真・恋姫†無双~転生記~   作:ふかやん

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 どうも…このところ時間が取れなくて中々投稿が出来ず申し訳ないです。

 何とか完成したので投稿しようと思います。


前触れ

 事の始まりは徐岳の元に、壮也からの手紙が届く数週間前に遡る。

 

 

【河東郡陽県近辺】

 

 

 陽県の町からは遠く離れ、并州方面に向かう方向に広がっている荒野。そこでは陽県の町を襲撃しようとしていた数十人もの盗賊達に周囲を囲まれるも、互いに背中を預け合う一組の男女がいた。それぞれに得物を構えており、黒髪を靡かせる琥珀色の瞳をした女性は龍の装飾が目を引く大薙刀を。そして黒の短髪に濃紫色の瞳を持つ青年は一方に長剣並みの長さを持つ斧の刃が、もう一方に引っ掛ける事を目的にした小型の刃が取り付けられ、中央の部分に紋様が描かれているのが特徴的な大戦斧を構え、眼前で刀槍を構えながらこちらの隙を窺っている盗賊を一瞥していた。

 

 

 だが盗賊たちは襲おうとしない。数の利はこちらにあるにも拘らずにである。その理由は至極簡単、『囲んでいる相手が、この人数差であっても軽々と一蹴できるのを知っているから』である。やがて大戦斧を構えた青年がポツリと呟いた。

 

 

「やれやれ……いつまでたっても襲いかかろうとしないな。嬲り殺そうとしているのが手に取る様に分かって嫌になる」

 

 

「全くだな。さて……どのように蹴散らすとしようか、壮也?」

 

 

「そうだな…愛紗、どちらが多く倒せるか競ってみないか?ただ倒すだけと言うのも芸が無い様に思うのだが」

 

 

「競うだと?……あはは!この状況でそんな口を聞けるならまだまだ余裕がありそうだな!よし…その誘い、乗らせてもらおう。私が勝ったら何をしてくれる?」

 

 

「そうだな…昼餉を振る舞おう。それでいいか?」

 

 

「ああ、それでいいだろう。壮也…手加減などはしてくれるなよ?」

 

 

「そんな失礼な事をするつもりはないさ。さて……待たせたな賊どもよ!お前達に恨みはないし、その身の上には同情もする。だが…だからと言って他者の糧や命を奪っていい理由にはならん。故に……俺達は全力でお前達を叩き潰させてもらおう!!我が名は河東の住人、徐芳明!お前達を討つ者の姿、その瞳に焼き付けて散るがいい!!」

 

 

 青年…徐芳明が大戦斧を手に高らかに名乗りを上げるのと同時に、大薙刀を構えた女性も名乗りを上げた。

 

 

「同じく河東の住人、関雲長!!我が故郷たる河東の地に住まう民草を護る為、我が刃を以てお前達を討たせてもらう!死にたくなくば退くがいい!!」

 

 

 二人が名乗りを上げたのに対し、数で勝っている筈の盗賊たちはすっかり戦意を喪失してしまい、もはや烏合の衆となり果てていた。

 

 

「せ、戦斧の勇士と黒髪の女傑が相手だなんて…」

 

 

「だ、駄目だ!?俺達で敵う訳がねえ!?」

 

 

「び、ビビるんじゃねえ!?こっちは数の差で圧倒的に有利なんだ!!押し包んじまえええええ!!!」

 

 

 弱腰になり怯えだした手下たちに対し頭目は叱咤して剣を二人に向かって振り下ろして号令する。これに賊達も一斉に襲いかかった。それがどれほど愚かな決断なのか分かる事なく……。それを見た二人は()()()()()()()()笑みを浮かべると、どちらともなく弾かれた様に敵中に飛び込んだ。

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 そこからは正に蹂躙と言う言葉がありありと出た戦いぶりだった。

 

 

「フッ!」-ビュンッ!

 

 

「ぶぎ…っ!??」

 

 

「エイヤッ!!」ーズガンッ!!

 

 

「うぎゃああああっ!??」

 

 

 関雲長と名乗る少女が自らの大薙刀を振るう度に賊の首級が面白いように宙を舞ったかと思えば、徐芳明と名乗る青年が自らの大戦斧を地面に叩き付けると、叩き付けた戦斧の近くにいた者は手足が千切れ、血飛沫と臓物を撒き散らしながら吹き飛んで行った。しかもこの二人は尋常ではない連携を取っていた。

 

 

「っ!愛紗、屈め!!」

 

 

「っ!!」-ガバッ!

 

 

―ブオンっ、ザシュッ!!

 

 

「ぐばあああっ!?」

 

 

 壮也の言葉に愛紗が屈んだ瞬間、その上を通る様にして振るわれた大戦斧が彼女の後ろから襲いかかろうとした賊を吹き飛ばした。そしてその直後。

 

 

「壮也、跳べ!」

 

 

「応っ!」-バッ!

 

 

ービュンッ、ブシュウウッ!!

 

 

「ぎ、ぎゃあああああっ!?」

 

 

 愛紗の言葉に応える様にして壮也が上に跳んだ直後、その足元を薙ぐ様にして振るわれた大薙刀が壮也の後ろから近付いてきた賊の足を悉く切り飛ばしていた。そして着地した壮也が即座に振り向きながら相手を討ち倒すとそのまま再び背中合わせになって得物を構え、賊達を睨み付けた。

 

 

「大丈夫か、愛紗?」

 

 

「ああ、私の方は大丈夫だ。壮也の方は?」

 

 

「この通り、五体満足って奴さ」

 

 

「ははっ!そうでなくてはな、其方は如何ほど倒した?私は100人ほど倒したが」

 

 

「俺も100人だ。残るは頭目を含めれば50人ほどか……愛紗、こうなったら賊の頭目を先に討った方を勝ちとしたいがどうだ?」

 

 

「そうだな……ああ、乗らせてもらう。では先手は行かせてもらうぞ!!」-ダッ!

 

 

「先を行くか。なら、追いつくまでだ!!」-ドンっ!

 

 

 そう言うが早いか、愛紗は眼前に立っていた賊達をまるで草刈りをするかのように大薙刀を振るって斬り進んでいった。これに対し壮也も後を追う様にして大戦斧を以て大地を砕くかのごとき勢いで猛進して行った。

 

 

「ひいっ!?く、来るんじゃねえ!?」

 

 

 二人の狙いが自分である事を悟った賊の頭目は狼狽えながらも部下が持っていた短弓をひったくる様にして取るとそのまま馬を走らせながら次々と矢を射放った。どうやらこの頭目、匈奴や鮮卑と言った五胡の騎馬民族出身らしいのか騎射の技を身に着けていたらしい。だが……。

 

 

「せいっ!」-パシパシパシッ!

 

 

「やっ!」-パシパシパシッ!

 

 

 当の二人はそれを小枝でも掃うかのように自らの得物で斬り落とした。そしてその光景に思わず馬を止めた頭目に近づくと……。

 

 

「セイヤッ!!!」-ブンッ、グシャッ!

 

 

「う、うわあっ!?」-ドサッ!!

 

 

 まず壮也が大戦斧を以て頭目が乗っている馬の頭蓋を叩き潰して馬を落とした。そして……。

 

 

「おおおおおっ!!」

 

 

「やあああああっ!!」

 

 

「う、うわあああああああああああ(ザシュッ!!)あがっ!?」

 

 

 落馬してもがきながらも漸く立ち上がろうとした頭目の目に映ったのは……自身の首を刎ね飛ばさんと大戦斧と大薙刀を振り抜こうとする青年と少女の姿。そしてその直後首から大量の血飛沫を吹き出させている自らの体を見下ろすのを最後に、賊の頭目はその生涯を終えた。

 

 

「か、頭あっ!?」

 

 

「だ、駄目だあっ!?頭がやられたんじゃ俺らに勝ち目はねえ、逃げろおおおお!?!?!?!」

 

 

 そして頭目がやられたのを間近で見てしまった賊の残党達はたちどころに戦意を失い、蜘蛛の子を散らすかのようにして四散していった……。

 

 

「なっ、待て!…くそっ、逃げ足だけは早い連中だ」

 

 

「まあ、賊と呼ばれる連中は頭を失えば脆い物だからな。これだけ叩き潰したからそう易々とこの辺りで略奪をする事は無いだろう。一応この辺りまで見回りをしておく必要はあるだろうけどな」

 

 

「そうだな……しかし、賊の頭目を討ちはしたが、この場合どちらが勝ちなのだろうな?」

 

 

 愛紗の疑問に壮也は眼下で骸となった賊の頭目を見たが、全く同時に刃に掛けた為勝敗を決めるのは難しかった…。

 

 

「う、うーん……確かにほぼ同時に首を刎ね飛ばしたからな。…今回は俺の負けでいいよ。さあ、町に帰るとしよう」

 

 

「そうか?ならば謹んで受けるとしよう。来い、赤雲(チーウン)!」

 

 

黒風(ヘイフォン)、帰るぞ!!」

 

 

 愛紗と壮也が誰かの名を呼んで口笛を吹くと、離れた場所にいたのだろうか?彼らの元に燃え盛る焔の様な真紅の毛並みをした駿馬と、夜の闇を切り取ったかのような漆黒の毛並みをした駿馬が駆け寄ってきた。真紅の駿馬……赤雲は愛紗の元に。そして漆黒の駿馬……黒風は壮也の元に駆け寄ると嬉しそうな感じで首をなすりつけた。

 

 

「では行くと……?壮也、何をしているのだ?」

 

 

 赤雲に跨った愛紗が腑に落ちないという感じで問いかけた先では、かなりの大きさの坑を掘った壮也が討ち倒した賊の骸を抱えると、その坑の中に横たえている光景だった。

 

 

「ああ、弔ってるんだよ。愛紗もよければ手伝ってくれるか?」

 

 

「……壮也、何故そいつらを弔う必要がある。そいつらは賊なんだぞ?己の我欲の為に他者の命や糧を奪う者達……命を落としたのも自業自得と言う物だ。野晒しにしておいても……」

 

 

 愛紗は不満と怒りを宿した声で意見したが、すぐさま壮也の指摘が返ってきた。

 

 

「……生ある者、いつかは死ぬ時が来る。それは望む物であったりもすれば、望まぬ物でもあったりするだろう。死ねば善人も悪人もない、それが皇帝であれ賊徒であれな。なら死者を弔うのに理由なんて要らないだろう?まして己の手で殺めたのであれば、己の手で弔いたいと思うのは間違っているのか?…愛紗、お前の賊に対する想いは分かっている。けれど……」

 

 

「…そう、だな。分かった、私も手伝おう」

 

 

 そう言って愛紗は下馬すると賊の骸を坑の中に運び入れ始めた。それを見て壮也は頷くとまた作業を再開した。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 程なくして全ての骸を運び入れた二人は土をかけて坑を埋めた。そうして埋めた坑の目の前で手を合わせて祈り初めた壮也と愛紗だったが、やがて愛紗がポツリと言葉を漏らした。

 

 

「…壮也、お前の思っている事は私にも分かる。いつまでも恨みや憎しみを持ち続けているのが間違いだという事も。だが、それでも私には……」

 

 

「分かってるさ愛紗。憎しみを全て捨てろとは言わない、でも分かって欲しい……憎しみや悲しみは、どこかで断ち切らなければ前に進む事は出来ないんだという事を」

 

 

「…ああ」

 

 

「………それじゃあ行こう。村長たちも首を長くして待ってる」

 

 

「ああ!」

 

 

 そうして壮也達は自らの騎馬に跨ると、自らの郷里たる陽県に向かって馬を走らせた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 河東郡。中国・漢代に都が置かれた長安・洛陽及びその周辺一体である司隷州にある五つの郡の一つである。その河東郡に含まれる陽県の街並みは都・洛陽にも近いからか旅人や商人の往来が多く栄えていた。その陽県の町から少し離れた郊外にある、鍛冶場と隣接しているほどほどの大きさの邸宅。そこが壮也……徐来の生家である。そこで壮也は愛紗に肉まんや青椒肉絲、麻婆豆腐などを作って彼女に振る舞った。

 

 

「……ふむ、とてもおいしいぞ壮也。しかし…女であるこの身としては、お前よりも料理の腕が劣っていると思うと気が滅入ってしまうな」

 

 

「愛紗だってしっかりと学んでいけばちゃんとした料理が作れると思うぞ?気を落とすよりもまずは鍛錬をするべきさ」

 

 

「そうだな…ありがとう、元気が出て来たぞ。ところで、その机に乗っているのは香風からの書状か?」

 

 

 愛紗が自分達が食事で使っていた卓とは別の机に乗っている手紙の事を聞くと、壮也はこれに頷いた。

 

 

「ああ。書状では香風は頓丘県の県令になった曹操殿の臣下になったらしい。一度父上たちを紹介したいから来てほしいと書いてあったよ。俺は家を離れる訳にはいかないから留守番を担ったけどね」

 

 

「そうか。……伝え聞いた噂では曹操殿の元に『天の御遣い』なる人物が臣下に加わったらしい。壮也…もはや漢の凋落は止められないのか?」

 

 

 愛紗が辛そうな表情をして問いかけると、壮也は首を重苦しく横に振って言葉を漏らした。

 

 

「『大陸が争乱に包まれんとする時、輝く服を身に纏った御遣いが現れ、世を泰平に導くだろう』…天の御遣いが現れたという事は、この天下はいつ争乱が起こってもおかしくはない。そして今の漢王朝にそれを止める力はないと俺は思っている。この先……そう遠くない内に漢王朝は斃れ、乱れた世を治めようと英雄達が干戈を交える乱世になるだろうな」

 

 

「…そうか」

 

 

「ほら愛紗、あまり重苦しい話をしても腹は膨れないぞ?生憎手の込んだ料理じゃないけど、味はいいと自負してる。温かいうちに食べてくれよ」

 

 

「……それもそうだな、では遠慮なく戴くとしよう」

 

 

 そう言って愛紗は再び目の前の卓に載っている料理に箸を伸ばし、壮也も後に続いた。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 壮也の生家の傍に隣接するように建つ鍛冶場。食事が終わった二人はそのまま鍛冶場に赴き、壮也は自身の得物である大戦斧と愛紗の得物である大薙刀の手入れを行い始め、愛紗はそれを眺めていたが、やがて愛紗はふと問いかけた。

 

 

「…もはや徐岳殿を超えたのではないか、壮也?」

 

 

「いきなりどうしたんだ愛紗?そんな突拍子もなく」

 

 

 手入れの手を休める事無く聞き返した壮也に愛紗は畳み掛ける様にして言葉をつづけた。

 

 

「だってそうではないか?香風の得物として造った霞切りをそうだし、お前が作った数々の武具も逸品と言って然るべき物ばかりだ。洛陽の方では徐岳殿が『名器の作り手』と称されているのに対し、お前は『神器の作り手』などと称されているそうだ。『徐来ならば普通の鋼であったとしても干将・莫耶をも作れるだろう』なんて言う話も聞くぞ?」

 

 

「……買いかぶり過ぎだよ愛紗。俺はまだ未熟もいいとこだ」

 

 

「謙遜は嫌味とも取れるぞ?素直に己の腕を誇っても罰は当たらないと思うが…」

 

 

「『学ぶことを捨てる時、それがその人間の終わりである』、それが俺の信条でね。俺にとって、生きていく限り学び続ける事が大事だと思っている。武の修練も然り、智を磨く事も然り、そして鍛冶の技を磨き続ける事も然り。俺は学び続ける事を捨てたくはないよ」

 

 

「…そうか。私も見習わねばな」

 

 

「愛紗が見習いたいって言われるほど俺は大した人物じゃないんだけどな……さて、終わったぞ愛紗」

 

 

 そう呟いた壮也が手入れを終えた大薙刀…『青龍偃月刀』は先ほどまで血風を巻き起こしていたモノとは思えぬほどの輝きを放っており、手にする者の技量が高ければ金剛石をも両断する事も容易いと感じさせるほどの鋭さを宿す物となっていたのである。

 

 

「…うん、流石は壮也だな。お前が鍛え、磨き上げてくれるのが分かるだけで安心して戦う事が出来る」

 

 

「それは何より。だがいつも俺が傍にいるとは限らないぞ?」

 

 

「っ!それは…」

 

 

「信頼してくれるのは俺としても嬉しい。けど愛紗、世の流れとは無情な物。今はこうして軽口を叩きあえているけど、それは何時までも続きはしない。下手をすれば互いに譲れぬ物の為に刃を向け合う事にもなるだろう」

 

 

「…………」

 

 

「もちろん、俺だってそんな事を望んじゃいない。けどそう言う事も起り得る事を知ってほしいとも思ってる」

 

 

「そうだな……心に留め置こう。ありがとう、壮也『おお、帰っておったか』長老…」

 

 

 鍛冶場の外から聞こえてきた声に二人が反応した直後、陽県の町の人々を束ねる長老が入ってきて、鍛冶場の中に置かれている長椅子に腰かけた。

 

 

「これは長老、良く来てくださいました。もてなしも出来ずに申し訳ありません…」

 

 

「はっはっは!別に構わぬよ、むしろお前達には町を襲おうと狙っていた賊達を退治してくれた礼を言いに来たのじゃよ。しかし……そなた達は真に心が通じ合っているのぉ。前に町に賊が攻め寄せた時には見事としか言えぬほどの連携を見せておったじゃろう?」

 

 

「そ、そうですか……?別段俺達は何かをしてるわけではないんですが…」

 

 

「うむ。儂の眼から見ても、町の者達から見てもそなた達ほどの良縁はおるまい?この際そなた達夫婦にでもなったらどうじゃ?そなた達にその気があるのならば儂が仲人になってもよいぞ」

 

 

 長老が茶目っ気を込めて二人に問いかけると、壮也は顔を真っ赤にして黙り込んでしまい、一方の愛紗も同じく顔を真っ赤にしながら必死に否定し始めた。

 

 

「え、えっと……/////」

 

 

「お、お戯れを……?!私と壮也は戦友の様な物でその様な恋仲では……/////」

 

 

「はあ…。愛紗…そろそろお前も良い年頃じゃ。誰とも知れぬ男と添い遂げるよりも、互いに気心の知れた相手と結ばれたいと思うのではないか?何よりもお主の兄上である関定殿もお前達が結ばれてくれればと愚痴を零しておったんじゃぞ?」

 

 

「っ!?あ、兄上えええっ!?////////」

 

 

「関定殿が、その様な事をですか…!?そ、それは何とも気の早いというかなんというか…」

 

 

「まあ無理強いをするつもりはないがの。そう言う考えもしておけという事じゃて、ふぉっふぉっふぉ」

 

 

 そう言って長老が長椅子から立ち上がろうとした時、壮也は疑問に思った事を問いかけた。

 

 

「……長老、ここに来た目的はそれだけではないのでしょう?…何かあったのですか?」

 

 

「む……」

 

 

「壮也、それはどう言う意味だ……?」

 

 

「…表面上は剽軽そうにしてるけど、いつもの長老からは感じられない悩みの色が浮かんでたからな。それが気になって質問をしたんだが…どうやら当たっていたようだな」

 

 

 愛紗の疑問に壮也が応えると、長老は深い溜息を一つついて切り出した。

 

 

「全く…お主は徐岳殿と同じく妙に勘が働くのお?……実は近々新しく陽県を統治する県令殿が来るそうなんじゃが、これがどうにも問題がある御仁でな」

 

 

「問題、ですか…?」

 

 

 壮也が疑問を宿した声を発すると長老は愛紗の方をちらちら見ながら、まるで彼女に聞かせたくないのか躊躇っているようだった。だがやがて意を決したのか言葉を発した。

 

 

「その御仁と言うのは……河東郡の長官を経て愛紗の生まれ故郷だった解県を統治した前の県令殿でな。名は張朔、あの十常侍の筆頭たる張譲の弟なんじゃ……」

 

 

「……っ!!」

 

 

「十常侍……洛陽に巣食って利を貪る者達ですか。しかし十常侍の一族であるならば地方の長官とかに任命されるとか思うんですが、何故河東郡の長官だった男が愛紗の故郷だった解県の県令となり、そしてまた陽県の県令などに?」

 

 

「話によるとその張朔と言う男、張譲からもあまり良い印象を抱かれておらぬようでな。と言うのも河東郡の長官をしていた時に専売商人と癒着して富を貪っておったんじゃが、どうにも強欲な所があって兄である張譲に賄賂を贈るのを渋ったらしい。その為長官を辞職させられた後に解県の県令に任じられたがここでも賄賂を贈るのを渋ったらしく、陽県の県令に命じられたそうじゃ」

 

 

「そうですか…………愛紗」

 

 

「…大丈夫だ。私もいつまでも子供ではない、一時の感情に呑まれて暴挙を犯す事はしない」

 

 

 壮也の心配する声に愛紗は凛とした声で返答をするも、その貌には陰りが見えていた……。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 それから程なくして洛陽から新たな県令となった張朔が陽県の村長の屋敷を訪れた。豪奢と言える様な馬車から降り立ったのはほっそりとした長身に紺色のおかっぱ風の髪型、そして神経質さを感じさせる痩せこけた顔立ちの男だった。壮也と愛紗は村長が礼をして迎えたこの男が十常侍の筆頭である張譲…その弟の張朔であると察した。

 

 

「(……あれが張朔か。だがかなりの長躯の持ち主だな?あれで張譲の弟と言われても信じられん)」

 

 

「(ああ、そうだな…話では兄の張譲は小柄な体格をしているとは聞いているけど、どちらかと言うと張朔の方が兄のように思える。……愛紗、分かっていると思うが、己を抑えろよ?)」

 

 

「(…分かっている)」

 

 

 そう言いつつも張朔に対して思う所があるのか、険のある視線を向ける愛紗に壮也の心配は尽きなかった。その傍で長老は座敷の上座に腰かける張朔に礼を尽くしていた。

 

 

「これは張朔様、この様なあばら家にようこそお越し下さいました。何分洛陽の様に栄えておらぬ土地です故、招くに際しても十分な用意も出来ぬので……」

 

 

「ふん、この様な片田舎の県令にされただけでも気分を悪くしておるのだぞ?そもそも礼を尽くすのであれば…分かっておろう?」

 

 

 長老の言葉に耳も貸さず、ふてくされた様な返答をした張朔は次の瞬間、見下すような表情となって何かを催促するように長老に語りかける。何を、と考える事も無いだろう。目の前にいる張朔の様な、心の底から腐り果てているような役人が望む物など、賄賂(・・)以外にあるのだろうか?事もあろうに張朔は自身が統治するべき民草である自分達がいる目の前で、堂々と賄賂をせびったのである。

 

 

「………っ!」

 

 

「(愛紗!)」

 

 

「(分かっている……分かってはいるが!)」

 

 

 その横暴ぶりに堪らず愛紗が立ち上がろうとするのを壮也が諌めて止めるのだが、その壮也自身も張朔のあまりの態度に怒りを抑え込む有様だった。しかしこれに対し長老は飄々とした態度でこれに応えた。

 

 

「さてさて…今をときめく張譲様の弟君であらせられ、この陽県の県令となられる張朔様のお言いつけには従いたいとは思いまするが……張朔様。恐れながらこちらが賄賂を収めたとして、一体それをどうなさるおつもりでしょうか?」

 

 

「何…?」

 

 

「失礼ながら……張朔様は河東郡の長官、そして解県の県令となられていた際に兄君である張譲様に対して賄賂を贈らなかったとか。この老人如きの言葉など耳にするのも億劫かもしれませぬが…もしここで同じ様に財を溜めこみ、兄君に対して賄賂を贈らなかったとしたら、御身が危うくなるのではないのですかな?」

 

 

「む、ムムム……!」

 

 

 この長老の意見に張朔は思わず唸ってしまった。事実張朔はこの時懲りもせずにまた領民達から賄賂をせびり、それをまた貯め込もうと考えていた。当然兄である張譲に対して賄賂を送ろうと考えもしておらず、目の前にいる長老の忠告を聞かなければ十中八九兄は自分を始末する事だろう。長老の言葉は腹が立ったものの、張朔はそう悟らざるを得なかった。

 

 

 しかし…張朔はやはり性根が腐っている男だった。話を聞く限りこの爺は自分に賄賂を渡す積りは無いのだろう。だがこの爺の言う事も至極最もではある。賄賂を貰う事は出来ないにしても金品以外の何かを手に入れたい……そう腹の中で考えていた張朔が周囲に目を向けていた時、礼をしていた黒髪の少女に目が行った。

 

 

 一切の色が混じっておらず、吸い込まれそうな漆黒の色合いをした見事な黒髪……そして顔を下げてこそいるが相当な美貌、そして豊満な体つきを持っている。そう察した張朔は下卑た様な笑みを浮かべると長老に語りかけた。

 

 

「…成程、確かに貴様の言う通りではあるな。この件はここまでとしよう」

 

 

「流石は張朔様、この様な老いぼれの話を聞いて頂き感謝いたしま「それはそうと…」?何でしょうか……?」

 

 

「庭先で礼をしておる者達の中におるあの見事な黒髪を持っておる少女……あれは誰じゃ?」

 

 

「…はっ。あの者はこの村に住む関羽と言う者ですが、それが何か……?」

 

 

「いや何、あれほどの艶やかな黒髪を持っておるのであればさぞ麗しい美貌を持っておるのだろう?その様な娘、是非とも妾として連れて行きたいのだよ?」

 

 

『っ!???』

 

 

 張朔の言葉に愛紗や壮也はおろか、長老の家に集まっていた若者達は言葉を失った。そしてそれは長老も同じであり、先ほどの飄々とした姿はどこかへ掻き消え、動揺を隠しきれずにいた。

 

 

「お、恐れながら張朔様。そ、その儀は何卒……」

 

 

「何だ?県令たる私の頼みが聞けぬというのか?そう言えば……近頃この陽県においても他県と同様余り作物の出来がよくないそうだな?税を納めるのも少しずつ困窮しているとも聞く」

 

 

「…………」

 

 

 張朔の言葉に長老は返す言葉が無かった。そんな長老にさらに追い打ちをかける様に張朔は囁きかけていく……。

 

 

「だが……もしあの娘を私の妾として差し出すのであれば私も鬼ではない。私の貯め込んでいる財貨を兄上に賄賂として送り、納税を見送らせる為の便宜を図るというのも考えてやらんでもない。さて…どうする?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

 張朔の言葉は長老にとってはとても魅力的な物だった。しかしその言葉に乗るべきではないかと言う想いと、我が子同然に育ててきた愛紗をどうして差し出せるのかと言う想いの板挟みとなり中々答えられない。そうして漸く絞り出せた答えと言うのは………。

 

 

「……今少し時間を戴きたい。何分事が事です故に」

 

 

 と言う県の有力者たる長老とは思えぬほど気弱な物だった。しかし張朔はそれに気を悪くする事もせず満面の笑みを浮かべながら答えた。

 

 

「うむうむ!まあ無理もあるまいなぁ?よかろう、3日間待ってやる!良い返事を期待しておるぞ?」

 

 

 そう言うと張朔は小躍りしてしまうのではないかと思えるほど喜びを露わにしながら邸宅から出て行った………。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ここにいたのか、愛紗」

 

 

「壮也……」

 

 

 その夜、町外れの丘で腰を下ろしている愛紗を見つけた壮也は彼女に呼び掛けるとその隣に座った。暫く二人はそのまま何一つ言葉を発する事が無かったが、やがて愛紗の方から口を開いた。

 

 

「…まだ、紛糾しているのか?」

 

 

「ああ……皆は愛紗を張朔の元へ送るのに大反対している。けれど長老の言う事も最もでさ…おかげでまだ決まってないよ」

 

 

「そうだな……もし私が張朔の元へ嫁がなければ、あの男はこの町にどの様ないちゃもんをつけるか気がしれん。…壮也は、どうしたいんだ?」

 

 

 その問いに壮也は黙っていたが、やがて絞り出すように答えた。

 

 

「俺は……君に行ってほしくない」

 

 

「!!壮也……」

 

 

「俺は君と共に在りたい。君と共に生きていきたいんだ。……だから」

 

 

「……私だって、私だってお前と共に在りたい!けれど、私はお前と同じくらいこの町の人達も大好きなんだ。張朔の要求を拒めば…この町がどうなるか分からない。なら……私はこの町を護る道を選びたい」

 

 

「愛紗…それが、愛紗の答えなのか?」

 

 

 壮也が念を押す様に問いかけると…愛紗は自分をおし殺す様な表情をしながら返答をした。

 

 

「…ああ」

 

 

「そう、か……なら、これを持って行ってくれるか?」

 

 

 そう言って壮也が懐から取り出したもの……それは新緑色の柄と鞘が目を引く『護り刀』だった。そして壮也が鞘から刀を引き抜くと…そこには見事な波紋が浮かんでいる刀身があった。

 

 

「これは……」

 

 

「もしお前が自分の選んだ道を悔やんだのであれば……もしお前が自分の純潔を守りたいと思うのなら、それを使ってくれ」

 

 

 そう言うと壮也は護り刀を鞘に納め、愛紗にその護り刀を手渡す。愛紗はそれを愛おしく胸に押し抱くと、感極まった様に礼を述べた。

 

 

「すまない壮也。……そろそろ戻る。また、会える事を願う。さらばだ」

 

 

 そう言って愛紗は自らの家に戻っていった。しかしこの時、壮也の心にはある決意が生まれていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 女傑は自らにとって望まぬ婚礼に赴くも、そこで知った事実を受けて、己の信じる信念を貫かんが為の行為に出る。そしてそれによって大斧の勇士もまた咎を被る事を決意するのだが……続きは次回のお楽しみ。




 どうも、拝見いただきありがとうございます。

 次回は壮也が罪人となる場面を入れようと思います。しかしいつごろ投稿できるかは未定です。如何か首を長くして待っていただければ幸いです…。

 では。
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