またも更新が遅れてしまった事をお詫びします。5月中に投稿するつもりだったのですが、5月の終わりになって仕事が入ってしまい遅れてしまった次第です。
ですがそんな私の作品を見てくださった人達には心から感謝いたします…。今回もまたオリジナル恋姫を登場させてみました。
では、お楽しみのほどを…。
地和達張三姉妹と別れ、広宗県から旅立った壮也。
彼女達の身を案じ、後ろ髪を引かれつつも旅立った彼が次に向かったのは、自身の妹である徐晃…香風が仕えていると手紙で知らせていた、自身の前世においても会ってみたいと常々思っていた人物…『治世の能臣、乱世の奸雄』と称される事になる曹操が県知事を務めている頓丘県であった。
だが、頓丘県へと黒風を走らせて向かう壮也の姿を捉える正体不明の一団がいる事を、この時の壮也は感じ取る事が出来なかった……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うん。いい街だ」
町について開口一番、壮也は頓丘県の町をそう評した。街中は人々の往来が盛んで商店なども繁盛しており、行商人や旅人などの姿が多く見られた。また治安も行き届いており、民の一人一人に笑顔が溢れている。
壮也には目標にしている先人がおり、その内の一人に『
ー「
国を強くするにはまず国を富ませる事から。そして国を富ませるにはまず国に住まう民草が衣食に困らない様な統治を心掛けなければならない。それを為してこそ、国を護る軍を強くする事が出来る……それが管子に記された言葉である。
それを思い起こして改めて壮也は頓丘県の町を見る。町は行商人などの商人が盛んに声を上げており、町全体が賑やかだった。それだけでなく、町の治安も恐らく哨戒の兵士だろうか?彼らが厳格に巡察をしている為、町は秩序が保たれている……。
「……流石は曹孟徳。まさにこの乱世を安んじる英傑、と言った所か」
壮也は手放しで曹操の事を賞賛していた。これほどまでの繁栄を築きあげられるのなら、きっと香風も働き甲斐がある事だろう…そう思った瞬間、壮也は後ろめたい気持ちが起こった。
「(けど…香風も心配しているだろうか。あいつはああ見えて甘えん坊な所があったから、今回の事で心を痛めているかもしれない…)」
そう……今の壮也は国中から指名手配されているお尋ね者だ。十常侍の筆頭である張譲の親族を殺めたのだから。
当然指名手配の書類などはこの地にも届けられているだろうから、妹である香風は心中穏やかではない事だろう。何せ慕っていた兄がお尋ね者になってしまったのだから…父や母は言うまでもないだろう。二人は大人だから表立ってこそ取り乱しはしないだろうが、それでも子がお尋ね者になったのだから心配をしない訳がない。
そう思っていた壮也の目に飛び込んできたのは……。
「っ!香風…」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日、一刀は頓丘県の町での巡察を華琳より命じられ、同じく同じ任を受けた香風と共に町を回っていた。
「…大丈夫か、香風?」
「うん。シャンは大丈夫」
そう言って巡察の任務をこなしている香風であるが、一刀は…いや、今自分達が仕えている華琳達も含めて、今の香風が無理に元気であると装っているのを知っていた。
それも当然だ。何せ都から徐芳明…香風の兄である壮也の指名手配書が届き、同時に壮也が両親に対して魔の手が及ぶ事の無い様にと離縁状を送って来た時など、香風の落ち込み様は激しかった。
何せ一月もの間部屋に閉じ籠ってしまったのだから。
事情が事情であった為華琳達も暫く様子を見る事にし、やがて部屋から出てくると今までと変わらない様な感じで、黙々と仕事をこなす様になったのだが、彼女の両親である徐岳や朱寧らからは……。
ーあの子、空元気みたい。壮也がお尋ね者になった事が相当堪えているみたいね…。
ーうむ、その様だ…。一刀よ、出来ればあの子の事を気にかけてやってくれないだろうか?
その様に見ており、一刀に頼み込んできたのである。本来なら両親の二人は、傷心してしまった香風の傍にいてやりたかったのだが……故郷にある家をそのままにしておけば、役人に家探しと称して荒らされてしまうかもしれないという可能性を華琳に指摘され、やむなく帰郷する事になったのである。
それから一刀は二人に代わって香風の面倒を見る様になっていた…。
「(やっぱり、香風達の両親なんだな。大人として子供が不安を抱いているのを感じ取っているんだから。出来れば早く戻ってきてほしいけど…)」
そう思いながら巡察に励んでいた時…急に香風の様子が変わった。突然何かを感じ取ったかのように周りを見回し始めたのである。
「ど、どうしたんだ香風?」
「…兄上の、気配がした」
「えっ!?」
香風の言葉に仰天する一刀を尻目に、香風は猛然と走り出した。人混みの中を滑る様にして摺り抜けて行く香風を、一刀は謝りながら人混みを押しのけて追いかける。そうして南門に隣接した馬屋の辺りに来たところで、唐突に香風は足を止めた…。
「……ここで、気配が消えた」
「ここでか?…門の近くの馬屋辺りとなると、もう旅立った後かな…」
「………」
「香風…」
見る見るうちに失意に沈んでいくのが窺える香風に一刀も掛ける言葉が無く佇んでいると…その馬屋の柱に簡単に作られた物掛けに、一振りの刀が掛けられていた。
それは刀と言うには余りにも簡素な代物であり、自分が前にいた世界で言う小太刀ほどの刀身の長さであったそれは、戦場に持って行く武器と言うよりも狩猟などで使用する狩猟刀の様な代物であったが……一刀は物掛けに掛けられていたその刀を手に取って鞘から引き抜くと、片刃であるその刃は狩猟で使用する物にしては不釣り合いと言えるほどの切れ味を感じさせる代物だった。
そしてそれを見た香風は再び元気を取り戻したかのようにその刀の、鍔に程近い所を食い入る様にして覗き込んだ。そこにあったのは…兄が武具を作り出すのを興味津々に見続けていた彼女にとって、決して忘れようもないと言える、兄が作った武具の証である十字の紋章が刻み込まれていたからだ。
「これ…兄上が作った物」
「っ!?そうなのか……じゃあ!」
「うん。兄上は…ここに来ていた」
そう呟く香風の瞳には、再び強い光が宿っていた…。
・・・・・・・・・・・・・・・
あの後一刀達は馬屋の主に事情を聞いてみた所によると……一刀達がこの馬屋に来るだいぶ前、顔を覆面で隠し薄汚れた外套を羽織った青年が腰に下げていた袋からこの刀を取り出すと、柱に取り付けていた物掛けに吊り下げてそのまま馬屋に預けていた黒馬に跨り、何度か後ろを振り向きながら立ち去って行ったというのである。
「…きっと、兄上は追われているのかもしれない」
「それって、都からの…?」
一刀がそう問いかけると、香風は力強く頷いた。
「…香風はどうするんだ?華琳に事情を話して兄さんを『ううん』えっ…」
だがこの提案に対し、香風の答えは『否』だった。驚く一刀に香風は今までとは違った、強い決意を込めた言葉で返した。
「兄上は、シャン達を巻き込みたくないって思ったから…離縁状を送ってきた。だからここでシャンが駆け付けたら…きっと兄上に迷惑がかかっちゃう。それに、今のシャンは華琳に仕えているから…兄上はきっとシャンを叱り付けると思う。『肉親を思うお前の気持ちは嬉しい。けれど一度主従を結んだのに肉親を取るのは不忠だろう』って」
「………そっか」
「だから…シャンは今出来る事をしようと思う。そうすれば…いつかまた兄上に会えると思うから」
そう言って一刀の方に顔を向けた香風の表情は、これ以上ないくらいの笑顔だった…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
時刻は夜に移ろうとする頃…壮也は街道から離れた、薄暗い森の中にいた。その手には既に自身が愛用している得物である『鋼鎌武断』を構えながら周囲を警戒しており、さらにその周辺の地面には壮也が取り出して突き刺したと思われる戟や槍などが突き立っていた。
そして壮也を取り巻いている森の木々からは、夕刻に近いからか獣の気配はおろか鳥の囀りすらなく、痛いほどの静寂が広がっていた。普通の旅人ならこの様な森に長居をする様な事をせず、すぐに街道の方に向かう事だろう。
ー森の木々に紛れる様にして放たれる、
一体何が起こったのか…それは壮也が香風に思わず声を掛けようとした時から始まった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「っ…!」
壮也がそれに気づいたのは、偶然だった。注意していなければ感じ取れないくらいの、微弱であるが自身に向けられる殺意……それを受けて、壮也は後ろ髪を引かれながらもその場を離れる。
そうして馬屋へと向かって足を速める壮也が周囲を気取られない様に視線を向けると、町を歩く人々に紛れる様にしながら
連中の追跡を警戒しながらもやがて黒風を預けている馬屋に到着した壮也は、店主に許可を得ると挨拶もせずに立ち去ってしまう香風に対してのせめてもの詫びとして、自身の腰に下げた布袋から自身が作った武具の一つである『領主の狩猟刀』を物掛けにかけると、そのまま黒風に跨るとゆったりとした動作で城門から外に出た。
外に出た壮也が城門のすぐ傍にある茶屋に視線を向ければ、そこにも茶を啜りながらこちらに視線を向けてくる数人の旅の武芸者と思われる連中が座っており、後ろを向いて見れば自身を追跡していたと思われる連中が彼らに駆け寄っているのが見えた。
ー…やっぱり刺客の類か。
そう判断した壮也は町からそれなりに離れた所で黒風を走らせた。そして街道から外れて薄暗い森の中に飛び込んで暫く駆けさせると、周囲に人家などがない事を確認してから黒風から降り、自身から離れさせた。そして、自身の腰袋から作り出した武具をいくつか取り出して行った……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして自身の得物である『鋼鎌武断』を構えながら暫し待っていれば、周囲の木々から気配が次々と感じ取れるぐらいになっていた。
本来、刺客に狙われる人間にしてみればこの様な薄暗い森の中には決して入ろうとしない物だ。木々によって視界が悪いうえにどこから襲撃してくるかも分からないうえに、夕刻の森の中は薄暗い事もあって刺客にしてみれば庭も同然と言える場所なのだから。
だが、だからこそ壮也はここを選んだ。この様な周囲に人家も無い、第三者を巻き添えにする事の無いこの場所であれば…思う存分武を振るう事が出来る。
「………そろそろ来たらどうだ。言っとくが、隠れていても時間の無駄だと思うが?」
壮也が周囲に聞かせるかのように言葉を発するが、返答はない。僅かに吹いてくる風によって枝葉が揺らされる音が周囲に響いているだけだ。だが…壮也は感じ取っていた。木々に紛れる様にしていた気配に、殺気が一際強く膨れ上がったのは。
ーヒュッ!
木々の間の暗闇に一瞬だけ煌めきの様な物が現れたかと思った直後、風切り音と共に自身に何かが飛んでくる。
しかし、壮也は動じる事も無く……。
「やっ!」
手にしている鋼鎌武断を、自身を軸にして独楽の様に回転しながら薙ぎ払う。大斧と言う重量級の武具を、同じく鍛錬に励む事で強力を持つにいたった壮也が振るった場合どうなるか…ここが戦場であったのなら、今の壮也の一撃は間合にいた相手は鎧をつけていようが盾を構えていようがいとも容易く人間を両断できるだろうし、間合に入っていなくてもそれだけの膂力によって振るわれる武具によって発生する風圧によって相手を吹き飛ばす事は想像に難くない。
では今の場合はどうなるか…その答えは。
ーカラン。
先ほどまで自身に向かって飛んで来ていた物が、地面に転がっているのがその証左である。壮也は地面に落ちた
「
鏢。それは日本で言う苦無の中国版と言える武器であり、投げナイフの様な投擲武具である。その刀身には液体の様な物は塗られていない様であり、どうやら毒の心配はなさそうではあった。
だが確認した直後、壮也は再び得物を構える。森の奥からこれを投げてきた相手が出て来たからである。暗闇から姿を現してきたのは……10人ほどの人間だった。一見すれば農民や旅人を思わせる服装をしているが、その眼には強い殺意が込められており、更に手にはそれぞれに柳葉刀や短戟、そしてその内の二人は鎖分銅を手にしていた。それを見て壮也も瞬時に察する。彼らは刺客だと。
やがて姿を現した彼らは壮也の周りを遠すぎず近すぎずと言う、壮也の間合から絶妙に離れた距離をゆっくりと周回し始めた。そして壮也が自身の周りを回っている者達に目を向けていた瞬間だった。
周回する者達に隠れる様にして回っていた、鎖分銅を持っていた二人組が動いた。手にしている分銅を回転させ、そしてその分銅を壮也が手にしている『鋼鎌武断』の柄に投げつけたのだ。放たれた分銅は狙い違わず大斧の柄に絡みつき、そしてそれを見た二人組は渾身の力を込めて踏ん張り動きを封じる。
壮也を中心にして鎖分銅を引っ張っている為生半な力では大斧を動かせないと見たのであろう。それを合図とばかりに他の刺客達も動いた。ゆったりと周回していた彼らは動きを加速させながら壮也に近づいて行き、各々手にしている武具を壮也に振るおうとする。
だがその状況下にあって、壮也は落ち着いていた。彼らが『もう自分に為す術もない』と思い込んでいる…そう思っているが故に吶喊して来たのだろうが、それこそ壮也の狙いだったのだ。
その瞬間、刺客達は目を疑った。自分達の標的である男が『何の躊躇いも無く武具から手を離した』のだから。その瞬間、重量武器の一つである大斧は地面に鈍い音を立てて落下する。そして壮也はすぐさま行動に出る。
彼は付近の地面に突き刺していた武器の一つである、二丁の鉞…何れも装飾や造りは異なっている出来栄えとなっている双鉞の一振り『影斬双鉞』を手にすると、襲い掛かってくる刺客の攻撃を真っ向から受け止めていた。
ーガギイイン!
宵闇に包まれようとする森の中で甲高い、武器同士をぶつけ合う音が響き渡る。だが、刺客達の幾重にも襲い掛かろうとした刃を、壮也は真っ向から受け止めており……しかもそれを弾き返したばかりか、そのまま独楽の様に回転しながら双鉞で薙ぎ払った。
武器を弾かれ、がら空きとなった胴の部分を情け容赦なく斬り裂かれた刺客達。その傷口から盛大に血が噴き出し、壮也の体を赤く染める。だが壮也はそれを気にする事無く纏っていた外套を脱ぎ捨てる。
その中から現れた壮也の姿は、白を基調とした袖の無い、蒼い装飾が肩口の縁などを飾り付け、胸元に『徐』の一文字が描かれた甲冑を纏っていた。そうして事切れた刺客達の亡骸を一瞥しながらも、壮也は手にしている双鉞を地面に突き刺し、地面に落とした相棒たる鋼鎌武断を手にすると再びこれを構えた。
「さて、今ので5人ほど倒したか。だが…まだいるんだろう?」
壮也はそう、目の前で警戒をしている鎖分銅を持つ二人組に問いかける。これに二人組は返事をする事は無かったが、壮也にはその沈黙こそが答えに思えた。壮也は黙したまま大斧を構えていたが、やがて猛然と大斧を振り抜いた。
その瞬間、悪寒を感じ取った二人組は、一人は地に倒れる様に臥せ、もう一人は地面を蹴って宙に飛んだ。だがその直後彼らの後方に鬱蒼と茂っていた森の木々が数本纏めて薙ぎ倒されていたのである。そうして斃れて行く木々の光景はさしもの刺客も肝を冷やさざるを得なかった。
もしあそこでああしていなければ、今頃自分達の胴体が泣き別れになっていただろう……そして同時に目の前にいる標的は距離を離していたとしても安心できないという、相手の脅威を改めて認識する事になったのである。
「さて、まだ戦うなら俺も容赦なくお前達を叩き斬る。ここには無関係の人間が来る事は無いだろうから遠慮なく戦う事が出来るからな。それこそこの森を更地に変えてもいい位に…だが、ここで退くというのなら俺も刃を納めよう。どうだ?」
壮也がそう問いかけるも刺客達からの返答はない。それもそうだろう…刺客にとって標的を手に掛ける事が生業なのだ。仲間を討たれたのみならず、その標的から見逃されて逃れるなどと言う選択肢は彼らには存在しない。降りかかる火の粉を払う覚悟は持っているが、それでも壮也はそう問いかけずにはいられなかった。
「……成程ね。あの人が警戒する様にって念を押しただけはある」
その場に凛とした、女性らしい声が響いたのはその時だった。その声にまず反応したのは二人組だった。すぐさま後ろに跳んだかと思うと、そのまま畏まる様に膝を突き頭を垂れた。やがて森の中から姿を現し、畏まる二人組の真ん中に歩を進めてきたのは…妹である香風と同じくらいの背丈をした、黒髪のセミロングに緋色の瞳を持つ童顔の少女だった。
動きやすさを重視したと思われる黒い胸当てや脛当て、籠手と言う装束に額当てを装着し、口元まで隠した黒いマフラーが特徴的なその少女は、先ほどの口ぶりとは裏腹にその瞳に嬉々とした物を宿していたのである。
「何者だ…?」
「これから死ぬ運命にある人に、名乗る名前があると思う?」
「それはどうだろうな?その身のこなしに、纏っている気配…恐らく相当場数を踏んできた刺客なんだろう。だが…俺を今まで仕留めてきた相手と一緒にしないで貰おう」
壮也は静かに言い放つと、自らの得物である鋼鎌武断を一切の隙無く構える。これに対し、少女は自らの腰に交差させる様に差していた自らの得物を引き抜いた。
彼女が両手に持った得物…それは逆手に持って戦う武具の様であり、三つ叉の刃を持つ短剣だった。それを見て、壮也は瞬時にその武具の正体を看破する。
「筆架叉か」
筆架叉。それは中国発祥の武具の一つであり、その三本の刃は剣や槍を引っかけて絡め取るためのもので、一説では日本でよく知られている釵(サイ)や十手の起源ともいわれる武具である。また短剣である為攻撃力と言う点では他の長剣や刀などに劣るが、その攻撃速度はその二種を上回り…手数の多さを以て相手に挑む武具である。
そうして彼女は逆手に持った筆架叉を、まるで翼を広げる様に構えるとすぐに駆け出せる様に身を屈める態勢を取る。そして壮也に問いかけた。
「それじゃあ、楽しませてくれる?」
「ああ。相手をしよう」
二人はそう声を掛け合い、暫し互いに睨み合っていたが…やがて夜風によって枝から離れた木の葉の一枚が、二人の間を通り抜ける様に舞い散った。その瞬間…二人は動いた。
少女は引き絞られた矢が放たれるが如く、地を蹴ると猛然と駆けだした。これに壮也も大斧を構えた状態から左足を後ろにする様にして動きつつ、大斧を横薙ぎに振り抜いた。その少女が自身の間合に入るタイミングを見計らっての壮也の行動は完璧と言えるほどであり、これが並みの相手であればそのまま上半身と下半身が泣き別れとなっている事請け合いだろう。
最も…壮也は今の一撃で彼女を仕留められるとは露程も思っていなかった。自身が大斧を振り抜いた場所には彼女の姿は無く、壮也が視線を少し動かした先…自身の得物である鋼鎌武断の斧頭の平たい部分に乗っていたのである。
恐らく、壮也が横に薙いできた瞬間に跳躍しつつ斧に飛び乗ったであろうことは容易に伺えた。
そして彼女はそのまま自身の方に跳躍しつつ、手にしている片方の筆架叉で首を薙ごうとした。これに対し壮也は…。
ーがしっ
「っ!」
「ふんっ!」
自身の首元を薙ごうとする彼女の手首を掴み取って動きを止めると、そのまま投げ飛ばした。これに彼女はすぐさま態勢を整えて着地したが、その直後目を瞠る。彼女の目の前にはいつの間にか、自身の標的である男が大斧を振り上げていたのだから。彼女はすぐさま横に跳んだがその直後…。
ーずがんっ!
彼女がいた場所の地面は、男が振り下ろした大斧によって陥没していた。あのまま何もしていなかったら、例え防御していても関係なく肉塊に成り果てていた事だろう…。
「………」
「…………」
そして両者はそのまま互いに得物を構えたまま身動き一つとる事は無かった。二人には分かっていたのだから…『どちらかが動けば、動いた相手の方が死ぬ』と言う事を。
壮也にしてみれば地面に差した武器を取り替えようとした瞬間に喉元を斬り裂かれるだろうし、刺客である少女にしてみれば飛び込んだ瞬間に片手を掴まれて地面に叩き付けられ、その直後に大斧で叩き潰されている事だろう。
そうして暫し両者は見合っていたが…やがてその均衡は崩れた。彼女の方が構えを解いたからである。
「…やめよっと」
そうして彼女が筆架叉を背中に交差させる様に収めたのを見て、壮也も構えを緩める。無論油断せずに警戒はしているが…。
「諦めてくれた、と見ていいのか?」
「そんな訳ない。このまま戦った所で千日手になるのは目に見えてる。私は確実に勝てる時には動くけど、今の貴方との戦いはどちらかが死ぬのはほぼ確実だもの」
「なら何で戦ったんだ?」
壮也が問いかけると、少女は即答した。
「試してみようと思ったから。あの人が私達でも苦戦を免れないって言ってたぐらいだし、弱かったら拍子抜けだしね」
「そうか…そろそろ名前ぐらい聞かせてくれてもいいか?襲ってくる相手の名前ぐらい覚えておきたいものだしな。どうせそっちは俺の名前ぐらい知っているんだろう?雇い主から聞かされているだろうからな」
そう問いかけた壮也に対し、少女は背を向けて立ち去ろうとしていたがその足を止めると、緋色の瞳を自身に向けつつ答えた。
「…私は胡車児、いつかあなたの首を搔き切る狼。覚悟してね?私達は、狼はしつこいから」
そう答えて少女…胡車児の姿は森の闇に消えていき、それに続くかのようにして二人の刺客も姿を消して行った…。
「狼、か…。成程、確かに気を抜けない相手ではあるな。張譲……これは一層気を引き締めないと」
壮也は改めて、自身を狙う相手の強大さを身に染みて理解する。だが止まるつもりは無かった、之も自分の選んだ道なのだから…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
張譲が放った刺客の襲撃を切り抜けた壮也。彼は南陽群にある宛と言う町を訪れ、そこで一人の少女に出会ったのだが……続きは次回のお楽しみ。
今回登場したオリジナル恋姫。
『胡車児』(容姿や性格は『School Days』の『清浦刹那』を参考にしてみました)
主に雇われ刺客を生業とする少女で口元を隠す様に覆う黒いマフラーが特徴的であり、香風と同じくらいの背丈をしている。寡黙でありクール。また一度請け負った仕事を投げ出さない仕事人でもある。武勇の力量は季衣、流琉レベル。
史実では董卓配下であった張繍と言う人物の配下であり、彼の軍において随一の豪傑であった。三国志演義では五百斤の荷物を背負い、一日七百里を歩くことができるとされ、曹操の護衛役であった典韋の武器である双鉄戟を奪うよう進言し、これを実行して典韋を討ち取ることに成功している。