言い訳がましいですが遅れてしまった理由を説明させて頂きます…具体的に言うと6月位に出張から帰ってきた後から創作を行ってきたのですが、夏季にかけてネット環境が悪くなりインターネットそのものが出来ない有様に…。
さらに漸くネット環境が回復したと思った直後に仕事が入り、またも出張が入ってしまうという展開……こうしてみると他の作者さん達が凄いなと感心しきりです。
ともあれ、ようやく完成したので投稿させて頂きます…拙作であるこの作品をお待ちいただいている方々には改めてお詫び申し上げます…。
それから暫しの間、関羽は膝をついて涙を流し続けていたが…やがて涙を拭うと立ち上がった。
「申し訳ありません。恥ずかしい所をお見せしてしまって…」
「いいえ、構いませんよ。…本当に、貴女は壮也さんの事を想っているんですね。彼の無事をそんなにも喜べるのだから」
「はい、そうです…私にとって、彼はかけがえの無い人だから。あの、壮也は今どこに?」
関羽がそう問いかけると、藤乃と白蓮は途端に辛そうな表情となって黙り込んでしまった。だがそれも少しの間であり、やがて白蓮の方が口を開いた。
「えっと…済まない、もう壮也の奴はここにはいない。一週間前にここを発ったんだ。多分南の方に行ったと思うんだけど、そこまで位しかわからない」
「そう、ですか…いえ、ありがとうございます。彼が生きている…それが分かっただけでも何よりです」
白蓮が期待に応えず申し訳ないという風にそう愛紗に伝えると、愛紗の方も非常に落胆した表情を見せながらも毅然として白蓮に礼を言った。この事で談話室に暗い雰囲気が漂い始めた事を悟った藤乃が場の空気を換えようと話題を振った。
「そう言えば…愛紗さんはどうしてそこにいる劉備さんと行動をするようになったのでしょう?宜しければ事情を聞かせて貰ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、分かりました」
そう言うと愛紗はこれまでの経緯を話し始めた…。
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時は壮也が幽州の州都である葪で白蓮と藤乃に贈呈する為の武具つくりに精を出していた頃。愛紗は幽州は涿郡涿県と言う土地にある楼桑里と言う村にいた。そこに住む一人の少女に助太刀をし、彼女が率いる事になった義勇軍の副将を務めるようになっていたからである。
「桃香様、義勇兵の鍛錬が一通り終わりましたよ」
「あっ、ありがとう愛紗ちゃん!いつもごめんね、愛紗ちゃんにばっか任せちゃって…」
「いえ、私に出来る事があるのなら何でも言ってください。力になれるのならば喜んでしますから」
「…本当にありがとう。愛紗ちゃんには助けられてばっかりだよ」
そう愛紗に感謝の言葉を述べる桃色の長髪に空色の瞳を持った少女……彼女の名は劉備。三国志演義において主人公として語られる事の多い三国志の英雄の一人である。
彼女と愛紗との出会いは戦いの中だった。陽県を旅立った徐来……壮也に追いつこうと陽県を発った愛紗は并州を経由して幽州へ向かった壮也とは違い、冀州を経て幽州へ向かう旅路を進んでいた。そうして幽州は涿郡涿県に辿り着いた愛紗がそこで見たのは、盗賊に襲われている村の姿だった。
「あれは…見過ごす事は出来ないな。行くぞ
そう自身が騎乗している愛馬に呼び掛けながら村に向かって行った愛紗。その頃盗賊達の襲来を受けている楼桑里では村の奥に位置する村長の屋敷の門の扉に向けて盗賊達が数人で丸太を抱えて門に突っ込んで扉をこじ開けようとしていたのである。門の内側からは村人らが必死に防戦の為矢を射放っているのだが、有効打には至っていなかった…。
ーずずん!ずずん!
「よっしゃあ!もう少しで扉をぶち破れるぞ!!村の連中のへなへな矢なんぞにびびんじゃねえぞオメエら!!」
『応っ!』
棍棒を手にしている盗賊の頭に子分達が気勢を上げている一方、門内にある屋敷の前では赤毛の短髪に虎を思わせる髪留めをした小柄な少女が、その手に不釣り合いと言える波打った穂先を持った長柄の武具…蛇矛を手にし桃色の髪と空色の瞳を持ち、腰に双剣を差している少女に声をかけていた。
「桃香お姉ちゃん、このままだと扉が破られちゃうのだ!?鈴々が外に出て蹴散らしてくるから…」
「だ、駄目だよ鈴々ちゃん!鈴々ちゃんはさっきの戦いで怪我してるんだよ!?」
「こんなの何でもないのだ…っ!」
だが赤毛の髪に小柄な体格をした鈴々と言う少女が桃香と呼んだ少女に返答をしようとした途端、彼女はその貌を歪めて膝をついてしまう。そうして抑えた脇腹の部分は血で真っ赤に染まっており、少女が纏っている装束に染み出していたのだ…。
「ほらやっぱり…!!無理しちゃ駄目だよ!鈴々ちゃんは下がってて!わ、私達が前に出て戦うから…!」
「だ、駄目なのだ…!桃香お姉ちゃんは…戦いが、苦手だから…鈴々が、頑張らないと…!」
そう言って鈴々が傷を負った我が身をおして蛇矛を手に門を開こうとしたが…その時、俄かに門の外が騒がしくなった。
「な、何だぁ…?」
「ぞ、賊の奴ら急に騒ぎ出したぞ…?!」
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さて、屋敷の中で鈴々が桃香と口論をしていた頃……盗賊達が扉に丸太をぶつけ続けた事で、とうとう扉が軋み出し始めていた。それを馬上から見ていた盗賊の頭は笑顔を抑えられなかった。
その理由は言うまでも無く『屋敷内にいる女を手籠めにする事』だろう。特にその頭はある一人の少女に目を付けていた。桃色の髪をし目につくほどの豊満な肢体を持っている、双剣を腰に差した少女……あの少女だけは子分達に手出しはさせる訳にはいかない。何としても自分のモノにしようと意気込んでいたのだが、そこに水を差す様に子分の一人が駆け寄ってきた。村の外れで見張りをするように命じた子分だ。
「頭ぁ!!」
「…何だこんな時に。おいお前!一体何があった!!」
「そ、それがこっちに向かってくる誰かがいるんで…!」
子分の言葉に、頭は首をかしげた。
「誰か…?誰かわからねえってのかよ、おい?」
「そ、そうなんでさぁ!呼びかけようとしてもいきなり目の前から消えちまって……」
何を馬鹿げた事を……そう思って頭は子分が来た方に首を向けて…その場で固まった。彼の視線の先には焔のように真っ赤な毛並みをした駿馬に跨って駆けさせ、その手には刃の部分に青龍の装飾が目につく大薙刀を煌めかせながら猛然とこちらに突っ込んでくる者がいたからである!
その突撃には、これに気づいた他の子分達も風に吹き散らされる塵の様に吹き飛ばされ、無人の野を行くが如くこちらに近づいてきている……!!
「……っ!???て、敵っ………」
だが他の子分達に敵が来た事を報せるため声を張り上げようとした頭は……その前に真紅の駿馬に騎乗していた、夜の闇を切り取ったかの様な美しい黒髪の少女が振るった大薙刀によって、その頸は見事に斬り飛ばされ、ここにその生涯を閉じたのである…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
賊の只中に赤雲を駆け込ませ、賊の頭と思われる馬上の相手に近づいた愛紗は、手にした青龍偃月刀を以てその首を斬り飛ばした。そうして宙を舞っている頸を偃月刀の刃で突き刺す様にして受け止めると、その傍にいた賊の一人に声をかけた。
「おい貴様」
その問いかけに目の前で賊の頭を討たれる光景を見た事で、放心状態に陥っていた子分は再び正気に戻ると返事をした。
「………へっ!?あ、あっしですかい…?」
「ああそうだ。馬上にいて指示を出していたからこの者を討ち取ったが……こいつが貴様たちの頭か?」
そう言って刀身の切っ先に突き刺した賊の頸を見える様に突き出してきた馬上の少女に対し、子分は自分の頭を猛然と上下に動かして頷いた。
「そうか…ならば他の者達に伝えろ。『お前達の頭はこの関雲長が討ち取った…これ以上の戦いはもはや無用。逃げるならば追いはしないが……まだ戦うというのであれば、貴様ら悉く屍を晒す事になるだろう』とな」
愛紗の問い掛けに賊はもう頷く事しか出来ず、やがて声を張り上げて叫んだ。
「か、頭がやられたぞおおおおおおおおおおお!????」
この声は彼らの周りにいた賊はおろか、今まさに門をぶち破ろうとしていた者、そしてそれと同時に屋敷に飛び込もうとしていた者達の耳にも入った。
「何だって!?頭がやられた……?!」
「んな訳がねえ!?きっと誰かの見間違、い………!???」
そう言って賊の一人が頭のいる方に顔を向けて……驚愕した。何故なら真紅の毛並みを持つ駿馬に跨っている少女が、手にした大薙刀を高々と掲げ、その切っ先に自分達の頭の頸が突き刺さっていたのである。
「頭がやられてやがる……!?嘘じゃなかったんだ!!」
「あ、あの黒髪………間違いねえ!?あいつ河東の関雲長だ!!」
「何だと!?……も、もうだめだ!!逃げろおおおおおおおお!!!」
その賊の声を革切りに、他の賊達も蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出して行く。そして屋敷の前に屯していた賊達が殆ど姿を消した頃……赤雲から降りた愛紗が屋敷の門に近づくと、その屋敷の門が開いて中から村人達が鍬や手斧などを手に恐る恐る出てきた。
そして愛紗の前に桃色の髪をした少女が近づくと、恐る恐る問いかけてきた。
「あ、あの……ここにいた賊達は、どうなったんですか?賊達が騒ぎ出したと思った直後に、急に静かになったから出て来たんですけど……『貴方はこの村の住人か?』は、はい。この楼桑里の出身で、劉備玄徳って言います」
愛紗の問い掛けに劉備が拱手をしながら答えると、愛紗も青龍偃月刀を地面に突き刺し、拱手をしながら答えた。
「そうですか…ご安心を。この村を襲っていた賊共は既に四散しました。賊の頭も討ち取っていますから、もう警戒を解いても大丈夫ですよ」
「……そう、なんだ。…っ!ありがとう…ありがとう!私達の村を、護ってくれて…!!あの…貴女の名前は…」
「我が名は関雲長、河東郡の者です。以後よしなに…劉備殿」
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「それから私は暫し劉備殿と行動を共にする事にしました。壮也を探したいという気持ちもありましたが、このまま村を離れればまた賊の襲撃が起こるかも知れないと思ったので……鈴々、張飛ともその時に知り合いになり、子龍とは私が劉備殿の元で逗留していた際に賊に襲われていた所を助太刀して以来、共に戦う事になったのです」
そう言って愛紗が一息つく為に茶を啜る中、白蓮と藤乃は心から彼女を称賛していた。他者を助ける為とは言え賊の大軍に対して単騎で斬り込むなど、常人であっては出来ない事だろう。だが彼女は弱き者達を助ける為に行動した。これは彼女が曇りなき『義』の精神を持っている事の証左なのだろう……それだけで二人には彼女が信頼たりえる相手であると認識した。
だが藤乃と白蓮が愛紗の心意気に感心する中、茶を置いた彼女は劉備に対して深々と頭を下げていた。
「……桃香様、この様な事を言うのは恩知らずであり恥知らずな事でしょう。ですが私は彼を、壮也の元へと行きたいが為に旅をしていました。申し訳ありませんが……暫しの暇を戴かせて貰えないでしょうか?」
愛紗の告白に対し、劉備は顔面が蒼白になって押し黙ってしまう一方で鈴々と呼ばれた張飛は彼女の腰にしがみつくと、涙目になって問いかけた。
「愛紗……どこかに行っちゃうのだ?愛紗は桃香お姉ちゃんや鈴々と義姉妹の契りは結んでないけど、鈴々は愛紗の事をもう一人のお姉ちゃんだと思っているのだ…!だから、だから…行かないでほしいのだ愛紗…!」
涙声となりながら押し留めようとする鈴々に対し、愛紗は鈴々の背丈と同じぐらいに屈み込むと彼女の頭を優しく撫でながら優しく諭す様に言葉を掛けた。
「鈴々、私もお前の事を妹のように思っている。陽県にいた頃、私にはもう一人妹のように可愛がっていた子がいて、それと同じくらいお前の事を大切だと思っているんだ。だが……私はそれでも愛している人の元へと赴きたいんだ。悲しませる様な事をして、本当にすまない……」
そう言いながら愛紗は涙を零し続ける鈴々を慰めていたが、やがて同じように屈んで鈴々を慰めていた趙雲の方に視線を向けた。
「……星、頼みがある。聞いてくれるか?」
「私に、か……何だ?」
愛紗の問い掛けに星が真剣な表情で聞き返すと、愛紗もまた真剣な表情をしながら切り出した。
「お前は私と同じ様に諸国を流浪していた。劉備殿の元に落ち着いたのも一時の休息が理由である事を、私は知っている……だが、それを理解したうえでお前に頼みたい。お前には劉備殿の元を去る私の代わりに、劉備殿の力になって欲しいのだ」
「っ……愛紗、お前の決意を否定したくはないが考え直せないのか?確かに私が劉備殿の元にいるのはこの天下の何処かにいる、我が武を預けるに足る主を探すまでの休息の様な物であることは事実だ。だがそれ以上に…あの時、命を救ってくれたお前に対しての恩を返したいと思いここにいたのだ。お前がここを去るというのであれば、私も……」
だが星が言葉を続けようとするも、その言葉は彼女の眼前に突き出された愛紗の掌に阻まれ、そして愛紗の強い視線が彼女を射抜いて止めていた。
「星………済まないが、こればかりは譲れない。この天下の何処かに、私が会いたいと思っている人がいる。それを思うと、私は『…嫌、だよ』っ…?桃香、様…?」
その時、彼女達の前で座りながら俯いていた劉備が悲しげに言葉を漏らした。そして戸惑いを覚えている愛紗に向かって顔を上げ、目じりに涙を溜めながら制止を始めたのである。
「私、愛紗ちゃんにはどこにも行ってほしくない…!愛紗ちゃんが行っちゃったら、私は私の夢を叶えられない。力の無い人達が苦しむ世の中を、いつまでも代えられなくなっちゃう…!だからお願い…私達の元を去らないで…!」
「桃香様……私は…」
そう言いながら愛紗は劉備を説得しようとするのだが、その声には覇気が籠っていなかった。劉備の穏やかな、人を引き付ける魅力がその勢いを削いでしまっているのか……やがて劉備の説得に愛紗が後手後手に回り始めたのを見て、白蓮と藤乃が制止を掛けていた。
「待てよ桃香、愛紗だって離れる事を心苦しく思っているんだ。けれど好きな人の元に行きたいっていう想いを無碍にするのはどうかと思うぞ?」
「そうですよ劉備さん。白蓮さんの言うとおりです」
「それは…けれど…」
だが二人の擁護の言葉に対しても、劉備は踏ん切りがつかないのか何度も愛紗の方にちらちらと視線を向けていたのである。それを見た藤乃はしばし考えたかと思うと……彼女に言葉を投げかけた。
「……劉備さん、聞きたい事があるのですがよいでしょうか?」
「な、何ですか…?」
「貴方は義勇軍を率いてここまで来たと聞いています。それはつまりあなたが義勇軍を束ねる長と言う事でしょう……ならば貴方は何を為す為に上に立ったのでしょうか?」
藤乃がそう問いかけると、劉備もまた声に力を込めて言い返した。
「わ、私は……今の世の中を変えたいと思っています。力の無い人達が苦しむ世の中を……誰もが笑顔で暮らせる世の中にしたい。それが私の願いです…!」
そう言い放った劉備に対し、藤乃は内心感心していた。何の目標も持っていない訳ではない……そう藤乃は劉備をある程度評価したのだが……次の瞬間、藤乃はまたも質問をした。
「なるほど……では劉備さん、もう一つ質問をさせてください」
「は、はい…」
「……今、貴方の目の前に河があるとします。その河には十人の大人が乗った船が転覆し、彼らは幸いな事に河の中州に流れ着く事は出来ましたが河の水が増えればその中洲は沈んでしまいます。そして貴方の眼にはまだ幼い子供が川に落ち、これもまた助けを求めているでしょう……ですが、貴方は一人だけしかおらずどちらか片方しか助ける事は出来ないとしたら…どちらを、助けますか?」
「っ!?そ、そんなの……どっちも助けるに決まっているじゃないですか!?」
「……今言った事を聞いてなかったのですか?
「そ、それは……」
藤乃の冷徹な宣言に対し、劉備は返す言葉も無く黙り込んでしまった。それを見て藤乃は一息つくと、覚悟を込めて言い放った。
「私ならば……十人の大人を助ける道を選びます。迷う事無く」
「えっ………?」
藤乃の迷いなく言い放った返答に、桃香は思わず呆けたような声を零していた。そして藤乃はそんな桃香を余所にさらに言葉を続けた。
「その様に呆ける事も無いでしょう?人の上に立つという事は、綺麗事だけでは務まらない事なのです。例えそれが、善とはかけ離れた悪行をする事になったとしても……上に立つ者は為さねばならない時がある。一人の命を犠牲にしても多くの命を救えるのならば、迷わずそれを行うべきです」
「そ、そんなの酷過ぎます!だって…だって命は尊い物なんですよ!?なのにそんな簡単にあきらめるなんて…!『…そうですか』えっ…?」
桃香の反論に対し、藤乃は静かに言い放つと会話を中断され戸惑う桃香に鋭い視線を向け、言い放った。
「やはり……貴方は人の上に立つ資格があるとは言えません」
「ど、どうしてですか…!?」
「貴方は理想こそは持っています。とても清らかで、他者を救いたいという慈しみのこもっている願いを……けれど貴方は理想を叶えたいと思うあまり穢れから目を背けてしまっている。理想だけを盲目的に追いかけている……貴方はまるで宋の襄公のよう。慈悲深いが為にそれが正しい選択だとしても力無い人達の事を想うと非情な決断をくだせない……そんな貴方が王となったとしても、非情な決断であることを理解しつつも己が理想を果たそうとする王には勝つ事は出来ないでしょう」
「け、けど劉虞さんだって五胡の人達に対して情を以て接しているでしょう!?なら……『それは違うぞ、桃香』っ!?白蓮ちゃん?」
白蓮の静止を掛ける声に桃香が彼女の方を向くと、白蓮は藤乃の方を見ながら彼女を擁護し始めた。
「藤乃は確かに五胡ら異民族に対して温情ある対応をしてはいる。けれど五胡の軍勢が攻めて来た時には、藤乃は不慣れだけど軍を動かして幽州を、そこに住む民草を護ろうとするし非情な決断も出来る。少なくとも人の上に立つ資格は十分にあると思うぞ?」
「っ………」
「それに桃香。多分、いや……間違いなくそうなんだろうけど、賊を討伐した時も抵抗をやめた相手を無暗に殺さないようにとか命じているんじゃないのか?」
「…………」
「やっぱりな……桃香、お前の優しさはとても素晴らしい事だと私は思う。けど人の上に立って皆を導くのであれば、その情けは却って禍になる事も理解した方がいい。でないと…取り返しがつかない事にもなりかねないんだからさ」
「けど…けど………」
白蓮の言葉に桃香はとうとう俯いて黙り込んでしまった。そんな桃香に視線を向けていた彼女の傍に駆け寄った鈴々や趙雲らの方に視線を向けると、鈴々の方は桃香を慰めながらも藤乃に対し納得できないという風に顔を歪めていたのだが、一方の趙雲は桃香の方に複雑そうな表情を向けていたのである。
それを見て藤乃は鈴々…張飛を『純粋な子供』であると心中で評する一方、趙雲を『飄々としながらも現実を見据える事の出来る人物』と評した。そして藤乃はやがて桃香にこんな提案をした。
「劉備さん、貴女方には暫くこの幽州に逗留して頂けないでしょうか?そしてこの土地で、貴方は理想を思うあまり、穢れから目を背けるその姿勢を変える様に心してください。本当に貴女が『力無い人達が苦しめられている世の中』を変えたいと願っているのなら、ね…?」
「…っ。は、はい!」
「ならばこれで話は終わりです。明日から貴方達にはしっかりと働いてもらうのでその積りでいてくださいね?」
そう言うと藤乃は立ち上がり、棒立ちのまま固まっていた愛紗の方に歩いて行った。そして彼女の肩に優しく手を置くと微笑みを浮かべて切り出した。
「愛紗さん、もう大丈夫です。劉備さんはこちらで預からせて頂きますので、貴方は壮也さんの元へ向かってください……無事に再会出来ることを、祈っています。そして……今から貴方に私の真名を預けます。私は藤乃、これからは貴方とはより良き友人として接したいですから…宜しいでしょうか?」
「藤乃が名乗ったのなら、私も名乗らないとな…私は白蓮だ。よろしくな関羽」
「藤乃殿、白蓮殿……お気遣い有難く存じます。私の真名は愛紗……おふた方、この恩はいずれ必ずお返しさせて頂きます。では……!」
そう言うと愛紗は二人に拱手をしながら頭を下げると屋敷を飛び出して赤雲に跨り、薊の居城を後にしたのであった………。
・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、その頃当の壮也本人は幽州から去った後、13州ある中華の土地の一つである『冀州』に流れ、冀州の郡の一つである鉅鹿に赴いていた。
この時壮也は旅をする中で仕留め、鞣した熊や虎の毛皮などを金に換えようと、危険を承知の上で貌を隠して鉅鹿の町を訪れていたのだが……そんな彼の耳に美しい雅楽の音が飛び込んできた。
「……?これは、演奏…か?」
そう思った壮也が得た財貨を懐に仕舞い込むと、その音楽が響いてきた方に向かって歩いて行った。すると音楽の音に紛れて誰かが歌を歌っているのも聞こえた。それを頼りに町の中心部に辿り着くと……そこには旅芸人の一座が即席の舞台の上で琵琶や二胡、太鼓や笛を奏で、彼らの前では三人の少女達がそれぞれに美しい声で歌を歌っていたのである。
それは見る物から見れば素人じみた拙い物であるかもしれないが、その歌には自分達の持てる力を振り絞った、精一杯な感じがひしひしと感じ取れた。その姿と響き渡る歌声に壮也は暫し聞き入っていたのだが……唐突に観客たちが騒ぎ始めた。それに壮也が意識を覚醒させて観客たちの視線の先を見ると……人相の悪いならず者の集団が舞台の上にどかどかと上り込んできたのである。それを見た旅芸人の座長と思われる中年の男性が慌てて彼らの前に出てきた。
「な、なにをなさるんで…!?」
「ああん?何をするだと…?ここらを仕切っている李一家にみかじめ料を払わねえで芸をしようなんざ虫が良すぎるって物じゃねえか!おら、とっとと出す物だしな!」
「そ、そんな……儂らはご覧の通りの旅芸人、とてもではありませんが親分様に払える様なみかじめ料など……」
だが座長が弱弱しくそう言った直後、ならず者の一人がその座長の腹に一撃を叩き込んで吹き飛ばし、座長は舞台に叩き付けられてしまった。そうして他の芸人達が慌てて座長に駆け寄るのを尻目にならず者たちを纏めている男が怒鳴りつけた。
「寝言は寝てからほざきやがれ!金が払えねえってんなら……てめえのとこにいるそこの三人娘を寄越しやがれ!」
そう言いながら纏め役の男が目くばせすると、その子分と思われるならず者たちは舞台で歌っていた三人の少女達に下卑た視線を向けながら近づいて行ったのである。これに水色のポニーテールをした少女が桃色のロングヘアーをした少女と紫色のショートヘアーをし、メガネをかけている少女を庇うようにしてならず者たちの前に立ったのである。
「ふざけんじゃないわよ!座長さんを傷つけたあんた達みたいなならず者たちに天和姉さん達には触れさせないわよ!」
「ふん、気の強い女だ。だがそれもいつまでもつか楽しみだ……お前ら、連れて行け!!」
『ヘイっ!』
纏め役の号令に子分達が返事をすると、ポニーテールの少女の手を無理やり掴み連れて行こうとし始めた。
「ちょ、ちょっと!離しなさいよー!?」
「ちーちゃん!」
「地和姉さん!!」
ポニーテールの少女がならず者たちに連れて行かされそうになるのを桃色のロングヘアーの少女と紫色のショートヘアーをし、眼鏡を掛けた少女が必死に止めようとするが他のならず者たちによって動きを止められてしまう。そしてそのまま連れて行かれそうになった時……急に日が陰った。
・・・・・・・・・・・・・・・・
この日は確か雲一つない晴天だったはず……そう思ったポニーテールの少女が太陽の方に顔を上げると、その太陽を覆い隠す様に顔を覆面で隠し薄汚れた外套を羽織った青年……壮也が、真紅の色合いをし、両端部分に黄金の円輪と思われる装飾が施された長棍を振り上げながら飛び掛かって来ており、壮也はそのまま手にしている真紅の棍をポニーテールの少女の手を取っているならず者の頭に振り下ろしたのである。
ーぼかっ!
「ぶぎっ!???」
思い切り振り下ろされた真紅の棍を脳天に受けたならず者の一人は目を回しながらあぶくを出しつつ倒れると、他のならず者たちが一様に殺気立つ。それは彼らの纏め役の男も同様だった。
「て、てめえ!?一体どういうつもりだ!?俺達李一家に敵対しようってのか!」
そう恐喝しながら腰に差している青竜刀を引き抜いて突き付けた男に対し、壮也は静かな声で返答をしていた。
「好きで敵対するつもりは無かったんだよな。こっちはいろいろと訳ありな身だし……けれど、幾らみかじめ料を払っていないからと言って嫌がる女性を無理やり連れて行く事をする……それでよく男として恥ずかしくない物だ?そんなお前らを見ているとどうしても我慢ならないんでな…覚悟してもらおうか?」
「野郎…いい度胸しているじゃねえか!!野郎ども、こいつを袋にしちまえ!!」
纏め役の男の号令が響き渡ると、それを聞いた男たちはそれぞれに匕首や棍棒を手にして壮也を囲んだ。だが見物客達が慌てて離れて行く中で壮也は動じるそぶりすら見せず、自身の傍に駆け寄ってきたポニーテールの少女に優しく語りかけた。
「大丈夫だ、俺の傍から離れるな?」
「わ、分かった…!」
そうしているうちに完全に取り囲んだならず者達は一斉に飛び掛かってきたが……。
―ブンブンブンッ!
壮也は動じる事も無くその長棍を右に左に振り回して彼らを寄せ付けない。やがて壮也は傍らにいた少女に呼び掛けた。
「頭を下げて屈んでいろ!」
「っ!」
―ビュオンビュオン、ドガドガドガッ!!!
少女がその声に応える様に屈んだ直後、青年はその長棍を肩に担ぐ様にするとそのまま反時計回りに二回転し、それによってならず者たちを悉く薙ぎ払ったのである。吹き飛ばされたならず者たちは何れも息はあるようだがもはや闘い続ける事が出来ないのがありありとうかがえた……。
「さて、まだやるか?一応手加減はしておいたから命に別状はないが……これ以上やるなら、命の保証は出来かねるぞ?」
「~~~~~~っ!!!お前ら引き上げだ!!……覚えていやがれ!」
壮也の言葉に歯軋りをしていた纏め役の男は子分達にそう言い放つと、如何にもな捨て台詞を吐きながら逃げ去って行った。それにより見物客達の歓声が広場中に響き渡る中、壮也は膝をついていたポニーテールの少女に近づき、手を差し伸べた。
「大丈夫だったか?…怖い思いをさせてしまった」
「う、ううん。貴方が助けてくれたから助かったわ…ありがとう」
そう言いながら少女が差し伸べられた手を掴んで立ち上がると、その少女とは姉妹と思われる二人の少女が駆け寄ってきた。
「ちーちゃん大丈夫だった!?酷い事されてない!?」
「姉さん……無事でよかった。本当に…!」
「天和ねえさん、人和……ごめんね」
その心温まる光景を暫し眺めていた壮也は、彼女達の後をついてきた座長の男性に声を掛けられた。
「そこの御仁…本当にありがとうございます。儂らどころかあの子らを救ってくださって…」
「気にしないでくれ。生来、あんな無法が気に入らないだけだからさ…それよりお前達はこれからどうするんだ?」
「騒ぎになってしまった以上、儂らはここを離れるつもりです…どうでしょう?宜しければ儂らと一緒に来てくださいませんか?旅は道連れと申しますし……」
座長の提案に壮也はしばし考え込んでいたが、やがてこれを受け入れる事を決めた。
「…分かりました、そのお誘いをお受けします。俺は徐寧と言う物です」
「徐寧殿、ですな?儂はこの旅芸人の一座の座長を務める楊と言う物です、何卒良しなに」
座長がそう挨拶すると、先ほど助けた少女とその姉妹と思われる少女達が近づいてきた。
「あの……さっきは本当にありがとう。改めてお礼を言わせて」
「別に気にする事は無いって……俺は徐寧、君達は?」
壮也が自身の名を名乗り彼女達の名を問い掛けるが……この直後、彼は予想だにしない答えに耳を疑う事になる……。
「あたしは張宝っていうの。真名は
「ちーちゃんを助けてくれてありがとね!私は張角っていうの♪真名は
「私からも感謝します、姉さんを助けてくれて…私は張粱って言います、真名は
・・・・・・・・・・・・・・・・・
後の世に黄巾の乱を引き起こすとされる三人の少女達と行動を共にする事になった壮也。だが別れの時は静かに近づきつつあった……続きは次回のお楽しみ。
『宋襄の仁』
春秋時代、宋の国に襄公と言う人物がいた。ある時彼は楚の国と戦(泓水の戦い)をする事になり、楚の軍勢が川を渡り始めた際に公子の目夷が敵の布陣が整う前に先制攻撃を仕掛けるべきと進言したのに対し襄公は「君子は人の難儀につけこまないものだ」と言って、敵の陣形がととのうまで攻撃命令を下さず、それが原因で楚に大敗を喫した。
この事から無益な情け、的外れのあわれみ、の意味として使われる。また、情けをかけるときは時と場合を考えなければならないという意味