里桜高校からの遁走。私を追う術師はもういないらしい。魂の輪郭を知覚する虎杖悠仁と、七三術師は私の成長に好ましいインスピレーションを与えてくれた。呪力の核心へと近づくことができそうだ。死に瀕した経験とイメージが私をもっと強くしてくれる。順平の魂の全てを、ゆっくりと融かし混ぜることも円滑にするだろう。
魂を混ぜ合わせる。言うは易し行うは難しだ。拒絶反応の微弱な魂同士なら、よく混ざり合って形を保つことができる。拒絶反応の強い魂同士が反発する力を利用する技も試していきたいが、まだ試行回数が足りない。それに──
「今は呪力の回復が先決だね。」
新鮮なインスピレーションから会得できた領域展開。その際、宿儺によって容易く刻まれたこの傷だったが──彼の魂は無事だ。結構乱暴に自分を変形させていたが、本体を縮めたのは負担になっただろうか。領域展開直後の術式行使は特に厳しく、危うく祓われるところだった。
呪いの王 両面宿儺。その魂の格が違うことは認識できた。宿儺が復活さえすれば必ず呪いの時代が来る。この確信と彼の魂。今は二つの大きな収穫が得られたことを喜びたい。
暗い下水道の片隅で静かに潜む。呪いらしく狡猾にいかなければならない。しかしなんとももどかしい。彼の魂が少しずつ融けて混ざり合う感覚。魂を納めている下腹部が疼く。もう少し味わっておいてもよさそうだ。目を瞑って堪能するとしよう。
「あ!!いたいたー!!漏瑚──!!」
漏瑚お気に入りの温泉へダイブした。飛沫がかかってしまったが、いちいち気にするタイプでもないだろう。あとから合流した夏油とともに、情報を共有していく。温泉で泳ぐのは気持ちがいい。
「真人オマエ随分と消耗しているな。」
「あ バレたー? 宿儺と器 アイツら天敵でさぁー。」
「ふん。しかしその腹──何を入れている?」
「んふふー。分かっちゃうかー。可愛いからねぇ。」
下腹部に刻まれた紋様は全身を走る継ぎ接ぎとは違う意匠としてよく目立つ。その中身はもうほとんど
「宿儺に触れて分かったけど、とりあえず夏油のプランを軸に進めていいと思う。宿儺にはそれだけの価値があるよ。」
指を全て集め宿儺に与える。結果的に全滅しても、呪いの時代が訪れることになればそれでいい。そういう方針だった。そのためには高専の保有する指を回収しなければならない。器に指を食わせるタイミングと、機を待たずに虎杖悠仁が処刑される可能性。それらを考慮すると、こちら側に指がある方が都合がいい。高専にわざわざ回収させた宿儺の指には仕掛けを施していた。虎穴に入るための手は既に打たれている。
「ジャジャーン!!元人間の順平君でぇーっす!!」
「──ぇ?」
意識が戻るとそこはビーチ。水平線は遥か遠くまで広がっていて、波立つ砂浜にはビーチチェアが並んでいる。照りつける日差しはよく日焼けできそうで、たまらず手をかざしてしまった。腕がちゃんとあるし、足で地面に立っている。背丈もどこもおかしくない。あの時真人さんに──
「ハッピーバースデーってヤツさ。やっぱり順平可愛いね〜♡」
馴染みのある肩の感触と猫なで声。その双球は骨ばった僕の背中でひしゃげて、柔らかく形を変えていることを伝えた。確実に五感は戻っている。呪力の知覚も、後ろの人物のことも混乱を招くばかりだった。
「あのっ。これって一体…。」
「んー。魂が混ざったからね。いい感じに君と私のバランスを弄れば意識が保てるわけ。ちゃんと起きてるかな?」
頬を突く長い指。しなやかなそれは白く細く伸びている。妙に心を落ち着かせる甘い死臭と、頬擦りするきめ細やかな継ぎ接ぎの肌は間違いなく真人さんのものだった。そして僕も、僕の体もちゃんと在る。混ざった魂のバランス?どういうことなのか。
「私の作った分け身、それに君の意識──魂の成分を多めに注ぐ。私とは不可分だけど、比率を弄ったりするといけそうだね。馴染んでるみたいだし。」
確かに高校での記憶もある。流した涙も、犯した罪も分かる。異形と化した母の認識は残っている。でも確実に何かが違う。ボタンを一つかけ違えているような。ただ記録として眺めているような…
「それはねぇ。私が混ざってるからだと思うよ。呪いとしての本性。今の順平は人間的な価値観からズレちゃった。母の死を悼み呪いを憎む自分と、人間が死んでもなんとも思わない、呪いとしての自分が混在してるのさ。」
ケラケラと笑う真人さんはハイテンションのようだ。僕と真人さんの魂が不可分に。人への畏れ、呪力が形をなした呪霊である真人さんの魂と、ただの人間である僕の魂。そんな格が違うものを混ぜ合わせておいて、僕の意識が浮かび上がるなんてありえない。コーヒーにミルクを一滴入れてかき混ぜたあとに、そこから一雫のミルクをまた取り出すような。
「大事に大事に混ぜたんだ。他でもない君の魂なんだから。実際順平はここにいるでしょ?それでいいじゃん。他に気になることある?」
「……ない、です。」
…母を呪った真人さん。僕の魂を独占し取り込んでおいて、意識を表出させた。そんな手間なことを意味なくするのか?正直言って意味が──
「んふふ。こっち見ろ♡」「──んん゙っ」
いつもより裾を上げているためか、病的に白い素肌と臍が蠱惑的に映る。黒のショートパンツから大胆に晒した長い脚は、溌剌さよりも先に艶やかな印象を醸して。長い髪を高い位置にまとめているそれは編み込んでお団子にしているようだった。顕になった細い首筋には継ぎ目が走っている。ダボついた襟のせいでチラつく鎖骨が眩し過ぎて、思わず視線を顔に戻した。
「考えすぎ。私に融かされたって悲観することないよ。ただ在るだけ。ただそばにいてほしいのさ。」
もう僕には何もないと思っていた。何もかも失って呪われたと。ただ、まだ僕が終わることは許されていないようだった。手を引かれて海に足を浸からせる。打ち付けて揺れる波は確かに感触があった。
「まだまだ色々やることあるからねー!!やりたいこともー!!」
真人さんは自らの形を変えて、マグロみたいな姿になっていた。泳いでは飛び跳ね、空中で叫んでいる。せっかくのアレンジファッションは──波に揺られて捨て置かれていた。仕方なく回収しながら近づくことにする。いつの間に彼女はトビウオ型に変わって、真っ直ぐこちらへ──
「ウぶっ」「順平も泳ぐでしょ?実践あるのみ!」
抱きついてきた真人さんをなんとか引き剥がして、本能のまま術式を行使する。うにょうにょと音がするように柔らかく変形したこれは──イカ?そのまま海水を噴出しながら飛ぶ。皮膜で風を受けて揚力を得れば飛行を維持できた。どうやら本当に人をやめてしまったようだった。
「その子が真人のお気に入りですか?」「元は人間だろう。何故取り込んだ。」
泳ぎ疲れて眠った彼を胸に抱きながら、ビーチチェアで寝転がっていると、いつもの二人と合流した。彼は陀艮と相性が良いらしく、ぶにぶにと抱き合ったり泳いだりしていた。
「そうそう。可愛いでしょ?今は寝ちゃってるけど。」
大部分は私の分け身──つまり私が肉体の主導権を持っている。沈んだ彼の意識とは裏腹に、今二人に手を振る彼の腕は、私が操作している。寝ぼけているみたいで可愛らしい。
「使い物にならんな。」
「うーん。魂の
元々人間を好ましく思っていない漏瑚だ。私が取り込んだように見えるのも無理はない。その性質が人間寄りならば、魂を沈めることを提案するだろう。しかし人間の魂、それもこの美しいものを交ぜ合わせたことで──
「魂の本質。人間と呪霊のものの違い。私が弄る改造人間でも複数の魂を燃やせば、出力を高められる。もっともっと自由に遊び尽くせるよ。それが文字通り肌で実感できた。魂を混ぜるその術を。」
「だといいがな。儂の前では起こすなよ。うるさく騒がせるなら焼いておく。」
「えー?こんなに大人しくて愛らしいのに。漏瑚ってケチねぇー。」
頬を揉みながら愛でる。目を瞑ったその瞳も、髪色も元とは違うが、魂の本質は変わらない。私と彼のものが混在するそれは、非常に魅力的で心満たされる。漏瑚は好まないようだが、こればかりは仕方がない。呪霊それぞれ違っていいのだ。それでも私達は徒党を組んでいる。100年後の荒野にかける望みはみな同じだからだ。
「花御はどう?仲良くやれそう?」
「あなたが認めたのなら 私はとやかく言いません」
「そっかー。……花御はもっと正直になっていいよ。真面目すぎるんじゃない?」
「何も偽っているわけではありませんよ それはあなたのものですから」
「君にこの子を嫌ってほしいわけでも、好きになってほしいわけでもないさ。ただ、私みたいに楽しんでもいいんじゃない?私達の目的に向かうまでの過程、戦いと呪い合いをね。」
すやすやと寝息をたてる胸元の彼にそっと触れる。髪を撫でたり、首の筋をなぞったりするとモゾモゾ動いて心地いい。花御はどうだろう。楽しめているだろうか。呪いとしての本懐を。
「真人は楽しいのですか?」
「まぁね♡ 気づけば欺き、誑かし、愛し、いつの間にか満たされている。人間が食べたり、寝たり、犯したりするように、それが呪いの本能なんだろうね。私達が理性を獲得したとしても、それは本能に逆らう理由にはならないよ。」
「魂は本能と理性のブレンドさ。その割合は各々の好き勝手にするといいけど、君の魂はどうかな。花御って、本当はもっと強いんじゃない?」
口内に入れた指で彼の舌を触っていると、流石に異物感からか、眉を顰めていた。まだ人間らしい感覚が残っているようだ。花御を窺うと、どこか納得しきれていないような顔をしている。
「──んぱっ。戦ったりしないと実感できないかも。今度の戦いで何か掴めるといいね。」
夏油も到着したようだ。次の作戦は高専の保管する呪物の強奪。夏油のプランを元に話が進む。
高専内で呪物を保管する忌庫への扉は、結界術によって日々場所を変える。敷地内の寺社仏閣は千を超える扉を設けているが、そのうち一つがアタリの扉だ。以前高専に回収させた指には私の呪力で作った札を貼ってあるらしい。私なら簡単に指の待つ忌庫へ辿り着ける。
「真人には帳が降りる前に、高専で待機してる術師をできるだけ静かに間引いてほしい。花御の負担を減らしたい。」
指で示すOKサイン。夏油からの指示は伝わった。嘱託式の帳のテストも兼ねたその作戦決行は姉妹校交流会初日。学生達を閉じ込め、花御が囮になることで私の忌庫探しから気をそらす。呪詛師も同行するみたいだが、まぁ仲良くできるだろう。
「……デート楽しみだなぁ。」
私に抱かれて寝ている彼との共同作業だ。つむじに鼻を埋めると、混ざり合った快い匂いがした。
地の文で描写してないけど、セリフや擬音で読み取ってみてください。
感想お待ちしております。