この理不尽な世界に一筋の光を   作:ウサウサギ

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最強のGさん登場。


第二話 どうやらGさんは色々とぶっ壊れているらしい

 ――イクスヴェリアが帰還した一方、健一はといえば。

 

「アンタが今回の軍の総大将、で合っているよな?」

 

 戦地の後方に居た老人……今回のガレア遠征軍の総大将のところに訪れていた。

 褐色の肌に、無造作に伸ばされた白髪を後ろで結い上げ、カイゼル髭と顎から頬まで少しだけ生えた白い髭。身長は百九十を超えているだろう。風格は如何にも武人といったもので、急所は紺色を基調とした鎧で隠し、そのほかの部分は服で覆ってあるだけだった。手に持っているのはその身長ほどもある戦斧。顔には大きなバツの字の傷痕。鋭い眼光は未だに衰えておらず、この戦場で唯一、『総てを射抜く雷光(トールハンマー)』の直撃を受けて、その後少ししてから立ち上がった者だ。

 

「然り。貴様の一撃、この老体には堪えたわい」

 

「嘘吐け。神話魔術を直に受けて傷一つ無く立っているヤツは、老人なんていうカテゴリーには入るわけがねぇんだよ」

 

「はっはっは! なるほど。先の一撃、神の力に匹敵するそれであったか。烏合の衆である下級兵の束ではあったが、数は三十万。それを一撃で儂以外を戦闘不能にしたのも、納得がいくというもの」

 

「……化け物が」

 

「褒め言葉として受け取っておこう。……それで、何の用だ? わざわざこんな老いぼれのところまで来たのだ。用が無い、というわけではあるまい」

 

 鋭い視線が健一を貫く。やはりこの爺さんはただ者ではない。老骨からはとても想像できない圧力に気圧されそうになりながらも、健一は何とか自分を奮い立たせ、後退しそうになるところをギリギリで踏み止まる。

 

「ふむ。身に余る力を闇雲に振るっているのではないかと思っていたのだが、どうやら評価を改める必要があるようだ。貴様も武人、というわけだ」

 

 そして健一は確信した。この爺さんはもはや自分と同じ位置に立つ、人間を超越してしまった存在だと。そして自分が今まで、相手を侮り過ぎていたと反省する。この武人相手に、本気の自分でも勝てるかどうかは分からない。マホウの自己再生力、半不死性を以てしても、そう思ってしまう。それほどに相手は強い。

 

「ならば、武人同士。今この時ばかりは、お互いの武で語ろうではないか」

 

 武人が戦斧を構えた。その様子に、健一は『戦鬼』や『戦神』などといった言葉が浮かび上がる。この相手には間違っても気を抜いてはならない。気を抜いた時点で、自分の敗北が決定する。

 

 冷や汗が頬を伝う。しかしそれでも拳を構える。こちらの武器は『雷光を打ち砕くもの(イルアン・グライベル)』という雷神トールの付けていたパイルバンカーガントレット。しかし、武器に差があると思ってはいけない。条件は互角、いやこちらが常に劣っていると考える方が良い。相手は歴戦の猛者と表現しても足りないほどの武人だ。慢心はすぐに敗北へと繋がる。神話魔術を使ってはダメだ。アレは『魔術(ルーン)』を練り上げるために隙が出来る。空へと逃亡して安心してもダメだ。敵はきっと、そういった対策すら事前に立てているほどの実力を持っている。相手が倒れるまで、何が何でも警戒を解いてはいけない。

 

「……とんだ災難だ。あの理不尽よりはマシだけど、こっちは化け物かよ。――だが、相手にとって不足無し。……いくぞッ!」

 

 踏込み、そして自ら雷と化して目の前の敵との間合いを瞬時に詰め、拳を振るう。

 

「はぁッ!」

 

「甘いッ!」

 

 しかし、その拳は戦斧の持ち手で防がれ、その反撃とばかりにすぐに戦斧を短く持ち、健一の右肩に振るわれる。

 

「くッ!?」

 

 雷鳴を上げながらその戦斧を、身を捻ることにより紙一重で躱す。残念なことに、健一は『疾風迅雷(タービュランス)』を使った光速戦闘には慣れていない。そのため、一対一の戦闘の時のように、複雑な動きを強いられる時にはとてもではないが使い物にならない。彼が光速を用いることが出来るのは、攻撃時と緊急回避時、そして直線的な動きをする場合のみだ。そのため、光速で回避と同時に背後に回り込むなどといった高等な戦闘テクニックを実演することは出来なかった。

 

 しかし、曲がりなりにも攻撃は光速。攻撃速度という利点は変わらない。

 

「はぁッ! てやぁッ!」

 

 今度は二連撃。最初にジャブを、次にストレートを鳩尾と心臓部に叩き込もうとするが、それも戦斧によって難無く防がれ、反撃が飛んでくる。その反撃をまたも紙一重で躱し、今度は四連撃。しかし、それも防がれ反撃。それをまた紙一重で躱そうとした瞬間、今までに無かった戦斧の軌道変更が行われた。健一は迷うことなく、真後ろに光速を以て後退する。

 

「……嘘だろ。光速に対応しているとか」

 

「生憎だが、儂にそういった芸当は通じんよ。貴様の動きは確かに光速かもしれぬが、その行動に移るまでの間が長い。その間があれば、攻撃を防ぐことは容易であるぞ」

 

「……」

 

 その会話を交えて、改めて思った。もはやこの武人は、人間ではないと。人間の皮を被った化け物であると。自分の戦闘経験が短いために攻撃までに僅かな時間があるのは確かに認めるが、それは一秒にも満たない間に過ぎない。その間にこちらの攻撃を予想立てて対処するなど、絶対に人間の業ではない。それも、相手は戦斧の持ち手で受けながらも衝撃を受け流している。光速で攻撃しても尚余裕を崩さないその姿を、人間として見ろという方が無理だ。

 

 恐らく、近距離での戦闘はいくらやっても通じない。光速で出来得る限りの連撃をしたとしても、全て防がれて反撃されてしまうだろう。それも、数を打ち合うほどに相手の反撃はより鋭いものとなる。たった三合であの対応力なのだ。四合目には傷を負わされ、五合目には首を取られても不思議ではない。

 

 ――ならば、こちらもさらに対応の手を増やすまで。

 

「――『高次領域展開・魔術兵装(セカンドアクセス・ゲート・オープン)』――ッ!」

 

 これは、かつて《究極のマホウツカイ》と呼ばれた理不尽な存在と相対したとき、本人の全ての情報を読み解いて手に入れた技術の一つだ。

 

 マホウの真の能力を覚醒させる言霊。それが先の言葉だ。それを以て、彼は『雷光を打ち砕くもの(イルアン・グライベル)』を展開しながらも、また別のマホウを展開する。

 

「ふむ、脚部装甲ときたか」

 

 健一の脚には白黒の対を成すレガースに覆われていた。その名は『スコール』と『ハティ』。神話時代に脅威とされた、二匹の神狼の名を冠する伝説の兵器。

 この能力も、ある時に見た少女から解析したものだった。街を歩いている時に偶然見つけ、無意識のうちに解析してしまったもののため、完全に偶然なのだが……こと一対一の闘いにおいて、これ以上に頼りになる力は他に無い。

 

 本来は双銃もあるのだが、そちらを展開するのは破壊された時のデメリットを考慮してあまりに損害が大きい。だからこそ、肌身離さず装備しているレガースを選んだ。

 

「いくぞッ! いけ、スコール!」

 

「むッ!?」

 

 一蹴り。それだけで二人の間合いはお互いの射程圏内へと入り、さらに健一は武人に向けてレガースで覆われた両足で蹴りを放つ。

 

「はぁッ!」

 

 速度に特化した蹴り。それはもはや光速の蹴りに等しい速度を持っていた。それもその筈で、二つのレガースの真の力は『空間を超越し追跡する能力』なのだ。この二つのレガースの前において距離は関係なく、蹴りを放てばただ『攻撃が届いた』という事実が成立する。ある意味では、光速より厄介なその能力。

 

 ――しかし――。

 

「甘いわッ!」

 

「なッ!?」

 

 その能力を以てしても、武人の体に攻撃は届かない。このまま反撃をされては不味い、と本能的に感じ取った健一は、すぐにもう片方の足で蹴りを放つが、それも軽くいなされてしまう。ならばと、さらに手数を増やすべく両手を地面に着け、そこからのカポエラ。これならば、と思った攻撃。しかし、それでも武人の戦斧を抜くことは出来なかった。両脚の攻撃は見事にあしらわれ、武人がその隙だらけの姿に渾身の反撃へと叩き込もうと一歩、踏み出す。

 

「ッ!?」

 

 一歩の圧力は、想像を絶するものだった。まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り、その恐怖故に危険とは分かっていながらも自らを雷と化して武人の真横を通り抜け、全力でその間合いから離脱する。これは『疾風迅雷(タービュランス)』があってこその芸当。どのような体制からでも、自らを雷と化して光速移動を行う事の出来るその隙の無さに、流石の武人も舌を巻いた。

 

「むぅ……真後ろに逃げれば、追撃をしたものを」

 

「……」

 

 化け物がッ! 今日何度目となるかも分からないその言葉を、心の中で吐き捨てた。今の状況で光速を追撃するなどといった相手の人外ぶりに、健一は畏怖を持つ他ない。決して「冗談を」などとは思えない。何故なら、先ほどの一歩の圧力がそれを可能にすると物語っていたからだ。

 

 ――どうする?

 

 健一は考える。ここから更に手数を増やして近距離戦にまた持ち込むか、それとも攻撃した瞬間に即離脱のヒット&アウェイの型を取るか。もしくは、そもそも近距離戦自体をやめてしまい、遠距離戦に持ち込むか。

 

 いや、それともいっそのこと、概念魔術で勝負をつけるべきなのか。『曇りなき真実の嘘(アルケイディアジンクス)』があれば、それも可能だ。魔力消費変化のおかげで魔力消費効率も良くなっているため、今ならば使う事が出来る。

 

 ――試してみるしかない。

 

「――『魔術兵装(ゲート・オープン)』――ッ!」

 

 そして、健一の横に赤い携帯電話が突如出現し、浮かび上がる。それこそが、概念魔術を使う為に必要な武器の『ギャラルホルン』だ。

 

 武人は隙無く構えている。今回もまた、待ちに徹するようだ。それは健一にとって、好都合この上ない状況に他ならないとも知らずに。

 

「『曇りなき真実の嘘(アルケイディアジンクス)』――ッ!」

 

 それは、『自らの言葉へ現実を引き寄せる能力』だ。本来は言ったことが叶うまでずっと、魔力消費するという大変燃費の悪いものだったのだが、その問題は先も言った通り、自身の力の魔力量変化の改造によって解決している。だからこそ、真っ当な武人相手にこの力は今、最大限の効果を発揮する。

 

「『お前の武器は砕け散り、その破片により傷を負う!』」

 

「――はぁァッ!」

 

 何かを感じ取ったのか、武人が戦斧で宙を一閃する。しかし、健一の動作は既に終わった後。今更何をやったところで、その運命から逃れられる筈が無い。

 

 ――そう、勝手に思いこんでいた。

 

 刹那、何かが砕ける音がした。しかし、今目の前にあるものは何もかもが無事だった。……武人の戦斧を含めて、何もかもが。

 

「――ッ!?」

 

「かなり高等な魔法の様だな。しかし、それ如きでは儂の武器は傷一つ付かぬ」

 

 驚きを示してつかの間、健一は目の前で何が起こったのかを理解した。目の前の武人は、あの戦斧で概念魔術を文字通り切り裂いたのだと。そんなことが出来るのは、ただ「断つ」ことに特化した武器ばかりだと思っていたが……どうやら、この武人の前にはそんな常識は通じないらしい。

 

「っち!」

 

 ギャラルホルンを自分の中に納める。概念魔術が効かないと分かった以上、弱点となる部分をそのまま晒すほど、健一も馬鹿ではない。

 

「貴様の弱点はどうやら、その武器にある様だな」

 

「……」

 

 流石に気づかれたか。しかし、マホウはマホウでしか破壊出来ないという大原則が存在する。それに、もしそのルールが通じなかったとしても、戦斧でガントレットやレガースを破壊出来るとは思えない。ならば、そのような情報はハンデに成り得ない。

 

 ――まだ戦える。

 

 しかし、技を小出ししていれば勝てるほど、武人は甘くない。いくら光速だろうが、概念魔術だろうが、相手にとってはそれだけの攻撃なのだ。手数を両拳と両脚の二倍にしても、相手にとってはやはりその程度。

 

 ――ならば。

 

 その手数を、圧倒的なまでに増やせばいい!

 

「――『魔術兵装(ゲート・オープン)』――ッ!」

 

「……また面妖な手を」

 

 健一の周りに展開されるのは、六百六十六本のナイフだ。それらは全て宙に浮いており、切っ先は全て武人へと向いて、今か今かと主の出撃命令を待っている。その名称は『ストリームフィールド』。このマホウに対して、健一は魔力消費量変化の改造を施していない。何故なら、このマホウは元々消費魔力が気にならないほどに燃費が良いからだ。

 

 だからこそ、彼はこのマホウに『能力変化』の改造を施した。

 その内容変化の部分は、『六百六十六本で一つのマホウ』から『一本にして六百六十六本の役割を担いながら、六百六十六本にして一つのマホウ』という変化だ。具体的には、一本で六百六十六本の束と同格の威力を発揮するが、例え一本破壊されたとしても、それに連鎖して六百六十六全てが破壊されるわけではない、ということ。言い換えれば、ナイフ一本一本の出力が六百六十六倍になっただけの強化となる。

 

 しかし、だからこそ強力。何故ならこのマホウは、六百六十六本のナイフを同時破壊しない限り、無限再生するからだ。また、一本で六百六十六本と同格とは即ち、その耐久性も上がっているということ。並大抵のことで、六百六十六本全てを同時に破壊するなど、たとえ神話魔術があったとしても難しい。

 

「今度こそッ!」

 

 そしてそれとセットの能力である『踊り狂う悪魔(エイレナイオス)』――物体を念動力で操る力――を使い、それらを適当に束にして、武人に向けて放つ。

 

「そのようなナイフ如き――むぅッ!?」

 

 武人の戦斧が五十本ぐらいの束になったナイフを打ち落とそうとしたが、その刃はナイフを打ち落とすには至らず、思わぬ拮抗をみせた。しかし、それは当然の結果だった。タダでさえ強力過ぎる本来の形のマホウを、ほぼ総合的に六百六十六倍にまで強化したのだ。そしてこれは、健一の切り札の一つでもあった。光速でもなく、概念魔術でもなく、純粋に多すぎる手数と高すぎる火力を持つこのナイフの軍勢こそが、彼の最も自信をもっている切り札だ。

 

 これをどうして芳乃創世を相手に使わなかったかといえば、単純に相性が悪かった、という他にない。このナイフは単純な破壊力と耐久力は優れているのだが、からめ手に非常に弱い性質がある。何が言いたいかと言えば、概念魔術を以て対応されれば、簡単に破壊されてしまう恐れがあるということだ。

 

 概念魔術を惜しみなく使える芳乃創世を相手にするには分が悪すぎたが、生粋の武人である目の前の爺さん相手であれば、それは絶大な威力を誇ると断言してもいい。

 

「まだまだッ!」

 

 更に六十本と七十本の束が、武人の左右から迫る。その気配を事前に察知していたのか、あるいはただの反射神経だったのか。真正面から受けていた五十本の束を無理矢理吹き飛ばしたかと思うと、武人は咆哮して踏込み大地を震動させ、その戦斧を力一杯、弧を描くように振るった。

 

「はあアァッ!」

 

 そしてその戦斧の刃は、寸分たがわず六十本と七十本の束と接触し、あろうことかその半分以上を粉砕してしまった。

 

「……ッ。仮にも、元来このマホウが秘める神話魔術の七十倍くらいの威力がある筈なんだけどなッ!」

 

 そして、先ほどの攻防の内に設置していた百五十本の束を武人の背後で起動させ、一直線に向かわせる。更に武人の真上からは、これも先ほどの攻防のうちにまとめておいた残り全ての三百三十六本の束を発射する。

 

「――オォォォォォォオオオオオオッッ!」

 

 気合一閃。振り切った体勢だったにも関わらず、それを技術と力だけで無理矢理武器を引き戻し再び踏込み、まず真後ろから迫って来ていた百五十本の束に対して、体を捻じり振り向きざまに今までで一番の大振りを見せ、そして百五十本の束をただの一振りで全て粉砕してみせた。それを見た時、健一は内心で勝った、と勝利を確信した。何故なら、一番威力の大きな三百三十六本の束が武人の頭上から間近まで接近しているからだ。今からでは、絶対にその刃での迎撃は叶わない。故に、勝利を確信した。

 

「デヤァァァアアアアアアッッ!」

 

 刹那、圧倒されそうなほどの覇気の籠った咆哮が大地を揺らした。いや、揺らしたのは続けざまに行われた踏込みだったのかもしれない。踏込みの力を余すことなく己が得物の戦斧に伝え切り、それを振り上げるのかと思えば、何と刃を地面に向けたまま武器を思いっきり真上へと掲げた。――いや、精確には突き上げたと言った方が正しい。

 

 そして轟音。地響き。破砕音。それらがまるでデュエットを奏でるように鳴り響き、その音楽をBGMに、健一はただただ目の前の光景に愕然とするしかなかった。

 

 武人が何をやったかと言えば、単純明快。振り切ってしまった刃で迎撃することは叶わないと悟ったのか、ヤツはそれを何と戦斧の柄を天に突き出すことで、頭上より迫る三百三十六本のナイフの束に対応してみせたのだ。それはまさに神業。狭い幅しかない柄の部分にピンポイントにナイフの切っ先と激突してみせた事や、今までで一番威力の大きい攻撃だったにも関わらず、それを刃ではなく柄で受け切っていること。精錬され、磨かれ切った経験と技術、そして勘を持つからこそ出来たそれは、神の所業といっても誇張表現には成り得ないほどのものだった。まさしく、武の極み。あの武人は言い方を換えれば、六百六十六の神話魔術全てを防ぎ切ったと同義のことをやってのけた。

 そして本来、マホウでしか破壊出来ない筈のマホウを、その戦斧だけで破壊してみせた。この男を表現するには、もはや化け物ですら生温い。

 

「ふんッッ!!」

 

 拮抗してみせていた柄と三百三十六本のナイフはしかし、武人の二度目の踏込みによって宙に弾き飛ばされた。そしてその隙を見逃すほど武人は甘くなく、宙に飛ばされた三百三十六本のナイフを狙って……その戦斧を振り下ろし、そして――。

 

「デリャァァアアアッ!」

 

 ――三百三十六本のナイフ全てを、木端微塵に叩き潰した。

 

「…………ッ、不味い!」

 

 健一はその光景を見て我に返り、すぐさま破壊されなかった五十本と、その他の地面に転がっているナイフを自分の元へと戻し、マホウの再生を始める。

 

 しかし、いくらマホウを再生させようと思ってもそれが出来ない。何故? と疑問に思った瞬間に、その原因を思いだし、自分の迂闊さに歯ぎしりをした。

 

「ぜぇ……ぜぇ……今の連撃は本気で死ぬかと思うたわい……ッ!」

 

「傷一つ付いてねぇヤツが言っても、説得力がねぇッ!」

 

 そして次の一手をどうするか考える。マホウが再生しないのは、過去に《第二夜『Siegfried(ジークフリート)』》によって真理(ルール)を創造したせいだ。これを塗り替えるためには、またもそれを発動しなければならない訳なのだが……生憎、それをすれば『ストリームフィールド』を完全再生できるのはその一回に限られ、その場合は『疾風迅雷(タービュランス)』を維持できなくなる可能性がある。そうなれば、速度で圧倒的に不利になったこちらの敗北は必至。あまりに分が悪い。

 

 だが、『ストリームフィールド』以外に決め手となるマホウなど、こちらには一つしか無く……また、それは代償を払わないのであればたった二回しか発動出来ない最終兵器であるため、今後の為にも絶対に取っておきたいものだった。

 

 いや、本音を言えばそれを使って仕留めきれる自信が無いからこそ、この場面では絶対に使いたくない。概念魔術すら斬り伏せた目の前の武人に、もはやそれと同じものが通じるとは到底思えない。

 

「……貴様、名を何と言う?」

 

「……? 神崎健一。そういうお前は?」

 

「儂はガルシア・グリムズという。カンザキ、の方が名か?」

 

「いや、健一が名で、神崎が性だ」

 

「では、ケンイチよ。貴様、儂の部下になる気はないか?」

 

「……はっ?」

 

 突然の申し出に、健一は混乱した。先ほどまで殺し合いをしていたのに、いきなりの勧誘。このような状況に至れば、誰だって混乱することだろう。

 

「貴様の才能は、ここで終わるには惜し過ぎる。儂と張り合える者など、お主が初めてじゃ。強力な魔法、瞬時の判断力、どちらも称賛出来る者だった。それ故に、身のこなしが拙く、経験が乏しいことが惜しい。儂の下に来れば、必ずやその才能を開花させ、武人として最低限、儂と同等の実力を付けられると保証しよう」

 

「……」

 

「もう一度言うぞ。儂の部下になれ、ケンイチよ」

 

 これはきっと、普通の人間であればこの上ない誉れなのだろう。マホウを使ってさえ、この男には縋りつくことが精一杯だった。現に、先の私闘で武人ガルシアは自ら間合いを詰めて攻撃をしたことが一度として無い。光速を追撃出来るほどの猛者がそれをしないということはつまり、手を抜いていたか、あるいはこちらの実力を測っていたかに他ならない。

 

 健一は、その申し出を素直に嬉しく思った。また、賞賛の言葉は心が躍るようだった。もしかしたら、彼女にさえ出逢っていなければ、ガルシアの誘いにそのまま乗っていたかもしれない。

 だからこそ、彼はガルシアの目を見て言った。

 

「その申し出、謹んでお断りいたします」

 

「ほぅ? 何故だ」

 

「彼女の顔が、二度と悲しみに染まらない為です」

 

 迷いなく言い切る。申し出を惜しいなんて思いはどこにも無い。何故なら、既に決心していたからだ。あの少女、イクスヴェリアのためにこの力を振るおうと。彼女の悲しい顔が、明るい笑顔に変わるようにと。

 だからこそ、彼女の下から離れるわけにはいかない。離れてしまえば、もう二度と会えなくなってしまいそうだから。

 

「……なるほど。どうやら、いくら誘っても無駄なようだな」

 

「そうですね。残念ながら、ガルシア殿の期待には応えられそうにない」

 

「ふむ……。――そう言えば、貴様はどうしてこの老骨の下までやって来た?」

 

「それについては、ガルシア殿と一緒だ。ガレアは滅亡寸前。人材不足だ。ならば、少しでもその人材を補充しようと思い、お誘いしようとした次第……まぁ、お互いに考えることが一緒であれば、それも失敗というわけだが――」

 

「ほう、その手があったか」

 

「……はい?」

 

「儂が貴様の誘いを受ければ全て丸く収まる、というわけだ。ちょうど今の王には飽き飽きしていたところであったからのう。よし、ならばその誘いを受けようではないか」

 

 何この爺さんは突拍子も無いことを言っているんだ。健一は思わず呆気にとられた。既にガルシアから敵意は感じられず、妙に清々しい笑顔をしているのがとても印象的だった。

 

「なに、仕えるに値しないと思えば、食客としてしばらく滞在し、貴様の稽古をつけるだけだ。安心しろ。少なくとも、ガレアに居る限りは裏切ったりせぬ」

 

 その言葉をどこまで信用していいものか、と健一は考える。しかし、すぐにそれは考えても無駄だと悟り、諦めるように溜息を吐いた。

 

「はぁ……とんだ爺さんだ」

 

「貴様はとんだ餓鬼であろうに」

 

 確かに、まだ十歳だ。もしかすれば、この爺さんは案外子ども好きなのかもしれない……などと思いながら、健一は踵を返して歩き始める。既にマホウは全て納め、戦闘体勢は解いている。

 

「さて。鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 ガルシアはそんな言葉を呟きながら、健一の後を追う。

 

 これが、古代ベルカの時代における戦神ガルシアと健一との出会いだった。

 この二人が後に、ガレアの未来を変える重臣となるのだが、それはもう少し後の話。

 今はただ、冥府の炎王イクスヴェリアの下に最高の二人が集うのを、静かに見守ろうではないか。

 

 

 




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