一番星と『元極道の娘』 作:ヒリヒリ
アイがルビーとアクアに愛を伝えていた頃、桐生はどうするべきかと迷っていた。
襲われたとは言え、リョースケは一般人で桐生は元極道。だがまあ、それだけなら普通にリョースケが逮捕されて終わりだろう。しかし、真島の助けもあり無罪となったあの時の件は、警視庁のメンツを保つ為のパフォーマンスの面も兼ねていたらしい。だと言うのに、結果として桐生は無罪、警察は誤認逮捕をした事となりメンツを保つどころか丸潰れとなった。桐生自身そんな事はないと思ってはいるが、万が一今回の件を利用してメンツの回復を図られると面倒な事になる。残念な事に、警察と言う組織が真っ白ではないことを桐生は知っているのだ。少し考え、桐生はスマホを取り出して電話をかけた。かける番号は110番……ではない。
「……」
数コールの後、目的の人物が電話に出た。
『おう、お前から電話なんて珍しいな桐生。アサガオで何かあったか?』
電話の相手の名は伊達真。100億の事件からの長い付き合いで、桐生が最も信頼している警察官の1人である。
「いや、アサガオじゃないんだが……警察を呼びたいんだ」
『警察?お前がか?』
「ああ」
『なら俺じゃなくて直接……あーなるほどな。今どこにいる?』
「ここは──」
先日のアイからの電話を思い出しながらこの場所の住所を言っていく。最も、アイから電話越しでしっかり聴いたのは遥ではあるが、又聞きとは言え桐生もしっかり覚えている。
「──だ」
『なんでそんな所にいるんだ?神室町でもねぇじゃねえか。ったく、俺の管轄は基本的には神室町なんだが……一応聞いておくが、なにがあった?」
「殺人未遂だ」
『殺人未遂か、大方そこの住民が襲われてて、居合わせたお前が防いだんだろうが……よし!ちょっと待ってろ。すぐに向かうから、間違ってもそこから動くんじゃねぇぞ』
「ああ、すまないな伊達さん」
そう言って、桐生は通話を終えた。スマホをポケットにしまい、リョースケに視線を移す。未だ起き上がりそうな雰囲気はないが、何かで縛っておいた方がいいかもしれない。
「おじさん」
「ん?」
声をかけられ、振り返る。視線の先に、ガムテープを持った遥が立っていた。
「それは?」
「おじさんが話してる間にアイから借りたの。縛るんでしょ?その男の人」
「ああ。しかし、アイ達はもう平気なのか?」
「うん。多分、とりあえずは大丈夫だと思う」
「そうか」
話しながら遥からガムテープを受け取り、リョースケを縛り上げる桐生。1分も経たないうちに、リョースケはちょっとやそっとでは動けもしない状態になっていた。とりあえずリョースケはこれで良いだろうと判断し、桐生はそう言えばとアイへと振り返った。
「アイ、少し良いか?」
「なにー?桐生さん」
「さっきリョースケと言っていたが、知り合いだったのか?」
「ううん、違うよ?私はアイドルだから握手会とかするんだけど、その時によく来てくれた人」
「ファンって事か?」
「星の砂って言うのをくれたんだけど、アクアやルビーを手にかけようとした人をファンとは言いたくないかな」
「それはそうだろうな。警察には連絡したから少しすれば来るはずだ。お前も、佐藤社長に連絡したほうがいいんじゃないか?」
「もうしたから大丈夫。多分、もうすぐ来ると思うよ?」
そんなアイの返答とほぼ同時に、恐らく急ブレーキをかけたであろう車の停車音が響く。次いで、余程焦っているのであろう足音がこちらに近づいてくる。
「アイ!無事か!!」
現れた男性は、アイへの心配を口にした。金髪グラサンという出で立ちではあるが、アイを心配するという事は恐らく、彼が佐藤社長なのだろうと桐生は思う。
「あ、社長。大丈夫、見ての通り私はピンピンしてるよ」
「そうか……良かった。って事はあんたがアイを救ってくれた桐生さんか?」
「ああ。だが、あいつの狙いはアイ以外だったはずだが……アイ、なんて連絡したんだ?」
「え、あー襲われたけど桐生さんが守ってくれたって。あはは、ちょっとテンパちゃってて」
なるほど、その言い方ではアイが襲われたと思うのも無理はないだろう。
「なんにせよ無事で良かった。桐生さん、ありがとうございます」
「気にするな。それより、一応聞いておきたいんだが、お前が佐藤社長……で良いんだな?」
「いや俺は斉藤……あー悪い桐生さん、あいつは人の名前覚えるのが苦手でな、俺の名前もしょっちゅう間違えるんだ。俺は斉藤壱護。ところで、助けてくれたのは感謝してるんだが、桐生さんはなぜこんな所にいるんだ?」
斉藤の疑問は最もだろう。ここはマンション内であり、一軒家ではない。故に、偶然通りかかってなんて事は万に一つもあり得ないという事は、桐生もよく理解している。誤解されないためにも、桐生は正直に事情を話す事にした。
「アイに呼ばれてな。まあ、呼ばれたのは俺じゃなくて遥の方だが」
「はる……か?」
そう言われて、斉藤は初めて見知らぬ女性がいる事に気づいた。否、実はここに来た時点で気付いていたのだが、その女性のあまりにも見覚えのありすぎる容姿に、無意識的に見ない様にしていたのだ。しかし、言われてしまった以上認識しないわけにはいかず、斉藤はゆっくりと口を開いた。
「澤村……遥……?」
震える唇でその名を言えば、女性はコクリと頷いた。それを見て、一瞬意識が遠くなるのを自覚する。だが、まだだ。まだ絶望するには早い。世界には同じ顔が三人はいるらしいし、同姓同名って言葉もある。どうしても認めたくない現実を前に、斉藤は最後の頼みと言わんばかりに桐生へと向き直った。
「あー桐生さん?下の名前は……その、一馬だったりします?」
「ああ、そうだが」
その一言で、希望は儚く散った。澤村遥と桐生一馬、この2人がどうしてアイと一緒にいるのか。アイには、この2人には接触しない様に耳にタコができるほど言い聞かせたというのに。いや、答えはわかっている。先ほど桐生が言っていたのが全てだろう。
「フー」
深く、深く息を吐いて斉藤はグラサンを外した。何かを察したアイが耳を塞ぎ防除の姿勢をとる。それとほぼ同時に、斎藤の声が怒号の如く響き渡った。
「こんのバカアイドル!!!B小町のメンバー全員、その中でもよく曲を聞いてるニノとあのライブ映像を繰り返し見てたお前には念を入れて、特にお前には口が酸っぱくなる程言ったよなぁ!?会おうとするなってよぉ!!」
「いやーでもそのおかげで私達無事なんだし……」
「それとこれとは話が別だアホアイドル!!お前が一番やらかしそうだったから何度も言ったのに、案の定やらかしやがって!!大体お前は──」
「──おう、随分賑やかじゃねぇか」
アイに対する口撃が止まらなくなる寸前、誰かの声がそれを遮った。桐生と遥は聞き覚えのある、それ以外の人にとっては聞き覚えのない声。
「伊達さん!」
遥がその人物の名を口にする。伊達と呼ばれた男は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「久しぶりだな、遥。で、こりゃどういう状況だ?」
「言いつけを破ったから叱られてると言った所だな。しかし伊達さん、1人で来たのか?」
「いや、谷村も来てるんだが……これくらい伊達さん一人でいいですよね?とか競馬聞きながら言いやがってな。外に停めてある車にいる。まあ、容疑者を引き取るだけだからその通りなんだが」
「フッ、あいつらしいな」
「で、桐生。そいつが殺人未遂の容疑者で良いんだな?」
縛られたリョースケを指差し、それに応える様に桐生が頷く。伊達は証拠品となる先ほど桐生が蹴り飛ばした改造モデルガンとナイフを最初に拾い上げ、透明な袋に入れてから未だ気絶しているリョースケを担ぎ上げた。
「よっと……桐生、こいつのことは俺たちに任せとけ」
「あの……」
「うん?ああ、襲われたってのはお前か?」
「いや、俺じゃなくてアイ達なんだが……警察なんですよね?事情聴取とか、なんとか明日に出来ませんか?この後大事な予定があって」
「基本的には当日にやる決まりなんだが、大事な予定?」
「実は彼女はアイドルでして、今日この後ドームでのライブが……」
「ドームでライブって、本人はやる気なのか?」
そう言いながら、伊達は斉藤の言った彼女、つまりはアイへと視線を向けた。それに対して、アイは目を逸らさずに伊達を見つめ返す。
「私はやるよ、まだちょっと怖いけどね。それに、B小町のみんなにも迷惑かけちゃうから」
わずかに震える右手を左手で抑えながらそう言うアイの目には覚悟があり、伊達は瞬時にこれは何を言っても無駄だと理解した。いつかの遥や桐生然り、こう言う目をした奴には何を言っても意味がない事を伊達は知っている。
「はぁ……しょうがねえな。今日はやらないでおいてやる。だが、俺の一存で勝手に日程ずらす訳だから、場所はそっちの事務所を使わせてもらう。それと桐生、遥、お前らも行け」
「桐生さん達も来るの?」
「犯人が単独犯かどうかわからない以上、いたほうがいいだろう。何が起きるかわからねえし、標的をお前に変える可能性もある。そうでなくても、桐生と遥は今回みたいな事は経験済みだ」
最も、遥は狙われる側で、桐生はそれを阻止する側だったが、と伊達は内心で付け加えた。ドームライブを控えたアイドルが事件に巻き込まれて尚、ドームライブを決行する。この事実に、伊達はデジャブを感じずにはいられなかった。恐らく、桐生と遥も感じているだろうと伊達は考えている。
「桐生、変装道具は持ってるか?」
「ああ、ここに来るまでにバレないように使ってたやつがある」
そう言ってマスクとグラサンを取り出す桐生。それらを装着した桐生は、その筋の人間感が凄まじいがここに来るまで誰にもバレていないのだから多分大丈夫なのだろう。それに、漂うヤクザ感で言えば斉藤もどっこいである。
「遥はどうだ?」
「おじさんと同じかな。あ、ヘアゴムがあるから髪型も変えられるけど……」
「あーまあ大丈夫だろ。で、どうする?さっきの条件が呑めるなら明日にしても良い。恐らく社長はアンタだろ?」
「……わかった。その条件、呑もう」
数秒の思考の後、斉藤は頷いた。
「よし、決まりだ。じゃあ桐生、後は任せたぞ」
そう言って、伊達はこの場から去った。少し経ち、車の発進音が響く。完全にエンジン音が聞こえなくなった辺りで、斉藤は腕時計を確認した。まだ少し余裕はあるが、現地での確認などを考えるともうそろそろここを出発しなければならない時間だった。
「もうこんな時間か。アイ、準備しろ。そろそろ行くぞ。アクアとルビーもな」
「え、2人も連れて行くの?私は嬉しいけど、連れてくるなって言うと思ってたのに」
「あいつの狙いはお前以外だったんだろ?で、さっきの刑事は複数犯かもしれないと言っていた。なら、子供置いて行けるわけねえだろ。桐生さん達も行く以上、ミヤコに頼むってのも何かあった時にあいつだけでどうにか出来る可能性が低いから無しだ。ナイフに、銃まで押収してたんだからな。複数犯だとして、仲間も同様の物を持っていても不思議じゃない。扉を不用意に開けたりはしないだろうが、窓割って侵入される可能性もある」
「そっか。うん、分かった。じゃあちょっと待っててね社長。ほらほら行くよ、アクア!ルビー!ママの初ドームライブ、生で見れるよ!」」
そんな事を言いながら、アイはアクアとルビーを抱き上げ部屋へと戻って行き数秒、ドタドタと慌ただしい物音が部屋から聞こえ始める。さぞ急ぎで準備をしているのだろう。
「ったく、ママだなんだと叫ぶなよ。バレちまうかもしれねえのに。そう言えば、桐生さん達はどうやって現地に行くんだ?流石に一緒にってのは厳しいんだが」
「だろうな。俺たちはタクシーを使うから、そこは気にしなくて良い。場所は東京ドームだったな?」
「ああ……だが、恐らく客でごった返してるだろうから、向こうに着いたら関係者入口に来てくれ。俺の名前を出せば関係者として中へ入れるようにドームスタッフと話をつけておく。桐生一馬や澤村遥なんて名前は出せないから、こっちで考えた偽名にはなるがな」
「悪いな社長。だが良いのか?」
「良くはないだろうが、全てはアイ達を守る為だ」
「お待たせー!!」
勢いよく扉を開き、準備を終えたアイが現れ、その脇には興奮冷めやらぬと言った様子の双子が抱えられていた。襲われたと言うのに大したキモの座りようである。
「遅えよ……行くぞ」
「はーい!」
斉藤に連れられて、斉藤の車でアイ達は東京ドームへと向かった。それを見送った後、少しだけ時間を置き桐生達もタクシーで東京ドームへと向かう。
ライブの時間は刻一刻と迫っていた。