今回もオリジナル武将が登場します。登場するのは架空の存在でありながら三国志において関羽の従者として登場し、本場中国には墓まで作られた武将。
そして『真・三國無双8』で登場を果たしたあの人です!あと三国志演義などにおいて趙雲に討たれてしまったあの人も…ではどうぞ!
その日……袁逢は思わず自分の目が飛び出してしまいそうになるほどの衝撃を味わった。その原因は自身の娘である袁術にある。
当時袁逢は漢における官位の一つで中央近辺で召集された材官・騎士の軍士からなる北軍を統率して都・洛陽の巡察・警備を司る執金吾を務めており、その為か兼任して命じられている南陽郡の太守が常駐する『宛』に中々戻る事が出来なかった。
彼女には2人の娘がおり、長女の袁基を連れて都で執金吾の任に努めていたのだが次女の袁術はまだ幼い事もあって宛で留守番を命じていた。この頃の袁術が我儘な所があった事もあって頭を悩ませていた袁逢は自身に仕えている者達の中で才覚が優れているのが目に留まった張勲に袁術の教育係を命じ都へと旅立った。
ところが……それから暫くして自身が腹心として信を置いている筆頭武官の紀霊から書状を貰ったのだが、そこに書かれていたのは愛娘である袁術が『勉学や武術の鍛錬もおざなりにして遊び呆けており、それを諌めるべき張勲も諌めるどころかそれを助長している』と言うものだった。
当然袁逢は信じられないとばかりに詰問を込めた書状をしたためて張勲へと送ったのだが……戻って来た書状にはこう書かれていた。
―――私はお嬢様…美羽様の教育はしっかりしていますよ?そちらが書状にかかれていた事実は一切ございません。それは紀霊さんが私を追い落とそうとする陰謀に相違ありません!
……との事である。
これを見て袁逢はどちらが正しいのか困り果てた。片や自分が汝南袁家の当主として働き始めた頃からの忠臣として信を置いている紀霊の報告と、片や当主としてこれはと見込んで娘の付き人として登用した張勲の報告……果たしてどちらが正しいのだろうか?
悩み抜いた末に袁逢は、執金吾として緊急を要する任務を粗方片づけた後に雑務を長女の袁基に任せるとそのまま馬を走らせて宛に戻って来たのである。そうして屋敷に駆け込んでみたのだが……。
「子曰く、学びて時に之(これ)を習ふ。
亦(また)説(よろこ)ばしからずや。
朋(とも)有り、遠方より来たる。亦楽しからずや。
人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや……」
そこで袁逢が見たのは…幼いが故に可愛らしい所もあるが我儘放題な所もあったはずの愛娘である袁術が机の上で当時の中華における書物の一つで儒学の祖と言うべき偉人『孔子』の語録と言える『論語』を熱心に音読をしているのである。しかも机においてあるのはそれだけでなく中華の歴史書である『史記』は言うに及ばず、かの始皇帝も愛読したとされる『韓非子』に、中華において知らぬ者が無いほどの兵法書である『孫子』まで置かれているのである。
あの、今まで我儘放題で自分を困らせてもいた愛娘がえらい変わり様である…扉を少しだけ開けてその様子を伺っていた袁逢は目に映っている光景に思わず固まっていたが、やがて気を取り直すと彼女の勉学を邪魔しないように静かに離れ、当主である自分の部屋に向かうと紀霊と張勲を呼びつけた。
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「…すると何?貴方美羽の可愛さに目がくらんで、それを独占したいが為にあの子を散々に甘やかしていたというの?」
紀霊と張勲から事情を聞いた後、そう言いつつ額に青筋を浮かべながら優しく問いかける袁逢に、張勲は平身低頭しながら謝罪し始めた。
「も、申し訳ございません当主様~~!けどこの張勲、お嬢様に諭されからは心を入れ替えて、これからは誠心誠意お嬢様の付き人としてお嬢様をお支え致します!どうかお許しを~~~!!」
そう言いながら頭をこすり付ける張勲に対し、袁逢は盛大にため息を吐いた。紀霊の報告が正しかったのだと証明された訳だが…これではどう罰すればいいのか分からないのだ。これが『次期当主である袁術を籠絡し、自分亡き後の汝南袁家を我が物にしよう』と考えていたのなら斬罪に処してやろうとも思っていたのだが…まさか『娘の可愛さに目がくらみ、それを独占したかったが為に勉学や武術の鍛錬をさぼらせていた』のでは処刑したくてもあほらしくて話にならない。
「………もういいわ。これからは美羽の付き人として、あの子をしっかりと教育する事。それで手打ちにします。けれど……二度は無いわよ?」
「は、はいいいいい!!!」
どすを聞かせた叱責を受けて張勲はすぐさま立ち上がって部屋から飛び出して行った。そして紀霊と二人きりになった事を察した袁逢は、紀霊に問いかけた。
「……それで紀霊。その徐寧と言う青年はどうしたのかしら?私としては美羽を…愛娘に当主としての心構えを諭し、あの子を改心させてくれたその若者には是非とも屋敷に招いて厚く礼を尽くしたいと思っているのだけど…」
そう問いかけると…紀霊はその厳格そうな顔に困り果てたという感じで目元に皺を寄せた。
「それが……」
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それは袁逢が帰ってくる1週間前ほどに遡る。
「のお壮也…もう行ってしまうのか?」
宛の町から外に出る為の城門…そこに壮也は馬屋に預けていた黒風に跨っており、それを美羽は悲しそうな表情で見送りに出ていた。
「ああ。俺はいろいろあって一つ所に留まれない事情があってな…もうそろそろ行かないといけないんだ」
「………」
「(ああっ!お嬢様にあんな悲しそうな表情を…おのれ徐寧さんとか言いましたね!?よくもお嬢様をおおおお……!!)」
壮也の返答に美羽はさらに悲しそうな表情をし、それを見て付き人の張勲はご立腹と言う感じで詰め寄ろうとするのを紀霊が首根っこを掴んでこれを止める。
「徐寧、と言ったか?俺としても姫様が心を許しているお主が旅立ってしまうのは姫様があまりにも可哀そうでならぬ。少しばかり逗留してはどうだ」
紀霊の提案に対しても、壮也は首を縦には降らない。
「いえ…紀霊将軍の提案は嬉しく思いますが、やはり俺はここを離れると決めたので…」
そう言うと壮也は一旦黒風から降りると、今にも泣きだしそうに顔を歪めている美羽の前で膝を突き、彼女の頭に手を置いて撫で始める。
「あっ……」
「じゃあ約束するか美羽?もしこの先、美羽が領主として民草を安んじる様な…そんな領主になっていると風の噂で聞いたのなら、俺はまた君に会いに行く。そしてその噂が真の物だったのなら、俺は君の臣下になってあげるよ?」
壮也がそう語りかけると、先ほどまで泣き出しそうになっていた美羽はたちどころに花が咲いた様な笑顔を浮かべる。
「っ!ほ、本当か……?」
「ああ。じゃあ約束するか…美羽、左手を握ったまま小指を立ててみて前に出してくれ」
壮也がそう言うので美羽がそうやると、壮也は同じ様に右手を握りながら小指を立てると、自分の前に出ている美羽の小指に自分の子指を絡める。そしてこう歌い始めた。
「指きりげーんまん、嘘ついたらはりせんぼん飲ーます。指切った!」
そう言って絡めていた小指を放す。それに対し美羽は目をぱちくりさせていた。
「壮也…今の歌は何じゃ?それにこの動作は…?」
「これは…俺が妹とよく約束をする時にやっていた事でな。これで俺と美羽は約束を交わしたって事になる…じゃあ、俺は行くよ」
そう言葉をかけながら壮也は黒風に跨ると、そのまま馬を走らせて宛の城門を潜り始める。やがて美羽は壮也に聞こえる様にと大声で呼びかけた。
「っ!分かった…分かったぞ壮也!妾は、妾は絶対に立派な領主になってみせるぞ!だからまた妾の元へ来てくれ壮也!!妾は待っておるぞ―――!!」
美羽の呼びかけに壮也は首を動かすと、軽く微笑みを浮かべながら手を振りつつ馬を駆けさせていった…。
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「そう…旅立ってしまったのね。その徐寧と言う青年は…」
袁逢が悲しそうに呟くと、紀霊は頷いてこれに応える。
「はっ…それからと言うものの、姫様は勉学は言うに及ばず武術の鍛錬に軍の教練にも顔を出す様になり、少しずつ成長をしております。このままいけばきっと当主様の後を継いで汝南袁家の長として相応しいお方になりましょう」
「そう…それが何よりも喜ばしいわ。…ところで紀霊」
「何か?」
紀霊が呼びかけに応えると、袁逢は何時になく顔を真剣にしながら問いかけてきた。
「その徐寧と言う青年…額に斜めに刀傷が奔っていたそうね?」
「はっ…左様ですが、それがどうしたと?」
そう問いかけた紀霊に対し、袁逢は懐から一枚の紙を取り出し、机の上に広げる。広げられた紙を紀霊が覗き込み…顔を驚愕に染める。それは都で張られている『十常侍の親族を殺めた狼藉者の人相書き』であったのだが…。
「当主様…この似顔絵は徐寧ではありませぬか!?」
「ええ、恐らくその通りよ。お尋ね者の名は徐来芳明…罪状は十常侍の筆頭・張譲の親族を殺めた殺人罪ね。その様子を見ると初めて見たという感じだけど…どうやら美羽は知らなかったみたいね」
「はっ。何分この様な物騒な情報などは張勲が『こんなものが貼られてはお嬢様の可愛らしさを損なう原因になります!』とか言って残らず回収されてしまい…」
ここでも張勲の行いを聞いてまたも頭が痛くなったが…やがて気を取り直して彼女は続ける。
「…まあいいわ。幸か不幸かそれが美羽に知られなかったという事ね…あの子にしても慕っていた相手がお尋ね者と分かったらきっと悲しむでしょうしね」
袁逢の言葉を聞いて、紀霊は彼女の意図を察しつつ問い掛けた。
「…黙っていろ、と?」
「当然よ。彼は私の娘に人の上に立つ者としての心構えを諭し、娘を改心させた恩人…それを捕えて都に救っている害虫どもに恩を売るなんて事したくもないもの。この事はいずれ私の口からあの子に話すわ…貴方も黙っていてね」
「御意。当主様の命、しかと承りました」
こうして両者の会話は終わりを告げたのである…。
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さて時刻は壮也が頓丘県を訪れるも胡車児らが率いる張譲が放った追手の妨害を受けて足早に頓丘県を離れた頃…それから3日後、頓丘県を壮也を追って旅をする愛紗が訪れていた。愛紗がこの地を訪れた理由、それは家族に対する情の強い壮也なら、きっと妹である徐晃…香風の元を訪れている筈だと思ったからである。
彼女は馬屋に赤雲を預けると、香風が華琳に宛がわれた屋敷に足を運んだ。そして香風から事情を聴く事になった…。
「そうか…では壮也はここを訪れていたのだな香風?」
「うん。けど兄上には会えなかった……きっと追われていたんだと思う」
香風が悲しそうに呟くと、愛紗も悲しそうに顔を歪めながらこれに応える。
「そうだな…今の壮也はこの天下を騒がせる悪党になってしまったのだ。懸賞金目当ての者達も追っているだろうし、張譲の追手もきっといる筈だろう…いろいろと聞かせてくれてありがとう香風」
「もう行くの…?」
「ああ。こうしている間にも壮也との距離が離れてしまうかもしれないからな…出来得る限り早く追いつきたいのだ。…すまないな、もっと話したいだろうに」
愛紗がそう問いかけると、香風は顔を横に振ってこれに応える。
「ううん。今のシャンは華琳様に仕えているから…流浪の身である愛紗姉上ならきっと追いつけると思うし。それに、愛紗姉上と会えたのなら兄上もきっと安心すると思う…気を付けてね?」
「!…ああ、ありがとう香風」
そう言って屋敷を出る為に庭に出ると、思わぬ邂逅があった。それは巡察を終えた華琳…曹操が春蘭と秋蘭を連れて香風の屋敷に立ち寄ってきたのである。
「あら…貴女は?」
「貴殿は…?」
お互いに顔を知らない為戸惑っていると、愛紗の後ろから香風の声が響く。
「あっ、華琳様だ」
「っ!ではこの人が香風が仕えている…曹操殿か!これは失礼を!」
慌てて畏まる愛紗に対し、華琳は手でそれを制する。
「気にする事は無いわ。それより…貴女はもしかして近頃噂になっている『黒髪の女傑・関雲長』かしら?そして、徐芳明が自ら罪を被ってまで護ろうとした人…そうね?」
「っ!左様です…香風から?」
「ええ、一時期香風の両親である徐岳殿らもこちらで歓待していたからいろいろ聞いていたのよ。それより…」
そう言いながら華琳の瞳には人材登用の光を強く宿し始め、愛紗をしげしげと見つめ始めた。
「な、何か…『いいわね』えっ?」
「その身に宿る知勇、そして義を重んじるその心…これは正に奇貨と言うべきだわ。貴方、私の元で働く気はないかしら?」
「私が、ですか…?」
愛紗が戸惑いながら問いかけると、華琳は首を縦に振ってさらに続ける。
「ええ。けれど貴方を縛り付ける気はないわ……貴方には果たしたい願いがあるのも重々承知しているしね。そうね…徐来を探しているのでしょうから、出仕すると言っても私の元にずっといなくてもいいわ。寧ろ貴方が旅をするのに必要な旅費とかを融通してもあげるし、彼を追って旅をするのを止める積りも無い。どう?これ以上ない待遇だと思うのだけど…」
「か、華琳様!?」
「やれやれ…また華琳様の人材蒐集愛が首をもたげたな」
華琳の提案に春蘭が驚愕の声を上げ、秋蘭は主君の困った癖に首をすくめる。それに対し愛紗は暫く黙ったままでいたが…やがて声を発した。
「私如き流浪の武芸者如きに斯様な厚遇…誠に嬉しく思います。ですが、謹んでお断りさせてもらいます」
「なっ、貴様!華琳様の好意を無駄にする気か!?」
「春蘭、静まりなさい。…理由を聞いても?」
愛紗の返答に春蘭が激昂し、それを主君である華琳が諌めつつ理由を問うと、愛紗は静かな声でこれに応える。
「私を庇う為に壮也が…徐来が罪を犯した事は多くの人づてに広まっています。まして曹操殿は妹である香風を召し抱えているばかりか壮也の両親まで歓待していたとか…もしここで私まで召し抱えたとなれば、十常侍の者達の追及が曹操殿に及ぶ事は必定。…壮也はいつも零していました」
―――もしこの天下が乱世になったとしたら、今は頓丘県の県令を務めている曹操殿がきっと天下を静め、安んじるに足る英雄になるだろう。俺は武器を作るしか能の無い鍛冶師だが、叶うならそんな人の元で働きたいものだ。
「…と言っていましたから」
「そう…彼がそんな事を」
華琳が自分の事をそんな風に評していた事に驚いていたが、やがて愛紗は拱手をしながら言い放った。
「故に私はこのまま旅を続ける積りです。そしていつの日か壮也と再会を果たし、彼と語らった末にもし壮也が曹操殿の元で働きたいと言ったのであれば、私も彼と共に曹操殿の元で働くつもりです。それでは駄目でしょうか…?」
愛紗の宣言に華琳は暫し黙していたが、やがて満面の笑みを浮かべてこれに応えた。
「…成程、これは確かに傑物と言えるわ。正直貴方ほどの女傑が離れてしまうのは残念でならないけれど…いいわ。気を付けて行きなさい」
「…っ!ありがとうございます曹操殿!『華琳でいいわ』っ!?それは…曹操殿の真名では?」
「ええそうよ?私…貴女の事が気に入ったの。出来れば今度は、徐来と一緒にまた私の元へ来てくれることを願っているわ」
自身に対して真名を預けた曹操…華琳に対し、愛紗もまた拱手をしながらこれに応えた。
「分かりました…ならば私の真名も華琳殿に預けます。愛紗…それが私の真名です」
「愛紗…覚えておくわ。それでは行きなさい、彼の元へ行くのでしょう?」
「はい。それではまた…香風、またいつか」
「うん…!」
そう言って愛紗は香風らに別れを告げると足早に屋敷の門をくぐる。そしてその時に白い装束を纏った青年にぶつかりそうになったが、うまく避けて通り去った。
「っ!失礼した、先を急ぐのでこれで(この装束…?そうか、この青年が華琳殿に仕えているという『天の御遣い』殿か…)」
「いや、こちらこそすいません(うわ、凄い綺麗な黒髪…それに手に持っているのって青龍偃月刀?じゃあこの人が香風が言っていた関羽さんか!?)」
こうして二人はすれ違いながら別れる事になったのだが、これが天の御遣いと呼ばれる北郷一刀と関羽の初対面になるのだった。
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さて兗州は頓丘県を離れた愛紗は一路南に向かって旅を続けた。やがて愛紗は豫洲は汝南郡にある酒家で一息つく事にした。
酒家で茶と料理を味わい、一息ついた愛紗が店を出ようとした時…店の中に駆け込んできた男の声が響いた。
「おい聞いたか!また『韋駄天』がやってくれたらしいぞ!」
その言葉に酒家の中は一際大騒ぎになる。
「何、本当か!?」
「ああ!また悪徳商人の荷車を襲撃して金品を洗いざらい掻っ攫ったそうだ!」
「そうかそうか!またあの韋駄天がやってくれたか!!」
そうして店の中が勝ち戦に浮かれるかのように賑やかになるのを見て、関羽は首をかしげた。
「韋駄天……?店主、聞きたいのだがその韋駄天とは何者なのだ?」
「えっ?…ああそうか、あんた旅人だったか。韋駄天ってのはこの辺りじゃ知らない奴がいないほど有名な、山賊の頭の二つ名さ」
「山賊の頭の二つ名、か…。だが、この辺りの民草は山賊の頭が悪行を為したのに嫌悪を抱いていないのか?」
愛紗がそう尋ねると、店主はそれは違うとばかりに首を横に振った。
「おいおいそれは勘違いにも程があるって物さ。確かに韋駄天は山賊だが、あの人は賊は賊でも義賊って奴でね。俺達の様な貧しい人には手出しをせず、襲うのは大抵が悪徳の役人とか強欲商人とかさ。そうして襲って奪い去った金品を俺達の様な貧しい人々に分け与えるんだ。これで人気が出ない訳がねえだろう?」
「そうなのか…では、その韋駄天と言う二つ名の由来は何なのだ?」
「ああその二つ名の由来かい?…足が速いんだよ、その頭って奴は」
「足が速い…?」
「そうさ。だがそんじょそこらの『足が速い』ってのとは比べ物になりゃしないんだ。何せ追手が馬に乗っていようとまるで追いつけないってんだからさ」
店主の言葉に、愛紗は思わず耳を疑った。馬に乗っている相手が追い付く事が出来ない…?とてもじゃないが信じられなかった。やがて店主は愛紗が疑っていると察したのかさらに言葉を続ける。
「おや旅人さん、信じられないって顔をしているね。まあ確かにそうかもしれないがね…何を隠そう、俺はその韋駄天の走りをこの目で見た事があるのさ!」
「そ、そうなのか…?」
「ああ。あれは俺が山に行って薬草とかを取っていた時なんだが…」
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そうして店主が話し始めたところによれば…その店主が山に入って薬草を取っていると、そこから離れた所にある街道を荷馬車の一団が通りかかるのが見えた。よく見るとその馬車の周りを屈強そうな護衛が付き従い、戦闘には馬に乗っている豪奢な装束を纏った商人と思われる男性がいる。
…恐らくはあくどい稼ぎをしている商人が役人に賄賂を送ろうとしているのだろう。そう思った店主であるが自分にはどうする事も出来ず遠目から眺めていると…彼らの前方から砂煙が立ち上がってくる。商人が戸惑い護衛達が馬車を護ると前面に集まったのと同時に、その相手は現れた。
緑を基調にした軽鎧を纏い、頭には幅広のつばに頭部の天辺に黄色の房飾りがついた帽子を被り、首に龍の紋様が編み込まれたスカーフを巻いた少女……その手には長い柄にソリの足やスケート靴のエッジのような刃がついた得物を手にしている。そして現れた少女は大音声を上げて呼びかけた。
「やあやあ!我こそは弱きを助け強きを挫き、天に変わって不義を討つ!関西の韋駄天こと周倉、これにあり!強欲商人とその一味よ!大人しくその荷を置いて行け!」
そう言い放った少女に対し、商人は不敵な笑みを浮かべて叫んだ。
「…はっはっは!やはり出おったな韋駄天とかほざく小娘めが!今まで同業の者達が散々な目にあったと言うが…儂はそうはいかぬ!者ども今じゃ!!」
そう言って部下に呼び掛けるのと同時に、部下の一人が腰に下げていた角笛を思いっきり吹き鳴らす。すると荷馬車の中から多くの兵士達がわらわらと出てきたかと思うと、彼女の周りを取り囲んだのだ。
「うえっ!?積荷じゃなくて手勢!?あちゃあ、してやられちゃったかー」
「ふん、形勢逆転と言う奴じゃな。大人しく縛に付け『やーだよ!』んなっ!?」
だが少女は動じるどころか取り囲んでいる兵士に猛然と突っ込んだかと思うとそのまま跳躍、兵士の一人の頭を踏みつけてさらに高く跳び、そのまま包囲網を脱出したのである。
「三十六計逃げるにしかず!じゃっ、そういう事で―!」
…と言い放つが早いか、猛然と砂埃を上げながら駆け出したのである。
「ま、待てっ!?何をしておる、追いかけんか!?」
商人にそう言われ、呆然としていた護衛達は慌てて馬に鞭打って追いかけ始めたのだが、既に彼女の姿は小さくなっている有様であった…。
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「それは…大した脚力だな。馬で追いかけようとして既に追いつけないとは」
「だろう!いやー、あれにはたまげたさ。それに実際馬に追いかけられている所を見たって奴もいた位でな」
「…どうだったのだ?」
「そりゃあ追いつけなかったさ。追いついたかと思ったらまた速度を上げて駆けだしてよ、逆に馬の方が潰れちまったんだ。思うんだが、あの韋駄天に追いつける馬なんて西楚の覇王・項羽の愛馬である|騅≪すい≫ぐらいじゃないのか?」
店主がおどけた様に話すのを見て愛紗は苦笑しながらも暫し談笑に明け暮れた…。
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やがて酒家を離れ、再び旅を続ける事になった愛紗だったが…それは突然起こった。それは臥牛山と言う山のふもとを通った時の事である。
「あの、すいません…」
…と遠慮がちな感じに声を掛けられた愛紗が馬を止めて声の方を向くと、そこには銀の短髪に薄紫色の瞳を持ち、背中に短い柄に月牙と言う三日月型の刃が取り付けられた戟…双戟を挿している少女がガラの悪い男達を連れて立っていた。
「…私の事だろうが、お前達は賊か?」
「は、はいそうです。えっと…金目の物とか置いて行ってください。それかもしくは…貴方が乗っている馬を」
少女の呼びかけに愛紗は自身の愛馬である赤雲を見る。成程確かに赤雲は毛並みも立派だし屈強な体格をした名馬である。売ればかなりの額になると見込んだのだろう…。
「意外だな。賊と言うからには強引に身ぐるみを剥いで来ると思ったのだが…」
「え、えっと…私達は義賊で通してるし、あまり血を見る様な事はしたくないから…」
「まあお嬢の言うとおりだ!とっととその馬を置いて行きな!そうすりゃ命は助かるぜ!」
やがて彼女が連れてきた子分達が槍や朴刀やらを構えてヤジを飛ばしてくるので、愛紗はこれに毅然とした態度で答えた。
「…悪いがその要求は断る。赤雲は私の愛馬、それを渡せと言われて従う訳がないだろう。欲するのなら…奪って見せろ!」
そう言い放ち、自身の得物である青龍偃月刀の刃を突き付け戦闘態勢を取ったのだが…相手側は襲ってこない。それどころかその頭である少女が動揺を隠しきれていない感じになっていた。
「嘘…あれって、青竜偃月刀…!?それに、その黒髪…」
そう呟いたかと思った次の瞬間、少女は即座に背中に背負っている双戟を地面に置くとそのまま膝を突きながら拱手の構えを取ったのである。
「お、お嬢!?どうしたんでっ!?」
「この人…関雲長だよ!!
『え……えええええええっ!???』
「すぐに紅葉に伝えて!関羽様がここにいるって!」
「へ、へいっ!」
少女の指示に子分の一人が臥牛山へと向かって行く中、残りの子分達も慌てて平伏し始める。その光景に愛紗の方はと言うと…。
「む、むむむ…?!」
動揺を隠しきれないという感じであった…。やがて暫くすると、臥牛山の方から砂埃が上がって来るので愛紗がそちらの方へ眼をやると、こちら側へと猛然と駆けつけてくる少女の姿が見える。そしてその少女は先ほどから平伏している少女の隣で急停止すると、同じく膝を突いて拱手を取った。
「す、
「う、うん…!いつも紅葉が話してた人と姿形も似てるし、手にしている武器も同じだし…多分この人だと思う」
「そ、そうなんだ…!あ、あの!仲間が失礼な事をしてしまいました!!お会いできて光栄です関羽様!!私は周倉って言います!こっちは仲間の斐元紹です!!」
「あ、ああ…」
そう言って物凄い勢いで頭を下げる少女…周倉に対し戸惑いを隠しえない愛紗。だが、この出会いこそ後に『関家軍』と呼ばれる軍勢。その総大将と3名の副将の内の二人の初遭遇となったのである…。
・・・・・・・・・・・・・・・・
【おまけ】
「…えっと、香風?」
「どうしたの一刀?」
「その、華琳が酷く落ち込んでるみたいなんだけど…」
「あああれ…?愛紗姉上に振られて落ち込んでるみたい」
「それって…関羽殿の事か?あの時俺とすれ違った黒髪の…」
「うん、その人」
「華琳様!気をしっかり持ってください!なんなら私が今すぐあの女の首根っこを掴んで……」
「…私はしっかりしてるわよ。ええもう絶好調よ私は?だから少しは落ち着きなさいね春蘭?」
「姉者…今の華琳様は心痛気味なのだ。察してくれ…」
「えっと…元気だしなよ華琳?この天下は広いんだからさ。優れた在野の英傑の一人や二人『甘いわよ一刀』え…?」
「あの関羽と言う娘は只の英傑ではないの。知勇何れにも秀でるだけでなく、私の誘いに対しても断りつつも私の顔を立てる心配り…そして凛とした態度の中にある女性らしい柔らかさ!もしも、もしもよ!?あの凛とした顔つきが笑顔になって『華琳様』って呼ばれたとしたら………これだけで城一つ引き換えにしてもいい位よ」
「そこまでですか!?」
「そこまでなのよ!!」
「ああ…華琳様の人材蒐集愛がここまで!…関雲長、やはり只者ではないという事ね」
「さすが愛紗姉上…やっぱりすごい」
・・・・・・・・・・・・・・・
こうしてのちの主従となる二人が出会っていた頃、華南へ渡った壮也。そこで壮也を待っていたのは、江南の虎と称される女傑との出会いだった…。続きは次回のお楽しみ。
オリジナル武将
『周倉』(容姿、性格は『刀使の巫女』の『衛藤可奈美』を参考にしました!)
後に関羽の副将として活躍する事になる少女。関西地方、すなわち涼州出身であり弱きを助け強きを挫く…そんな英雄に仕えたいという想いから故郷を飛び出したが中原の腐敗ぶりに自分に出来る事をと思って行動した結果義賊になっていた。
明るく前向きな性格であり、同時に憎めない人柄。
三国志においては演義にしか登場しない架空の人物であるのだが、本場中国においては墓まで作られているうえに、関帝廟には関平と共に関羽の従者として祭られているなど、非常に根強い人気がある。
『斐元紹』(容姿、性格は『刀使の巫女』の『糸見沙綾香』を参考にしました!)
周倉と共に賊をやっていた少女。幼く大人しい見た目とは裏腹に腕は立つのだが性格も見た目を裏切らないようにおとなしく、周倉の明るさに振り回される事もしばしば。
三国志においては周倉と同じく、演義にしか登場しない架空の人物。周倉が関羽に付き従う間部下を預かっているように言われたのだが、趙雲の乗っている馬を盗もうとして殺されてしまった哀れな人。