私の拙作を読んでくださっている皆様には本当に頭が上がりません…にも拘らず次の投稿が遅れてしまった事を改めてお詫びいたします。
ではどうぞ…!
壮也が地和に対し、彼女が持つ『太平要術の書』の破棄を提案した事で、二人の間に溝が出来てから2週間ほど経った頃……壮也を探す為に劉備の元を離れた愛紗は鉅鹿の地を訪れていた。
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「ここが鉅鹿か……壮也の足取りを掴めればいいんだが」
町に入って早々、そう零した愛紗が馬を城門の傍にある厩舎に預けてから最初に足を向けたのは、鉅鹿にある酒家である。酒家にはその町の人間だけでなく、諸国を旅する旅商人や流浪の武芸者なども足を運ぶ為、情報を得やすいと考えていた。
案の定、愛紗が酒家の扉を開けるとそこには多くの人々が思い思いに料理や酒を楽しんでおり、期待が膨らんでいた。
「おやいらっしゃい。あんたも流れの武芸者かい?」
「ああ。簡単な料理を一つ用意してもらいたい」
そう言いながら店員に頼むとカウンターに近い席に座った。そうして一息ついた後、愛紗はカウンター近くで酒を他の客に出している店員に尋ねた。
「…すまないが聞きたい事がある。この辺りで額に斜めに刀傷の走った男を見なかっただろうか?歳は私と同年代で、腰に袋を括りつけているんだが…」
「うーん……悪いが見た事が無いねぇ?ここ最近は各地から腕自慢の武芸者とか、性質の悪いならず者とかが彼女達の元に集いたいとかで来ている物だから、一人一人の顔までは分からないね」
「彼女達…?」
「おう、『太平道』って言う集まりさ。彼女達のふぁん…?って言う奴らからは『数え役萬☆姉妹(かぞえやくまん・しすたぁず)』とかって呼ばれてる芸人一座らしいんだが…どうだい、彼女達に聞いてみるってえのは?あそこも結構な人が集まっているから何かしら情報が得られるだろうよ。彼女達は町の中央広場でよく公演をしてるみたいだぞ」
店員の言葉に愛紗は暫し落胆するしかなかったが、気を取り直してそこに向かう事を決め、出された食事を頂いた後に町の中央広場に足を向ける事になった。
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「みんな大好き――!」 「てんほーちゃーーーーん!」
「みんなの妹!」 「ちーほーちゃーーーーん!」
「とっても可愛い」 「れんほーちゃーーーーん!」
『ほわっ、ほわっ、ほわあああああああああああああっ!!!!!』
「…………これが、そうなのだろうか」
目の前の光景を見ながら、愛紗は茫然として声が零れた。酒家の主人から聞いた『太平道』が活動していると思われる、町の中央広場に足を運んでみたのだが……そこで彼女の目に飛び込んだのは、恐らく太平道に入信したと思われる信者達が作ったと思われる舞台の上で、水晶を加工して作ったと思われる球体を短めの棒に填め込んだ物を口元に当てながら信者達や彼女達の公演を見に来た観客達の前で笑顔を振りまいている少女達だったのである。
その少女達が信者---店主はふぁんとか言っていた---に掛け声をかける度、観客達は猛然と合いの手を入れ、最後の声に至っては、ここが戦場でないにも拘らず戦場などで兵士達が放つ咆哮にも引けを取らないものになっているのが流石の彼女も信じられず、戸惑いを隠せなかった。
「………(恐らく、いや十中八九あの舞台の上にいる少女達が店主が言っていた者達なのだろうが…これでは近づけないか。少し待つとしよう)」
そう思い、中央広場をくまなく見回せる事の出来る場所に移動した愛紗は、その近くにあった簡素な腰掛けに座って待つ事にした。やがて…一頻り声をかけたと思ったのか、一番最初に掛け声をかけていた桃色のロングヘアーを持つ少女が声を上げた。
「皆…今日も私達の公演に来てくれて、ありがとう。今回も皆さんの心に染み渡る様な、そんな曲をお送りしようと思います」
そして彼女に続く様に紫色のショートヘアーをし、メガネをかけている少女と水色のポニーテールをした少女が言葉を発した。
「どうか、私語は慎んで頂くと私達も嬉しいです」
「それじゃあ…始めます」
そうして彼女達の後ろにいる芸人達が琵琶や二胡、太鼓や笛を奏で始めると……三人の少女達も歌い始めたのである。
その音楽は……先ほどの賑やかさとはうって変わって静かで落ち着きを感じさせる演奏と歌詞であった。だが、その歌は彼女達がいる舞台から離れた場所で座っている筈の愛紗の心をも震わせた。観察をしていると彼女達のいる舞台の近くで彼女達の歌を聞いている信者達の中には、目から大粒の涙を流しながら顔を俯かせ、声を上げず泣いている者達とていたのである。
「これは……」
それは、今の世の中の理不尽や無常を憂い……またそれによって大切な人を失った事を忘れてはならないと言う趣旨の歌詞であり、ここに役人がいれば即座に御政道を批判しているとして踏み込んできてもおかしくないものだったのである。
しかし愛紗が周りを伺うと……役人と思われる人が複数いた。だが彼らは彼女達の舞台を遠巻きに眺めながら何もしてこない。
「(いや…出来ない、と言った方が正しいのだろうな)」
内心愛紗はそう思っていた。と言うのも…彼女達が歌っている舞台と役人達が立っている場所。その中間で彼女達が歌っている舞台を囲んでいる様にして屯っている、剣や槍を手に持ち…そして朴刀を背中に背負っている武芸者達が、殺気を孕んだ目で役人達を睨み付けていたからだ。恐らく彼女達の音楽を邪魔しようとすれば、まず彼らが役人達を追い散らそうとするだろう。
しかも彼女達の音楽を間近で聞いている信者達の一部も時々後ろを見ながら警戒をしている所を見ると、あの信者達も数を力に変えようとばかりに役人達を袋叩きにするはずだ…。そして歌の方は、更に過激さを増している。
―――今の世の中をこのまま受け入れていいのだろうか?大切な人がいるのなら、護りたい場所があるのなら、今の世を変える為に立ち上がろう。その果てに命を落としたとしても、決してそれは犬死ではないのだから。
その様な歌に、信者達の殆どは意気軒昂となっており腹を括っているだけでなく、公演を見に来た観客達は興奮冷めやらぬという感じで意気込んでいる。そんな状況にあっても役人達は彼らを止める事も出来ず、遠巻きに見ているだけしか出来なかった。
「(これは……漢王朝に対して真っ向から反発を促す様な歌ではないか。よもやここまで燃え始めているとは…)」
愛紗は彼女達の歌を聞きながらも、嘗て壮也の言っていた言葉を思い浮かべていた。
ー国と言うのは、端的に言えば一本の大樹の様な物だ。ある人が『この木の一番高い所を指差してみろ』と言ったのなら、俺は大地に隠れている根っこをさすだろう。何故かって?そんなのは簡単さ。木と言うのは根っこが大地に張っていなければ立つ事が出来ないんだ。幹や枝葉なんて人で言えば髪の毛みたいなものだからね。
ーそして国に当てはめるならば、皇帝や王は枝葉であり、それに仕える臣下は幹であり……そして皇帝や王が治めるべき民草こそが根だ。幾ら枝葉が青々としていても根を傷つけられていては、その木は遠からず立ち枯れるだろう。逆に幾ら枝葉が萎れていたとしても、根がしっかりしているなら……枝葉は再び青々と茂る事が出来るはずだ。
「(……
愛紗が物思いに耽っている間に、演奏が終わったらしく少女達が観客達に頭を下げると、万雷の喝采と拍手が響き渡る。そしてそれに対しこの状況を遠巻きにしか見つめられなかった役人達は、恨めしそうに彼女達を見ながらすごすごと引き下がって行ったのである。
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その後愛紗は観客達がそれぞれに帰って行くのを見ると、舞台の片づけをし始めた団員の一人に声をかけていた。
「すまない、少し聞きたい事があるのだが…」
「おや、何かご用でしょうか?…見たところ武芸者の様ですが、太平道に加入したいという申し出ですか?それなら私ではなく、あちらにいる黄色い鉢巻をしている部隊長に声をかけてくださると…」
そう言って団員の男は彼女が太平道に加入しに来た人間だと思って話をし始めたのを見て、慌てて愛紗は拒否した。
「あっ、いや…そう言うつもりで声をかけた訳ではないんだ。人を…探している」
「人…ですか?」
「ああ……。歳は私と同年代で、腰に袋を身に着けている……そして額に斜めに刀傷の走っている男なのだ『ちょ、ちょっとあんた!?』っ…!?」
突然会話を打ち切らんとする声が響いた事に愛紗が驚きながら、声が後ろから響いた為そちらの方に顔を向けると、そこには先ほど舞台の上で観客達に歌を披露していた三人の少女達がいたのである。どうやら先程の声はその三姉妹の一人である水色のポニーテールをした少女が発したようだ。
「て、天和様!?地和様に人和様まで!?」
「あっ、お仕事ご苦労様!えっと、その女性は…」
「は、はい。どうやら人を探しに来たようで…」
その団員は彼女達の登場に驚きながらも、桃色のロングヘアーを持つ少女の問い掛けに返答をすると、紫色のショートヘアーをし、メガネをかけている少女が少し思案していたかと思うとその団員に指示をした。
「そう、ですか…分かりました。彼女とは私達が話をしますので、貴方は舞台の片づけなどを続けていて下さい」
「は、はい!分かりました!」
そう言って団員はその場から離れていき、その場に残ったのは愛紗と三人の少女達だった。やがて三人の少女達のうち、水色のポニーテールをした少女が猛然と問いかけ始めた。
「で、あんたどうしてあいつの…徐来の真名を知ってんのよ!?」
「それは……私と彼は同郷の出であり、私にとって掛け替えのない人だからだ。こうして旅をしているのも、彼と再び出会う為だから…」
「っ!!」
「そうなんだ…じゃあ貴方が徐来さんが自分が咎人になってまでして護ろうとした、大切な人なんだね?」
愛紗の答えに水色のポニーテールをした少女は息をのみ、桃色のロングヘアーを持つ少女が感慨深く呟くと、愛紗も頷いた。
「そうだ…では、やはり壮也はここにいたのだな?頼む…知っている事があるなら教えてくれ」
「…分かりました。けれどここでは人目が付きます…ひとまず私達の使っている宿舎にお越しください」
「そうか…分かった。案内してくれ」
そうして愛紗は紫色のショートヘアーをし、メガネをかけている少女の提案を受け、彼女達の後をついて行った。
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鉅鹿にある県令が居を構えていた屋敷。そこには本来いるべき筈の県令の姿は無く、代わりに張三姉妹と彼女達に仕える信者達が拠点として活用していた。その屋敷にある張三姉妹が使っている部屋に案内された愛紗は、目の前の光景に戸惑いを隠せなかった。
それもその筈…何せ今彼女の目の前には、真名を交換したばかりの張三姉妹が土下座をしていたのだから。
「あ、頭を上げてくれ。そうされていては話も…」
「ううん…私達はこうしなくちゃいけないんだよ…」
「ちぃ達の所為で…愛紗は壮也に会えなくなっちゃんだから…」
「ええ…。こんな謝罪程度では償いにもならないかもしれませんが…」
そう言いながら天和と地和、人和は土下座をし続けていたが、やがて愛紗はため息を一つつくと優しく言葉を掛けた。
「…頭を上げてくれ。壮也は貴方達と行動を共にしていた…そして今もどこかで生きている。それが分かっただけでも私には朗報だ。いろいろと教えてくれて感謝する…」
「愛紗さん…」
「だが…聞かせてくれ。一体何が起こって壮也は貴方達と別れたのだ…?壮也は義侠に厚い男だ。貴方達の危機を見て見ぬ振りをするはずがないのだが…」
愛紗の疑問に三姉妹たちは互いに顔を見合わせて戸惑っていたが、やがて腹を括ったのか彼女達は当時何が起こったのかを静かに語り始めた…。
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事の始まりは愛紗が鉅鹿を訪れる10日前に遡る。その頃壮也は楊が座長を務め、張三姉妹も加わっている芸人一座と旅を共にしていた。だが同じ様に彼女達と行動を共にしていた李晏は別の土地に行く為別れていたが…それでも壮也1人で用心棒として十分に機能しており一座は安心して旅を続けていた。
ところがそんな日々は唐突に終わりを迎えてしまう。それは一座が広宗県を訪れた時の事である。そこで一座はいつもの様に雅楽や歌を披露し、いつもの様にまた別の町へ行く為楽器の片づけなどをする…はずだった。
「貴様ら演奏をやめよ、そこを動くな!」
その声は雅楽の演奏と三姉妹の歌声を無情にも引き裂き、それは裏方として彼女達の演奏を見守っていた壮也の耳にも響いた。壮也が荷物を積み込んだ馬車から顔をのぞかせると、そこには多くの役人を引き連れた華美な装束を纏った肥満体の男が演奏を中断させていた。
「こ、これは知事閣下…?い、一体何用でしょうか…?儂らは法に背いた行いはしておりませぬが…」
「法に背いた事はしておらぬだと…ほざきよる!ある者の通報によって貴様らがある罪人を匿っている事、既に明白であるわ!」
「ざ、罪人を匿っていると…!?」
「その通りだ!徐来芳明……今をときめく十常侍が筆頭、張譲様のご親族であられる張朔様を殺めた大罪人よ!!」
その場にいた群衆の耳に届かんとするばかりの宣告に、壮也も思わず身構えた。確かに諸国に手配書は回っていたかもしれないが、自分はなるべく裏方としての仕事を行っていたはずだし、用心棒としても顔を覆面で隠していた。ならば何故ばれたと言うのだろうか…?
「だ、大罪人ですか…!?わ、私どもは決してそのような御仁は匿ってなどいませぬ!一体誰がその様な事を…!?」
「ふん、言い訳がましいぞ旅芸人の座長風情が!」
楊の弁論を切り捨てるかのような言葉が飛ぶのと同時に、知事の傍に小柄な老人が立つ。その姿を見て楊はさらに驚いた。
「り、李親分!?」
「よもや今をときめく十常侍の親族を殺めた大罪人を匿っていようとは…そうか。貴様さてはそうした漢に楯突く者達を内々に匿って国家の転覆でも図っていたのだな!?やはり儂の予感は当たっていたわ…知事閣下、この者共は間違いなく咎人共ですぞ!!」
「うむ!者ども、この者らを捕縛せよ!抵抗するならば殺しても構わぬ!!」
そう命じるや否や、役人達は長棒を手に一座の人間を捕縛しようと駆け寄り始め、一座の人間は怯え震える事しか出来ない。
「や、止めてくだされ!?儂らはその様な者達では『黙れ!』ぐあっ…!?」
「座長さん!?」
「し、しっかりしてください!!」
そんな中、座長の楊は役人の一人に縋りついて必死に止めようとしたのだが、邪魔だとばかりに役人が持っている長棒で頭を殴りつけられてしまう。その姿を見て天和と人和は慌てて座長に駆け寄るがその二人にも役人が近づいて行き、彼女達を連れ去ろうとするが…。
「止めろっ!!」
それは黒の駿馬に跨り、戦斧を手にして猛然と現れた壮也が彼女達を連れ去ろうとした役人を斧で吹き飛ばして防がれた。
「如何にも、俺がお尋ね者である徐芳明だ!!だがこの芸人一座の者達は俺とは何の関係もない!!にも拘らずただ俺を連れていたというだけで反逆者扱いだと!?貴様らそれでも民を治める国に仕える役人なのか!!」
「黙れ犯罪者風情が!!皇帝陛下にお仕えする十常侍の筆頭であられる張譲様の親族を殺めた男を連れているだけでも十分な反逆罪であろうが!!まして犯罪者風情が国をどうこう指摘する資格があると思うのか!?」
「如何にもその通りでございますな…大人しく縛に付くがよいわ徐芳明!!」
「李親分…確か鉅鹿の町を治める侠客の頭目だったな?そうか…貴様、広宗の知事と結託して…!!」
壮也はこの二人が裏で繋がっている事を勘付きはしたが、知事はすぐさま命令を飛ばす。
「弓兵、構え!!あの者を射殺せ!なに、外しても当たるのはあの一座の者達と、その一座の演奏を聞きに来た者達!!なればその者達も奴らに加担する者達でしかないわ!!」
その命令と共に知事が連れてきた兵士の一部が弓に矢を番えてその鏃を壮也に、そして天和達一座の人間や彼女達の演奏などを聞きに来た観衆に向けてきた。この光景に壮也は顔を苦渋そうに歪めた。自分一人なら切り抜ける事は容易いかもしれない、一座の人間達ぐらいなら自分一人でも護りながら逃げる事も出来よう。だが彼らの演奏などを楽しみに来ていた民衆は流石に自分一人では守りきる事は不可能だ。
恐らくあの知事である男はそれを知っていてあの様な命を下したのだろう…壮也は覚悟を決めた。かくなる上は彼らが弓を放つ前に一気に蹴散らすしかない、そう思って黒風を駆けさせようとしたその時……その場に声が響いた。
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目の前で繰り広げられる光景に地和は膝を突いて何もできなかった。只の旅芸人の一座でしかなかった自分達が、どうして咎人とは言え愛した人を助ける為に、汚名を被る事を恐れなかった壮也と一緒に旅をしていただけで反逆罪を犯したと言われなければならないのだろう?
だが今自分達の元に現れた役人達は、現に悪徳な商人達と手を組んで自分達に言い掛かりをつけて捕えようとし、座長である楊は傷つけられた。そして自分達を護ろうとする壮也に対し、役人達は町の人々すらも巻き添えにして矢を放とうとしている…。それを見て、地和は悩み始めた。
ー嫌だ…何でこんな事をするの?ちぃ達は苦しい日々を送っている皆に、少しでも笑顔にさせたかっただけなのに。何でちぃ達を無理やり罪人に仕立てようとするの?どうして私達の事をずっと守ってくれた壮也を、私達どころかこの町の人達も巻き添えにして矢を放とうとするの?
そうして悩んでいた地和であったが…やがて意を決したかのように顔を上げた。このままでは自分達はおろか自分達が家族の様に思っていた一座の座長や団員達。そして自分達を護ってくれていた壮也に危険が及ぶ事になる。
ーそっか……それがあんた達のやり方なんだね?それなら……ちぃもちぃが護りたいと思う物を護るだけなんだから…!
そう決意を決めた直後に地和は立ち上がり、『太平妖術の書』に記されているのを見ながら作った『水晶を填め込んだ棒状の物』を口元に当てながら大声を発した。
「お願い…ちぃ達を、そしてちぃ達を護ろうとしている壮也を…助けてぇ!!」
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その瞬間、壮也は凄まじい耳鳴りを感じて顔をしかめていた。
「(な、何だ…っ!??)」
それはまるで超音波の様に頭の中に響いてくるような、そんな音の様に感じた。これは只事ではないと思い声のした方を振り返ると、そこには『水晶を填め込んだ棒状の物』を口元に近づけて声を発したような状態で立つ地和の姿があった。
「地和…お前」
しかし、壮也が地和に問いかけようとしたその瞬間、変化は現れた。
「天和ちゃんが…泣いてるぞ…」
「人和ちゃんも…泣いてやがる…」
それは一座の演奏や天和達の歌を聞きに来ていた観衆の人々の声だった。だが壮也の目に留まった彼らは、その瞳は虚ろであり、言葉にも力がこもっていなかった。まるで人形の様な受け答えをしているとしか言いようがない…そんな感じに立ち尽くしていたのだ。
「あいつらだ…あいつらが天和ちゃん達を悲しませたんだ…」
「地和ちゃん達は、俺達を喜ばせようとしてただけなのに……」
やがて観衆の一人である農夫が虚ろな瞳で自分が持ってきていたと思われる鍬を手にすると、他の観衆達もその手に長棒や薪と言った物や鎌や斧と言った農具を次々に手にし始め、そのままゆっくりと役人や知事、李親分が率いる一味の方に振り向いたのである。
これに知事が連れてきた兵士達は彼らの変貌ぶりに戸惑いを隠しえず、彼らを率いていた知事はおろか李親分も慌てて恫喝し始めた。
「な、何だ貴様ら!?我々に……漢に刃向う気かっ!?」
「お前達どういうつもりだ!?お前達のしようとしている事はこの国に対しての反逆行為…一族郎党罪人として捕えられても『うるさい……』へっ…!?」
だがそれは観衆の一人の言葉に切り捨てられる。
「俺達にとって……天和ちゃん達の演奏は癒しなんだよ…」
「そうだ…お前らは俺達に重税を掛けて苦しめるばかりか、飢饉で苦しんでいる俺達にも平気で税を取り立ててきやがる…」
「そんな俺達にとって…天和ちゃん達の歌は俺達を救ってくれた、希望なんだよ…」
「なのに…お前らは天和ちゃん達を悲しませた…」
「俺達にとっての、儚い希望すら……お前らは奪おうとした…」
「許さない」「許さない」「許さない」「許さない」「許さない」「許さない」
その虚ろな声は中央の広場を埋め尽くしていた。いつの間にやら役人達の前には今その場にいた観衆はおろかこの町に住んでいると思われる町人達すらその手に小刀やら包丁やらを手に集まっていたのである。その光景は、地和達の元に駆け寄っていた壮也の目からも異常としか映らなかった。
「これは…!?地和、お前…あの妖術書の力を…?」
「あっ…壮也…ちぃは、ちぃは…」
壮也の問い掛けに地和は、自分がしてしまった事を今更ながらに後悔していた。
―大切な人を護りたい。
その考え自体は間違いではないかもしれない。だが、それはあくまで人間の常識に当てはまる力で行った場合、他人の目には尊く映るものだ。それが人智に外れた力で行ったとしたら、その力が人に御せる類の物でなかったとしたら…。
「……ろせ」
その瞬間、役人達と向かい合っている観衆の先頭にいる、顔を俯かせた男が言葉を漏らした。その声はとても小さい物であったにも拘らず壮也の耳にも届き、思わず壮也も振り返る。
「殺せ…殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ」
まるで経文でも唱えているかのように呟き続ける男の声は壮也の耳はおろか武装している役人達の耳にもはっきりと残り続ける。そしてその声は一旦切れたかと思うと…。
「殺せえええええええっ!!!」
次の瞬間、凄まじい叫び声となって広場に響き渡り、その声を合図としたかのように観衆は一斉に役人たちに襲い掛かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
地和達の告白に愛紗は終始無言のままだった。よもや自分が駆け付ける間にその様な惨事が巻き起こっていたとは…。やがて愛紗は絞り出す様に語りかけた。
「それから、どうなったのだ…?」
愛紗の問い掛けに最初に応えたのは地和だった。
「…戦場みたいな有様だったわ。ちぃが使った術でおかしくなった町の人達が皆叫び声を上げながら次々と役人達に襲いかかったの…」
そう呟いた地和の脳裏には今もあの時の光景がこびりついて離れない。
ー凄まじい咆哮を上げ、役人達に飛び掛かっていく観衆と、彼らに向かって慌てて槍を向けたり弓矢を引き絞るも滅多打ちにされていった役人達。
ー子分達を連れて逃れようとするも観衆達に囲まれ、声高に脅しつけるも観衆の一人が振りかぶった手斧で頭をかち割られた李親分。
ー自らが乗ってきた馬で一目散にその場から逃げだして知事屋敷に逃れようとするも、城壁の近くを通った時に地和の術で正気を失った城壁補修をしていた石工に投げつけられた石を頭に受けて落馬し、その直後に追いついた観衆によって八つ裂きにされた知事。
ーそして……そうして殺された知事と李親分の首を長棒に括り付け、天和達の前に集まって高々と掲げながら歓声を上げる、虚ろな目をした観衆達の姿だった。
「あれから事はちぃ達が戸惑う位うまくいったの…知事の屋敷や兵士達の詰所は観衆の人達が落として行って、広宗県はあっという間に陥落しちゃった…そして私達の身の安全も観衆の皆が護ってくれるし、座長さん達も手当してくれたの…」
「…まさか、ただ念じながら声を発しただけでその様な事になるとは。それで壮也は…?」
愛紗が壮也の行方を問い掛けると、地和の隣にいた天和と人和がこれに応えた。
「壮也さんは…あんな事が起きた後もちぃを責めないで、座長さん達や私達を護ってやるって言ってくれたの。けど、私達の方からここを去って欲しいってお願いしたんだよ」
「…県を落としたという事で私達の方が規模が大きい罪人になってしまいましたから、私達の方が派手に動いた方が壮也さんへの追跡の手も緩むと思ったんです。壮也さんは譲ろうとはしなかったんですが…私達がお願いした末に聞き入れてくれました。多分南の方へ向かったんだと思います」
「南、か…済まなかった。嫌な事を思い出させてしまって…」
「ううん、そんな事はないよ…それで、愛紗も南に向かうの?」
地和の問い掛けに、愛紗は強い決意を以て答えた。
「ああ…私は壮也と再会する為に旅をしている。だからこそ、休んでなどいられないからな…」
そう言って再び旅装束を纏い、出て行こうとする愛紗に天和が声を掛けた。
「あの、愛紗さん。もし壮也さんに再会したのなら、伝言を届けてくれないかな…?」
「伝言?何を伝えれば…」
「『旅の安全を祈っています。壮也さんもどうか元気で』って」
「…分かった、伝えておこう」
・・・・・・・・・・・・・・・・
そうして旅支度を整え、赤雲を預けている厩舎へ向かおうとする愛紗は、その途中で太平道に加入した武芸者などが鍛錬をする広場の前を通った。
いずれも腕利きらしくそれぞれに剣や槍、斧や戟と言った武具を使って鍛錬をしていたり相対しての稽古を行ってたりしているだけでなく、複数の人間に武術を教えたりする者達もいた。
また数十人単位で一組となった者達を、馬に乗っている統率者と思われる武芸者が率いての調練もしており、いつ戦いになっても動けるように行動をしているのが窺えた。
「(見た所装備の質は悪い様だが、その分鍛錬を施す事で兵その物の質を鍛えているようだ。装備は漢から奪う事で代用すると言ったところのようだが…)『あれは方って言うの』っ、地和…」
彼らの鍛錬を眺めていた愛紗に、見送りに来たのか地和が声をかけてきた。地和は鍛錬をする彼らに目を向けながらさらに続けた。
「漢は強い国だから、私達も軍を作らないとって思ったの。けど私や天和姉さん、人和は軍を率いる事なんて出来ないから代わりに戦ってくれる人達を集めて、その人達を人和が纏めて軍として組織したのが『方』なの」
「…本当に、漢と戦う覚悟なのだな」
地和の説明を受けて、愛紗が念を押す様に問いかけると、地和も強く頷きながらこれに応えた。
「うん。…漢は私達を苦しめるだけで、手を差し伸べてもくれない。なら、そんな国は終わらせるべきだと思うの。そうして、私達の様な弱い人達が飢えや貧困に苦しむ事の無い様な国を作らないといけないのよ」
その言葉には、一切の逡巡すらなかった。それを聞いて愛紗は彼女達の想いが本当であると察した。
「そうか…なら忠告だけはしておく。そうして軍を作るのはいい。だが彼らの手綱はしっかりと取っておくことだ」
「手綱を…?」
「ああ。地和達が集めている武芸者は殆どがならず者か賊を生業とする者達が多いのだろう?ならば、お前達の郡が大きくなればなるほどに、彼らは地和達の目の届かぬ所で民草に乱暴狼藉を働くかも知れない。だからこそ、そうした者達の手綱を離す事はするなよ?」
「…うん、分かった」
地和の言葉に愛紗は一つ頷くと厩舎へ赴いて赤雲に跨ると、城門の前へ向かった。そしてその前でいったん立ち止まると地和に別れを告げた。
「では地和、お前達も息災でな。また会える事を願っている」
「うん、愛紗も元気でね!壮也と会える事をちぃ達も願ってるから!」
「ああ、感謝する。行くぞ赤雲!」
そうして愛紗は赤雲を走らせ、城門から飛び出して行った。自分の想い人である壮也の元へと馳せ参じる為に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
愛紗が地和達張三姉妹と別れて旅立った頃、壮也は曹操が治めている頓丘県に足を向けていた。そこで妹である香風の姿を見かけ声を掛けようとするも、張譲に雇われた刺客の魔の手が伸びようとしていた…続きは次回の講釈で。