女たらしの武器商人、キヴォトスに立つ   作:聖成 家康

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フラッシュバン

 

 学園都市キヴォトス。その一画に値するトリニティの自治区にて、暴徒によるバスジャック事件が勃発していた。

 

 ヘルメットを被った、素顔の分からぬ不良生徒が二名。一丁前にアサルトライフルを備えて、人が全然乗っていないバスをジャックしている。

 目的は不明。バスは止まること無く走行を続けているものの、どこからどう見ても、同じ道を進んでいるようにしか見えない。

 

 

(いい加減にしろよこいつらぁぁぁ……!!)

 

 

 そんなバスに、不運にも乗り込んだ女がひとり。

 散り散りになった腰まで達する赤色の髪に、やや涙目なワインレッドの瞳。

 赤のハイネックに黒のスラックス、黒いダウンパーカーを身に纏った、背が高く華奢な女。

 

 ファウストは運転手に怒鳴る生徒を睨み、いつ発砲されるか分からない恐怖に怯えていた。

 

(わ、私はキヴォトス人じゃないのよ……?! 当たったらどうしてくれるのよ……!!)

 

 自身が介入して大事になるのは嫌だが、怪我をして帰りが遅れるのはもっと嫌だった。

 ただ、こうしているうちにも、商談予定の人はお茶でも飲んで待っているに違いない。待たせ続けるのは、営業職として言語道断だ。

 

(考えろ、考えろ……私はここからどう動けば、被害が最小限に収まって、なるべく早くこの状況を打破できる……?)

 

「おい! そこの女」

 

 気づかぬうちに、不良生徒に接近されていた。

 抵抗できぬまま首根っこを掴まれて席を無理矢理立たされた。

 

「悪いが、人質になってもらうぜ。正義実現委員会への交渉材料としてのな!」

 

「お、おい。こういうのは乗客全員をな」

 

「うるせぇ! 映画では人質を捕まえたまま警察の交渉するのが定番だろ! せっかくバスジャックできたんだ、やりたいことやらずにどうするよ!?」

 

「お前は行き当たりばったりなんだよ……」

 

 泣きべそをかきかけていたファウストの顔が、徐々に冷静さを取り戻していく。

 

 そして次第に、涙が浮かんでいた瞳の奥にめらめらの炎が宿ってきた。

 

(こいつらもしかして……遊び半分でこんなことしてるの? そうだとしたら、私はそんな奴らのために大切な仕事の時間を……)

 

 ファウストは自身の襟を掴む不良生徒の腕を、物凄い力で握り返す。

 痛さで手を離した不良生徒は、真っ先に彼女へ銃口を向けた。

 

「私さ……早く帰らないといけないんだ。なんたって」

 

 

 その時、ファウストは激怒する。

 

 

「彼女がいるからね!!」

 

 

 荷台の大きな荷物から、銀色の粒子が飛び出てきて、彼女の掌で剣の形を作り上げていく。

 

 やがてそれは、銃と剣、その両方とも取れる見た目の武器と化し、彼女の手に握られる。

 

「こ、こいつまさか!!」

 

 発砲しようとした不良生徒の銃口が、白銀の軌跡によって真っ二つに切り裂かれた。

 

 地に落ちる欠片に目を奪われる彼女の顔面に、至近距離から7.56ミリのライフル弾がぶっ放される。

 

 ヘルメットは破損し、不良生徒は目を回しながら崩れ去っていく。

 

「き、貴様! よくも!」

 

 銃で殴りかかってきたもう一人の攻撃を受け流し、後頭部を持ち、座席の角に向かって雑に放り投げた。

 ヒビの入ったヘルメット。破片が目に入ったらしく、歩くことすらままならなくなった彼女の脇腹を銃剣の柄でぶん殴る。

 

 あっという間に二人を片付けたファウスト。 

 

 血もついていない剣をつい癖でぶん、と振るうと、周りの乗客から歓声が上がった。

 

(そ、そそくさと退散を……!)

 

 ファウストは急に情けない目に戻り、出口に向かおうとした。

 

 

 しかし、そこから投げ入れられた筒状の物に、思わず目を取られて――。

 

 

 

 次、彼女が目覚める時。事態は彼女の望まぬ方向へ進展していた。

 

 トリニティ総合学園の自警団が現場に駆けつけて、ファウストは事情聴取を受けている真っ最中。

 

 ……のはずなのだが。

 

 

「……これは、なんの曲ですか」

 

「Nブチのドラゴンフライです」

 

「いえ、そういう事ではなく……」

 

 ファウストは身柄を拘束され、ヘッドホンを着用し、曲調がやけに古臭い音楽を延々と聞かされていた。もう五曲目に突入しようとしている。

 

 そんな彼女の前に立つ少女。

 如何にもお嬢様、といったグレーのセーラー服に身を包んだ銀髪の少女。どういう原理かは分からぬが、後頭部から二対の羽が伸びている。

 

 守月スズミ。トリニティ総合学園自警団所属の生徒らしい。

 

「あの……何度も言いますけど、私は被害者で、あれは正当防衛で……」

 

「過剰過ぎます。それに、ここはトリニティの自治区です。部外者が武器を使うのは、考えものですよ?」

 

 スズミは、押収した銃剣をちらつかせる。

 

 ――冷静になって考えてみれば、今、自分は女の子に縛られたうえで見下ろされている。

 

 よくない妄想で、音楽など気にならなくなった。

 

「あの、あのあの……へへ、ヘッドホンの調子が、すこーし悪いんですが」

 

 普段ろくに頭が回りはしないのに、こういう時に限って鋭くなる思考。

 スズミは「どれどれ」と言いながらしゃがみ込む。丈の短いスカートのため、肌の露出が避けられず、肉付きの良い脚が目前に広がった。

 何を思ったのか、ヘッドホンを外さずに、彼女はファウストに身体をくっつけて状態を確認した。

 

 艷やかな銀糸から漂う、甘く繊細な香りが鼻腔をくすぐる。

 

(うわわ……! 何やってんのこの子……! 無自覚!?)

 

 ふにふにという柔らかな感触。まだ未熟ながらも女性らしい体躯の一部分を味わうことができた。

 

 速攻後悔する。

 

(ごめんなさい……私はやっぱり浮気者です)

 

 スズミは耳元で喉を唸らせてから、再び立ち上がる。

 

「問題ありませんよ。耳鼻科に行かれたほうがよろしいのでは?」

 

 立って早々、彼女は棘のある言葉をファウストに浴びせた。

 擬似的な五体不満足のこの状態で、そんな棘のある言葉を言われると、ますます気持ちが変になってくる。

 

(……顔赤くなってないかなぁ……隠せない……)

 

 気分が高揚し、昂っているのが分かる。

 胸の内から聞こえてくるくぐもった脈動は、まるで時限爆弾のように、リズミカルに脈を打っていた。

 

 曲はそろそろクライマックスに突入する。

 変わらぬ歌詞のまま、曲調だけが高くなっていき、彼女の脈動に呼応する。

 

(あー……どうしようどうしよう……! 変な妄想が止まらない……!)

 

 ファウストの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。呼吸も荒くなり、目には涙まで浮かぶ。

 艶っぽい表情に変わったファウストを見て、スズミは若干引きながら、二度、しゃがみ込む。

 

「もう分かりました……泣くくらいなら、きっと貴女も必死だったということですね」

 

 ため息交じりにそう言ってから、ファウストの背中へ両腕を回す。

 

「ぅあ……あ、ちょ……」

 

 変な声が漏れて、彼女の目尻から水滴が零れ落ちる。

 

 

 スズミは彼女を縛る縄を外そうとしているだけである。断じて、それ以外の理由はあり得ない。

 

 

 また、銀糸から漏れ出る妖美な香りに鼻を擽られた。

 

 鼻腔の痺れはやがて脳にまで達し――。

 

 縄を解いたスズミの耳元で、爆発音が聞こえた気がした。

 

「……ん?」

 

 解けた縄を持ったまま立ち上がり、いつまで経っても動かないファウストを凝視する。

 

「威力が強すぎたのかな……」

 

 腰につけた筒状の物、閃光弾を見やり、スズミは若干の申し訳無さを顔に出した。

 

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