キヴォトスの核を成す地域、D.U区。連邦生徒会の自治区でもある此処は、他の自治区に比べて比較的平和であり、高層ビルなど街としても大きく発展している地域であった。
近未来的な外観。目蓋が自然と落ちてしまうような、眩しいネオンサインの数々。そして、青天の下に降り注ぐ、煌めく陽の光。
透き通るようなその都市は、遙か彼方、地平線の先にまで広がっているような気がしてならなかった。
「……凄いところだな」
D.U区の地下階段から出てきたのは、ぜえはあと息を切らしている、顔の良い女だった。
腰まで伸びる赤黒く、艷やかな髪。太陽の光を取り込んでも尚、暗い質感を保つワインレッドの瞳。
背は高く、華奢な身体。時計の針を模した金のイヤリングを揺らし、赤のハイネックと黒いスラックス、黒のロングコートを身に纏っている。
「うわぁ……ビル高。あの輪っか何……? どういう原理で空に浮いてるの? が、学生がホントに銃持ち歩いてる……」
そんな独り言を、やや低めな声質で呟きながら、女は背負ったどデカい荷物をよいしょと背負い直す。
D.U区の街並みを拝見しながら、彼女は人がまばらに行き交う歩道を、とぼとぼと歩いていく。
「……おや? もしかして、あなたが噂の“先生”ですか?」
「……はい?」
すれ違った人――否、どう見ても歩く犬にしか見えないモノに話しかけられ、彼女は戸惑った。
「いえ……人違いかと」
「むー? ですが、あなたはヘイローないですね……生徒さんでは無いように見えますし……」
(先生? ヘイロー? 何を言ってるのこの犬……そもそも、なんで犬が立って歩いて喋ってるわけ?)
心の中で決して吐露できぬ思いをぐちゃぐちゃにしながら、自分でも何を言ったか分からぬ一言を吐き捨て、その犬と別れた。
彼女がこの都市に来た理由――それは、彼女が巷で噂の武器商人であることにある。
――キヴォトスの外で蔓延する噂。
いつでもどこでも、手を捻るだけであらゆる武器を”召喚“できる武器商人がいる……。その商人が扱う武器はどれも特殊で、中々お目にかかれない代物なのだとか……。
そんな噂が、キヴォトスでも広まってしまった。
その結果、彼女は数千もの学園で構成される都市 キヴォトスに足を運ぶ羽目になったのだ。
(学園都市、かぁ……)
彼女はビルの隙間から見える、どこまでも広がっているような街を見据えて、ワインレッドの瞳を微かに細めた。
(学校なんて、真面目に通ったの何年前かな)
失った青春に思いを馳せながら歩いていると、前を見ていなかった為に反対方向の人とぶつかってしまう。
派手に転んだのは相手の方で、「きゃっ」と悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。
「あっ……!! す、すいません!! 大丈夫ですか?」
彼女は慌てて手を差し伸べる。
ぶつかった相手は学生。白のセーラーに、フリルの付いた紺色のスカート。黒いタイツを履いた、金髪おさげ髪の少女。目がイっている鳥(?)のような鞄を下げている。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「……」
女は、手を差し伸べたまま黙り込んでしまった。
「……? どうかしましたか?」
少女は彼女の手を使って立ち上がり、不思議そうに首を傾げた。
(かっ……可愛いぃぃぃぃ……!!)
(何この子……! 手小さ! 指細っ……! 頭に輪っかみたいなの浮かんでるし、天使みたいに可愛い……!)
我に返り、全てを誤魔化すために咳払いをした。
彼女の引いた顔を見るに、もう手遅れのようだが。
足元に転がる鳥の人形を拾い上げ、少女に手渡した。
「ご、ごめんね。よく前を見ていなくて……あ、この鳥、落としたよ」
「鳥じゃありません!! ペロロ様です!!」
少女は食い気味にそう叫んでから、微かに頬を赤らめて視線を逸らした。
はっきり言って、鼻血が出そうです。
「……ご、ごめんね」
人形を受け取った彼女は、汚れを払い、赤子を抱き上げるようにして人形を見た。
相当好きらしい。
「じゃあ、私はこれで」
彼女に別れを告げ、去ろうとした。
「また、お会いできるといいですね」
にこり、と笑う少女に、彼女は完全に心を撃ち抜かれて悶絶する。
「はい、もしもし――うぇっ!? アズサちゃんもう着いたんですか!? ま、まだ始まりませんよね?! すぐ行きます!!」
スマホを耳に当てながら、少女は彼女に目もくれず走り去っていった。
鼻を抑えて悶絶する女を、一人の生徒がゴミを見るような目で見つめていた。
それに気づくまで、彼女は数十秒の時間を有した。
「……あなたがファウストさんですね。私があなたをご招待した、七神リンと申します」
嫌な沈黙が流れ、ファウストは腰を突き出したままの体勢で彼女を見た。
「……あ、どうも」
◇
D.U区を統治する学園、連邦生徒会の本部へと案内された。
長い長いエレベーターの中。リンの後ろで死んだような顔をする女の名を『ファウスト・ヨハン』。キヴォトスの外で名を馳せる武器商人である。
「……私は一部始終しか見ていませんので、貴女がなぜああなったのかを知りません。ですので恥ずかしがる必要はないかと」
「いえ、別に恥ずかしいわけでは」
消えかかった声が、リンに届いていたのかは分からないが、彼女は静かにため息を吐いたように聞こえた。
「本日貴女をお招きしたのは、貴女の取り扱う武器を拝見させて頂きたいのと、今後、キヴォトスへ足を運ぶ際の注意事項をお話させて頂きたいのです」
「はぁ」
チーン、という音と共にエレベーターが止まり、白と青を基調とした部屋がファウストの目に飛び込んでくる。
「どうぞ、おかけください」
リンに案内され、荷物を置いてから、真っ白なソファの上に腰を下ろした。
周りには誰もいない。完全に人払いが成されてあるようだ。こんなにも真面目な風格の人間と向き合うのは、少々寿命が縮む。
「では……早速拝見させてもらいましょうか」
「何でも構いませんか?」
「ええ。噂はキヴォトス中に広がっていますが、その中身は私共も未知数ですので」
ファウストを右手の指を数回、折ったり広げたりを繰り返してから、お腹の前あたりで思い切り広げた。
すると、ソファの隣に立てかけた荷物がカタカタ震え始め、上に取り付けられた筒から出る銀色の粒子が彼女の掌で何かを形作っていく。
瞬く間にライフル銃が形成され、ファウストはそれを両腕でキャッチした。
「……成る程……それが”いつでもどこでも武器を召喚できる“の根拠ですか……」
「その噂ちょっと違いますけどね……」
ライフル銃を、彼女が見やすいようにぐるりと回転させた。
黒混じりの銀色の銃身。ご丁寧に“Faust”と刻まれている。口径は7.62ミリ。弾丸を通すであろう筒は細長く、持ち手の部分はしっかりとしている。
最大の特徴は、砲身と共に伸びるブレードらしきもの。銃本体を逆さにすると、剣のようにも見えた。
目に見える情報では、それくらいが限界であった。
「こちらはハイブリッド。名前は『F08バルバトス』です」
「……ハイブリッド?」
「二種類の兵器の性能を複合させた兵器の総称ですね」
「では、これは剣とライフル……という事になりますかね」
驚くような表情が消え、冷静な顔に戻ったリンを、ファウストは怪訝に思う。
一息置いてから、リンが続ける。
「資料で見たことがあります。かつて剣と銃を複合した武器が至る所で開発されたが、悉く使われなかった。それは何故か――」
リンの言葉に続けて、ファウストが口を挟む。
「重すぎるから、ですよね」
「……はい」
少し不満げなリンを差し置き、ファウストは説明を続ける。
「主な運用法としては遠ければ銃、近ければ剣、という互いの欠点を補い合うような使い方が想定されていました。ですが要素を詰め込みすぎたそれは重く、どちらで使うのも中途半端、という結果になったものがほとんどです」
「……少し持ってみてください」
ファウストは『F08バルバトス』をリンに片手で渡した。
それを持ったリンは、きりりとした瞳を大きく見開く。
「軽い……」
「そのハイブリッドは、他の金属と同じ強度を持ちながら極めて軽い、ストロング合金という素材で構成されています。ですので、本来想定された複合武器の運用が可能となっています」
リンは興味深そうにハイブリッドを観察している。伸びるブレードで指を切らないかだけが心配だった。
「
膝に手を置き、ファウストは言う。彼女の反応を見るに、ハイブリッドはキヴォトスでは流通していない様子である。
「それなりの訓練は必要ですが……ここではトラブルが絶えないと聞きました。約に立つのではないでしょうか?」
テーブルの上に武器を置いたリンは、瞳を閉ざしてから、再度ファウストを見据える。
「……正直侮っておりました。ここまで凄い武器を扱っているとは思いもしませんでした。しょうもない武器を売り捌いているようなら、トラブルになりかねないからキヴォトスを出禁にしようとも考えていましたが……」
「で……」
しれっ、ととんでもないことを口にした。
この都市に武器をばら撒くとでも思ってるのか、とファウストは少しばかり腹を立てる。悪そうな人間には売らない。そう決めているのだ。
「ですが、このような武器が各学園に配備されれば、多少足りとも事件の抑制に繋がるかもしれませんね……」
リンはそう言ってから立ち上がる。
見下される前に、ファウストも腰を上げた。
「ぜひ今後とも、キヴォトスに足を運んではいただけないでしょうか」
「仕事とあれば、私はそうするまでです」
表情を変えぬまま、ファウストは頷く。
「とは言っても……私一人の判断で決めるわけにはいきませんので、連邦生徒会全体で話し合い、最終的に決めさせていただきます。暫くキヴォトスに滞在してもらえませんか?」
「――え……? 泊まりってことですか?」
危うく頷こうとしたファウストは、呆気にとられた様子でリンに尋ねる。
「そうですが」と返され、彼女の顔がみるみる青褪めていく。
「私彼女いるのに……」
誰もいない連邦生徒会の部屋に、ファウストの一言が何度も木霊した。
◇
ようやく用事を終えたファウストは、D.U区の路上で誰かと通話をしていた。
「そう。泊まりになっちゃって…………分かった、ごめん。ほんとにごめんね。…………いや、でも帰るわけにはいかなくてさ」
スマホ越しに聞こえてくる声に、ファウストは涙目になりながら対応していた。
ようやく通話を終えてから、緋色に染まった空を見上げる。
「ペロロジラ、面白かったですね!」
「あぁ。最後の海に帰っていくシーンは来るものがあったな」
街中へ視線を落とすと、昼間出会った少女が、友達を連れて歩いているところに遭遇した。
「……あ。お昼の……」
「こ、こんばんわ」
「知り合いか?」
少女は涙を貯めるファウストを見て心配してくれているのか、眉を寄せている。
「どうしました?」
「あ……いや。急遽帰れなくなっちゃって」
「そ、そうなんですか」
すると、彼女は持っていた紙袋の中を漁り、取り出した何かをファウストに差し出した。
「これ、ペロロ様大福です!」
手に乗せられたそれは、彼女がペロロ様と尊敬している目がイった鳥のお菓子だった。
「それ食べて、元気出してください!」
少女はそう言って手を振り、友達と一緒に夕日の空へと歩いていった。
もう一度、手に乗った饅頭を見てみる。
どう見ても鳥にしか見えない。
いつの間にか、溜まっていた涙が引っ込んでいた。
(めっっちゃ可愛かった……)
鼻の下を伸ばしながら、ファウストはホテルにチェックインしにいく。
「ヒフミ、良かったのか?」
「私、あれ勿体無くて食べられないですから! でも、あのペロロ様は食べられる事を望んでいるでしょうし……」
ホテルのベッドの上で、ファウストはまた誰かと通話していた。
「は、浮気? しししっしてない!! 断じてしてない!! するわけない!!」
片目だけになったペロロ様饅頭が、焦るファウストをベッドの上からじぃっ、と見つめていた。