女たらしの武器商人、キヴォトスに立つ   作:聖成 家康

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 外は生憎の雨模様。ざぁ、ざぁ、と降り注ぐ雨粒が、硝子を打ち付けて縞模様のような線を無数に描いていた。

 

 とあるマンションの一部屋。何の変哲も無い、ただの部屋。

 そこは可愛らしい物がまばらに置かれた部屋で、ふんわりとした雰囲気がありながらも、生活感で溢れた部屋だった。

 

 そんな部屋にある、大きめのベッドの上。

 

 一人の女が、下着姿で顔を青褪めていた。

 

 腰まで伸びる赤い髪。ハイライトを失い、焦点が定まらないワインレッドの瞳。病的なまでに華奢な体躯、豊満な胸元を包む水色の下着。

 

 彼女の隣では、一人の少女が熟睡している。――裸で。

 

 ピンク色の髪を持つ、アホ毛が目立つ少女。小鳥遊(たかなし)ホシノ。アビドス廃校対策委員会の三年生。

 

 女――ファウストは、シーツを握りしめたまま絶望していた。

 

(なんで……こうなったんだっけ……)

 

 

 時は今から数時間前までに遡る。

 

 

 ◇

 

 

 今日も今日とて依頼を受け、遠路遥々キヴォトスへと足を運んだファウスト。

 

 アビドスは暑いために、黒いロングコートを腰に巻き付け、赤のTシャツと黒のハーフパンツ姿であった。

 

 ここまで来るのにかなりの時間がいるのだが、稼ぎは悪くない――むしろ最高であるため時間をかける価値はある。

 

「……なんで学校に呼んでくれないんだろう」

 

 今日彼女を呼び出したのは、砂漠に佇む学校――アビドス高等学校の生徒。

 しかし、ファウストは訪れた先は、アビドスの街中にあるカフェだった。

 

「まぁ……色々事情があるか」

 

 この都市の生徒に常識を求めてはいけない。

 ヘイローとかいう、摩訶不思議な輪っかを乗せた生徒達は、所構わず銃をぶっ放すような野蛮人。

 何度トラブルに巻き込まれたことか、計り知れない。

 

 ファウストは背負っている大きな荷物を、よいしょ、と背負い直す。

 

「ええ……小鳥遊、小鳥遊……オッドアイでアホ毛があって……」

 

 カフェに入って、ぶつぶつ呟きながら店内を見渡した。

 

「え!? お姉さんかっこいいー!」

 

「……うぇ……? あ、ありがとう……!」

 

 入口で突っ立っていると、近くの席に座っていた女子高校生二人組にそう言われた。

 ファウストは苦く笑いながら礼を言う。

 

「お姉さんヘイロー無いね。もしかして、“大人”の人?」

 

「そ、そうなるの、かな」

 

「ねぇ、これから私たちと遊ばない?」

 

「あ、あそ――」

 

 彼女の脳裏を過る数多のトラウマ。

 ファウストの白い肌が、みるみるうちに青く染まっていく。

 

「あーいや……その」

 

「ね、いいでしょ? おねがーい」

 

「あっ……と」

 

 「無理なんだ」の一言が、どうしても出てこない。断った時どうなるか、キヴォトスでは悪い予想しかつかずに、ファウストは言い淀んでいた。

 

 すると、彼女の元に救世主がやってくる。

 

「おー、あなたがファウストさん? こっちだよー」

 

 ゆっくり歩み寄って、手招きをしてくる少女。

 ピンク髪で、アホ毛がひょこひょこしていて、綺麗な緋と蒼のオッドアイ。

 

「……なんだ、お姉さん知り合いいるんだ」

 

「早く言ってよ」

 

 女子高校生達は彼女を見るや否や、すっかり冷めた様子で席についた。

 

 ゆっくり近づいてきた彼女こそ、アビドスの小鳥遊ホシノであった。

 

「ごめんねホシノちゃん……」

 

「いいんだよ〜。さぁ、さっさと終わらせちゃおう」

 

 ホシノに導かれ、店の端に点在する席に、互いに向かい合うようにして座った。

 背負っていた大きな荷物の置き場に困り、数分悩んだ末、結局自分の横に置くことに決めた。

 

「必要なのは弾薬だったよね」

 

「うん。この箱に入れてくれればいいよ〜」

 

 ホシノが机に置いた大きめの箱。中は空っぽで、弾薬程度なら幾らでも入りそうな容量であった。

 

「弾なら一瞬で終わるから」

 

「それは楽しみだぁ」

 

 ファウストが箱の上で手を広げる。

 横に置かれた荷物の上から伸びる筒が銀色の粒子を大量に放出し、彼女の掌の上で渦を巻いた。

 何度か瞬きすれば、いつの間にか箱は何種類かのアサルトライフルの弾薬で埋め尽くされていた。

 

「すごーい! どうやってるの?」

 

「実は私もよく分かってなくて」

 

「それもすごーい」

 

 じゃらじゃらと音を立てる箱に蓋がされ、ホシノの横にずしん、と置かれた。

 

「代金は今支払うよ」

 

 現金のやり取りをして、ファウストは早くも仕事を一段落させた。大きく伸びをしてから、解放感に身を預ける。

 ふと、ホシノの頭に浮かぶヘイローとやらに目を向けてみた。ふわふわ浮遊するそれは、彼女を体現するように柔らかい色をしていた。けれど、どこか精錬されていて、冷徹さも感じるデザインだ。

 

「これ、やっぱり珍しい?」

 

「えっ……あ、うん。もう慣れたかと思ったけどね」

 

「……キヴォトスの外かぁ。きっと行くことないんだろうなぁ」

 

 ホシノは頼んでおいたオレンジジュースを、ストローを使って横着して飲む。

 

 来ない方がいい、とファウストは思った。ここ(学園都市)での生活に慣れている彼女たちならば、尚更。

 

 

 時間が大幅に余った。元より弾薬だけとは聞いていたが、こうも一瞬で終わってしまうとは。

 

「ファウストさんってさ、綺麗だから、やっぱり()()の?」

 

「う、うん……まぁ、一応。すっごく怖い、鬼が」

 

「おほー……」

 

 オブラートに包んだが、もっと酷く言える。

 

「でも……他の誰よりも大切、かな」

 

「――大切、か」

 

 てっぺんの毛が、少し萎れたように見えた。

 顔もどこか哀しそうになり、感傷に浸るかのように静かになってしまった。

 その顔が見られたのはほんの一瞬で、瞬きを数回した後に、またぼんやりとした表情に戻っていた。

 

 それでも、確かに目に焼き付いてしまった。

 

 何故、あんな顔をしたのだろう。

 自分の脳内が白昼夢のように霞みゆくのを、全神経が感じ取った。

 

「……ホシノちゃん。私、少し観光していこうと思うんだけどさ。案内とか、してもらえないかな」

 

「観光の? ……私でいいの?」

 

「うん。いいよ」

 

 ファウストは優しく微笑む。

 

 ――彼女のあの表情には、何か意味がある。

 

 それを確かめるまで、ファウストは帰らないと決めた。

 

(あーあ……私彼女いるのに)

 

 ◇

 

 ホシノが真っ先に案内してくれたのは、新しめな外観の水族館であった。

 水族館――というよりも、アクアリウムに近い。かなり規模が大きいのが、外からでも伺えた。

 

「……魚、好きなの?」

 

「そう。……ちょっと子供っぽいかな、って思う?」

 

「私の知り合い、いい年して特撮ヒーロー好きな人多いから、別に良いと思うよ」

 

 チケットは流石に奢らせる訳にはいかなかったが……先程の稼ぎが半分消えるくらいの値段だった。

 

(勉強料、勉強料……)

 

 とほほ、と思いながらも、ホシノと共にアクアリウムに入っていった。

 

 

 魚の種類といえば、川の魚、海の魚、熱帯魚まで。流石はアクアリウムといった、豊富なラインナップだった。

 

 ホシノは子供のように目を輝かせながら、分厚いガラスの先で優雅に泳ぐ魚たちを観察していた。

 

「ここ来るの二回目だけど、やっぱりいいなぁ……! あ、ほら。あのお魚。色が綺麗だよ」

 

「そうだね」

 

(どうしよう……全部一緒に見える)

 

 この女はここ(水族館)に来るべきではない。

 

 川魚、熱帯魚のコーナーを抜けて、最後に訪れたのは海の魚のコーナー。

 

(海の魚かぁ……刺身食べたいな)

 

 川と熱帯の魚は食用が少ないから我慢できたが、海となれば話は別。もう彼女の目には、食料品が遊泳しているようにしか見えていなかった。

 

「わぁ!! 見て見て! 鯨、鯨だよ!」

 

 ホシノが今まで以上に目をキラキラさせ、指を差したその先には、一際大きな魚が優雅に水中を泳いでいた。

 

(何あれ……凄い大きい)

 

 明確に言えば魚では無いが、ファウストにはそれがわからなかった。

 でも彼女の反応を見るに、ホシノはこの鯨とやらが好きなんだろう、というのは何となく理解できる。

 

 鯨が見えなくなるその時まで、ホシノは一時も瞬きすることをせず、その軌跡を追っていた。

 ファウストもつられて、つい見てしまった。

 

 その時だけは、刺身ではなく、きちんと海を泳ぐ一つの命として見ることができた。

 

「ファウストさん、大人でしょ」

「……? まぁ一応」

 

 意味深な事を聞かれ、ファウストは身構える。

 

「おかしいな、私。大人の隣で、こんなにはしゃげるなんて……」

 

 困ったような笑み。

 また、目蓋に焼印を押される。

 

 

 アクアリウムも出口が近づいてきて、ファウストはバレないように息を吐く。女の子と二人でデート……互いにそんな気はなくとも、傍から見ればその通りである。

 

(バレませんように……)

 

 アクアリウムから出ると、ホシノが突然、上を見上げながら足を止めた。

 

 ファウストも上を見て、げ、と声を漏らす。

 

 大雨が降っていた。大粒の水滴がざぁざぁと音を立てて、しきりにコンクリートを打ち付けている。

 

「ファウストさん」

 

「……なに?」

 

 

「私の家まで競争だぁ!!」

 

 

 大雨の中、駆け出していったホシノ。

 

 女子高生のノリについていけないファウストは僅かに出遅れ、かなり差をつけられてしまった。

 見失ったら一巻の終わりである。

 

 ホシノの背中を必死に追いかけ、我武者羅に走った。

 

 アビドスの街にある小さめのマンション。

 その階段を必死の思いで駆け上がるうちに、身体からおびただしい数の雫が垂れていることに気がつく。

 

「いやぁ、濡れたねぇ」

 

「そそそそそ、そうだね」

 

 言葉の頭がやけに多いファウストは、首をガクガクさせながら、くすんだ暗雲の下に広がるキヴォトスへと視線を泳がせた。

 

 しっとりと濡れたシャツに浮かぶ、白い下着の線。その質感やリボンまで、はっきりと見えている。

 

(透けてます透けてますぅぅ……! 目、目はどこに置けば良いんですか……!)

 

 ホシノは察しが良く、彼女の考えていることを見透かしたように、自身の胸元へと目を向けた。

 

「うへぇ、おじさんのなんか別に気にしなくていいのに」

 

「こ、これは私のエゴだから」

 

 部屋に招かれたファウストは、以前として首を彼女から逸らしたままだった。

 

 

 

 

「そこから記憶がない……」

 

 大方予想がつくところまで覚えていて助かった。自覚のない“これ”が、一番まずい。

 

 ぐー、すー。幸せそうな寝息を立てて眠るホシノを見下し、ファウストは微かに瞳を細めた。

 

(結局分からなかった……)

 

 彼女が刹那の時だけ見せた悲哀に満ちたあの顔。その原因となる事実を、結局、掴めずじまいで終わってしまった。キヴォトスの欠片にも満たない区域を、少し観光しただけである。

 

 ファウストはくしゃみをしてから、畳まれてあった服を着る。彼女を起こさないように、そっと立ち上がり、部屋を見渡した。

 

「可愛い部屋……あの子と大違い」

 

 改めて見ても、女の子らしい部屋だった。おじさんおじさんと言ってはいるが、中身はちゃんと乙女なんだと、何故か安堵する。

 

 ふと、ベッドの隣に置かれてある棚の上へ視線が寄せられた。

 

「写真だ……」

 

 写真立てに入れられた、一枚の写真。ホコリ一つなく、光まで放つその様は、彼女にとってそれがどれだけ大切かを物語っている。

 

「……これは……ホシノちゃん……?」

 

 そこには、目をツンと尖らせた小さい少女と、そんな少女に胸を押し当てる、もう一人とは真反対な風貌の少女が写っていた。

 

「彼女――いやいやいや、友達か」

 

 辺りを見渡せば、手紙やら付箋やら、そこに書かれてある文字まで読む気にはなれないが、色々な物が、その一画にだけ詰め込まれていた。

 

「うぅん……」

 

 ホシノの声がして、ファウストはびくん、と大袈裟に身体を震わせる。

 

「……シロコちゃん……セリカちゃん……アヤネちゃん……ノノミちゃん……」

 

 まだ深い眠りについている彼女は、誰かの名前を順番に呟いていった。同級生か後輩の名前だろうか。

 

「――先輩。ずっと近くにいてね……みんな、みんな私が、ちゃんと―――」

 

 雨音に掻き消された、彼女の言葉。

 

 目蓋に残る焼印と生み出した結論が糸のように繋がり、全てが綺麗さっぱり消えてゆく。

 

「……そっか」

 

 仕事を終えた瞬間のような脱力感に襲われ、ダイニングテーブルの椅子に尻を置いた。

 

 

「だから、だからぁ……」

 

 

 寝返りを打ったホシノの顔は、歪んでいた。眉間にシワが寄り、淡い桜の唇を前歯で噛んでいる。優しさと哀しさの入り混じったかのようなヘイローは、彼女の頭から消え去っていた。

 

 背もたれに身を預け、ファウストは淡い息を吐露する。顔を掌で覆い、その隙間から天井を見据える。

 

「帰ろう」

 

 思い立ったように呟き、ファウストは立ち上がる。

 大きな荷物をよいしょ、と背負ってから、眠りについたホシノを見据えた。

 

「せめて、いい夢を」

 

 そう囁き、ファウストは玄関のドアノブに手を掛ける。

 

 

「――先輩、ありがとう。私、とっても嬉しいです」

 

 

 マンションの側を通りかかった車のライトが、彼女の部屋に差し込む。

 

 ベッドに貼られた、クラッカーの書かれた一枚の紙切れが、魂でも宿ったかのように、酷く、輝いた。

 

 

 

 

「ファウスト? あなたのコートから、他の女の匂いがしますけど。甘い匂いですね、ふわふわした匂いですね。しかも……濡れてますね、この感じ」

 

「あぁえっと……これは……その」

 

 帰宅したファウスト。最愛の人の前で正座をし、何度も弁明を試みるがその都度事態を悪化させていた。

 

「ちょっとお部屋で楽しいお話しようか。反省するには、もう首輪じゃ足りないかな……」

 

「も、もうやだぁ……首輪いやぁ……」

 

 いつもはもっと必死にやるのだが、今日はそんな気になれない。

 

 この日常だって夢かもしれない。いつか、急に醒めて、嘘のようになくなってしまうかもしれない。全部が霞に消えていくように。

 

 そう思うと、嫌だから早く終わらせる、なんて勿体無いことはできなかった。

 

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