一番星と『元極道の娘』 作:ヒリヒリ
星野愛久愛海──通称アクア──は少し、いやかなり特別な幼児であった。そもそも、愛久愛海と書いてアクアマリンと読む点が既に普通の名前を持つ子と比べたら特別であると言えなくもないが、それはそれ。彼が他人と比べて最も特別と言える点は、前世の記憶を保持していることにある。所謂転生というやつだ。前世の彼の名前は雨宮吾郎。チート能力を得て異世界を無双する様な転生ではないが、前世で推しに推しまくったアイドル、星野アイの子として第二の人生を手に入れた、本人的には自分を殺した人物に感謝してしまうくらいには幸運な元大人の現幼児である。
「明日は朝早くにお客さんが来るから、今日は早めに寝ようね〜」
「え、もう寝るの?流石に早すぎる気が……」
母の言葉に、珍しく動揺した様な返答をしているのはアクアの妹こと星野瑠美衣。読みはルビーであるが、まだ普通に読めるだけ海をマリンと読まなければならないアクアよりはマシだろう。アクアの妹だからなのか、彼女もまたアクアと同じく前世の記憶を保持する特別な幼児であるが、なんの因果かルビーも前世ではアイを推していた一人だったらしい。つまり、アクアとルビーは文字通りの推しの子になった言うわけだ。
「それで、明日来るお客さんって誰なの?」
「えっとね。澤村遥と飛龍一也って人だよ」
当然の疑問の返答を聞いて、アクアは何か引っ掛かりを覚えた。飛龍一也という人物に覚えはないが、澤村遥という名はここ最近、どこかで聞いた事がある様な気がする。確か、何かの番組で名を見たんだか聞いたような気がしないでもない。
「あ」
考える事数秒、記憶を辿り彼はどこでその名を目にしたのか思い出した。そう、あれはお昼のニュース番組だった筈だ。内容は、記憶違いでなければ『元極道に育てられたアイドル』。
「ッ!!」
瞬間、アクアは背筋に冷たいものが走るのを感じた。彼らの母、星野アイは人の名を覚えるのが苦手でよく間違える。彼女が所属している事務所の斉藤社長が、未だに佐藤社長と間違えられている事からもこれは明白だ。だから、澤村遥と飛龍一也どちらも間違っている、もしくは澤村遥の方を間違えているなら彼の心配は杞憂に終わる。がしかし、もし間違っているのが飛龍一也の方だけだったなら。
「いや、まさか」
アクアの脳裏に、澤村遥を育てた元極道としてニュースで取り扱われた一つの名が浮かぶ。その男は、関東最大の極道組織と謳われる東城会、その四代目会長。
曰く、100人以上の集団を単独で相手にできる。
曰く、虎程度なら素手で撃退できる。
曰く、ロケットランチャーが放たれたのを見てから回避できる。
など、嘘だと笑ってしまう様な数々の伝説を築き上げるその男の名は──
「──桐生、一馬」
「え?あ、そうそう、飛龍さんじゃなくて桐生さんだった。アクア凄いね!直接聞いてもいないのに。でも、前にテレビに名前が出てたし、それを覚えてたのかな?なんにせよ、やっぱりウチの子はヤバいくらいの天才だ!!記憶力もいいし、将来有望だよ〜」
喜ぶ母をよそに、アクアは急激に胃が痛くなるのを感じていた。チラリと見れば、ルビーはその名にピンと来ていないのか普段通りであり、そう言えば桐生一馬と澤村遥が取り扱われたニュースをやっていた時は寝ていたなと思い出す。胃がキリキリと痛むのを感じながら、なぜ幼児にもなってこんな思いをしなければならないのかと自問しつつ彼は思考を加速させる。
アイドルであるアイに子供がいるというのは、まず間違いなくスキャンダルになる。だと言うのに、自分たちをどこかに預けるわけでもなくこの家に人を招く以上、相手は当然アイに子供がいるのを知っていると考えていいだろう。しかし、アイが桐生一馬及び澤村遥と会っていたのを少なくとも自分は知らないし、子守に仕事にと会ってる暇はほとんど無かっただろう。ともなれば、会っていたのは必然的に自分たちが生まれる前となる。
そこまで考えて、アクアの脳裏に電流が走った。自分たちを産んだと言うことは、少なくとも一回以上は誰かに身体を許しているということ。ルビーは未だに処女受胎だと言い張っているが、アイが仕事をもらう為に桐生に抱かれたんだとは考えられないだろうか。ヤクザ関連はあまり詳しくないが、元とは言え東城会の会長、仕事の斡旋くらいなら余裕でできる力が未だに残っていても不思議ではない。だから、仕事をもらう為に、アイが、桐生に──
「」
「あれ、アクアどうしたの?お眠?ってお風呂入ってないんだからまだ寝ちゃダメー!」
聡明なアクアは、それが間違っている答えとも気づかずに意識を失った。自分たちが、アイが仕事をもらう為に身体を売った、詰まるところ枕営業の結果できた子と言う自分で勝手に作り上げたレッテルに耐えきれなかったのだ。だが、ここにはそれを修正する者もましてやそんな事を考えていると心を読んでくるものもおらず、彼はなにやらうわ言を呟きながら、アイによって風呂場へと連行されていった。
*
時は流れ午前二時。
「ハッ!」
「あ、起きた」
アクアはショック状態からようやく生還し、意識を取り戻した。ルビーの顔が視界いっぱいに広がるが、そこに心配という感情は無さそうで、全く薄情な妹である。
「あれ?俺いつの間にパジャマに?」
「やっぱり気を失ってたんだ。ママは気づいてなかったってか寝てると思ってたみたいだけどね。それで、なんで気なんて失ったの?」
妹からの素朴な疑問。しかし、それはアクアを再びフリーズさせるのには十分だった。
「お兄ちゃん…?お兄ちゃん!」
「ハッ!」
「何回も気絶しないでよ。次やったらグーで行くからね」
「あ、ああ。で、俺がなんで気絶したかだったか?それは、俺たちの父──」
「──父親なんていない。ママは処女受胎だって言ったよね?」
「そ、そうだな」
黒より黒い瞳に真っ黒な星を瞬かせ、ルビーはアクアにそう言った。この話をするのは二回目だと言うのに、なぜか今回の方が怖かった。
「もーお兄ちゃんは考えすぎなんだよ。でもさ、2回も同じような話してお兄ちゃん、もしかして前世そう言う仕事関係の人?ヤダヤダ、人体の神秘も信じられないなんて」
「人体の神秘って……はぁ、これでも前世は医者だよ。まあ、宮崎のしがない一産婦人科医に過ぎなかったけど」
「え?」
「ん?どうした」
「い、いやなんでも。それよりさ!明日─もう今日か─のお客さんってどんな人なんだろうね?」
「……ヤクザだよ」
「へーヤクザ……ヤクザ!?」
アクアを二度見しながら驚くルビー。アクアはそんなルビーを見て、ああやっぱりニュース見てなかったんだなと考えていた。。それと同時に、ヤクザがやばい事くらいは流石に知ってるかと安堵もしていた。
「正確には元ヤクザ。澤村遥は元アイドルだけど、もう1人の桐生一馬って奴がな。この前、ニュースでやってたぞ」
「えって事は、ママはヤクザと繋がりがあるって事!?いや、脅されてるのかも!!どうする!?またあの時みたいに演技して追っ払う!!?」
「いや、本職の人間に俺たちの脅しが効くとは思えない。寧ろ怒りを買ったらアイ含めて皆アウトだ。となると、出来るだけ刺激せず穏便に済む様にしよう。あとは、情けないが良い人である人であることを祈る」
「ヤクザにいい人なんているわけないじゃん!てか、私たちもいるのにウチに来るって事は私達のことも知ってるって事じゃん!!」
察して絶叫するルビーだが、そこからアクアが至った考えにはいかなかった様だ。まあ、処女受胎だと思い込んでる以上はアクアと同じ考えにはどうやっても至らないのだが。
その後もどうすれば良いかと話し合うも、具体的な解決策の出ないまま残酷にも時間は流れていく。そして、
「はーい」
時間にして午前六時。アイが開けたドアの向こうに、澤村遥と桐生一馬はいた。