真・恋姫†無双~転生記~   作:ふかやん

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 …皆様、大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。

 祖父のリハビリの手伝いや仕事などが重なり、中々執筆ができなかった次第で…本当に申し訳ありません…。

 では最新幕、ご覧ください…!

 なお、今回の最新幕では新しい武将が登場します。登場するのは甘寧と因縁のある武将です。


凌公績

 荊州は中華において最も中央に位置した土地である。北を見れば河北へと向かう事ができ、東を見れば揚州に向かえるし、西を向けば益州。そして南には交州というように殆どの土地へと向かえる地理的有利を宿していた。

 

 

 その為劉備に仕える事になる『伏龍』こと諸葛亮はこの地を『要武の地』とし、武力を以て制するべき要地であると強く主張するなどその重要さを理解していた。この荊州は南陽郡・南郡・江夏郡の荊北3群、そして零陵郡・桂陽郡・武陵郡・長沙郡の荊南4群に区別されているのだが、現在壮也は炎蓮からの招待を受けて、彼女が任地として任せられている『長沙』の地を訪れていた…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 長沙にある鍛冶場で、壮也はまた槌を振るって鉄を打ち、炎蓮達に進呈する為の武具を制作していた。あの後壮也は炎蓮に連れられて長沙にある政庁に招かれると、そこでも炎蓮の腹心である張昭や軍師として仕えている周瑜と陸遜。軍師見習いとして仕えている魯粛らに引き合わされ、ここでも壮也は主君を救ってくれた恩人として深く感謝される事になり客人として迎えられることが満場一致で決まったのである。

 

 

 その後しばらくの間穏やかな日々を送ることになった壮也であるが、やがて彼は自分を迎えてくれた孫呉の人々への恩義に報いる為、自らの得意とする鍛冶の技を以て彼らに武具を進呈する事を決め日夜槌を振るい続けていたのである。

 

 

 そうして槌を振るい、赤く熱せられた刀身を水につけ冷やし、再び引き上げると刀身に溝がいくつも掘られた、まるで揺らめく炎を思わせる特徴的な刀身が露わになる。それを見て満足そうに頷くと刀身を傍に置くと、近くにある水桶に手拭いを浸し、それで顔を伝う汗を拭った。

 

 

 そして一息ついていると、彼のいる鍛冶場に二人の女性が訪れた。一人は褐色の肌をして真紅の装束を纏い、桃色の長髪に青色の瞳を持つ真面目さを感じさせる風貌をした女性であり、もう一人は褐色の肌をして口元を黒布で隠し、濃紫色の髪を短く切りそろえたボブカットをしており、赤紫色の瞳は鋭く壮也を射抜いているが、壮也にはその瞳の奥にあるもう一人の女性への忠義を感じさせるものであり、気にする事無く作業を続けることにした。

 

 

「精が出るわね、壮也」

 

 

「ああ、よく来てくれたな蓮華(れんふぁ)。それに思春(ししゅん)も」

 

 

「……ああ」

 

 

 自分に声をかけてきた桃色の髪の女性…蓮華に壮也が挨拶を返し、もう一人の濃紫色のボブカットの女性…思春にも挨拶を返すと彼女は言葉少なげに返してきた。それを見た蓮華は少し顔を顰めると窘めた。

 

 

「思春、警戒を解いて。壮也は母様の命を救ってくれた恩人であり、孫呉の客人なのよ?」

 

 

「はっ…申し訳ありません」

 

 

 蓮華の指摘に思春が謝罪を述べるものの、壮也は微笑みながらこれを制した。

 

 

「いや、別に気にしてはいないよ。どう言いつくろおうと俺は流浪人、自分が仕えている蓮華の母親である炎蓮殿の命の恩人であったとしても、主君の身を案じこれを護ろうとする…その姿勢を終始一貫しようとする思春のあり方は、俺には真似できない。すごいと思っているさ」

 

 

「……そうか?そう思ってくれたのなら、うれしく思う」

 

 

 壮也にそう言われた思春は、驚いたように眼を瞬かせたがやがてうっすらと笑みを浮かべながら頭を下げていた…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 さて、この二人であるが…桃色の髪をしている女性は姓は孫、名は権、字は仲謀……。壮也の奮闘によって九死に一生を得る事になった炎蓮こと孫堅文台の息女の一人であり、雪蓮こと孫策伯符の妹である。正史においては兄である孫策が築き上げた江東の地を纏め上げ、曹操の魏と劉備の蜀と肩を並べる『呉』の王として三国志を語る上では外す事の出来ない英雄の一人として知られている。

 

 

 そしてもう一人の濃紫色のボブカットの女性は姓は甘、名は寧、字は興覇……。三国志では孫呉に仕える将軍の一人として、そして猛将として語られることで知られる人物である。元は益州巴郡の出身であったが遊侠を好み、不良の若者を集めて徒党を組み、仲間を派手に武装をさせ、彼らの頭領となった。三国志演義では錦帆賊という河賊の頭領であったとされている。

 

 

 やがて自分の身を顧みて生活を改め、荊州の牧であった劉表に仕えたのだが文を重んじ、武を軽んじる性格だった劉表からは重く用いられず、彼の元を離れて夏口に駐屯していた劉表配下の黄祖に仕えるもここでも冷遇され、孫呉との戦いにおいて孫権軍の将軍である凌操を討つ活躍をするも待遇は変わる事が無かった。その為同じく黄祖に仕えていた同僚の蘇飛という人物の助けを受けて江東にわたり、そうして孫呉に仕える事になるという境遇をたどった人物だった。

 

 

 その豪勇ぶりが特に際立ったのは濡須の戦いにあるだろう。この時先んじて合肥の守将であった張遼の強襲によって手痛い敗北を喫していたのに対し、甘寧は意趣返しとばかりに濡須の江西に侵攻してきた曹魏の軍勢に対してわずか100人の精兵を率いて強襲を仕掛けて数十の首級を挙げるという活躍を成し遂げ、孫権からは『曹操には張遼がおり、余には甘寧がいる。これでちょうど釣り合いが取れているのだ』と絶賛したという。

 

 

 粗暴でよく殺人を犯すという短所があったがそれ以上に受けた恩義に報いろうとする義理堅さも持ち合わせており、のちに戦いに敗れて囚われの身になった蘇飛の命を救うため孫権の前で頭を打ち付けて涙ながらに蘇飛の助命を嘆願した逸話も存在し、正史三国志を著した陳寿は甘寧を『甘寧は粗暴でよく殺人を犯したものの、しかし爽快な人柄優れた計略を持ち、財貨を軽んじて士人を敬い、手厚く勇者たちを育てたので、彼らの方でもまた役に立ちたいと願った』と称した人物である。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「そういえば壮也…今打っているのは、私が使う武具なのかしら?」

 

 

「ああ。『焔刃剣』という長剣の一種なんだが…少し特殊な剣でね。見ていてくれ」

 

 

 そういって壮也は壁に下げていた道具袋から刃が節状に連なり、樋の部分には空洞もある特徴的な刀身の長剣を取り出すと、それを逆手に持った状態で刀身の先端を地面にこすり付けるように回転する。

 

 

 その途端…刀身を炎が包み込んだのである。それを見て蓮華はおろか思春すら目を疑った。

 

 

「炎が、刀身に…!?」

 

 

「妖術の類なのか…!?『いや、妖術とは少し違うな』なに?」

 

 

 思春が刀身を包み込んだ炎を見て妖術では…と口走ったのを見て、壮也は剣を包み込んだ炎を振り払い、鞘に収めながら指摘をした。

 

 

「この炎は妖術というよりも…そう、祭殿が矢を放つ時に気功を込める時があるだろう?要は使い手の気を具現化させたものが、この炎なんだ。まあ言葉で説明しても理解できないだろうから…蓮華、試してみるといい」

 

 

 そういって壮也は鞘に収めた『焔刃剣』を蓮華に手渡す。蓮華もそれを受け取ると鍛冶場の隣にある空き地に足を運ぶと、周りに人がいないのを確認してから鞘から剣を引き抜く。そして先ほど壮也が行っていたように剣を逆手に持つと、刀身の先端を地面にこすり付けるように回転する。

 

 

 はたして、焔刃剣は先ほど壮也が行っていたのと同じように刀身を炎が包み込んでいた…。

 

 

「これは…!蓮華様、大丈夫ですか?」

 

 

「ええ、私は別に平気よ?……けれど不思議、刀身が炎を纏うなんて有り得ない事が今の目の前で起こっているというのに、不思議と手に馴染むの。まるで以前からこの剣を振るっていたかの様に」

 

 

 そういって蓮華は空き地に置かれている木人形に、炎を纏った状態の焔刃剣で何回か斬りつけ始め…やがて連続攻撃のとどめとばかりに回転しながらの斬りつけて吹き飛ばした直後に焔刃剣を地面に突き刺すと、吹き飛ばされた木人形の近くに火球のようなものが生み出されたかと思うと、そのまま爆発したのである。

 

 

「…ふう、こんなところかしら」

 

 

「…………っ!??」

 

 

 そういって一息ついて戻ってきた蓮華だったが、この光景に流石の思春も自分の目がおかしくなってしまったのかと戸惑いを隠しきれず、動揺するしかなかった。そもそも自身が仕える主君である蓮華の事を、家臣として仕えているから分かるのだが、彼女は母である炎蓮や姉である雪蓮に比べるとあまり武芸に秀でてはいないのだ。それがこうも鮮やかな演武をこなせるとはさすがの彼女も予想外だったのだ。

 

 

 だがやがて気を取り直すと、壮也に詰め寄っていた。

 

 

「お…おい壮也!?私にも武具を作っていると言っていたが、まさかあのような奇天烈なものではないだろうな!?幾らなんでも常識外れな物を作られてもこちらが困るんだからな!?」

 

 

 そう言いながら肩に手をかけて揺らしてくる思春に対し、壮也は苦笑しながら答えた。

 

 

「いや大丈夫だよ思春。武具ってのは全てが奇天烈なわけじゃないからさ。……思春にちょうどいいのは、これくらいかな?」

 

 

 そういって壮也が道具袋から幾つかの武具を取り出して地面に置いた。それは甲刀と呼ばれる中華刀の一種や双鉤と呼ばれる二本一組の短刀といったもので、どうやら自分の杞憂に終わってくれそうだと思春は思っていたが、やがてもう一つ取り出した武具に目が向いた。

 

 

 それは短い柄に鎖で連結してある鉄球であり、武人である思春にはそれが鎖分銅であると即座に分かった。気が付くと思春は、その鎖分銅を手に取っていた。

 

 

「…驚いたな。私は鎖分銅を使った事が無いと言うのに、不思議と手に馴染むように感じる」

 

 

「そうなのか?…いや、確かにそうか。思春は力押しで戦うというより一撃離脱を念頭に置いた戦い方を得意としている武将だったな。そもそも鎖分銅は刀剣よりも遠く、弩弓よりも近い立ち位置から攻撃をする為の武具だから、思春にはうってつけかもしれない。試してみたらどうだ?」

 

 

 壮也がそう考察すると、思春は頷いて空き地の方へ向かい、鎖分銅の鎖を握りしめると使い勝手を試し始めた。最初は軽く振り回すだけだったが…やがて猛然と回転させながら空き地に置いてある木人形に鉄球をぶつけ始める。そして最後とばかりにその木人形を鉄球で絡め取る様にぶつけた直後、そのまま思いっきり振り回して投げ飛ばし木人形を粉砕せしめたのであった…。

 

 

 やがて一息ついた思春が壮也達の元に戻ってくると、彼女は先ほど使っていた鎖分銅を壮也に返却しながら即答していた。

 

 

「…使い勝手は分かった。完成するのを楽しみにしているぞ、壮也」

 

 

「任せてくれ。思春のお眼鏡に叶う物を作る事を約束しよう」

 

 

 壮也の返答に、思春はその目に喜色めいた感じを備えながら微笑んだかと思った直後に、いつもの無表情に戻り蓮華の傍に移動した。

 

 

「思春ったら…よほど嬉しかったみたい」

 

 

「蓮華には分かるのか?思春が喜んでいるというのが…?」

 

 

 壮也がそう問いかけると、蓮華も笑みを浮かべながら頷いた。

 

 

「ええ、臣下として尽くす様になって一緒に過ごしていると分かってくるの。いつもは能面みたいに無表情で無口なんだけど、本当は誰よりも感情豊かなのよ?」

 

 

「そうか…っ!?」

 

 

 だが蓮華の言葉に感心した壮也は、唐突に殺気を感じ取っていた。そしてその直後、壮也は動いていた。彼は近くに安置していた相棒たる鋼錬武断を握りしめると、思春の背後に跳躍し彼女の背後を護るかのように鋼錬武断を構えたのである。

 

 

 そしてその視線の先には…布で顔を隠して正体を悟られぬようにした人物が、腰には弧刀ーまるで日本刀を思わせる片刃を持った刀剣ーを差し、今まさに居合を放とうという感じで止まっていた。

 

 

「………何の真似だ」

 

 

「それはこちらのセリフだ。彼女を誰だと思っている?孫呉の当主、孫文台殿の次女である孫権殿の臣下だぞ?誰の手先かは分からないが闇討ちを仕掛けようとするのを、黙ってみているわけにはいかなくてね」

 

 

 そう言って鋼錬武断の刃を向ける壮也だったが…次の瞬間、その刺客は腹の底からぶつけてくるかのような大声で言い放ってきた。

 

 

「黙れっ!!そこにいる甘寧は……わが父の仇だっ!!父の仇を討たんとすることの何が悪いっ!!」

 

 

「っ……!??」

 

 

「あなた…椿なの!?」

 

 

 その言葉に思春は普段からは想像もつかないほどに顔を苦渋の表情にゆがめ、一方の蓮華は誰かの真名を出して問いかけた。その問いかけに対し、暫しその刺客は沈黙を保っていたが…やがて自分の顔を隠している布を取り払うと、そこには黒のポニーテールに薄紫の瞳をした、凛然さを感じさせる美貌を持つ女性が立っていた。その目に…敵意を宿し、思春を射抜きながら。

 

 

「……蓮華様、止めないでください。そこにいる甘寧はわが父の仇、それを討たずにいられましょうか」

 

 

「…駄目よ椿。母様からも命じられているはずよ?『甘寧はもう俺達の旗下に入った。蟠りはあるかもしれねえが私怨をぶつける事は許さない』って…!…下がりなさい」

 

 

 蓮華がそう命じると、椿と呼ばれた女性はその目に一層の敵意を込めて甘寧を睨みつけていたが……やがて溜息をつくと弧刀の柄を握っている手を離し、後ろに下がると立ち去ろうとした。だが、それを甘寧が呼び止めた。

 

 

「凌統!!私はっ…」

 

 

「…貴様と話す事などない。いつか必ずその首、落とさせてもらうぞ」

 

 

 そう言って凌統ー椿が真名と思われるーは振り返ることなく立ち去って行った…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 その後思春は見張りをすると言って鍛冶場の外に向かっていったが…壮也の目から見ても今の彼女はひどく『消沈』しているのが窺えた。

 

 

「……ごめんなさい、壮也。こんな事に巻き込んでしまって」

 

 

「いや、別に気にしてはいないよ。…先ほどの女性だけど、蓮華は知っているのか?」

 

 

 壮也がそう問いかけると、蓮華は答えるのを躊躇っているようだったが……意を決したのか、彼女は話し始めた。

 

 

「…もちろん知っているわ。彼女は凌統…字は公績と言うの。母様が将軍見習いとして集めた一人で、その父親である凌操殿は祭や粋怜、真耶に千冬達と同じ宿老の一人として仕えていたんだけど……」

 

 

 そこまで言って蓮華は口を噤んでしまう。まるでここから先を言うのが辛いと思っているのだろう…そんな風に察した壮也は確かめる様に問いかけた。

 

 

「亡くなられたのか…?黄祖との戦いで?」

 

 

「っ!……ええ、そのとおりよ。凌操殿は黄祖との戦いにおいて、当時彼女の元にいた思春と一騎打ちをした末に…亡くなられたの。その後思春は私と戦った後に黄祖に仕えていた蘇飛という人物の計らいで孫呉に身を置くことになったんだけど…」

 

 

「凌統は受け入れられなかった…当然と言えば当然か。父親を討ち取った仇敵が同輩になるなんてとてもじゃないが受け入れられないだろうし」

 

 

 壮也の指摘に蓮華も頷いて話を続ける。

 

 

「そうなの…けど母様は『こいつは黄祖に仕え、オレ達の敵として戦い、凌操を討った仇ではあるが、孫呉の軍門に下る以上もうこいつはオレの臣下だ!それを認めず危害を加えることは許さねえ!!』と言って仇討ちを許さなかった。それ以来、椿は虎視眈々と思春の事を仇敵として討とうと…」

 

 

「そうだったか…炎蓮殿はこの事を?」

 

 

「知っているわ。何度も叱責して止めようとしたんだけど…難しいみたいで。母様は口ではああ言ってるけど、椿の想いも理解はしているの。凌操殿は母様の元で幾度も軍の先鋒を任されていて、信頼が厚かったから…」

 

 

 蓮華の言葉に壮也も押し黙ってしまう。前世において三国志を愛読していた壮也にとって凌統の事もまた熟知していたからである。

 

 

 ………賢に親しみ士に接し、財を軽んじ義を重んじ、国士の風を有していた人物である凌統。平素から優れた人物を愛し、また慕われており、孫呉の将軍の一人として名を残している留賛という武将は彼に推挙されて引き立てられた人物だった。

 

 

 また「凌統に勝る」と言われ推挙された同郷の盛暹に対しても、全くわだかまりを持たず、彼が夜半に訪れた時には床に入っていたにも拘らず着物をひっかけて門まで出、手をとって中に案内したという逸話もある一方で、三国志演義においては父を討った甘寧の事を恨み、主君であった孫権から復讐しない様に釘を刺されていたが、ある宴会で凌統が剣舞を舞うと、甘寧はそれに応じた。

 

 

 これ見て危惧した呂蒙は二人の間に入り、事を起こさないように振る舞ったという話が残っており、実際彼ら二人が完全に和解したのは合肥・濡須の戦いにおいて凌統の窮地を甘寧が救うまで険悪な仲だったからこそ壮也は理解していた。

 

 

ーこの二人を止めるには言葉では不可能だ。それこそ…全力でぶつからなければ互いの蟠りを解き放てないかもしれない。

 

 

 そう思った壮也は蓮華に提案した。

 

 

「……蓮華。二人についてなんだが、あの二人の仲を取り持つには言葉ではどうしようもないかもしれない。互いにぶつかり合って、想いをぶつけ合わせれば…もしかしたら二人の因縁も落ち着くかもしれないと思うんだが…どうだろう?」

 

 

「それは、そうかもしれないけれど…」

 

 

「無論、殺させない様に立会人として俺と蓮華が間に立って監視をする事もするつもりだ」

 

 

 壮也の提案に蓮華は少し不安そうにしていたが、続いての壮也の言葉に意を決したかのように頷いた。

 

 

「そうね…このまま孫呉の中に禍根を残しておくのはよくないかもしれない。分かったわ、協力する」

 

 

「すまない。後、これは俺の勘なんだが…思春も何かを伝えようとしていたんじゃないんだろうか?」

 

 

「思春が…?」

 

 

「ああ。蓮華は思春と親交が厚いんだろう?それとなく聞いてみてくれ。俺は凌統に決闘をする様に伝えてこようと思う。彼女はいつもどこに?」

 

 

「椿なら……」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 長沙の町はずれにある小高い丘の上。そこに作られた質素な墓の前に凌統は来ていた。その質素な墓に葬られている人物こそ、彼女の父であり孫堅の元で常に先鋒を務めた闘将として忠節を貫いた凌操である。墓の前まで来た凌統は腰に下げていた愛刀…『暁』と銘打たれた弧刀を傍に置き、父の冥福を祈り始める。

 

 

「…父上、挨拶に中々行く事ができず申し訳ありません。親不孝な娘をどうか許してください」

 

 

 そういいながら凌統は近くの川から組んできた水を墓石にかけ、丁寧に汚れを拭き始める。そうして咲いていた花を供えると再び冥福を祈り始めたのだが…その心中は穏やかではなかった。

 

 

「……父上は、今の私をどうお思いなのでしょうか?父の仇を討たんとする私を褒めてくれるのでしょうか?それとも…禍根を捨てずいつまでも引きずる私を叱っているのでしょうか?」

 

 

 凌統も決して頑迷と言う訳ではなく、大殿である孫堅の宣言を正しいと思ってもいた。確かに甘寧は仇であると同時に今や孫呉の傘下に加わり、同輩として接する必要があるかもしれず、むしろ自分のしている事は主命に背く行いである事であると。

 

 

 だが……それでも自分には受け入れられなかった。父を討った仇である甘寧を同輩として接する事を、凌統はどうしても納得できないのである。何より儒教の教えが広く知れ渡っている中華において親の仇を取ろうとすることは『孝』の道に沿った行いでもある。

 

 

 今の凌統はそうした理性と感情の板挟みにあっていたのである…。

 

 

「父上、私はどうすれば…っ!」

 

 

 だが、その問いかけをしていた凌統は背後に気配を感じると、即座に傍に置いた暁を手に取り、身構えながら振り返る。その先には…。

 

 

「お前は…先ほどの」

 

 

 ついさっき、自分が甘寧を討とうとした時にその邪魔をした、大斧の使い手である青年が立っていた…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「(…警戒されているか。まあ無理もないな)」

 

 

 壮也は苦笑しながらも、墓の前に傅き手を合わせ始めた。それを見て凌統は驚いたような表情をしていたが、やがて彼女もまた壮也の隣に傅いて手を合わせた…。そうして少し時間が経ったころ、壮也が切り出した。

 

 

「…蓮華からある程度の事情は聞かせてもらったよ。君の父上がここで眠っているんだってな…とても強い人だったそうだな?」

 

 

「当たり前だ。私の父は…凌操は孫呉において祭殿や粋怜殿、千冬殿や真耶殿に次いで武勲を成し遂げた豪傑だぞ?男伊達に富んで剛毅果断。武勇にも長けていて大殿が兵を率いて戦いに赴けば、常に先鋒の任を賜っていたんだ。尊敬しない方がおかしいだろう?いつの日か父と肩を並べて戦う事を、私は願っていたんだ…」

 

 

 彼女は自分の父親の事を嬉しそうに自慢していたが…やがてその声に悲しみの色が混ざり始める。よく見ればその瞳にもうっすらと涙が浮かんでおり本当に父親の事を慕っていたという事が壮也にも理解できた。だが次第にその声に怒りがこもり始めた。

 

 

「その父を…甘寧は討ち取った。なら、娘の私がする事は一つ。父の無念を晴らす事だ」

 

 

「…凌統、君の父上の無念を晴らしたいという君の気持ちは痛いほどわかる。けど…凌操殿だって戦場に出た以上討たれるのも覚悟の上だったんじゃないのか?…こんな事を言うのは君の怒りを買うと分かって言うけれど、甘寧を討ったとしても凌操殿は『言うなっ!!』っ…」

 

 

 壮也の言葉を遮るような怒号が凌躁の墓前の前に響き渡る。そして壮也の目に飛び込んできたのは、立ち上がり、肩を怒らせながらも涙を流し続ける凌統の姿だった。

 

 

「…お前の言う事も正しいのかもしれない。父は武人として戦場に立ち、そして戦場で斃れた。その父を討った相手を同輩として受け入れず仇として付け狙うのは国の和を乱す事に他ならないかもしれない。だが…だからと言って受け入れられるはずがないだろう!!」

 

 

 そう言い放ち、怒りをぶつけてくる凌統に対し、壮也は甘んじてその怒りを受け止めた。自分の静止が彼女の怒りを買う事を理解していたから。そして怒りをぶつけてきた凌統が落ち着いたのを見て、壮也は再び提案をした。

 

 

「なら、甘寧と全力で戦ったのなら…その蟠りを晴らせるか?」

 

 

「何…?」

 

 

「蓮華と相談したんだ。このまま二人の因縁を野放しにしていたら、この国にとって必ず良くない事になる。なら互いに全力でぶつかる事でその蟠りを無くせるんじゃないかと思ってな。…思春には蓮華から提案をしに行った。凌統はどうだ?」

 

 

 壮也の提案に、凌統は自身の耳を疑った。てっきり仇討ちを諦めさせようと説得してくるかと思ったのに仇討ちの舞台を整えると言ってくるのだから。

 

 

「…お膳立てをしてくれるとは思わなかったが、なぜそこまでする?何か条件でもあるのだろう?」

 

 

「条件というほどの事でもないが…命を奪う事だけはしないでほしいってところだな。凌統にとっては仇でも、甘寧はこの孫呉が天下にその名を馳せる為の一助となるべき存在となる。だからこそ全力でぶつかったとしても命を奪う事まではしない様に心に留めてくれ」

 

 

 その言葉に対し、凌統は黙りこくっておりしばらくの間無言の状態が続いていたが…やがて凌統が切り出した。

 

 

「保証はできん、私にとって甘寧は仇なのだからな。だが…一応は心に留め置くつもりだ」

 

 

 そう言い放ち、凌統は踵を返して立ち去って行った。それを壮也は暫しの間見送っていたが、やがて凌躁の墓に顔を向けてつぶやいた。

 

 

「凌操殿。出来うるなら生きていた時の貴殿と会ってみたかった。凌統があれ程まで貴方の事を父として尊敬していたのだから、きっと俺も敬意をもって接していた人物だったのだろう。…凌統と甘寧の因縁、貴方にとっても望ましい形で決着に導いて見せるつもりだ。どうか見守っていてくれ」

 

 

 そう言って壮也もまた凌統の後を追っていった…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 一方、思春の方にも蓮華が訪れ事情を説明していた。

 

 

「…因縁を晴らすために刃を交えよ。壮也がそう提案したのですか?」

 

 

「ええ。このまま貴方達の間の怨恨を野放しにしていればこの国にとってよくない事になる。そう言ってね…私自身、彼の言う事も最もだと思っているの。思春、貴方はどうかしら?」

 

 

 蓮華がそういうと、思春は間髪入れずに頷いた。

 

 

「私もそう思います。凌統との怨恨をこのままにしておけば、蓮華様のみならずこの孫呉の行く末に暗雲を生み出す事になりましょう。それに……私自身、凌統に伝えなければならない事があるのです」

 

 

「伝えなければならない、事…?」

 

 

 突如として覚悟を決めたような表情をして呟いた思春に蓮華が疑問に思って問いかけると彼女は静かに話し始めた。………そしてそれが終わった後、蓮華は驚きを隠し得ずにいた。

 

 

「そ、そんな…それじゃあ!」

 

 

 蓮華は慌ててその場を離れようとしたがそれを思春が呼び止めた。

 

 

「蓮華様!止めないでください…!」

 

 

「け、けどその話が本当なら椿は貴方を誤解していることになるのよ!?思春は椿の父の仇なんかじゃないって知らせるべきなんじゃ…」

 

 

 しかし思春は首を左右に振った。

 

 

「…今の凌統を言葉で押しとどめる事は難しいのは蓮華様もご存じのはず。我らは武人、互いの武をぶつけ合ってこそ伝えられる事もあると私は思うのです…」

 

 

 そう言って思春は戦う準備をする為にその場を後にするのだが、残された蓮華は思春から伝えられたある事実に衝撃を隠せないでいたのである…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 凌統と甘寧…思春の怨恨を無くす為に互いにぶつかり合う機会を作った壮也。だが思春には凌統に明かしていない、ある秘密があった。互いにぶつかり合った末に明かされる事実とは…?続きは次回の講釈で。




 新武将紹介

『凌統公績』(容姿、性格は『インフィニット・ストラトス』の『篠ノ之箒』を参考にしました!)

 孫呉に仕えている将軍見習いの少女。炎蓮が次代の孫呉を支える将軍を育てようと考えて広く募集した事で集まった者達の一人。頑固で融通が利かないところがあるものの、孫呉を支える将軍となろうと努力を重ねる実直一途な性格をしている。

 孫呉の将軍として常に先鋒の任を任されている凌操を父に持つ事から、彼女自身もいずれは父と肩を並べて戦場に立ちたいと願うほど孝心の厚さも持ち合わせているが、その父を甘寧によって討たれ、さらにその甘寧が孫呉に投降して同輩になった事を受け入れられず仇として付け狙っているのだが…。

 弧刀の使い手であり、その実力は思春にも劣らないほど。

 演義において父を討った甘寧を恨み、復讐しないよう孫権から釘を差されていたが、ある宴会で凌統が剣舞を舞うと、甘寧はそれに応じ、これ見て危惧した呂蒙は二人の間に入り、事を起こさないように振る舞い、それを知った孫権が甘寧を半州という地に移したほど。

 しかし後に濡須口の戦いにおいて甘寧に窮地を救われた事で恨みを水に流し同輩として接することになる…。
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