一番星と『元極道の娘』 作:ヒリヒリ
星野家リビングにて、星野一家と桐生一馬及び澤村遥はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
「改めて、私は星野アイ。この子が愛久愛海で、こっちが瑠美衣」
「桐生一馬だ」
「澤村遥です」
まるで初対面の様な様子を見て、アクアはひっそりと胸を撫で下ろした。それは、自分の考えが間違えであったと分かったことから来る安堵のものであったが、それはそれで何故自分たちまで桐生たちに会わされたのかと疑問が湧いてくる。
「ほら、アクア、ルビー挨拶して?」
「ほ、星野愛久愛海……です」
「る、ルビーって言います」
母から挨拶を促され、ガチガチに緊張しながらもアクアとルビーは名を名乗る。何が相手を怒らせることに繋がるか全くわからない故の恐怖が、彼らを極限の緊張状態へと陥れていた。アイの子供に転生して数年、もっと推しの子供として生を満喫したい2人はなんとしても桐生を怒らせる訳にはいかなかった。身振り一つにでも細心の注意を払い、無害な子供を演じるしかないとはアクアの談である。
「んー?アクアもルビーもいつもはもっと元気なのに、どうしたの?まだ眠いのかな?」
「まあ、子供にとってはまだ早い時間かもな。それに、俺たちは知らない人だ。怯えていても不思議じゃないな」
「あ、そっか。うーんどうしようかな。あ、桐生さん達が抱っこすれば慣れるかな?」
「「だ、大丈夫!!」」
母の言葉に首が取れんばかりに首を振り、それは必要ないと返す。元ヤクザに抱っこされるなど身の危険しか感じないし、そもそも二人には抱っこされたら間違いなく恐怖の余り粗相をしてしまう自信があった。桐生の怒りを買わないためにも、それだけは回避しなければならない。
「そう?それならそれで良いけど、いつものきゃわ〜な姿を桐生さん達にも見てもらいたかったんだけどなー」
「人見知りなんですか?」
「うーん、そんな事はないと思うけど……オタ芸?を人前で出来る位には大丈夫だと思ってたんだけど、勘違いだったのかな?」
「オタ芸出来るんですね」
「うん!すっごくキャワ〜♡で、もー何回でも何時間でも見てられるんだよ!!」
「そうなんですね。……あの、星野さんは」
「アイでいいし、敬語もいらないよ。年もそんなに離れてないでしょ?私も遥って呼ぶから」
「うん。じゃあ、アイは私に何を聞きたかったの?子供のお世話の仕方って話なら、『アイドル』は関係ないと思うし……」
このままでは子供自慢で時間が過ぎてしまうのではと危惧した遥は多少強引に本題を切り出した。
「あ、忘れてた。えっとね?私は『愛』が何かを知りたいの」
「愛?」
それはまた抽象的な疑問だと遥は思った。愛の形は千差万別とは、どこで見た言葉だったか。家族愛、親愛、友愛、愛憎など文字通り愛は無数にある。
「私は、遥と同じで施設育ちなんだ。アイドルを始めたのは、確か12歳の頃だったかな?B小町のセンター『アイ』、知ってる?」
「ううん。あんまりそういうのは見ない様にしてたから、ごめん」
「謝る事ないよっと話が脱線しちゃう所だった。でね、私は今日まで『愛』を知るためにアイドルをしてきたんだ。嘘でもいつか本当になるかもって、嘘はとびきりの愛だって信じて、今でも私はアイドルをしてる。でも、ううん、だからこそそんな嘘吐きの私が、お腹を痛めて産んだこの子達に本心からの『愛』を伝えられるか不安なんだ」
「それで私に?」
「うん。日本ドームでの公演、あれを見たときに遥なら私に『愛』を教えてくれるって思ったんだ。遥はあの時『夢』って言ってたけど、アイドルを続けるよりも家族と共にいる事を選んだんだから、そこには間違いなく家族との『愛』があるでしょ?」
「そうだね。でも、私から教わった愛はあくまで私の思う愛であって、アイの本心からの愛って言えるのかな?」
「それは……」
言えない、と言うのがアイの本心だった。他人から教わった愛をまるで自分の本心の様に語る。それは、今まで吐いて来た嘘と何が違うのだろうか。本心からの愛を伝えるには、教わった愛を自分流に変化させなければいけない。だが、それが出来るならこんなに悩んでいない。教わったから愛を知れて、それが本心になるなどと言う都合の良い事は起こり得ないのだ。
「結局、自分で見つけるしか無いかー」
「うん、私もそれが良いと思う」
「……桐生さんは『愛』ってなんだと思う?」
「フッ、さあな。だが──」
桐生の脳裏に、今は亡き三人が浮かぶ。錦山、由美、麗奈、その内麗奈は錦山を愛し、愛故に暗躍し責任を取ると言って結果死んでしまった。錦山がああなってしまったのだって、少なからず愛した人が振り向いてくれないからと言うのもあった筈だ。桐生自身、自分が愛した女性にそれを伝えられたのは事切れる直前で、もっと早く伝えていればと後悔しなかった訳ではない。だからこそ、愛を伝えたいと言うアイに桐生は言葉を続ける。
「──言えるうちに言っておいた方が良いかもな」
「え……?」
そう言う桐生の顔を見て、アイは言葉を失った。言えるうちに言っておいた方が良いなんて言われれば、間違いなく怒る自信があったのに、桐生のその顔を見てそれでも怒るなんて事はアイにはできなかった。桐生が元極道だと言う事はアイだって知っている。ならば、恐らく、まだ極道だった時期に何かあったのだろう。あんな顔が出来てしまうくらいには、桐生の心に残る傷を作った何かが。
「……いや、忘れてくれ。あくまで俺はそう思うってだけだ。人それぞれ違う答えがあるだろうからな」
「……うん。答えが最初から決まってれば良かったのにね」
桐生からそう言われた以上追及するのは無理だと判断し、とりあえずその事は頭の片隅に押しやりながら机に突っ伏してそう言うアイ。それを見て、アクアとルビーは複雑そうな表情を浮かべていた。そんな事を知ってか知らずか、アイは突っ伏したままボソリと呟いた。単に口を滑らせただけかも知れないが。
「お母さんから愛されてなかったから分からないのかなぁ」
「愛されてなかったの?」
それにいち早く反応したのは、やはりと言うべきか遥であった。体勢はそのままに、顔だけ上げたアイはそれを肯定するように頷き、言葉を繋ぐ。
「うん。よく暴力も振られたし、今思えば私と言う存在が鬱陶しかったのかもね。窃盗罪で捕まって私は施設に入って、それから会ってないよ。とっくに釈放はされてるらしいけど、私を迎えには来てくれなかったし」
片親だから、お父さんもいないしねなんて言うアイを見る遥の脳裏に、自分をアイドルにしてくれた人の言葉が過る。
──女の子には、母親が必要よね
遥もアイも、母親から教わるであろう事を殆ど教わっていない。ただ、遥は最期の最期で母から愛を貰ったし、知らなかっただけでずっと母は自分を気にかけてくれた上、自分を大切にしてくれる桐生もいる。だが、アイには自分を産んだ人はいても母親はいなかった。化粧の仕方から親が子に与えるであろう無償の愛まで、彼女は何一つ知らないのだろう。桐生の様な命懸けで守ってくれる様な存在も果たしていたかどうか。
「アイ……」
「ここまで話すつもりはなかったんだけど……ねえ、遥?私はいつか、『愛』を知れると思う?」
「うん、思うよ。ちゃんと、お母さんも出来てると思うし」
「あはは、『愛』を知ってる遥からそう言われると自信が持てるね。アクア、ルビー、いつか必ず私なりの、私だけの『愛』を伝えるから、それまで待っててね」
そう言って、双子の頭を撫でる姿は間違いなく母のものであった。それを見て、やはり無意識下ではもう既に愛を知っているのだろうなと遥は思う。後は、アイがソレを自覚するだけだ。一方、撫でられている側は凄まじい表情を浮かべていたが、幼児特有の突然の不機嫌だと思われている。
「ねえ、アイ。私も質問して良い?」
「遥が私に?」
不思議そうにするアイだったが、遥としてはどうしても聞きたいことだった。だが、
──ピンポーン
インターホンの音が部屋に響き、質問する事は叶わなかった。
「あ、佐藤社長かな?」
「そう言えば、この後予定があるんだったね」
「うん、東京ドームでのライブ。お迎えにはちょっとまだ早い気もするけど、社長せっかちだなぁ〜。あ!良いこと考えた!」
ニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべるアイは、桐生とアクアに目を向けた。その視線を受け、アクアの脳内に警報が走る。
「桐生さんがアクア抱っこしてお出迎えしようよ!ビックリ……ドッキリ?って奴。やられた事はあるけど、やった事はないんだよね!出迎えて、アクアがドッキリですって言うの。それで、大成功〜って私達が出ていく。面白そうじゃない?」
「いや、それは……」
「面白そう!お兄ちゃん、せっかくのママからの提案なんだからやりなよ!!」
断りたいアクアだったが、ルビーの大声に抗議の声は呑まれてしまった。チラリと見れば、先ほどの表情は何処へやら、ルビーは自分に被害がない事をいい事にニヤニヤ笑いながらこちらを見ていた。ならばと、アクアは意を決して桐生を見る。
「俺は別に構わないが、アクアは嫌なんじゃないか?」
アクアの退路は、その一言で絶たれた。心底嫌だが、それよりも推しであり母であるアイの悲しむ顔を見たく無い思いが、アクアに覚悟を決めさせる。
「だ、大丈夫。桐生さん、落とさないでね」
「あ、ああ」
明らかに無理をしてる顔だったが、本人がそう言うならと桐生はアクアを抱き上げる。当然アイほど上手くはないが、それでもこちらに負担がかからないように注意を払っている事はアクアにも分かった。
リビングを出て玄関に、そしてドアを開ける。
「誰だ?」
そこには明らかな不審者が立っていた。
十数年の問題を他人から教わっただけで解決できたら苦労ないよなぁって。桐生か遥がバシッと愛とはこうだって言い切る展開を期待してたみなさんには申し訳ない。