「天与呪縛って──生まれた時から不自由な肉体を与えられたってことですよね。術式範囲の広さと引き換えに…」
「私がその不自由な体を治すってワケ。そういう"縛り"を結んでるからわざわざ出向いてあげてるんだ。」
物々しい雰囲気だった。夏油さんは袈裟を着た万全の状態。真人さんはいつも通りの見た目をしているが、魂は新しい玩具を買う前の子供のようにはしゃいでいる。こういう時は大抵ロクなことをしないけれど、今回は取引の精算に向かうようだ。
「真人さんが治すって…ホントに大丈夫なんですか?」
「他者間との"縛り"は自らに科すものとは違うからね。今回は約束通りにしてもらうよ。」
夏油さんはちゃんと言い聞かせたらしい。術式による治癒と引き換えに、高専内部の情報提供を行う。そういう縛りだったらしいけれど、京都校にも被害が及んだ前回の襲撃が、件の内通者の琴線に触れたようだった。取引は即刻中止され、今までの働きの分を精算する──つまりは治癒を施すことが必要になった。
「忘れられたかと思ったぞ。」
とある山中のダムに設けられた一室。そこには全身を包帯で巻かれ、赤い湯船に浸かる人間の姿。カビ臭い部屋と辛気臭い面がお似合いのヤツ。もう敵に回ったのならちゃっちゃと殺しておきたいが、夏油に口酸っぱく言われているため仕方なく治癒に応じる。
「先に"縛り"を破ったのは貴様らだろう。この対価も履行しないつもりか?」
「やったのは花御だもーん。八つ当たりはやめてよねー。」
横の夏油から、後ろの順平からも冷たい視線が向けられた。彼には後でお仕置しなければ。目の前の人間もまともな会話をする予定はなさそうだった。
「呪霊と議論する気はない。さっさと治せ。下衆。」
「──勢い余ってカメムシにしちゃいそう。」
「真人。」
夏油がすぐに窘めてきた。不確定なペナルティを望んでいないのはある程度理解できるため、ため息をついて仕方なく術式を行使する。
「はぁー。感謝してよね。下衆以下。」
頭部に触れて魂の形を弄れば、肉体は健常なものへと変わる。人間として五体満足に治してやった相手の反応はそこまで大きくなかった。可愛くない。手を開いたり、脚に力を込めたりしてある程度堪能したなら、そろそろ…
「始めよっか♡」
順平は地面を蹴るための多足を構築し瞬時に外へ出た。同時に八体ほどの人型傀儡がこちらに向かってくる。術式によって巨大化した右腕を使えば何も問題ない。大質量で薙ぎ払う──!バキバキと傀儡の砕ける音がした。
死体が見当たらない。アイツは私達を殺す必要はないし、逃げるのも理解出来る。面白いことではないが。
「つまんな。今は狩りじゃなくて勝負がしたいのになっ──」
ダム湖から現れたのは巨大な人型傀儡。後頭部から背中へと伸びるチューブや背部の機関が気になるが、恐らく中にいる。私に触れられたくないだろうし、操縦するなら…頭部!!
「ははっ。引きこもりも伊達じゃないね。順平は行っといで。」「はいっ。」
ダムの通路で二手に別れる。アイツは順平が術式を相手に使えないことも知っているだろう。魂の削り合いだ。分け身である彼にも意識が逸れるはず。まずは初撃がどう来るかだが──
『
傀儡の右手から放たれた呪力弾はダムの外壁に穴を開けた。脚を獣のそれに変えて、土煙の中から飛び跳ねて移動する。出力は高いが、この攻撃では私の魂が傷つくことはない。──私の呪力が尽きるまで焼き続ける気かな?まずは
続いて二発の打撃を躱して、ダム湖へと飛び込んだ。自らを泳ぎやすい姿──マグロの形に変えて、周囲を泳ぎ回る。
傀儡の両手に溜まる呪力は水面へ勢いよく叩きつけられた。
『
高く上がる水飛沫の中に紛れて、飛び跳ねた私の魂は既に原型へ戻っている。コイツの攻撃じゃ魂は傷つかない。だったらこっちは攻めるのみだ。呪力と質量をたっぷり込めた右拳で──ぶん殴る!!
鈍い音が響いた。
ふらつく巨体には間違いなくイイのが入ったはず。もっとぶち込めば装甲を破れる。空中で両腕を翼へ変え、滑空してさらにチャンスを狙い──
「…アレ?」
──翼へと打ち込まれた短筒。それは爆発の瞬間左翼との結合を吹き飛ばした。続く掌底が私の体を捉える。山林の一角へ弾き飛ばされた。
「──っ!」
魂ごと破壊された…!!どういったカラクリか見抜かなければならない。すぐに翼を生やしてその場から飛び去る。傀儡の拳による乱打を避けた空中には──
『
五発の呪力追尾弾。降り立った地面を砕きながら誘導される。魂に作用する攻撃をハッキリさせておきたいが、それより手っ取り早く…
「──順平。」
湖から伸びた巨大な蛸の足。吸盤を備えたそれらは傀儡の足を捕え、締め付けながら湖へ引きずり込もうとしていた。分け身である順平は大きく自由に象れる。水中に潜んで挟み撃ちを狙っていた。傀儡が両手に呪力を溜めて、足元の攻撃へ備えているが、水中を焼き払われる前に
「領域展開」『自閉円頓裹』
「はい お終い。」
真人さんの領域は背景で手が結び合い、支え合って出来ている異質なものだった。里桜高校での経験から会得したらしいそれは、一瞬で勝負を決める技だ。彼女にしては珍しく、長く遊ぶよりも早く終わらせることを選んだみたいだった。少し思うところはあるが、彼女なりに苦しませず殺すことを選んだのかもしれない。すぐに魂を破裂させると痛みはないらしい。
巨大な傀儡の頭部に向けて彼女が術式を行使すると、そのまま巨躯は倒れ込んだ。
ハロウィンまでの十日を休めば領域の消耗は回復できるらしい。彼の敗因は領域を使われないことを祈って作戦を練ったことだと、真人さんはつまらなさそうに語っている。沈黙した傀儡に背中を向けて歩き出す彼女。僕も姿を原型に戻して帰ることに──
「──真人さんッ」「は?」
中指に貫かれた胴。その先端で励起する術式は彼女の体を膨張させて──弾けた。
領域が崩壊する。ドーム型の天井から解けるように消えていったそれは傀儡を自由にした。雄叫びを上げる巨大な人型には人間が入っている。中の操縦席。恐らく頭部だろう。そこを一番狙っていたから。
彼女の魂は──僕の声にも反応することはなかった。僕の体から反応を返さないその沈黙は、真人さんの死を意味しているようで。
好き勝手に人間を弄び、呪い、殺す。そんな呪霊である彼女が死んだ時に、僕はどう思うのか。恨んだ相手が死んでせいせいする?突然放り出されて混乱する?
どれでもなく、何故か思い出すのは彼女のニタニタとした笑顔だけだった。悪辣で、卑劣で、刹那的な本性と、享楽的で自由な魂。
いつもあるがままに振る舞う彼女は──何故か僕にばかり構っていた。無視をすると拗ねるし、体を勝手に操作するイタズラも数知れずだったが、ここ数ヶ月はべったりついて離れなかったと思う。
魂が綺麗とか可愛いとかばかり言ってくる彼女の意図を測りかねていたが、なんてことはなかった。ただ感じるままに僕のことを愛していただけ。そこに深い意味はなくとも。
身勝手に僕の魂を奪って、好き勝手に愛でてきたくせに、最期は呆気なく爆ぜてしまった。彼女は母の仇で、人を大勢殺して、他人の魂を弄んで──僕の魂だけは離さなかった。
魂に作用する攻撃を相手は持っているようだから、僕の体にもそれは効くだろう。僕は真人さんのように、人間へ触れて術式を使うことは出来ないし、領域も使えない。彼女による肉体の支配は感じないし、好きに変形して逃げることもできる。ここで高出力の巨大な傀儡を相手する意味も勝算もなかった。
意義も理由もなかったけれど──
「──
魂の変形。真人さんのように形成は上手くないが、それでも質量をありったけ込める。右腕にできた巨大な触手塊。犇めくそれを圧縮し前方に向けて──解放する。
「
ぶつかり合う拳と重棘。響く金属音は無視して水中に潜った。真人さんを圧倒した出力の傀儡だ。ペースを握られれば
拘束用の触腕を傀儡の足へと伸ばした。吸盤の並んだそれは装甲に張り付き、引き剥がすため力を込めて──
『
三つの呪力が触腕の周囲を撃ち抜いた。既に切り離していた触腕を尻目に加速を開始する。ジェット噴射の要領で噴出口から水を吐き出し、水面から空中へと飛び出した。
右腕に構えた触手塊は既に圧縮済みだ。放たれたのは──
死角から最大出力をぶつける!!
装填された刺棘は高質量の弾丸。頭部を貫くため放たれたそれは──僅かにそれて操縦席に座る彼の姿を顕にした。
「!?」
山勘での回避は直接視界の確保に繋がったようだ。傀儡の右中指には恐らく魂を弾けさせる術式!!
「よく頑張ったね順平。」
「術が発動するタイミングで自ら弾ける。あとは領域を解けば死んだと思うかなーって。全部計算だからね♡」
僕の早とちりをこれでもかってくらい笑われた。ほんとに死んだと思ったのに。馬鹿みたいに魂を揺れ動かしていたことを、10日間はずっと口にされるだろう。早速げんなりした気分になってきた。
「アレも簡易領域ね。本番前にいいもん見れたんじゃない?」
夏油さんと真人さんは取り乱すことなく会話している。結局あの後、僕の魂がはじける前に真人さんが彼を殺してしまった。ストックされていた簡易領域という呪術で内側から領域を発生させ、魂にダメージを与えていたらしい。
「なんで返事しなかったんですか…。」
「バレたら意味無いでしょ。順平の形が残ってたのは違和感持たれるかもしれなかったけど、ちゃんと穴開けてくれたから余裕だったね。」
僕にも黙って死んだフリをした彼女は、悪びれもなくそう語る。真人さんが本当に祓われた時、僕の魂がどうなるのかはまだ分からなかった。実力を鑑みると僕の方が祓われる確率は高いのだが…
「真人さん服は?またどっかに脱ぎっぱなしですよね。みっともないなぁ…。」
「順平は毎回服探してんのー?みみっちいねぇー。」
呪霊だからか、高身長で美しい女体を形作っているのに、彼女は裸の姿に抵抗がなかった。全身の変身や変形ですぐに服を脱いでしまう。そのままでスキンシップをしてくるのも最早慣れ始めていた。そんな僕の反応は真人さんにとって面白くないようだった。
「マンネリ化だー。じゃあ今度は何か着てしよっか。」
……返事はしないでおいた。
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