「…何コレどういうこと?」
0.2秒ほどの無量空処を受けた私達が目を覚まし、今後の動きについて夏油が提案しようとした時のことだった。五条悟の封印を完了したはずの獄門彊。それが五条悟の情報を処理しきれずに地面へめり込んでいるようだ。暫くは動かせないみたい──
「!!」「やられたね。」
天井からの視線。とっさに破壊したのは恐らく傀儡と思われるものだった。獄門彊を動かせないこの状況がバレたことは、すなわち術師が五条悟奪還を目指してここに来ることを意味していた。夏油は獄門彊を見るためここに残るようだったが、他の面々はどう動くか。
脹相は弟達の仇である釘崎と虎杖を殺したい。漏瑚は宿儺の器である虎杖だけは生かしておきたい。指を食わせて宿儺の復活を目指しているためだ。相反する互いの意見と思想。漏瑚は既に血管を浮かび上がらせて威嚇し始めている。その討論がヒートアップする前に…
「漏瑚落ち着いて。 五条悟を封印した今、術師と呪霊の戦力差はイーブン。さらに宿儺が復活すれば超優勢でほぼ勝ち。そういうことでしょ?」
「まぁそうだね。」
夏油もその意見には異議を唱えない。私達の戦力と、私達自身の願いは──
「じゃあさ。今の戦力でも勝つ時はあるってことじゃない?だったらさぁ──」
「──虎杖殺しちゃお 宿儺なんていなくても 私達なら勝てるさ」
里桜高校での件。私の順平を誑かしたこと。諸々を踏まえて私達の結論は出た。漏瑚も私の言葉に耳を傾けて、会話を続けるつもりのようだ。
「……本気か?」
「大
宿儺は味方ではないため、その復活で人間と呪霊両方がリスクを背負うことが考えられた。しかし宿儺さえ復活すれば確実に呪いの時代が訪れる。100年後の荒野に今の私達が残らずとも、目的のためにただ真の道を歩む。それこそが、偽物の人間共にはない呪いの真髄であると。漏瑚はそう語ってくれた。
確かにその道を歩むことは呪霊としてあるべき姿かもしれない。しかし今の私が考える呪いとしての在り方は違う。
「軸がなくても、一貫してなくても、偽りなく欲求の赴くままに動く。それが私達呪いだよ。」
「あー…でも復活案自体はアリだと思う。漏瑚の歩みたい道も理解できるんだ。だからゲームをしよう。」
私の願い。漏瑚の信念。脹相の想い。それら全ては呪いとしてあるがままに振舞っていいはず。だからこそのゲーム。
「私が先に虎杖と遭遇したら奴を殺す。漏瑚が先なら指を差し出して宿儺に力を戻す。そういうのはどう?」
「俺が先なら俺が
「おい!!」
漏瑚の声も無視して脹相も参加するようだ。勿論返事はイエス。彼もまたゲームのメンバーになる。あとは…──
「夏油はどうする?どっち派?」
「私は獄門彊を見てないといけないから、遠慮させてもらうよ。」
……彼はあくまでここに残るようだった。ゲームに参加せず、虎杖に宿儺の指を食わせることも封印の代案だと。そう述べる彼にあえなく断られる。
「じゃ、よーいドン!!」
合図と共にゲームスタートだ。階段を登って向かうは虎杖悠仁のもと。順平もそれなりに思うことがあるみたいだし、その因果を断ち切っておきたい。奴を殺すことで……私達は完成するはず。
階段を上った先、地下4階には大勢の人間が残っていた。そういえば五条悟対策でたっぷり閉じ込めてたんだった。私は十分
「はい のんでのんでのんで♬」
大量の水を具現化し放出。肩まで浸かるくらい水をはったら、陀艮はその水ごと人間達を吸い込んでいく。吸い終わった陀艮の大きなゲップを耳にしたところで、虎杖殺しま
「漏瑚 捕まえてごらん。」
「勝手にこんなこと、いいんですか?」
分裂し現れるのは分け身である私の順平。走り出したら二手に別れて捜索だ。私を諌めるように言葉を発しているが、私の意向も尊重して動いてくれる。なんとも素敵だ。
「私は地下。君は地上を適当に。呼んだら戻ってきてね。」
「はいはい分かってますよ。」
「それは重畳♡」
追ってくる漏瑚には改造人間による即席シャッターをプレゼント。これで口うるさい仲間からは逃げられた。あとは目当ての人物を探して殺すだけだ。
宿儺の指が解放された気配。それから聞こえる地響き。地上でコトが起きているようだが、分け身の感覚から順平は無事だと分かる。かれこれ2時間近く走るが一向に術師は見当たらない。脹相や漏瑚が先に目的を果たしてしまったのだろうか。彼らが間引いてしまったら残りは少なくなっているはず。目当ての虎杖悠仁も見つからないとなると手詰まりだった。
改造人間の溜まり場近くには証明写真機があった。中に入って座ろうとするが、体が入り切らないので膝裏を抱えて席につく。すると背後から聞こえてくる引きずるような音。手負いの魂の持ち主は──あの七三術師だ。左上半身が焼き焦げており、左の眼窩は黒く凹んでいた。
私の気配に勘づくこともなく、そのまま階段を降りていった。溜まり場へ向かったのだろう。一段落したら声をかけることにしよう。
鉈を振るう音と改造人間達の声が止んだところで、彼の胸へと手をかけた。
「……いたんですか。」
「いたよ。ずっとね。ちょっとお話でもする?君には何度も世話になったし。」
左から聞こえてくる足音。彼が向けた視線の先。その気配は──
「虎杖。」「ナナミン!!」
彼は少し口ごもったが、言葉にすることを決めたようだった。奴への"呪い"を。
「虎杖君──後は頼みます。」
肉体の弾ける音。虎杖の目の前で術師を狩ったその手応えは──魂を削るもの。
「………オマエは なんなんだ!! 真人!!」
「デカい声出さなくても聞こえてるよ!! 虎杖悠仁!!」
まずは改造人間による牽制。
ストックしていた手のひらサイズのそれは瞬く間に膨張し、虎杖の頭部に向けて尖らせた槍を向け──さらに時間差で刺突をぶつけるが全て回避される。
二つの魂を融合させつつ、虎杖の背後へと回り込んだ。混ぜ合わせた手中のそれは反発力の解放を待っている。私と順平の時とは似つかない、手荒な混ぜ方はギャリギャリと擦れるような音を立てた。
「多重魂」
『
混ぜ合わせた魂の拒絶反応を利用し、質量を高めたそれを放つ。膨れ上がった異形の人体を虎杖に向ければ、開かれた巨大な口が押し寄せることになった。続けてその異形の中へと潜り込む。
虎杖はその噛みつきを受け止めることにしたようだ。タイルを削りながらも両手で受け止めたその口の中からは──
「──ばぁ♡」「!?」
尖らせた拳の刃では致命には及ばなかった。殴り飛ばした虎杖の顔には傷がついている。変形させた刃は強度が足りずに崩れてしまった。
「もっとふんばりがきけば、顔を貫けそうだね。」
撥体によって膨れ上がった異形が涙を流している。奴は私の戦闘方法に何やら不満があるらしい。
「どうしてオマエは 人の命を 何度も…何人も!! 弄ぶことができるんだ…!!」
「ははっ 指折り数えて困り顔で殺せばいい? 次からそうしよっかな♡」
奴が人の命を無条件に尊ぶように、私は人の命を無条件に弄ぶ。結局のところ本質は同じ。ただ奴は人間で、私は呪霊である。
「ペラッペラのキミにはペラッペラの
左手に象るのは順平の顔。懐かしい髪色と瞳に、継ぎ目の走っていない表情。その顔はマヒトサーンと鳴いている。
「キミは私さ。」「あ゙?」
キスと同時に口の中へちゅるんっと吸い込んだ。うわーと声を出すミニ順平も可愛らしい。
「いちいち怒りっぽいねぇ。呪いの戯言だよ。だけど──」
形を戻してすぐに構える。奴は何も分かっていない。この事変も、呪霊達の戦いの目的も。
「そいつを認めない限り キミは私に勝てないよ。」
「ベラベラと よく喋るな 遺言か?」
虎杖相手に術式は使えない。宿儺の逆鱗に触れることになるためだ。自身の魂の形を広げすぎても、かえって的が大きくなるだけ。変形は削られても問題のない部位に、強度が落ちない範囲に留める。
と、奴は考えているはず。呪力の流れから私の変形を先読みする戦略だろう。対するこちらのプランは…
魂の形は変えずに──最高強度で!!この原型!!純粋な呪力強化で 虎杖の心臓をブチ抜く!!
──左拳は空を切る。視界からは虎杖の姿が消えてい──
『卍蹴り』!!!
低い姿勢から放たれた奴の蹴りが頬を捉えて魂を揺らす。続けた正面蹴りを腹に受けながら──
──変形させた左の茨鞭を振るうも奴を捉えられない。体術じゃ届かないみたい。扱う武器はやはり
「いいね。続けよう。ラウンド2さ……!!」
続けて振るった鞭は改札の向こうへ避けて躱される。すぐに変形させた左腕へと装填するのは
壁に打ち込んだ異形は時間差で変形して奴へと攻撃を与える。翻したその姿へと構えた巨大な拳は、頭部に掠るだけに終わった。
伸ばした巨大な腕が奴に掴まれた瞬間自切。切り離した腕とは改札近くで合流して腹部に切り合わせる。強い攻撃を避けられると、残った部位や伸ばした腕等が攻撃の的になる。リスクの冒し所を慎重に見極める必要があるが、しばらくは改造人間主体で攻めるべきか。一旦退いて姿を隠し──
──生き残っていた人間の体内へと忍び込む。
「ゴメン 今渋谷に安全な所はないから できるだけっ──」
奴と青年二人との会話を聞きながら、タイミングを見てサプライズ。口から飛び出し顔をぶん殴った。気の抜けた声を上げるもう一人の魂を変形させながら、文字通りの隠れ蓑を脱ぎ捨てる。
「想像力足りてないんじゃない?」
「やめろ!!」
虎杖の魂には、やっぱり改造人間の方が効く。そして──私達はもう一枚ダメ押しのカードを手に入れる。
真人さんは虎杖君を殺すことに決めた。僕には止める権利はないし、その責任を持つことも出来なかった。既にたくさんの人命を弄ぶ真人さんに加担している。情が移ったと言われればそうかもしれない。でもそういう単純なことではないような気がする。
虎杖君が最後に見た僕の姿は、彼女に呑み込まれた時のものだろう。そして次に会うかつての友達がツギハギだらけで水色の髪をしていれば、何があったか察してしまうかもしれない。僕が人ではないこと。真人さんがマネしているだけと思われてもおかしくはなかった。彼女は享楽的だし、思いつきで友の姿を象るような嫌がらせをしないとは断言出来なかった。いや、彼女なら喜んでするはずだ。
「真人さんも適当なこと言うよ。」
五条悟の奪還を目指す術師は地下に押し寄せるはず。冷静に考えれば、地上の捜索とは体のいい厄介払いなのでは?そんなネガティブな分析をしつつも、地上の様子が慌ただしいことに気づく。
「漏瑚さんより高い火力の術師も来てるのかなぁ…。」
遠くに見える土煙。あの一帯はさっきまで走っていた場所だったが、もはや煙で何も見ることができない。ビルが傾いて解けるように消えていく様は圧巻だった。続いて上がるのは火柱。渋谷のビル群を軽々と追い越す高さは……。ここ渋谷の地に起きる事変は僕も関わったことではあるが、ここまでの渾沌は予想していなかった。呪霊にも運が必要なことをしみじみ思いつつ、適当な小道に入り込んだ。前方に見えたのは──
「ツギハギ…。オマエか。ウチのバカにちょっかい出したっていう特級呪霊は」
「……有名みたいですね。」
渦巻きのボタンをつけた黒い制服に茶髪の女。恐らく術師。口ぶりからして──虎杖君の知り合いだ。
「あぁ。尻尾巻いて逃げたってな。」
ケラケラと余裕そうに笑うその女は気の強そうな言葉遣いだった。僕の苦手なタイプだ。虎杖君と仲良く出来ているのだろうか。少なくとも、真人さんの敵ではあるみたいだ。
「……」
「私も今日はいいとこなしなんで、せめて逃げ虫くらい祓っておかないと。」
女は釘とトンカチを構えた。あちらはやる気みたいだし、真人さんからの
真人さんは虎杖君にバチバチ妬いてます。順平が離れそうになった原因なので。