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…そこまで話し、思春は溜息を一つついた。
「武人として生きる事を誓った私にとって、敵に降るなど受け入れられない…そう思っていた。だが、凌操の言う様に黄祖は私に対して、尋常ではない執着を向けて来ていた。息が詰まりそうになるくらいに…だから、私は思わず彼の言葉を聞き入れて、手を伸ばそうとしていたんだ…あんな事が、起きなければ」
「あんな、事…?」
最後の方で悲しげにつぶやいた一言に最初に反応したのは、蓮華だった。そして思春も頷くと、再び何が起こったのかを語り始める…。
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膝をついた思春に対して凌操は染入るような笑みを浮かべながら手を差し出してくる。それを見て思春は、呆然としていたが、やがて我知らず手を差し出そうとしていた。だが…次の瞬間、思春の目に飛び込んだのは。
「ぐっ………!?」
「なっ…!?」
凌操の胸元に一本の矢が彼の纏っている鎧を穿ち、突き立っている光景だった。しかもその矢は自分の後方…即ち自分の部下がいる方から放たれた物だったのである。
ー馬鹿な…っ!?誰がこんな事をした!?一騎討ちですでに決着は着いたにも拘らず、まるで騙し討ちみたいな事をするなど!!
だが目の前の光景に固まってしまうのと同時に、自分の誇りをも汚すような行いをした者への怒りに燃える思春の鼓膜に叩き付けられたのは、凌操が率いていた部隊の副官の怒号だった。
「しょ、将軍!!お、おのれ貴様らあああああ!!者ども、凌操将軍をだまし討ちした奴らを討ち取れええええええ!!!」
その怒号と共に、凌操の部下である将兵も怒り狂いながら刀槍を振りかざし、思春に向かって突っ込んできた。これに対し、思春の部下達もまた自分たちの主将を討たせてなる物かと刀槍を掲げて迎え撃とうとしていた…!
「頭を死なせるな!!てめえら、死に物狂いで食い止めろ!!…頭、早く退いて下せえ!!」
「凌操…くっ!」
副官が退却を促すも、思春は顔を青ざめながら凌操に手を伸ばそうとしていた。手を取って『しっかりしろ!』と呼びかけようと思ったのだが…すでにその時には乱戦となっており、凌操は部下達の手で運び出されていた…それを見て思春も顔をゆがめつつも、凌操の無事を祈りながら撤退をしたのである。
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「……!」
そこまで話して一息ついた思春に対し、話を聞かされた凌統は一言も口を挟めなかった。彼女の話が本当なら、思春は自分の父である凌操を手にかけていなかったという事になるのだから。
「だ、だが…だとしたら私の父を闇討ちした者は誰なのだ!!」
やがて凌統は激情しながら思春に詰め寄った。自分の父である凌操を手にかけた、本当の仇を何ともしても知りたかったから。それに対し思春は顔を曇らせ、まるで言うべきか躊躇っているようだったのだが…やがて意を決したかのように言葉を発した。
「お前の父、凌操を手にかけたのは…黄祖の配下の一人だった鄧龍だ。だが、もう奴はこの世にいない」
「何だと!?どう言う事だ…!」
「…殺したからだ、私がな」
思春の放った言葉に、再び凌統は言葉を失った…。
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戦いの後、思春は直ちに自身の配下を招集すると、あの戦いでの下種な所業を為した下手人を探すように命じていた。
「何としても見つけ出せ…!!一騎討ちはすでにあの時決着は着いていたにも拘らず、卑劣な闇討ちを仕組んだ者を、断じて生かしておく訳にはいかない!!」
そう言い放つと、彼女の部下達はその怒りを晴らさせようと脱兎の如く駆け出し四方八方に散って行った。当初彼女は自分の部下の中に裏切り者がいると思ったが、それはすぐに一蹴する。彼女は自分の部下が卑怯卑劣な行為を犯したのであれば、必ずその直後に命を落とすのが分かっていたからだ。やがて間もなく、部下の一人が彼女の元に駆け寄ってきた。
「…鄧龍が仕組んだと?確かか?」
「間違いないようです。あの女はお頭が黄祖の元に降るまえは黄祖の寵愛を一身に受けていたようなのですが…」
「私が黄祖に執着される様になった事に恨みを覚えて、私を亡き者にしようとした…と言う事か。しかも私自身を狙うのではなく、凌操を撃つ事でそれを恨みに思った孫呉の将兵に私を殺させようとするとは、悪知恵だけは回るようだ」
思春はそう言いながらも、その瞳に憤怒の炎を宿しながら笑みを浮かべ、黙り込んでしまった。それを見て副官は、嫌な予感を感じながらも問いを投げかける。
「お頭…どうするんで?」
その問いかけに対し、思春は返答する事無く陣幕を出ようとしたが…出る前に一度足を止め、振り返りながら一言発した。
「決まっている…私に負けを認めさせ、その上で私を武人と認めてくれた男を卑劣な闇討ちで亡き者にした下女を、この手で仕留めるだけだ」
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「その後の顛末は…今更言うまでもないだろう。私は黄祖の本営に赴くと、丁度黄祖軍の将兵が勢ぞろいしていたが、私は彼らには目もくれず真っ直ぐに鄧龍の元に行き…そうして、この手で切り捨てた」
そう告白した思春に対し、壮也達はその壮絶なまでの背景を知らされ、返す言葉すら浮かばなかった。あの凌統ですら、あの戦いの裏に隠されていた真実を知って、言葉を失っていたのだから。だがやがて、蓮華がふと疑問に思い問いかけた。
「…けれど思春、それでよく他の黄祖の将兵から追及を受けなかったの?」
「幸か不幸か…黄祖が私に執着していたようで、その後に私がこの様な凶行を行った事情を話したところ、非は鄧龍にあると黄祖は私を庇い立てしたのです。その為その場は収まりはしたのですが…やはり白昼堂々、将兵の面前で凶行に及んだ私に御咎め無しにするなど許される訳がないと、呂公や陳就と言った者達が連日黄祖に諫言を行う様になり、また黄祖の腹心だった蒯良も『確かに鄧龍にも非が無い訳ではありませぬが、だからと言って衆目が集まる中で凶行を為した甘寧に罪を与えぬのでは、軍において示しがつきませぬ』と諫言した事で…」
「さすがに庇い続ける事が出来なくなった、と言う訳か…」
思春が事情を説明するのを聞きながら壮也が相槌を打つと、思春も頷いてこれに応える。
「だがその頃に私は、当時黄祖軍に仕える将軍の一人で、私が心を許していた数少ない同僚だった蘇飛という男から『黄祖もさすがに庇い立て出来なくなりつつある。このままだとお前は他の黄祖軍の将兵に嬲り殺されるのが落ちだ…。甘寧、俺は黄祖様にお前を邾県の県令に推挙する様に進言した。この先孫呉との戦いが起こるだろうが、その時にお前は孫呉に降れ。後難から逃れるにはそれしかない!』と助言を受け、邾県に逃れた後に蓮華様と戦い、孫呉に降る事になったのだ…」
そう言い終わると、思春は凌統の方に顔を向けると、長く彼女に伝えられなかった事を告白する。
「そうして孫呉に降った私は…即座に凌統、お前にあの時の事実を話したかった。許しを請いたい訳ではない、ただ知ってほしかった。私はお前の仇ではないという事を…しかし、お前は私を仇として付け狙い、私の話を聞いてくれなかった。…恨んではいない、むしろそうされてもしょうがないとは思っている。だがこれだけは言わせてほしい…私は凌統、お前の父凌操を…手にかけてはいないのだと」
「………」
「椿…」
思春は己が心のうちを全て絞り出すかのように告白したが、当の凌統は一言も言葉を発さない。それどころかその顔には怒りと悲しみが綯い交ぜになったかのような、悲痛さを感じさせるように顔をゆがめながら思春を射抜いていたのである。
やがて…椿は何も言う事無く、踵を返すとその場を立ち去って行く。それを見て慌てて蓮華が止めようとするが…それを思春が制止したのである。
「蓮華様、止めないでください」
「思春!けど……」
蓮華は止めてきた思春に言いつのろうとするが、思春は寂しそうな笑顔を浮かべながら首を横に振る。
「よいのです……孫呉に降ってから、ずっと伝えたかった事を凌統に伝えられた。それだけでも、私にとっての心残りが無くなっただけでも満足なのです。……この後の事は、凌統しだい。あいつが私の事をそれでも仇として刃を向けてくるのであれば、私はそれでも構いません。ですがもしあいつが、過去の恨みを捨てて私を許すというのなら、私はその意思を尊重するつもりです」
そう言って思春は、凌統が立ち去った方に顔を向けていたが、それを見ていた壮也が険しい顔をして彼女の後を追っていった…。
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一方…甘寧の告白を聞いてその場を立ち去った凌統は、父・凌操が埋葬されている丘に来ていた。だが、その心中は穏やかではなかった。自身の父である凌操を討った仇が、甘寧ではなかったという事を知ってしまったから…。
あの時の事を、今も凌統は忘れた事が無い。いつもの様に黄祖との戦いに赴いて行った父……その帰りを待っていた自身の元に帰ってきた父は、物言わぬ屍となっていた。そしてその部下だった副官から聞かされたのは、黄祖軍の将だった甘寧に一騎討ちを挑んでこれを破った凌操が、その才を惜しんで投降を呼びかけていた時に甘寧側から放たれた一矢が彼の胸に突き立ったという事…。それが確かなら、甘寧は武人の礼儀すら弁えぬ恥知らずという事になる。
凌統は父を喪った悲しみを堪えながらも、討たれた父の無念を晴らさんと決意したが…そんな彼女の耳に飛び込んできたのは、父の仇と見据えていた甘寧が自身にとって後々仕えるであろう、主君となる孫権との戦いに敗れ、その説得を聞き入れて投降したという事だった。
当然それは彼女にとって受け入れられる訳がなかった。父の無念を晴らそうと誓った矢先にその仇敵が自国に投降したという事は、仇討ちの機会を永遠に失ったにも等しいのだから。故に凌統は主君である孫堅に願い出た。父凌操の仇を討たせてほしいと…だが、その願いは受け入れられなかった。
ーあいつは黄祖に仕え、オレ達の敵として戦い、お前の父である凌操を討った仇ではあるが、孫呉の軍門に降った以上もうあいつはオレの臣下だ!それを認めず危害を加えることは許さねえ!!
一切の反論すら許さないという意思を感じさせる炎蓮の決定には、流石の凌統もこれ以上食い下がれず止む無く引き下がったのだが…その時に聞こえた炎蓮の言葉は、凌統の心に深く突き立つことになる。
ー椿…てめえの願いも分からねえ訳じゃねえよ。孝心に厚いてめえの事だ、仇を討ちたいって思うのも当然だろうよ…けどな、凌操も戦場に立つ益荒男だ。戦場に立つ以上死も覚悟していた…そうじゃねえのか?
…主君である炎蓮の言葉に、そのとおりだと凌統は思っていた。実際に凌統は父である凌操と共に鍛錬に励んでいた時、いつも彼から聞かされていたのだから…。
ーいいか椿?俺は大殿…炎蓮様の臣下である以上、彼女が戦場に赴くならばその盾となり、また矛となって大殿の活路を切り開く事だろう。そして戦場に立ったのであれば、武運拙く命を落とす事もまた在り得るだろうよ。だから椿…もし俺を討った仇が敵陣にいたのであれば迷う事無くこれを討てばいいが、もし…もしも、その仇が故あって敵軍から恥を忍んで降ってきたのであれば、その時は仇を討とうと躍起になるな。他者に仕える者が敵に降るというのは、命惜しさや富裕目当て以外にも…止む無き事情を以て降る者とているのだからな。
自分の頭を撫でながら、穏やかな笑みを浮かべて諭してきた父……彼の言っていた言葉は正しかった事を、凌統は改めて思い出していた。
甘寧は、父を騙し討ちという卑劣な手段で殺めてなどいなかった。それどころか父の仇を、自分の代わりに討っていた…恩人ともいうべき人物だったからだ。しかし、だからこそ…彼女は今までの自分の行いを許せなかった。
主君である炎蓮や蓮華らの静止も聞かず、甘寧の事を仇として付け狙ってきた…そんな自分が今更甘寧と和解できるはずがないのでは?…その様な陰鬱とした感情が今の凌統を支配していたのである。
やがて彼女は手に握り締めていた、愛刀の『暁』に目を向ける。父もこの得物を持って戦場を駆け、父亡き後は自分に受け継がれたものだが…今や刃を収めている筈の鞘は粉々に砕け散り、刀身もへし折れた無残な有り様となっている。それはまるで今の自分にはこの得物を持つ資格などないと暗に言っているかのように…。
もう自分には戦場に立つ資格などない…そう自分を断じてしまった凌統はやがて父凌操が埋葬された墓石の前で跪くと折れた暁の切っ先を自分の喉に向けていた。
そうして、その切っ先を一思いに喉元に突き立てようとしたその瞬間…その手を別の誰かが握り締めて止めていた。驚く凌統が顔を横に向けると、そこには蓮華と共に決闘の立会人としていた徐寧が息を切らしながら彼女の手を握りしめていたのである。
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ー嫌な予感がしてきてみたけど、やっぱり正解だったか。
壮也は自分の嫌な予感が外れていなかった事に心から感謝していた。あの戦いの後に思春が凌統に対して伝えられなかった事実を語り、それを聞いた凌統が立ち去って行った時…壮也は立ち去って行く彼女の後姿に言いようのない不安を覚え後を追っていったのだが、追った先で壮也の目に飛び込んできたのは、恐らく凌操が埋葬されたであろう墓石の前で傅き、得物の切っ先を喉に向けている凌統の姿だったのだから。
そしてそのまま喉を突き刺そうとしているのを見た壮也は一足飛びに彼女の元へ向かい、得物である弧刀を握っている手を握りしめ、これを押し止めた。
「…っ、なぜ止める」
「流石に見て見ぬふりは出来ないさ。……死を以て責任を取ろうとしたんだろう?」
壮也が静かな声で問いかけると、凌統はその目から涙をぽろぽろと流しながら答えた。
「私は……もう、どうすればいいのか、どうしていいのかすらわからなくなったのだ。父の仇と思って付け狙っていた相手が、実は本当の仇を討っていた恩人で、なのに私は奴を仇と思い込み、周囲の制止も受け入れないで付け狙って…いまさら、どの面下げて甘寧に接する事が出来るというのだ。今の私にできる事など、この命を以て償うよりほかには…」
そう言いながら再び自害をしようとした凌統だったが、壮也が握り締めて止めているその手は石像になってしまったかのように動かす事が出来なかった。そうして壮也は首をゆっくりと横に振りながら、諭すように語り始める。
「死んで責任を取る…そんなのは、俺からすれば『逃げて』いるとしか見えないさ。…凌統、君は確かに過ちを犯したのだろう。だが、俺にとって償いとは死を以て行う物ではなく、命ある限り生き続けながら行う物だと思っている。だが…それは君にとってはつらい道程なのかもしれない。己が犯してしまった罪から逃げられないというのは…でもそれで逃げてしまってはダメなんだ。凌操殿…君の父上は、逃げなかったんだろう?」
壮也の言葉に凌統ははっとして顔を上げる。その視線の先には父が眠っている墓石があるのだが、壮也の言葉に彼女は嘗て父が言っていた事を思い返していた。
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「父上は、死ぬのが怖くないのですか?」
それはまだ凌統が鍛錬を取組み始める少し前の事。彼女はふと鍛錬に明け暮れる父の姿を眺めていたのだが、彼が休憩をし始めた時に幼心にこんな問いかけをしていた。
それを聞いた凌操は少し困った様な顔をし、頬を掻きながらその問いかけに答えを返していた。
「怖いぞ?」
その言葉に、凌統は目を丸くした。『…戦者たる者、怯懦に塗れてもいかぬが匹夫の勇になってもいかぬ』そう諭す一方でいついかなる時も自信と余裕に満ち、戦場に向かって臆する事無く向かっていき、そして笑顔を絶やさないで帰ってくる父の事を、凌統は誇りに思っていた。そして同時に思っていた…自分の父は死ぬ事など恐れる事が無いのだと。
だがそれに反して父は死ぬのが怖いと言った事に、凌統は信じられなかったのである。そんな娘の姿を見たのか、凌操は彼女の頭を撫でながら優しく諭し始める。
「…凌統、お前もいつか戦場に立つのなら覚えておけ。死を怖いと思わぬものは、早晩早死にするものだ。死を恐れない…言葉にすると如何にも勇ましい物に思えるだろう。だが、そう言う者ほど戦場において引き際を見誤り呆気なく命を落とす者なのだ。死を怖いと…恐ろしいと思う者はどこで戦えばいいか、どの様にすれば生き残れるかを考えて行動する。何より…己が失態を犯したのであればそれを挽回する為にも、是が非でも生き延びる事を考えるべきなのだ。その事、心に刻んでおけ」
そう語った凌操の顔は、染入るような笑顔だった……。
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ふと気づいたとき、凌統は徐寧がが自分の手を離している事に気づく。だが、今の彼女にはもう自死をしようという気持ちすら失せていた。
「……己が過ちを犯したのであれば、それを償う為にも逃げてはならない」
そう呟きながらも、彼女の目に再び強い光が宿ったのを見て取った徐寧…壮也は、彼女に悟られぬように静かに立ち去った。そうして戻っていく道中で、立ち去っていく凌統を追いかけて行った壮也を見て、不安を覚えて追いかけてきたのだろう蓮華と思春らと再会した。
「壮也…椿は?」
「心配はいらない。二人の危惧していた事態にはならないよ」
その返答を聞いた二人…特に思春の方は心から安堵したのか、膝をついてしまっていた。
「っ!…そうか、よかった。本当に…!」
そう呟きながら、目からぽろぽろと涙を流し始める思春を見て、壮也はこの一件が少しでも良い方法へと向かってくれることを、願うばかりだった…。
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それからどうなったのか…簡潔に述べるのなら、甘寧と凌統の関係はとりあえずの平穏を得る事になった。
あれから甘寧は改めてかつて凌操が率いていた軍団の元に赴くと、自分が凌操を不意打ちしたのではないと説明した。当然最初こそ凌操の部下達は信用できないと息巻き、その場で八つ裂きにしてやろうと殺気が溢れていたのだが、それを止めたのがほかでもない凌統だった。
彼女は仇を討とうと息巻く部下達を制止すると、先に甘寧から聞かされた真実ー凌操を撃ったのは甘寧ではなく、黄祖の寵愛を受けていた彼女を妬み、孫呉の将兵に討たせようと目論んだ黄祖配下の鄧龍という人物である事と、すでに甘寧によって討たれていた事ーを彼らに明かしたのである。
当初部下達は口から出まかせを言っていると甘寧を疑ったのだが『もし信用できぬと言うのであればそれでも構わない。嘘だと言うのであればこの首を撥ねるがいい』と丸腰になって膝をついた事。そして凌統からも『お前達の疑いも最もだ。だが私は甘寧と命を懸けて刃を交え、その末に聞かされたのだ。死を前にした人間は嘘偽りを述べぬと言う…これでもなお信じられぬと言うつもりか!』と一喝した事で彼らもその矛先を下したのであった。
無論凌統は今も割り切る事は出来なかったようで『貴様が父の仇ではないという事は分かったが、それでも私は貴様に心を許す事は出来ない』と真っ向から言い放ち、これに甘寧も『それでいい。全てを水に流せなどと虫のいい事を言うつもりはない…だが、これからは同じ孫呉の元に集った同輩として接する事が出来るのなら、それだけでも本望だ』と返した事で、これ以降凌統が甘寧を仇と付け狙う事は無くなったのである。
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それから数日経ち、壮也は凌統が亡き父・凌操から受け継ぎ、自身の得物とした弧刀の修理を行い、それを凌統に返す事になった。
再び自身の元に帰ってきた愛刀…凌統が再び鞘から引き抜くと、嘗ては甘寧の放った鎖分銅の一撃を受け、へし折れてしまい無残な姿となっていた筈の刀身は、刃こぼれひとつない姿となって甦っていたのである。
その姿を見た凌統は、感慨深いという感じで微笑んでいたが…やがて瞑目しながら鞘に収めた。
「……礼を言う徐寧。貴公のお蔭で、私は再び愛刀を振るう事が出来る。蓮華様や雪蓮様が一目置く理由が分かった気がしたぞ」
「礼を言われる事は無いさ、凌統。頑丈さも上げたから思春の鎖分銅を受けたとしても、そう簡単にへし折れる事も無いと思う」
壮也がそう付け加えると、凌統は鼻を鳴らしながら不敵な笑みを浮かべた。
「ふんっ…次はその様な事が起こらぬ要に戦うつもりだ。負けっぱなしは、性に合わんからな…」
そう言って凌統は修理代として路銀を置くと立ち去って行ったのだが、その足取りは軽く…そしてその顔には、思春の事を仇ではなく、超えるべき目標としてみる光が宿っていたのであった。
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長沙において孫堅らの歓待を受ける壮也。穏やかな日々を送っていた壮也の耳に飛び込んだのは、三国志の騒乱の幕開けともいえる大乱の勃発だった…続きは次回の講釈で。