「五条悟が一番力を発揮するのは、どんな時か分かるかい?」
向こうで話しているのは夏油さんと漏瑚さんだ。シャボン玉を飛ばして呪霊みんなと戯れている。ぼくも手に持った大きめのサークルリングにシャボン液をつけて、扇ぐように動かす。真人さんは膨らんだ巨大なシャボン玉に目を輝かせていた。これも呪術に関係するのだろうか。幼児向けの遊びだが、陀艮と真人さんには好評だ。花御さんは──同じくポイを振ってシャボン玉を飛ばす係に徹していた。
「意外と楽しいもんだね。夏油はなんて言ってた?」
「五条悟は一人の時が強いってことらしいですよ。他の術師じゃ足手まといだそうで。」
現代最強の術師五条悟。その男の封印なしでは呪霊の時代は始まらないと。たった一人で呪術社会を維持しているようで、なんだか大変そうだった。術師よりも更に下の非術師で周りを囲い、呪霊達で攻め立てる。五条悟は非術師に気を配りながら戦わなければならず、術式による攻撃も控えて守りに徹するようになるらしい。夏油さんの作戦立案はいつも的確だから、今回もそうするだろう。五条悟を集中させて最低20分稼ぐ必要があるため、さらに人手が必要になる。
「私の玩具も投入すれば、人死増えてもっと削れるってことか。渋谷行きの電車でたっぷり補充して向かえばいいよね。」
「車内に詰め込みすぎるのも問題です。
渋谷駅の地下5階副都心線ホームを戦場として、閉じ込めた一般人に向け電車で輸送した改造人間を放つ。そのため明治神宮前駅で真人さんと僕は仕事をしなければならない。見た目ちょっと近寄り難い改造人間を、ギュウギュウに押し込んだ電車には正直乗る気が湧かなかった。僕も真人さんも形を変えられるし、小さくなれば余裕で乗ることができるだろうけど。
「んー。じゃあ順平は運転やってみたら?車掌さんも弄って、私達で電車動かしちゃおうよ。」
とんでもないことを考える人だ。電車の操縦なんてしたことないのに。乗る人員は全員頑丈なため、まともな走行を心がけなくてもいいだろうけど、なんだか緊張してきた。運転席周りに押し込まれる改造人間の視線は気にしない方がいいだろう。理性も残ってはいないだろうし。
「……五条悟の戦闘には加わるべきですか?」
「領域展延出来ないでしょ。私も改造人間主体で立ち回ろうと思うから、運転が終わり次第私に合流すればいいよ。渋谷デートさ。」
真人さんはマイペースにそう語る。その日のために手札を温存して準備を続けているというのに、どこか行き当たりばったりで動く彼女はいつもの調子だ。もちろん僕に制御することなんて不可能。
その後、卓を囲んで席についた四人は麻雀を打ち始めた。僕はそもそもやったこともないし、席が足りないので陀艮と戯れておく。ぶにぶにとした感触とぶふーっと鳴くところが可愛い。あんまり触りすぎると真人さんに妬かれるため、彼女の様子を窺いながら楽しまなければならない。
牌がぶつかる音がパチパチと聞こえていた。会話の主題は獄門彊の封印条件。獄門彊開門後、封印有効範囲の半径約4m以内に、一分間五条悟を留めること。それは──
無理難題を押し付けられたと思った漏瑚さんが、夏油さんに突っかかって怒りを露わにした。牌を握りしめて、頭部の噴火口からは湯気が登り、周囲の気温が上昇している。
「大丈夫。一分と言ってもね。五条悟の
脳内時間で一分とは──身に覚えがあるような気がする。真人さんに魂ごと奪われた時とか、真人さんが爆ぜてしまった後の時とか…ロクな記憶ではなかったけど。
とにかく、そのくらいの衝撃を最強相手に与えなければならないらしい。そのために呪霊達でお膳立てすると。夏油さんが封印を持ちかけてきたのは、五条悟を殺すことが不可能であるためと思っていた。しかし、彼の魂に訴えかけるほどの何かを夏油さんは持っているのだろうか。その術とは…──
「順平」「…なんですか?」
既に呪力は回復して万全な状態。ソファで僕に寄りかかって、映画を観ながら真人さんが話しかけてきた。人工衛星の密室内で未知のモンスターが襲いかかる、という内容は僕の好みではあったが、彼女にはつまらないものだっただろうか。でもあの うにょうにょとした触手の動きは術式の参考になるはずだ。明日10月31日は渋谷の本番決行日。僕達はまず神宮寺前駅で人間の補充をして、地下鉄で渋谷駅まで──
「色々考えてるでしょ。」
──目を合わせた。いつも通りの軽薄な表情。ゾッとする程美しい目鼻やパーツの黄金比は穏やかに保たれている。彼女の魂は変わらない。明日のことを案じて気が重くなることもなく、愉快に、自由に、大量殺人と人体改造を楽しみにしていた。ろくでもない呪霊の本性を剥き出しにしていながら、僕の魂を離そうとはしない。
僕はどうすべきなのか。封印に成功した場合には、呪詛師に紛れて術師を狙うか、真人さんの体に戻って眠りにつくか。
自分勝手で悪辣な彼女のことを考えると、どこか心配に感じた。基本的に不死身な彼女の天敵も恐らく集まる。これから起こす事変はそういう渾沌を呼ぶからだ。宿儺という地雷に指を与える狙いならば、尚更危険は多いだろう。僕にも、そして彼女の身にも。圧倒的に僕の方が弱いくせに、勝手に不安になっている魂は彼女にはバレバレだった。
「怖い?私と一緒でも。」
「怖くはないです。でも僕は弱いまま。真人さんの足を引っ張ってしまうかもしれません。それが嫌なだけです。」
少しぶっきらぼうになってしまったが、彼女の機嫌はずっと良さそうだった。基本的に弱いものも強いものも等しく、騙して、虐めて、呪う彼女は僕に対しても態度は変わらない。ただずっと一緒にいることは守り続けている。僕に返せるものはあるのだろうか。
「漏瑚みたいに強くなるために欲しくなったわけじゃないからね。弱くてもいいんじゃない?君にできることがきっとあるよ。人間は醜くて愚かだけど、それは君の魂を離す理由にならない。」
抽象的でいつもふざけて煙に巻くような言葉ばかりの彼女だが、たまに的を射ることがある。腑に落ちたその発言で少しは心が軽くなったかもしれない。映画のラストシーンでは、宇宙飛行士達が乗る脱出ポッドに化け物が潜んでいた。無事海に着水したポッドから化け物が地球へ放たれようとしている。なんだか後味の悪いエンディングだった。
「…それと。」「なーに?」
「夏油さんと真人さんってどういう関係なんですか?」
「嫉妬かな?可愛い♡」
「はいはい。"
明治神宮前駅の地下5階副都心線ホームで、弄った
「真人さーん。これ入りますかー?」
満員電車に客を詰め込む駅員のように、手足を使って
「もう満員だね。君いらないや。」
最後に軽く
「運転手さーん。お任せしますよ♡」
彼は少し照れながら運転席へ向かった。私も体を変形させて隙間に入り込む。彼が覚えたのはドアの開閉とブレーキ・アクセルレバーの動作だけだった。それで十分な乗客しか乗っていないためである。明らかな異音と急加速を感じながら、渋谷駅のホームへ向かい始めた。
「すぐそこじゃん!!ヤバっ、ブレーキブレーキ!!」
一分もかからず着く距離だ。前方から聞こえた焦る順平の声に心躍らせながら、ブレーキ音を聞く。車輪とレールの間で火花が散っていた。彼の運転はバッチリだった。後で褒めてやらなければ。手早くこちらへきた順平と合流する。とりあえず彼の体を私のものへ戻しておこう。分け身との切り合わせはお手の物だ。開いた扉から見えた漏瑚とも合流する。
「漏瑚〜 いやー。空気が美味しいね。恐怖が満ちてる。やっぱり人間残さない?月水金は森へ放牧してさ。」
勢いよく飛び出した改造人間達が駅に残った一般人達を襲っている。聞こえる甲高い悲鳴と、噛みつき毟る水音が心地よい。人間牧場で彼とのデートを夢想した。──素晴らしい。
「森ごと焼くぞ。」
「花御に怒られるよ。」
「花御は死んだ。」
「……マジ?」
手前に走っていた人間に術式を施す。形を変えて蛇のようにくねるその頭を乗りこなし、件の五条悟へ打撃をぶつけた。
「ハハッ! マジで当たんないね!!」
拳が当たる前に空中で止められた。反撃を下がって避けながらさらに仕掛ける。
「人間の気色悪いところはね。いーっぱいいる所♡」
吹き抜けから一般人がなだれ込む。渋谷に閉じ込めている人間を矢継ぎ早に投入し、まだまだ攻める…!!
無為転変 『多重魂』
魂を混ぜ合わせる。無理やり繋ぎ止められたそれらはギリギリと音を出し、拒絶反応による反発力が質量を爆発的に高めた!!
『
相手に向けて放たれた質量による攻撃も無限の前に押し止められる。続けて、上から漏瑚が拳をぶつけるが──受け止められた。腕を掴まれた瞬間すぐさま切り離し、その場から走り去っている。
五条悟は虎杖悠仁とは違って冷酷さを持ち合わせていることは知っている。
今ヤツがするべきことは領域展開。私たちごと一般人に無量空処をすれば呪霊は人間ごと皆殺しになる。上手く私たちだけ領域に捉えたとしても、領域の外殻に押された人間達は壁と挟まれて圧死する。想定している犠牲とは呪霊に殺される人間であって、五条悟に殺される人間ではないはず。
五条悟を迷わせ、集中させる。その目論見通りにことは進み、あとは封印を──
「──マジ?」
「領域展開」『無量空処』
「──はっ」
さっきのが無量空処か。地下5階の人間は全員食らったらしい。立ったまま意識を失っている。改造人間達は皆殺しにされ、向こうに見えるのは──封印されている五条悟と夏油。どうやら私の気絶したうちにカタはついたようだ。
「夏油〜」
「真人 見てくれ。魂は肉体の先に在ると述べたが、やはり肉体は魂であり、魂は肉体なんだよ。でなければこの現象にも、入れ替え後の私の脳に肉体の記憶が流れてくるのにも説明がつかない。」
「それって一貫してないといけない?私と夏油の術式では世界が違うんじゃないかな?」
夏油はこの答えを何やら気に入ったようだ。五条悟の言葉通りに獄門彊をさっさと閉門させてしまう。獄門彊は定員一名。中の人間が自死しない限り使用不可である。何はともあれ──これで封印完了だ。
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