真・恋姫†無双~転生記~   作:ふかやん

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 本当に…本当に申し訳ありません!!なるべく早くに投稿すると言っておきながら半年以上も待たせてしまった事……弁解の次第もありません。


 言い訳がましいのですが、出張で小笠原の方まで言ってからの仕事が忙しく執筆がはかどらず、その出張が終わって東京に戻ると今度は東京の方で仕事が起こってまた執筆が進まず…と言う感じになってしまいまして。


 ただ途中で失踪するという事は決してありませんし、一度小説を投稿したからには最後まで完結するつもりでいるので、どうか気長に待っていただけると嬉しいです…。


 では最新幕、どうぞ…! 


太平妖術の書

西暦184年……当時の年号では光和7年の時、後漢王朝においてある叛乱が勃発する。乱の名は『黄巾の乱』、太平道の教祖張角を指導者とする太平道の信者が各地で起こした農民反乱であり、目印として黄巾と呼ばれる黄色い頭巾を頭に巻いた事から、この名称がついた。

 

 

 では、ここでこの反乱の指導者である張角と彼が引き起こした『黄巾の乱』について説明をしておかねばならないだろう。この張角と言う人物は正史三国志と三国志演義で立場が異なっている人物である。

 

 

 正史三国志では『太平道』と言う道教の創始者であり、病人達に対して自分の罪を悔い改めさせ、符水を飲ませ、九節の杖で呪術を行って治癒を行う事で、10余年のうちに数十万人の信者を8つの州で獲得するに至った為、信者を36の「方」に属せしめ、それぞれの方に渠帥を置き管轄させた。そして自身を『大賢良師(または天公将軍)』、弟である張宝と張粱をそれぞれ『地公将軍』、『人公将軍』と自称した。

 

 

 彼らは当初、表面的には善道をもって天下を教化していたが、内部では結託して黄天の世を作ろうと画策しており、やがて次の様なスローガンを掲げ武装蜂起を企てた。

 

 

蒼天已死(蒼天すでに死す)

 

 

 黃天當立(黄天まさに立つべし)

 

 

 歲在甲子(年は甲子に在りて)

 

 

 天下大吉(天下大吉ならん)

 

 

 この計画その物は張角の弟子の密告によって王朝側に漏れてしまうが、武装蜂起した張角ら率いる黄巾軍は漢王朝が大将軍として任命した何進率いる官軍を相手取り、彼らを中々に苦しめた。だがその勢いも官軍に加わった後の三国志において名を馳せる事になる英雄……曹操や孫堅、そして義勇軍を率いて参じた劉備らの活躍により次第に下火に向かい、張宝と張粱は戦死。指導者である張角も病死して収まったかに見えた。

 

 

 しかしながら、張角ら幹部が死去した後も乱の根本的原因である政治腐敗による民衆への苛政が改善されることはなく、黄巾軍の残党はこの後も広範な地域に跋扈し、反乱を繰り返したり山賊行為や盗賊行為を行う様になった。

 

 

 さらに当時の中華における最西端と言える涼州において涼州出身の指導者である北宮伯玉や韓遂。并州において『黒山賊』と呼ばれる100万の山賊や罪人などを率いた張燕など黄巾以外の反乱軍も数多く蜂起し、もはや後漢朝廷の手に負えなくなった。この事件以降、後漢の権威は地に堕ちた。

 

 

 やがて群雄割拠の果てに、黄巾兵を傘下に組み入れた曹操が打ち建てた曹魏。『孫武の末裔』を自称した孫堅から始まり、『江東の小覇王』と称された孫策を経て国と将兵を受け継いだ孫権が治めた孫呉。そして長き流浪の果てに益州を得て天下に躍り出た劉備が打ち建てた蜀漢が鼎立し、覇を競い合う「三国時代」が到来することとなる。

 

 

 これに対し三国志演義では張角ら三兄弟は「不第秀才」(郷試に合格していない秀才 (科挙))として鉅鹿郡で日々を過ごしていた。ある時、張角が山に薬草を取るため入った際に南華老仙という人物に会い、「太平要術」3巻を授けられ『まさに天に代わりて宣化し、あまねく世人を救うべし』との使命を与えられた。またこの時、『もし悪用すれば、必ず報いを受けるだろう』と警告され、その後その天書を読む事で治癒の術を得て人々を癒したとされている。

 

 

 ………話が大きく逸れてしまったのでここらで戻るとしよう。壮也は当然、生前において三国志の書物などを読んでいる為、三国時代の切欠を生んだと言える『黄巾の乱』の指導者である三人の事はよく知っていた。だが……その三人と言うのがよもや旅芸人をしていたというのはさすがの彼も予想がつかなかった。

 

 

 ともかく騒ぎが大きくなると悟った座長の楊は、他の団員達に指示を飛ばして物を片付けさせるとすぐさま鉅鹿の町を離れる事を決め、壮也もこれに同行する事になった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ところ変わってここは冀州は清河の町。鉅鹿を離れた旅芸人の一座とその供として同行した壮也はこの町で再び演奏を披露し、壮也は楽器の運搬や舞台の製作の手伝いをする事になっていた。

 

 

「よっと…楊殿、この楽器類はどちらに持って行けばよろしいのか?」

 

 

「おお壮也殿か。その荷物はその馬車に入れてもらいたい」

 

 

「承知した」

 

 

 演奏が終わり、町を離れる事になった一座の中で、団長の楊にそう言った壮也は琵琶や二胡などを言われた馬車の荷台に壊れないように乗せておいた。そうして壮也は馬車の周りを見回りながら感慨にふけっていた。

 

 

「それにしても……楊殿の一座はとても大きいんですね?」

 

 

「いや、それほどでも……実を言うと儂は、元々漢に仕える、尚書省(しょうしょしょう)の尚書僕射の一人だったのです。ですが宦官や外戚の横暴に耐えられず、重税などに苦しむ民に少しでも笑顔になって欲しい、苦しい日々を一時でも忘れてほしいと思い、私財を投じて旅芸人の一座を作り、こうして方々を巡る様になったのです。元々儂は笛や琵琶を奏でる方が好きな性分でしてな。今の生活の方がとても楽しいのですよ」

 

 

「えっ、尚書僕射だったのですか!?それは驚きました……」

 

 

 壮也が驚くのも無理はない。尚書と言えば形骸化したとはいえ高位の官職である三公に代わって政を実質的に動かす官職であり、尚書僕射ともなれば皇帝の私的財産を扱う少府の長官である尚書令の副長官を務める、極めて責任重大な立場にあったのである。

 

 

「いえいえ、所詮朝廷を蝕む腐敗から背を向けて逃げ出した身の上…驚かれる筋合いは在りません。寧ろ、儂からすれば壮也殿の方が遥かに立派です。草莽の士であり短気を起こさぬように自重をする一方で、愛する人の為に進んで罪を被る…儂は心底あなたを尊敬します」

 

 

「……えっと、褒められても困りますよ楊殿。どう言おうが、俺のした事は愛する人を、愛紗を悲しませた事に代わらないですから」

 

 

 そう呟いた壮也と団長の楊の間に暫しの静寂が流れたが……やがてその空気を変えようと壮也が声を出した。

 

 

「…っと、そろそろ出発するんですよね。それじゃあ黒風(ヘイフォン)の支度を済ませて来ますよ」

 

 

 そう言って壮也は自身の愛馬である黒風の元に向かって行った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 そして町を離れて旅路を行く中で、壮也はこげ茶色の馬に跨って近づいてきた女性に声を掛けられた。

 

 

「やっほー壮也、そっちは異常はない?」

 

 

「ああ、こっちは異常なしだよ梨晏(リアン)

 

 

 壮也に声を掛けたのは褐色の肌に扇情的な真紅の装束を纏った、薄紅色の髪に翠色の瞳を持った女性だった。その背には真紅の色合いをした三叉の槍を背負っており、彼女も一廉の武将である事が窺えた。

 

 

 彼女の名は太史慈……三国志において孫呉に仕える事になった勇将であるが、この頃の彼女は流浪の武芸者だった。青州は東莱郡黄県の出身だった彼女は、初めは東莱郡の官吏を務めていたのだが、郡と青州が確執を起こした際、都へ郡の上奏を届けた。

 

 

 この時、機転を利かせて州側の上奏を切り破り、郡に有利な処分を引き出した事で州から疎まれ、遼東郡に逃走し、その後そこからも離れて放浪の旅をしている中、野盗の一団と遭遇してこれを返り討ちにしたのだが、彼らが逃げた先には壮也が同行していた楊団長が率いる旅芸人の一座がおり、これを壮也が撃退してみせた。

 

 

 そうして追撃してきた彼女と出会った壮也は暫し警戒をするが先に蹴散らした野盗達が手負いの状態であった事。そして野盗を蹴散らした直後に現れた彼女を見て、危害を加えてくる事の無い人物であると察知。警戒を解いてそれぞれに情報を交換した末、用心棒は多い方がいいという彼女の提案を団長の楊が受け入れ、同行する事になったのである。

 

 

 やがて同じ武人同士であるからか互いに会話をしていき、お互いに気心の知れた親友になるのに時間はかからなかった……。この時壮也は座長の楊を初め張三姉妹や他の団員達と同様に、彼女にも自身の本当の名前と事情を話しており、これに李晏はさらに心を許し互いに真名で呼び合うようになったのである。

 

 

「それにしても…壮也が持つその戦斧、尋常じゃない業物だね?あれだけの賊を叩き潰して刃毀れも少ないなんて、流石は『神器の作り手』って呼ばれるだけあるじゃない」

 

 

「まあ、物心ついた時から鍛冶場で父上の手伝いをしながらも自分一人で武具を作っていた位だからな。…そうだ李晏?俺が贈呈した武具は気に入ってくれたかい?」

 

 

「ん?ああ、あの武器か!初めは無骨すぎるかなーって思ってたけど…今は気に入ってるよ!」

 

 

 そう言って彼女は自身の腰に交差させる様にして挿しているそれを叩いた。李晏が叩いて存在を示したもの…それは『双鞭』と呼ばれる、中国独自の武具である。ここで話は逸れるが、読者諸君はこの『双鞭』と言う武具をどの様な物と思っているだろうか?

 

 

 多くの場合は鞭…とある様にサーカスなどで猛獣使いが使う様なひも状の道具を思い浮かべるだろうが、中国ではこの場合の鞭は『軟鞭』という種類に位置する武器であり、これに対し壮也が李晏に贈呈したのは、刀で言えば刀身の部分に当たるところに、威力を増すために竹のような節などが付けられている『硬鞭』であり、それを両手で扱う様に作った『双鞭』と言う武具である。

 

 

 話を戻そう。元々李晏は真紅の三叉の穂先を持つ槍を愛用して戦っていたのだが、壮也達に同行して旅をするようになった際一座に目をつけた野盗達の襲撃を壮也と共に迎撃した時、李晏が槍で貫いた賊の一人が苦し紛れに手にしていた手斧で穂先を切り落としてしまった。

 

 

 幾ら武勇を磨いている武人でも穂先を落とされた長棒では苦戦は免れなくなったところを、同じく戦っていた壮也が腰袋から取り出して手渡したのが『双鞭』であり、これを扱う事で李晏は窮地を脱する事が出来たのだった。

 

 

 その後李晏は新たに作ってもらった槍と共に、壮也に渡された真紅の色合いをした双鞭…『鬼棘破双鞭(キキョクハソウベン)』と銘打たれたそれを愛用するようになったのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「けど李晏は流石だな。使い慣れてもいない双鞭を僅かな戦いの中で使いこなすなんて……仕官とかして活躍すれば相当な将軍になりそうだよ」

 

 

「うーん、そうかもしれないけど……私拙い事やらかしちゃったからねぇ。ほら、前に話したと思うんだけど州相手に恨まれちゃってさ。だからしばらくは諸国を巡って武者修行をするつもりで、ほとぼりが冷めたらいったん故郷に帰るよ」

 

 

「東萊郡にか?そう言えば御母堂がいるとも聞いたんだが……大丈夫なのか?」

 

 

 壮也が気遣う様に問いかけると、李晏は微笑みながら頷いて答えた。

 

 

「うん!風の便りで聞いたんだけど、孔融殿が世話をしてくれているんだって。……だから私、もし孔融殿が危難にあったら、絶対に助けに行くと思うんだ。母さんに頼まれなくてもさ」

 

 

「……義理堅いんだな李晏は。(…父上や母上、香風は息災でいるんだろうか。それに愛紗も……)」

 

 

 李晏が強く言い切ったのを見て壮也は離縁したとはいえ、今なお敬愛している両親と妹の香風。そして最愛の人と思っている愛紗の貌が浮かび皆の安否を察する事が出来ず表情を曇らせた。 

 

 

「?どうしたのさ壮也?何かあった…?」

 

 

「っ!いや、なんでもないよ『壮也さーん!』っと。あの声は天和だな…今行くよ!」

 

 

 遠くから響いてきた声に、壮也が声の方に向かって叫び返すが…それを見て李晏は感心しきった表情になった。

 

 

「……壮也って本当に女性に好かれやすいよね?物凄いさ」

 

 

「そ、そうか?自分ではそうは思ってないんだけど……第一女性に優しくするのは男の当然の務めだろう?」

 

 

「いやだからって狼藉されかけた女性を救う為に躊躇なく助けに行くって時点で、もう女性にしてみれば恋に落ちる確定じゃない?狙ってやるとかしない以上、もうそう言う星の元に生まれたとしか思えないんだけどね……さっ、早く行ってきなよ」

 

 

「ああ分かった」

 

 

 そう言って李晏と別れた壮也は自身を呼んだ天和の元へ向かって行った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 そうして天和の元へ向かった壮也は彼女が行っていた馬車への荷物搬入や野営する為の陣幕張りを手伝い、少し離れた川に水汲みをしに行った後、川辺で休息をする事になった。

 

 

「ありがとう壮也さん。物運びとか野宿の陣幕造りとか……本当なら私もこの一座の一員としてやらないといけないのに、いつも失敗とかしちゃって」

 

 

「気にするなよ天和。人には向き不向きがあるんだし、ゆっくりでもしっかりとこなして行けばいいだけさ」

 

 

 壮也がそう励ますと、天和は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「ありがとう壮也さん。……本当に、貴方には感謝の言葉しか浮かばないよ。ちぃちゃんが乱暴されかけた時にも颯爽と助けてくれて…今もこうして一緒に旅をしているのが嬉しく思ってるんだよ」

 

 

「それは光栄だな。けど…俺も嬉しく思ってるよ。団長の楊殿はおろか、天和達も俺の素性を知ってなお俺を旅の供として迎えてくれたんだからさ……この恩は終生忘れはしないよ」

 

 

 そう言って深々と頭を下げた壮也に対し、天和もまた嬉しそうに微笑みながらこれに応えた。

 

 

「うん!私達だって壮也さんに助けられた事は絶対に忘れないよ。これから先、どんな事が起きても……壮也さんと離ればなれになったとしても『天和姉さん?』あっ、人和ちゃん」

 

 

「もう、またこんな所で休憩していて……あっ、壮也さんも一緒だったんですか?」

 

 

「ああ。そっちの仕事も終わったのか人和?」

 

 

「ええ一通りは。この一座の中では金勘定とかは私が全部任されているので……隣いいですか?」

 

 

 人和の問い掛けに壮也が微笑みながら頷くと、人和も壮也の隣に腰かけた。途端に天和が二人きりの時間を邪魔された事に納得できなかったのか早速噛み付いてきた。

 

 

「あーっ!人和ちゃんずるいー!」

 

 

「天和姉さんの方が先に隣に座って休憩していたんでしょう?これくらいしてもいいじゃないですか」

 

 

 そうして二人の間で口論が行われ始めたのだが、壮也から見れば仲のいい姉妹の一面と言う感じがして微笑ましかった。 

 

 

「はは……仲がいいんだな、二人は」

 

 

「そ、そんな風に見えますか?」

 

 

「ああ。俺にも妹がいるんだよ。徐晃って言うんだけど…余り手のかからない子でさ。いつも兄である俺の後をついてくるような、可愛い妹だったよ。喧嘩をする事も無くて、二人がそうして喧嘩をしているのを見ていると羨ましいって思うんだ。喧嘩するほど仲がいいって言うしな」

 

 

 壮也が自身の妹である香風……徐晃の事を話すと、二人は互いに顔を見合わせてまだ見ぬ彼の妹に想いを馳せた。

 

 

「そっかぁ…壮也さんの妹ってどんな人なんだろうね人和ちゃん?」

 

 

「ええ…一度会ってみたいです。…っと、そろそろ皆の場所に戻りましょう天和姉さん」

 

 

「はーい…」

 

 

 やがて人和が天和を連れ戻す為に彼女を促し、天和も殊勝にもこれを受け入れて渋々とだが戻っていくのを苦笑しながらも水をたっぷりと入れた水桶を天秤棒に下げ、それを肩に乗せて野営地に戻って行った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 そして野営地に戻った壮也は暫し野営地の中をぶらついて時間をつぶしていたのだが……そこに人和から声を掛けられた。

 

 

「地和に渡してほしい物があるんだって?」

 

 

「ええ。私達が行っている戯曲関係の書簡なんですが……お願いできますか?」

 

 

「分かったよ。地和の天幕は西側の方だっけ?」

 

 

「そうです。ではお願いしますね」

 

 

 そう言って人和と別れた壮也は、渡された書簡を手に地和が寝泊まりしている天幕に向かったのだが……。

 

 

「地和いるか?………返事が無いな、留守にしているのか?」

 

 

 壮也はそう言いながら頭をかいていた。どうやら留守にしているらしい……女性が寝泊まりする天幕に入るのも無礼だと思い外で待つべきかと壮也は思っていたが、いつ戻るかも分からない以上この書簡を持ち続ける訳にもいかない。

 

 

「(書簡だけおいたらすぐに出ればおかしくは無いと思うが……となれば、善は急げだ)」

 

 

 そう考えた壮也が意を決すると天幕の布を潜り中に入った。天幕の中には一座で使っていると思われる楽器類がそこらじゅうに置かれており、中には少しばかり損傷している物もあった。またその近くに手入れをするための道具も転がっている事から、恐らく地和が手入れをしているんだろうと思いつつ、真っ直ぐに彼女が机として使っている簡素な台の上に書簡を置いた。

 

 

「(よし、後はすぐに出て行けば…?)」

 

 

 だが早々に天幕から出て行こうとした壮也の目にある書物が目に入った。この時代、書物と言う物は基本的に木簡と言う短冊状の細長い木の板に文字を書いたり、絹織物(縑帛‐けんばく)製のもの。そして文章が長くなる時には竹簡をつづりあわせて冊(編綴簡)にするのが一般的だった。

 

 

 因みに後漢時代において宦官である蔡倫と言う人物が製紙法を改良し、実用的な紙の製造普及に多大な貢献をした人物として知られているのだが、まだまだこの頃の紙は貴重品と言える品物であり一般的に紙が出回るのは魏晋時代まで待たなければならなかった。

 

 

 ところが壮也の目に留まった書物は、貴重品と言える紙が使われており、表紙には『太平要術』と銘打たれていた。

 

 

「これは……」

 

 

 こう見えて壮也は一度興味を持った物を見ると手に取らずにはいられない性分である。だからこそ地和に悪いとは思いつつも、周りに誰もいない事を確認してから壮也はその書物を手に取り、表紙を開こうとしたのだが……。

 

 

「っ!???」

 

 

 だがその表紙を開こうとした瞬間、壮也はその書物を台の上に思いっきり叩き付けてしまっていた。この時、壮也は途轍もない不快感に襲われていた。まるで自分の内側を何かは分からないが、得体のしれないモノに弄られているかのような……そんな風な嫌な感覚を感じ取っていたのである。

 

 

「何だ…これは…?『あれ、壮也…?』っ!?地和……」

 

 

 得体のしれない感覚を齎したこの書物に壮也が何時になく警戒をしていると、留守にしていた地和が帰ってきていた。

 

 

「えっと……ちぃになんか用?怖い顔してるけど…」

 

 

「……済まない、人和から戯曲関係の竹簡を渡してくれって頼まれたんだ。勝手に入ったのは謝るよ」

 

 

 そう言って壮也が頭を下げると、地和も笑顔を見せながら手を振った。

 

 

「ううん、気にしないでよ。……それよりさ、怖い顔して立っていたのってその書物が理由、なんだよね?」

 

 

「…ああ、そうなんだ。なあ地和……君がよければなんだが、この本をどこで手に入れたとか……聞いてみてもいいか?」

 

 

「この本を?……分かった。長い話になるんだけど、いいかな?」

 

 

 地和の問い掛けに壮也は黙したまま深く頷いた。それを見て地和も覚悟を決めたのか、地面に腰を下ろすと壮也にも座る様に誘い、壮也も同じように腰を下ろすのを見届けるとぽつぽつと語り始めた…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 壮也が聞いた地和の話はこうだった。

 

 

 それはまだ地和達三姉妹が旅芸人になる前の話である……その頃の張三姉妹は中華の北部に位置する冀州は鉅鹿郡に住まう民草だった。当然田を耕し暮らしを立てる日々は苦労の連続であり、また役人達の過酷な取り立てもあって辛い暮らしを送っていた。

 

 

 しかもこの役人と言うのが汚職に手を染めている事もあって無理難題を吹っ掛ける事もしばしばで、天和達の暮らしは一向に良くはならなかった。やがて末の妹である人和がこの辛い暮らしを見て、官僚になって少しでも改善したいと考え姉達を説き伏せて当時の中国における官吏登用試験……科挙を受ける事になり、これが見事に合格。

 

 

 そうして冀州の刺史の元で働く事になったのだが……それから間もないうちに人和が職を辞して戻ってきてしまったのである。一体どうしたのかと尋ねる姉達に対し、人和は悲しそうに顔を歪めながら…。

 

 

ー故郷や皆の為に働こうとしても、官吏達の方が腐っていてどうしようもなかった。それに官吏の一人が私を手籠めにしようとしたから慌てて逃れてきた。

 

 

 …そう答えたのである。これには地和はおろか、普段あまり感情を荒げない天和も憤りを露わにしたのだが、このまま鉅鹿にいては人和を狙っている官吏の魔の手が伸びないとも限らないと察知。

 

 

 それに三人は農業に勤しむ傍ら、時折村を訪れていた旅芸人たちの拙くも一生懸命な演奏に感銘を受け、いつか自分達も同じ様に人々を笑顔にしたいという想いを抱いていた事から、三人は少しずつ貯めていたお金で琵琶や二胡、太鼓などの楽器や最低限の食料を揃えるとそのまま村を離れ旅芸人として生きる事になったのである。

 

 

 だが、その生活も予想以上に厳しい物であり、初心者同然の彼女達の拙い演奏は人々の心に届く事が少ない日々が続き……時には野宿している時に野盗の群れに出くわし、命からがら逃げのびた事もあったほどである。やがて楊が座長を務める旅芸人の一座に厄介になったのだが…それでも自分達の音楽が、中々人々を笑顔に出来ない日々が続く事になる。

 

 

 そうした日々をどうにかしたいと願いながらも、どうにもできずに懊悩する日々を送っていた時の事……いつものようにとある町で演奏をし、いつもの様にうまくいかず落胆しつつ町を後にしようと片付けをしていた時である。顔をすっぽりと覆い、道士服と思われる装束を纏った一人の男がある書物を手渡してきた。それが『太平要術の書』だった。

 

 

 当初地和は胡散臭いこの男が渡してきた書物を突き返して立ち去ろうとしたのだが、その男は彼女にこう呟いた。

 

 

ーこの本には、読んだ人間の願いを叶える力を持っています。信じられないと思うのも最もですが、まずは試してみるのも一興ですよ?

 

 

 そう、唆す感じがありありと込められた言葉に思わず罵倒しようかと地和が振り返ると、その男はすでに消えており、地面にはこの書物が置かれていたのである。

 

 

 それから……地和達の人生は一変した。初めこそ疑いを以て書物を開きそこに記されていた手順や方法を行ってみたのだが、間もなくして地和はこの本が読んだ自分の望みを叶えてくれると心から信じられるようになっていた。

 

 

 何せ旅芸人を始めた頃には、道行く人々の前で演奏をしても見向きもされなかったというのに、『太平要術の書』を読んでから、そこに記されていた手順や方法を行っていく事で次第に人気を博していく様になっていたのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「それから…ちぃ達は結構名前が売れる様になって、今では楊一座が来るって知らされた町では皆が皆ちぃ達が来るのを待ちわびる位の人気者になったの。それもこれも…皆この本がおかげなのよ。もしこの本が無かったら、ちぃ達は誰かを笑顔にする事すらできなかったと思うから…」

 

 

 そう言いながら地和は手にしている『太平妖術の書』の表紙を撫でていた。それを見るだけでも、壮也は地和達が苦難の日々を歩んでいた事を容易に想像でき、この書物が大いに助けになっていた事も重々理解できた。

 

 

 だが……そう思い、理解しながらも壮也は地和が持つ太平要術の書に厳しい視線を向けていた。やがて地和もそれに気づいたのか、壮也に声を投げかけていた。

 

 

「…どうしたのよ壮也?この本が気になるの?そんな、怖い顔をしてさ…」

 

 

「悪い……地和。こんな事を言うのは失礼だというのは分かっているけれど、それでも言わせて欲しい。この本を使い続けるのは、はっきり言って危険だと思う」

 

 

「っ!?ど、どうして…?」

 

 

 突然壮也に太平要術の書を破棄する様、暗に言われた事に動揺を隠しきれない地和に対し、壮也は彼女を傷つける事を理解しながらも自分の考えを口にしていた。

 

 

「…この本を手に取ってみたんだけど、何と言えばいいのか分からないがとても不快に感じたんだ。まるで……得体のしれないナニカが体の中に入り込もうとしているかの様な、そんな感じがしてね」

 

 

「確信を持ったわけじゃないが…恐らくこの本は、読んだ相手に応じてその中身を変える力を持っているのかもしれない。武を重んじる者が読めばあらゆる武術に精通する術が記され、智を重んじる者が読めば神算鬼謀を編み出す術が記されると言う具合にさ……」

 

 

 そこで一旦言葉を切った壮也は一息ついた。そうして中々切り出せずにいたが、やがて意を決して切り出した。

 

 

「そうしてこの本は少しずつ読んだ人間を意のままに操っていき、最後には読んだ人間を破滅に追い込もうとする…そんな呪いが込められているんだと思う。だからこそ、俺はこの本を手放すべきだと思うんだ。……地和には納得できないって思うだろうけど」

 

 

「…うん、そう思ってる。だって…だって、この本のおかげでちぃ達はここまで成功できた。皆に歌を聞いてもらえなかった日々を送っていたのに、この本を得た事で皆から歓迎されるぐらいになった。なのに…その切欠を作ってくれたこの本を手放せって言うの…!?」

 

 

 そう言いながら『太平要術の書』を抱き抱える地和の顔は不安と悲しみがごちゃ混ぜになっており、その瞳は明らかな敵意を込めて壮也を射抜いていた。

 

 

 それに対し壮也も彼女から目をそらす事無く、真っ直ぐに彼女を見返した。そうして暫く二人は見詰め合っていたのだが…。

 

 

「…………」

 

 

「地和?」

 

 

 突然顔を下に向けて押し黙った地和に壮也が声をかけると、彼女は黙したまま立ち上がりそのまま天幕を後にしてしまったのである…。

 

 

「……怒らせてしまった、んだろうな。後で謝らないと……」

 

 

 そう言葉を漏らしながら壮也は頭を掻き、彼女の後を追うように天幕を飛び出した…。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 冀州にある広宗県。そこにある県知事の屋敷にある人物が面会をしていた。小柄でほっそりとした体格の老人は目の前で腰かけている肥満体の中年の男……広宗県の知事に平伏し、礼を尽くしていた。

 

 

「本日は、貴重な時間を作ってくださりありがとうございます。知事閣下」

 

 

「ふむ……貴様が直々に儂の元を訪れるとは珍しい事もある物だな李紹よ?それで、如何なる用件があってまいった?」

 

 

 そう言って知事が言葉を掛けたこの老人…彼こそ鉅鹿の町で地和達を連れて行こうとしたならず者たちを束ねる李一家。その頭目である李紹と言う人物だったのである。

 

 

「はい……本日知事閣下の元を訪れたのは他でもない、閣下の御力を貸してほしいと思ったからです。…閣下は徐芳明と言うお尋ね者を御存じで?」

 

 

「無論聞いておる。今をときめく十常侍の長、張譲様の親族を殺めた男であろう?それがどうしたのだ?」

 

 

「……実は以前鉅鹿において、私にみかじめ料を払わずに大道芸をしようとした一座の看板娘をみかじめ料代わりに連れて行こうとしたのですが、それを一人の流れ者に阻まれたのです。その男と言うのが……」

 

 

「手配書に記されていた徐芳明に似ておったと……ふん、そこまでくれば儂も状況は呑み込めたわ。大方儂がその事を突き付けてその一座を取り潰し、お前はよりどころの無くなったその娘共を手中にしようてか?お主も大概悪党よなぁ…」

 

 

 そう言いながら鼻を鳴らす知事に対し李紹も下卑た笑みを浮かべる。

 

 

「いえいえ、知事閣下程でも…では、これはその礼金でございます。それと…もし知事閣下がお望みとあれば、その娘達の誰かを献上するつもりですので……」

 

 

 李紹がそう言いながら金銀が詰まった袋を差し出し、これを知事の男も満足そうに受け取った。……それが自分達の破滅につながる事になるとは知らぬままに。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 壮也を追って冀州に赴いた愛紗。そこで彼女は不穏な動きを見せるある一団と遭遇し、それを束ねる三姉妹と会話をする機会を得る。そこで彼女達の口からきかされたのは……。

 

 続きは次回のお楽しみ。

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