オタクに優しい真人♀   作:ゾエア

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夢で見た内容を書き記します


形影一如:1

 

 

「隣 いい?」

 

 

学校サボって映画鑑賞。お気に入りの映画館だったのに、よりによってあの三人がいることに気づいてしまった。──ぺちゃくちゃ喋るな。電源は切れ。脳内で発したところで届くわけが無いことぐらい分かってる。そこそこの偏差値でも入学できた低劣な人種だ。映画の内容も入らず、肩肘ついて時間が過ぎるのを待っていた僕に話しかけてきた声の主へ顔を向けた。

 

 

目の色が片方違う。左目が青色っぽくて右目は…多分灰色。くすんだ水色の髪を一房前に垂らして、顔や首には傷が走っている。いや、よく見ると継ぎ目みたいだ。よく通った鼻筋と穏やかに細められた目。すごい美人。座って見上げているにしてもかなりの長身だ。黒い服はアシンメトリーな感じで、それを押し上げる胸元の大きな山に視線が──

 

 

「聞こえたみたい? それで、いいかな?」

 

「は、はい…」

 

 

思わず顔を逸らした。バレたかも。でも男子高校生の目には毒な大きさだった。服を押し上げてできたカーテンがシルエットを大きく見せていた。その分丈が足りなくなったのか、ちらと見えたへそとくびれが眩しく感じてしまう。外国の人だろうか。髪色やオッドアイが興味を引くが、じろじろと見ることもできない。返事はおかしくなかったか。挙動不審は気持ち悪く思われただろう。映画の内容は吹き飛んだ。

 

 

「…あの子たちちょっとうるさいね。」

 

「…」

 

 

話しかけられた。でも気持ちは分かる。前の席の三人組だ。僕の嫌いなタイプの人種であるが、マナーを考えるような頭も働いていないらしい。学校サボってる癖に映画館でも静かにできないようだ。自分もサボって映画館に来たが、ロクでもない僕のような人間でも不快感は募った。注意しに行くような度胸も正義感も僕にはないが、隣の人はわざわざ共感を求めてきた。上手く答えることができない。

 

 

「私言ってくる。」「えっ

 

 

おもむろに立ち上がって階段を降りていく。ゆったりとした歩調は長い髪を妖しく揺らして、なんというか、後ろから見るだけで雰囲気があった。でも相手は確実に面倒なタイプ。一言の注意で大人しくなるわけがない。それにこんな綺麗な人に話しかけられただけで騒がしくなるだろう。隣に座ってきた長身の女性の存在。一緒に行動するほどの積極性が自分にはないので、黙って心配するしかなかった。女性は騒ぐ三人組の後ろに立ち、彼らの椅子にそっと手を置いた。三人が振り返ることなく会話を続けるなか、彼女は静かに()()した。

 

 

「君達 マナーを守ろうね……」

 

 

頭部の膨張。

粘土細工のように捏ねられる顔面。

べこりと凹んだ鼻と頬。

 

 

彼らが声を発することはなくなった。口元から涎を垂らし、血走った目の端に赤い涙を溜めている。時おり肩がピクピクと痙攣しているが、真剣に映画鑑賞を()()()()()()()()()()()

 

 

「─ひっ」「続き見よっか。」

 

 

顔色一つ変えることなく戻ってきた。彼女が触れた途端、異形に変えてしまった。この人が…?いや こんなことが人にできるのか…?できたとして 本当に『人』なのか…?心臓がドクンと音立てる。口の中が乾いてきた。穏やかに映画を観るその姿と非現実的な現象。彼らに触れた手を無造作に肘掛へ置く動作に目が離せない。次は僕?マナーを守らなかったら…!?すぐ隣にある恐怖で思考がまとまらない。逃げなきゃ──

 

 

「友達だった? なんだか嫌そうだったけど、違ったかな。」

 

 

首筋を撫でられた。鳥肌が立つ。全身の毛穴から冷や汗が吹き出した。呼吸が浅く、視界が滲んでくる。怯える自分とは対照的に撫でる手つきは優しげな動きだった。振り払うことすら恐ろしかった。

 

 

「あぁ…… そんな顔しないで。 君がしたいことを代わっただけさ。」

 

 

穏やかな口調だった。顔を向けると目が合う。長いまつ毛と色の違う二つの瞳。艶やかなそれに殺意も敵意もなく、僕を怖がらせる意図はそこにはないようだった。息を落ち着かせ始めた僕の、目尻に溜まる涙を優しく取った彼女はその指を舐める。

 

 

「落ち着くまで待つよ。君の話が聞きたいな。」

 

 

眉を下げ柔和な目付き。純粋に僕の身を案じているようだった。僕を囲んで蹴り続けた三人の顔と、彼女の表情はかけ離れている。首元から手が離れた。彼女の左手は肘掛を握る僕の手にそっと重ねられた。僕よりも大きい手には継ぎ接ぎが走りながらも、細く長い指が備わっている。触感は妙に柔らかい。そのままつーっと指をなぞられる。肩を上げて反応する僕の仕草に彼女は気を良くした。

 

 

「ふふっ」「…ぼ、僕にも。僕にも出来ますか…?」

 

 

憎い相手。殺したい相手を…。醜悪な人間に叩きつける暴力が手に入るかもしれない。感じた恐怖が薄れた途端。非日常感は僕の憎悪を剥き出しにした。隠した右目の上。誰にも見せていない火傷の痕が、押し付けられた熱を鮮明に思い出させる。こめかみに血管が浮くのを感じた。

 

 

「…おいで。まずは色々お勉強。」

 

「はいっ。」

 

 

立ち上がった彼女に腕を引かれた。そのまま上映室の階段を登っていく。握る手は力みを感じさせないが、軽いその動作も振り払えないほど膂力の差を感じる。見上げたその姿から、身長は180cm後半ほどだろうか。僕よりも10cm以上高い。足の長さも全然違うのに、僕に歩幅を合わせてくれている。少し気恥ずかしくて、手を離してもらおうと提案する。

 

 

「あの。別に手は繋がなくても…」

 

「手ぇちっちゃくて可愛いね♡…まだ握ってていい?」

 

 

拒否は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「特級仮想怨霊 そう呼ばれる呪霊がいる」

 

 

下水道の資材置き場で彼女──真人と名乗った長身の女性──はそう語り始めた。呪力の存在。呪霊の発生。呪いについてお勉強ということで教えてもらった話だ。彼女は呪霊そのものであり、非術師には見えることができないという。立ち寄った映画館で僕に話しかけた時も、返事は期待していなかったと。

 

 

「呪術師は 共通認識のある畏怖のイメージが呪いとして顕現したものを登録して警戒してるんだ。でも 人々が常に恐れているのは、そんな御伽噺ばかりじゃない。それはなんだと思う?」

 

 

呪いを祓う呪術師は真人さんのような呪霊と敵対する存在だ。彼らは人々の負の感情、呪力の向かう先に呪霊が誕生することを知っている。怪談や妖怪の話は仮想怨霊として顕現することがあるようだ。しかし人間が常に恐れているもっと大きな存在…──

 

 

「……天災とか?」

 

「君との会話は ストレスなく楽しめるよ。」

 

 

腰掛けていたハンモックから姿勢を起こした彼女は身を乗り出して僕の頭を撫でた。いちいち距離感の近い美しい呪霊によって平静が乱される。視線が前かがみの胸元へ吸い込まれる前に素早く逸らした。

 

 

「大地を、森を、海を人々は恐れ続けてきた。それらに向けられた呪力が形を得る前に、知恵をつけ 今まで息を潜めていたんだ。皆 誇らしい私の仲間さ。」

 

 

「真人さんは、なんの呪いなんですか?」

 

 

一見すると妙齢の美女だが、映画館での行動は人間業ではなかった。全身に継ぎ接ぎのある姿。その呪力が向かった先とは──

 

 

「人間」

 

「私は人が人を愛し慈しんだ腹から、産まれた呪いだよ。」

 

 

両手を広げハンモックでくつろぐその仕草それだけで目を奪われる。その姿形は人間へ向けられた呪力で形作られたと。愛と慈しみ。負の感情が向かう先とは思えないその本質とはどういうことなんだろうか。

 

 

「人間を憎む呪いとは真逆じゃないですか?好きの反対は嫌い。答えはシンプルだと思います。」

 

 

「愛も慈しみもまた呪いだよ。人間は生きるために言い訳をしていくんだ。」

 

 

真人さんに手渡された黒い人形のようなもの。場所を移して彼女の()()()()を見に行くことになった。

 

 

「…これは?」「一人の人間をどこまで大きくできるかの実験… 彼の魂の願いさ。」

 

 

大きく膨らんだ体。真人さんの背丈の倍以上はあるかもしれない。ぶよぶよに垂れる脂肪と力なく天井を見上げる表情は正気を感じさせないが、まだ生きていた。ということは逆に手元のこれは…

 

 

「そう。そっちは小さくしてあげた子。それも人間だよ。」

 

 

「これが…人間。」

 

「順平は 死体に慣れてるの?」

 

 

真人さんは手元の小型人間を受け取り懐へしまった。生きたまま大きく、または小さくされた人間の姿。映画館での出来事。それを目撃した自分の姿を客観的にとらえると──

 

 

「……それが僕の母だったら取り乱し 真人さんを憎んでいたかもしれません。でも僕は人間の醜悪な部分を知っています。だから他人の死に思うところはありません。『無関心』こそ人間の行き着くべき美徳です。」

 

 

「…なるほど。そんな君が復讐かぁ。」

 

 

矛盾している。他人の醜悪さから目を背けておいて、自分の復讐心の宛先には憎悪を向ける。そんな僕を真人さんはどう感じたのか…

 

 

「順平は人に『心』があると思う?」

 

 

真人さんはにこやかに尋ねてきた。

 

 

「え…ないん……ですか?」「ないよ。」

 

 

「『魂』はある。でもそれは『心』じゃない。」

 

 

断定的な口調。確定した事実を述べるように淡々と。真人さんは穏やかに目を合わせて僕を諭すように話している。

 

 

「喜怒哀楽は全て魂の代謝によるもの。脳内で起こる現象でしかないよ。心と呼ぶにはあまりに機械的な反応だね。」

「私は魂の構造を理解している。それに触れることで生物の形を変えてあげられるからね。」

「見える私にとって魂も肉体も同じ。見えにくいからって特別なことじゃない。」

 

「ただそこに在るだけ。」

 

 

長いまつ毛が瞬きの度に揺れる。その笑顔は形を崩さずに、少しずつ距離を縮めてくる。彼女の恐ろしいまでの美貌が。

 

 

「命に価値や重さなんてない ただ(めぐ)るだけの命。私のも君のも。」

「だからこそ何をしても、どう生きようと、私達はただあり続ける。」

「自由さ。生き様に一貫性なんて要らないよ。」

 

「君が『無関心』という理想を掲げたうえで、憎い相手を殺すこと。そこに矛盾が生じたとしてもいい。」

 

「私は順平の全てを 肯定するよ」

 

 

吸い込まれるようなオッドアイが僕を覗き込んでいた。

 

 

 

 

 

 

「順平の術式は "毒"だね。」

 

 

背後に立つ真人さんの術式による脳の最適化。自分に隠されていた術式が開花したらしい。目の前に生み出した式神であるクラゲと感じる呪力は僕の武器になった。真人さんの手は大きくて僕の顔をすっぽり覆えるほどだ。それが僕の前頭付近を優しく包んでくれていた。毒の加減や式神のサイズや強度の可変はこれから覚えなければならない。

 

 

「普通の術師が時間をかけて掴む感覚は、私が教えてあげるからすぐに戦えるようになる。」

 

「順平 才能あるよ」

 

 

わしゃわしゃと頭を撫でられる。さらに体を寄せられ密着。肩付近に当たる柔らかい感触二つからなんとか思考を離して呪力操作に集中する。自分に流れる呪力。真人さんに流れる呪力。その差異を感じていた。

 

 

「真人さんちょっと…」「呪力を一定量だよ〜 多過ぎて無駄使いもダメだからね〜」

 

 

僕の抵抗も意に介さずますます圧迫感が上がる。こちらから顔は見えないが、声色は明らかに楽しんでいるそれだった。後ろから回された手は式神のクラゲをつついて術式精度を確かめている。これじゃ練習ができない。なんとか説得を試みて口を開こうとする。突然前髪をあげられた。額に右手が優しく添えられる。

 

 

「コレ 治してあげようか? 復讐なんて忘れてさ。」

 

 

火傷の痕。隠し続けたそれに呆気なく触れられた衝撃はあったが、震えた僕の体を真人さんは宥めた。そのまま続けられる。

 

 

「呪殺なら呪詛師認定されちゃうだろうし、順平大変だよきっと。」

 

 

「真人さんは…呪霊ですよね。呪術師の敵。呪霊と組むような人間は…呪術師の敵ですか?」

 

 

真人さんが横から覗き込んできた。合わせたその目は純粋に僕の行く末を案じているようだった。自由に一貫性なく。そう言いながら僕に違う選択肢を与えてくれる。

 

 

「うーん。人間の敵ではあるかもね 。呪霊()を祓うことに協力的じゃない、みたいな。」

 

「一緒にはいられませんか…?」

 

 

復讐を目指す自分。非術師としての過去と今から行おうとしていることを考えて、それでも踏みとどまるべきか。僕は真人さんのことも考えていた。この人は、この人との関係はどうすべきか。

 

 

「君が願うなら いつまでも一緒さ。」

 

 

右目の上。黒く汚れた火傷の痕に口付けた彼女はそう答えた。

 

 





性癖の開示!!
本気だね
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