真・恋姫†無双~転生記~   作:ふかやん

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 お待たせしました。時間が取れたので最新幕を投稿させていただきます。


盧植奸臣によって職を追われ、官軍一敗地に塗れる

 河北にて勃発した官軍と黄巾賊の間で勃発した激闘。その緒戦は知識と経験が豊富な風鈴の的確な指揮、そして義勇軍として参加した桃香の義妹である鈴々と、副将として桃香を支えている星の活躍で黄巾賊の頭目である程遠志と鄧茂の両名が討たれた事で官軍が勝利を勝ち取った。

 

 

 しかし黄巾賊の軍勢そのものは、黄巾賊に合力して漢朝に反旗を翻した張挙(ちょうきょ)張純(ちょうじゅん)兄弟の片割れ、張挙の指揮で殆どが生き残り戦いは未だ終わりが見えなかった。そして……思いもよらぬ凶事が官軍に降りかかろうとしていたのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ええい、あの年増女め!自分で自分の首を絞めている事に気づかぬのか!?」

 

 

 官軍が黄巾賊との緒戦に勝利してから少し経った頃、官軍の本営に続く道を洛陽に向かって馬を進めている人物がいた。彼の名は左豊(さほう)…朝廷から前線の将兵の視察を命じられて派遣された宦官である。

 

 

 『視察』…といえば聞こえがいいが、それはあくまで建前。実際彼が来た目的は『口利き営業』…即ち賄賂の要求である。

 

 

ー袖の下を渡すならば陛下に良い報告をしてやる。渡さなければ…分かっているだろう?

 

 

 彼らは前線で命を懸けて戦う将兵に対し、公然と賄賂をせびるのである。己が私腹を肥やす為に…しかし、風鈴はこれを敢然と突っぱねたのだ。

 

 

ー生憎ですがここは戦場です。貴方方に融通できる袖の下は持ち合わせてはいないので♪

 

 

 彼女は泰然とした笑みを浮かべながらこう答え、左豊を丁重に送り出したのである…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「おのれぇ……覚えておれよ!?朝廷に対して報告をする際、謂れのない罪を着せて『おうお前、ちょっと待ちな』なっ、誰…ひいいっ!??」

 

 

 体よく追い払われ、憤りを隠せない左豊が愚痴を零していたのだが…彼の前に大刀を手に立ちはだかる大男が現れる。雑多な甲冑を纏い、周りに数人の賊兵を連れて来ているその男こそ、黄巾賊と組んで漢朝に叛乱を起こした張兄弟の片割れ、張挙その人である…!

 

 

「官軍の野営地から出て来た、小奇麗な服を着た宦官を連れてこい……って張純の奴が言ってたが、多分こいつだろ?おいお前ら、連れてくぞ?あっ、言っとくが手荒な真似すんなよ?」

 

 

「ひ、ひいいい……!???」

 

 

 張挙は左豊を値踏みするかのように見て取ると、部下に命じて左豊を馬ごと連れ去ったのである。そうして左豊が連れてこられたのは、張兄弟が根城にする山間部に立てられた砦だった。

 

 

「おーい張純、帰ったぜー」

 

 

「おう兄貴、戻ったか。んで…首尾はどうだった?」

 

 

「とりあえず捕まえて来たぜ?こいつだろ?」

 

 

 そう言うと張挙は、賊兵に連れてこさせた左豊を張純の下に跪かせた。

 

 

「き、貴様ら!?私を誰だと思っている!?朝廷に仕える左豊だぞ!?こんな事をしてただで済むと…」

 

 

 これに左豊は必死に口上を述べようとするのだが、それも張純がねめつける様な視線を受けてあっさりと尻すぼみになり果ててしまう。だが…暫く左豊に視線を向けていた張純は、唐突にこんな事を口にした。

 

 

「おいお前、死にたくないよな?」

 

 

「はっ?!…あ、当たり前だろう!??」

 

 

「そうかそうか。んでもって…お前、財貨は欲しいか?」

 

 

「へっ?……あ、ああ。欲しいとも」

 

 

 左豊が正直に答えると、途端に張純は満面の笑みを浮かべて嬉しそうにこう切り出した。

 

 

「そうかそうか!いやー話が早くて助かるぜ!おいお前ら、持ってきな!!」

 

 

 そう張純が部屋にいた部下に呼びかけると、部下の賊兵は合点した様に部屋から出て行き…ほどなくして大きな宝箱の様なものを張純の傍に置き、そのふたを開けた。

 

 

 中には…これでもかというほどの金銀財宝が詰め込まれており、その光景に左豊は言葉を失ってしまう。そして張純はその宝箱の中に手を突っ込み、金銀を鷲掴みにして左豊の前に広げて見せつけた。

 

 

「どうだい?散々暴れ回った黄巾賊共が貯めに貯めた財宝さ。言っとくがこんなのほんの一部だけ…まだこの山砦にこの宝箱がいくつもあるんだぜ?」

 

 

 張純がそう説明するものの、左豊の目は彼の掌にある金銀宝石と、宝箱の中に輝く金銀に釘付けになっていた…。

 

 

「さて…じゃあ改めて聞くぜ?お前、死にたくないよな?」

 

 

 張純の説明に、我に返った左豊は即座に返答をした。

 

 

「…っ!!!あ、ああ。もちろんだ」

 

 

「んでもって…この財宝、欲しいよな?」

 

 

「ほ、欲しい!!もちろんだ!!」

 

 

 一切の逡巡も躊躇すら抱く事なく即答した左豊に、張純は満足そうに頷くとこう切り出した。

 

 

「よしよし、即断即決は嫌いじゃねえぜ?いいぜ?この宝箱ごとそっくりそのままお前にやるし、生きて返してもやる。ただし……条件がある」

 

 

「な、何をすればいいというのだ…!??」

 

 

「何、難しい事じゃねえよ。あんたの仕事って前線の視察って奴だろ?んでもって……袖の下を要求して、受け入れなかった奴を陥れる。まっ、そんなとこだろ?…それをしてくれりゃあ、こいつは即座にあんたの物になる」

 

 

 宝箱を手でたたきながら問いかける張純の言葉に、左豊は思い至る事があったのか生唾を飲み込みながら問いかける。

 

 

「…盧植の奴を陥れる、そう言うことだな?」

 

 

「そう言う事さ。あの女がいなくなりゃあ、官軍の奴らはやる気をかなり無くすだろうぜ?それと…後任の奴にどうしようもねえ奴を任せてもらうように取り計らってくれよ。そうだなぁ…名族意識ってのがひときわ強くて、けど戦とかがてんで駄目な奴とかがいい。出来るか?」

 

 

「………一人、心当たりがある。何とか働きかけてみよう」

 

 

 左豊が答えると、張純は嬉しそうに膝を叩いた。

 

 

「よっし!交渉成立!この宝箱はそっくりそのままあんたにやるし、あんたも生きて出て行ってもいいぜ?おい兄貴、このお方を丁重にお送りしてやりな!」

 

 

「任せときな!さっ、左豊の旦那!お帰りはあちらですぜ!おっと、宝箱を運ぶための下男も用意させましょう!」

 

 

 そうして張純らは左豊を丁重に山塞の外へ送り出し、一方の左豊は宝箱を積んだ驢馬を引く下男を連れて洛陽に向かって旅立ったのである…。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 そして数日後…河北にある官軍の野営地に激震が奔った!!朝廷から派遣された使者が、畏まる盧植に叱責を飛ばしたのだ…!

 

 

「盧植将軍!貴女はここ最近、碌に賊軍の討伐が進んでいないようではないか!!豫州では朱儁将軍並びに皇甫嵩将軍らが潁川の黄巾共を束ねる波才と豫州の黄巾共を束ねる厳政を討ち破ったという勝報が入ってきており、また南陽では南陽黄巾賊の首魁である張曼成の大軍を、袁逢殿のご息女の指揮で劣勢の中でも奮闘しているとか!!それに引き換えこの体たらく!貴殿は官軍の将軍としての責任がないのか!!」

 

 

「そ、それは誤解です…!私達も黄巾賊を討伐する為に全霊を尽くしていますが…新たに頭目となった張挙、張純の兄弟は地の利を熟知しているのか巧みに撤退をして兵の損耗を抑えていますし、徹底した奇襲や夜襲を繰り返して全面対決を避けているようで思ったよりも時間が…」

 

 

 風鈴は必死に事情を説明しとりなそうとしているのだが…使者の答えは拒絶一択だった。

 

 

「この期に及んで言い訳ですかな?前線より帰ってこられた左豊様から『盧植将軍はまともに戦おうとしていなかった』という報告を受けた陛下らが、まさかとお思いになって私をお送りした訳ですが…ここに来てもなお弁明しかせぬとは!」

 

 

「…よく分かりました。盧植将軍、陛下からの命を申し渡す!官軍の将軍に任じられながら責務を果たそうとしない貴公から将軍としての任を剥奪!本来ならば死罪となる所ですが、死一等を免じた上で官職も剥奪!罪人として洛陽に移送させていただく!!連れて行け!!」

 

 

 使者の命を受け、同道していた洛陽からの捕吏が盧植を捕え連れて行こうとする。これに趨靖や藤乃、白蓮や桃香達が必死に押し留めようとした。

 

 

「ま、待たれよ!?将軍は黄巾賊徒の跳梁跋扈を抑え続けてきた!決して討伐の責務を放棄したわけではない!?」

 

 

「その通りです!!そもそも盧植将軍がいなくなっては、誰がここの官軍の指揮を執るというのです!?」

 

 

「今の官軍は風鈴先生がいてこそ機能しているんです!その様な処罰で指揮官の権限を剥奪すれば、士気が下がると分からないんですか!?」

 

 

「風鈴先生を連れて行かないでください!?こんな事…間違っているとは思わないんですか!?」

 

 

 しかし、その必死の説得も使者を止める事は叶わなかった…。

 

 

「これは勅令である!それに否を唱え、止めようとする事は朝廷の意に背く事となり、貴公らも同罪となりますぞ!!それと劉虞様、指揮官についてはすでに他の者を向かわせていますので。では失礼!!」

 

 

 そうして使者は鼻を鳴らしながら本営から出て行き、盧植も捕吏に連れて行かれてしまったのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「風鈴先生!!」

 

 

「…っ、桃香ちゃん」

 

 

 両手を縛られ、囚人服を着させられた盧植が囚人車に載せられて移送される直前、桃香が風鈴の下に駆け付けていた。風鈴もまた格子状になっている隙間から手を出し、桃香の手を掴んできた…。

 

 

「何で…何でこんな事になっちゃうんですか…?先生は将軍としての責任を果たそうと頑張っていたのに…どうして…!?」

 

 

 悔し涙を流しながら言葉を零す桃香に対し、風鈴は困った様に微笑みながら彼女の頬を撫で、涙を指で掬い取りながら語り掛けた。

 

 

「…仕方ないのよ桃香ちゃん。これが、今の『国の現実』なの。清廉実直であろうとすれば…弱い者達に寄り添おうとすればするほどに、そうした事を嫌う人間に謂れのない罪を着せられて処罰されてしまう。…人と言う物は、誰かが成功すればそれを妬み、誰かが失敗すれば陰でそれを喜んでしまう物なの」

 

 

「そんな、そんなの…!」

 

 

 風鈴が悟りきった様な言葉をかけてくるが、桃香は聞きたくないとばかりに首を横に振り続ける。そして……。

 

 

「私……やっぱりこんなの納得できない…!先生、私が何とかして助けて『桃香ちゃん!!』…っ!?」

 

 

 桃香が恩師でもある風鈴を助けようと義妹である鈴々や副将である星を呼ぼうと振り返ろうとして…何時になく怒りの籠った声を風鈴が発した事で体をびくつかせて制止したのである。

 

 

「貴女は何を言っているか分かっているの!?ここであなたがそんな事をすれば、貴女もまた罪人になってしまう!!そうなったら、貴女と共にいる義勇軍の人達や貴女の妹である鈴々ちゃんに副官の星さんも罪に問われる事になる!!そんな事になれば…私は私自身を許せなくなってしまうわ!」

 

 

「けど、けど……!」

 

 

 風鈴の叱責に、とうとう桃香は泣きじゃくって崩れ落ちてしまう。そんな桃香の頭を撫でながら、風鈴は自らも涙を流しそうになるのを我慢しながら教え導こうとした。

 

 

「桃香ちゃん、貴女は優しい子よ。誰が相手でも命を奪うのを良しとせず、手を差し伸べようとする。それはとても素晴らしい事だと思う…。けどね、時には優しさを捨ててでも、戦わなくちゃいけない時だってあるの。私はそれが不安なの…。もし、『何かを切り捨てなくちゃ乗り越えられない様な困難に直面した』時、貴女は優しさを捨てて戦えるのかどうかが」

 

 

「だから…忘れないで桃香ちゃん。自分の夢や理想を叶える為には、時には戦わなくちゃいけないという事を。誰かを傷つけなくちゃ、自分にとって護りたいものも護れないんだってことを…」

 

 

「せ、先生…私は、私は『おい、離れろ!囚人を護送する!!』あっ…!!」

 

 

 風鈴の教え…しかし桃香には、それが『今生の別れ』を告げている様にしか聞こえず、なおも問い返そうとするも捕吏が無理やり彼女を囚人車から引き離す。そして……。

 

 

「出発するぞ!!」

 

 

「あっ…待って!先生、先生ーーーーー!!!」

 

 

 野営地から洛陽に向けて囚人車が出発していき、桃香は必死に声を張り上げて風鈴の名を叫ぶも、彼女は振り返る事は無かった……。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 風鈴が官軍の指揮官を罷免された事で、現場に残された官軍の士気は目に見えて低下した。その後ほどなくして洛陽から新たに官軍の指揮を取る将軍が送り込まれたのだが…。

 

 

「おーほっほっほ!!本日よりこの袁本初が貴方達官軍を指揮し、河北に跋扈する黄巾の賊徒どもを討伐して見せますわぁ!!おーほっほっほ!!」

 

 

 送り込まれたのは如何にも見栄えだけは良さそうな金色の甲冑を纏い、カールを巻いた髪型をしている金髪の女性であり、その言動はどう見ても頼りになるとは思えなかった…。

 

 

「…現地の指揮を任せられている趨靖と申します。では袁紹(えんしょう)殿、貴女の腹案をお聞かせいただきたい。今なお華北に跋扈する黄巾賊…これを討伐して見せると仰ったのです。さぞ名案が浮かんでいる事でしょうな?」

 

 

 彼女の言動と振る舞いに、頭痛がしてきている趨靖であるがこれでも官軍に属する将軍の一人である。ならば黄巾賊を撃破する具体的な方策の一つでもあるだろう。そう思い我慢をしながら問いかけたのだが…。

 

 

「あら?そんなの決まっているではありませんの?『優雅に、華麗に、雄々しく進軍!』これに尽きますわ!(わたくし)達は誇り高き朝廷の官軍!所詮ならず者の集まりでしかない黄巾賊など私達官軍の威風堂々とした進軍を前にしただけで、いとも簡単に瓦解するのは目に見えてますわぁ!おーほっほっほ!!」

 

 

 袁紹の方策……否。方策というのすら馬鹿らしい、ただ『数を頼みの前進』というだけのものを如何にも方策という風に言い放った途端、本営の中は愕然とした空気に包まれる。

 

 

 桃香は新しく来た指揮官である袁紹の、余りにも考え無しな方策を自信満々に言ってくるのに信じられないという表情で絶句し…藤乃は両手で顔を覆い隠し、白蓮は同門であった彼女が私塾時代の頃から何も変わっていない事に呆れて物も言えなかった。

 

 

 そして……現場指揮官である趨靖は彼女の言動を聞いてしばらくの間絶句して固まっていたが、やがて憤然やるせないという感じに怒り狂いながら反論した。

 

 

「ふ……ふざけるなああああああ!!!!貴様それでも官軍に属する将軍か!!何が『優雅に、華麗に、雄々しく進軍』だ!?数を頼みにただ進軍するだけなど、そんな物方策でも何でもない!ただ数を頼みにしているだけの愚行に過ぎぬだろうが!!!」

 

 

「まあ!?私の華麗な方策を、考え無しの愚行ですって!?」

 

 

 趨靖の激怒に袁紹も怒りを見せるが、趨靖はさらに畳みかける。

 

 

「当たり前だろうが!!そもそも敵がどのような布陣を敷いているか敵情視察すらしない、敵の数が多いのならば兵站の位置を特定して奇襲や夜襲といった手段もとらない、向こうが攻めてくるのならば伏兵を敷いて待ち構える事もしないでただ数を頼みの進軍だけしかしない!!はっきり言って貴様は趙括にすら劣る愚将でしかないわ!!」

 

 

 そこまで言い切り、趨靖は息が切れたのか肩で息をする始末…しかし趨靖の言は戦場に立つ者としては考えるべき当然の事だ。敵の情報を探り、敵の数がこちらよりも多いのならば伏兵などを敷いたり、兵站の寸断を行おうと考えるべきなのだから…。ところが…。

 

 

「奇襲?夜襲?伏兵?この私にそんな下賤な事をしろとおっしゃるの?」

 

 

「………………はっ????」

 

 

 袁紹のあっけらかんとした答えを聞いた途端、趨靖は自分の耳がおかしくなったのかと呆気にとられた声を出すしかなかった。

 

 

「だってそうじゃありませんの?奇襲だの夜襲だの伏兵だの…そんな姑息で卑劣な手段で勝とうなんて呆れて物も言えませんわよ?敵が何をしてこようと動じる事無く勇往邁進し、威風堂々とした勝利を飾る!それこそが王者の戦と言う物ですわよ!おーほっほっほ!!」

 

 

 袁紹の自信満々というべき返答が本営に響き渡るものの、これを聞いた白蓮達は………返す言葉もないほどに沈黙するより他なかった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 それから袁紹とその軍師として同行したであろう、眼鏡をかけた茜色の瞳にクリーム色のウェーブの入った長髪をしている女性。そして趨靖が残って作戦を話し合う事となり、桃香達は本営から出て行く事となったのだが…出てきた彼女達の顔色は暗かった。

 

 

「……藤乃さん」

 

 

「…何かしら、桃香さん?」

 

 

「大丈夫なんでしょうか?この戦い…」

 

 

 桃香が不安を露にすると、藤乃も頭が痛いとばかりに顔を顰めながら不安を零し始めた。

 

 

「正直……不安でしかないですよ!何ですかあの人!?『優雅に、華麗に、雄々しく進軍』!?今どきの私塾だとあんな考えしか持たない人しか育たないんですか!?」

 

 

 彼女は怒りを露わにして八つ当たり気味に声を出したのだが、やがて何かに気づくと白蓮の方に顔を向けた。

 

 

「す、すいません白蓮さん…確かあの人って貴方と…」

 

 

「い、いや大丈夫だよ…風鈴先生の私塾に通う前に、別の私塾の門戸を叩いた時に一緒だったかな。けどあいつ、あの頃から全く変わってないよなぁ…」

 

 

「白蓮ちゃんも知ってたんだ…」

 

 

「まあなぁ…けどあいつ、講師達からの覚えは良かったんだよ。あの頃の私塾には曹操もいたんだけど、曹操が革新的な答えや斬新な発想の答えが多い事で講師達から煙たがれていたのに対し、あいつの場合は教科書通りの解答をしてて評判が良かったんだ。それにあいつ、妙に奇襲だの夜襲だの…そう言う手段を卑怯だの下賤だの決めつける事が多くてさ…。『本当に強い軍というのは、奇策だの何だのに頼る事なく威風堂々とあれば如何なる敵にも勝てるのですわぁ!!』とか思いこんでるみたいなんだよ…」

 

 

 白蓮が溜息まじりに応えると、桃香や藤乃は何とも言えない顔をするより他なかった。奇策などに頼る事なく堂々とした戦いをすれば勝てる…それは『理想論』としか言いようがないのだ。戦いの場に出たのならば地の利や天候などをつぶさに調べ、伏兵を潜ませたり敵の兵站を断つ様に考える事こそ必要不可欠なのだから…。

 

 

 そんな時、彼らの前に袁紹が纏っていたような金色の甲冑を纏っている二人の女性が現れた。一人は濡れ羽色のおかっぱ頭をした、鮮やかな赤色の瞳をしている大人し気な空気を纏っているが、背中には重厚な戦槌を背負っている。

 

 

 もう一人は青みがかった緑色の短く切り揃えた髪形をして青いリボンをし、水色の瞳をした勝気そうな雰囲気を纏っており、背中には大剣を背負っていた。やがて戦槌を背負った女性が恐る恐るという感じで話しかけて来た。

 

 

「あ、あの…幽州刺史の劉虞様、ですよね?」

 

 

「ええそうですが…貴方は?」

 

 

「は、初めまして!!麗羽(れいは)さ……ひ、姫様に仕えている顔良(がんりょう)って言います!」

 

 

「あたいは文醜!宜しくなー!」

 

 

 戦槌を背負った女性…顔良が拱手をしながら頭を下げると、大剣を背負った女性…文醜が元気一杯という感じで挨拶をしてきた。

 

 

「ぶ、文ちゃん!劉虞様に失礼だよ!!」

 

 

「えーっ?」

 

 

「い、いえ…別に構いませんが。…成程、貴方達が袁紹殿の配下で名高い二人の猛将ですか。ですが………」

 

 

 そう言うと藤乃は心底頭が痛いという感じに顔を顰め、溜息をついてしまう。それを見た顔良がその原因を思い浮かべたのか、申し訳なさそうに謝罪をしてきた。

 

 

「あっ、その……ひ、姫様が本当に申し訳ないです!姫様また言ったんですよね?『優雅に、華麗に、雄々しく進軍』って…。真直(まぁち)さんが何とか諫めてくださると思うんですが…」

 

 

「あー、それで頭が痛そうにしてたのかぁ…まあ、姫はいつもあんな感じだしなぁ。けど安心してくれって!あたい達二人もいるし、そこにいる…そうそう、劉備だっけ?あんたのとこの義勇軍に腕の立つ奴がいるんだろ!?そいつらと一緒になって戦えば何とかなるって!!」

 

 

 一方の文醜は困ったという感じに頭を搔いているのだが、どうにも楽天的な感じらしくこれから起こるであろう戦いに一分の不安も抱いていなさそうだった…。

 

 

 その後桃香達を迎えに来た鈴々と星と出会った文醜が彼女達と会話を交わした事で互いに心を許したのかそれぞれに真名を預けるなど互いの距離感が縮まりはしたのだが、やはり心中に現れた不安は拭えないでいた…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 黄巾賊の残党を糾合した張兄弟が割拠する山塞、その一室で張純は地図を睨みつけながら知らせを待っていた。やがて…足音を立てながら兄である張挙が入って来た。

 

 

「おーい張純!待たせたなぁ!」

 

 

「声が大きいぞ兄貴。…知らせが入ったか?」

 

 

 張純が問いかけると、張挙は満面の笑みを浮かべて応えた。

 

 

「おおっ!流民に扮した仲間から情報が入ったぜ!官軍の指揮官だった盧植の奴は罪人として収監されたみたいだぜ!!後任には袁紹って言う奴が来たみたいだが…これが数を頼みの進軍しか出来ねえみたいで現場指揮官の趨靖と口論してるって話だ!」

 

 

 張挙がそう報告すると、張純は片手を握りしめると嬉しそうにガッツポーズをしていた…!

 

 

「よっしゃあ…!あの宦官の旦那、やってくれたみたいだな。これで官軍の奴らに一泡吹かせられるってもんだ…!」

 

 

「一泡って…勝てるのかよ?」

 

 

 張挙がそう問いかけると、張純は満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

 

「ああ勿論だ兄貴!とは言え…この一戦だけだけどな。多分この後に朱儁だのそう言う連中が来て終わりって奴だろうよ。そうなったらよ…覚悟、決めてくれるか?兄貴」

 

 

「…っ!当たり前だろ?弟を死なせてみすみす生き延びるつもりはねえぞ?」

 

 

 張純の何時になく穏やかな表情を見た張挙もまた、覚悟を決めて宣言をしたのだが…次の瞬間不敵な笑みを浮かべて応えた。

 

 

「安心しろって!うまく生き延びるつもりだっての!黄巾賊に肩入れはしたけど、あの嬢ちゃん達の事は嫌いじゃなかったからな…生き延びれたらあの嬢ちゃん達の付き人になろうぜ!」

 

 

「よっしゃあ!気を引き締めっか!…ンで、こっからどうすんだ?」

 

 

「おう!策は立ててある!まず……」

 

 

 そうして兄弟はこの一戦において、官軍に一泡吹かせる為の作戦を練り始めた…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 数日後…官軍は袁紹の指揮の元、張兄弟が籠る山塞に向かって進軍を始めた。…………数を頼みにした、威風堂々な進軍で。

 

 

 あれから官軍の指揮を執る事になった袁紹と現場指揮官の趨靖は何度も黄巾に対する作戦を話し続けはしたのだが…平行線でしかなかった。敵情視察を行い、敵の備えを見破るべきと趨靖が口酸っぱく諫言して翻意させようとしても…。

 

 

ー何故そんな泥臭い作業を行わねばなりませんの?

 

 

ー優雅に、華麗に、雄々しく、威風堂々と進軍を行い、敵がどのような備えをしていようが踏み破ればいいだけですわ!おーほっほっほ!!

 

 

 …と袁紹は譲ろうとせず、なおもやめさせようと諫言しようとした趨靖と、話を聞いた白蓮、藤乃ら対し。

 

 

ーまったく!そんな怯懦に塗れた精神で戦えると思っているんですの!?それならわが軍の後方を付いてくればいいですわ!!

 

 

 …そう言って話を打ち切ってしまい、その結果趨靖と藤乃、白蓮と桃香達義勇軍は軍の最後尾を付いていくだけと言う有様になったのである。

 

 

「…願わくば、張兄弟の奴らが我々を侮ってくれることを祈るばかりだが…っ、情けない!風鈴様から預かった将兵が、無駄死にするかもしれないのを止める事も出来ないとは!!」

 

 

快祢(カイネ)様、諦めてはなりません。軍の最後尾に回された事がせめてもの救い…!敵が策謀を練って待ち構えていたのなら、一人でも多くの将兵を救うのです!」

 

 

「それしかないな…桃香、それでいいな?」

 

 

「……う、うん」

 

 

 趨靖こと快祢が袁紹の暴走を止められなかった事に慙愧の念を覚える中、藤乃は考えを切り替えていた。袁紹の暴走を止められないのであれば、敵の策謀に絡めとられた直後に駆け付ける事で一人でも多くの将兵を救うより他にないと…。

 

 

 これに白蓮も全面的に同意して桃香にも同意を求めたのだが…彼女の方は頷きつつもその心中は複雑だった。出来うるなら犠牲を出す事なく助けたいと思う桃香にとって、『犠牲が出るのは仕方ない』というのがどうしても納得できなかったからだ…。

 

 

 そんな彼女の心中を悟ったのか、藤乃が厳しい言葉を投げかけた。

 

 

「桃香さん、覚悟を決めなさい!!ここで手を拱いていては、救える命も救えなくなってしまうんですよ!?」

 

 

「っ!?は、はい…」

 

 

 藤乃の叱責に桃香は体をびくつかせてしまうものの、何とか頷く事となった…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 その頃前線において、袁紹率いる官軍は現時点では優勢となっていた。彼女の言う『優雅に、華麗に、雄々しく進軍』…そんな馬鹿げているとしか言いようのない命令にも何とか従ってその様に進軍していたのだが、それが返って功を奏したのか、威風堂々とした軍勢を見た黄巾賊の者達は踵を返して逃走し始めたのである。

 

 

「おーほっほっほ!!御覧なさいな真直さん!所詮賊などわが軍の進軍の前には塵芥でしかありませんわよ!!おーっほっほっほっほ……!!」

 

 

 賊軍が逃げ惑う光景を見た袁紹がすっかり上機嫌になって高笑いをしているのだが、軍師として同行している田豊(でんぽう)の方は不安が拭えなかった…。

 

 

「そ、そうですね麗羽様…(とは言うけれど…どう見ても黄巾賊の逃走、演技にしか見えないわ…。何とかここで後続と足並みを揃える様に…)『さあ真直さん!引き続き全軍前進しますわよ!』ま、待ってください麗羽さ…!?」

 

 

 しかし彼女の制止が聞こえなかったのか袁紹が再び全軍前進の命を下そうとし、これに田豊が慌てて止めようとしたのだが…前線から知らせが届いた。

 

 

「え、袁紹様!逃げ去った賊軍の陣地に何やら立札がいくつも建てられていました!何かが書かれているらしく、いくつか持ってきましたが…」

 

 

「立札ですって?ふっ、どうせ悔し紛れの負け惜しみでも書いたのでしょう?どんな事を書いたのか見てやりますわ!」

 

 

 袁紹はそう言うと前線に立てられており、持ってこさせた立札を手に取って眺め始めたのだが……少し経つと体を震わせ始め、その顔も憤激に染められ始めた。

 

 

「れ、麗羽様…!?如何なさいましたか!?」

 

 

 そのただならぬ様子に田豊が問いかけをするのだが、次の瞬間袁紹は持っていた立札を地面にこれでもかという勢いで地面に叩きつけたのである。

 

 

「こ、この…名門袁家の血を引く私ばかりか、我が一族の御先祖様達の事すらも愚弄するなど!万死に値する所業ですわ!!もはや許す事など出来ません!!真直さん!全軍に全速力で逃げた賊徒どもの追撃を命じなさい!!」

 

 

「!?ま、待ってください麗羽様!!これはどう見ても私達を誘い込む罠でしかありません!みすみす死地に飛び込むなど危険すぎます!?今は後続と合流して慎重にならねば…」

 

 

 だが、田豊の必死の諫言も袁紹には届かなかった…。

 

 

「必要ありません!あのような無礼千万な賊徒どもなど、私達の軍だけで十分ですわ!!皆さん!優雅に、華麗に、雄々しく進軍を開始しなさい!!」

 

 

 袁紹は田豊の諫める言葉も切り捨てると、全軍に指示を飛ばし追撃を開始したのである…打ち捨てられた立札、そこにはこう記されていたのである。

 

 

ー猪みたいに突っ込む事しかできない馬鹿将軍

 

 

ーあんなのを見て俺達が逃げてると、俺達に勝ってると思っているなら目が腐ってんだろ?

 

 

ーこれなら盧植の方がずっと手ごわいし厄介だった

 

 

ーあんなのが袁家の一族を名乗るなんて、御先祖が草葉の陰で泣いてるな

 

 

 …後に急報を聞きつけて駆け付けた藤乃達が打ち捨てられた立札を拾って読み上げると、藤乃は愕然として、天を仰ぐより他なかった。

 

 

「…孫子において、軍を率いる大将に据えるのに相応しくない人物がいるとされています。即ち『五危』と言って『必死は殺さるべきなり、必生は虜にさるべきなり、忿速(ふんそく)は侮らるべきなり、廉潔(れんけつ)は辱しめらるべきなり、愛民(あいみん)は煩わさるべきなり』と言われており、この様な人間が将として軍を率いると軍が壊滅したり、将が命を落とすという事態を生むから用いるのは良くないという事です。…袁紹殿は、この忿速に当てはまるのでしょうね」

 

 

「多分な……藤乃、もしお前が敵の立場だったらどうすると思う?」

 

 

 藤乃の呟きを聞いた白蓮も当然だと思い同意をしたが、すぐに敵の狙いが何かを問いかける。これに藤乃も即座に答えた。

 

 

「…張兄弟が根城にしている山塞に続く道は、両端が切り立った崖になった谷間になっています。あの兄弟の事です。恐らく行き先を木石で塞いで足止めをし…軍の大半が谷間に入った直後に出口を塞いで集中攻撃をする、という所でしょうか?」

 

 

 藤乃が分析をすると、快祢もまた重々しく頷いた…。

 

 

「…間違いなくそうなるだろう。そうなれば同行している軍の将兵も多くが死ぬことになる…!」

 

 

「そ、そんな……早く行かないと!!」

 

 

 桃香もいずれ起こるであろう最悪の事態が想像できたのか、顔面蒼白にして急ぎ駆け付けようと声を挙げた。

 

 

「もちろんだ…!白馬義従、用意はいいか!?気が乗らないかもしれないが、麗羽に付き合わされてる盧植殿の将兵を一人でも救うんだ!!」

 

 

『はっ!!』

 

 

 白蓮が自身が率いてきた軍勢…乗騎が白馬で統一された騎馬軍勢である『白馬義従』に声をかけると、皆喚声を上げてこれに応えた。そうして、後続の軍団は直ちに救援に駆け付ける事となる…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 一方…憤激のままに猛然と賊軍の追撃を行っている袁紹達は、藤乃の読み通り張兄弟が拠点としている山塞に通じる谷間の道に入っていた。

 

 

「おーっほっほっほ!!所詮賊軍などこの程度でしかないですわ!!一思いに捻り潰してやりなさい!!」

 

 

 袁紹の指揮の元、猛然と谷間の道を進軍していく官軍…だがその進軍は、唐突に停止した。

 

 

「な、なんですの!?何故停止するんですの!?」

 

 

 突如として進軍が停止した事に袁紹が動揺する中で、前方からの伝令が袁紹の下に駆け付ける。

 

 

「え、袁紹様!この先の道が木石で封鎖されています!!退かさなければ進軍はままなりません!!」

 

 

「ならとっとと撤去しなさいな!?」

 

 

 袁紹が兵士にそう命じるのだが、一方の田豊は自分達が取り返しのない死地にいる事に気づき再び諫言を始める!

 

 

「……麗羽様!ここは引き返しましょう!!」

 

 

「真直さん!?あなたまで何を言ってるんですの!?私達の進軍を見て逃げまどっている賊軍どもが何をしてこようが、私達の軍の勝利は揺るぎようが『ここは死地なんです!!出口を塞がれたりしたら、逃げ場も無くなるんですよ!?』なっ……!?」

 

 

 田豊の必死の説得…それがここに来てようやく功を奏した。彼女の何時になく必死な形相を見て、袁紹は漸く周囲を見回し始め、そうして自分のいる場所が周囲を崖に挟まれている、大軍を率いる自分達の方が身動きの取れない場所である事を悟ったのである。

 

 

 相手の侮辱という挑発に乗ってしまい、むざむざと罠に飛び込んでしまった…袁紹は自分が取り返しのつかない失敗をした事に気づいたが、既に遅かった…!突如として後方から重い物が落ちた様な轟音が響き渡り、後方の兵士が伝令として駆け付けたのだ…。

 

 

「ほ、報告―!??わが軍の後方、谷間の道の出口が木石で封鎖されましたぁ!??」

 

 

 そしてその直後…頭上の崖の所に歓声と共に黄巾の旗が一斉に掲げられ数百数千の黄巾賊の軍勢が現れたのである。

 

 

「はっはっは!!よもやここまでうまくいくとは思わなかったぜぇ!!よっしゃあ兄貴!!攻撃を開始してくれ!!」

 

 

「おうよ!!てめえら、弓矢を放て!石や丸太を投げつけろ!!連中を一人残らずぶっ殺してやれ!!」

 

 

 自分の計画が予想以上に上手く行った事に、破顔一笑という感じになっている張純が兄である張挙に指示を飛ばすと、張挙も頷いて部下達に攻撃開始を命じる。

 

 

 そして…黄巾賊の将兵はそれぞれに矢を放ち、用意した石や丸太などを次々と谷底にいる官軍に降り注がせたのである。

 

 

 降り注ぐ矢の雨に貫かれる、石で頭をかち割られる、転がり落ちてくる丸太の下敷きになる…そうして谷間に響き渡るのは官軍の将兵達の阿鼻叫喚である。官軍の将兵も必死に抵抗しようとするのだが、急勾配の崖はとてもではないが昇る事も出来ないし、矢を射放っても高い場所にいる黄巾賊には僅かな流れ矢ぐらいしか届かない…!

 

 

「だーっはっはっは!!張純見ろよ!!連中面白いように倒せてるぜぇ!?」

 

 

「見りゃわかるぜ兄貴!!よっし…仕上げと行こうじゃねえか!!」

 

 

「任せときな!!野郎ども、用意は出来てるな!?」

 

 

 張挙が黄巾賊の賊兵らに声を投げかけると、兵士達は用意してあった沢山の甕を谷底にいる官軍に投げつけ始める。降り注ぐ甕に直撃した官軍も命を落としたりするのだが、その中から割れ出た液体から漂う臭気を嗅ぎ取った兵士が絶望の悲鳴を上げる。

 

 

「こ、これ…油だああああ!??」

 

 

「何だと!?まさか…火攻めをしようってのか!?」

 

 

「に……逃げろおおおおおおおお!!!!」

 

 

 その途端官軍の将兵はもはや戦おうとする意思すら喪失し、逃げ惑うだけの暴徒と化してしまう…!悲鳴を上げて逃げまどい、時には倒れた仲間を踏み潰したりして出口である後方へ逃げ去ろうとする。もはや、軍の体裁すらなしていなかった…!

 

 

「こ、こら!?静まりなさい!?こんな事で取り乱すんじゃありませんわぁ!??」

 

 

 その有様に袁紹が必死に声を張り上げて落ち着かせようとするも…全く意味をなさなかった。

 

 

「麗羽様駄目です!?完全に軍は崩壊しています!!」

 

 

「こりゃ拙いなぁ…斗詩(トシ)、あたい達で道を切り開きに行くぜ!!」

 

 

「それしかなさそうだね…うん、文ちゃん!真直さん、麗羽様を頼みます!!」

 

 

 この惨憺たる有様を見た袁家の二枚看板たる猛将二人は、即座に行動に移った。斯くなる上は後方、退路を塞いでいる巨岩や巨木を破壊して逃げ道を確保するより他ない!!火攻めが始まってしまえば待っているのは『死』だけなのだ…それに後方にいた藤乃や白蓮と言った者達もきっと退路の確保を行おうとしているはずだ!!

 

 

 そうして馬を走らせて後方に向かっていく顔良と文醜の二人…しかし、崖の上では張純が火矢を弓に番え、今にも放とうとしていた!!

 

 

「あばよ官軍共、精々苦しんで逝きな………って、あん?」

 

 

「お、おい?どうしたってんだ張純!?なんで火を放たねえんだ?!」

 

 

 ところが、いざ火矢を崖下に射放とうとした張純の手が止まってしまう。これに兄の張挙が目を丸くして問いかけるも、張純の目は上空に向けられていた。

 

 

 …異変は急に起こった。先ほどまで雲一つないぐらい晴天だった空がにわかに掻き曇ったかと思った瞬間、凄まじい土砂降りとなって襲い掛かったのである!

 

 

「は、はああああ!??あんだけ晴天だったってのに何でこんな急に天気が崩れるってんだ!?嘘だろ!?」

 

 

「こ……これじゃあ火攻めが出来ねえ!くそっ!あの袁紹って奴、悪運が強いみてえだな…!?」

 

 

 この突然の天候の変化に張挙は驚きを隠しえず、張純の方は自身が練り上げた策略が不完全燃焼で終わってしまった事に歯ぎしりをし、官軍を率いていた袁紹の悪運に感嘆するより他なかった。だが、その直後に出口側の方で攻撃を仕掛けていた黄巾賊の賊兵が駆け付けて来た。

 

 

「張純様!出口側に官軍の後続部隊が到着!!塞いでいた巨岩や巨木の撤去を始めているみたいです!?それにその後続部隊の中にいた、白馬だけの騎馬軍団とそれを率いていた将軍が回り込んで崖の上に乗り込もうとしているようです!!」

 

 

「ちっ…ここらが潮時か。兄貴、退くぞ!!」

 

 

「も、もう撤退すんのか!?」

 

 

 張純が即断すると、張挙が弟の決断に異を唱えるも…張純の意志は固かった。

 

 

「企みは不十分に終わっちまったが、これ以上時間をかけてりゃ俺達の方が背後を襲われかねねえよ!なーに!官軍の奴らの大半を叩き潰してみせたんだ!戦果としちゃ上々よぉ!!」

 

 

「…よし分かった!野郎ども引き上げだ!ぐずぐずしてると置いてくぞ!!」

 

 

 張純の冷静な分析に、兄の張挙も頷くと兵士らに命令を下し、向かいの崖にいる賊軍にも旗を振って撤退をする様に合図を送ったのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ……こうして、河北における官軍と張兄弟率いる賊軍との戦いは新たに官軍を率いる事となった袁紹の致命的な失態による、官軍の惨敗という形で幕を閉じる事となった。官軍の被害は幸いな事に全滅とまではいかなかったものの、大半の将兵が死傷すると言う有様であった…。

 

 

 その後も張挙、張純率いる賊軍は袁紹率いる官軍に対し直接戦闘を避け、奇襲や夜襲と言った手段を取り続け、官軍を疲弊させていく事になり、官軍側の被害は日に日に増えていく事に…。そしてそれによって生み出される戦場の光景は、桃香の心に傷となって刻み込まれる事となったのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 中原や河北で黄巾の乱が巻き起こっている頃、壮也は荊州を超えて益州の地に足を踏み入れる。そこで出会ったのは、益州で研鑽と賊軍との戦いに励む若武者達だった…!続きは次回の講釈で。




オリジナル武将紹介


『趨靖』(容姿、性格はキングダムのカイネを参考にしました!)


 官軍に属する将軍の一人。得物は双剣。一時期朱儁の副官として戦場を駆け巡り、彼から用兵の術を学んだ。現在の漢朝において数少ないと言える良識ある将軍の一人であり、黄巾の乱においては盧植の副官として華北における黄巾賊の討伐に当たっていた。


 しかし左豊の讒言によって盧植が将軍としての職を失い、袁紹が将軍となったもののそのバカげているとしか言いようがない指揮に反発し、翻意させようとするも聞く耳を持ってくれなかった…。


 正史においても黄巾の乱に参加した官軍の武将。義勇軍として参加した劉備を従軍させて共に乱の鎮圧にあたった。


『張純』


 黄巾賊の騒乱に乗じ、兄である張挙と共に河北における賊軍を率いる事となった元中山太守。


 屈強な体格を持った兄に比べ小柄な体格をしているが、兵法書などを熟知しており、兵を率いる事に長けている。また黄巾賊に加担はしているものの、天和達張三姉妹の掲げる理想に心中では兄共々共感しており、幽州や冀州などで起こった黄巾賊の略奪には参加していなかった。


 官軍の指揮官となって討伐に来た盧植の事を強敵と認識しており、同時に自らの手足として黄巾賊を纏め上げる為に、その頭目であった程遠志と鄧茂の両名を故意に差し向けて戦死させ、頭を失った黄巾賊を即座に接収して兵力としたり、盧植に賄賂を要求した左豊に黄巾賊が略奪した財宝を差し出す事で彼女の失脚を狙うなど抜け目のなさを備えてもいる。


 正史では黄巾の乱の後に起こった『張純の乱』の首謀者。自らを『弥天安定王』と称し、烏桓大人の丘力居と共に挙兵。10万近くに及ぶ規模の軍勢を率いて青州・徐州・幽州・冀州などを荒らしまわった。


『張挙』


 弟である張純と共に黄巾賊に合力していた賊将。屈強且つ恵まれた体格を持つ大男であり、大刀を得物とする。


 膂力こそあるものの知恵はそれほどでもなく、本人もそれを理解し弟である張純の事を全面的に信頼してその手足となる事も厭わない。また豪放磊落と言える性格でもあり、程遠志と鄧茂の両名を失って狼狽する黄巾賊を纏め上げて見せた。


 弟と同じく黄巾賊に合力してはいるものの、心中的には張三姉妹達の理想に共感しており、官軍との戦いに敗れたのなら死んだ事にして姿を晦まし、付き人になりたいと思っているほど。


 正史において張純と共に『張純の乱』の首謀者になった人物。自らを『天子』と名乗り、一時的に幽州の葪を攻略し、青州・冀州・幽州に派遣して、これらの地を一時席巻した。
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