「うぅ……」
体がダルい。頭が痛い。明らかな体調不良だ。先の芳乃創世との戦いで、かなり無茶をしてしまったせいだ。
しかし、起きなければならない。本能的にそう感じて、起き上がる。
そして周りを見る。部屋の中だった。高級そうな調度品に、部屋の内装。自分の寝ているベッドを見て、「うわっ」と思わず声が漏れた。何せ、ベッドの大きさが普通ではない。大人五人が余裕をもって横になれそうなほど、それは大きい。そして改めて部屋の中を見て、とてつもなく広い、と感じた。ここは何処かの王宮の一室なのだろうか? などと思ってしまったほどだ。
「……此処は? ――いや、それよりどうして……」
どうして自分は死んでいないのか。そんなことを考えると、すぐに思い出した。あの芳乃創世との戦いで死ぬ直前に、何者かの声に導かれ、意識を失ったのだと。
「五体満足、か……」
それはつまり、あの攻撃を受けなかったということの証明でもある。ならば、あの瞬間にあの声の通り、本当に戦乱の時代に飛ばされた。そう考えると、合点がいく。いくら必中の概念があったとしても、そのように時間や世界を超える事は出来ないからだ。
「……魔力はいつも通り、か。マホウは……うん、問題なく使える」
自分のマホウ、『失われた神眼(オーディンのまなこ)』が正常に発動することを確認し、どこにも異常がないことを確認する。そしていつになっても、このマホウで映し出される情報量には慣れない。あまりの多さに酔ってしまいそうだ。完全解析とは便利なようにみえて、実はとてつもなく厄介なものだと使うたびに思う。
「――ファンタジー、だなぁ……」
ベッドから降り、部屋の窓から見える景色を見て素直にそう感じる。目の前に広がるのは、中世ヨーロッパの街並みだった。現代を生きていた自分が、まさかこんな光景を見るとは夢にも思わなかった。思えば、あの石を拾った時から、運命の歯車は狂ってしまったのかもしれない。――と、少し脱線してしまった。街並みなのだが、少し違和感を覚えた。何というか……そう、活気があまりに感じられない。それが違和感の正体だ。
普通、街並みを見れば豆粒サイズではあるが、人が見える筈である。しかし、どれだけ見ても、ただでさえ少ない魔力を視力の強化に全て回しても、人の姿は見当たらない。まるでゴーストタウンのようだ、と思ってしまったのも無理はなかった。
「既に滅びた、にしては……綺麗すぎる」
最初は滅亡した国か? と思ったがすぐに違うと判断した。何故なら、争った跡がほとんど見られないからだ。ついでに言えば、死体が見当たらない。滅びた可能性としては二つ浮かんだ。一つは、戦争。もう一つは、疫病。しかし、戦争にしては前者のように争った跡が見当たらないのはおかしいし、疫病であれば後者のように死体が見当たらないのはおかしい。
「今は昼頃、だよな?」
太陽の位置を確認して、少なくとも朝や夕方、間違っても夜ではないことを確認する。これから行動するに当たって、色々な人から話を聞いておきたかったのだが……どうしたものか。もしかしたら、どこか別の場所――例えば町の外にある畑――に集まっているのかもしれない。ならば、空から見るのが良い。そうと決まれば、話は早い。
「――『魔術兵装(ゲート・オープン)――』
静かにマホウを展開する。三つの武装が身を包んだと認識した時点で、次の言霊を紡ぐ。
「『疾風迅雷(タービュランス)』」
窓を開け、自らを雷と化して空を切り裂くように飛ぶ。右往左往しながら、どこかに人がいないかと必死に探し、そこで町の近くに大きな畑のある地域を発見する。そこでは農作業をしているたくさんの人たちが居た。
「っ? アレは何だ!?」
「雷が、空中に走っている……? 夢でも見ているのか?」
「おい、こっちに落ちてくるぞ!?」
雷鳴を轟かせ、畑の手前で着地する。ある者はその音に、あるいは姿に腰を抜かし、ある者は勇敢にも戦闘態勢に入る。そんな中、着地した金色の髪の少年は、その異様な存在感と威圧感を隠すことも無く彼らに聞く。
「人がいて良かった。常識的なことをお聞きしますが、此処はどこで、どういった場所なのですか?」
「……アンタ、ここの住人じゃないようだな」
「はい……信じられない話しかもしれませんが、俺はこの世界とは別の世界から来ました。その証拠が、この姿です。これで証拠が足りないというのであれば……そうですね、あの山を、神話魔術で消し飛ばして見せましょう」
訝しんだ人々を前に、少年は少し離れた場所にある山を指差して、とんでもない事を言い始めた。その言葉を聞いて、人々の代表として話をしていた男の顔から一気に血の気が引いていく。
「ッ!? おいおい、それは勘弁してくれよ! あそこには、竜王が住んでいるんだよ! もし、そんなことしたら……怒り狂った竜王がここまで来て、この国が滅びちまう!」
「……まぁ、それはいいんです。今はとにかく、この世界の常識が分からないので、その住人である貴方達からご教授願いたいのです」
「――とんでもねぇガキだな。聖王様や覇王様も大概だが、お前は特に性質が悪い気がする」
男の愚痴から、少年が最も欲していた人物二人のワードが出てきた。耳ざとく聞いた少年は、すぐさま男に聞く。
「聖王に覇王……? 失礼ですが、そのお二方はどのあたりに居るのでしょうか?」
「ん? あぁ、聖王様も覇王様も、きっとシュトゥラに居る。シュトゥラってのは、このガレアから北に進むとある国だ。ただ、近頃は戦争が多いからなぁ……このガレアも、滅びるのは時間の問題だ。それと、聖王様も覇王様も、必ず居るわけじゃあない。出兵や遠征している時は、お二方も城を離れているだろうからなぁ……」
どこか遠い目をして、男はそう語った。そして少年は、聖王と覇王がここまで認知度が高いのならば、冥王もきっと何処に居るか分かる筈だ。そう思い、再び彼は訊く。
「では、冥王というのは何処にいますか?」
「……本当に、何も知らないんだな。冥王様は、このガレアの王だ」
「えっ?」
少年は思わず声を出していた。当然だ。近くには絶対に居ないだろうと思っていた五人の内、その一人がこの国の王をしているというのだから。それはもう、とても驚いた。
「ただ、今は冥王様自ら出兵している。ただ、勝率がなぁ……敵方三十万に対し、冥王様の軍は僅か三万。この国は、滅亡の瀬戸際に立たされているんだ」
「ッ!?」
それは不味い、と瞬時に思った。何故なら、少年は自身の都合上、指定された五人を絶対に死なせてはならないのだ。もしその戦で冥王が負ければ、殺されるのは必至。その時点で、このゲームと称された現実は瓦解し、後に死の現実を叩きつけられることになる。
「その冥王の軍はどっちに!?」
「き、急にどうし――」
「良いから早く!!」
少年の大声とその威圧感に、男は怯みぽつぽつと話し始めた。
曰く、このガレアは既に他国から何度となく侵略を受けている。それはこの国の王が暴君というのが風聞のせいで常識となっており、どこの国も大義名分を以て戦をすることが出来るからだ。そのせいか、ここ数年では既に三十以上の戦を行っており、国は完全に疲弊。土地も荒れ果て、何とかこの王都付近だけは無事だったが、他のガレアの近隣領地は壊滅。既に略奪されたとのこと。冥王は実際には暴君ではなく、ただ平和を目指して奮闘し続けている心優しい人だという。出兵したのは今日の早朝。ここから東に向けて行ったらしい。しかし、圧倒的な軍事力の差に敗北は必至。滅び間近とはつまり、そういうことだった。
「……情報提供、ありがとう」
「なに、別にいいさ。冥王様の本当の思いを、滅び間近であっても、誰かに知っていてほしかったからな。坊主、お前はもう行け。この国に居ると、お前まで殺されちまう」
「そうさせてもらいます。どうやら、時間も無いようなので」
そう言って、少年はすぐさま踵を返し、また雷と化して空を奔った。男があまりの眩しさに瞬きをした後には、既にそこには少年の影どころか、先の雷すら残っていなかった。
「……仕事に戻ろう」
男はそうして、どこか諦めた様子で収穫作業へと戻るのだった――。
――くそっ! 間に合え、間に合えよ!
秒速三十万キロで空を奔る者が居た。それは紛れもなく、先ほどの金色の髪の少年だ。彼は今、雷と化して空から冥王を探していた。
先ほどの男と話した時、そのついでにガレアの国旗がどんなものかを教えてもらった。また、冥王の容姿についても教えてもらった。どうやら、少年と歳があまり変わらない少女とのこと。だからこそ、急がなければならない。手遅れになる前に!
一体、どれだけ探していただろうか。
永遠にも感じられた冥王の探索は、ついに実を結んだ。
聞こえるのは、人々の雄叫び。怒声。そして、魔法による破砕音や爆撃音と、ただの現代兵器……いや、魔導兵器による重火器の音。
どちらが敵で、どちらが冥王かはすぐに分かった。
紅色の髪を後ろで一つにまとめた、チャイナドレスのような服と、黒いマントを羽織った少女。きっとあれが、冥王イクスヴェリア。想像以上に、その姿は幼く……憂いに満ちていた。
彼女と共に戦うのは、彼女が生み出す屍兵器のマリアージュと呼ばれる人型兵器。死人をベースとし、彼女が無限に生み出せるマリアージュの核を使う事によって完成する。しかし、知能はあまり高くない。人をベースとしているくせして、作戦行動能力は虫と同等。その反面、戦闘能力は群を抜いて高い。活動不能になったとき、周囲を巻き込む自爆攻撃もするようだ。
――これらは全て、少年自らのマホウで解析されたことだ。
「……」
少年は思う。どうして、平和を目指して奮闘している少女が、これほどまで辛い表情をしなければならないのか、と。
かつて自分が、ただ生きたいと望んだだけなのに、圧倒的に理不尽な存在に蹂躙されかけた時のように。彼女の気持ちが、胸が裂けてしまいそうなほど痛烈に、分かってしまう。
だから少年は、彼女の為だけに『魔術(ルーン)』を練り上げる。今自分に出来るありったけの思いを乗せて、遥か天空より、その輝きを増しながら。
その輝きに、戦場に居る誰もが顔を上げ、空を見た。
そして誰もが唖然とした。その光は恐ろしくも神々しく、その練り上げられた『魔術(ルーン)』は常識を外れていて、逃げ場など存在しないと瞬時に理解させられるほどの強大さをもっていた。
「……」
少し足りない。少年はそう思った。本当ならば『九つの世界(ノートゥング)』をも発動させ、確実に敵を仕留める未来を掴みたかったのだが……あの規格外との戦闘時に、ストックしていた魔力は既に底が尽きていた。
――そのため、今放てる神話魔術は、二通り。
一つは、ただ雷神の力を以て敵を消滅に導く、『総てを射抜く雷光(トールハンマー)』。本気で放てば、世界そのものを消滅に至らしめるとされる雷光の鉄槌。
そしてもう一つは、雷神と神狼の力が融合し神をも殺す一撃となる『神をも射抜く拳狼の雷槍(アスガルド・ヴォルフ)』だ。
――迷い無き意志は、純然たる強大な魔力を生み出す。
いつかのそんな言葉を思い出して、少年は決めた。これに更に思いを乗せて、今放てる全力の一撃をぶつけることを。そして、確実にこの一撃で決着をつけるために、人を殺めることを決意した。
その瞬間、少年の魔力が更なる唸りを上げた。それはまるで、雷を司るドラゴンの咆哮のように壮絶なものだった。遥か天空に居るというのに、下に居る何名かはその魔力に腰を抜かしたほどだ。
そして全員が、察した。
決着はおそらく、刹那。
少年がアクションを起こしたとほぼ同時に、終わる。
つまり、その一瞬にして勝敗が決する!
「――ッ!」
下に居る兵士たちが、少年に向けて一斉に魔法を撃ってきた。
しかし、遥か天空に滞在する彼にとってそのような魔法は、まさに眼中になかった。自分に魔法が到達するまでに、時間が開きすぎているのだ。彼はそんなに長く待つほどお人好しでもなければ、阿呆でもない。
彼はただ、『魔術(ルーン)』を練っていた。自分の満足にいくほど強力なそれを練る。ただ、あの少女の目に希望の光を焼き付け、憂いから解放するために。彼女を暗くするその闇を全て照らして、この一撃でそれを消し去るために。
「……終わりだ」
宣言された。それは少年による戦争終了の合図だ。右手を引き、膨大な『魔術(ルーン)』をその手に宿して、宣言通りこの戦争を終わらせるために、今まさにその総てを解き放つ。
「『総てを射抜く雷光(トールハンマー)』――――――ッ!!」
少年が咆哮し、右腕を目標の眼下へと突き出した瞬間に、全てが決まった。
相手が放った脆弱な魔法など、所詮は神雷の敵ではなく、ただ雷光に飲み込まれて消滅する。
――同様に。
眼下に居た冥王イクスヴェリアに敵対する勢力全てが、その雷光に飲み込まれるのに、たった一秒も掛からなかった。神話魔術の前に、所詮ただの人などは無力に過ぎた。
轟音と破壊音。雷光は地面に激突した瞬間、そこにある全てを消滅し尽くさんと更に唸りを上げて、地面を削る。響き、轟き、しかし人々の声は一切聞こえない。
そしてようやく、雷神の一撃が消えたかと思った時。
――目の前には、地獄絵図が出来上がっていた。
大地がこれでもかと言うぐらいに抉れ、大規模クレーターが作り出されている。敵対勢力の全てが地に伏し、それらは生きているかどうかさえ分からない。大半の者の装甲や兵器は砕け散っている。呻く者は誰も居ない。いや、声を発する者が誰も居ない。
敵対勢力側から見てみれば、それはまさに神からの怒りの一撃だ。たった一撃で、三十万の兵全てを戦闘不能にするなど、尋常ではない。おおよそ人一人に出来る範疇を越えている。
しかし、冥王イクスヴェリアの勢力からしてみれば、その一撃は希望にも絶望にも見える。当然だ。何せ彼女の側は、まだ少年が誰なのか、どういう目的なのか分かっていないのだ。そこでこの光景を見てしまえば……敵対すれば死ぬ、という現実を叩きつけられたに過ぎない。だが、味方にすれば、あるいは味方であれば……それは何にも勝る希望の光となる。
そして当の少年は、自らを雷と化して既に冥王イクスヴェリアの目の前に落ちていた。
「君が、冥王イクスヴェリアかな?」
「……はい。貴方は、一体――?」
「神崎(かんざき)健一(けんいち)。これでも一応、一端の《召喚せし者(マホウツカイ)》をしている者です」
「魔法使い? ……魔導師ではなく?」
「人間を超越した人間、それを俺の世界では《召喚せし者(マホウツカイ)》と呼びます。正確にはマホウの元となる石と融合した者、なのですけど……俺もそれほど詳しく理解しているわけではないので」
「そう、ですか」
金色の髪の少年の名は、神崎健一と言った。紅色の髪の少女、イクスヴェリアは彼を見る。穏やかな表情で、とても冷静。しかし、その目はどこか焦りを覚えているような様子だった。だけど、先ほどの光景を見ても彼を怖いとは思わない。
「折り入って相談があります。俺をガレアの武官として、籍を置かしてはもらえないでしょうか?」
「えっ……?」
突然、彼からそんな申し出をされて、イクスヴェリアは混乱する。何故、こんなに強い人が、滅びる間近の国に籍を置こうとするのか。どうして、これだけの実力を持ちながら、この国を選んだのか。もしかして、他国からのスパイ? と、一瞬思ったがそれは違うと即座に否定する。何故なら、先ほど助けられなければ、ガレアの敗北は必至。わざわざ敵勢力を全滅させてから助ける意味など存在しない。ならば、ガレアをどこかの国が利用しようとしているのか……? しかし、それも考え難い。これほど優秀な者が居る国であれば、そんな小細工なしでも戦争には勝てる筈。――そして何より、彼の目には何か切実な思いが込められている。不純なものは一切無い。このような目をする者が、人を騙す事など有り得ない。
結論、イクスヴェリアは彼を信じた。その実力と人柄を。だからこそ、跪いた彼に手を差し伸べた。
「このガレアでよろしければ喜んで、貴方を武官として受け入れいたします」
「光栄の極みでございます……。早速ですが、これから帰還しますか?」
「はい。きっと数日中に、再び侵攻されると思います。それまでに精一杯、対策をしなければなりません」
「……では、先に帰還を。俺は戦後処理をしておきますので」
「ありがとうございます。マリアージュは作戦行動能力が無いので、助かります」
「いえ、これくらいはお安いご用です。……それでは、またお会いしましょう」
そう言って、彼はその場から光速で立ち去ってしまった。イクスヴェリアはその後ろ姿を見ながら、ある一つの事実に気が付いた。
「ケンイチさん、でしたよね。あの人、どこかで見たことあるような……」
一体誰だったか、そんなことを考えながらイクスヴェリアはガレアへと戻って行く。
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