一撃に重ねて同時に『黄金色の聖約(ティルヴィング)』放つという、『召喚せし者(マホウツカイ)』の観点からみてもとんでもない、まさに一撃必倒を実現する攻撃だ。

 

 コンマの誤差すらない七度の同時攻撃は、寸分違わず、ガルシアの右手に掠る。本来なら直撃する筈の光速の斬撃は、ガルシア自身の実力によって、かすり傷程度の被害におさまっていた。しかし、掠る、たったそれだけでも、『七つの大罪(グリモワール)』の追加能力――――罪を相手に与え、それに対応する感覚を奪う能力――――は発動する。

 

 そのため今、ガルシアからは七つの感覚が抜け落ちている状態だ。そのせいで、自分が生きているかどうかさえ、分からないだろう。

 

 勝敗は既に、健一と激突するその瞬間から、決まっていたのだ。

 

「……あの頃に戻りたい、か」

 

 なんとも情けない弱音だ、と健一は自嘲する。しかし、それを強く願うことが、『復元する世界(ダ・カーポ)』の使用条件だった。

 

「本当に、戻りたいよ。あの平和で、優しかった世界に……この世界に、来る前に」

 

 それでも、弱音を捨てきることはできない。そしてその弱音こそが、『復元する世界(ダ・カーポ)』を使う条件に至らせたという皮肉に、健一はますます世界を恨めしく思う。

 

「……だけど、そのおかげでやっと、連鎖を断ち切れる」

 

 ガルシアには目もくれず、健一はオリヴィエ、クラウス、エレミアの方を見た。次はあの三人だと標的を定め、一歩、二歩、三歩と、歩みを進めた時だった。

 

「――――か、はっ……?」

 

 胴体が炎に焼かれたような熱を持つ。それだけではなく、紅の液体が噴水のように目の前に飛び散った。何が起きているのか理解に及ぶのに数秒、その間に、健一は大地に崩れ落ちた。

 

「か、ふ……」

 

 べちょり、と嫌な音が聞こえた。紅い液体が大地を濡らしていく。その液体の正体は、健一のこれまでの経験から、数十秒という時間を用いることによって、思い当たることが出来た。

 

 

 ――――血液――――

 

 

 それが今、健一の体から溢れ出ている液体の名称だ。出血量は生半可なものではない。『召喚せし者(マホウツカイ)』でなければ、間違いなく、答えに至る前に死んでいた。

 

 それほどの傷を健一に与えたものは、一人しかいない。今、七つの感覚を失ったことによって倒れているガルシアだ。

 

 今の攻防、一見して健一がガルシアを紙一重で倒したように見えて、結果は実は逆だったのだ。

 

 ガルシアは正確無比に迫る七つの同時攻撃を、完全に避けることなく敢えて身を削ることで、健一に向けて全力の一撃を叩き込んでいたのだ。

 

 達人の一撃は、数歩動いて初めて効果が現れる、という漫画のシーンによくあるそれが、今まさに現実で起きた。そして、本当の敗者は健一だったことが、今ここで証明された。

 

「……だ、『復元する世界(ダ・カーポ)』ッ――――!」

 

 しかし、それも仮初の敗北でしかなかった。

 

 ――――『復元する世界(ダ・カーポ)』――――

 

 その能力は、本来事象を『巻き戻す』という、規格外の力。本来は『24時間以内の状態に戻す』ことが限度だったそれは、健一の『消費魔力量変化』の改造によって、『216時間以内の状態に戻す』ことまでを可能とした。だからこそ、『黄金色の聖約(ティルヴィング)』の使用回数を「零」に巻き戻すことが出来る。そして何より――――

 

 先ほどガルシアから受けた傷を、「傷を受ける前の自分」に『巻き戻す』ことだって出来る。だからこそ、健一の魔力が尽きない限り、彼の敗北は何度でも巻き戻される――――!

 

 つまり、健一の傷は、その能力によって無かったものとされる。先ほどまで重傷を負っていた彼の姿は、既にそこにはない。無傷の彼が、今そこには立っていた。

 

「ごほっ、ごほっ……本当に、とんでもない爺さんだよ」

 

 世界を隔てて違う力の差を、その地力によって埋める。深い、深い溝を埋めるその力は、凄まじい、の一言に尽きる。しかし、それでも『召喚せし者(マホウツカイ)』に勝つには、あと一歩だけ、足りなかった。

 

「だけど、所詮この程度なら……オーディンを殺すことはできない」

 

 いくら地力があったとしても、越えられない壁がある。奈落の底まで続くほど深い溝を埋めてその先に居る敵に届かせる手段は、決して存在しないのだ。その溝(『永遠』)そのものを消滅させない限り、絶対に。

 

「強いとか、速いとか、巧いとか……そんなもの、オーディンの前には全て無意味なんだ。そしてその理不尽が、『召喚せし者(マホウツカイ)』の中では当たり前なんだ。どれだけキレイゴトを並べても、現実を乗り越えることは不可能なんだ。理不尽には、キレイゴトをぶつけても意味はない。同じ理不尽をぶつけなければ、そもそも勝負にすらならないんだ」

 

 新しい能力、『復元する世界(ダ・カーポ)』があるとしても、オーディンを殺しきれるとは断定できない。ただ、オーディンを殺す可能性が増えたに過ぎない。そしておそらく、通用するのは初見の一度のみ。勝てる確率は、一割にも満たない。

 

「俺すら越えられないお前に、可能性は皆無――――」

 

「なら、私たちが越えてみせます!」

 

 突然の声、首へと与えられる強い衝撃。不意を突かれた健一は、その攻撃を何の抵抗もできずに受け、一瞬、全身から力が抜ける。

 

「がっ……、こ、の……!」

 

「悪いけど――――」

 

「――――手加減はしません」

 

 右肩の関節が粉々になるような痛みと、胴体全体に広がる鈍痛が健一を襲う。見てみると、クラウスが胴体を、エレミアが右肩を攻撃していた。クラウスはただ殴打しただけのようだが、エレミアの方が不味い。こちらの右肩を、容赦なく逆に曲げ、破壊していた。

 

「――――ッ! 『俺を逃がせ』!」

 

 密着された状態では、あまりに分が悪い。瞬時に判断した健一は、『ギャラルホルン』の能力『曇りなき真実の嘘(アルケイディアジンクス)』を使い、十メートルほど後方へと瞬間移動する。

 

「やってくれたな……!」

 

 オリヴィエの首筋への強烈な蹴りに、クラウスの殴打、エレミアの局所破壊技。洗練されたチームワークに、健一は後れを取ってしまった。

 

「ケンイチさんに重傷を負わせることは、私一人では無理でした。クラウスと、エレミアの力があってこそ、これほどの成果が得られました」

 

「だから、俺も加われば、更に良い結果が待っている、と?」

 

「はい」

 

「……ははっ」

 

 健一が笑った。大人ぶった笑いではない。ただ何かがおかしくて堪らないような、純粋無邪気な、子供の笑い方だ。

 

「ははっ、ハハハ! まさか、この程度で、可能性を導き出せると思っているのか! 不老不死であり、実力が俺とは次元が違う、あのオーディンに対して! もし、本気でそう思っているなら、これほど面白いことはないよ!」

 

「いいえ、今のはただの準備運動です。本番は、これからです」

 

「……そう」

 

 オリヴィエの言葉を聞いて、ピタリと笑いが止まる。右手に持っていた『スウァフルラーメ』は取り落とし、オリヴィエたちの近くに転がっている。真の姿を見せているそれを、オリヴィエが拾い、構える。その時、ある『召喚せし者(マホウツカイ)』の姿が重なって見えて、健一は苦い表情を浮かべる。

 

「なら、教えてあげるよ。『召喚せし者(マホウツカイ)』の、本当の恐ろしさを――――!」

 

 ――――『復元する世界(ダ・カーポ)』――――

 

 それにより、もとの無傷の健一が姿を現した。今までの攻撃が、全て『無駄』となる。しかし、それはほんの小さな理不尽に過ぎない。

 

「それが、恐ろしさかい?」

 

「そんなわけないでしょ。――――今から、試すんだよ。耐えられるか、どうか」

 

 元通りとなった健一の右手に、蒼色の魔力が集約されていく。それは三人、全員が見たことのある光景だ。

 

「言っておくけど、もう手加減はしない。でも、俺の魔力総量だと、本物の神話魔術は再現できない。……ほんの五分の一ほどの出力だけど、耐えきれるかな? 三十万人を一度に屠ったそれよりも強い、この一撃に」

 

 しかし、そこに更に黄金色の輝きが加わり、先ほどとは比べ物にならないほどの魔力が絡み合う。

 

「ッ!」

 

 その危険性に逸早く気づいたエレミアが瞬時に駆け出した。遅れて、クラウスがエレミアに追従する。

 

「見せてあげるよ。どれだけ足掻いても、決して変わらない『現実』を」

 

 その静かな勝利宣言に、駆け出した二人の全身に鳥肌が立つ。選択を誤った、と思ったときにはもう遅い。たった一つの選択のミスが、戦場では『死』へと直結する。『召喚せし者(マホウツカイ)』相手であれば、尚更その傾向は顕著になる。

 

「『神をも射抜く拳狼の雷槍(アスガルド・ヴォルフ)』――――ッ!!」

 

 健一の右の拳から、圧縮された魔力の全てが放たれる。それはあまりに強大で、無慈悲な現実。どれだけ足掻いても、絶対に弾くことのできない災いが今、目の前から迫ってくる。そこに格闘術がどれほど役に立つのか。目の前のそれは、相対するのではなく、避けきることが正解だと、嫌でも理解させられる。しかし、選択を誤った今では、その行動を取ることは出来ない。

 

「殲撃(ガイスト・ナーゲル)――――ッ!」

 

 エレミアは全力でその現実に抗う。イレイザーという、対象を消滅させる魔法を纏わせた拳で、神話魔術に対抗する。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

 エレミアを飲み込もうと、神狼の宿る雷槍が咆哮する。獣のように荒々しいそれは、三人の中で一番武芸に秀でたエレミアでさえ受け流すことが出来ないでいる。エレミアの爪は全力で自分に迫り来る脅威を押しのけようと、更なる魔力を使い、唸りを上げる。

 

「エレミア!?」

 

 たまらず、後ろにいたクラウスが声を掛けるが、その声は耳に入っていない様子だ。

 

「……受け止めても、無駄なんだよ。お前が触れている時点で」

 

 ――――『九つの世界(ノートゥング)』――――

 

 ゾクリ、とエレミアの全身に強烈な悪寒が走る。身の毛がよだち、本能が全力で警邏を鳴らす。アレはマズイ、と。本能に従い、すぐさま奥の手を使おうと、全身から魔力を絞り出した、まさにその刹那。

 

 エレミアは、健一の攻撃に飲み込まれた。辛うじて、その先に居たクラウスとオリヴィエは避けたが、エレミアは直撃を余儀なくされた。

 

「あ……ぁ……」

 

 どさり、とエレミアが崩れ落ちる。神話魔術の直撃を受け、魔力をほとんど使い……重傷だ。今すぐどうこうなるものではないが、戦闘続行は明らかに不可能だ。

 

「これが、人間と、『召喚せし者(マホウツカイ)』の決定的な差だ。『召喚せし者(マホウツカイ)』は未来さえも選び、それをこの世界に反映させることが出来る。今、俺は九つある並行世界のうち、『防御出来なかったエレミア』を選びとり、そして反映させた。その結果が、これだ」

 

 触れた瞬間、未来を選び取る能力。それは即ち、防御不可能と同意だ。防御出来ないのであれば、圧倒的防御力でそれを耐え忍ぶか、避けるかしかない。

 

 しかし、恐ろしさはそこだけではない。健一は最初、なんと言っていた?

 

「……これが、五分の一?」

 

 そう、五分の一。本来のその攻撃力の、たった五分の一の威力が、目の前の惨状を作り出した。エレミアは戦闘不能。攻撃に巻き込まれた大地は抉られて、それは遥か後方まで続いている。酷い箇所は、地割れを起こしている。

 

「オーディンは、この五倍の威力の攻撃を、たった20%の出力で繰り出すことが出来る。攻撃範囲は、半無限だ。

 ――――これで解ったでしょ? お前たちは、オーディンの足元にすら及ばないって」

 

 世界さえも滅ぼす、神話魔術。なるほど、確かにその一撃は、世界を滅ぼすに値するものなのだろう。

 

 ならば、対処方法は?

 ――――答えは簡単。避けるしかない。

 

 攻撃範囲の底が見えないものをどうやって?

 ――――答えが出てこない。

 

「――――なら、今度は私が、ケンイチさんの中の『闇』を断ち切ります」

 

 クラウスの横にオリヴィエが立つ。その手に持つのは、真の姿を見せている『スウァフルラーメ』だ。それも、魔力が圧縮されており、いつでも神話魔術が発動出来る状態になっている。

 

「……闇? 俺のどこに、闇があるんだ?」

 

「夜桜さんに聞きました。ケンイチさんの中には、ケンイチさん以外に十三人の人格が取り込まれている、と。そしてその十三人全てのマホウを扱える、と。取り込まれた人格は、ケンイチさんのもとの人格と融合して、今までずっと、とても不安定な精神状態にあった、と。だから、今までずっと大人ぶったり、妙に子どもみたいなところがあったりと、性格にムラがあった、と」

 

「……確かに、そうだよ。俺は自分のマホウの副作用のせいで、本当の自分が表に出しにくくなった。純粋だった心は狂気に染まって、冷静になって、それでも尚狂気を孕んで、矛盾を抱えて……人のマホウを使うときは、その影響が顕著になる」

 

「だから、私はケンイチさん以外の『人格』を断ち切ります。これ以上、その苦しみを背負うことが無いように、今度は私がこの手で、ケンイチさんを救います!」

 

 その言葉には、確かに伝わってくる温もりがあった。優しさがあった。オリヴィエは剣を持っていない左手を差し伸べてきた。その手は触れれば、きっと涙が出るほど、優しい温もりを感じることが出来るだろう。

 

 しかし、そこまで感じ取って尚、健一は揺れ動かない。

 

「ふざけるな」

 

 それどころか、自分でも驚くほど冷たい声が喉から生まれ、オリヴィエへと返していた。さすがのオリヴィエも、それほど強く拒絶されると思っていなかったのか、不意を打たれたからか、一瞬だけ体を震わした。

 

「オリヴィエ、一つ勘違いしているから教えてやる。夜桜は真実を言いながらも、一番肝心なところをお前に伝えていない」

 

「……それは、一体?」

 

「俺の中にある人格は、俺がマホウを複製するために必要不可欠なものなんだ。その人を根本から理解して、受け入れて、その本質を見抜いて、再現し、復元する。そしてこれは、何も復元するときだけに必要なものではない。俺が他人のマホウを維持するための、維持費でもあるんだよ」

 

「っ!」

 

 そこまで言われて、オリヴィエも気がついた。そして、夜桜が自分から隠し通していた理由も、理解してしまった。

 

「夜桜さんは、ケンイチさんのマホウ。私がケンイチさんから人格を断ち切れば、つまり――――」

 

「夜桜は、消滅する」

 

 しかし、被害はそれだけにとどまらない。

 

「それに加えて、俺の戦闘能力のほぼすべてが消滅する。いま展開しているマホウも、左目以外は全て他人のものだ。加えて、俺の魔力総量は『召喚せし者(マホウツカイ)』の中でも最弱。低コスト化させた今でさえ、弱体化した神話魔術しか打てないのに……そんな俺から更に牙を抜けば、どうなる?」

 

 答えは簡単。間違いなく、攻撃手段を失う。それどころか、自分の身を守ることすら危うくなる。健一自身に、武術の心得は微塵もない。そもそも、習得する機会も、時間も、猶予も、ありはしなかった。

 

 故に、彼は他人の力を自分に取り込んだ。それだけが、理不尽な『現実』を乗り越えられる一歩だと信じたから。

 

 オリヴィエは今、そんな健一の考えを踏み躙ろうとしている。結果論ではあるのだが、それが現実なのだ。

 

「……それなら、ケンイチさんから、マホウそのものを、断ち切ります」

 

「つまり、俺を殺すと?」

 

「いいえ、違います。ケンイチさんとマホウが融合している事実だけを断ち切り、もとの人間に戻ってもらいます」

 

「……だけど、夜桜が消滅することに変わりはない。芳乃零二の人格が俺の中から消えることに、変わりはないからね。それでも尚、断ち切るのか?」

 

「…………」

 

 オリヴィエの『スウァフルラーメ』を持つ右手が震えていた。剣が重いからではない。自分がこれから行おうとしていた行為の残酷さに気づいて、それに恐怖しているのだ。

 

「俺はもう二度と、あんな弱い自分には戻りたくない。戻らない。大切な人が自分のあずかり知らぬところで死んで、それを後になって知るなんて、二度とゴメンだ。だから俺は絶対に、この力を手放さない。どれだけ俺自身が辛くても、それ以上に、俺は失う恐怖に怯え続ける方が辛いから。だから、俺から力を奪おうとするなら、例えお前だとしても、容赦はしない」

 

 健一からの明確な拒絶。嫌でもその気持ちが本物だと分かり、オリヴィエは言い知れぬ恐怖を感じた。

 

(このままだと、私たちは、ケンイチさんは……!)

 

 もう二度と、逢うことが出来なくなる。そんなことは絶対に嫌だ。恩も返せず、その存在を忘れるなんて。これから、話すことが出来なくなるなんて、絶対に、嫌だ。

 

(この剣に断ち切る力があるのなら、私は断ち切りたい。ケンイチさんと一緒に居られない未来を。そして、それから先に待っている災厄を、全て、断ち切りたい――――!)

 

『――――ろう』

 

「……えっ?」

 

 突如、オリヴィエの頭の中に声が響いた。真っ直ぐで、ほんのりとした雰囲気を持つ女性の声。いきなりの事態に、オリヴィエは目を白黒させる。

 

『断ち切ろう。その悲しい結末を。貴女の持っているそのマホウで』

 

 また聞こえた。それも、今度はハッキリと。どこから声がしているのか、一瞬慌てそうになるが、すぐにその声が答えてくれる。

 

『私は、貴女の持つその剣の中に居るの。健一君が拾い上げてくれた、私の――――鈴白なぎさの、残留思念』

 

「なぎさ、さん?」

 

 オリヴィエの声に呼応するように、白銀の剣がほのかに光る。そしてようやく、オリヴィエはこの声は幻聴などではなく、現実のものだと認識する。

 

「あなたは、一体……?」

 

『私は、健一君と同じ、《召喚せし者(マホウツカイ)》だった。今でも、覚えてる。私は、サクラちゃんに敗北したって。そして、コピーされた全てのマホウの中に、それぞれの《召喚せし者(マホウツカイ)》の思念が、未だに残っているの。あの子の大好きな、三人の思念も、表には出てないけど、残っているの』

 

「…………」

 

 まさか、模倣されたものではなく、本物の思念が残っているなんて。オカルトちっくな話ではあるが、今まさに現実に起こっていることが、鈴白なぎさの言っていることは真実だと証明している。

 

『私たちは、オーディンに勝てなかった。でも、健一君と貴方たちなら――――解決出来るかもしれないの。この負の連鎖を。十六年前から続いた災厄を、断ち切ることが出来るかもしれないの。どうしても、健一君だけだと、ダメなの。貴女に接触出来て、こうやって話を出来たのは、きっと神様が与えてくれた、最後のチャンスだと思う』

 

「それは、どういうこと、ですか?」

 

 あまりに唐突すぎる話に、オリヴィエは付いていくのがやっとの状態だった。しかし、時間の猶予もあって、鈴白なぎさもゆっくりと説明している余裕はない。

 

『貴女は、私とまったく同じ力《気まぐれな戦女神の祝福(トリックスター・ディプライヴス)》を持っている。不可能を可能にする力。その力こそが、今の、そしてこれからの健一君に、必要不可欠なの。彼が《究極魔法》を使うための、最後のピース。オーディンとの因縁を解決するための、唯一の能力。でも、その前にまず、彼の描いている未来を断ち切らないとダメ。予知してしまった未来を白紙に戻して、新しい可能性を導き出して。

 ――――もうすぐ、あの人が来るから。今は持てる全ての力を、想いを、それだけに費やして。そうすればきっと、全て、上手くいくから。だから、お願い! 今だけは私の言葉を信じて!』

 

 あまりに必死な言葉。そこには本物の想いが込められており、とても力強い印象を受けた。嘘を言っているなど、有り得ない。オリヴィエはそう感じたからこそ、震える手を止めることが出来た。そして、その剣を振り上げることが出来た。

 

「わかりました。私は、今描いている、健一さんの未来を……その悲しい結末を、絶対に、断ち切ります!」

 

『……ありがとう。――――迷い無き想いは、清く強大な魔力を生み出す。だから、貴女も迷うことなく、強く、真っ直ぐ願って。健一君の未来を、悲しい結末を、絶対に断ち切る、って。そうすれば、きっと応えてくれる。貴女の持つ、私のマホウ、《スウァフルラーメ》が、貴女の想いを、叶えてくれる。』

 

「はいっ!」

 

 そしてオリヴィエは目を閉じ、集中する。その間、健一はただ挑戦者を完膚なきまでに敗北に至らしめんと、次の行動に移るまで待っていた。これ以上の不確定要素をなくすために、相手の意志を、確実にへし折るために。

 

「『このひと振りで、私は貴方の未来を、悲しい結末を、絶対に断ち切る! お願い、あの人を救うために、助けるために、応えて、《スウァフルラーメ》――――!』」

 

 刹那、白銀の西洋剣《スウァフルラーメ》の内から魔力が爆ぜるようにして溢れ出した。オリヴィエ・ゼーゲブレヒト、鈴白なぎさ、二人の迷いのない真っ直ぐな想いが重なり、今までにないほどの清く強大な魔力が生み出される――――!

 

「なっ!?」

 

 その光景に、健一は驚きを隠せない。その膨大な魔力量も、オリヴィエが《スウァフルラーメ》を使いこなそうとしていることもそうだが、何より一番驚いたことが――――

 

 ――――オリヴィエの背後で、鈴白なぎさが、彼女と一緒に剣を構えていることに、驚きを隠せなかった。半透明で、おそらく実体を持っていないであろう亡霊だが、そこから生み出される魔力は確かに本物だ。

 

 

 ドクン。嫌な鼓動が、健一の中で鳴り響く。あれはどうやっても防ぎようがない。直感で分かってしまった。それほどまでに、鈴白なぎさの、そしてオリヴィエの想いは、強い。

 

 傷だらけになりながらも、必死にやってきた自分の覚悟とは、力強さそのものが違う――――!

 

「ふざ、けるなぁぁぁ!」

 

 健一の内から魔力が爆ぜる。しかし、それは先ほどのオリヴィエたちが噴出した魔力に比べれば、その場しのぎにしかならないことは、嫌でもわかった。

 

「やっと、やっと、やっと手に入れたんだ! 失わないための力を! これから生きていくために、アイツを打倒する可能性のある力を! やっと手に入れたんだ! こんなところで、こんなところで、あの頃の自分に戻ったら、俺は、また何も出来ないまま、大切な人を失う! そんなことは絶対にさせない。させるものか! 断ち切らせない! 俺のこの想い、願い、そしてそれを叶える力を、失うものかぁぁぁ!」

 

 それはまさに、無力な子どもが心の奥底に潜めていた悲鳴だった。今まで蓄積してきたものが、全て外へと吐き出される瞬間だった。

 

「『復元する世界(ダ・カーポ) 術式固定(アインハルト)』――――!」

 

 それは『復元する世界(ダ・カーポ)』の派生技であり、芳乃零二の能力が至った、究極の到達点。常に自分をある一定の状態に戻し続ける――――つまり、一時的な不老不死を術者に与える、最強の防御能力。

 

 あの幸せな世界に戻りたい。でも、力のない自分に戻るのは嫌だ。幸せな世界は、力を得る前の世界。でも、力を得た時の世界は、幸せを失った世界。

 

 どうしようもない矛盾が、健一の中に生まれる。そしてその矛盾という名の脆さが、敗北への切符となる。

 

 勝利の女神はいつだって、勝ちたいと強く想う者の前に降り立つのだから――――!

 

「……ッ!? 発動、しない?」

 

 魔力を消費される感覚が無い。それは即ち、能力が発動していないことを意味した。最強の防御能力は、今の健一の心の綻びによって、発動しなかったのだ。そもそも、発動条件を満たすことが出来ていなかったのだ。

 

 ――――戻りたい。その強い想いが、『復元する世界(ダ・カーポ)』を発動させる絶対条件。しかし、今の健一は同時に、力の無い自分に戻りたくない、とも思ってしまっている。

 

 戻りたい、戻りたくない。相反する二つの想いの強さは互角。たどり着く先は大切な人を失いたくない、と同じはずなのに、二つの想いは明確に違う。健一の弱さが明確に現れた、その瞬間だった。

 

「ケンイチさん、貴方の悲しい運命を、私が今ここで、断ち切ります!」

 

 そしてオリヴィエからの勝利宣言。彼女から溢れ出る純粋な魔力は、今の健一には眩しすぎた。

 

 ――――しかし。

 

「負けられない……負けられない、んだよ! ここで俺が負けたら、アイツが、お前たちを……!」

 

 だからといって、健一は黙ってやられるわけではなかった。最強の盾を失っても、まだ彼には最強の矛が残っている。

 

「はぁぁぁああああああ――――!」

 

 出し惜しみは許されない。自分に残された全ての力を右の拳に集め、たった一度しか使えない、最強の矛を、健一は振り抜いた。

 

「『天地創造の神槍(グングニル)』――――ッ!!」

 

 赤色の魔力が迸り、世界を滅ぼす一撃がオリヴィエを襲う。彼女は剣を振り上げたまま、何も行動しない。ただ目をつむり、集中している。

 

 ――――勝った! 健一は確信する。あの距離から、今の状態から、技を繰り出すことは不可能。避けることも不可能。最強の一撃は、確実にオリヴィエを倒す。

 

 そんな慢心が、健一からあることを忘れさせていた。

 

 今、オリヴィエは《スウァフルラーメ》の本来の持ち主、鈴白なぎさと共闘していることを。そして何より、彼女に秘められたもう一つの力を、健一は失念していた。

 

「――――ッ!? なんで……なんで、なんでッ!?」

 

「『――――《有限殺しの無限回廊(アキレウス・パラドックス)》――――』」

 

「ッ!?」

 

 ――――《有限殺しの無限回廊(アキレウス・パラドックス)》――――

 

 それは自身に対するあらゆる数の概念を「零」にもっていくことが出来る、鈴白なぎさがサクラとの闘いにおいて、なぎさの友達たちへの想いが引き出した我流の概念魔術。それを自分に纏わせることによって、『あらゆるダメージを零にする』ことも可能となる。

 

 ――――故に。

 

 例え背後にそびえ立つ山が消し飛ぼうとも、大地が二つに割れてしまっても。

 

 鈴白なぎさを、オリヴィエを、攻撃によって倒すことは、絶対に不可能。

 

「『これが私の――――剣敵必殺ッ!!』」

 

 そしてこの健一が攻撃後に硬直した瞬間こそ、オリヴィエが、鈴白なぎさが求めていた、決定的な瞬間だった。

 

「『――――《黄金色の聖約(ティルヴィング)》――――ッ!!』

 

 溢れんばかりの輝きが解き放たれる。振り下ろされた聖剣は、所有者の迷いなき意志と想いに応えるべく、その力の限りを振るった。

 

 二人の所有者が心を一つにして、迷いのない、強い意志と想いによって放たれた一撃に、勝てるものは何もなかった。

 

 健一は声を発するまでもなく、輝きに飲み込まれた。それは破滅の光ではなく、未来を紡ぐための光。今ある確定された未来を白紙に戻し、別の未来の可能性を与えるための、ハッピーエンドを辿るための希望。

 

 彼の瞳には、既に破滅の未来が映ることはなくなった。未来視をすることの出来る神の眼は、未来を見通し確定付けるその能力を失った。

 

「そんな……こと、が」

 

 未来は白紙となり、これから紡いでいくのは、また別の未来。この地点は、まさに世界を分けるための分岐点。無限の可能性を秘めたその場所で、健一は涙を流し、笑っていた。

 

『カミやん』

 

 光の先に、人の姿を見た。その人は糸のように目が細くて、馴れ馴れしくて、それでも温かい、健一が尊敬をしている人だった。

 

『よう頑張った。ワイは結局負けてもうて、約束を果たせんかった。それは本当に申し訳なく思うとる。でも、そんなワイからの言葉を、聞いて欲しいんや』

 

 それは健一の幻想なのか、それとも現実なのか。それを健一は、現実だと即座に断定して、顔を涙でクシャクシャにしたまま、こくり、と確かに頷いた。

 

『えぇ子や。これはワイからの、餞別として受け取って欲しい。ほら、前にも言うたことあるやろ? この世には、日常的にもこんなにも奥深い神秘があるって。それは何も、エロい方向の話だけやない。カミやんが目指す、ハッピーエンドのためにも、必要なことなんや。

小さなことでも、大きな秘密が隠れとるかもしれん。それはもしかしたら、ハッピーエンドの扉を開くための、鍵かもしれんのや。ワイはその鍵を取り損なってしもうたけど……カミやんならきっと、掴み取ることが出来るはずや。ワイはそう信じとる。だから、覚えとって欲しい。どれだけ小さなことも、それを当たり前とは思わず、一度考えるんや。その先には、もしかしたら何も無いかもしれんけど、何かあるかもしれんのや。

 ――――要約すると、諦めたらアカンっちゅうことや。

 ……最後になるけど、カミやん。ワイはこれからも、お前のこと、見守っとるで。』

 

 それを言うと、その人は光の中に消えていった。その後ろ姿はどこまでも格好良くて、温かくて、優しくて……。

 

「はい、剣悟さん……ッ!」

 

 気づけば力強く答えて、頷いていた。そして、自分は独りではなかったということに、改めて気づかされた。

 

 健一は溢れ出る涙を拭った。しかし、拭っても、拭っても、涙は止まらなかった。何度も、何度も、そんなことを繰り返していると、不意に誰かがハンカチで、溢れ出る涙を拭ってくれた。

 

『ほら、泣き止んで。健一くんっ!』

 

「っ……! 陽菜子、ねえさん?」

 

『うん。それに、真田さんもいるよ!』

 

『……久しいな、少年』

 

「お兄、さん……」

 

 手を伸ばせば触れられる距離に、二人は居た。元気で優しい少女と、そのおとものサングラスをかけた、外見は少し怖いけど、本当は優しいお兄さん。

 

『あのね、陽菜子たち、健一くんにお話があってきたんだよ』

 

「お話……?」

 

『うん。あのね、これからは、ちゃんと私たち以外の人のことも、信じてあげてほしいの。それはちょっと、健一くんには難しいことかもかもしれないけど、でも、これからずっと誰も頼らず、っていうのは、絶対にダメなの。だって、そうすることで、可能性が狭まっちゃうんだよ?』

 

「可能性、が?」

 

『未来への可能性のこと。信じてあげないと、本当に望んだ結末は、絶対に訪れないんだよ。ここは分岐点だから、陽菜子たちは干渉出来ているけど……これから先は、きっと話し合うことも出来ない。だから、これが陽菜子からの、最後の注意。

 ――――あの子達を、人を、信じてあげて。それはきっと、幸せな未来に繋がるはずだから、ね?』

 

「……うん。うん。わかった、よ。陽菜子ねえ、さん……!」

 

 泣きじゃくる健一に、少女は優しく涙を拭いた。まるで姉が、泣いている弟をあやすように、それは優しく、温かい。

 

『もう。子どもなのは、変わらないんだからぁ……ほら、泣き止んで。真田さんからも、お話はあるんだから。』

 

「……お兄さん、からも?」

 

『ね? 真田さん』

 

『…………』

 

 話を振られたお兄さんは、自分の心の中で整理をつけるためか、はたまた言いたいことを整理するのか、しばらくの間、沈黙を守った。

 

 そしてまるで、自分に対して一番集中力が研ぎ澄まされた、その頃合を見計らったように、お兄さんは口を開く。

 

『……少年、時には切り捨てる、その覚悟を持て。重荷を、他の誰かと共有する。そうすれば、きっと……望んだ未来を、切り開ける。』

 

「…………はい」

 

 言葉少なでも、伝えたいことは、確かに伝わった。不器用な人だけれど、優しくて、温かい人。そんなお兄さんだからこそ、健一はその人のことを、本当の兄のように慕っている。

 

『……お嬢、行きましょう。』

 

『はい。……健一くん、ちゃんと、見守っているからね。』

 

 そうして二人は、光の中に消えていった。いや、お兄さんだけは、光の中に完全には消えず、僅かにその影を残していた。

 

『……少年。その勇姿を、見届けよう。』

 

 最後にその言葉を残して、お兄さんもまた、光の中へと消えていった。

 

「……っ、っ!」

 

 もっと話をしたかった。その気持ちはあったが、きっと、そんな猶予はみんな、残されていなかったのだろう。

 

 もう二度と、話が出来ない。それを感じると、どうしても涙が溢れ出て、止まらなかった。

 

 今この時だけは、子どものように泣きじゃくり、停滞する。分岐点となる場所で、少年は独り、泣いていた。

 

「剣悟さん、陽菜子ねえさん、お兄さん……っ!」

 

 どれだけ泣いても、あの心地よい時間は、もう二度と戻ってはくれない。わかっているのに、止まってしまう。歩みを、止めてしまう。

 

「――――ケンイチさん」

 

 そんなときだった

 

「……えっ?」

 

 手を差し伸べられた。それが自分に向けられたものだと気づくのに、数秒を用いた。

 

「行きましょう。これから、未来を紡ぐために。失わない結末に、たどり着くために。私たちと、一緒に」

 

 見上げると、そこにはオリヴィエの姿があった。先ほどまで敵対していたというのに、彼女からは、温かさが感じ取れた。他の邪な想いは、まるで無い。真っ白な布のように、清潔な想い。そして、純粋な笑顔。

 

「みんな一緒だよ。君だけを独りには、絶対にしないさ。だから行こう、一緒に」

 

 オリヴィエの隣から、手を差し伸べてきた人が居た。見てみると、そこにはクラウスが爽やかな笑顔を浮かべて立っていた。オリヴィエとはまた違った、綺麗な顔だ。友人としての情が、そこには溢れていた。

 

「これからも、共に歩みましょう。切磋琢磨しながら、一緒に」

 

 クラウスの隣からも、手を差し伸べられる。そこには穏やかな笑顔を浮かべた、エレミアが居た。静かだけど、そこには確かな思いやりと、対等な関係がある。時には笑い合い、時には競い合う。温かい、戦友としての関係。

 

「あなたは私の臣下です。臣下を見捨てるなんてことは、絶対にしません。行きましょう。私たちと、一緒に」

 

 エレミアの隣から、イクスが手を差し伸べてきていた。言葉には決意と覚悟が込められており、その表情は花が咲いたように綻んでいる。そこには確かに、守りたいものがある。そして、主従を越えた温かさがある。

 

「まったく、世話をかけさせおって。お主は独りではない。儂が正しく、教え導くと言ったであろう? 歩もう、一緒に」

 

 イクスの隣から、ガルシアが手を差し伸べてきた。その手はシワシワで、それでも確かな強さがそこにはあって。そして何より、どれだけ引っ張っても動かないような頑強さが、そこにはある。まるで、迷惑をかけて来いと、言わんばかりに。

 

「ったく、なに泣いていやがるんですか? さっさと行くぞ、一緒に」

 

「知り合って間もないが、私と貴様の間には主従の関係がある。出来ることなら、その重荷を分け合って、行こう。一緒に」

 

「ちょっとしか話したことがないけど、貴方は私たちの主。お許し頂けるなら、行きましょう。一緒に」

 

「かつては敵同士だったが、今は主従の関係。そして、戦友でもあると思っている。行こう、一緒に」

 

「……夜天の書を直してくれて、礼を言う。そして、これからがあるのなら、行けることを願う。一緒に」

 

 鉄槌少女ことヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ、管理人格。それぞれが手を差し伸べてきた。そこは個性で溢れており、仏頂面をしている者もいれば、僅かに微笑んでいる者がいて、器用に綺麗な笑みを浮かべている者もいれば、格好よく微笑を浮かべる者がいて、そして不器用に笑みを浮かべるものがいる。

 

「……マスター。私たちは、二心同体のパートナーなんだよ。これから、辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと、楽しいこと……いっぱい、いっぱい、あると思う。そんなとき、私は、マスターと一緒に」

 

 そして夜桜が、手を差し伸べてきた。その顔には、期待や不安が詰まっていて、それを隠せないでいる彼女がいて……それでも、心から楽しそうに、笑顔を浮かべていて。

 

 

 ――――あぁ、こんなにも沢山の、仲間が居たんだ。

 

 

 差し伸べられた手を見て、その人の顔を見て、言葉を反芻して。健一は、涙を拭いた。まだ少し溢れてくるが、それはきっと、喜びの涙。だから、これくらいは流していても、いいと思った。

 

「うん、うん……そうだね。うん。行こう、行こうッ。みんなで、みんなで、みんなで、一緒に!」

 

 座り込んでいた状態から、健一は誰にでもなく手を伸ばした。

 

 すると、差し伸べていた全ての手が、健一の手を引っ張って、立ち上がらせてくれた。手をとって、歩き出してくれた。それだけのことなのに、妙に嬉しくて、また涙が溢れてくる。

 

「――――行きましょう。これから先の未来へと、一緒に!」

 

 最後のそんなオリヴィエの言葉に、健一は不器用ながらも、混じりけのない、純粋な笑顔を浮かべた。顔は涙でクシャクシャになって、酷い有様ではあったが、それでもその笑顔だけは、とても輝いていたのだった――――

 

 

 

 

 




 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!

 今回は15190文字という、かなり長い文字数になっています。説明が長ったらしくなかったか、あるいは分かりにくくはなかったか、など心配なところが多々ありますが、早めに更新出来て本当に良かったと思います。

 やっと、やっと健一が丸くおさまるところまでもって行けました! ここまで長かった。文字数にして、総合17万くらいだと思います。

 しかし、GOD編は未だに終わってはいません! ここは一番の見せ所でしたけど、これからまだ見せる部分は出てきます!

 さてさて、それではお早めに皆様に話を届けたいので、今回のあとがきもここまでにしましょう(書くネタがないだけです)。

 感想、コメント、批判、ご指摘、一言、などなど随時募集していますので、もしよろしければ感想欄にも立ち寄っていただければと思います!

 そしてこれからも、この二次創作をよろしくお願いいたします!
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