「デート…」
「そ。高専にある呪物ね。マーキングしてたやつを取りに行くんだ。」
僕のためにと言って用意してくれたテレビの画面には、古いB級映画が映っていた。昔見た事のあるモンスターパニックもの。ソファで座る僕に真人さんは撓垂れ掛かって話しかけた。マーキングしていた呪物とは真人さんが持っていた指のことだろう。あの日の出来事は、結果的に彼女が全て仕組んだことだった。高専に呪物を回収させるついでに、僕の魂も、母さんのことも──
「なんで僕を誘うんですか…?勝手に連れてけばいいでしょう…。意識を沈められたら、どうせ僕には何もできないのに…!」
「……拗ねちゃった?楽しく泳いでたのにねー。お母さんのこと思い出してやっぱり嫌になったかな。」
真人さんは反省の色を見せることはない。呪霊として矛盾なく僕の母さんを改造し、殺しておいても平気な顔だ。じゃあ今の僕はどっちか。母の仇を憎む人間なのか、何も違和を持たない呪霊なのか。混ざってしまった魂は僕の価値観にも影響している。僕の意識は…どちらも混在してぐちゃぐちゃだった。泳いでいる間は何も考えずに済んだけど。蛸型の呪霊──陀艮とも平気に交流していた。
魂が揺れている。自己認識は真人さんのせいであやふやだ。いつの間にか意識は僕のもので、でも魂の主導権は真人さんのもの。体に囚われた意識が自尊心を損なって──拗ねたように見えるのも無理はなかった。勝手に奪われて勝手に生かされているような、今の状態が嫌なだけだった。
「考えすぎだって。女々しくて人間っぽいねー。そこが可愛いんだけど。」
囁く唇は耳に触れそうなほど近い。犯人である真人さんは素知らぬ顔で僕に嘯く。呪霊としての価値観に毒されつつある今の状態には、彼女の言葉は刺激が強すぎる。
「君は呪霊になるよ。嫌でもね。肉体は既に呪力によるものへ昇華させたから。人間由来の理性があるだけ。忌避感も悪感情もね。」
「……それもいつか消えたら、僕はどうなるんですか。」
「もう魂は混ざり終わってるんだ。消えたり残ったりするものじゃない。君が何を選ぶかってこと。」
「真人さんの話は抽象的で分かりづらいです。魂を知覚できるから、いつも知ったような口で。詭弁じゃないですか。」
端まで動いて距離を取った。ソファはそこまで大きくないので気持ちばかりだが、そうすると接触はない。今のナイーブな魂では無神経に触ってくる彼女を好ましく思えなかった。
すぐに彼女は上半身を伸ばして近づいてきた。胴体だけ伸ばしたその姿は少し滑稽に思える。膝枕のような体勢になって、僕の太ももに寝転んだ彼女はそのまま話を続ける気のようだった。
「混在するその魂になったこと、全部私のせいにするといいよ。人間であり続けようと足掻いても、呪霊の価値観に侵されようとも、君はそのまま。惑い、揺れて、迷う君の魂こそ魅力的に輝くんだよ。」
「……真人さんには面白おかしく見えるかもしれませんよ。自分が何なのか、呪霊としてどうあるかとか、悩んだりしなさそうですし。」
「あははっ!順平もちゃんと私のこと見てるじゃないか。…そうだね。私は迷わない──だから強いのさ。君の魂は弱くても、可愛いくて素敵ってこと。」
結局は詭弁じゃないか。そのままでいいなんて都合のいいことしか言わない。悩みの種を生んだ犯人は僕のお腹に顔を突っ込んでケラケラ笑っている。
自分自身でも分かっている。人間の死になんとも思わない価値観。冷静に俯瞰するようなその魂が僕でもあること。呪われた母の死を──
「ただ──君の魂は、指の企みついでに欲したようなものじゃない。それだけはハッキリと分かるよ。」
真人さんはそのまま上着の中へと這いずり始めた。形を変えた悪辣な呪霊の魂は、動きを止めることはなかった。
「順平は忌庫を探してきなよ。術師を間引くのは私がやっとくから。」
真人さんはそう言って術師狩りに向かっていった。決行日に結局僕もついてくることになった。敷地に張られた結界は、花御さんのおかげで素通りできた。精霊に近い花御さんの術式で、生み出す植物に覆われることが重要であるらしい。付き添いの呪詛師はなんだか人相が怪しくて、呪霊の身でありながら少し可笑しく感じてしまった。端的に言って変なヤツばかりだった。
忌庫に繋がる扉を見つけなければならない。高専内の寺社仏閣は中身がハリボテで、千を超える扉のうち一つが、日替わりで目標の呪物庫に通じる。回収させた指に仕込んでいた、真人さんの呪力を辿ることで分かるはずだ。真人さんの呪力は本人なら簡単に分かるらしいが──僕の意識でも容易に追うことができた。元々僕の意識があるだけで、この体は真人さんのもの。術式を相手に行使することはできないが、この肉体を変形させることは可能だ。地面を蹴って素早く走れるよう、脚の形を馬のように変える。
「目的に気づかれたら、多分順平 祓われちゃうね。花御に頑張って気を引いてもらおっか♡」
「無責任なこと言わないでくださいよ…。」
頬に表出した口から出た声。真人さんは僕の体も操れるし、大部分の魂があっちで仕事しているとはいえ、変わらぬ調子で僕に話しかけてくる。まるで通話しているようだが、厳密にはどっちも真人さんらしい。理解は難しいがそうなっていると認識するしかなかった。真人さんの呪力を辿った先には一つの社。間違いなくこの扉から呪力を感じる。
扉を開けると薨星宮へと続く道が見えた。その途中に呪物を保管する忌庫があるらしい。その道中には忌庫番がいるみたいだが──見つけた。こちらの手札は肉体の変形と擬似的な不死性。静かに獲物を仕留めるために腕を尖らせた。そのまま二人串刺しを狙う。
「──ゔっ」「!!」
一人仕留め損ねた。変形させた腕による突きは人間を即死させたが、あと一人が残っている。外部と連絡され、五条悟が来てしまえば死は確定する。企みもバレてしまう。本殿へと続く道へ逃げ、身を隠し始めた!マズイマズイマズイ──
「だいじょーぶ。もっと魂を自由に。まだまだ変えてみて。」
──全身を、魂を弛緩させる。ドロドロに形を崩したそれらは、地面へ倒れ込む前に形を成した。脚は八本。ただ速く駆けるためのそれらは、連動して地面を蹴り加速する。既に魂は捉えている。手に持った携帯電話に向けて歪んだ獣が走った。
「ばぁっ♡」「ひい゙っ」
噛み付いたその腕ごとケータイを強奪する。蠢く胴体はそのまま人間の体にまとわりつき──呑み込んでしまった。中の獲物がじたばた暴れる感触を嫌がりながら、忌庫へと這いずり向かう。
「〰︎〰︎〰︎!!」
「なんで呑んだんですか…。」「そう?面白いじゃん。まだもがいてるし。」
僕に甚振る狙いはなかった。個人的にはさっさと終わらせてあげたかったが、もがき苦しんだ末に窒息死したその人は、真人さんの操作で排出された。彼女は趣味が悪い。改造人間の使い道から既に察しはついていたが。
特級呪物"両面宿儺"と"呪胎九相図"を見つけた。これを目当てに今回の作戦が決行されたのだった。全て袋に詰めて帰路につく。本気の五条悟相手に帳がどこまで持つのか。なるべく早いに越したことはないだろう。花御さんは無事だろうか。
地下水が流れる洞窟の天井には、鍾乳石のつららが並んでいた。そこへ巨大な木の根が壁を突き破って現れる。中からは呪詛師が一人に呪霊が三体。そのうちの一体──花御の左肩付近で抉られたような負傷がよく目立った。力が抜けて倒れ込むその死に体を見て、舌なめずりをする呪詛師は、働き者なその呪霊へトドメを刺そうとしている。
「かわいそっ。楽にしてあげよっ──」
「──お疲れ。人間のくせに勝手するなよ殺すぞ。」「花御さん大丈夫ですか?」
人間の機微など抜かしている、呪詛師を脅しても意味などなかった。帳のテスト結果を見るものは別にいるし、もう一人来ていた別の呪詛師は今後の邪魔になるため捨て置いた。このサイドテールの呪詛師の生死も心底どうでもいい。目的のブツは私の順平がバッチリ取ってきてくれた。彼は花御の容態を心配している。呪霊は呪力の自己補完効率が悪いが、このくらいの負傷は再生可能な範囲だ。まだその辺の感覚を理解していない彼に伝えつつ、花御の肩をかついだ。
「ほら 起きて花御 帰るよ。」
「真人 殺意にブレーキをかけるのはストレスがたまりますね」
「花御
「こういう呪物ってさぁ なんで壊さないの。」
標本瓶に入っている呪胎九相図の1〜3番を並べた真人さんは夏油さんに質問していた。曰く、特級呪物にもなると、害を成さない"縛り"によって存在を保障されているため、壊すことが不可能になるらしい。
「宿儺の指はどうなんですか?他に害をなさない"縛り"が機能してるようには…」
「アレは特別。呪物と成って、20に分割しても尚呪いを寄せる化物だよ。それ故に器を選ぶんだ。」
「フーン。
眼前には磔にされた裸の男。才能がないためか、この状況で僕と真人さんが見えていないようだ。唯一見える人物の夏油さんに向けて命乞いをしていた。容器から九相図の3番を取り出して、顎を掴んで受肉のお手伝いを始める。真人さんが嬉々としてやりたがっていたのだが、呪霊が見えないとなると一転して僕に任せたのだった。心做しかテンションが下がっていた。背後からぴったり体をくっつけてきた真人さんは、僕の戸惑う姿を見かねてアシストし始めた。
「あの…これそのまま入れるんですか。」
「オブラートとか要らないでしょ。あーんしてあげて。ほらあ〜ん♡」
仕方なく口に突っ込んでいく。抵抗する歯の感触と唾液が単純に気持ち悪かった。男は血涙を流して叫び声を大きくしていった。そして──
「やぁ。起き抜けに申し訳ないんだけどさ。ちょっとお遣い行ってきてくれない?」
受肉させた九相図の三人は脹相、壊相、血塗と名乗って、こちら側につくことを決めたようだった。比較的人間っぽい姿の脹相さんと壊相さんはともかく、見るからに異形の血塗さんは人間側につくことが難しいと判断したかもしれない。特級呪物の受肉体が呪術師からどういう扱いを受けるか、想像はつかなかった。
壊相さんと血塗さんがお遣いに向かったので、残りの脹相さんを交えて皆で人生ゲームをするみたいだ。術式が現代の文化とも関係するパターンがあるため、遊びながら勉強する方針らしい。呪術は意外と高尚なものではないのかもしれない。真人さんは説明書を見ながらウキウキしていた。
「順平はどう?楽しんでる?」「……人を殺しても、傷つけても、楽しくはなかったです。」
特徴的な手回しルーレットが音を立てて回っていた。呪霊として動いた自分。真人さんに流されるままに生きているが、犯した罪が許されるわけでもない。高専で腕を突き刺したあの人も、受肉して人格を沈められた人も、僕のせいで死んだのだ。あの三人──九相図の受肉体は九人兄弟らしい。確かに他の呪霊とは違った、兄弟の絆で心を繋げているように見えた。じゃあ僕の繋がりは、呪霊として残ったものは……
「まだ時間はあるからね。もう少し呪いの本能に従ってみてもいいかも。」
真人さんは相変わらずの調子だった。いつも僕の近くにくっついてケラケラ笑っている。悪辣で、母を弄んだ外道であるが、いつかその嫌悪感も無くなるのだろうか。
──コマを持った脹相さんの動きが止まる。ルーレットの動きが鈍くなってカラカラと音が鳴っていた。
「弟が死んだ」
「あーっ!!コマ壊した!!」「そういうの分かるんだ。」
握りつぶしたコマの代わりを探す真人さんを放置して、夏油さんは何やらスマホで調べ始めた。そして報告を耳にする。
「壊相・血塗を殺したのは、呪術高専一年 虎杖悠仁とその一派だ。」
彼女はニタニタといつも通りの笑みを浮かべた。
人間にとって呪霊の体液は毒です。血管に入ったり粘膜から入ると、耐性がなければ有害ですね。この開示に深い意味はないです。はい。